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大阪地方裁判所 昭和57年(ワ)5022号 判決 1985年10月31日

昭和五七年(ワ)第五〇二二号事件(以下、甲事件という)原告

同五六年(ワ)第五二三八号事件(以下、乙事件という)被告

仲平誠二

右訴訟代理人

井門忠士

右訴訟復代理人

信岡登紫子

甲事件被告、乙事件原告

大西義明

右訴訟代理人

西村日吉麿

後藤田芳志

右西村訴訟復代理人

岸本淳彦

甲事件被告

大阪府

右代表者知事

岸昌

右訴訟代理人

道工隆三

井上隆晴

柳谷晏秀

青本悦男

右指定代理人

岡本冨美男

外六名

主文

一  甲事件原告の同事件被告らに対する各請求をいずれも棄却する。

二  乙事件原告の請求を棄却する。

三  甲事件の訴訟費用は同事件原告の負担とし、乙事件の訴訟費用は同事件原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(甲事件)

1 被告大西義明は、原告に対し、金五〇七二万九七五五円及びうち金四六一一万九七五五円に対する昭和五三年二月一八日から、うち金四六一万円に対する昭和六〇年一〇月三一日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2 被告大阪府は、原告に対し、金二二五万円及びうち金二〇〇万円に対する昭和五三年八月二四日から、うち金二五万円に対する昭和六〇年一〇月三一日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は被告らの負担とする。

4 第1、2項につき仮執行宣言。

(乙事件)

1 被告は、原告に対し、金三五七万四六二九円及びこれに対する昭和五六年八月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 第1項につき仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

(甲事件―被告ら共通)

主文第一項及び第三項中甲事件関係部分と同旨。

(乙事件)

主文第二項及び第三項中乙事件関係部分と同旨。

第二  当事者の主張

(甲事件)

一  請求原因

1 交通事故の発生と結果

(一)日時 昭和五三年二月一八日午前八時五五分ころ

(二)場所 大阪市旭区大宮四丁目一五番六号先路上(以下「本件事故現場」という。)

(三)加害車両 普通乗用自動車(大阪五五す三七〇三号、以下「大西車」という。)

右運転者 被告大西義明

(四)被告車両 自動二輪車(大阪む三七二五号、以下「仲平車」という。)

右運転者 原告仲平誠二

(五)態様 原告は、仲平車を運転して西から東方向に本件事故現場交差点内に青信号で進入したところ、同交差点において東より北に向つて右折するため反対車線内側から時速約四〇キロメートルでこれに進入した大西車が、対面信号が青から黄に変つた直後仲平車の右側面中心部に大西車右前角を衝突させ、原告及び仲平車を進行方向の左前に約九メートルはね飛ばして転倒させた。

(六)結果 原告は、本件事故により、右股関節脱臼骨折、右腓骨神経不全麻痺、右大腿骨頭無腐性壊死の傷害を負つた。

2 被告大西の責任

被告大西は、大西車を運転して本件事故現場交差点を右折する場合、交差点の中心の真近の内側を徐行しつつ、直進車の有無を確認し、交差点に接近する直進車を認めたときは、これを先に通過させた後に自車を進行させ、もつて衝突を回避すべき注意義務があるのに、この義務を怠り、対向車線の車両が停滞していたことから、青信号の間に急いで右折を完了しようと考え、対向車線上の状況をよく見て直進車の有無を確認することなく時速約四〇キロメートルの速度でそのまま進行して過失により、仲平車が停滞している車両の列と歩道との間隙を西から東に向つて進行し本件事故現場に接近してきていたことに気付かず、青信号で交差点内に進入してきた仲平車に自車を衝突させ本件事故を発生させたものであるから、反法七〇九条に基づき本件事故により生じた後記4(一)の損害を賠償すべき義務がある。

3 被告大阪府の責任

(一) 警察官は、刑事事件の捜査に際して実況見分調書を作成する場合、関係立会人の指示説明を十分聴取し、その指示説明するところを実況見分調書やこれに添付する現場見取図に正確に表示すべき義務があり、立会人の指示説明を虚偽であると押えつけてことさらにこれを聴き入れようとしなかつたり、立会人が述べてもいないのに警察官の認識したところをあたかも立会人が指示説明したかのような虚偽の内容の調書を作成したりしてはならないことはいうまでもないところである。

(二) しかるに、大阪府旭警察署巡査島本利春及び同巡査部長斉藤利雄は、昭和五三年八月二四日、原告に立会わせて本件事故現場の実況見分を実施し、実況見分調書を作成した際、(一)記載の義務に違反し、原告が指示したことをことさらに無視して調書に記載しなかつたばかりか、説明してもいない事項をあたかも原告が述べたかのように調書添付の見取図に記入して、虚偽の内容の実況見分調書を作成した。

すなわち、斉藤は、右実況見分に先立つて昭和五三年二月一八日、被告大西に立会わせて本件事故現場を実況見分した際、同人の説明をそのまま記載した実況見分調書を作成するとともに、同年三月一七日、本件事故調査のため旭警察署を訪れた損保サービス株式会社調査員谷口隆に対し、「原告仲平の信号無視の線が強い」旨告げる等して、原告の説明を聴く前に被告大西の一方的な説明のみに基づいて、原告が赤信号を無視して本件交差点に進入したものであるとの予断を形成していた。そして斉藤及び島本は、昭和五三年八月二四日、医師が絶対安静を指示しベットの上にも満足に座つておれない状態にあつた入院中の原告を強引に旭警察署に呼びつけた上、有無を言わせずパトカーに乗せて本件事故現場に連れて行き、原告が同所において「横断歩道停止線のすぐ手前で青信号を確認して交差点に進入し、その直後信号が青から黄色に変わるのを見ると同時に真横から激突された。」旨説明したにもかかわらず、右説明に耳を藉そうとせず、自ら形成している前記予断に基づき「お前は信号をはつきり見ずに交差点に入つたが、その時には信号は赤であつた。」旨強硬に述べ立ててこれを認めるよう強く原告に迫り、原告の再三の抗議も無視して、原告が指示もしていない地点間の距離を勝手に計測した。さらに、斉藤らは、疲労のため病院に帰らせて欲しいと原告が懇請しているにもかかわらず強引に旭警察署まで連行し、原告の述べるところを全く無視して、自らの予断に基づいて勝手に右のごとき内容の供述調書を作成した上、疲労で思考力のなくなつている原告にこれを読み聞かせ、押印しなければ病院に帰さないような口ぶりで押印を迫り、絶望的な気持に追い込まれた原告に署名押印することを余儀なくさせ、正午すぎにやつと原告を解放した。

(三) 斉藤らによつて行われた右のような違法な実況見分調書等の作成は、警察権の違法な行使にほかならないから、被告大阪府は、国家賠償法一条一項により、斉藤らがその職務を行うについて原告に加えた後記4(二)の損害を賠償すべき義務がある。

4 損害

(一) 被告大西の不法行為により生じた損害

(1) 治療経過

原告は、本件事故による前記受傷の治療のため次のとおり入通院を余儀なくされた。

①医療法人藤仁会藤立病院入院

昭和五三年二月一八日から同年四月一一日まで (五三日間)

②松下病院整形外科入院

昭和五三年四月一一日から同年九月三日まで (一四六日間)

③同病院整形外科通院

昭和五三年九月四日から現在まで (実日数約一五〇日間)

(2) 後遺症

①原告は、昭和五四年一二月一八日に症状固定と診断されたが、現在も、右大腿外側より足背に知覚鈍麻、右股関節、右足関節の運動制限、右腰部から股関節にかけての継続的な痛みが後遺症として残つている。そのため、正座すること、あぐらをかくこと、しやがみ込むこと、走行すること等ができず、下着、ズボンの着替えや片脚での起立、一五分以上の歩行、バスのステップの昇降等が困難となつている状態である。

②原告は、昭和五三年三月からダイハツ工業株式会社に勤務し、本社工場(池田市)において小型車両の組立工としてライン作業に従業していたが、本件事故による股関節痛としやがみ込み不能のため、右組立工の仕事から品質管理の仕事に配置転換され、給与、昇給面で不利益な扱いを受けるようになつた。

③原告は、将来右大腿骨頭無腐性壊死の悪化により再手術を受ける必要があるが、この再手術として、関節固定術の方法をとれば一下肢の三大関節中の一関節の用を廃した状態となり、また、骨頭置換術の方法をとれば一〇センチメートル程度短足となる可能性がある。右のような状態は、自賠法施行令別表後遺障害等級表によると第七級に該当するから、原告の労働能力は右後遺障害により五六パーセント喪失したものと評価されるべきである。

(3) 付添看護料 四七万九四〇〇円

原告は、前記入院期間中事故時から三〇日間は近親者(一日三〇〇〇円)の、その後五九日間は職業付添人(一日六六〇〇円)の付添看護を受けたので、計四七万九四〇〇円の損害を被つた。

(4) 入院雑費 一九万八〇〇〇円

原告は、前記のとおり一九八日間入院したので、雑費として一日一〇〇〇円の割合により計一九万八〇〇〇円の損害を被つた。

(5) 休業損害 一七一万九四六三円

原告は、本件事故当時前記のとおりダイハツ工業株式会社本社工場に勤務し、直近の三カ月間に社会保険料、所得税引後の給与計三二万五五九八円を得ていたところ(稼働日数は六一日であるから、一日当り五三三八円)、本件事故により二八六日間の休業を余儀なくされ、その間給与を支給されなかつたので、右休業により一五二万六五七三円の損害を被つたほか、昭和五三年夏・冬、昭和五四年夏に支給された各賞与が計一九万二八九一円減額されたから合計一七一万九四六三円の損害を被つた。

(6) 後遺症による逸失利益 五一九二万〇九六七円

原告は、本件事故による後遺症のため、症状固定時である二〇才から六七才までの四七年間にわたりその労働能力を五六パーセント喪失したものであるところ、逸失利益算定の基礎となる収入については、わが国における年功序列賃金体系を考慮すれば男子の全年令平均給与額を基準とすべきであり、かつ、昭和五六年の賃金センサス第一巻第一表の産業計企業規模計学歴計の年令階級別平均給与額を一・〇七〇一倍した男子全年令平均給与月額は三二万四二〇〇円であるから、原告の逸失利益を年別のホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して(その係数二三・八三二)後遺症固定当時の時価を求めると五一九二万〇九六七円となる。

(算式)

三二万四二〇〇円×一二×二三・八三二×〇・五六=五一九二万〇九六七円

(7) 慰謝料 一〇三四万円

原告は、本件事故により前記のとおり受傷後長期間にわたつて入通院治療を余儀なくされ、かつ前記のとおりの後遺症が残存しているところ、原告の前記受傷及びその治療のための入通院並びに後遺症による精神的苦痛を慰謝するに足りる慰謝料の額は、一〇三四万円(入通院分一九八万円、後遺症分八三六万円)が相当である。

(8) 物損 四九万三〇〇〇円

原告仲平は、本件事故により仲平車(ホンダ四〇〇CBホークⅡ、昭和五二年一二月に購入したもの、本件事故により廃車、四六万円)、着衣・ズボン(一万五〇〇〇円)、ヘルメット(一万八〇〇〇円)を各損壊され、計四九万三〇〇〇円の損害を被つた。

(9) 弁護士費用 四六一万円

原告は本訴の提起遂行を原告訴訟代理人弁護士井門忠士に委任し、その費用として訴訟物価額の一割にあたる四六一万円を支払うことを約した。

(10) 請求額 五〇七二万九七五五円

右(3)ないし(9)を合計すると、六九七六万〇八三〇円となるが、本件事故の発生については原告にも過失があつた(その割合は約二九パーセント)ので、原告の被告大西に対して請求し得べき損害額は右合計額を過失相殺して五〇七二万九七五五円となる(なお、右(2)③のとおり原告は後遺症の悪化に伴い将来手術することが必要となるが、その際要する手術費・治療費及びこれに伴う入通院慰謝料については将来別途請求することとし、本訴においては右将来の損害を除いた損害についてのみその賠償を請求する。)。

(二) 被告大阪府の不法行為により生じた損害

(1) 慰謝料 二〇〇万円

原告は、前記3の(二)の警察官の違法な行為によつて作成された虚偽の内容の実況見分調書等の資料に基づき、被告大西から本件事故の原因が原告の信号無視にありとして加害者呼ばわりされた上、既払金員の一部につき不当利得返還請求を提起され(乙事件)、応訴を余儀なくされたものであつて、それによつて受けた精神的苦痛は甚大であり、これを慰謝するに足りる慰謝料の額は、二〇〇万円が相当である。

(2) 弁護士費用 二五万円

原告は本訴(甲事件)の提起遂行を原告訴訟代理人弁護士井門忠士に委任し、その費用として二五万円を支払うことを約した。

5 よつて、原告は、被告大西義明に対し、本件事故による損害のうち将来発生することのあるべき再手術のための手術費、治療費及びこれに伴う精神的肉体的苦痛の慰謝料を除いたその余の損害の賠償として金五〇七二万九七五五円及びうち金四六一一万九七五五円に対する事故の日である昭和五三年二月一八日から、うち金四六一万円に対する第一審判決言渡の日である昭六〇年一〇月三一日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、被告大阪府に対し、本件損害賠償として金二二五万円及びうち金二〇〇万円に対する損害発生の日である昭和五三年八月二四日から、うち金二五万円に対する第一審判決言渡の日である昭和六〇年一〇月三一日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二 請求原因に対する認否

(被告大西義明)

1  請求原因1の事実のうち(五)は否認し、(六)は受傷の事実は認めその内容は否認し、その余は認める。事故態様については後記(乙事件)一の1で述べるとおりである。

2  同2の事実は否認する。事故態様が後記のとおりである以上、本件事故は原告の一方的過失(赤信号を無視して交差点に進入)によつて発生したものであつて、被告大西には何らの過失もないというべきである。

3  同4(一)の事実は知らない。かりに原告主張のごとき後遺障害が残存しているとしても、原告の股関節機能は、正常時の八七パーセント程度は保持されているから、自賠法施行令別表後遺障害等級表の第八級にも該当せず、したがつて、それによる労働能力喪失率も四五パーセントにも達しないというべきである。のみならず、原告は、事故による傷害の治療を終えた後勤務先に復帰し、事故前と変らない給与の支給を受けているのであるから、かりに労働能力自体を一部喪失しているとしても、それによる逸失利益は存在しないというべきである。

(被告大阪府)

1  請求原因1の事実のうち(五)は否認し、(六)は受傷の事実は認めるがその内容は知らない。

2  同3の(二)の事実のうち、昭和五三年八月二四日島本利春及び斉藤利雄が原告を立会人として本件事故現場の実況見分を実施し、実況見分調書を作成したこと、同日原告の供述調書を作成したことは認め、その余は否認する。

斉藤らは、医師等から原告が当時外出や入浴の許可も得ていることを確認した上、原告に任意出頭を求めたところ同人がこれに応じたのでその立会の下に実況見分を実施したものであつて、原告を強引に本件事故現場に連行したものではない。また、原告が実況見分の際にその主張のような指示説明をした事実はなく、青信号で交差点に入つたということは本訴提起後初めて言い出したことである。すなわち、原告は、「横断歩道停止線の手前で信号が青から黄色に変り、そのまま直進したところ交差点内で衝突した」旨説明していたものである。そこで、斉藤らは、原告のこの説明が目撃者である澤田晃男の説明とは異なつているため疑問は残つたものの、原告がそのように述べる以上、そのとおりに実況見分調書及び供述調書に記載すべきものと考え、事実そのとおりに記載したにすぎないのであり、原告もその記載内容について何ら異議を述べす、全く任意に署名押印したのであつて、斉藤らが自らの断定的な認識を原告に押しつけたり、原告が言いもしないことを調書に記載したようなことは毛頭ない。

3  同4(二)の事実は否認する。

三 抗弁

(被告大西義明)

被告大西は、原告に対し、治療費として三九七万一八一〇円、後遺障害補償として二二四万円の計六二一万一八一〇円を支払つた。

四 抗弁に対する認否

認める。

(乙事件)

一  請求原因

1 交通事故の発生と結果

(一)日時、(二)場所、(三)加害車両、(四)被害車両 (甲事件)一1(一)ないし(四)に同じ。

(五)態様と結果 原告大西が、本件事故現場である信号機のある交差点に青信号で進入し、右折すべく交差点中心部で一時停止をし、反対車線を直進してきた対向車をやり過ごした後、対面信号(東西方向の道路の信号)が赤に変つたのを見て発進し、右折を開始したところ、赤信号のため停止している対向車線の車両群の脇から被告仲平の運転する自動二輪車が赤信号を無視して直進し交差点に進入してきたため、大西車の側面に衝突して転倒し、被告仲平が受傷した。

2 治療費の支払

原告大西は、自動車保険契約を結んでいる訴外大成火災海上保険株式会社を介し同契約に基づく保険金として、被告仲平に対し右事故による傷害の治療費三九七万一八一〇円を支払つた。

3 治療費支払についての法律上の原因の不存在

本件交通事故の態様からすれば、被告仲平の一方的過失がその原因というべきであるが、かりに原告大西にも前方注視義務違反の過失があつたとしても、被告仲平の赤信号を無視しての交差点進入という重大な過失が本件事故の主たる原因であることは明らかであり、その過失割合は、原告一に対し被告九というべきである。

したがつて、右支払金員の九割である三五七万四六二九円については、被告仲平はその賠償を請求する権利がないのに原告大西から支払を受けて利得したものであり、原告大西はこれによつて右同額の損失を被つたものである。

4 よつて、原告大西は、被告仲平に対し、不当利得金として金三五七万四六二九円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五六年八月八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実のうち(五)は否認し、その余は認める。

事故態様については、前記(甲事件)一の1(五)で述べたとおりである。

2 同2の事実は認める。

3 同3の事実は否認する。被告仲平の過失割合は、前記甲事件の請求原因一4(一)(10)に記載のとおり約二九パーセント程度であり、しかも被告仲平は本件事故により六九七六万円余の損害を被つたのであるから原告大西主張の四〇〇万円足らずの金員の支払が法律上原因のない給付となるべきはずはない。

第三  証拠<省略>

理由

第一甲事件について

一交通事故の態様及び結果

1  請求原因1の事実は、事故の態様及び原告の受傷の内容を除き当事者間に争いのないところ、<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

(一) 本件事故現場は、大阪市旭区内を都島方面から今市、守口方面に通じる東西方向の中津太子線(片側二車線、片側の道路幅員七・八メートル)と南北方向の道路とが交差する同区大宮四丁目一五番六号先通称大宮小学校東交差点である。右交差点における道路は、アスファルト舗装のされた平坦なものであり、歩車道が区別され、制限速度時速四〇キロメートルで、交差点は、信号機により交通整理がされていた。本件事故が発生した昭和五三年二月一八日午前八時五五分ころは雪が降つており、路面は湿つていた。

(二) 原告は、勤務先から夜勤明けで自宅に帰宅すべく自動二輪車(四〇〇CC、大阪む三七二五号)を運転して、都島区の方から中津太子線を時速約四五キロメートルで東進していた。本件交差点に近付くにつれて東行車線は二車線とも車両の渋滞がみられたが、原告は、歩道と歩道寄りの車線で渋滞している車両との間隙を縫つて時速約三〇キロメートルで本件交差点に至り、対面信号機が赤色の状態であるところを、停止することなくそのまま同交差点内に西から東へ進入した。

(三) 被告大西は、出勤のため普通乗用自動車(大阪五五す三七〇三号)を運転し守口市方面から中津太子線の中央寄りの車線を西進して本件交差点に至り、対面信号機が青色であつたのでそのまま交差点内に進入したが、同交差点において、右折するため交差点中央の手前で一旦停止し、信号が変わつて対向車が途切れるのを待つた。そして、対面信号機(中津太子線に設置されたもの)が赤色に変わり、対向車線上を直進してきた普通乗用自動車が停止線で停止するのを認めたので、時速約一五キロメートルの速度で発進を始めたところ、その直後に対向車線の左側方から前記(二)のようにして同交差点内に進入してきた仲平車を認めて急制動をかけたが間に合わず、大西車の右前部が仲平車の右側面部に衝突し、原告及び仲平車は約九・二メートルはね飛ばされる形で東北方向の歩道上に転倒した。

(四) 原告は、右事故により、頭部外傷第Ⅱ型、腰部挫傷、右股関節脱臼兼寛骨臼骨折等の傷害を負つた。

2  ところで、前記甲第六号証(実況見分調書)中には、原告が本件事故現場の実況見分の際警察官に対し、交差点の直前で対面信号機が黄色に変るのをみて交差点内に進入したと説明した旨の記載があり、右実況見分に引続き行われた司法巡査の面前での原告の供述を録取した調書である丙第四号証中にも同旨の記載がみられ、また、原告本人尋問(第一回)の結果中には交差点には青信号で入り、黄信号に変つたのを認めた瞬間に衝突した旨の供述部分がある。さらに、同尋問(第二回)の結果中には、原告が、入院中見舞に来た被告大西に対し、自分が交差点に入つた時信号機が青色から黄色に変つたと述べたところ、同被告もそれを認めた旨の供述部分があり、証人仲平良子、同森下利一の各証言中にも、被告大西と事故状況について話した際、同被告は自ら対面信号が赤色に変わつてからでなく黄信号で発進したと説明した旨の供述部分がある。

しかし、証人仲平、同森下の右各証言は、いずれも伝聞にかかるものであるばかりでく、被告大西はそうした事実を強く否定しているのであるから、確たる裏付のない以上これを重くみることはできないし、青信号で交差点内に進入したという原告本人尋問の結果中の右供述部分にしても、本件事故の捜査段階では黄信号で交差点内に進入したと述べていたものであつて、甲第六号証(実況見分調書)、丙第四号証(司法巡査に対する供述調書)の記載内容とも一致していない(なお、これらの調書が原告の指示説明及び供述を曲げて虚偽の事実を記載したものと認めることができないことは後に説示するとおりである。)のであるから、それ自体首尾一貫しない供述として、ただちにこれに信を措くこともできないのである。さらに、仲平車と同方向に進行する形で中津太子線を東進して本件交差点に至りその停止線で停止していた車両から本件事故を目撃した証人である前記澤田晃男の証言及び同人の司法巡査に対する丙第一号証によれば、同人の目撃した事実は、同人が本件交差点直前で対面信号機が赤色に変わつたのを認めて停止線で停車したところ、その直後に左後方から自動二輪車(仲平車)がかなりのスピードで進行してきてそのまま交差点内に進入したため、右折中の大西車と衝突するに至つたというものであり、しかも右供述及び供述記載の信憑性を疑わせるような事情は何ら見当らないのであるところ、右証言及び丙第一号証並びに被告大西の実況見分における指示説明を記載した実況見分調書である甲第五証、その供述調書である丙第二号証及び同被告本人尋問の結果の各内容と原告本人の右供述及び供述記載とを比較対照するならば、原告が本件交差点に対面青信号又は黄信号で進入した旨の原告の前掲各供述及び供述記載部分は到底採用することができないといわざるを得ず、他に右1の(一)ないし(三)の認定を左右するに足りる証拠はない。

二被告大西の責任

被告大西には、大西車を運転して本件交差点を右折する場合、前方を注視して対向車線上の直進車の有無を十分確認し、交差点に接近する直進車があるときは、その動向に注意し、直進車がそのまま交差点内に進入しようとしていることを察知すれば先にこれを通過させた後自車を進行させる等して、直進車との衝突又は接触を回避すべき注意義務があつたものというべきところ、被告大西本人尋問の結果によれば、同被告は、本件交差点において右折する際、歩道寄りの対向車線上の普通乗用自動車と歩道との間隙を縫つて直進してくる自動二輪車等の有無までは確認せず、仲平車が本件交差点に接近してくることには気が付かなかつたことが認められるのである。もつとも、前記認定事実によれば、被告大西は、本件交差点に進入後中央部付近で一旦停止をし、対面信号機が赤色に変わつて対向車線上を直進してきた車両が停止線で停止するのを待つて右折すべく発進したものであるから、かかる状況下において、停止線で停止した車両と歩道との間隙を縫つて自動二輪車が直進し、赤信号を無視して交差点に進入してくることまで予測することを右折車の運転者に期待することはできないといわざるを得ないかのごとくであるけれども、信号が黄から赤に変わつた直後のことであり、片側二車線で幅員が七・八メートルというかなり広い道路でもあることから、右のような事態を予測することは必ずしもできないわけではなく、それを右折車の運転者に期待することが不可能を強いることになるものでもないというべきであるから、被告大西に前記注意義務を怠つた過失があることを否定することはできず、したがつて、被告大西には民法七〇九条に基づき本件事故により生じた損害を賠償すべき義務があるといわなければならない。

三被告大阪府の責任

1  請求原因3の事実のうち、大阪府旭警察署巡査部長斉藤利雄及び同巡査島本利春が、昭和五三年八月二四日原告を立会人として本件事故現場の実況見分を実施し、実況見分調書を作成したこと及び同日原告の供述調書を作成したことは当事者間に争いのないところ、<証拠>によれば、右実況見分実施及び各調書作成の状況として、次の事実が認められる。

(一) 大阪府旭警察署巡査部長斉藤利雄及び同巡査上松賢司は、通報を受けて本件事故当日午前九時二〇分ころ本件事故現場に赴き、被告大西を立会わせ事故現場に残されている道路面の擦過痕、スリップ痕、転倒している仲平車の位置、仲平車及び大西車の破損状態を観察するとともに、写真撮影し、同被告の指示説明を求めて事故状況を聞く等して実況見分を実施し、その結果を同日上松巡査が実況見分調書(甲第五号証)にとりまとめた。斉藤らは、右実況見分の際被告大西から事故の目撃者(澤田晃男)がいることを聞いていたので、早速同人に連絡をとり、二月二〇日本件事故状況について同人から事情を聴取して調書(丙第一号証)を作成し、同月二五日被告大西から同様に事情を聴取して調書(丙第二号証)を作成した。澤田と被告大西の供述は、原告が交差点内に赤信号で進入したという点で一致していた。

(二) 斉藤らは、事故当日に原告の運び込まれた藤立病院に赴き原告の住所氏名、免許の有無を確認したが、澤田及び被告大西の取調後は、時折担当医師ないし原告の母である仲平良子に電話連絡して原告の容体を聞く等して取調べができる状態にまで回復するのを待つていた。原告は四月二〇日に松下病院に転医して五月一〇日に手術を受けたが、六月二〇日ころからは歩行訓練を始め、七月下旬には主治医小島修が大阪家裁調査官からの照会に対し、原告は八月中旬退院予定であり、少年審判の出席については七月末には病院からでも出頭可能である旨回答する状態にまで回復し、外出して入浴する日もあるような状況になつていた。

(三) 斉藤は、八月に入つてから、上松巡査の後任である島本利春巡査を通じて原告本人に電話連絡し任意出頭方の了解を得た上、八月二四日に実況見分及び事情聴取を実施した。原告は、同日午前九時一五分ころ片足にギプスをはめ松葉杖を使用して歩行する状態で旭警察署を訪れ、斉藤及び島本と共にパトカーで本件事故現場に赴き、午前九時三五分ころから同九時五五分ころまで約二〇分間実況見分に立会つた。斉藤らは、既に作成してある被告大西立会の実況見分調書(甲第五号証)に基づき、衝突地点、仲平車の転倒地点等の客観的な位置関係を再現して、原告に確認させ、かつ、事故状況を指示説明させて、指示地点を計測したが、計測時には原告をパトカー車内に座らせる等してその容体を気づかつた。右指示説明の際、原告は、交差点に進入する直前に対面信号が黄に変わつたがそのまま交差点に進入したと説明し、島本が赤信号で進入したと述べている目撃者がいる旨追及しても言い分を変えることはなかつたため、原告の言い分通り聞き取り、同日島本がこれらの事項をとりまとめて実況見分調書(甲第六号証)を作成した。

(四) 斉藤らは、実況見分終了後、原告の了解を得た上旭警察署に戻つて供述調書を作成することにし、島本が交通事故捜査係の大部屋において原告から事情を聴取して調書を作成し、一二時ころこれを読み聞かせた上同人の署名押印を求めてその作業を終えたが、その間原告から体の不調、疲労を訴えたことはなかつた。また、原告は、交差点進入時の信号表示については事故現場における説明と同旨の説明を繰り返し、島本も澤田や被告大西の各供述との矛盾点を格別追及することもなく、原告の述べるまま供述調書(丙第四号証)を作成した。

2  もつとも、原告本人尋問の結果(第一、二回)中には、実況見分の際にも、また供述録取の際にも、本件交差点には青信号で進入したと繰り返し述べたが斉藤らはそれを聞き入れず、調書にもそのように記載しなかつた旨の供述部分がある。しかし、証人斉藤利雄及び島本利春はいずれもこれを否定する旨証言しているばかりでなく、斉藤ら取調警察官としては、既に澤田及び被告大西が原告は赤信号で本件交差点内に進入した旨一致して供述していることを知つており、そのために島本においてもその点を原告に追及したことは前記認定のとおりであり、しかも、実際に作成された実況見分調書及び供述調書のいずれにおいても、澤田及び被告大西の一致した供述内容とは異なり、仲平車が黄信号で本件交差点に進入した旨の記載がなされていることも前記のとおりであつて、このような点から考えると、斉藤らが原告の言い分に耳を藉さず、ことさらに原告の供述を曲げて虚偽の事実を調書に記載したものとみることは極めて不自然であり、同人らとしては、原告の指示説明及び供述をそのまま調書に記載したものと推認するのが相当である。したがつて、原告本人尋問(第一、二回)中の右供述部分は、採用することができない。また、証人仲平良子の証言中には、原告が警察署から松下病院に帰つた後警察官が自分の言い分を全く聞いてくれなかつたと述べた旨の供述部分があるが、伝聞にすぎない上、原告の右供述内容自体信憑性に乏しいことは右にみたとおりであるからこれを採用することはできず、その他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

3 右1、2に説示したとおりとすれば、請求原因3(二)の事実については結局これを認めるに足りる証拠がないことに帰着し、斉藤ら警察官が本件事故捜査としての実況見分及び原告に対する事情聴取・供述録取等の職務を行うについて、警察官として遵守しなければならない何らかの義務に違反し、又は違法にその職務を執行したものと認めることはできない。したがつて、原告の被告大阪府に対する請求は、その余の判断をするまでもなく理由がないというべきである。

四損害

1  治療経過

<証拠>によれば、原告は、本件事故により受傷した後、昭和五三年二月一八日から同年四月二〇日まで六二日間医療法人藤仁会藤立病院で入院治療を受け、受傷のうち右股関節脱臼骨折未治癒のまま四月二〇日に松下電器健康保険組合松下病院に転医し、同日から九月三日まで一三七日間入院治療を受け(その間五月一〇日に右股関節観血的脱臼整復の手術を受けた。)、引き続き昭和五四年一二月一八日まで同病院に通院治療し(実通院日数一一七日間)、同日症状固定の診断を受けたことが認められる。なお、甲第八号証、第一〇号証の各二には、松下病院の入院の始期が昭和五三年四月一一日と記載されているが、乙第四八号証(二枚目、三六枚目)の記載に照らし誤記と認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  後遺症

<証拠>によると、次の事実が認められる。

(一) 原告は、昭和五四年一二月一八日松下病院大森佐一郎医師から症状固定と診断されたが、右腓骨神経不全麻痺の後遺障害が残存し、右下腿外側より足背にかけての知覚鈍麻、右股関節、右足関節の運動制限、右股関節部の手術瘢痕、股関節痛、右下肢の脱力感等の症状が残り、日常生活においては、しやがみ込みの動作や和式トイレの使用、さらにはあぐらをかくこと、走ることができず、また、正座すること、バスステップのような高い段差のある所の昇降、片足で起立すること等が困難な状態となつた。

(二) 原告は、症状固定後も昭和五五年から同五六年にかけて、約二カ月に一回の割合で右股関節の持続性の歩行痛、右下肢のしびれ感等の症状緩和のため松下病院に通院し、抗炎症剤の投与・湿布・軟膏塗布等の処置を受け、その後も時折予後の観察のため通院している。昭和六〇年五月の時点では、知覚鈍麻は右足部に限られてきているが、右股関節痛と倦怠感、股関節・足関節運動制限は継続しており、新たに右股関節骨軟骨腫症、右変形性股関節症が傷病名に加えられている。

(三) 交通事故等により原告のような障害が残存した場合、大腿骨頭無腐性壊死が発生する確率は平均二二パーセントであり、これが発症すれば、大腿骨頭部分を人工骨に置換する方法、大腿骨関節部分全部を人工関節に置換する方法又は関節固定術による方法のいずれかの手術を施して治療する必要があり、その場合いずれの手術によつても下肢の一関節機能の用を廃することになる。

なお、甲第八号証、第一〇号証の各二には症状固定時の、乙第四号証には昭和五六年一二月二日の時点における原告の各症状として、右大腿骨頭無腐性壊死が既に発症しているものと診断されているかの如き記載があるが、乙第五一号証の一、第五二号証、証人小島修の証言に照らし、症状は現在発症しているわけではないが将来起こり得る可能性のある傷病として記載されているものと認めるのが相当であり、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上の事実を総合すると、原告の右後遺障害は、右股関節の痛みと運動制限、右足部の知覚鈍麻を中心として右股関節部の機能障害をきたしているものであり、その予後について現在の症状が悪化する可能性も少なくないことも併せ考えると、局部に頑固な神経症状を残し、かつ、一下肢の三大関節中一関節の機能に著しい障害を残すものということができ、この状態は、自賠法施行令別表後遺障害等級表第一二級及び一〇級に該当すると判断するのが相当である。

なお、乙第五一号証の二、第五二号証(医師小島修作成にかかる診断書)には、原告の後遺障害の等級につき、これを「後遺障害七級」とする記載があるが、右各証拠中に自賠法施行令別表後遺障害等級表の七級該当を根拠づける症状の記載は見当らないところ、「下肢不自由、一下肢の機能障害軽度」「股関節機能障害、軽度」を根拠に七級と判定する趣旨と解される記載が存在することからすると、右「後遺障害七級」の記載は、身体障害者福祉法施行規則別表第五号身体障害者程度等級表中の第七級に該当することを示したものとも解されるので、これらの証拠が右認定の妨げとなるものとすることはできず、その他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

3  付添看護料 四七万九四〇〇円

<証拠>によれば、原告は前記入院期間中、事故から少なくとも三〇日間は、勤めを休んだ父隆義又は母良子や当時中学三年生で学校を休んだ妹弘美らの付添看護を受け、昭和五三年三月二〇日から同年五月一七日までの五九日間は、一日六六〇〇円で職業付添婦による付添看護を受けたことが認められる。

家族による付添看護料は一日三〇〇〇円とするのが相当であるから三〇日間分で九万円、職業付添婦による看護に要した費用は六六〇〇円の五九日間分で三八万九四〇〇円、その合計四七万九四〇〇円が本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

4  入院雑費 一九万八〇〇〇円

前記認定のとおり、原告は本件事故により藤立病院に六二日間、松下病院に一三七日間の合計一九八日間(転院日である昭和四三年四月二〇日は、両病院の入院日数に計上されているから、合計日数から一日を控除する心要がある。)の入院治療を余儀なくされ、経験則上右入院期間中一日あたり少なくとも一〇〇〇円の割合による入院雑費を要したことが認められるから、原告の入院雑費の損害は一九万八〇〇〇円となる。

5  休業損害 一二五万五三〇五円

<証拠>によれば、原告は、本件事故当時ダイハツ工業株式会社本社工場に勤務し、事故前三カ月間の給与(社会保険料を控除したもの)として計三三万五四九八円(一月平均一一万一八三三円、円未満四捨五入、以下同じ)を得ていたこと、本件事故により昭和五三年二月一八日から同年一一月三〇日まで九・五か月(二八六日間)休業を余儀なくされ、右休業期間の給与計一〇六万二四一四円の支払を受けられなかつたこと、右休業のため昭和五三年夏・冬、同五四年夏に支給されるべき各賞与が計一九万二八九一円減額されたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

以上によれば、原告の休業損害は、一二五万五三〇五円となる。

6  後遺症による逸失利益 八八三万四四五九円

<証拠>によると、原告は、本件事故後自動車組立作業から品質管理の仕事に変わり、さらに期限付きで名古屋ダイハツ株式会社に出向して自動車の販売業務に従事していること、給与面については、事故による休業等のため同期入社の者と比べると若干の昇給遅れがあるかも知れないが、ほぼ従前どおりの給与の支給を受けていること、昭和五四年度から同五六年度まで三年間の原告の給与は逐年昇給している上、その額においても当該年度の賃金センサス第一巻第一表産業計企業規模計男子労働者学歴計の対応する年令の労働者の平均給与額を超えていることが認められる。

右事実によれば、原告において後遺症に基づく現実の減収はさしあたり生じてはいないことになる。しかしながら、前記認定の後遺症の内容、程度等からすると、原告は現在の自動車販売の仕事に当たり、同僚と比べて販売成績が悪くならないよう努力していることが推認されるし、原告が現に従事している自動車販売の仕事又は出向終了後従事することになる自動車製造関連の仕事との関係では、昇給・昇任について不利益な取扱を受けるおそれが予想される上、原告が転職を試みようとする場合には明らかに右後遺症がハンディ・キャップになるものといわなければならない。これらの事情に加えて、原告の後遺症が予後の経過いかんによつてはより大きな障害を生じさせる可能性を内包していることを併せ考えると、本件後遺症は原告の労働能力の低下を招来しており、かつ、本件においては、この後遺症が原告に将来にわたり経済的不利益をもたらすことを肯認するに足りる特別の事情があるものというべきである。そして、以上本件に現われた諸般の事情を総合すれば、原告は前記後遺症により労働能力を二〇パーセント喪失し、その労働能力喪失期間は、前記認定の症状固定日以降六七才に至るまでと認めるのが相当である。

しかして、本件症状固定時における原告の年収は一九五万八四五二円であるから、これらを基礎として年別のホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除し、本件事故と相当因果関係に立つ後遺症による原告の逸失利益の本件事故時における現価を求めると、次のとおり、八八三万四四五九円となる。

(算式)

一九五万八四五二×〇・二×二二・五五四七(四九年のホフマン係数二四・四一六二から二年のホフマン係数一・八六一五を引いたホフマン係数)=八八三万四四五九

7  慰謝料 五〇〇万円

本件事故の態様、原告の受けた傷害の部位・程度、治療経過、後遺症の内容・程度、症状固定後も予後の観察のため通院することが必要であること、原告の年令・生活状況その他本件に現われた諸般の事情を考慮すると、原告の被つた傷害及び後遺症に基づく精神的苦痛を慰謝するに足りる慰謝料の額は五〇〇万円とするのが相当である。

8  物損 認められない。

<証拠>によると、本件事故により、原告が昭和五二年一二月にクレジットを使用して購入した後約一〇〇〇キロメートルを走行していた仲平車(ホンダ四〇〇CB・ホークⅡ)が破損(燃料タンク右側凹損、メーターボックス・左前方向指示器破損、右側バッテリーカバー破損、マフラーに擦過痕生ずる等)し、着用していたヘルメットに傷がつき、着衣・ズボン等が破れたことが認められる。しかし、仲平車については、原告が本人尋問(第一回)の中で「四〇万円か五〇万円弱」で購入したと供述するものの、果たしていくらで購入されたものかについてこれを裏付けるに足りる的確な証拠はなく、事故後のクレジットの取扱いがどのようになつたか等についても明らかでなく、ヘルメットについては、傷は付いてはいるがなお使用が不可能になつているとまでいうことはできず、着衣・ズボン等についても、その価格を証明すべき証拠はない。

したがつて、原告が本件事故によるものとして主張する物損は、いずれもこれを認めることができない。

五過失相殺

前記一、二で認定した事実によれば、被告大西は本件事故現場である交差点を右折する際前方を十分注視して進行すべき注意義務に違反した過失があるが、他方原告としても仲平車を運転して同交差点に差しかかつた際、対面信号が赤色を表示していたのであるから、これに従つて交差点手前で停止すべき注意義務があるのにこの基本的な義務を怠り、停止することなくそのまま時速約三〇キロメートルで同交差点内に進入した重大な過失があるというべきであり、この過失も本件事故発生の原因となつていることは明らかであるとともに、その程度は極めて大きいといわなければならない。このような原告の過失の内容、程度、本件事故の態様その他諸般の事情を併せ斟酌すると、過失相殺として原告の損害額の八割を控除するのが相当である。

ところで、一個の損害賠償請求権のうちの一部が訴訟上請求されている場合に過失相殺をするにあたつては、請求されていない部分も含めた損害の全額から過失相殺による減額をすべきところ、本件事故による損害のうち本訴においてその賠償が請求されていない損害として原告の治療費三九七万一八一〇円があり、被告大西が原告に対してこれを支払つていることは当事者間に争いがないから、過失相殺の対象となる損害の全額としては、前記四で認定した額及び右治療費を合計した一九七三万八九七四円がこれに当たることになる。したがつて、これから過失相殺として八割を控除した三九四万七七九五円が、原告の被告大西に請求しうべき損害額である。

六損害の填補

被告大西が原告に対し、治療費として三九七万一八一〇円、後遺障害補償として二二四万円の計六二一万一八一〇円支払い、原告がこれを受領したことは当事者間に争いがない。

しかして、前記五で認定したところによると、原告の被告大西に請求しうべき損害額は三九四万七七九五円にとどまるのであるから、原告の本件事故による損害は、すべて填補されて余りがあることとなる。

第二乙事件について

原告大西の被告に対する本件不当利得返還請求は、原告大西か大成火災海上保険株式会社を介し、同会社と締結している自動車保険契約に基づく保険金として被告仲平に支払つた金員が、被告仲平に支払うべき損害賠償金として過払となつており、被告は右過払分につき法律上の原因なくして利得しているから、その返還を求めるというものである。

ところで、原告大西が不当利得として右過払分の返還を被告仲平に請求することができるためには、返還義務者である被告仲平が返還請求権者である原告大西の財産によつて利益を受け、それによつて返還請求権者である原告大西が損失を被つたことが必要であるというべきところ、原告大西みずからの主張するところによれば、被告仲平が過払を受けたのは原告大西からではなくて、同原告と自動車保険契約を締結している大成火災海上保険株式会社からであり、右保険契約に基づく保険金によつてであるというのであり、しかも、過払いとなつている右保険金について、原告大西が右保険会社から求償を受ける等支払を求められる関係に立つことがないことは右金員の性質上明らかであるから、右保険金の過払によつて原告大西に損失が生じる余地はないものといわざるをえない。

そうすると、原告大西の被告仲平に対する本件不当利得返還請求は、その主張自体おいて失当というよりほかはないから、その余について判断するまでもなく理由がないことになる。

第三結論

以上によれば、甲事件原告の同被告らに対する各損害賠償請求及び乙事件原告の同被告に対する不当利得返還請求は、いずれも理由がないというべきであるからこれらを棄却し、各事件の訴訟費用の負担につきそれぞれ民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官藤原弘道 裁判官加藤新太郎 裁判官浜 秀樹)

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