大阪地方裁判所 昭和57年(ワ)1567号 1984年12月26日
原告
菅孝節
右訴訟代理人弁護士
西川雅偉
被告
株式会社総合健康リサーチセンター
右代表者代表取締役
谷口正毅
右訴訟代理人弁護士
弥吉弥
主文
1 被告は、原告に対し、金三〇六万五〇五〇円および内金一六六万三二〇〇円に対する昭和五七年三月一三日から完済に至るまで年一四・六パーセントの、内金一四〇万一八五〇円に対する昭和五七年三月一三日から完済に至るまで年五分の各割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、これを一〇分し、その七を被告の、その余を原告の各負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し、金四七一万六〇六〇円および内金三二六万六六〇〇円に対する昭和五七年三月一三日から完済に至るまで年一四・六パーセントの、内金一四四万九四六〇円に対する昭和五七年三月一三日から完済に至るまで年五分の各割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 雇用契約の成立と終了
(一) 被告は、昭和五三年五月に設立された、疾病予防及び健康管理のための施設の設置、管理及び賃貸借等を目的とする資本金二五〇〇万円の株式会社(以下、被告会社という)であり、一方、原告は、中華人民共和国に生まれ、昭和三六年現在の北京大学医学部の前身である北京医学院を卒業の後、北京市友誼病院で眼科医として勤務していたところ、昭和四八年来日し、同五〇年日本に帰化したものであるところ、原告は、昭和五三年五月、被告会社に雇用され、健康診断受診者の眼底写真撮影と右撮影結果についての意見報告の業務に従事してきた。
(二) しかるところ、被告会社は、原告に対し昭和五六年一一月二八日付文書をもって、事業閉鎖を理由に右文書到達の日から三〇日目をもって解雇する旨の通告をし、右文書は同年一二月三日原告に到達したので、昭和五七年一月三日をもって、原被告間の雇用契約関係は終了した。
2 被告会社における賃金、退職金の定め等
被告会社の就業規則(甲一九号証)は、三六条において「賃金等に関しては、別途定める規定による。」と定め、また、三八条では「退職金に関しては別途定める。」と規定しているところ、被告会社に右条項にいう規定は存在しないが、被告会社の就業規則自体が、被告会社の親会社ともいうべき訴外財団法人日本予防医学協会(以下、協会ともいう)の就業規則(甲二〇号証)をそのまま引き写したものであり、賃金、退職金等については、右協会の給与規程(甲二一号証)や退職金給与規定(甲五号証)等に準拠した運用がなされてきた。そして、右協会の給与規程二三条は、年一回定期昇給を行うこと、昇給額は、その者の勤務成績、生計費及び給与の一般水準を勘案し、協会の経営状態に応じて決めると規定して、その額はともかく、定期昇給をなすこととされているのであり、従来被告会社でも右に準拠して処理されてきた。しかるところ、昭和五四年、総評大阪地域合同労働組合リサーチ分会(以下、組合という)が結成され、以後被告会社における労働条件等は、右組合との協議で決定されることとなったが、賃上についても昭和五五年度は、被告会社と右組合との間で、従業員個々人の勤務成績に関係なく一律に賃上する旨の協定が締結され、あわせて組合に加入していない従業員についても、右協定の基準に従って賃上を実施し、同五六年度についても、同様に一律賃上の協定が締結され、原告を除く他の従業員全員につき、右協定の基準に従って賃上が実施された。右の次第で、被告会社と非組合員従業員間には、賃上に関する組合との協定の基準に従って賃上する旨の黙示の合意が存するものというべきである。
また、毎年の夏期及び冬期一時金についても、被告会社は従来から従業員に右各一時金を支給してきており、右一時金の支給は、被告会社の慣行になっていたというべきところ、組合結成以後は組合との協定の基準によって非組合員を含む全従業員に一時金を支給してきたものであるから、被告会社と従業員間には、右賃上に関する合意と同様の黙示の合意が存するものというべきである。
3 原告には、次のとおり、未払賃金等の請求権がある。
(一) 昭和五六年四月から七月分までの同年四月賃上相当額賃金合計四万四〇〇〇円
昭和五六年度賃上について、同年五月二五日、被告会社と組合間に、一律基本給につき九〇〇〇円、住宅手当につき二〇〇〇円を各賃上げし、これを同年四月分から実施する旨の協定が成立した。従って、前記2のとおりの被告会社と従業員間の賃上に関する組合との合意内容に従って賃上げする旨の合意により、原告についても、同年四月から右金額(合計一万一〇〇〇円)の賃上がなされた。
しかるところ、被告会社は原告に対し、同年四月分から七月分まで従前の賃金額の賃金を支給したのみで、右賃上相当額については支給せず、その未支給合計額は、四万四〇〇〇円(一万一〇〇〇円×四か月)となる。
(二) 昭和五六年度夏期一時金五七万八〇〇〇円
昭和五六年度夏期一時金について、同年七月二日、被告会社と組合間に、一律基本給の二か月分に三万円を加えた額の一時金を支給する旨の協定が締結された。従って、前記2のとおりの被告会社と従業員間の一時金支給に関する組合との協定の基準に従って非組合員従業員にも一時金を支給する旨の合意により、原告も、基本給二七万四〇〇〇円(従前の基本給二六万五〇〇〇円に前記昭和五六年度賃上額九〇〇〇円を加えたもの)の二か月分に三万円を加えた五七万八〇〇〇円の夏期一時金請求権を取得した。しかるに、被告会社は原告に対しこれを支給しない。
(三) 昭和五六年度冬期一時金九二万二〇〇〇円
昭和五六年度冬期一時金について、同年一二月、被告会社、組合間に、一律基本給の三か月分に一〇万円を加えた額の一時金を支給する旨の協定が締結された。従って、前記2、3(二)と同様の趣旨で、原告も、基本給二七万四〇〇〇円の三か月分に一〇万円を加えた九二万二〇〇〇円の冬期一時金請求権を取得した。しかるに、被告会社は原告に対しこれを支給しない。
(四) 昭和五六年八月分から同五七年一月三日までの賃金合計一七二万二六〇〇円
被告会社は、昭和五六年七月三一日、原告を解雇したと称して、以後、原告の就労を拒否し続け、同年八月分から前掲1(二)記載の昭和五七年一月三日までの賃金を支払わない。
右未払賃金額の合計は、左のとおり、一七二万二六〇〇円となる。すなわち、
(1) 昭和五六年八月分から同年一二月分まで、毎月三一万九〇〇〇円宛(従前の賃金月額に前記昭和五六年度賃上分一万一〇〇〇円を加えたもの)、計一五九万五〇〇〇円(三一万九〇〇〇円×五)
(2) 昭和五七年一月分 一二万七六〇〇円
被告会社がその賃金処理について準拠していた前記協会給与規程によると、給与の毎月の計算期間は前月一六日から当月一五日までを一期間として行うが、退職者の給与については、退職月に限り日割計算とされ、そして、右日割計算は、一か月の二五分の一の額に勤務日数を乗じたものとされるところ、原告の一月分給与算定の基礎となる勤務日数は、同五六年一二月一六日から同五七年一月三日までの間のうち、日曜日及び第四土曜日並びに年末始休日の一二月二九日から一月三日までを除いた日数一〇日であるから、原告の一月分として支給を受くべき賃金は、一二万七六〇〇円(三一万九〇〇〇円÷二五×一〇日)となる。
(五) 退職金 一四四万九四六〇円
被告会社は、退職金の算定及びその支給について、前掲2記載のとおり協会の退職金給与規定(以下、本件退職金規定ともいう)に基づいてなしてきた。そして、本件退職金規定は、退職金額は退職時の基本給月額の二分の一と役付手当額との合計額に勤務年数に応じた所定の支給率を乗じたものとし、これを退職決定の日より七日以内に支払うとし、また、勤務年数の端数処理については、一か月未満は一か月としたうえ、一年未満の分は月割として算定する旨定めている。そこで、以上に基づき原告の退職金額を算定すると、
(1) 原告の退職時の基本給月額は前記のとおり二七万四〇〇〇円であり、
(2) 原告の退職金額算定の基礎となる勤務年数について、被告会社は、原告が同会社に雇用された際、将来原告が退職するときは、退職金算定にあたり、被告会社における勤務年数に、原告が訴外梅新メディカル株式会社(以下、梅新メディカルという)において勤続した年数を加算したものを勤務年数とする旨約した。しかるところ、原告は、梅新メディカルに昭和五〇年四月一日入社し、被告会社を同五七年一月三日退職したものであるから、その勤務年数は六年一〇か月となり、
(3) そして、右勤務年数に対応する支給率は、別紙(略)計算書記載1のとおり一〇・五八であるから、
以上(1)ないし(3)によれば、別紙計算書記載2のとおり、一四四万九四六〇円となる。
4 仮に、前掲2記載の賃上及び一時金支給に関する合意が認められず、右各支払の請求権がないとしても、以下のとおり、原告のみ賃上をせず、夏期冬期各一時金を支給しないというのは、明らかに労働基準法三条に違反する差別的取扱というの他ないものであって、右は不法行為を構成するというべく、これにより原告は、もし差別的取扱いを受けなければ得たであろう賃金等(前掲3(一)ないし(三)、同(四)(五)のうち賃上部分)と同額の損害を被ったので、その賠償を請求する。
すなわち、労基法三条は、「使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱いをしてはならない。」と定めているところ、被告会社は、原告を除く全従業員に対し、前記組合員であると否とにかかわりなく前記各協定に基づき、昭和五六年度の賃上を行い、夏期冬期各一時金を支給したのであるから、しかも原告自身前年度は他の従業員と同じ扱いを受けていたのであるから、昭和五六年度においても当然同様の取扱いをすべきものであり、一人原告のみその処理をしないことに何らの合理性もないといわねばならない。もっとも、被告会社は、後記のとおり原告の従前の賃金が他の従業員に比して高額に過ぎたためその是正のため昇給させなかった旨主張するが、当時原告の賃金が他の従業員と比較して高額に過ぎるなどとはいい難いばかりでなく、そもそも、原告は中国において医師として仕事をしてきたものであり、従来からこの点を考慮の上でその賃金が決定されてきたのであって、なるほど、他の従業員と比較した場合その賃金が高い傾向にあったことは否定しえないとしても、そのようにしたのは被告会社自身であり、今更、原告の賃金が高額に過ぎるなどというのは明らかに不当である。
右の次第であるから、原告のみ賃上をせず、一時金を支給しないことは、明らかに不合理な差別取扱いであって、不法行為を構成するといわねばならない。
5 よって、原告は被告に対し、前記3(一)ないし(五)の賃金、退職金合計四七一万六〇六〇円(予備的に、(一)ないし(三)と(四)、(五)のうち賃上相当額部分につき、不法行為による損害賠償請求権に基づき)および内右(一)ないし(四)の合計三二六万六六〇〇円に対する弁済期後である昭和五七年三月一三日から完済に至るまで賃金の支払いの確保等に関する法律六条所定の年一四・六パーセントの割合による、内右(五)の一四四万九四六〇円に対する同じく三月一三日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による各遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1(一) 請求原因1(一)のうち、被告が昭和五三年五月に設立された疾病予防及び健康管理のための施設の設置、管理及び賃貸借等を目的とする資本金二五〇〇万円の株式会社であること、原告が昭和五三年五月、被告会社に雇用され、健康診断受診者の眼底写真撮影結果についての意見報告の業務に従事してきたことは認め、その余の点は不知。
同(二)のうち、被告会社が原告に対し昭和五六年一一月二八日付文書をもって事業閉鎖を理由に右文書到達の日から三〇日をもって解雇する旨の通告をし、これが同年一二月三日原告に到達したことは認める。
2 同2のうち、原告退職当時、被告会社は独自の退職金規定を有していなかったこと、昭和五四年に組合が結成され、被告会社における労働条件等が右組合との協議により決定されるようになったこと、昭和五五年度賃上について被告会社と右組合間に、一律に組合員の賃上をする旨の協定が締結され、非組合員の従業員にもその協定の基準に従った賃上を実施し、同五六年度の賃上についても、同様に一律賃上の協定が締結され、原告を除く他の非組合員従業員にもその協定の基準に従った賃上が実施されたことは認め、退職金の支給について協会の退職金規定(甲五号証)に準拠した運用がなされてきたこと、被告会社と従業員との間に、賃上、並びに一時金支給に関する組合、会社間の協定の基準に従って、賃上、一時金支給を実施する旨の黙示の合意が存するとの主張は否認する。
3(一) 同3(一)のうち、被告会社、組合間に、昭和五六年五月二五日、原告主張の賃上協定が成立したこと、原告に対しては賃上を実施しなかったことは認め、その余の点は否認する。被告会社は、原告の従前の賃金が他の従業員と比較して高額に過ぎたのでその是正のため昭和五六年度の賃上をしなかったものである。
(二) 同(二)のうち、被告会社、組合間に、昭和五六年七月二日、同年度夏期一時金支給に関する協定が締結されたこと、原告には右一時金を支給しなかったことは認め、その余の点は否認する。原告に一時金を支給しなかったのは、原告については一般社員と異なり医師待遇であったので、医師並みに五万円のみを支給したのである。
(三) 同(三)のうち、被告会社・組合間に、昭和五六年一二月、原告主張の協定が締結されたこと、原告に対しては右一時金を支給していないことは認め、その余の点は否認する。
(四) 同(四)のうち、被告会社が昭和五六年七月三一日に原告を解雇し、以後、原告の就労を拒否し続け、同五七年一月三日までの間の賃金が未支払いであることは認め、その余の点はすべて争う。
(五) 同(五)冒頭の事実のうち、被告会社が退職金の算定・支給を協会の本件退職金規定に基づいてなしてきたとの点は否認する。
被告会社は、原告解雇当時退職金規定を有さず、梅新メディカルの退職金規定に基づき退職金を計算支給してきたが、その規定内容は、「基本給月額の二分の一に勤務年数を乗じた金額」を退職金とするものである。
同(1)は否認する。原告の退職時の基本給月額は二六万五〇〇〇円である。
同(2)のうち、原告が昭和五〇年四月一日に梅新メディカルに入社したこと、原告の退職金額算定の基礎となる勤務年数については右梅新メディカルにおける勤務年数も被告会社における勤務年数として扱われることは認め、原告の勤続年数が六年一〇か月であるとの点は争う。
同(3)は争う。
4 同4はすべて争う。
5 同5は争う。
三 抗弁
1 原告に対する解雇
(一) 被告会社は、次のとおり、原告には、就業規則四四条所定の懲戒解雇事由が存し、懲戒解雇すべきところ、昭和五六年七月三一日、一か月分の賃金相当額の解雇予告手当を提供のうえ、被告会社の就業規則一一条五項に則り原告を通常解雇した。
(二) 原告に対する解雇理由は次のとおりである。
被告会社の就業規則四四条は、懲戒解雇事由として、(1)故意または重大な過失によって被告会社に損害を与えたとき、(2)信用を著しく傷つけたとき、(3)正当な理由なく被告会社の指示命令に従わず、また諸規則に違(ママ)したとき、(4)秩序、風紀を乱す行為があったとき、(5)役員または従業員に対し、暴行、脅迫を加えたとき、(6)役員または従業員に対し、不当にその業務を妨害したとき、と規定しているところ、左のとおり、原告には右各懲戒解雇事由が存する。すなわち、原告は、
(1) 被告会社に損害を与えたこと、
昭和五六年四月から七月末までの間、営業時間中に四、五回、被告会社内の眼底検査室及び事務室において、来客の面前または来客に聞こえるように被告会社事務長瀧川良一と大声で口論し、右瀧川が静かに話すよう命じても聞き入れず、そのため来客に検査ミスかも知れない不安感を与え、その後の来客数を減らせた。
(2) 信用毀損
前記行為により被告会社の信用を毀損したほか、前記時期場所において、右瀧川に対し大声で「社長に金を貸しているが、社長は金を返さない。社長は金を持っていない。社長は交際費を使い過ぎだ。社長は信用がない。」等の発言をし、被告会社の信用を著しく傷つけた。
(3) 指示命令違反
前記(1)のとおり右瀧川の指示命令に従わなかった。
(4) 秩序違反
(イ)出勤時間が不正確で、そのため検査の流れに再三支障を来たし、(ロ)検査中も、検査の流れを自分勝手に停止され(ママ)ることが再三あり、検査業務に混乱を招き、(ハ)権限がないのに、自分は株主であると称して他の従業員に命令したり、誰々はクビだ等と人事権に介入するなど、被告会社の経営、営業の秩序を乱した。
(5) 役員に対する暴行
昭和五五年一二月三日午後三時三〇分頃、会議室において、被告会社谷口社長の胸倉をつかみ、ネクタイを引っ張った。
(6) 業務妨害
昭和五五年二月一三日午後二時頃、被告会社の従業員下村幸子に対し、にらみつけたり大声を発したりして同人を畏怖させ、よって同人の業務を妨害した。
2 退職金の提供
被告会社は、原告に対し、前記梅新メディカルの退職金規定に基づき、原告の右退職時の基本給月額を二六万五〇〇〇円とし、退職金算定の基礎となる勤務年数を原告が右梅新メディカルに入社時から被告会社を退職した前記昭和五六年七月三一日までとして、算定した八一万七〇八三円(<省略>)の退職金を弁済提供した。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1(一)のうち、被告会社が昭和五六年七月三一日原告に対し解雇の意思表示をしたことは認める。
同(二)のうち、原告に対する解雇原因(1)ないし(6)の各事実はいずれも否認する。
2 同2は争う。
第三証拠
証拠関係は、本件記録中証拠関係目録に記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 請求原因1のうち、被告会社が昭和五三年五月に設立された疾病予防及び健康管理のための施設の設置、管理及び賃貸借等を目的とする資本金二五〇〇万円の株式会社であること、原告が昭和五三年五月被告会社に雇用され、健康診断受診者の眼底写真撮影と右撮影結果についての意見報告の業務に従事してきたことは当事者間に争いがない。
二 昭和五六年度賃上について
原告は、被告会社と原告を含む非組合員従業員との間には、組合と被告会社間の賃上に関する協定の内容に従って右非組合員従業員についても賃上する旨の黙示の合意が存する旨主張するので、検討する。
1(一) 昭和五四年に総評大阪地域合同労働組合リサーチ分会が結成され、同年以後被告会社における労働条件等は右組合との協議で決定されることとなったこと、賃上についても、昭和五五年度は、被告会社と右組合間に従業員個々人の勤務成績に関係なく一律に賃上する旨の協定が締結され、被告会社は、非組合員に対しても右組合との協定の基準に従った賃上を実施し、同五六年度についても、同年五月二五日、被告会社組合間に、一律基本給につき九〇〇〇円、住宅手当につき二〇〇〇円を各賃上げし、これを同年四月分から実施する旨の協定が締結され、被告会社は、原告を除く非組合員の従業員に対して右協定の基準に従った賃上を実施したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。
(二) (証拠略)を総合すると、
被告会社は、設立当時、財団法人日本予防医学協会の子会社的存在であったところ、被告会社における従業員の給与の支給等については、同会社の就業規則三六条が「賃金等に関しては、別途定める規定による。」と規定しているが、被告会社独自の給与規定はなく、右協会の給与規程に準じた取扱いがなされてきたこと、そして、昇給につき、右規程の二三条は、定期昇給は年一回とし、四月に行うものとする、定期昇給は当該俸給を一号俸定期昇給されたものでなければならない、又その者が特に成績 (ママ)献のあった場合に対しては、三号俸内で昇給を認める、昇給額は、その者の勤務成績、生計費及び給与の一般水準を勘案し、経営状態に応じて決める旨規定していること、被告会社は、設立時の昭和五三年から毎年従業員に対し賃上を実施してきたことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。
2 しかしながら、以下の事情を総合勘案すると、右のような事情があるからといって、そのことから直ちに右原告主張の賃上に関する黙示の合意の事実を認めることはできず、他に右主張を認めるに足る証拠はない。
すなわち、
(証拠略)を総合すると、前記協会の給与支給規程二三条はいわゆる定期昇給に関するもので、いわゆるベースアップに関するものではないところ、被告会社が毎年実施してきた賃上は、被告会社代表者が独自に各従業員について査定のうえその賃上額を決定してきたもので、右規程に基づく定期昇給とは別異のベースアップであること、また、右賃上について全従業員一律ではなく、就中幹部従業員については別異の考慮をしてきたこと、昭和五五、五六年度の協定に基づく賃上は、ベースアップであり、定期昇給ではないこと、一般に、使用者が組合との賃上協定による基準に従って非組合員にも同協定の適用が及ぶが如き取扱いを実際上行っているとしても、それは、使用者の賃上協定と同じように取り扱う旨の各従業員に対する個別的意思表示に基づくものである(但し、労働組合法一七条が適用される場合は除く)というべきであるところ、前記昭和五五、五六年度の賃上協定の基準に従って非組合員に対してなされた賃上も右と同趣旨によったものというべきであること(これと別異に解すべき証拠はない)、被告会社は、以前より原告の賃金水準が他の従業員のそれに較べ高水準にあったので、その賃金上昇を抑制しようと考えていたところ、昭和五五年度については他の従業員と同様に賃上げすることにしたが、同五六年度において、原告の賃金水準と他の従業員の賃金水準との均衡をとるべく、原告の賃上を見送ったこと、以上の事実が認められ、これを覆すに足る証拠はない。
以上の認定事実を総合すると、黙示的にしろ、被告会社が原告に対し、昭和五五年以降組合との賃上協定と同じように原告の賃上を実施する旨の意思表示をなしているものとは到底解し難く、従って、前記原告主張の賃上に関する協定の内容に従って原告を含む非組合員従業員についても賃上げする旨の合意が成立しているとは認め難い。
よって、その余の点について判断するまでもなく、右原告の賃上相当額分の賃金請求は理由がない。
三 昭和五六年度夏期、冬期一時金請求について
1 原告は、被告会社は従来から従業員に対し夏期及び冬期各一時金を支給してきて、これが被告会社の慣行となっていたというべきところ、組合結成以後は、被告会社と非組合員を含む従業員との間には、一時金支給に関する組合と被告会社の協定の基準に従って一時金を支給する旨の黙示の合意が成立している旨主張するところ、組合、被告会社間において、昭和五五年七月九日、同年度夏期一時金支給につき、それぞれ協定が締結され、原告を含む非組合員従業員も右各協定により算定された額の各一時金の支給を受けたこと、組合、被告会社間において、同五六年七月二日、同年度夏期一時金支給につき、同年一二月、同年度冬期一時金支給につき、それぞれ協定が締結され、原告を除くその余の非組合員従業員も右各協定により算定された額の各一時金の支給を受けたことは当事者間に争いがなく、また、(人証略)によると、被告会社は、その設立された昭和五三年より同五四年度まで、医師を除き原告を含めた従業員に対し、毎年夏期と冬期にそれぞれ一定額の一時金を支給してきたことが認められ、これに反する証拠はない。
2 しかしながら、以下のとおり、右のような事情があるからといって、そのことから直ちに右原告主張の一時金支給に関する合意の事実を認めることはできず、他に右主張を認めるに足る証拠はない。
すなわち、(人証略)を総合すると、被告会社には一時金支給について規定する就業規則その他の内部規定が全くなく、前記昭和五三、五四年度における一時金は、被告会社代表者が各従業員の勤務成績等を査定のうえその支給額を決定して支給したものであり、また、一般に、使用者が組合との一時金協定による基準に従って非組合員にも同協定の適用が及ぶが如き取扱いを実際上行っているとしても、それは、使用者の一時金協定と同じように取り扱う旨の各従業員に対する個別的意思表示に基づくものというべきであるところ、前記昭和五五、五六年度の一時支給(ママ)に関する協定の基準に従って非組合員に対してなされた一時金支給も右と同趣旨によったものというべきこと(これと別異に解すべき証拠はない)、被告会社は、従来より非常勤の医師に対しては、一般従業員と区別して夏期及び冬期に謝礼的意味で各五万ないし一〇万円を支給してきたが、原告に対する昭和五六年夏期一時金より、原告の一時金支給につき医師並みの取扱いとすることにし、組合との協定の基準に従った一時金を一支(ママ)給しないことを決定したことが認められ、これを覆すに足る証拠はない。
以上の事情を総合すると、被告会社が組合結成前に一時金を支給したのは昭和五三、五四年の二年間に過ぎず、到底、一時金支給が被告会社の慣行となっていたとは言い難いし、また、黙示的にしろ被告会社と原告との間に一時金支給に関する協定の基準に従って一時金を支給する旨の合意が成立しているとは認め難い。そして、他に原告の昭和五六年度夏期、冬期各一時金の請求権を理由あらしめるに足る主張立証がないから、その余の点について判断するまでもなく、右各一時金の請求は理由がない。
四 不法行為に基づく損害賠償請求について(請求原因4)
原告は、被告会社は前記昭和五六年度賃上協定及び同年度夏期、冬期各一時金協定の基準に従って、原告を除くその余の非組合員従業員に対し、賃上をし、各一時金を支給しているのに、一人原告に対してのみ右各協定の基準に従った賃上及び各一時金の支給をしないのは、不合理な差別的取扱いであって、これが不法行為となる旨主張する。
なるほど、被告会社が昭和五六年度賃上協定及び同年度夏期、冬期各一時金協定の基準に従って、原告を除くその余の非組合員従業員に対し、賃上をし、各一時金を支給したこと、原告に対しては、右各協定の基準に従った賃上げ及び一時金の支給をしなかったこと、前掲二、三記載のとおりであり、被告会社が昭和五六年度における賃上及び各一時金支給につき、原告を他の従業員と区別した取扱いをしたことは明らかである。
しかしながら、まず右賃上の点についてみるに、(証拠略)によると、被告会社は、眼底写真撮影とその撮影結果についての意見報告業務に従事する原告の給与水準につき、被告会社設立時の昭和五三年六月から同五四年四月頃までは、原告と同じく専門職であるレントゲン技師の喜屋武良裕の給与水準より下回るようにしていたが、同五四年五月頃から逐次の賃上により原告の給与水準が右喜屋武のそれを上回るようになり、また、昭和五三年六月時の賃金を基準とした賃金上昇率についても、原告のそれは、右喜屋武を含む他の従業員のそれと比較してかなり大きくなっていたので、昭和五六年度賃上げに際し、原告に対しては他の従業員と区別して賃上げを実施しないことにより原告の給与水準と他の従業員、特に右喜屋武や専門職である臨床検査技師の尾崎昇との給与水準と賃金上昇率との格差の是正をはかることにし、原告に対する賃上げを見送ったことが認められ、そして、右のような事情からすると、右の措置が格別不合理、不当なものとは認められず、従って、被告会社が昭和五六年度賃上げに際し、原告に対し賃上げをしなかったからといって、これが不法行為となるとは到底認められない。
また、次に右各一時金不支給の点についてみるに、(証拠略)によると、被告会社における一般従業員の勤務時間は午前九時から午後五時までとなっており、部長以下の従業員については、タイムレコーダーによる右勤務時間の管理がなされているところ、原告については、被告会社代表者、事務長及び非常勤の医師と同様にタイムレコーダーによる勤務時間の管理がなされておらず、原告の実際の勤務時間も一般従業員より多少短かく、出退勤も比較的自由であったうえ、毎週木曜日と土曜日の各午後は大学で講師として稼働することが許容されていたことなどから、昭和五六年度夏期一時金より、被告会社は原告を非常勤の医師と同様に、謝礼として五万円程度の一時金のみを支給し、他の一般従業員と同率の一時金は支給しないことに決定して、右夏期一時金の支給時期から右決定を実施したことが認められ、そして、右のような事情からすると、右原告に対する一時金支給に関する措置は格別不合理、不当なものとはにわかにいい難く、従って、原告に対し被告会社が昭和五六年度の一時金支給につき、同年度の一時金支給協定の基準に従った一時金の支給をしなかったからといって、これが不法行為となるとは認め難い。
よって、右原告の不法行為の主張はいずれも理由がない。
五 被告会社の原告に対する昭和五六年七月三一日付解雇(抗弁1)等について
1 被告会社が原告に対し昭和五六年七月三一日、解雇する旨の意思表示をしたこと(以下、本件解雇という)は当事者間に争いがない。
2 被告会社は、本件解雇につき、原告には就業規則四四条所定の懲戒解雇事由が存し、これをもって普通解雇した旨主張するので、以下、右各解雇事由の存否につき検討する。
なお、(証拠略)によれば、被告会社の就業規則は、その四四条で、懲戒解雇事由として、(1)故意または重大な過失によって被告会社に損害を与えたとき(六号)、(2)信用を著しく傷つけたとき(八号)、(3)正当な理由なく被告会社の指示命令に従わず、または諸規則に違反したとき(一〇号)、(4)秩序、風紀を乱す行為があったとき(一一号)、(5)役員または従業員に対し、暴行・脅迫を加えたとき(一三号)、(6)役員または従業員に対し、不当にその業務を妨害したとき(一四号)を規定していることが認められ、これに反する証拠はない。
(一) 解雇事由(1)ないし(3)の被告会社に損害を与えたこと、信用毀損、指示命令違反行為について
(1) 被告は、原告が昭和五六年四月から七月末までの間の営業時間中に四、五回、被告会社内の眼底検査室及び事務室において、来客の面前または来客に聞こえるように被告会社事務長瀧川と大声で口論し、右瀧川が静かに話すよう命じても聞き入れず、そのため来客に検査ミスかも知れない不安感を与えて被告会社の信用を毀損し、その後の来客数を減らせた旨主張するところ、右主張に一部副う証拠として、(証拠略)には「日(ママ)時は明確には記憶していないが、営業時間中、五、六回にわたり谷口社長の個人的非難中傷を入れた会社運営上の問題点を来診者に聞える大きな声で非難し、瀧川が静かに話し合うよう再三言っても全く聞き入れず、周囲の来診者や従業員に聞える大声で非難中傷を続けた旨の記載部分があり、また、(人証略)中には、眼底検査の機械のことで原告に呼ばれて眼底検査に行ったところ、機械が故障しているのになぜ直さないのかと言われた、近くにいた受診者四、五人がのぞき込むようにしたのでまずいと思い事務室へ帰ろうとしたら大声で逃げるんかと言われたと思う、私は受診者の前ではまずいと思い事務室へ来るように言うと、原告が自分を外に出さないようドアを閉めたので、事務室で話したいからと頼んで無理に戸を開け急いで事務室に帰った旨の供述部分がある。しかし、仮に右記載及び供述にあるような事実があったとしても、そのために受診者の数がその後多少なりとも減少し、被告会社が損害を被ったとの事実は、これを認めるに足る証拠はない。
(2) また、被告は、前掲(1)記載の時期場所において、瀧川に対し大声で「社長に金を貸しているが、社長は金を返さない、社長は金を持っていない、社長は交際費を使い過ぎだ、社長は信用がない」等との発言をし、被告会社の信用を毀損した旨主張するところ、右主張に副う証拠として、(人証略)には原告が事務長瀧川良一の在席する事務室に突然入って来て大声で同人に向って社長の金銭問題の件について発言したことが二回位あり、その都度静かに話してくれるよう言っても聞き入れず、一〇分から一五分位大声で言った旨の供述部分がある。
しかしながら、(右証拠略)は、前後の脈絡を欠く極めて唐突なものであって、それ自体不自然の観を免れず、(証拠略)に照らすと、にわかに採用し難く、他に、右主張事実を認めるに足る証拠はない。
(3) 更に、被告は、前掲(1)のとおり右瀧川が原告に対し静かに話すよう命じたが、原告はこれに従わなかったことが業務命令違反である旨主張するところ、(証拠略)には、右主張に副う記載及び供述部分がある。
しかしながら、(右証拠略)は、前掲(2)に述べたと同様にわかに採用し難く、他に、右主張事実を認めるに足る証拠はない。
(二) 解雇事由(4)の秩序違反について
(1) 被告は、原告の出勤時間が不正確で、そのため検査の流れに再三支障を来たした旨主張するところ、(証拠略)には、原告は朝の出勤時間が不規則で、他の検査が終わり、あと眼底写真だけを待っている受診者がいても、ゆっくり出勤してきたうえ、撮影ができる状態になるのは、いつも出勤後三〇分位してからである旨の記載部分があり、また、(人証略)には、原告の出勤時間が遅れて困ると従業員が言ってきたことが四、五回あった旨の供述部分がある。しかしながら、右記載及び供述部分は、いずれも、それ自体曖昧模糊としたもので、原告が何時、どの程度出勤時間に遅れたのか、そのためどの程度検査業務に支障が生じたのか明らかでなく、却って、(証拠略)に照らすと、右記載及び供述部分は、にわかに採用し難く、他に、右主張事実を認めるに足る証拠はない。
(2) 次に、被告は、原告が検査中、検査の流れを勝手に停止させることが再三あり、検査業務に混乱を招いた旨主張するところ、前掲乙九号証及び証人細川三郎の証言中には、右主張に副う記載及び供述部分がある。しかしながら、(人証略)によれば昭和五六年当時、乙九号証の作成名義人である熊田博子は経理担当、同尾田真澄及び同林志保子はフロント係の各従業員であって、いずれも直接検査業務には関与していなかったこと、その記載内容も、検査の流れを停止させたとする日時、態様が不明な抽象的なものに過ぎず、また、証人細川三郎の証言によれば、同人は昭和五五、五六年当時総務課長補佐で、直接検査業務には関与しておらず、その供述内容も伝聞に基づく抽象的なものに過ぎないものであって、右記載及び供述部分は、(証拠略)に照らしてにわかに採用し難く、他に右主張事実を認めるに足る的確な証拠はない。
(3) 更に、被告は、権限がないのに人事権に介入した旨主張するところ、(証拠略)によると、原告は、昭和五五年八月末頃、被告会社内において、同社従業員の林に対し退職するようあるいは前記細川に対し、右林を辞めさせるように言ったことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。
(三) 解雇事由(5)の役員に対する暴行について
(証拠略)を総合すると、原告は、昭和五五年一二月三日午後三時半頃、被告会社の事務長室を訪れ、同室のソファーに腰掛けていた被告会社代表者の谷口正毅に対し、右谷口の脇にあったソファーに腰掛けながら、原告の株式につき配当がなされていないこと等について詰問し出したところ、右谷口が「出ていきなさい。」等と怒鳴り、原告を同室から追い出そうとしたので両名が揉み合い状態になり、原告は、追い出されまいと腰掛けていたソファーにしがみついていたところ、さわぎを聞きつけて同室に入って来た婦長の渡部が、原告をなだめて同室から退出させたことが認められ、(証拠略)のうち以上の認定に副わない部分は、採用しない。
(四) 解雇事由(6)の業務妨害について
(証拠略)によると、昭和五五年二月一三日午後二時頃、総務の業務に執いていた従業員の下村幸子が、同人の背後に立っている原告に気付いて、「何か御用ですか。」と尋ねたところ、原告は、同人に対しなぜそのようなことを聞くのか等と大声を発したので、細川が宥めるようにして原告にその場から退席してもらったことが認められ、これを覆すに足る証拠はない。
3 右各事実に基づく判断
以上の認定をもとに、原告に就業規則四四条所定の懲戒解雇事由が存したか否かにつき判断するに、(一)抗弁事実(二)の解雇事由のうち、(1)被告会社に損害を与えたこと(2)被告会社の信用を毀損したこと、(3)被告会社の指示命令に対する違反、(4)秩序違反のうち、(イ)原告の出勤時間が不正確で、そのため検査の流れに再三支障を来たし、(ロ)検査中も、検査の流れを自分勝手に停止させて、検査業務に混乱を招いたとの各点は、いずれもこれを認めることができず、(二)同(4)(ハ)の人事権に介入したとの点は、本件解雇の一年も前の昭和五五年八月末頃に、当時総務課長補佐に過ぎず何ら人事権を有しない細川に対し、従業員の林を辞めさせるように言ったものに過ぎず、また、そのために右林が退職せざるを得なくなった等、被告会社の人事につき具体的に混乱が生じ、またはその危険性を発生させたことを窺わせるような証拠もないから、原告の右言動をもって、懲戒解雇事由である前記就業規則四四条一一号にいう秩序、風紀を乱す行為があったときに該当するものとはいい難く、また、(三)同(5)の役員に対する暴行の点であるが、前掲2(三)で認定のとおり、本件解雇の約九か月以前の、しかも、その場の成り行きから、原告と被告会社代表者の谷口とが揉み合い状態になったという些細なものに過ぎず、就業規則四四条一三号にいう役員に対し暴行を加えたときに該当するものとは到底いい難いし、さらに、(四)同(6)の従業員に対する業務妨害の点も、前掲2(四)で認定のとおり、本件解雇の約一年半以前の、しかも、原告がその場の成り行きから従業員の下村に対し声を荒げた程度のものに過ぎず、また、右のことにより当該従業員の業務遂行に何ほどかも支障が生じたことを窺わせるような証拠もないから、原告の右言動をもって、就業規則四四条一四号にいう従業員に対し、不当にその業務を妨害したときに該当するものとは到底いい難い。
4 以上のとおりであるから、被告主張の原告の所為は、いずれも就業規則四四条所定の懲戒解雇事由に該当せず、そして、他に原告に対する本件昭和五六年七月三一日付解雇を相当とする格別の理由も見い出し難いので、結局、本件解雇は権利の濫用として無効といわざるを得ない。
5 右のとおり、本件解雇は無効というべきであるから、原告は本件解雇以後も被告会社の従業員として雇用契約上の権利を有するというべきところ、被告会社は、原告に対し昭和五六年一一月二八日付文書をもって、右文書到達の日から三〇日目をもって解雇する旨の解雇通告をなし、右文書は同年一二月三日原告に到達したことは当事者間に争いがないから、原被告間の雇用契約関係は、結局、同五七年一月三日をもって終了したものというべきである。
六 昭和五六年八月一日以降同五七年一月三日までの間の賃金の請求
前掲五記載のとおり、本件解雇は無効であるから、原告は本件解雇がなされた昭和五六年七月三一日以降も同五七年一月三日に退職するまで被告会社の従業員として雇用契約上の権利を有するというべく、被告が右七月三一日以降原告の就労を拒否し続けていることは当事者間に争いがないところ、右拒否による原告の労務提供債務は被告会社の責に帰すべき事由による履行不能というべきであるから、原告は右昭和五七年一月三日までの賃金請求権を失わない。
そして、原告が、本件解雇前得ていた賃金は、弁論の全趣旨により月額三〇万八〇〇〇円であることが認められ(なお、前掲二記載のとおり、昭和五六年度賃上は認められない)、したがって、原告の昭和五六年八月分から同年一二月分までの賃金額は一五四万円(三〇万八〇〇〇円×五か月)であり、また、昭和五七年一月分については、前記二1のとおり被告会社がその賃金処理について協会の給与規程に準拠していたところ、(証拠略)によると、右給与期程(ママ)は、その八条で「給与の毎月の計算期間は、前月一六日から当月一五日までを一期間として行い、…」と、また一一条で「退職した者の給与は、その月に限り日割計算とし、実働一五日以上勤務した者については通常の給与を支払う。」と、さらに、一二条で「日割計算とは給与の一か月分の二五分の一の額に勤務日数を乗じたものとする。」と各規定していることが認められ、また、(証拠略)によると、被告会社の就業規則二三条は、従業員の休日を、日曜日、国民の祝祭日、夏期休暇、創立記念日(五月一日)、年末年始(一二月二九日から一月五日まで)、第一、第四土曜日と規定していることが認められるところ、これらによると、原告の一月分給与算定の基礎となる勤務日数は、昭和五六年一二月一六日から同五七年一月三日までのうち休日である日曜日及び第四土曜日並びに年末年始の一二月二九日から一月三日までを除いた日数一〇日であること明らかであるから、原告の一月分として支給を受くべき賃金額は、一二万三二〇〇円(三〇万八〇〇〇円÷二五×一〇日)となる。
以上によれば、本件解雇がなかったとした場合原告に支払われるべき昭和五六年八月一日から同五七年一月三日までの賃金合計額は、一六六万三二〇〇円と認めるのが相当である。
よって、被告会社は原告に対し、昭和五六年八月一日から同五七年一月三日までの賃金合計一六六万三二〇〇円と各月の賃金に対するその支払日の翌日から完済まで賃金の支払の確保等に関する法律六条所定の年一四・六パーセントの割合による遅延損害金を支払う義務があるといわねばならない。
七 退職金請求について
1 前掲五のとおり、原告は昭和五七年一月三日に被告会社を退職したものというべきところ、原告に退職金を支給すべき場合の根拠となる規定について、原告は、財団法人日本予防医学協会の退職金規定(甲五号証)に準拠すべき旨主張し、被告は、梅新メディカルの退職金規定によるべき旨主張するので、この点につき検討する。
(証拠略)を総合すると、(一)被告会社は、その就業規則三八条で「退職金に関しては別途定める。」としているが、昭和五三年に設立されてより右条項にいう退職金支給に関する規定を設けず、当初から協会の退職金規定(甲五号証)に準拠して、退職金を算定支給する運用をなしてき、原告退職時においても同様であることが認められ、これを覆すに足る証拠はない。
そうとすると、原告の本件退職に伴う退職金は、右協会の退職金規定により算定支給すべきである。
しかるところ、前掲甲五号証によると、右協会の退職金規定は、退職従業員に対し、退職時の「基本給」月額の二分の一と「役付手当」との合計額に勤務年数に応じた所定の支給率を乗じた額の退職金を退職決定の日より七日以内に支給する、右支給率は、勤務年数六年で八・五、同七年で一一、また、勤務年数の端数処理については、一か月未満は一か月としたうえ、一年未満の分は月割として算定する旨定めていることが認められ、右認定に反する証拠はない。
2 そこで、原告の退職金を右退職金規定に準拠して算定すると、(一)弁論の全趣旨によれば、原告の退職時の基本給月額は二六万五〇〇〇円であると認められ(なお、原告には役付手当はない)、(二)退職金算定の基礎となる原告の勤務年数については、原告が梅新メディカルにおいて勤務した年数も右勤務年数に加算されるべきこと、原告が梅新メディカルに入社したのが昭和五〇年四月一日であることは当事者間に争いがなく、そして、(証拠略)、弁論の全趣旨によれば、原告は、梅新メディカル入社後、被告会社が設立された昭和五三年五月まで右で勤務し、引き続き被告会社に雇用されて勤務を続けたことが認められ、また、原告が被告会社を退職したのは前記のとおり昭和五七年一月三日というべきであるから、結局、退職金算定の基礎となる原告の勤務年数は、昭和五〇年四月一日から同五七年一月三日までの六年一〇か月(月未満切上)となり、(三)そして、右勤務年数に対応する所定支給率は、別紙計算書記載1のとおり一〇・五八となり、したがって、原告の退職金額は、別紙計算書記載3のとおり、一四〇万一八五〇円と算定される。
3 ところで、被告会社は、原告に対し退職金として八一万七〇八三円を弁済提供した旨主張する(抗弁2)が、しかし、仮に右弁済提供の事実が存するとしても、前記のとおり原告の退職金は一四〇万一八五〇円であるから、右主張の弁済提供は一部弁済に過ぎず、有効な弁済の提供とはいえない。よって、右主張は失当である。
4 したがって、被告会社は原告に対し、退職金一四〇万一八五〇円とこれに対する弁済期の翌日である昭和五七年一月一〇日(原告の退職日は同年一月三日であり、また、前記のとおり退職金は退職日より七日以内に支払う旨規定されている)から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるといわねばならない。
八 結語
以上のとおりであって、原告の本訴請求は、未払賃金一六六万三二〇〇円とこれに対する最後の弁済期後である昭和五七年三月一三日から完済に至るまで賃金の支払いの確保等に関する法律六条所定の年一四・六パーセントの割合による遅延損害金、及び、退職金一四〇万一八五〇円とこれに対する弁済期後である昭和五七年三月一三日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右の限度で認容し、その余は理由がないから、いずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 千川原則雄)