大阪地方裁判所 昭和57年(ヨ)5265号 1983年12月19日
申請人
大平敏明
右代理人弁護士
鈴木康隆
同
伊賀興一
同
坂田宗彦
同
岩田研二郎
同
岩永恵子
被申請人
不動信用金庫
右代表者代表理事
松葉敏夫
右代理人弁護士
竹林節治
同
畑守人
同
中川克己
同
福島正
主文
申請人が被申請人北支店渉外係係長の地位を有することを仮に定める。
被申請人は申請人に対し金九九万八六一五円及び本案判決言渡しに至るまで昭和五七年一二月一日から毎月二四日限り金二二万四四〇九円を支払え。
申請人のその余の申請を却下する。
申請費用は被申請人の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 申請の趣旨
1 主文一項と同旨
2 被申請人は申請人に対し金一〇一万九〇九五円及び昭和五七年一二月二四日以降毎月二四日限り金二六万五九九一円を仮に支払え。
3 申請費用は被申請人の負担とする。
二 申請の趣旨に対する答弁
1 申請人の申請をいずれも却下する。
2 申請費用は申請人の負担とする。
第二当事者の主張
(申請人)
一 当事者
1 被申請人は肩書地(略)に本店を、大阪府下に一三の支店を有し、従業員二五六名を擁しているもので、信用金庫法に基づき信用金庫の事業を行なっている。
2 申請人は昭和四七年二月一日被申請人に入社し、以来昭和五七年一〇月一日被申請人北支店渉外係係長に転ずるまで本店営業部において主として営業渉外の業務に従事してきた。又、申請人の従業員で組織する総評大阪一般合同労働組合不動信用金庫(以下支部という)の組合員であり、且つ、昭和五五年度から同支部の副支部長を勤めている。
二 解雇処分の存在
被申請人は昭和五七年一〇月二五日申請人に対し就業規則七五条により同日付けをもって解雇した(以下本件解雇という)。以後、被申請人は申請人を従業員として取り扱わない。
三 本件解雇は無効である。
1 解雇権の濫用
被申請人は解雇理由として申請人を成績不良といい、更に、就業規則九条一七号違反をあげている。
しかし、申請人は被申請人から成績優秀者として何度も表彰されており、成績不良といわれる根拠はどこにもない。被申請人は、申請人が株式会社宮次商事(以下宮次商事という)に対し町の高利金融業者であるカブト産業を仲介、斡旋したというが、そのような事実はなく、申請人は宮次商事にカブト産業を紹介したに過ぎない。
(一) 被申請人が就業規則違反として指摘している申請人の宮次商事へ融資先を紹介するに至った経緯
(1) 宮次商事は大阪市東区に本店をおき、洋傘及びショールなどの卸売りを業とする会社である。宮次商事は昭和五六年頃までは被申請人以外の金融機関とも取引していたが、同年一〇月頃被申請人に対し金融の効率化を図るため、金融機関を整理し、被申請人にメインバンクになってほしい旨要請し、被申請人も検討の結果これを受入れることとなり、昭和五七年初頃実施の運びとなった。それまで被申請人の宮次商事への融資額は約二億円であったが、その結果一挙に約五億円となり、貸出先としては第三位の大口融資先となった。申請人は被申請人の職員として、渉外部門に働き、昭和五一年頃から宮次商事を担当していた。
(2) 昭和五七年五、六月は異例の空梅雨で、梅雨期をあて込んで大量に仕入れた傘がほとんど売れず、宮次商事でも在庫の山を抱える状態となった。宮次商事の当初の見通しでは、この梅雨期に約三億円の売上げを見込んでいたところ、その間の実績はわずかに八千万円に過ぎず、同年八、九、一〇月の手形決済のための資金繰りがにわかに苦しくなってきた。
こうしたことから、宮次商事の持永専務は、同年七月に被申請人に対し同年八月三日の手形の決済のために約一七〇〇万円の資金が不足することから、その融資を要請すると共に、同年九月、一〇月の資金不足も十分予測されていたことから合わせてそれらについても要請した。
これに対して、被申請人は同年八月三日の手形決済分一七〇〇万円についての資金融資は行なったものの、以後の貸出増加は認めないという方針を打ち出した。宮次商事を担当していた申請人は本店営業部の後藤部長、村上次長らの指示に基づいて、持永専務や宮次社長にこの方針を伝えると共に、宮次商事に対し、在庫品の現金売り、有力スポンサー探し、資産の売却等自らも資金捻出のために努力するよう述べた。その中で、社長がベンツを乗りまわしているとか、社長の奥さんが高価な着物を持っているとか聞いているが、そのようなぜいたくはこの際やめるべきだということも合わせて述べたのである。
(3) 宮次商事に対する融資打切りと宮次商事の対応
同年九月三日の決済日が近づいてきたのであるが、宮次商事の資金繰りは全く思わしくなかった。在庫品の処分もスポンサー探しもできず、このような状況で、宮次商事は九月三日決済分について何とか融資してほしい旨を再三申請人あるいはその上司の後藤営業部長や村上次長らにも要請した。
同年八月三一日になって、宮次商事の持永専務は「手形の回収ができたので、割引してほしい」といって被申請人を訪れた。その時の手形は二八〇〇万円であったが、後藤営業部長、原審査部長らが相談の結果、「五〇〇万円は割引くが、それ以上については他行で割引くように」という結論であった。申請人は宮次商事に赴いてこの回答を伝えたが、宮次商事は何とか融資してほしい旨懇請を繰り返した。
申請人としては、宮次商事は被申請人の第三位の大口融資先であること、同年九月、一〇月を乗り切り、在庫品が売れれば経営状態は回復する見込みがあることからして、倒産させるより支援した方が被申請人にとっても得策であると考え、同年八月三一日夜その趣旨を後藤営業部長やその他の上司に強調した。その話合いのとき、申請人が急場しのぎとして金融業者である都繊維や丸善の紹介を提案したところ、後藤営業部長らは、「金利が高い」、「丸善は無理やろ」という話をし、その夜は結論が出なかった。
同年九月一日朝、持永専務が被申請人を訪れ再度融資を懇願したが話は前と変わらなかった。申請人はその日の昼頃宮次商事へ赴いたところ、同様に懇願されたが、申請人は「金庫としては融資できない」と述べると、宮次社長は申請人に「迷惑かけないし、交渉は自分でするから大平さんの知合いや不動の取引先で割引をしてくれる先を紹介してほしい」と依頼した。申請人は、大口融資先の宮次商事を倒産させることによるマイナスや、この会社の経営に回復の見込みがあることなどを考えて、被申請人の取引先でもある有限会社カブト産業の電話番号を申請人の名刺に書いて持永専務に手渡した。
(4) 申請人がカブト産業を紹介した日であるが、これは九月一日であって八月二七日ではない。もし、八月二七日に紹介していたのであれば八月三一日午後六時過ぎ申請人が後藤営業部長に対して、「宮次商事の資金繰りがうまくゆかないので、手形割引による融資の増額を了解してほしい」と頼んだり、「金庫が融資に応じられないならば、都繊維という市中金融会社で手形割引できないか」などと相談するはずがない。さらに同日夜申請人は重ねて宮次商事への融資の件について後藤営業部長及び原審査部長宅へ電話することも考えられない。
結局、宮次商事はカブト産業から二二〇〇万円の融資を受け、被申請人からも五三一万円余の融資を受けて、九月三日の手形を決済した。それ以前の九月一日夕刻、申請人は後藤営業部長と原審査部長に、宮次へはカブト産業を紹介した旨報告した。
(5) 申請人が宮次商事にカブト産業を紹介した趣旨は、申請人の利益のためでないことはもとよりのこと、カブト産業の利益を図るためでもない。宮次商事は被申請人をメインバンクとし、且つ被申請人にとっても第三位の大口融資先である。その経営状態も慢性的経営不振というよりも、同年五月、六月の空梅雨のための資金不足であり、八ないし一〇月を乗り越えれば、その経営は回復するという見通しを持つことができた。加えて、被申請人が宮次商事のメインバンクになったのは昭和五七年一月のことであり、その時点で宮次商事に対し約三億円ほど増加融資もしているのである。このような状況のもとで、申請人が宮次商事を倒産させるよりも、緊急的に他の金融機関から融資を受けさせて倒産を回避させることが宮次商事の利益でもあり、被申請人にとっても大きな利益であると判断したのである。しかも、申請人は宮次商事から懇願されてやむなく前記のとおり紹介したもので、最初から安易にカブト産業を紹介したものではない。
(6) 被申請人は就業規則九条一七号違反を主張するが、右規定にいう仲介行為とは、信用金庫役員もしくは職員が、その地位を利用し、自己又は第三者のために金庫の顧客と金庫以外の金融業者の間の金銭消費貸借契約の成立をもたらす行為をいうと解釈するべきであり、そうした限定解釈においてこそ、服務規定としての意味を有すると解される。ところで、申請人の前記行為は右規定に何ら抵触するものではなく、解雇理由がない。
申請人は宮次商事との折衝経過についてはその都度上司に報告し、了承を得ているもので、このような事情にもかかわらず、申請人のみを解雇するのは公平を欠き、申請人に極端に重責を問うものであり、解雇権の濫用である。
2 不当労働行為
本件解雇は、申請人の組合活動を嫌悪した被申請人が申請人を金庫から排除するためになされたものである。
申請人は、昭和五五年に支部の副支部長に選出されて以来、団体交渉の中でも組合員の切実な要求を代弁して中心的に発言をしたり、また、若年層の組合参画にも力をそそいで、青年婦人部の活動にも力を入れてきた。このような申請人の積極的な組合活動の中で、支部は時間外手当申告の運動など大きな成果を上げた。このような組合活動の前進に脅威を感じた被申請人は執行部の中心となる申請人の存在を嫌悪するようになり、本件解雇をしたものである。
本件解雇は申請人の排除をねらうとともに、組合活動家を狙い打ちにすることにより組合員に動揺を与え、支部を弱体化することにあり、不当労働行為である。
四 申請人の賃金
1 申請人の月額賃金は、本件解雇当時、基本給一二万九三〇〇円、役職手当一万三〇〇〇円、渉外手当一万二〇〇〇円、家族手当一万四〇〇〇円、食事手当五五〇〇円、住宅手当三〇〇〇円の合計金一七万六八〇〇円の固定給部分と、それ以外に時間外手当が合算されて毎月二四日限り支給されていた。申請人の月額平均支給額は二六万五九九一円である。
2 ところで、被申請人は昭和五七年一〇月二五日付で申請人を解雇したとして申請人の就労を拒絶し、右賃金を支払わない。しかし、申請人は昭和五七年一二月以降毎月二四日限り月額二六万五九九一円の賃金請求権を有する。
3 申請人の昭和五七年一一月分の賃金未支給分は一万七二八〇円である。
申請人が昭和五七年一二月一〇日支給される年末一時金は少なくとも五六万六二二五円である。
(129300+60600+13000+3000)×2.75=566225
申請人の昭和五八年度定期昇給分 被申請人と支部との間に昭和五八年度定期昇給に関し労働協約が締結され、右協約は申請人にも適用されるべきであり、右によれば、申請人の右定期昇給分は三二〇〇円となる。
申請人が昭和五八年七月に支給されるべき夏期一時金は少くとも四三万二三九〇円である。
五 保全の必要性
申請人は賃金のみで生計を立てている労働者であり、扶養家族もいるところから、本案判決の確定を待つことは申請人と家族の生活を維持することは困難である。
(被申請人)
一 被申請人の主張に対する認否
申請人の主張一の1及び2、同二は認める。
同三の1の冒頭事実のうち、被申請人が解雇理由として申請人を成績不良といい、就業規則九条一七号違反をあげていること、申請人が被申請人から何度か表彰されたことは認め、その余は否認する。同三の1のその余の事実に対する被申請人の主張は後記のとおりである。
同三の2のうち、申請人が昭和五五年に支部の副支部長に選出されたことは認め、その余は否認する。
同四、五に対する被申請人の主張は後記のとおりである。
二 被申請人の主張
1 被申請人の本店営業部の業務内容と申請人の役職・職務内容
(一) 本店営業部の業務内容
被申請人は信用金庫法に基づいて設置された信用金庫事業を行なう金融機関で、大阪府下に本店営業部を含む一三の支店を有しており、この支店を統括するため肩書地に本店を置いている。従業員は本・支店合計二三八名である。
被申請人の預金量は約五〇〇億円、貸出金は約四〇〇億円に上る。そのうち本店営業部は預金量において全体の約二〇%である一〇〇億円、貸出金において二五%である約一〇五億円であり、職員数は営業店の中では一番多く昭和五七年一二月末現在で二五名を数える最大規模の営業店である。本店営業部の取引先は有力大口取引先が多く営業の要となっており、後席(管理職)として営業部長以下次長二名、代理三名、係長三名が所属する。
(二) 申請人の被申請人における経歴及び職務内容
申請人は昭和四七年入社以来昭和五七年一〇月一日北支店渉外係長に転ずるまでの一〇年以上に亘り本店勤務を続け、主として営業部において支店長席(渉外担当)貸付係として営業、渉外の職務を担当し、昭和五六年六月から貸付係長となった。昭和五一年頃から申請人は宮次商事の担当者として本件問題に至るまで約六年に及び取引を担当してきた。
2 被申請人と宮次商事との取引経緯
宮次商事は洋傘、ショール、毛皮などの製造及び卸売業者であり、自社製品・仕入製品をほぼ半分ずつ取り扱っていた会社である。宮次商事は本店営業部の大口取引先で、取引量からいえば第三位にあたる重要な取引先であった。従前、宮次商事の取引銀行は幸福相互銀行、山陽相互銀行、第三相互銀行、兵庫相互銀行など多行にわたっていたが、資金効率を高めるために昭和五六年後半から取引銀行を一本化し一行に取りまとめることになった。この一行取りまとめの話において、申請人は中心的な役割を演じ、他銀行に対して積極的な働きかけをした。その際、申請人は宮次商事を安心させるべく持永専務に対して、「とことん面倒をみてあげるから」と述べていた。
3 被申請人と宮次商事との取引経過
前記のとおり、取引銀行を一行に取りまとめた直後から昭和五七年一月にかけて被申請人の宮次商事に対する融資姿勢は積極的に支援するというものであったが、昭和五七年六月の梅雨時が空梅雨となり、洋傘などの商品の売上げが極端に減少したことから宮次商事の業績は低下し、資金繰りが極めて苦しくなった。宮次商事の決済日は毎月三日であるが、八月三日の決済につき支払手形決済金約二七〇〇万円の不足が生ずることとなり、預金を一〇〇〇万円取りくずすことでかろうじて決済できた。そのころの融資態度は現況注視のうえ支援に変っている。持永専務は九月中の決済総額として五〇〇〇万円程不足すると申入れをしたところ、申請人は何とかしてあげようという返事をしていた。しかし、被申請人は宮次商事に対しては表債減少方針を決定しており、八月二三日以降申請人も右方針を宮次商事に伝えていたものであり、同月二五日正式に申請人の上司である村上次長が宮次商事に対し全額融資は難しいという趣旨を伝えた。持永専務は八月二七日被申請人を訪問し、再度融資を依頼したところ、右村上次長から、「もうこれ以上は貸せない。手形の落込みの範囲内の五〇〇万円程度の融資が限度である。」との最後の回答がされた。
4 解雇理由
申請人が、右のような状況の中で、宮次商事に対し町の高利金融業者を仲介、斡旋したものであるが、その行為は出資法三条及び就業規則九条一七号の規定に違反し、懲戒解雇事由の「不正不義の行為をして行員としての体面を汚したとき」に該当する。
従って、被申請人は申請人を懲戒解雇に処することも可能なところであるが、就業規則七五条の普通解雇の規定により普通解雇したものである。
5 解雇理由の詳細は以下のとおりである。
(一) 申請人の出資法違反、就業規則違反行為
申請人は前記のとおり持永専務に対し何とかしてあげようと返事をしていたこともあり、八月二七日被申請人を訪れた持永専務を二階の営業部長室に呼び、よそを世話してあげようと話を持ちかけ、申請人は直ちに先方の金融業者に電話をかけて話を取りまとめ、先方から宮次商事へ行くという指示があった。持永専務が宮次商事の事務所で待機していたところ、申請人が来社し、その後カブト産業の八木専務が来訪した。三人は右事務所と同じビルの地下の喫茶店「ラタン」に行って話をすることとなった。喫茶店においては申請人が専ら先方の八木専務と話を進めており、持永専務は全面的に申請人に任せた形であった。申請人は宮次商事の業務内容等を説明した後、「二〇〇〇万円の融資をやってほしい。」と申し入れた。この時既に申請人と八木専務との間で手形銘柄等融資に関する話が交されていたようである。その日の夕方八木専務外一名が宮次商事を訪れ毛皮を検分、確認したが、融資の結論は出なかった。
八月三一日持永専務は被申請人を訪れ、申請人に対し「どうなっているだろうか。」と問い合わせたところ、申請人は二階の営業部長室からカブト産業に架電し、再度融資の依頼斡旋を行なった。
持永専務は九月一日申請人から、カブト産業からの融資が受けられるようになった旨知らせを受け、その際、金利については市中金利より格安の一四銭にしてあげたとのことであった。当初、持永専務から金利につき具体的な話はなく、金利についても申請人が取りまとめたものである。
九月二日には申請人から宮次商事の単名手形で二〇〇万円借り入れることができるようになったとの電話連絡が持永専務に入った。単名手形の件は一切宮次商事から話を持ち出したことはなかった。これは申請人の計算と判断で割引料(利息)分が不足することからカブト産業と交渉した結果であった。九月三日の決済は無事に済ますことができた。
以上のとおり、申請人の行為は単に紹介にとどまらず、仲介、斡旋行為そのものである。
(二) 仲介斡旋後の申請人の行為とその結果
同年九月一六、一七日頃上島商店が和議申請を出したという情報が山陽相互銀行大阪支店から持永専務宛にあった。宮次商事がカブト産業に差し入れた手形の中には上島商店振出のものもあることから、同専務は翌日申請人に善後策について問い合わせた。申請人の指示で同専務は直ちにカブト産業に同行した。カブト産業の要求は借入金全額を直ちに返せというのではなく、不良手形となった上島商店及び田中洋傘の手形だけ返済してくれたらいいというものであったが、申請人は持永専務に全額返済を指示した。その後、申請人は連日のように宮次商事を訪れ、売掛帳簿をひっくり返したり、その後の返済状況を逐一報告させるなど全額返済を強要した。宮次商事は無理をしてでも全額返すべく奔走し、手元にあったショールを捨値同然で売ったり、カブト産業に担保として差し入れた毛皮五〇〇〇万円相当を一二〇〇万円程度で信用売りの形で売却したりしてカブト産業に返済した。右のような無理な返済が原因となって、宮次商事は一〇月四日の手形決済ができず、第一回の不渡りを出すに至り、事実上倒産したが、その直接の原因は申請人のカブト産業への借入金返済強要が倒産の引き金となった。
(三) 出資法の趣旨と就業規則の内容
(1) 出資法三条の規定
右規定には、「金融機関(銀行、信託会社、保険会社、信用金庫……)の役員・職員その他の従業員はその地位を利用し、自己または当該金融機関以外の第三者の利益を図るため、金銭の貸付、金銭の貸借の媒介、または債務の保証をしてはならない。」と定められている。
(2) 出資法三条の趣旨
右規定の趣旨は、「預金者大衆の信望を得ることを生命とする金融機関の役職員等が、あるいは金融機関の信用を失墜させ、あるいは預金者大衆の疑惑を招くが如き行為をなすことを禁止せんとするものである。」と言われている。
(3) 就業規則九条一七号には、出資法三条の規定を受けて次のように規定している。
「職員は事由の如何を問わず金銭貸借又はその保証もしくは仲介をしてはならない。」
就業規則の右規定の趣旨は、出資法三条と同様に、預金者大衆の信用を第一の生命とする金融機関の職員が金融機関の信用を失墜させたり預金者の疑惑を招くような行為を禁止するものである。
本件のように、申請人が取引先の一つで自分が担当する市中金融業者に同じく取引先の一つである宮次商事を仲介、斡旋することは、一般預金者大衆から見れば、信用金庫が町の高利貸しの斡旋をしたと考えられ、その結果一般大衆の金庫に対する信用は地に落ち、疑惑を招くので、そのような行為を禁止しているのである。
6 平均賃金の算定について
被申請人においては毎月一日起算、月末日締切りで当月二四日支払となっている。
労基法一二条により平均賃金を算定すると、直前の賃金締切日は昭和五七年九月末日であることから、三か月間とは同年七月、八月、九月分となる。同年九月分の賃金は二五万六三〇〇円(昇給差額五か月分六万八五五〇円を控除)、同年八月分は二三万六八〇五円、同年七月分は二五万三〇二八円となり、その間の暦日数九二日で割ると一日当りの平均賃金は八一一一円(円未満切り上げ)となる。従って、三〇日分の月額平均賃金は二四万三三三〇円となる。仮に、右三か月間の単純月額平均支給額を求めると二四万八七一一円となる。
なお、労基法の規定を無視して賃金が支払われた過去三か月の単純平均を求めると、同年一〇月分は二六万三六八二円となる(但し、渉外手当一万二〇〇〇円を除く。この渉外手当は申請人の賃金として固有のものではなく、この月にたまたま外回りの渉外の仕事をしたため支給されたものであり、恒常的に支払われるものではない。)。この金額と前記九月、八月分の合計額の単純月額平均支給額は二五万二二六二円となる。
7 保全の必要性について
(一) 被解雇者の賃金の仮払等を求める仮処分事件において、保全の必要性は厳格に解すべきである。右事件においては、保全すべき権利の最終的実現を目的とするものでなく、暫定的にも申請人に他の従業員と同等の生活を保障することを目的とするものではないからである。
(二) 申請人が仮払を求める金員はいずれも所得税、住民税及び各種社会保険料(健康保険、厚生年金保険、雇用保険)を含む給与全額の平均額である。しかし、申請人は本件解雇直前の三か月間に平均して合計四万一五八二円を右所得税等として毎月控除されている。
所得税 七〇九三円
住民税 七九三〇円
健康保険料 九一二〇円
厚生年金保険料 一万五八四〇円
雇用保険料 一五九九円
以上合計四万一五八二円
申請人は従前から右控除分については生活費に充てることなく、生計を維持してきたのであるから、右金員については仮払の必要性はない。
なお、本案の一審判決言渡時以降については保全の必要性はないものである。
(三) 賞与について
賞与は使用者の業績、労働者の勤務成績に応じ、任意に又は恩恵的に支給されるものであって、具体的な支給金額等については当事者間の約定によって定まる。
申請人の父は厚生年金保険の支給を受けており、母は現在パートで勤務しているなど、申請人の家族状況や家庭の経済生活を考えるとき、申請人に月例賃金につき保全すれば足り、その他賞与について仮払を認める必要性は存しない。
理由
一 申請人の主張一の1及び2、同二は当事者間に争いがなく、疎明資料によれば、被申請人の災害補償及制裁規程7章5条には、懲戒解雇理由として「7 不正不義の行為をして行員としての体面を汚したとき」と規定されており、就業規則九条一七号は「職員は事由の如何を問わず金銭貸借又はその保証若しくは仲介をしてはならない。」と定めており、就業規則七五条は次のとおり規定されていることが疎明される。
七五条(解雇)
職員が次の各号の一に該当するときは、三〇日前に本人に予告するか、または三〇日分の平均賃金を支払って解雇する。
(1) 試用期間中の勤務状況により職員として不適格と認めたとき
(2) 勤務成績が著しく不良で職務の遂行に適さないと認めたとき
(3) 精神または肉体的な故障及び疾病によって就業に堪えられないと認めたとき
二 被申請人主張の解雇理由
1 被申請人は、申請人が宮次商事に対し高利金融業者を仲介、斡旋したとし、具体的行為として昭和五七年八月二七日から同年九月三日までの申請人の行為につき詳細な主張をし、その主張に沿う疎明資料として持永義輝、宮次尚芳の陳述録取書等を提出している。一方、申請人は被申請人の右主張を否認し、被申請人の提出した右疎明資料に相反する申請人の陳述録取書、報告書を提出している。
2 そこで、被申請人の提出した右疎明資料、特に、持永義輝、宮次尚芳の陳述録取書の信用性について検討する。
(一) 当事者間に争いのない事実と疎明資料を総合すれば、宮次商事は洋傘、ショール、スカーフ、マフラー、毛皮等の卸し問屋を営んでおり、その決済日は毎月三日であったこと、昭和五七年が空梅雨であったことから資金繰りが困難な状況となり、同年八月三日の決済は被申請人の協力もあって切り脱けたものの同年九月三日の決済のために約二八〇〇万円の資金が必要となったこと、被申請人の宮次商事に対する融資態度は同年五月頃までは積極的支援というものであったが、同年六月頃から現状注視のうえ支援に変わり、手形の決済ができた範囲内、即ち、貸増しはしないという方針を取り、同年九月三日の決済について宮次商事の持永専務から再三にわたり約二八〇〇万円の融資を申込んでいたが、結局被申請人の融資限度は五〇〇万円までという結論となり、持永専務にも最終的にその旨伝えられたこと、その後宮次商事は同年九月三日カブト産業から約二〇〇〇万円の融資を受けたことが疎明される。
(二) (証拠略)の申請人の陳述録取書によれば、宮次商事は同年九月、一〇月の決済日をうまく乗り越えることができれば、その後の資金繰りについては明るい見通しを持っており、申請人も持永専務から何とかしてほしいと頼まれていたこともあって、申請人は同年九月三日の決済を控えて宮次商事の倒産は回避する意向を持っており、宮次商事の方で他でできるだけ資金手当を尽してもらい、どうしても不足する資金については面倒を見るという考えを持っていたことが疎明され、同書証によれば、申請人は持永専務に対しカブト産業の電話番号を教えて自分でカブト産業の八木専務に電話するよう述べ、その直後、申請人は電話でカブト産業の八木専務に対し宮次商事というところから電話があるかも知れないから相談に乗れるようだったらしてもらいたい旨伝えたこと、申請人は宮次商事の事務所のビルの地下にある喫茶店「ラタン」において八木専務、持永専務と同席してその席上カブト産業から宮次商事に対する融資の話しがなされたこと、申請人は同年九月一日午後四時以降に八木専務から電話でうちでやってあげることになった旨の連絡を受けたこと及び申請人が宮次商事とカブト産業との間で取引がスムーズに行くように口聞きをしたことは、少くとも申請人において自認するところであるから、以上の事実を考慮すると、申請人の右融資の取引に対する関与の仕方は申請人が主張するように単なる融資先を紹介したに過ぎないということはいえず、ある程度の口添えをしたことが推認されるところである。一方、持永義輝の前記陳述録取書によれば、宮次商事とカブト産業の右融資の交渉は専ら申請人が行ない、持永専務はほとんど関与していない旨述べているが、倒産に追い込まれている経理担当者として右陳述記載部分は極めて不自然であり、(証拠略)と対比してにわかに措信することはできない。前記疎明資料を総合すれば、持永専務はカブト産業から融資を受けるため八木専務と自ら交渉したものであり、上島商店外数社振出の手形と原価約五〇〇〇万円相当の毛皮を差し入れて約二〇〇〇万円の融資をカブト産業から受けることができたことが疎明され、その際申請人は融資を成立させるよう口添えをしたものと言うべきで、どの程度の内容の口添えをしたのかを認めうる適切な疎明資料は存しないといわざるを得ない。
3 当事者間に争いのない事実と疎明資料によって疎明される事実は次のとおりである。
上島商店は昭和五七年九月一六日和議申請をし、申請人と持永専務は同年九月二〇日過ぎにカブト産業に行き、その後の対策を協議した。カブト産業は取りあえず不良手形の六〇〇万円を返してもらえばよいという態度であったが、申請人は持永専務に対しできるだけ早く全額を返した方がよいと助言した。その後、宮次商事は同年一〇月四、五日に不渡手形を出して事実上倒産した。
被申請人は、宮次商事の右倒産は申請人のカブト産業への借入金返済強要がその引き金となった旨主張するけれども、前記宮次及び持永両名の陳述録取書によっても、宮次商事自身カブト産業の債務を全額返済することを考えており、宮次尚芳と持永義輝は宮次商事倒産の原因が申請人の右言動にあるとは述べておらず、カブト産業への返済は申請人の強要に基づくものと言い切れないことが伺われ、結局、右疎明資料によっても被申請人の右主張を疎明するに足らず、その他右主張を疎明するに足りる資料はない。
4 懲戒事由該当性
出資法三条には、「金融機関(銀行、信託会社、保険会社、信用金庫等)の役員、職員その他の従業員は、その地位を利用し、自己又は当該金融機関以外の第三者の利益を図るため、金銭の貸付、金銭の貸借の媒介又は債務の保証をしてはならない。」と規定されている。
申請人の口添えの程度が具体的にどの程度のものかを確定しえないことは前記のとおりであり、前記のような申請人の口添えの事実が右規定にいう金銭貸借の媒介に該当するか疑問が残るばかりではなく、疎明資料によれば、申請人が宮次商事にカブト産業を紹介し、口添えをしたのは宮次商事の倒産を避けるため、宮次商事の依頼を受けたことに基づくもので、それは被申請人の利益につながると考えており、申請人は右行為によって具体的に利益を受けたことはないことが一応認められ、右事実によれば、申請人には自己または当該金融機関以外の第三者の利益を企図したことがなかったことが明らかであるから、申請人の前記のような行為は出資法三条に該当しないというべきである。
次に、就業規則九条一七号には、「職員は事由の如何を問わず金銭貸借又はその保証もしくは仲介をしてはならない。」と規定されていることは前記のとおりである。申請人の前記のような口添えが右規定にいう「仲介」に該るとすることに疑問が残るところではあるが、右規定には出資法三条のような制限が付されていないのであるから、申請人の前記行為は右規定に該当すると言えないこともない。しかし、就業規則の右規定の文言が無制限であることを考えると、就業規則九条一七号違反行為が直ちに懲戒解雇理由の一つである「不正不義の行為をして行員としての体面を汚したとき」に該当すると結論づけることもできない。申請人の前記行為が右懲戒解雇理由に該当するか否かについてはその行為をするに至った動機等一切の事情を考慮して判断すべきである。
ところで、申請人の前記行為が出資法三条に該当しないこと、申請人が宮次商事にカブト産業を紹介し、口添えをしたのは宮次商事の倒産を避けるため、宮次商事の依頼を受けたことに基づくもので、申請人が右行為によって具体的に利益を受けたことがないことは前記のとおりである。
疎明によれば、被申請人の宮次商事に対する昭和五七年九月決済のための融資限度が五〇〇万円であると決定された後、申請人は同年八月三一日午後六時頃後藤営業部長に宮次商事のために金融業者である都繊維で借入れできないか、さらに、丸善で手形割引きできないかを相談したこと、後藤営業部長ら上司は申請人が宮次商事の倒産を避けようという強い意向を持っており、町の金融業者を紹介する可能性があることは容易に察知しうる状況にあったことが一応認められ、右事実によれば、申請人が宮次商事に金融業者を紹介することについてかならずしも上司に秘密にはしていなかったこと、申請人の上司は申請人の意図を察知しえた状況にあったのであるから、適切な指導、例えば被申請人の宮次商事に対する態度が倒産やむなしというのであれば、その旨申請人に伝え、申請人に前記の行為を回避させ得ることも容易にできたものと考えられるのである。
以上の事情を総合して判断するならば、申請人の前記行為が、「不正不義の行為をして行員としての体面を汚したとき」に該当しないことは明らかであるというべきである。
また、就業規則七五条には、解雇事由として三つの条項が定められていることは前記のとおりである。右条項のうち、(1)は試用期間中の職員に関するものであり、(3)は精神的または肉体的な故障及び疾病のある職員に関するものであるから、申請人と無関係の事由であることは明らかである。次いで、(2)には「勤務成績が著しく不良で職務の遂行に適さないと認めたとき」と定められていることは前記のとおりである。申請人が宮次商事にカブト産業を紹介し、口添えした前記行為が右(2)の事由に該当しないことも多言を要しないところである。
5 以上のとおり、被申請人が主張する懲戒解雇事由については疎明がなく、申請人には懲戒解雇すべき事由がないのであるから、右事由が存することを前提にした普通解雇はその前提を欠き、理由がないものであり、その他普通解雇事由を疎明するに足りる資料もない。それゆえ、本件解雇はその合理的理由を欠いているので、解雇権の濫用として無効というべきである。
三 申請人の賃金請求権
疎明によれば、被申請人においては従業員の賃金について毎月一日起算、月末日締切りで当月二四日支払となっていること、申請人の昭和五七年九月分の賃金は名目二五万六三〇〇円(但し、昇給差額五か月分六万八五五〇円を除く)、同年一〇月分は名目二七万五六八二円であり、その平均額は二六万五九九一円であること、一方、毎月賃金から差し引かれる所得税、住民税の公租公課の平均額は四万一五八二円であるから毎月の平均手取額は二二万四四〇九円であること、被申請人は昭和五七年年末一時金として少なくとも基準内賃金の二・七五か月分、昭和五八年夏期一時金として基準内賃金(旧ベース、家族手当を含まない)の二・一か月分を従業員に支払ったこと、従って、申請人の昭和五七年年末一時金は五六万六二二五円であり、昭和五八年夏期一時金は四三万二三九〇円であることが疎明される。
四 保全の必要性
疎明によれば、申請人は賃金のみで生計を立てている労働者であり、その家族は申請人の妻、長女(小学校二年)、長男(昭和五八年一月当時幼稚園)及び申請人の両親の五名であることが一応認められ、その生活を維持するために本件地位保全仮処分及び金員仮払仮処分の必要性は存するものというべきである。
但し、金員仮払については昭和五七年一二月一日から毎月二四日限り支払を求める金員については前記二二万四四〇九円の限度で、且つ本案判決言渡しに至るまで、昭和五七年年末一時金及び昭和五八年夏期一時金については全額、それぞれ仮払の必要性があるものというべきである。
申請人は昭和五七年一一月分の未払賃金として一万七二八〇円の仮払を求めているが、申請人は同月分の賃金として既に二四万八七一一円を受領しておることは認めており、右金額は毎月の支払額二二万四四〇九円を上回っていることは明らかであるから未払分について仮払の必要性はなく、さらに昭和五八年の定期昇給分として一と月分三二〇〇円の仮払を求めているが、右は何月分の昇給金額なのかも不明であり、一と月分三二〇〇円の仮払を求める必要性もないものというべきである。
五 以上のとおりであるから、申請人の本件仮処分申請は主文一、二項の限度で理由があるから保証を立てさせないで認容することとし、その余は失当として却下し、申請費用の負担につき民訴法八九条、九二条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 安齋隆)