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大阪地方裁判所 昭和57年(ヨ)735号 1983年3月11日

申請人

秋山逸勢

申請人

秋山八重子

右代理人弁護士

岡田義雄

冠木克彦

被申請人

近代ビル管理株式会社

右代表者代表取締役

露口晃夫

右代理人弁護士

中西清一

千種恒宏

尾崎敬則

清水正憲

右当事者間の地位保全金員支払仮処分申請事件について、当裁判所は次の通り決定する。

主文

申請人らの申請はいずれもこれを却下する。

申請費用は申請人らの負担とする。

理由

〔当事者双方の申立〕

一  申請人らは

1  申請人らが被申請人に対し雇傭契約上の権利を有する地位にあることを仮りに定める。

2  被申請人は、昭和五七年二月二四日以降本案判決確定に至るまで毎月二六日限り、申請人秋山逸勢に対し一一万五四三三円を、同秋山八重子に対し五万八〇〇〇円を、それぞれ仮りに支払え。

との決定を求めた。

二  被申請人は、主文第一項と同旨の決定を求めた。

〔申請人らの主張〕

一  被申請人は、ビル、マンション等の委託管理を業とする株式会社であり、申請人らは、昭和五五年六月一日から被申請人に雇用され、サンハイム中津マンション(以下「本件マンション」という)の夫婦住込管理人として勤務していた者である。

二  被申請人は、同五七年二月二三日付で申請人らを懲戒解雇(以下「本件解雇」という)に付した。しかし、申請人らには懲戒解雇の事由とされるような非違はないし、また、手続的にも、被申請人から具体的な注意や指示はなかったばかりか、懲戒解雇の事由を明示したうえでの弁解の機会すら与えられなかったのであるから、右解雇は無効である。

三  同年一月当時、申請人逸勢は一ケ月一一万五四三三円(税金・社会保険料等控除前一三万一〇〇〇円)の賃金を、同八重子は同じく五万八〇〇〇円の賃金を、それぞれ被申請人から受領しており、その支給日は毎月二六日であった。

四  被申請人は、同年二月二四日以降申請人らを従業員として扱わなくなったので、申請人らは被申請人に対し、雇傭関係存在の確認と未払賃金の支払を求める本案訴訟を提起すべく準備中である。しかし、申請人らは被申請人より支払われる賃金のみで生活している者であって、右本案判決の確定をまっていては回復し難い損害を蒙る虞があるので、本件仮処分申請に及んだ。

〔被申請人の主張〕

一  申請人らの主張一の事実は認める。同二の事実中、被申請人が昭和五七年二月二三日付で申請人らを懲戒解雇したことは認めるが、その余は否認する。同三の事実は認め、同四の事実は否認する。

二  本件解雇の理由について

(一)  申請人らには、被申請人の従業員就業規則第四一条の定める懲戒事由のうち、(1)就業規則に度々違反した者、及び同規則に基づく被申請人の指示命令に違反した者(三号)、(2)怠慢で業務に対する誠意が認められない者(四号)、(3)素行不良で被申請人内の風紀秩序をみだした者(五号)、(4)故意に業務の能率を阻害し、又は業務の遂行を妨げた者(六号)、及び(5)勤務時間中職場を濫りに離れた者(一一号)に該当する所為があるのに、改悛の情が認められず(同規則第一四条五号)、かつ勤務成績が著しく不良で、故意に被申請人に著しい損害、信用失墜を与えた(同条二号)ため、被申請人は同規則第四二条によって申請人らを懲戒解雇に付したのである。

(二)  右各理由に該当する具体的事実は、次の通りである。

(1) 申請人らは、同人らの管理業務は被申請人からの指示で被申請人の従業員としてなしているのではなく、本件マンションの管理組合の総会の決議等に従ってなしているのであるから、被申請人の指揮命令には服さないと再三にわたり主張して、被申請人の指示に従わなかった。

(2) 申請人らは、被申請人より昭和五七年一月一三日付で、同年二月一日より神崎ビルへの配置転換を命ぜられたのに、これに従わず、同日以後新任務に就かなかった。

(3) 申請人逸勢は神崎ビルへの配置転換を拒絶しながら、同月二〇日同ビルを訪れ、配置転換の辞令を受けたと称して同ビルの所有者である神崎組の柿坂課長と面談し、同人に大声で喰ってかかるなどの言動をして、被申請人の信用を失墜させ、その業務の遂行を妨げた。

(4) 申請人八重子は、被申請人の許可なくパートタイマーとして他に勤務し、被申請人の指定した勤務場所である本件マンションを離れた。なお、申請人八重子の勤務先は、午前八時から同一一時までが株式会社ビルド、午後六時から同九時までが関西建物管理株式会社であり、いずれも被申請人と同業の会社である。

(5) 申請人逸勢は、常時管理人室に居なければならないのに、頻繁に外出して、本件マンションへの他人の出入りのチェック等管理人としての業務を怠っていた。とくに、申請人八重子がパートタイマーのため不在の時間帯には、本件マンションの管理人は申請人逸勢のみという状況であったが、同人すら不在のため、入居者にとって非常に不自由な状態となっていた。

(6) 申請人らは、午後一〇時の夜間巡回業務を怠っていた。

(7) 申請人らは、本件マンションの入居者及び管理組合が同組合の掲示板に文書を掲示する際には管理人の了解を得るよう要求していたが、これは管理組合の指示に基づくものではなく、管理人としての職務権限を越えた専断的な行為である。

(8) 申請人らは、本件マンションの入居者との間で紛争を発生拡大させて、被申請人の信用を失墜させ、そのため被申請人は管理組合より管理契約の解約を申入れられるに至り、多大の損害を被った。右紛争は、申請人逸勢が入居者の一人である石川隆章の息子を侮辱したことと、申請人らが入居者宛の郵便物の秘密を漏洩したことに端を発するものであって、後者については、郵便局が入居者への郵便物を一括して管理人に配達することをやめ、各入居者に個別に配達することとして、今後かかる紛争が生じないようにすることとし、前者については、被申請人の代表者や管理組合の理事長らの努力により、前記石川には争いをやめることを納得させられる状態になったが、申請人逸勢は紛争終結に納得せず、かえって、右石川や組合理事長らを誹謗中傷する文書や内容証明郵便を配付、送付するなどして、逆にその拡大を図った。

(9) 申請人らは、右紛争に際し、被申請人の許可を得ず、被申請人代表者と連名の文書を作成して、本件マンションの入居者に配布した。

三  本件解雇の手続について

(一)  被申請人は、申請人らから事情を聴取し反省を促すため、昭和五七年二月二日、被申請人の営業部長松川らを本件マンションへ派遣したが、申請人逸勢は右の者らとの面会を拒絶したばかりか、かえって管理組合理事長を誹謗する文書を配布したので、被申請人としては、申請人らに対する懲戒処分を検討する必要があると考え、懲戒委員会を設置した。

(二)  同月一五日、右懲戒委員会は申請人らを呼出して事実の確認と弁明とを求めたところ、申請人らはこれに応ぜず、被申請人代表者露口との話合いを求めたので、右露口が申請人逸勢から事情を聴取して事実を確認し弁明をも聞いた上、これを参酌して懲戒委員会で検討した結果、前記理由により申請人らを懲戒解雇に付することになったのである。

四  雇傭関係終了の承認について

申請人らは、本件解雇の後である昭和五七年二月二六日、任意に同人らの健康保険証を被申請人に返還したばかりでなく、同月二九日から同年三月八日までの間、申請人らが懲戒解雇されたこと、及び本件マンションから他へ移転する時機がおくれることについて了承を求めることを記載した「前管理人」名義の貼紙を本件マンションに掲示したのであって、申請人らは本件解雇によって被申請人との間の雇傭関係が終了したことを承認していたのである。

五  以上の如く、本件解雇は懲戒解雇としての理由を具備していて、その手続にも瑕疵はなく、しかも申請人らはこれによって被申請人との間の雇傭関係が終了したことを承諾していたのであるから、いずれの点からしても申請人らの本件申請は理由がないものである。

〔被申請人の主張に対する申請人らの反論〕

一  被申請人の主張二(一)の事実中、被申請人の就業規則にその主張のような規定のあることは認める。同二(二)(1)の事実中、申請人らが被申請人の指示に従わなかったとの点は否認するが、その余の事実は認める。同(2)の事実は認める。同(3)の事実中、申請人逸勢が昭和五七年一月二〇日神崎ビルを訪れ、配転辞令を受けたと称して同ビルの所有者神崎ビルの柿坂課長と面談したことは認めるが、その余の事実は否認する。同(4)の事実中、申請人八重子が午後六時から同九時まで関西建物管理株式会社でパートタイマーとして働いていたことは認める。同(5)ないし(7)の事実はいずれも否認する。同(8)の事実中、被申請人の主張するような紛争のあったことは認めるが、申請人らが紛争の拡大を意図したとの点は否認する。同(9)の事実は否認する。

同三の事実はすべて否認する。

同四の事実中、申請人らが被申請人に健康保険証を返還したこと及び被申請人主張の如く貼紙を掲示したことは認めるが、申請人らは被申請人との間の雇傭関係が終了したことを認めていたわけではない。

二  就業規則の効力について

被申請人の主張する就業規則は、申請人らが雇傭された後である昭和五七年一月一日付で定められたものであり、また、申請人らの了知しうるように掲示あるいは配布されたものではなく、ましてや同人らの同意を得たものでもないから、申請人らに対しては就業規則としての効力はない。申請人らの労働条件は、後記の通り株式会社セイビ大阪(以下「セイビ大阪」という)当時の労働条件と同一であるからこれによるべきであり、これから明らかでない部分、即ち、本件解雇の正当性については条理に従って判断すべきである。

三  労働条件について

申請人らは、被申請人との間で、労働条件はセイビ大阪のそれと同様である旨を、相互に確認した。その大要は次のとおりである。

(一)  申請人八重子は申請人逸勢の補助者にすぎないから、所謂窓口業務は同人が就業できない時に代わって行なえばよく、また、午前八時から同一一時までの株式会社ビルド、午後六時から同九時までの関西建物管理株式会社への各勤務についてもいずれも被申請人においてこれを承諾すること。

(二)  申請人らの勤務時間は午前八時から午後六時までであるが、最終巡回時間は同一〇時であること。

(三)  勤務場所については、予め申請人らに現場を確認する機会を与え、その了解の下に定めること。右現場確認手続は、配置転換についても同様であること。

(四)  なお、申請人らは昭和五二年一〇月セイビ大阪から孫を引きとって養育することの承諾を得ており、この点についても被申請人の了承を得ている。

四  配置転換について

(一)  被申請人は、申請人らに対する本件配置転換命令を後日撤回した。

(二)  しかし、そもそも本件配置転換命令は配置転換権を濫用してなされたものであり、無効である。即ち

(1) 所謂石川侮辱問題は全くの事実無根であって、昭和五七年二月二〇日に申請人逸勢がこのことを入居者の前で明らかにしたにもかかわらず、管理組合の理事長や副理事長らが個人的に右問題を口実として申請人らの追出しを計ったため、申請人らは防禦し、反論せざるを得なかったのである。しかも、右問題が事実無根であることは被申請人も以前から了知していたのであり、そのために申請人逸勢は前記露口の依頼により、事情の説明と反論とを記載した「入居者の皆様へ」と題する文書(<証拠略>)を被申請人と申請人逸勢との連名で作成して、本件マンションの入居者に配布したのである。

従って、被申請人の申請人らに対する配置転換命令は、所謂石川侮辱問題に端を発する管理組合理事長らの申請人らに対する濡衣的誹謗中傷と圧力によるものか、若しくは、右理事長らと被申請人とが意を通じてなした何ら理由のない命令である。

(2) 被申請人は、申請人らを採用するに際し、配置転換については何ら説明をしなかった。また、被申請人は、前述の現場見分等事前了解手続をとることなく、一方的に前記配置転換命令を出したものであり、しかも、配転先である神崎ビルは北新地の真中にあり、深夜の管理が中心となるレジャービルであった。被申請人は、申請人らが孫を養育しているのを知りながら、あえて、付近に孫が安全に過ごせる場所もないような神崎ビルへの配置転換を命じたのであって、これは申請人らが拒否せざるをえない状況に陥れて解雇の前提を作ることを意図したものに外ならない。

五  掲示板の問題について

管理組合の掲示板の現実の管理は申請人らに委ねられておるところから、申請人らは、むやみ乱雑に貼付されることを防止するため、本件マンションの入居者らに対し貼付前に申請人らに声を掛けるように求めていたにすぎず、貼付そのものを規制していたわけではない。

六  申請人らの地位の特殊性について

本件マンションの管理組合では、管理会社がセイビ大阪から被申請人に替わる際の昭和五五年三月八日の管理組合理事会決定及び同年四月八日の管理組合総会決議において、申請人らを本件マンションの管理人として残す旨を決定しており、被申請人は右決定を前提として右管理組合と管理契約を締結したのであるから、管理組合の総会での決議またはこれと同等の方法による決議等がなく、一部の入居者の要求のみで、申請人らが配置転換や解雇をされることはないのである。

〔申請人らの反論に対する被申請人の再反論〕

一  申請人らが右反論において主張する事実中、被申請人が申請人らを雇傭する際に配置転換について格別の説明をしなかったことは認めるが、その余の事実はすべて否認する。

二  セイビ大阪の労働条件を承継したとの点について

申請人らを被申請人に紹介した森本は、当時、被申請人の従業員であったが、申請人らから本件マンションで管理会社を捜している旨を聞いたことから、同人らを被申請人に紹介しただけの単なる仲介者にすぎず、被申請人に代わって申請人らの労働条件を決定し得る地位にはなかった。従って、仮りに右森本が申請人八重子の兼職の事実を知っていたとしても、被申請人が兼職を許可したことにはならない。

三  配置転換先について

被申請人は、配置転換先として、当初、奈良パークハイツを指示したが、申請人逸勢は即座に拒否したため、やむなく神崎ビルを指示するとともに、そこへの配置転換を決定したのである。

〔当裁判所の判断〕

一  被申請人がビル・マンション等の委託管理を業とする会社であること、申請人らが昭和五五年六月一日から被申請人に雇用され、本件マンションの夫婦住込管理人として勤務していたこと、及び被申請人が昭和五七年二月二三日付で申請人らを懲戒解雇(本件解雇)したことは、当事者間に争いがない。

そして、申請人八重子が申請人逸勢の妻であって、被申請人から支給される一ケ月の賃金も、申請人逸勢が一三万一〇〇〇円であるのに対し、申請人八重子の分は五万八〇〇〇円であることは当事者間に争いがなく、疎明資料によれば、社会保険料は申請人逸勢のみが負担して、申請人八重子はその被扶養者になっており、同申請人の職務は申請人逸勢の業務を補助することを内容とするものであったことが一応認められ、右事実によると、申請人八重子は、申請人逸勢の本件マンションの住込管理人としての業務の性質上、その補助者として同申請人と共に被申請人に雇傭された者であって、その雇傭契約の地位は申請人逸勢のそれに附随ないし附従する特殊なものであったと考えられる。

二  ところで、申請人らは被申請人が本件解雇の根拠とした被申請人の就業規則の効力を争うので、まずこの点について検討する。

被申請人の従業員就業規則に〔被申請人の主張〕二(一)に挙示する各規定が存在することは当事者間に争いがなく、疎明資料によれば、申請人逸勢は大正五年三月一六日生れであって、本件解雇当時満六五才であったこと、被申請人の従業員就業規則には、従業員の定年を満六〇才とし、満六〇才を超える者は従業員としては採用せず、業務の都合により必要と認めた者については嘱託として採用することがある旨を定めていること、同じく嘱託員就業規則には、嘱託員とは満六〇才を超えて雇用された者をいうが、雇用期間と休職に関する同規則の特別の規定の外は、すべて従業員就業規則による旨を定めていることが、一応認められる。そして、右各規則によると、被申請人における申請人逸勢の地位は嘱託員であったことになるけれども、その解雇については申請人八重子と同じく、前記従業員就業規則の規定によることとなる。

申請人らは、右各就業規則が、申請人らが雇傭された後に定められたものであること、申請人らの了知できるよう掲示や配布がされなかったこと及び申請人らの同意を得て定められたものでないことを理由として、申請人らに対しては効力を生じないと主張するのであるが、労働者の労働条件を定型的に定めた就業規則は、それが合理的な労働条件を定めたものである限り、使用者と労働者との間の労働条件はその就業規則によるという事実たる慣習が成立しているものとして、法的規範としての性質を認められているものと考えられるから、労働者は、就業規則の存在及びその内容を現実に知っていると否とにかかわらず、また、これに対して個別的に同意を与えたか否かを問わず、当然にその適用を受けるものと解すべきである(最高裁判所昭和四三年一二月二五日大法廷判決・民集二二巻三四五九頁参照)。そして、前記各就業規則を通覧すると、その内容は各種ビル管理会社における労働条件を定型的に定めたものであって、格別不合理な労働条件を定めた規定は見当らないから、申請人らの主張する事情があったとしても、申請人らにおいて右各就業規則の適用を拒むことはできないものといわなければならない。

三  そこで、本件解雇が有効であるか否かについて、被申請人の主張の順序に従って、解雇理由の存否を検討する。

(一)  まず、指示命令違反の点については、申請人らが、本件マンションの管理業務は、被申請人の従業員としてなしているのではなく、管理組合総会の決議等に従ってなしているのであるから被申請人の指示に従わない旨を再三にわたり主張していたことは、当事者間に争いがないけれども、申請人らがこれに藉口して具体的な日常の業務につき被申請人の指示に従わなかったことを認めるに足る疎明資料はない。

(二)  配置転換命令違反の点については、申請人らが、昭和五七年一月一三日付で被申請人から同年二月一日から神崎ビルで勤務するように命ぜられながら、これに従わなかったことは、当事者間に争いがない。

申請人らは、右配置転換命令は後日撤回されたと主張するけれども、右主張を裏付けるに足る疎明資料はない。

また、申請人らは、右配置転換命令は被申請人の使用者としての権利を濫用したものであると主張する。しかし、疎明資料によると、後記紛争のために、当時申請人らと本件マンションの管理組合の役員や一部の入居者らとの間が険悪になっており、遂には右管理組合が被申請人との間の管理委託契約の継続を拒否することすら予想される事態になっていたこと、被申請人の代表者露口晃夫は、この状態を打開するための収拾策として申請人らを他へ配置転換しようと考え、辞令面には配置先として本件マンションに近い神崎ビルを記載しながらも、当時管理人を必要とした奈良のマンションに移っても良いことを申請人逸勢に告げたが、申請人逸勢が言下にこれを拒絶したため、前記配置転換を命ずるに至ったこと、神崎ビルは大阪市北区曽根崎新地一丁目に所在し、階下にはスナック六店舗があるが、その他は建設会社等の事業所が多数入居しているものであることが、一応認められる。そして、右認定事実によると、被申請人側に急いで申請人を他へ移転させる必要性があったことは明らかであり、申請人らの側においても、奈良のマンションはもとより、神崎ビルも必ずしも深夜の管理が中心となるレジャービルとまではいうことはできず、申請人らが五歳の孫と一緒に入居し管理するのは不適当とは考えられないのであるから、前記配転命令を権利の濫用と観ることはできない。

なお、申請人らを雇傭する際に被申請人が配置転換について何らの説明もしなかったことは当事者間に争いがないけれども、将来配置転換をしない約束でもあったというのであればとも角、これについて説明がなかったからといって被申請人が業務上の必要に迫られて配置転換を命ずることを妨げる事由となるものではないし、以上の外申請人らが右権利濫用を裏づける事実として主張するところは、いずれもこれを認めるに足る疎明資料がない。

(三)  申請人逸勢が神崎組における被申請人の信用を失墜させたとの点については、申請人逸勢が、被申請人に対しては神崎ビルへの配転を拒絶しながら、昭和五七年一月二〇日同ビルへの配転命令を受けたと称して同ビルの所有者である神崎組の柿坂課長と面談したことは当事者間に争いがなく、疎明資料によると、申請人逸勢は、右面談の際、柿坂に対し、大声で被申請人の悪口を言い、神崎組に対して礼を失する言辞を述べ立てたこと、そこで同社は申請人逸勢が引揚げた後直ちに、当時神崎ビルの管理業務をしていた被申請人の従業員須崎を通じて、被申請人に強く抗議するとともに、申請人逸勢が管理人として赴任するのであれば、被申請人との管理委託契約を解約すると申入れたこと、そのため前記露口は翌日同ビルを訪れ、神崎組に対し辞を低くして陳謝し、ようやく事無きを得たことが、一応認められる。そして、右の事実関係によると、申請人逸勢の神崎組に対する右言動は被申請人のビル管理会社としての信用を失墜させたものという外はない。

(四)  申請人八重子の兼職の点については、申請人八重子が午後六時から同九時まで関西建物管理株式会社で勤務していたことは当事者間に争いがなく、また、疎明資料によると、同女は、午前八時から同一一時まで株式会社ビルドに勤めていたこと、右両会社はいずれも被申請人と同じ業種の会社であって、申請人八重子の仕事は清掃業務であったことが、一応認められ、被申請人に勤務している申請人八重子にとって右各会社における業務が二重の業務になり、かつ、申請人八重子が右両会社に勤務する時間に本来の勤務場所である本件マンションから離れていたことは明らかである。

この点について、申請人らは、申請人らが被申請人に雇傭される際の労働条件はセイビ大阪のそれと同様であるとの約束であったところ、セイビ大阪は申請人八重子の右兼業を容認していたのであるから、右兼業については被申請人の許可を受けていたことになると主張する。そして、疎明資料によると、昭和五五年五月末日まではセイビ大阪が本件マンションの管理業務を委託されており、申請人らは同会社の従業員として本件マンションの住込管理人の仕事をして合計一二万円の給与の支給を受けていた外、申請人八重子は当時から前記各会社の清掃婦の仕事をもしていたこと、ところが、その頃水道料金の負担について管理組合とセイビ大阪との間で紛争が生じたため、管理組合は、申請人逸勢の進言を容れてビル管理の委託先を変更しようと考え、同申請人の仲介によって被申請人と管理委託契約を締結することとなり、同年五月三一日セイビ大阪との管理委託業務を解消して、同年六月一日から被申請人が本件マンションの管理業務を引受けることになったこと、そして、被申請人と管理組合との話合いにより、申請人らは引続き本件マンションの住込管理人として被申請人に雇傭されることになり、その際被申請人に対し月額一六万円程度の給料を支払われることを希望したことが、一応認められる。しかし、そもそもセイビ大阪が申請人八重子の兼職を承認していたかどうかすこぶる疑わしいばかりでなく、その当時、申請人八重子が前記各会社に勤めていることを被申請人が知っていたこと及び申請人らがこの点について被申請人の了解を求めたことを認めるに足る疎明資料はないので、本件マンションにおける申請人らの労働条件を従前通りとする黙約があったか否かはとも角として、被申請人が申請人八重子の兼業についてまで容認していたものと観ることはできない。

(五)  申請人逸勢が管理業務を怠っていたとの点については、疎明資料によると、申請人逸勢は、申請人八重子がパートタイマーとして外出して本件マンションにいない前認定の時間帯にも、何回か外出したことがあるほか、来訪者の受付や好ましくない第三者の立入阻止などが管理人の業務とされているにかかわらず、本件マンションの管理人室の電話線を延長して電話を奥の管理人の居室に引込んで、そこに居るのを常としていたことが一応認められ、右事実によれば申請人逸勢が本件マンションへの出入りを十分に監視していたとはいい難い一面があると思われる。しかし、右電話の引込みについては被申請人も巡回等の際にこれを了知していた筈であるのに、申請人らにその復旧を命じた形跡はないし、申請人らが管理人室にいなかったために、本件マンションの管理に著しい支障を来したことを認めるべき資料もない。

なお、申請人らが、被申請人の主張するように夜間の巡回業務を怠っていた事実は、これを認めるに足る証拠はない。

(六)  申請人らに越権行為があったとの点については、疎明資料によれば、本件マンション内にその管理組合の所管する掲示板が設置されており、入居者に対する案内や注意等の伝達事項がこれに掲示されているところ、申請人らは入居者や管理組合に対し、右掲示板に文書を掲示する際には管理人の了解を得るよう要求していたことが、一応認められる。申請人らは文書の掲示そのものを規制しようとしていたのではないと主張するけれども、右掲示板は管理組合の所管物なのであるから、右組合からの委託でもあるのであれば格別、管理人が勝手に右掲示板の利用について自らの了解を得ることを入居者等に要求することは、その職分の範囲を超えたものという外はない。

(七)  申請人らが本件マンションの入居者との紛争によって被申請人の信用を失墜させ、被申請人に損害を被らせたとの点については、当事者間に争いのない事実及び当裁判所が疎明資料によって一応認定した事実は次の通りである。

(1) 申請人逸勢は、昭和五四年冬ころから本件マンションの入居者で足の不自由な石川卓治に対し「ヨイヨイ、ホイホイ」とか、「ヨイショ、ヨイショ」、「一、二、一、二」などと声をかけてからかっていたので、右卓治及びその父隆章、母純子はかねてから申請人逸勢に対し身体障害者を馬鹿にする者として反感を抱いていたところ、昭和五六年七月にも右申請人が同様の言動をしたため、右石川らはいたく立腹し、当時本件マンションの管理組合の理事長であった余語将憲に右の事実を告げて強く苦情を申入れた。

(2) 申請人逸勢は、セイビ大阪に雇傭されていた昭和五二年五月から、大阪中央郵便局の依頼により、本件マンションの入居者宛の郵便物を一括して受取った上、これを各戸毎に区分けして一階の集合郵便箱の各名宛人の箱に入れ、その報酬として年額二万三〇〇〇円を得ていたが、右区分け業務を、集合郵便箱の前でしないで、配達された郵便物を全部管理人室に持ち込んでしていた。ところが、申請人らが、昭和五六年春ころ大学入試の結果や取引先の銀行名など、通常第三者の知り得ない事柄を入居者との間で話題にしたことがあったため、入居者らは郵便の秘密が洩れているとして、前記余語に対し善処方を要求するに至った。

(3) このため、右余語は同年七月一七日ころ被申請人の代表者である前記露口を本件マンションに招いて石川の問題と郵便物の問題について苦情を申入れると共に善処方を要求したので、右露口は同月三〇日に申請人逸勢を被申請人の本社に呼んで事情を聴き改善を命じたところ、申請人逸勢は、石川を侮辱した事実は否定し、郵便物については従前の取扱いを中止し、郵便局から直接各戸の郵便箱に配達させるようにすることを約束した。しかし、右申請人は、余語が自己を無視して頭越しに直接露口に対して苦情を述べたことに立腹し、同日本件マンションに戻るや、直ちに余語の居室へ赴いて同人に不満を述べ立てた。ところが、余語が既に石川らは納得させたとして、申請人逸勢の言い分を取上げなかったため、右申請人はこれを不服として、同年八月二日付で余語に対し、同人の右の態度を非常識、無責任極まるものと批難するとともに、石川らとの対決を求め、その結果が不首尾の時は解決策として強硬手段(告訴)に訴えるも辞さないし、余語も石川の共犯者と推測されるから、今後の推移によっては刑法第二三〇条、第二三二条により告訴する方針であることを記載した文書を送付した。

(4) 申請人逸勢は、その後一時郵便物の区分けを中止したものの、約一ケ月後には従前の取扱いを再開し、余語から苦情が伝えられたこともあって、露口は再三にわたって右取扱いをやめるように指示したが、申請人逸勢は一向にやめようとはしなかった。

また、前記石川らに対しては、申請人逸勢はその後も一向に態度を改めようとしなかったため、引続き苦情が絶えず、露口が余語と相談して自ら石川宅へ謝りに赴くなどの鎮静策を講じているのに、申請人逸勢は相変らず自らが卓治を侮辱したことはないとして石川らを批難攻撃するばかりか、遂には余語に対しても批難を加える様になった。

(5) そこで、露口は、右管理組合の前理事長金子とも相談し、右申請人と共に余語に謝罪して事態を円満に解決しようと考え、同年一〇月一八日渋る申請人逸勢を伴って余語宅を訪れたが、右申請人が足を組んで横座りになり机に肘をついたまま「すんまへんでしたなあ。」と言ったため、余語は、これでは謝罪したことにならないとして、かえって立腹する結果になった。

そればかりでなく、申請人逸勢は余語に対し、同月二五日には同人が管理組合理事会の議事録を作成していないとして非難する文書を、翌二六日には同人が本件マンション内の出来事を感情的に処理し、理事長として不適任であるとしてその辞職を奨める文書を、いずれも匿名で作成して送付した。

(6) これより先、申請人逸勢は、同年八月ころの管理組合理事会で余語や浜田副理事長、石川らが協力して申請人らの追出しを画策し、その後被申請人もこれに協力しているのではないかとの疑念を抱いていたが、同年一〇月一八日の余語との話合いが決裂したことからますますその疑いを強くし、自己の管理人としての地位を守るために必要と考えてか、<イ>同年一〇月三一日には余語宛に、同人は事実を曲解している、結着をつけねばならない時に来ている、少々精神的に狂いが出ているのではないか、小生も人権と生活権を守る為には戦わねばならないと思う、などと記載した文書を送付し、<ロ>同日余語に対し、余語理事長、浜田副理事長、石川隆章氏三名に依る管理人秋山氏追出しについて提言すると題して、ルールを守らぬメチャメチャな行動である、管理人追出しに成功しても、マンションを二分し、大きいシコリを残す、場合によっては一大惨事も起る可能性もある、などと記載した匿名の文書を送付し、<ハ>同年一一月六日余語宛に理事会のあり方を批難した匿名の文書を送付し、<ニ>同月初めころ、管理人より入居者各位に告ぐと題し、今回管理組合役員一部の謀略に依る管理人追放の企が行なわれている、人権無視の弾圧的、一方通行の行為を平然として行っている、などと記載した文書を本件マンションの各階に掲示し、<ホ>同月一七日余語宛に、法的解決に向って進む決意であること、総会開催となると真相暴露の最悪事態が生じた時、入居者より激しい批難の声があがると思われるが、それでよいのか、貴殿が現在迄サンハイム在中を通じて何か良心に引掛ることはないか、貴殿と小生との間が冷却すれば、この問題は取上げなければならなくなる、貴殿の身上に重大な汚点を残すことになる、と述べていることなどと記載した文書を送付し、<ヘ>同年一二月二三日付で余語宛に、法的処置による解決を図る所存であるので、受領後一五日以内に回答を求め、回答なき場合は、訴訟手続をとる旨記載した内容証明郵便を送り、<ト>昭和五七年二月三日付で石川隆章宛に貴殿の行っている策動は重大なる労働権及び生活権の侵害である、また刑法にもかかわる不法行為である、刑事民事両法による法の裁きを仰ぐ決心であると記載した内容証明郵便を同人の勤務先に送り、これ以後も、余語に対し少くとも六回にわたって文書を送付しているが、その内容はおおむね以上の各文書と同様の挑戦的で、かつ余語を愚弄するものであった。

(7) 昭和五七年二月二〇日から二三日までの四日間、余語宅に於て、余語、浜田、石川、露口らが出席して入居者に対する本件紛争の説明と管理人及び管理会社に対する苦情を聞く機会が設けられたので、これに先立って同月二〇日に露口らが申請人逸勢を呼んでその言い分を聞こうとしたが、同申請人は自己の立場を一方的に大声で言うのみで、他人の言い分や意見に耳を藉そうとしなかったため、約一〇分でその場から追出され、その後の集会には呼ばれなかった。

(8) 以上のような本件マンションの入居者ないし管理組合と申請人らとの紛争によって、申請人らの使用主である被申請人は次第に右入居者及び管理組合からの信用を失い、同年五月三一日に期間の満了する右管理組合との間の本件マンションの管理委託契約は遂に更新されることなく終了してしまった。

以上の事実によって考えると、本件マンションにおける入居者ないし管理組合と申請人らとの間の紛争発生の原因の大半は申請人らの所為にあるにかかわらず、申請人ら、殊に申請人逸勢は自らこれを反省することなく、責任を他に転じて管理組合理事長と前記石川らを非難中傷し、本件マンションの管理業務委託者である被申請人を次第に窮地に追込んだのであって、仮に申請人逸勢が石川卓治を侮辱したことがなかったとしても、前記露口や余語の配慮によって石川らとの紛争は一旦解決に向っていたのに、不貞腐れた言動で事態を更に紛糾させたのは右申請人自身であり、昭和五六年一〇月末以降同申請人が作成して関係者に送付し或いは掲示した文書に至っては、通常の弁明ないし釈明の域を超えて、激越かつ執拗を極めるものと評さざるを得ない。そして、これらの所為は、被申請人の従業員である本件マンションの住込管理人としての立場においてなされたものであり、これによって被申請人の信用を著しく失墜させたものという外はないのみならず、被申請人は右紛争によって遂には本件マンションの管理組合から前記管理委託契約を解消されるに至ったのであるから、被申請人が申請人らの所為によって著しい損害を被ったことは明らかといわなければならない。

(八)  申請人らが無権限で被申請人代表者名義の書面を作成し、かつ被申請人に無断でこれを本件マンションの入居者に配布したとの点については、疎明資料によると、昭和五六年一一月一五日の管理組合の理事会で管理会社の変更について各入居者からアンケートをとることが決ったところ、これを知った申請人逸勢は、アンケートの結果の如何によっては自分が管理人としての職を失うかもしれないと心配して前記露口にその旨を連絡すると共に、事情を知らない入居者に文書を配布することを進言したこと、右露口はこれを容れて右申請人に原稿を作成するよう命じたので、申請人逸勢は、同月二〇日ごろ被申請人代表者としての露口とその管理人としての自分との連名の原稿を作成して被申請人本社へ持参したけれども、その従業員に対し、まずいところがあったら社長に訂正してもらってくれ、と伝えただけで、露口にはこれを見せないままそのコピーを作成させ、同月二二日ころに右コピーを入居者へ配布したことが一応認められ、右申請人逸勢の所為は、被申請人の従業員として無権限かつ無断の行為という外はない。

四  以上に説示したところによって考えると、被申請人の主張する解雇事由のうち、申請人らの指示命令違反の点についてはこれを認定することができず、申請人逸勢が管理業務を怠ったとの点についても、前記三(五)に認定した程度であってみれば、これのみで懲戒解雇の事由になるものとは考え難いけれども、申請人らのその余の各所為は、被申請人の従業員就業規則に定める服務規定に違背するものであって、同規則第四一条第三、第六及び第一一号に該当するのに、改悛の情が認められないとき(同一四条五号)、及び勤務成績が著しく不良で、被申請人に著しく損害または信用失墜を与えたとき(同条二号)に当るものというべきであるから、被申請人が同規則第四二条に基づいてなした申請人らに対する本件懲戒解雇処分はその理由を具備するものとしなければならない。

五  申請人らは、本件マンションの管理組合の総会またはこれと同等の方法による決議等によらなければ解雇されることのない地位を有するものと主張するけれども、疎明資料によると、昭和五五年六月から被申請人が本件マンションの管理に当るに先立ち、管理組合がその総会等において申請人らを引続き本件マンション管理人として残すことを決議したこと、右決議に至った動機は、申請人らがセイビ大阪の不誠実な管理行為を公表するなどして本件マンションの入居者のために協力した労に酬いようというにあったこと、そして被申請人は当時の管理組合理事長金子の右決議に基づく要請に応じて、本件マンションの管理を開始した昭和五五年六月一日付で申請人らを雇傭したことが一応認められるに過ぎず、申請人らが被申請人に雇傭された後までもその処遇について管理組合が被申請人に介入し得る立場にあったものとはとうてい考えられないから、申請人らの右主張は採用の限りでない。

また、申請人らは、被申請人は本件解雇に先立って申請人らに弁解の機会を与えなかったと主張するけれども、疎明資料によると〔被申請人の主張〕三における主張事実はすべて一応これを認めることができ、右事実によると、被申請人は、本件解雇に先立って就業規則第四三条に基づいて申請人らに弁明の機会を十分に与えたものというべきであるから、申請人らの前記主張も採用することができない。

六  してみれば、申請人らの本件各申請は、その余の点について判断するまでもなくいずれも理由がないことに帰着し、保証をもって疎明に代えさせることも相当でないから、これを却下することとし、申請費用につき、民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用して、主文の通り決定する。

(裁判長裁判官 中川臣朗 裁判官 安藤裕子 裁判官 長久保守夫)

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