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大阪地方裁判所 昭和57年(ワ)2421号 判決 1984年4月27日

原告 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 須田政勝

同 寺沢勝子

同 石川元也

被告 高尾正則

右訴訟代理人弁護士 中村信逸

同 松本仁

主文

一  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の不動産につきなされた奈良地方法務局田原本出張所昭和五六年一〇月三〇日受付第五六五七号所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  別紙物件目録(一)ないし(四)記載の各不動産(以下「本件不動産」という。)のうち、(一)ないし(三)の土地は、もと原告の夫甲野太郎(以下「太郎」という。)の祖母の甲野マツ(以下「マツ」という。)の、(四)の建物は、太郎の各所有であったが、原告は、昭和四二年にマツから右土地を、昭和四九年に太郎から右建物を、それぞれ贈与されてその所有権を取得した。

2  本件不動産について、奈良地方法務局田原本出張所昭和五六年一〇月三〇日受付第五六五七号をもって、同月二九日譲渡担保を原因とする被告への所有権移転登記(以下「本件登記」という。)がなされている。

3  よって、原告は、被告に対し、所有権に基づき、本件不動産につきなされた本件登記の抹消登記手続を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1の事実は否認する。同2の事実は認める。

本件不動産は太郎所有のものであり、太郎の放蕩による甲野家財産の散逸を防止するために名義だけ原告のものとしていたにすぎない。

三  抗弁

1  被告は、太郎に対し、次のとおり、二〇〇〇万円の貸金債権を有するので、昭和五六年一〇月二九日ころ、太郎との間で、右債権担保のため本件不動産につき譲渡担保権を設定する旨の契約を締結し、右契約に基づき本件不動産につき本件登記を経由した。

(一) 被告は昭和五六年九月下旬ころ、太郎に対し、四八〇万円を貸与し、太郎からその父甲野松太郎(以下「松太郎」という。)振出の約束手形の交付を受けた。

(二) 被告は、昭和五六年一〇月二六日、太郎に対し、四五七万五〇〇〇円をその指示により三和銀行橿原支店の原告名義の当座預金口座に振込んで貸与した。

(三) 被告は、昭和五六年一〇月二九日ころ、太郎に対し、一〇〇〇万円を貸与した。

(四) 被告は、昭和五六年一〇月二九日、太郎との間で、太郎の被告に対する右(一)ないし(三)の合計一九三七万五〇〇〇円の借入金に年一割の割合による利息を加算した二〇〇〇万円の債務を消費貸借の目的とする旨の準消費貸借契約を締結した。

2  仮に本件不動産が原告の所有であるとしても、原告は、太郎に対し、太郎が原告を代理して本件不動産につき譲渡担保権を設定する権限を与えていたもので、太郎は原告を代理して右譲渡担保契約を締結した。

3  仮に、太郎に代理権がなかったとしても、原告は、太郎に対し、本件不動産の権利証、原告の実印、印鑑証明書を交付して太郎に代理権を与えたことを表示したから、民法一〇九条により、右譲渡担保契約は原告に対してその効力を生ずるものである。

4  仮に右主張が認められないとしても、原告は、太郎に対し、本件不動産の管理処分を任せ、太郎が昭和四九年八月国民金融公庫から融資を受けて本件不動産につき根抵当権を設定するについての代理権を与えたものであり、被告は、右譲渡担保契約締結に際して太郎が本件不動産の権利証、原告の実印、印鑑証明書を所持していたところから、太郎に原告を代理する権限があると信じたもので、そう信じるについては正当の理由があるから、民法一一〇条により、右譲渡担保契約は原告に対してその効力を生ずるものである。

5  仮に、右事実が認められないとしても、原告は、昭和五七年二月中旬ころ、被告に対し、松太郎とともに本件不動産を処分して借金を返済する意向を示し、太郎のした右譲渡担保契約を追認する旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する認否及び反論

1  抗弁1ないし5の事実はいずれも否認する。

2  被告は、右譲渡担保契約締結に際し、太郎が本件不動産につき譲渡担保権を設定するについての原告の承諾の有無や太郎の代理権限の存否について全く調査をしていないのであるから、被告には太郎が原告を代理して右契約を締結する権限があると信じたことについて過失がある。

五  再抗弁

仮に被告が追認したとしても、被告は、乙山という暴力団組長及びその若衆二、三人と一緒に原告方に押しかけてきて、言葉荒く脅迫的に貸金の返済を請求したので、原告は身をかわすために被告らのいうことに逆わずに返事をしていたのであって、右追認は被告らの強迫によるものであるから、原告は、被告に対し、昭和五九年一月一一日送達の同日付準備書面により、右追認の意思表示を取消す旨の意思表示をした。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁事実は否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  《証拠省略》を総合すると、原告は、昭和三七年一二月、太郎と結婚し、以来別紙物件目録(一)ないし(三)記載の土地上の居宅において、太郎の両親の松太郎、ハナや祖母(松太郎の母)のマツらとともに生活していたこと、マツは、右土地を所有していたが、太郎が生活の乱れから借財をすることがあって同人に不動産を所有させるとこれを処分する等財産を散逸させるおそれがあり、信頼できないのに反し、原告が結婚以来太郎の両親や祖母によく尽してマツや松太郎の信頼が厚かったところから、松太郎とも相談の上、病身であったマツの財産を原告に譲渡することを決め、昭和四二年七月二〇日ころ、原告に対し、右土地を贈与し、同年八月四日所有権移転登記を経由したこと、太郎は、右土地上に別紙物件目録(四)記載の建物を所有していたが、昭和四九年三月一日ころ、原告に対し、右建物を贈与し、同年六月一日、所有権移転登記を経由したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

本件不動産について、本件登記がなされていることは当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》を総合すると、被告は、太郎に対し、(1)昭和五六年九月下旬ころ、四八〇万円を貸与し、太郎から松太郎振出の約束手形三通(金額二〇〇万円のもの二通と金額八〇万円のもの一通)の交付を受け、(1)同年一〇月二六日、四五七万五〇〇〇円を太郎の指示により三和銀行橿原支店の原告名義の普通預金口座に振込んで貸与し、(3)同月二九日、被告が同年九月三〇日に、金宮宏に土地を売却して受領した代金中から一〇〇〇万円を貸与したこと、被告は、同年一〇月二九日、太郎との間で、太郎の被告に対する右(1)ないし(3)の合計一九三七万五〇〇〇円の借入金に利息を加算した二〇〇〇万円の債務を消費貸借の目的とし、弁済期昭和五七年一〇月末日、利息年一割とする旨の準消費貸借契約を締結するとともに、原告が太郎の被告に対する右二〇〇〇万円の債務の担保として本件不動産の所有権を被告に譲渡する旨の譲渡担保契約を締結したことが認められ、右認定を左右できる証拠はない。

三  被告は、原告が太郎に対して原告を代理して本件不動産につき譲渡担保権を設定する権限を与えていた旨主張するが、右事実を認めるに足りる証拠は存しない。

四  被告は、原告が太郎に対して本件不動産の権利証、原告の実印、印鑑証明書を交付して太郎に代理権を与えたことを表示した旨主張するが、本件全証拠によっても右事実を認めることはできない。

五  次に、被告の民法一一〇条による表見代理の主張について判断する。

《証拠省略》を総合すると、太郎は、昭和四九年八月二一日、国民金融公庫から融資を受けるについて、本件不動産につき極度額一〇四〇万円、債務者太郎、根抵当権者国民金融公庫とする根抵当権を設定し、同月三〇日、右根抵当権設定登記をなしたが、原告は、太郎に対して原告代理人として本件不動産につき右根抵当権設定契約を締結する権限を与えていたこと、被告は、不動産業を営むものであるが、太郎から将来は本件不動産を売却するつもりであり、その際には売却の仲介を被告に依頼し、債務はその売却代金により決済する旨を聞かされたので、本件不動産を自己の営業用に取得したいと考えて融資の申込に応じたものであること、太郎は、昭和五六年一〇月二六日、原告には無断で原告代理人として原告の印鑑証明書一通の下付を受け、さらに、原告が自宅のタンス内に保管していた本件不動産の権利証と原告の実印を勝手に持出し、同月二九日、原告の実印を冒用して原告作成名義の登記用委任状一通を偽造し、これらの権利証、印鑑証明書、委任状を使用して本件不動産につき本件登記をなしたこと、被告は、同日、太郎との間で梶木司法書士事務所において右譲渡担保契約を締結するに際し、本件不動産が登記簿上本件不動産中の建物に居住している太郎の妻原告の所有となっていることを知ったが、太郎から本件不動産は実質上太郎所有のものであるし、原告も右担保権設定を承諾している旨話されてこれを信用し、その場で太郎が譲渡担保契約証書と登記用委任状に原告の氏名を記入し、押印して原告名義の右各書類を作成しているのを見ていながら、原告に対して原告が右譲渡担保契約を承諾したか否か、太郎に代理権限を与えたかどうかについては全く調査確認することなく契約締結に応じたものであることが認められ、右認定を左右できる証拠はない。

右事実によると、被告は、不動産業者として不動産取引に経験を有する者であり、本件不動産につき譲渡担保契約を締結するに当っては、太郎が本件不動産の権利証、原告の実印、印鑑証明書を所持しているとはいっても、太郎は原告の夫で本件不動産中の建物に原告と同居していてこれらの書類、印鑑を原告不知の間に容易に持出しうる立場にあると考えられるうえ、右契約は原告の生活の本拠である居宅とその敷地である本件不動産を太郎の二〇〇〇万円もの債務の担保に供するという原告にとって極めて深刻かつ重大な性質のものであるから、あらかじめ原告に対し、原告が右契約締結を承諾しているか否か、太郎に右契約締結の代理権限を授与しているかどうかについての調査確認をすべき注意義務があり、右調査確認をすることは極めて容易であったのに、融資を受ける当事者たる太郎の言分だけを軽信してこの義務を怠り、原告に何らの問合わせをもすることなく太郎との契約を締結したものであるから、被告には太郎に原告を代理して右契約を締結する権限があると信じたことにつき過失があるというべきであって、被告の右表見代理の主張は理由がない。

六  次に、被告の追認の主張について判断する。

《証拠省略》を総合すると、太郎は、賭博による借財をしたことから、昭和五七年二月ころ家出して行方不明となったこと、被告は、太郎がいなくなった数日後の同月中ころ、乙山とともに原告方に赴いて、原告や松太郎に対し、太郎の被告に対する債務を返済するよう強く申入れたが、その際乙山は暴力団と考えられる組長の名刺を出し、言葉も荒く若い衆をこの家に泊りにこさせるなどとおどし文句を述べたので、原告は、これに恐怖心を抱き、松太郎が息子である太郎の不始末は不動産を売ってでも支払うようにするというのをそばで聞きながら、特に反対の言葉をさしはさむこともしなかったことが認められ(る。)《証拠判断省略》

右事実によれば、原告は、被告や被告に同行してきた乙山の言動に恐怖心を抱いたことから、松太郎が息子である太郎の不始末について道義上の責任感から不動産を売却してでも返済に努力する旨を述べていたのをそばで聞きながらこれに異議をさしはさまなかったというにすぎず、原告の右言動によって太郎のなした被告との間の譲渡担保契約を追認したものと認めることは到底できないし、他に原告が太郎の無権代理行為を追認したことを認めるに足りる証拠はない。

七  よって、原告の請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山本矩夫)

<以下省略>

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