大阪地方裁判所 昭和57年(ワ)5403号 判決 1985年11月15日
原告
大和団地株式会社
右代表者代表取締役
石橋茂夫
右訴訟代理人弁護士
若菜允子
中坊公平
藤本清
谷澤忠彦
島田和俊
岡田勇
被告
日本電建株式会社
右代表者代表取締役
小佐野政邦
右訴訟代理人弁護士
吉原歓吉
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1(一) (第一次的請求)
被告は、原告に対し、金九億八四〇四万九四九四円及びこれに対する昭和五七年七月二三日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。
(二) (第二次的請求)
被告は、原告に対し、金九億八四〇四万九四九四円及びこれに対する昭和五七年七月二三日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。
(三) (第三次的請求)
被告は、原告に対し、金九億八四〇四万九四九四円及びこれに対する昭和五七年七月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 1につき仮執行宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
(第一次的請求に対する本案前の答弁)
1 原告の第一次的請求にかかる訴を却下する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
(第一ないし第三次的請求に対する本案の答弁)
主文同旨。
第二 当事者の主張
(第一次的請求関係)
一 請求原因
1 (当事者)
原告は、団地その他の用地売買、造成工事、建設工事請負などを、被告は、建物建築請負、土地売買、土木工事請負などを、それぞれ業とする株式会社である。
2 (土地売買契約の締結)
(一) 原告は、昭和四七年七月三一日、被告から、宅地分譲の目的で、別紙第一物件目録記載の各土地(以下まとめて「本件一土地」という。)を、代金三億五一六三万五五〇〇円で買い受け、同日内金二億五二一八万円を支払つてその引渡を受け、同四八年七月三一日に残金九九四五万五五〇〇円を支払つた。
(二) また、原告は、その後昭和四九年三月二六日に、被告から、本件一土地に囲まれた別紙第二物件目録記載の土地(以下「本件二土地」という。)を代金二三万九六〇〇円で買い受け、同日右代金を支払つてその引渡を受けた。
3 (瑕疵担保責任、それを理由とする解除)
(一) (本件一、二土地の瑕疵の存在)
(1) (本件一、二土地の売買契約締結前の状況)
被告は、昭和四五年ころから、本件一、二土地につき、宅地造成工事を行つたが、そのさい本件一、二土地には、地表から地中へ層厚平均約十数メートルにわたつて軟弱地盤が存することから、ペーパードレーン工法による土地改良工事(以下「本件工事」という。)を行つた。
本件工事は、昭和四五年五月から同年八月までの間に、五〇センチメートルの厚さにサンドマット(敷砂)を敷き、同年七月から同年一〇月までの間に、ペーパードレーン材を一・七メートルの間隔で約一〇メートルの深度に達するように打設し、同年七月から同四六年三月までに平均三・六メートルの高さの盛土工事を行い、右軟弱地盤を圧密沈下させることを内容とするものであり、本件一土地の売買契約締結のさい、原告が被告から交付を受けた報告書(以下「本件報告書」という。)には、本件工事により、計算結果によれば、沈下量二・六メートル、九〇パーセントの圧密沈下に要する期間は一二か月(残留沈下が一〇パーセント前後になれば不等沈下の心配は少なくなる。)、九八パーセントの圧密沈下に要する期間は二四か月であり、昭和四七年七月には八〇ないし九〇パーセントの沈下が完了したことになると記載されていた。
(2) (本件一、二土地の売買契約の前提)
原告は、右被告から交付を受けた本件報告書を検討し、本件工事が本件報告書記載のとおりになされ、本件報告書記載のとおり地盤が改良されたものと信じて、本件一、二土地の売買契約を締結した。
(3) (瑕疵の存在)
原告は、本件一、二土地の圧密沈下が終息するに至つたかどうかを的確に知る必要上、昭和五七年五月一二日から同年六月三〇日までの間に、株式会社地盤調査事務所(以下「地盤調査事務所」という。)に依頼して地質調査(以下「本件調査」という。)をさせた結果、本件工事においては、水平方向への排水機能を担うサンドマットの層を乱さないために、一・四メートルの限界盛土高を守り、軟弱地盤に対して平均的荷重を保ちながら、サンドマット上の山砕の盛土工事を行わなければならないのにもかかわらず、限界盛土高を無視して一か所に大量の盛土をしたために、軟弱地盤内にすべり破壊や塑性流動現象を生じさせ、ペーパードレーン用のカードボード材を切断せしめ、その効果を喪失させ、その結果、本件一、二土地は今後二〇年ないし四〇年の長期にわたり地盤沈下が終息せず、かつ補修することも困難な状態になつており、したがつて、本件一、二土地は通常の宅地としての使用が不可能に等しい状態であつて、結局、本件一、二土地には、原告が期待していた時期に(本件一、二土地の売買契約締結後一〇年以内に)本件一、二土地の地盤沈下が継続するという隠れたる瑕疵のあることが明らかになつた。
(二) (本件一、二土地の売買契約の解除)
本件一、二土地は、これに改めて地盤沈下改良工事を行うには少なくとも二〇億円以上の費用を必要とし、原告においてこれを買い受けて所有してもとうてい採算をとることができないものであり、かつ宅地として分譲するにはまつたく適さない欠陥宅地であるといえ、したがつて、原告は、本件一、二土地の右隠れたる瑕疵のために、本件一、二土地の売買契約を締結した目的を達することができないことが明らかであるから、原告は、被告に対し、昭和五七年七月二二日に送達された本訴状をもつて、本件一、二土地の売買契約を解除する旨の意思表示をした。
4 (損害など)
原告は、被告に対し、右解除により、本件一、二土地の売買代金三億五一八七万五一〇〇円の返還を求めることができるほか、本件一、二土地の右瑕疵により右以外に被つた以下の宅地分譲諸経費合計六億三二一七万四三九四円の損害の賠償を求めることができる。
(一) 別紙第三物件目録記載の土地(以下「本件三土地」という。)の売買代金 二四〇万円
原告は、当初から本件一土地に囲まれ、これと一体をなしている本件三土地を、本件一、二土地とともに団地として宅地造成することを予定していたために、三栄不動産株式会社から本件三土地を買い受けざるを得なかつた。原告は、昭和五〇年二月二八日までに右会社に右売買代金を支払つたのであるから、もはや本件三土地を本件一土地と分離して処分することができない以上、右代金相当額の損害を被つたといえる。
(二) 排水加入金 四四〇万円
原告は、昭和四八年一〇月二二日までに、本件一ないし三土地を宅地として分譲するのに不可欠な設備費用として柏谷区幹線堀用排水組合に対し、右金員を支払つた。
(三) 買収経費 二九六〇万七四五〇円
(四) 造成工事経費 二〇三五万六七九一円
これは、本件一ないし三土地の原価経費、すなわち造成工事業務を直接担当した職員の諸経費であつて、いずれも昭和五七年三月三一日までに支出したものである。
(五) 造成工事費 一億五三二六万二七一三円
原告が、本件一土地などの盛土工事などに昭和五〇年二月一〇日までに支出したものである。
(六) 固定資産税など 四四七万二七九三円
原告は、被告に対し、昭和五五年九月一七日までに、本件一土地などの右固定資産税などを支払つた。
(七) 地質調査費 二〇三六万三八〇〇円
本件調査の調査費用として請求されているものである。
(八) 支払ずみの利息 三億九七三一万〇八四七円
原告は、本件一、二土地の売買代金、(三)買収経費、(四)造成工事経費、(五)造成工事費を、いずれも他から金員を借り入れて支払つたものであり、右各経費の支払日に属する会計年度の最終日の翌日から昭和五七年三月三一日までの間に、別紙支払金利一覧表記載の割合による右利息を支払つたので、同額の損害を被つた。
5 よつて、原告は、被告に対し、第一次的に、瑕疵担保責任による契約解除に基づく原状回復請求権及び損害賠償請求権に基づき、九億八四〇四万九四九四円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和五七年七月二三日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 被告の本案前の主張
1 原告は、被告が原告を相手方として提起した東京地方裁判所昭和五一年(ワ)第一〇〇一七号立替金請求事件(以下「前訴(一)」という。)において、本件一、二土地の売買契約における原告の買受の意思表示には要素の錯誤があるから無効であることを理由として反訴(同裁判所昭和五三年(ワ)第三五一一号反訴請求事件、以下「前訴(二)」という。)を提起したが、原告の前訴(二)の請求は、昭和五五年五月二〇日言渡の判決によつて棄却され、右判決について原告は控訴を提起しなかつたために、右判決は確定した。
前訴(二)の請求と本訴の第一次的請求は、ともに、本件一、二土地に売買契約の目的を達することができない瑕疵があるとの主張に基づく請求に帰着するものであつて、訴訟物を同一にしており、これを理由づける攻撃防禦方法も前訴(二)の請求では錯誤による無効、本訴の第一次的請求では、瑕疵担保責任による解除と形式を異にするものの、実質は同じであり、原告は、前訴(二)において、売買目的物に瑕疵があつて要素に錯誤があつたと主張している以上、前訴(二)の事実審の口頭弁論終結時までに右解除権を行使できたものであるから、第一次的請求部分についての本訴の提起は、前訴(二)判決の既判力に抵触して許されない。
2 仮に、右1の主張が認められないとしても、本訴の第一次的請求の部分は実質的に前訴(二)のむし返しであり、原告は、前訴(二)において瑕疵担保責任による原状回復請求権ないし損害賠償請求権を行使することになんら支障がなかつたのにもかかわらず、さらに右請求部分に関する本訴を提起することは、前訴(二)の勝訴者である被告がかち得た本件一、二土地の瑕疵をめぐる紛争はもはや決着したとの合理的な期待と信頼を裏切るものであり、被告の地位を不当に長く不安定な地位におくことになるから、信義則に反するといわなければならず、右請求部分に関する本訴は不適法として却下を免れえない。
また、契約の要素に錯誤があつて無効であるときは、瑕疵担保責任の規定の適用は排除されることからすれば、原告が前訴(二)において錯誤による無効を主張して敗訴しながら、本訴において瑕疵担保責任を主張することは許されないから、いずれにせよ右請求部分に関する本訴は不適法として却下を免れえない。
三 被告の本案前の主張に対する原告の答弁
1 前訴(二)の請求は、錯誤による無効を理由とする不当利得返還請求権及び民法七〇四条による損害賠償請求権を訴訟物とするものであり、本訴の第一次的請求は、瑕疵担保責任による解除に基づく原状回復請求権及び損害賠償請求権を訴訟物とするものであつて、両者は訴訟物を異にするから、右請求に関する本訴は前訴(二)の判決の既判力に抵触しない。
2 前訴(二)の請求棄却の判決は、本件一、二土地の売買契約が錯誤により無効とはいえないとするものであるから、右契約の有効を前提として瑕疵担保責任による解除に基づく原状回復請求権及び損害賠償請求権に基づく右請求に関する本訴は、前訴(二)判決となんら矛盾しない。また、前訴(二)の事実審口頭弁論終結時までには本件一、二土地についての瑕疵の存在は明確にはなつていなかつたものであり、前訴(二)では瑕疵担保責任による請求をすることが事実上できなかつた。原告は、前訴(二)の判決をいつたんはやむを得ないと考え、これに対して控訴しなかつたものの、偶然新たに本件一、二土地を調査した結果、前訴(二)の事実審の口頭弁論終結時までには判明していなかつた被告による本件工事の不手際を発見し、これを理由として本訴を提起したものである。以上の事情からすれば、原告が本訴を提起したことが信義則に反するとはいえない。
また、本件の場合は、前訴(二)の判決において、錯誤による無効が認められなかつたというものであるから、錯誤の規定によつて瑕疵担保責任の規定の適用が排除されると解することは、原告に著しく不利をもたらすものであつて、不当である。
四 請求原因に対する認否
1 請求原因1、2(一)の事実は認める。
2 同2(二)の事実は否認する。被告は、原告が大蔵大臣から本件二土地の払下げを受けるさいにその名義を貸しただけであり、被告が本件二土地を原告に売り渡したものではない。
3 同3(一)(1)の事実のうち、被告が昭和四五年ころから本件一、二土地につき宅地造成工事を行つたが、そのさい、本件一、二土地には、地表から地中へ層厚平均約十数メートルにわたつて軟弱地盤が存することから本件工事を行つたことは認め、その余は否認する。
同3(一)(2)の事実は否認する。
同3(一)(3)の事実のうち、原告が昭和五七年五月一二日から同年六月三〇日までの間、地盤調査事務所に依頼して地盤調査をさせたことは不知、その余は否認する。
同3(二)の事実(ただし、売買契約解除の意思表示の点は除く。)は否認する。
4 同4の事実は否認する。
五 被告の主張及び抗弁
1 (瑕疵の不存在ないし隠れたる瑕疵の不存在)
本件報告書においては、昭和四七年七月二〇日現在、本件一、二土地につき、ほぼ八〇ないし九〇パーセントの沈下が完了している旨の結論が下されており、これによれば、本件工事が被告の当初の企図どおりの効果を上げていることは疑いがない。
本件報告書は、仕上造成工事を施工するにあたつては、各所において土質調査並びに圧密検査を行つて再検討のうえこれを施工すべきこと、現地盤の上に載荷したり、除荷したりした場合は沈下の状況が変化するので注意することを警告しているのであるが、それにもかかわらず、原告は、右警告を無視し、土質調査、沈下量の測定などを行わずにいきなり昭和四八年一月ころから仕上造成工事(盛土(盛土高一六〇センチメートル、二二〇センチメートルなど)、切土(切土高マイナス六〇センチメートル、五〇センチメートルなど)を内容とする。)及び排水工事を含む付帯諸工事に着手し、同四九年一月ころ右工事を完了した。右造成工事においては、右のとおりかなりの載荷、除荷を行つているうえ、右排水工事において埋設管を地下水面下に設置し、それにより排水を行つているため、排水による地下水面の低下をもたらし、その結果盛土荷重となつて地盤沈下を生じさせている。
また、仮に、原告において、本件調査をした結果、ペーパードレーン用のカードボード材の切断が明らかになつたとしても、ほとんど軟弱層の上部で切断されたにすぎないものと考えられるところ、ペーパードレーン工法は、深度の深い(本件工事では地下十数メートルの)箇所の水分を早く除去するために利用されるものであつて、右カードボード材が軟弱層上部で多少切断されても、腐植土そのものの透水性も非常によいことや、サンドマット(敷砂)、礫混りシルトなどの透水性をも考えると、本件工事が全く効果がないと断ずることはできないものであり、しかも右切断自体も、右のとおり原告が本件報告書の警告を無視して仕上造成工事を行い、これに伴う沈下が著しいために生じたことであると考えられる。
そうすると、本件工事には不手際はなく、仮に現在も本件一、二土地の沈下が続いているとすれば、それは、原告が本件報告書の警告を無視する方法で前記仕上造成工事などを行つたためであると考えられるから、本件一、二土地に本件売買契約締結当時瑕疵は存在しなかつたといえる。また仮に瑕疵が存在したとしても、売買契約の目的物の隠れたる瑕疵は、買主が買受当時過失なしにその存在を知らなかつた瑕疵をいうものであるところ、原告は、本件一、二土地の引渡を受けたのち、土地調査、沈下量の測定を行つていれば、右仕上造成工事をするさいに対応措置を講ずることにより本件一、二土地の地盤沈下を防止しえたのであるから、原告には明らかに過失があり、したがつて、右瑕疵は隠れたる瑕疵とはいえないことが明らかである。
2 (商法五二六条違反)
原被告ともに商人であり、本件一、二土地の売買は、商人間の売買であるから、商法五二六条が適用され、しかも、本件一土地の売買契約の締結のさいに交付した本件報告書が、各所において土質検査及び圧密試験を行つて再検討のうえ新規工事を行うことなどを警告しているにもかかわらず、原告は、被告に対し、少なくとも本件一、二土地の各引渡を受けてから、六か月以内に本件一、二土地の瑕疵の存在を通知しなかつたのであるから、原告は、被告に対し、本件一、二土地の瑕疵担保責任を理由として本件一、二土地の売買契約を解除したり、損害賠償を求めたりすることはできない。
3 (除斥期間経過)
原告は、中央開発株式会社に本件一、二土地の地質調査を依頼したが、同会社は、昭和四八年一〇月一五日から同年一二月一三日まで右調査を行い、その調査報告書に本件一、二土地のすべり破壊について記述している。また原告は、前訴(一)における昭和五二年二月二日付答弁書において、本件一土地には瑕疵があり、その瑕疵を抜本的に補修することは技術上、施工上または経費上不可能である旨を主張している。これらによれば、原告は、少なくとも右昭和五二年二月二日の時点で本件一、二土地の瑕疵の存在を知つたといえるところ、原告において右時点から一年内に解除の意思表示をし、ないしは損害賠償請求権を行使した事実がないから、原告は、右除斥期間の経過により、瑕疵担保責任による契約解除ないし損害賠償をすることはできなくなつたというべきである。
なお、瑕疵の事実を知つたというためには、その瑕疵の原因まで知ることを要しないというべきである。
六 被告の主張及び抗弁に対する原告の反論及び再抗弁
1 (商法五二六条の適用を排除する特約の存在)
本件報告書には、地盤改良工事(本件工事)完了(昭和四六年三月)後九八パーセントの圧密沈下に要する期間は二年であると記載されていたのであるから、原告は、本件報告書の記載に従つて、本件一土地の引渡を受けてから少なくとも六か月間はその沈下の状態を静観しなければならないものであり、また後記2に記載のとおり本件一、二土地の瑕疵の有無は、本件一土地の売買契約締結後一〇年間を経過しなければ判明しないのであるから、原被告間には右検査通知義務を規定した商法五二六条の適用を排除することが特約されたというべきである。
2 (瑕疵の知情時期)
(一) 原告は、本件報告書の本件工事による圧密沈下が九〇パーセントに達するのが本件工事完了の一年後、同九八パーセントに達するのが同二年後であるという記載を信じていた。そこで、原告は、昭和四八年一月から同四九年一月までの間に、既に買い受けずみの本件一土地及びその後に買受予定の本件二、三土地を対象として、道路、ガス、水道、排水などの各施設の宅地としての諸工事を行い、若干の盛土、切土を行つて宅地として整地した。そして、この間の昭和四八年一〇月一五日から同年一二月一三日にかけて、中央開発株式会社に依頼して地質調査を行つたところ、その結果は、圧密沈下量は約六〇パーセント、今後二、三年にわたり一〇ないし五〇センチメートルの沈下が生じ、二、三年後に地盤が落ち着いた時点で厚さ二メートル以下の埋立層の一部を除いて木造二階建の建物を建てることができるというものであつたので、原告は、右調査結果が出てから二、三年後(昭和五一、五二年以降)まで静観して沈下の状況をみなければならないと判断し、昭和四九年一月から本件一、二土地の沈下の状況を観測していた。
(二) 原告は、昭和四九年一月までに、本件一、二土地を宅地として分譲するために設置した諸設備が地盤沈下のために徐々に影響を受けてきたことから、昭和四九年夏ころ、沈下の終息時期がいつになるのかを知るために、この分野の権威者である鹿島道路株式会社の工務部長梶正巳に現地調査を依頼したところ、梶は、原告に対し、数年ないし一〇年間は静観すべきであるという意見を述べた。さらに原告が昭和五一年四月ころ、株式会社東日の竜野亮三社長にも右沈下終息時期を尋ねたところ、竜野も数年間は沈下の状況をみるべきであるという意見を述べた。
また、原告は、(一)の整地工事の完了後の昭和四九年一月から本件一、二土地内の六六か所の地点を選んで沈下量を測定していたところ、昭和五三年一一月までの測定結果では、五〇センチメートル以上沈下した地点が二五か所、一〇センチメートル以上五〇センチメートル未満沈下した地点が二四か所であつたのに対し、その後昭和五四年五月から同五七年五月までの三年間の測定結果によると、二センチメートル程度沈下した地点が二五か所、六センチメートル程度沈下した地点が一六か所(したがつて、ほぼ沈下が終息したと考えられた地点が合計四一か所になる。)、七センチメートルないし一五センチメートル程度沈下した地点が一六か所、一六センチメートルないし二一センチメートル程度沈下した地点が九か所、そして最大沈下量が二一・六センチメートルと、沈下量が著しく減少していることが判明し、右梶、竜野の見解が裏付けられたので、原告は、地盤沈下が終息し、地盤が安定する日は近いと確信し、さらに静観を続けた。
(三) このように、本件一、二土地のような軟弱地盤を構成する腐植土の沈下時期の予測は、理論と実際とが食い違つているので非常に困難であり、少なくとも本件一土地の売買契約締結後一〇年間経過した段階でもなお沈下が継続し、かつその原因を調査した結果以後短期間には沈下が終息しないことが判明した場合に初めて本件一、二土地の瑕疵の存在を知つたということができ、その時期は昭和五七年六月に原告が本件調査結果の報告を受けた時期であつたといえる。
中央開発株式会社の調査結果には、本件一、二土地の瑕疵の原因についての説明は全くないから、右調査結果の報告を受けた昭和四九年末ころに、原告が本件一、二土地の瑕疵の存在を知つたとはとうていいうことができない。
また、なるほど、原告は、前訴(一)、(二)において、錯誤の主張をしているが、錯誤の事由として主張したのは、本件一、二土地の瑕疵(本件一土地の売買契約を締結してから一〇年後になおその沈下が終息しないこと)の存在ではなく、本件一土地の現実の沈下状態が買受時に予定していたものではなかつたという点であつて、原告は、前訴(一)、(二)の時点では右瑕疵の原因たる本件工事の不手際を知らなかつたし、未だ近い将来沈下が終息する可能性があると信じていたのであるから、前訴(一)、(二)の時点に既に原告が右瑕疵の存在を知つていたということはできない。
(第二次的請求関係)
一 請求原因
1 (当事者)
第一次的請求関係の請求原因1と同一であるから、これをここに引用する。
2 (本件一、二土地の売買契約の締結)
第一次的請求関係の請求原因2と同一であるから、これをここに引用する。
3 (事情変更に基づく契約解除)
(一) 原告は、本件一、二土地の売買契約を締結するさい、本件一土地の売買契約締結後数年を経れば本件一、二土地の地盤沈下が終息することをその基礎とした。ところが、その後原告が本件一、二土地の売買契約締結時に予見しておらず、かつ予見しえなかつた本件工事の不手際のため、長期間にわたり地盤沈下が続くことになり、本件一、二土地の売買契約の目的である宅地分譲を行うことが事実上不可能になつた。
(二) 右のような事情の変更は、原告の帰責事由によつて生じたものではない。かつ、このような状態にある本件一、二土地を宅地分譲用地として原告が支払つたような金額で買い受ける者は絶無であり、原告の支払つた売買代金やその後の投下資金に対して本件一、二土地の実際の価格とは全く均衡のとれないものとなつており、原告のような団地その他の用地の売買、造成工事などを業としている者にとつて本件一、二土地の売買契約上の義務履行だけを問題とすることは全く無意味になつてしまつているから、原告が、本件一、二土地の売買契約の拘束力を受けることは、本件一、二土地の売主である被告の立場に比して信義則上著しく不公平である。
(三) 原告は、昭和五七年一二月一六日の本件口頭弁論期日において、右事情の変更により、本件一、二土地の売買契約を解除する旨の意思表示をした。
4 (損害など)
原告は、被告に対し、右解除により、本件一、二土地の売買代金三億五一八七万五一〇〇円の返還を求めうる他、第一次的請求関係の請求原因4の六億三二一七万四三九四円の損害の賠償を求めることができる。
5 よつて、原告は、第一次的請求が認められないときは、被告に対し、事情変更による契約解除に基づく原状回復請求権及び損害賠償請求権に基づき、九億八四〇四万九四九四円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和五七年七月二三日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1、2に対する認否は、第一次的請求関係の請求原因1、2に対する認否と同一であるから、これをここに引用する。
2 同3(一)、(二)、4の事実は否認する。
三 被告の主張
第一次的請求関係の被告の主張及び抗弁1でみたとおり、本件一、二土地が長期間にわたり地盤沈下が続くとしても、それは原告の責に帰すべき事由により生じたものであるといえるから、事情変更の原則を適用する余地はない。
(第三次的請求関係)
一 請求原因
1 (当事者)
主位的請求関係の請求原因1と同一であるから、これをここに引用する。
2 (本件一、二土地の売買契約の締結)
主位的請求関係の請求原因2と同一であるから、これをここに引用する。
3 (本件工事の実施、原告の本件工事に対する信頼)
被告は、本件工事を株式会社青木建設(以下「青木建設」という。)に請け負わせ、青木建設は、本件工事を行つた。
原告は、本件工事が適切になされ、かつ本件工事により地盤改良効果があるものと信じて、本件一、二土地を宅地分譲のために買い受けた。
4 (被告の不法行為責任ないし製造物責任)
(一) 青木建設は、本件工事を行うにさいして、水平方向への排水機能を担うサンドマットの層を乱さないために、一・四メートルの限界盛土高を守り、軟弱地盤に対して平均的荷重を保ちながら、サンドマット上の山砕の盛土工事を行わなければならない注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、一か所に大量に盛土用山砕を積み上げたために、軟弱地盤内にすべり破壊や塑性流動現象を生じさせ、ペーパードレーン用のカードボード材を切断せしめ、その効果を喪失させた過失がある。
(二) 被告は、本件工事を青木建設に請け負わせた造成主であるが、被告自身も、土木工事の請負業者であつて、本件工事の盛土管理を自ら行つてきたものであるから、注文者として施工者である青木建設に対して盛土工事を適切に進めさせるべく管理しなければならない注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、必要な管理をしなかつたために、施工者である青木建設をして右欠陥宅地を造成せしめた過失がある。
(三) しかも、被告は、本件一、二土地が原告から分譲地として一般に販売されるものであることを承知していたのであるから、ユーザーに対する関係で欠陥宅地の製造物責任を負わなければならないところ、原告は、本件、一、二土地を未だ分譲するには至つていないのであるから、本件の場合は、原告も一ユーザーであるということができるので、被告は、原告に対しても、製造物責任を負わなければならない。
5 (損害)
本件一、二土地の登記簿上の総面積は四万二四八三平方メートルであるが、そのうち道路など共用部分を除く宅地として販売する予定の部分の総面積は三万二六六六・八一六平方メートルであつて、本件一、二土地付近の土地の時価相当額は三・三平方メートルあたり一五万円であるから、被告の右不法行為がなければ、本件一、二土地の時価相当額は合計一四億八四八五万円になつたと考えられる。
そして、本件一、二土地を現状のままで売却すれば、約四億円でしか売却できないから、その差額である約一〇億八四八五万円が被告の右不法行為により原告に生じた損害であるということができる。
6 よつて、原告は、第一、第二次的請求が認められないときは第三次的請求として、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、右一〇億八四八五万円のうち九億八四〇四万九四九四円及びこれに対する不法行為の後である昭和五七年七月二三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1、2の事実に対する認否は、第一次的請求関係の請求原因1、2の事実に対する認否と同一であるから、ここに引用する。
2 同3の事実のうち、被告が本件工事を青木建設に請け負わせ、青木建設が本件工事を行つたことは認め、その余は否認する。
3 同4、5の事実は否認する。
三 被告の主張
被告は、その定款に土木工事の請負をも目的欄に記載しているけれども、建設業法に基づく「土木一式工事」について建設大臣の許可を受けていないし、ペーパードレーン工法という特殊工法について被告が指示管理を行うことはできないから、被告に注文者としての過失はない。
第三 証拠<省略>
理由
第一第一次的請求関係
一被告のいう本案前の主張について
被告は、1 本訴の第一次的請求は、前訴(二)の請求と訴訟物を同一にしており、前訴(二)の確定判決の既判力に抵触するから、許されないものであり、または、2 本訴の第一次的請求は実質的に前訴(二)のむし返しであつて、信義則に反するといえるので、本訴は不適法として却下を免れえないものであり、あるいは、3 契約の要素に錯誤があつて無効であるときは、瑕疵担保責任の規定の適用は排除されなければならないから、原告が、前訴(二)において錯誤による無効を主張して敗訴しながら、本訴の第一次請求において瑕疵担保責任を主張することは許されない旨主張する。
後記三2で認定する事実に、<証拠>を合わせれば以下の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
1 被告は、原告を相手方として、東京地方裁判所に対し、被告が、本件一土地の売買契約締結後もなお本件一土地の登記名義が被告にあるために被告に賦課された昭和四八年度以降同五一年度までの固定資産税などを支払つたことを理由として、右固定資産税などに相当する金員(三六二万七〇九六円)及び右金員に対する遅延損害金の支払を求める訴(前訴(一))を提起した。
前訴(一)において、原告(前訴(一)における被告)は、抗弁として、被告(前訴(一)における原告)は、原告に対し、本件一土地の売買契約締結に先立ち、本件工事により本件工事完了後約一年間で九〇パーセント、二年間で九八パーセントの圧密を完了するように本件一土地の地盤を改良することができるところ、本件工事の結果、昭和四七年七月二〇日現在、本件一土地の圧密は八〇パーセントないし九〇パーセント完了したものと判定される、旨の記載がある本件報告書を交付し、本件報告書を示すことにより、本件一土地に対して本件工事を完了したこと、したがつて、本件一土地が宅地分譲に適する土地であることを保証したので、原告は、これを信頼して本件一土地を分譲目的で買い受けたものであるが、昭和四九年一月一五日以降同五二年六月二一日までの間に本件一土地の沈下状況(沈下量)を測定した結果によれば、本件一土地は著しい不等沈下をきたしており、かかる沈下現象は現在も進行中であり、予測も立たない状況であることが判明し、原告が本件一土地を宅地として分譲することは不可能となつてしまつたものであり、かりに原告が、本件一土地の売買契約の締結のさい、被告において、本件報告書の記載どおりに地盤改良工事を施工しておらず、それゆえ本件一土地が宅地分譲に不適当な土地であることを知つていたならば、本件一土地を買うことは絶対にありえなかつたことであるから、原告の右買受の意思表示には要素の錯誤があり、無効であると主張した。そしてまた原告は、昭和五三年四月に反訴(前訴(二))を提起し、右のとおり原告の本件一土地の買受の意思表示は無効であること、また本件二土地は、原告はこれを本件一土地と一体をなす土地として買い受けたものであるから、原告が本件一土地につき被告の保証した前述の重要な要件に欠如のあることを知つていれば、本件二土地だけを買い受ける意思をもつたはずがなく、それゆえ本件二土地の買受の意思表示にも要素の錯誤があつて無効であることを理由として、不当利得返還請求権に基づき、本件一、二土地の売買代金の返還を請求し、かつ同時に、原告は、被告に対し、被告の施工した地盤改良工事の内容を正しく告知する義務があるのにこれを怠り、その工事が宅地造成に適しない土捨場的なものであることを秘し、加えて宅地造成目的に適した工事が施工されている旨虚偽の事実を告知したことを理由として、民法七〇四条による損害賠償請求権に基づき、右告知義務違反により被つた原告の損害の賠償を請求した。
2 第一審裁判所は、昭和五五年五月二〇日、原・被告とも、本件報告書どおりに圧密沈下が終わつておそらく四、五年後の近い将来には宅地として分譲可能であると判断していたところ、売買後約七年を経過した昭和五四年五月一二日の段階でも、なお本件一土地内の三一か所の地点で継続的な沈下現象がみられ、少なくともこのままでは宅地として分譲することはできないのであるから、原告の右判断(買受の意思表示の動機)と現実との間にはそごがあり、そしてこのそごは、本件取引では決して無視できない重大なことと解されるから、原告の買受の意思表示には要素の錯誤があるが、本件報告書を全幅的に信頼して右判断に達した原告には軽率としかいいようのない落度があつたといわねばならず、原告の錯誤には重大な過失がある旨の理由により、原告の右抗弁を排斥し、被告の前訴(一)の請求を認容するとともに、原告の前訴(二)(反訴)の請求を棄却する旨の判決をした。
原告は、右判決を受けた当時には本件工事の不手際が未だ判明していなかつたため、本件一、二土地が今後長期間にわたり沈下が終息しないとは考えず、むしろ近い将来本件一、二土地の沈下が終息するものと考えて、右判決に対して控訴を提起せず、したがつて右判決はそのまま確定した。
3 ところが、原告が昭和五七年六月に報告を受けた本件調査の結果によつて初めて、本件工事の不手際のためにペーパードレーン用のカードボード材が切断され、その結果ペーパードレーンの効果が喪失し、九〇パーセントの圧密沈下に要する期間は、本件一、二土地の大部分で今後二〇年ないし四〇年と見込まれ、今後長期間にわたり沈下が生ずることが判明した。このため、原告は、昭和五七年七月一九日本訴を提起し(記録により明らかである。)、第一次的請求として、原告は、本件工事が本件報告書記載のとおりになされ、本件報告書の記載(九〇パーセントの圧密沈下に要する期間は一二か月(残留沈下が一〇パーセント前後になれば不等沈下の心配は少なくなる。)、九八パーセントの圧密沈下に要する期間は二四か月であり、昭和四七年七月には八〇ないし九〇パーセントの沈下が完了したことになる。)のとおり地盤が改良されたものと信じて、本件一、二土地の売買契約を締結したところ、原告が期待していた時期に本件一、二土地の地盤沈下が終息せず、今後二〇年ないし四〇年にわたり地盤沈下が継続するという隠れたる瑕疵がある旨の理由により、本件一、二土地の瑕疵担保責任による契約解除に基づく原状回復請求権及び損害賠償請求権に基づき、本件一、二土地の売買代金の返還及び右瑕疵によりそれ以外に被つた損害の賠償を求めた。
右認定事実によれば、前訴(二)の請求は、不当利得返還請求権ないし民法七〇四条による損害賠償請求権を訴訟物とするものであり、本訴の第一次的請求は、本件一、二土地の瑕疵担保責任による解除に基づく原状回復請求権及び損害賠償請求権を訴訟物とするものであるから、前訴(二)の請求と本訴の第一次的請求は訴訟物を異にするので、本訴の提起は、前訴(二)の確定判決の既判力に抵触するとはいえない。したがつて、右被告の1の主張は理由がない。
ところで、後記三で認定するとおり、原告は、遅くとも前訴(二)の提起の約七か月後(事実審口頭弁論終結前)には本件一、二土地の瑕疵の事実を知つたということができ、原告が前訴(二)で本件一、二土地の瑕疵を理由に本件一、二土地の売買契約を解除し、右瑕疵担保責任を請求原因として主張し、本訴におけるのと同一の請求をするについてなんらの支障もなかつたことが明らかである。もつとも、前訴(二)の請求と本訴の第一次請求は、訴訟物を異にし、また前訴(二)の請求は本件二土地そのものが本件二土地の売買契約締結の前提に適合しないゆえに本件二土地買受の意思表示に錯誤があつて無効になるという構成ではなく、本件一土地の買受の意思表示が錯誤によつて無効であるから本件一土地と一体をなす本件二土地の売買契約も無効になるという構成であり、これに対して本訴の第一次的請求は、本件二土地自体に瑕疵があることを理由として本件二土地の売買契約を解除するという構成であつて、本件二土地の売買代金の返還を求める部分の構成が前訴(二)の請求と本訴の第一次的請求とで異なるなど、前訴(二)の請求と本訴の第一次的請求には多少の相違点がある。しかし、前訴(二)の請求も本訴の第一次的請求も、ひつきよう、本件一土地ないし本件一、二土地が、本件一土地ないし本件一、二土地の売買契約締結の前提に適合していないことを理由として、本件一、二土地の売買代金の返還その他損害賠償を求めるものというべきであり(原告は、前訴(二)において錯誤の事由として主張した事由と本訴において本件一、二土地の瑕疵の事由として主張した事由とは異なると主張するが、いずれも本件一土地ないし本件一、二土地の売買契約締結の前提に適合していないことを事由とするものであるというべきであつて、右原告の主張は失当である。)、本訴は、確かに、実質的には前訴(二)のむし返しであるという面もないわけではないというべきである。しかしまた、原則として前訴請求と訴訟物が別異のものと考えられる請求については、仮に同一の利益を追及するものであつても前訴確定判決の既判力等によつて遮断されることはなく、二つの訴えを、別々にあるいは順次に提起することはさしつかえないと解すべきであり、前訴と訴訟物を異にする請求にかかる訴えが、信義則違反を理由に却下される(訴権を否定される)のは、ごく例外的な場合に限定されなければならないものと解されるところ、本件については、後記二3でみるとおり、原告が本件一、二土地の瑕疵の事実を知つたというためには、本件工事に不手際があつたことを知る必要はないとはいえ、原告は、前訴(一)(二)の判決を受けた当時本件工事の不手際が判明していなかつたため、近い将来本件一、二土地の沈下が終息するものと考えて、前訴(一)(二)の判決に対し控訴を提起せず、控訴審の審理判断を経ることなく前訴(一)(二)の判決(第一審判決)を確定させたところ、前訴(二)の判決の事実審の口頭弁論終結後の昭和五七年六月に原告が報告を受けた本件調査の結果によつて初めて、被告が青木建設に施工させた本件工事に不手際が存在し、本件一、二土地の沈下が長期間にわたり終息しないことが判明したために、右判明後直ちに本訴を提起したというものであり、右の事情からすれば、本訴が、実質的に前訴(二)のむし返しであるとまではいうことができず、かつ被告が、本件一、二土地の売買契約に関する紛争が前訴(二)ですべて落着したと信頼しても無理からぬものであるとたやすく断定することもできないというべきであり、しかも、本訴提起まで、本件一土地の売買契約締結から約一〇年、本件二土地の売買契約締結から八年余、前訴(二)の判決確定時から二年余が経過しているにすぎず、不当に長期間被告の法的地位が不安定な状態におかれたというほどではないとみるべきである。
そうすると、原告の本訴提起が、訴権が否定されるほど著しく信義則に反するものとまではいうことができず、右信義則違反を理由に訴権が否定される場合にあたらないというべきであるから、右被告の2の主張も理由がない。
さらに、なるほど、売買契約が契約の要素に錯誤があつて無効であるときは、瑕疵担保責任の規定の適用は排除されると解されるが(最高裁判所昭和三二年(オ)第一一七一号、同三三年六月一四日第一小法廷判決・民集一二巻九号一四九二頁参照)、前記のとおり、前訴(二)の判決は、本件一土地の売買契約の要素に錯誤があることは認めたが、右錯誤には重過失が存在するとして結局本件一土地の売買契約の無効、したがつてまた本件二土地の売買契約の錯誤による無効をいずれも認めなかつたのであるから、本訴において、瑕疵担保責任の規定の適用が排除されることはないというべきであるので、右被告の3の主張はその前提を欠き理由がない。
そうすると、被告の本案前の主張はいずれも理由がない。
二請求原因事実について
1 請求原因1(当事者)、2(一)(本件一土地の売買契約の締結)の各事実は、当事者間に争いがない。
2 請求原因2(二)(本件二土地の売買契約の締結)の事実は、<証拠>により、これを認めることができ、右認定に反する証拠はない。
3 そこで、次に、本件一、二土地の隠れたる瑕疵の有無について検討する。
(一) まず、本件一、二土地の売買契約締結の前提について検討する。
被告が昭和四五年ころから本件一、二土地につき宅地造成工事を行つたが、そのさい、本件一、二土地には、地表から地中へ層厚平均約十数メートルにわたつて軟弱地盤が存することから本件工事を行つたことは、当事者間に争いがない。
右争いのない事実に、<証拠>によれば、以下の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
(1) 小櫛探鉱鑿泉株式会社(以下「小櫛探鉱」という。)は、望月建設株式会社の依頼により、本件一、二土地の分譲宅地建設に伴う基礎資料を得る目的で、昭和四四年八月七日から同月一九日までの間に、本件一、二土地南側境界線沿いの道路上の四か所の地点において、ボーリングによる地質調査を行つた。
その結果、本件一、二土地は、周囲を小高い丘に囲まれた平坦な耕作地であつて、付近を流れる小川に挾まれ、オボレ谷状的な形式地盤であるため、その地質は、段丘砂礫層を基盤とし、湖成堆積物である貝殻混粘土質シルトが堆積し、その上にシルト質土及び腐植土質が堆積する非常に悪い軟弱地盤を形成し(各地点ごとに、その層序、層厚が異なる。)、したがつて、単に盛土を行つただけでは宅地として造成することは不可能であつて、表土からなる軟弱土層になんらかの形態で地盤改良を行つて支持地盤に近づけるように考慮しなければならないことが判明した。(<証拠略>)
(2) そのころ、被告から本件一、二土地の宅地造成についての基本設計を依頼された株式会社東日工務所(昭和四六年以降商号を株式会社東日に変更した、以下「東日」という。)は、小櫛探鉱の右調査結果に基づく机上の計算によつて、本件一、二土地の土質、土層からみて、すべり破壊に対処する安全な限界盛土高は一・四メートルであること、八〇ないし九〇パーセントの圧密度(残留沈下が構造物に支障をきたさない値)に達する時間は一〇年以上かかるので、宅地造成の目的上軟弱地盤処理工法により短期間に圧密を完了させること、その工法として短期間で施工することができ、かつ工費も安いペーパードレーン工法(地表にサンドマット(敷砂)を一定の層厚に敷き、その上から打設機で軟弱地盤層に一定間隔をおいてドレーンペーパー(カードボードともいい、穴あきの紙である。)を挿入し、その上に盛土を行つて載荷重するもので、ペーパードレーン(カードボード)材から吸い上げた水をサンドマットで地表の定めた方向へ流して排水し、盛土の荷重により急速に圧密沈下させて地盤支持力を高める工法)を採用すること、八〇パーセントの圧密完了時期は六か月後であるとの条件のもとに、ドレーンペーパーを二・〇メートルの間隔で正方形配置に打設すること(なお、この計算は、軟弱土層厚を一九メートルと想定したうえでのものである。)などの結論を下した<証拠略>。
(3) その後、青木建設は、被告の依頼によつて、小櫛探鉱の前記調査結果に基づいて、本件一、二土地の地質上、宅地造成のための盛土荷重その他上載荷重でかなりの圧密沈下が長年にわたつて起こることが容易に想像され、用地供用開始後の残留沈下による建造物への障害が問題視されるとの認識のもとに、圧密沈下量、圧密と時間との関係、地盤改良の必要性と地盤改良計画(ペーパードレーン工法)について、左の各条件を前提として検討を行い、後記の検討結果を出した。
(ア) 検討条件
① 盛土仕上高は、現在地盤面標高プラス一メートル、盛土単位体積量一立方メートルあたり一・六トン、サンドマット(有効厚五〇センチメートル以上)単位体積量一立方メートルあたり一・六トンとする。
② 摩擦杭を建物基礎に打設し、不等沈下に対処することとし、特別に建物荷重による沈下は取り下げないことにする。
③ 小櫛探鉱の地質調査をもとに、検討の対象として、青木建設が合理的とみた平均土層断面及び各層の土層を決定した(軟弱土層厚を平均一四メートルと想定し、圧密沈下時間の算出に必要な圧密係数も代表値を選択した。)。
④ 現地は、水田が主体となつており、小櫛探鉱の前記調査結果から判断し、地表面と水面を一致させて考える。
(イ) 検討結果
① 検討位置においては、サンドマットも含めて二・六メートル厚で盛土を行えば、二・六メートル圧密沈下し、その一次圧密が終了した時点で現在地盤面標高プラス一メートルとなり、右圧密沈下終了まで約四九年を要する。
② それゆえ、長年にわたる圧密沈下を短期間で生じさせ、宅地としての供用開始時期を早めるとともに、右供用開始後の残留沈下が建造物に支障をきたさない程度にとどめるようにする地盤改良工事が不可欠である。
③ 仮に、本件一、二土地の諸条件に最も適合し、かつ経済的なペーパードレーン工法による土地改良工事を行うこととし、かつ一・七メートル正方形配置でペーパードレーンを打設(深度一四メートル)するとすれば、計算結果によると、改良工事完了の一年後までに九〇パーセントの沈下が起こり、二年後までに約九八パーセント程度の沈下が終了する。
④ しかし、本検討においては、本件一、二土地についての地質調査結果として前記の小櫛探鉱の調査結果しか存在しないため、本件一、二土地全体の層序、土性の代表値を選定した形にせざるをえなかつたが、実際には、本件一、二土地の各地域でそれぞれの地盤条件によつて沈下量その他の変動が起こりうるのであつて、本検討の結果は大方の目安であるにすぎない<証拠略>。
(4) 青木建設は、本件一、二土地につき、昭和四五年五月から同年八月までの間にサンドマットを敷設し、同年七月から同年一〇月までの間にドレーンペーパーを打設し、同年七月から同四六年三月までの間に盛土する工事(本件工事)を施工した。被告は、本件工事の施工については請負人である青木建設に任せていた。
(5) ところで、青木建設は、前記のとおり、小櫛探鉱の調査結果に基づき本件一、二土地全体の地盤の代表的層序、土性を推定し、圧密対象粘土性層を平均一四メートルと仮定して沈下量を算定し、仕上り盛土厚を三・六メートルとしたのであるが、地盤改良のため本件一、二土地に対し、右のとおりドレーンペーパーを打設した結果、本件一、二土地の各区域の粘土層厚が概略判明したとして、それにより盛土厚を再検討して報告した。
すなわち、青木建設は、圧密沈下後の盛土仕上り高を現在地盤面標高プラス一メートルとするならば、粘土性土層厚九メートルの区域では二・一五メートル、同じく一二メートルの区域では三メートル、同じく一五・五メートルの区域では四・三五メートルの盛土が必要(いずれもサンドマット厚を含む。なお、粘土層厚一四メートルの区域では前記検討のとおり三・六メートルの盛土が必要)である旨報告した。(<証拠略>)
(6) さらに、青木建設は、昭和四六年八月作成の書面で、軟弱地盤の沈下実測値から残留沈下量を理論的に推定するためには、盛土が完了してから、すなわち地盤への載荷状態が一定になつてから数か月(場合によつては数年)の間、適切な間隔で沈下量が実測されていることが必要であるが、本件一、二土地の測点で右条件をみたすのは三つの測点のみであつて、その他(七つの測点)の残留沈下量を推定することは困難であるとの見解をまず示し、そのことを前提としたうえで、そしてまた右三測点については昭和四六年七月一八日以降に、右七測点については同年四月一七日以降にそれぞれ盛土が行われていないことを仮定したうえで、同年九月一日以降概略一五センチメートル(一〇測点ごとに、残留沈下量は異なり、二センチメートルから二一センチメートルの値を示している。)の沈下が生ずると考えられる旨報告した<証拠略>。
(7) また、その後青木建設は、昭和四七年二月付書面で、昭和四六年八月以降盛土が行われていないとの仮定に立つて、測点が少なく、残留沈下量の値が二センチメートルから三四センチメートルとばらついているなどの理由で結論を出せないと断わつたうえで、算術的(双曲線法による計算)には平均すると残留沈下量は一五センチメートルになること、しかし双曲線法による残留沈下量の推定はあくまでも実測値に基づいた計算で理論的根拠が薄いため、昭和四七年一月一五日(または同四六年一一月三〇日)の時点で、実測値から判断して一番もつとも、らしい残留沈下量であるとしかいえないこと、したがつて、将来再度残留沈下量の検討を行つたときに今回の検討結果と合わないこともありうるし、また現地盤の上に載荷したり除荷したりした場合は沈下の状況が変化するので注意を要する旨報告した<証拠略>。
(8) そして、東日は、新たに地質調査をすることなく、もつぱら以上の諸資料及び事実に依拠した自己の意見として、次の要旨の昭和四七年七月二〇日付書面を作成した。
(ア) 現時点(右昭和四七年七月二〇日の時点)において、盛土開始後一年一〇月、盛土完了後一年を経過している。
(イ) 沈下測定期間一年四月の平均実測沈下量は約一二〇センチメートルである。残留沈下量が一五センチメートルであることから判断してほぼ八〇パーセントの沈下は完了したと判定される。
(ウ) さらに、資料(甲第一号証の四)によると、沈下曲線は横ばいとなつており、一般的沈下曲線と対照すると八〇ないし九〇パーセントの沈下が完了していると判定される。
(エ) 昭和四七年七月の現地調査によると、東側境界沿いに一部盤ぶくれ現象が起きているように見うけられるが、これは局部的なもので、充分調査のうえ置換工法を行うことも考えられる。
(オ) 造成工事完了後の残留沈下による不等沈下が建物への障害を起こす原因となるが、残留沈下が一〇パーセント前後になれば不等沈下の心配はなくなる。
(カ) 今後の処理として、各所で土質調査並びに圧密検査を行い、再検討のうえ新規工事を行うことが必要である。
(9) 原告は、本件一、二土地の売買契約締結に先立ち、東日の竜野亮三社長の案内で三ないし四回現地を十分検査したほか、被告から本件報告書(甲第一号証の一ないし一〇)などの書類の交付も受けていたが、右の本件報告書の授受以外に原告が被告と本件一、二土地の土質、地盤改良方法、本件一、二土地の地盤状態や宅地としての適合性などについての話し合いなどを行つたことはない。
右認定事実に、前記二1、2で認定した原告が本件一、二土地を合計三億五一八七万五一〇〇円というかなり高額の代金を支払つて買い受けたこと、<証拠>を合わせれば、原被告は、本件一、二土地の土質、それに加えられた地盤改良工事(本件工事)の程度状況及びその改良工事による本件一、二土地の地盤状態などはあくまでも本件報告書に記載されたとおりであると双方了解のうえ本件一、二土地の売買契約を締結したものということができ、原被告とも本件報告書の記載のとおりに圧密沈下が終了し、近い将来遅くとも本件一土地の売買契約締結後四、五年を経過すれば本件一、二土地を宅地として分譲することが可能であることを前提として、本件一、二土地の売買契約を締結した(ただし、本件全証拠によつても、被告が、本件一、二土地の圧密沈下が本件報告書に記載されたとおりに終了すること、本件一土地が、本件一土地の売買契約締結後四、五年を経過すれば本件一、二土地を宅地として分譲することが可能であることを保証したと認めることはできない。)、ということができる。
(二) 次に、本件一、二土地の瑕疵の有無について判断する。
<証拠>によれば、原告は、本件一、二土地内の六六か所の測点を選んで昭和四九年一月一五日から同五七年五月一九日まで一九回にわたつて継続的に地盤の沈下状況を観測しているが、第一三回目に観測した昭和五三年一一月一七日までに五〇センチメートル以上の沈下をみた箇所が二五か所、一〇センチメートル以上五〇センチメートル未満の沈下をみた箇所が二四か所であり、したがつて、本件一土地の売買契約締結後六年以上を経た昭和五三年一一月一七日の段階でもなお本件一土地の四九か所の地点で継続的な地盤沈下現象がみられ、右の段階でも現状のままでは宅地として分譲することができなかつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
そうすると、(一)で認定したとおり、原被告とも、遅くとも本件一土地の売買契約締結後四、五年を経過すれば本件一、二土地を宅地として分譲することが可能であることを前提として本件一、二土地の売買契約を締結したものであるところ、本件一土地の売買契約締結後六年以上を経過した時点でも本件一、二土地は現状のままでは宅地として分譲することができなかつたのであるから、既にこの点において本件一、二土地は、本件一、二土地の売買契約締結の前提に適合しておらず、瑕疵があるということができる。そして、右のとおり、本件一、二土地が本件一土地の売買契約締結後五年を経過してもなお宅地として分譲することが不可能であるかどうかの点だけが本件一、二土地の瑕疵の有無を決めるものであつて、前記昭和五三年一一月一七日以後の本件一、二土地の状況、本件工事における不手際の有無及び本件工事における不手際が本件一、二土地に与える影響などの点は、本件一、二土地の瑕疵の有無とは関係がないというべきである。すなわち、本件一、二土地の瑕疵は、本件一、二土地が本件一土地の売買契約の締結後五年を経過しても宅地として分譲することが不可能であることであり、これに尽きるものである(原告の主張する本件一、二土地が本件一土地の売買契約締結後一〇年を経過しても宅地として分譲することが不可能であることではないというべきである。)。
もつとも、右本件一、二土地の瑕疵の有無について、被告は、本件工事には不手際はなく、仮に現在も本件一、二土地の沈下が続いているとすれば、それは、本件報告書が、仕上造成工事をするにあたつては、各所で土質調査並びに圧密検査を行い再検討のうえ施工すべきであり、かつ現地盤の上に載荷したり、除荷したりした場合は沈下の状況が変化するので注意することを警告しているのにもかかわらず、原告が右警告を無視して土質検査、沈下量の測定を行わず、いきなり昭和四八年一月ころから仕上造成工事(盛土、切土などを内容とする。)及び付帯諸工事(埋設管を地下水面下に設置し、それにより排水を行うことを内容とする排水工事を含む。)を行つたためであり、本件一、二土地には瑕疵が存在しないと主張する。
なるほど、<証拠>によれば、原告は、昭和四八年一月から同四九年一月までの間に、仕上造成工事として本件一、二土地に盛土(部分的には盛土高が二二〇センチメートルなど六〇センチメートルを越える部分もあるが、大部分は盛土高が六〇センチメートル以下である。)及び切土を行つたこと、排水工事(埋設管を地下水面下に設置して排水することを内容とする。)を行つたことは認められるが、証人橋本照雄の証言によれば、右盛土(盛土高が六〇センチメートル以下であるならば地盤に対する影響はほとんどないし、部分的に盛土高が二二〇センチメートルなど六〇センチメートルを越えている部分も右部分の地盤との関係で地盤への影響はほとんどない。)及び切土、排水工事の地盤に対する影響はほとんどなく、要するに原告の右仕上造成工事や排水工事が本件一、二土地において沈下がつづく原因ではなく、したがつて、原告の右各工事が本件一、二土地の売買契約締結の前提に適合しない状態を生じさせる原因となつたものではないと認められるので、右被告の主張は理由はない。(なお、<証拠>によれば、原告は、右被告の主張する工事以外に、本件一、二土地の西南側に汚水処理場を建設しているが、そのさい事前に原告はボーリング調査して地盤への影響のないことを確認したうえで、右建設を行つているので、右汚水処理場の建設も本件一、二土地において沈下がつづく原因ではなく、したがつて右建設が本件一、二土地の売買契約締結の前提に適合しない状態を生じさせる原因となつたものではないと認められる。)
(三) 次に、本件一、二土地の右瑕疵が隠れたる瑕疵といえるか否かについて検討する。
(1) 既に(一)でみたとおり、本件報告書の記載自体から以下の事実が明らかである。
(ア) 残留沈下量が一五センチメートルであることから、ほぼ八〇パーセントの沈下が完了しているとか、八〇ないし九〇パーセントの沈下が完了しているとかいつた結論を導いた東日の判断は、全て青木建設作成の資料のみに依拠して出されたものである。しかるに、右資料は、青木建設が自ら本件報告書に記載しているように、本件一、二土地の一〇測点のうち軟弱地盤の沈下実測値から残留沈下量を理論的に推定するために必要な盛土が完了してから、すなわち地盤への載荷状態が一定になつてから数か月(場合によつては数年)の間、適切な間隔で沈下が実測されているという条件をみたすのは三測点のみであること(沈下測定期間が短いということ)、測点が少ないこと、残留沈下の値がばらついていることなどから科学的根拠に乏しいものであり、残留沈下量が一五センチメートルであるという結論そのものも、あくまで算術的平均値にすぎないのであるから、東日の右意見も一応のもつともらしい数値を示したにとどまるものである。
(イ) また、青木建設の、一・七メートル正方形配置でペーパードレーンを打設すると、改良工事完了の約一年後で九〇パーセントの沈下が起こり、二年後には約九八パーセント程度の沈下が終了する旨の検討結果の裏付けとなつた唯一の資料は、小櫛探鉱のボーリング調査である。ところが、右ボーリング調査は、本件一土地の南端の境界線上の四箇所の地点で行われたにすぎず、これによつてある程度本件一、二土地の層序、層厚及び各層の土質などを解明してはいるが、それにとどまるものであつて、本件一、二土地全体の層序、土質などを完全にかつ十分に把握し解明することができたものではない。青木建設は、この程度の資料をもとにして、しかもそれによつてさらに本件一、二土地の平均的な層序、層厚などを自らの机上判断で想定し、また各層の圧密係数も代表値を選定し、そのうえで、右の検討結果を導いているのである。
(ウ) したがつて、東日の右意見及び青木建設の右検討結果は、理論的には肯定できなくもないかもしれないが、実際上の観点に立つと、とうてい全面的に信用できるものではなく、このことは、本件報告書を読めばわかるところである。それゆえ、青木建設は、右検討結果について、これは大方の目安であつて、実際には、本件一、二土地の各地域でそれぞれの地盤条件により沈下量その他の変動が起こりうる旨を付言しているし、また東日も、今後各所で土質検査並びに圧密検査を行い、再検討のうえ新規工事を行うように注意しているのである。
(2) そして、既に(一)でみたとおり、本件一、二土地の売買契約締結に先立つて、本件報告書の授受以外に、原被告間で本件一、二土地の土質、地盤改良方法、宅地としての適合性について話し合いを行つていないので、原告は、現地見分と本件報告書のみに基づいて、将来遅くとも本件一土地の売買契約締結後四、五年を経過すれば本件一、二土地を宅地として分譲することが可能であると判断したものといえるが、右のとおり、本件報告書の記載自体からみても、本件報告書は、実際上の観点からみると、とうてい全面的に信用することができないものというほかないのであつて、原告は、買主に取引上一般に要求される程度の注意を払いさえすれば、本件工事の不手際の有無にかかわらず(本件工事に不手際が存在しなかつたとしても)、本件報告書の記載のとおりに(すなわち、青木建設が予想したとおりに)本件一、二土地の圧密沈下がたやすく終了するものではないこと、したがつて、本件一、二土地が遅くとも本件一土地の売買契約締結後四、五年を経過すれば宅地として分譲することが可能になるとは限らず、これが可能にならない蓋然性も多分にあることを知りえたものと十分にいうことができる。
そうすると、本件一、二土地の瑕疵(本件一、二土地が本件一、二土地の売買契約締結後五年を経過しても本件一、二土地を宅地として分譲することが不可能であること)は隠れたる瑕疵とはいうことができない。
なお、<証拠>によれば、本件調査を担当した地盤調査事務所の副社長であり、かつ本件調査の総括責任者である橋本照雄は、右瑕疵の原因としては、本件報告書を作成するにあたつての沈下実測期間が短かすぎたこと(この点は、既に(一)でみたとおり、青木建設も自認している。)、腐植土層の場合に二次圧密(間隙水圧が消散し、一次圧密すなわち間隙水圧が消散する過程における沈下が終了したのちになお残る沈下のことをいう。)の点が未だに十分解明されていないこと、本件工事において山砕盛土をするさいに、限界盛土高を越えて一か所に大量の盛土用山砕を積み上げ、ないしはサンドマットを敷くさいに一か所に大量のサンドマットを敷いたという不手際が存在すること、が考えられるという意見を述べているから、本件工事の不手際が、本件報告書の記載のとおりに圧密沈下が終了しない原因すなわち本件一、二土地の右瑕疵の原因であるとは必ずしもいいきれないが、仮に、本件工事の不手際が本件一、二土地の右瑕疵の原因であるとした場合には、証人橋本照雄の証言によれば、本件調査のような調査を行わなければ、本件工事の不手際を発見することができないと認められるから、原告が、買主に取引上一般に要求される注意を払つても、本件工事の不手際を知りえなかつたとまではいうことができるが、隠れたる瑕疵であるかどうかは、買主に取引上一般に要求される注意を払つても、瑕疵そのものの存在を知りえなかつたかどうかだけによつて決まるのであつて、買主が右注意を払つても、瑕疵の原因を知りえなかつたか否かは問題とならないところであり、したがつて、原告が、買主に取引上一般に要求される注意を払つても本件工事の不手際を知りえなかつたことをもつて、本件一、二土地の右瑕疵が隠れたる瑕疵の性質を帯びることになるものではないというべきである。
そうすると、原告は、被告に対して瑕疵担保責任を追及することができないので、その余の点について判断するまでもなく、原告の第一次的請求は棄却を免れえない。
三以上述べたとおり、原告の第一次的請求は、本件一、二土地の右瑕疵が隠れたる瑕疵ということはできないという点で既に理由がないが、さらに、被告の主張及び抗弁3(除斥期間経過の抗弁)について判断することにする。
既に、二3でみたとおり、本件一、二土地が本件一土地の売買契約締結後五年を経過しても宅地として分譲することが不可能であることが、本件一、二土地の瑕疵であり、原告は、昭和四九年一月一五日から同五七年五月一九日まで継続的に地盤の沈下状況を観測しており、本件一土地の売買契約締結後六年以上を経た昭和五三年一一月一七日(二3(二)参照)の段階でもなおその当時の現状のままでは宅地として分譲することができないことを認識したと認められるので、遅くとも右昭和五三年一一月一七日の時点において、本件一、二土地の右瑕疵の存在を知つたということができる。
もつとも、この点につき、原告は、本件一、二土地のような軟弱地盤を構成する腐植土層の沈下時期の予測は、理論と実際とがかなり相違しているので非常に困難であり、本件の場合には、少なくとも本件売買契約締結後一〇年を経過した段階でもなお沈下が継続していたのであり、その原因を調査した結果から、以後に短期間では沈下が終息しないことが判明した段階において初めて原告は本件一、二土地の瑕疵の存在を知つたということができ、その時期は、昭和五七年六月に原告が本件調査結果の報告を受けた時期であると主張する。
なるほど、前記二3で認定した事実に、<証拠>を合わせれば、本件一、二土地のような軟弱地盤を構成する腐植土層の沈下時期の予測は技術的にはきわめて困難であること、原告は、昭和四八年一〇月一五日から同年一二月一三日にかけて、中央開発株式会社に依頼して地質調査を行つたところ、その結果は、圧密沈下量は約六〇パーセント、今後二、三年にわたり一〇ないし五〇センチメートルの沈下が生じ、二、三年後に地盤が落ち着いた時点で厚さ二メートル以下の埋立層の一部を除いて木造二階建の建物を建てることができるというものであつたので、原告においては、右調査結果が出てから二、三年後(昭和五一、五二年以降)まで静観して沈下の状況をみなければならないと判断し、昭和四九年一月から本件一、二土地の沈下の状況を観測していたこと、原告は、昭和四九年一月までに本件一、二土地を宅地として分譲するために設置した諸設備が地盤沈下のため徐々に影響を受けてきたことから、昭和四九年夏ころ、沈下の終息時期がいつになるのかを知ろうとして、この分野の権威者である鹿島道路株式会社の工務部長梶正巳に現地調査を依頼したところ、梶は、本件報告書及び現地調査(梶は、二回調査したが、ボーリング調査は行わず、単に地質調査用の棒で地面をつつくなどの調査をした程度である。)から、本件一、二土地の沈下が終息するまで数年ないし一〇年間ぐらいかかるので、数年ないし一〇年間ぐらいは静観すべきであるという意見を述べており、さらに原告が昭和五一年四月ころ、東日の竜野亮三社長にも沈下終息時期を尋ねたところ、竜野も本件一、二土地の沈下が終息するまで五、六年間かかるので、五、六年間は静観すべきであるという意見を述べたこと、また原告は、昭和四九年一一月から本件一、二土地内の六六か所の地点を選んで沈下量を測定していたところ、昭和五三年一一月までの測定結果では、五〇センチメートル以上沈下した地点が二五か所、一〇センチメートル以上五〇センチメートル未満沈下した地点が二四か所であつたのに対し、その後昭和五四年五月から同五七年五月までの三年間の測定結果によると、二センチメートル程度沈下した地点が二五か所、六センチメートル程度沈下した地点が一六か所(したがつて、ほぼ沈下が終息したと考えられた地点が合計四一か所になる。)、七センチメートルないし一五センチメートル程度沈下した地点が一六か所、一六センチメートルないし二一センチメートル程度沈下した地点が一六か所、一六センチメートルないし二一センチメートル程度沈下した地点が九か所であり、そして最大沈下量も二一・六センチメートルにとどまつており、沈下量が著しく減少していたので、原告は、沈下がまもなく終息すると考えて静観していたこと、前訴(一)、(二)において、原告は本件工事に瑕疵があると主張しているが、右主張は、本件一土地が本件一土地の売買契約締結の前提に適合しないことから右のように主張したにすぎないのであつて、右の時点では本件工事の不手際は判明しておらず、原告が昭和五七年六月に報告を受けた本件調査の結果によつて初めて、本件工事の不手際のためにペーパードレーン用のカードボード材が切断され、これによつてペーパードレーンの効果を喪失させており、九〇パーセントの圧密沈下に要する期間は、本件一、二土地の大部分で今後二〇ないし四〇年かかり、長期間にわたり沈下が生ずることが判明したこと、以上の事実が認められる。しかし、既に二3でみたとおり、本件一、二土地の瑕疵は、本件一、二土地が本件一土地の売買契約締結後五年を経過しても本件一、二土地を宅地として分譲することが不可能であることであり、また瑕疵の原因を知つたか否かは瑕疵の事実を知つたか否かとは関係がないのであるから、前記のとおり、原告が、本件一、二土地が本件一土地の売買契約締結後五年を経過しても宅地として分譲することが不可能であることを知つた以上、そのときに本件一、二土地の右瑕疵の事実を知つたというべきである。したがつて、右原告の主張は理由がない。
そして、原告において瑕疵担保責任による解除の意思表示をなし、かつ損害賠償を求めて本訴を提起したことが記録上明らかな(本件一土地の売買契約締結後約一〇年を経過している)昭和五七年七月一九日以前に、被告に対し、裁判上ないし裁判外において、右瑕疵担保責任による解除の意思表示をしたり、損害賠償の請求をしたことを認めるに足る証拠はなく、したがつて、原告が、本件一、二土地の右瑕疵の存在を知つてから一年内に解除の意思表示をしたり、損害賠償の請求をしたことは認められないことになるから、被告の主張及び抗弁3は理由があり、仮に本件一、二土地の右瑕疵が隠れたる瑕疵といえるとしても、原告は、除斥期間の経過により、被告に対し、瑕疵担保責任による解除ないし損害賠償を請求することができないというほかないのであつて、原告の第一次的請求は棄却を免れない。
第二第二次的請求関係
一事情変更による契約の解除は、契約締結のさい基礎とした客観的事情が、契約締結後当事者の予見しえない事実の発生によつて変更した場合にのみ認められる。ところが、本件においては、原告は、本件一土地の売買契約締結後数年を経れば本件一、二土地の地盤沈下が終息するという本件一、二土地の売買契約締結のさいに基礎とした事情に適合しなかつた(すなわち、本件一、二土地の沈下が長期間にわたり終息しなかつた)のは、被告の本件工事の不手際が原因である旨主張しており、そしてその不手際は、本件一、二土地の売買契約締結時に既に存在していた(本件工事の不手際が判明したのは、本件一、二土地の売買契約締結後ではあるが、本件工事の不手際自体は本件一、二土地の売買契約締結時に既に存在していた)というのであり、要するに、原告は、本件一、二土地の売買契約締結時においてもその後においても同一の原因によつて本件一、二土地の売買契約締結の基礎とした事情に適合しない状態が生じている旨を主張しているものであつて、客観的な事情変更を主張しているものではないのであるから、原告の事情変更に基づく契約解除の主張は主張自体失当であるというべきである。
二したがつて、その余の点について判断するまでもなく、原告の第二次的請求は理由がない。
第三第三次的請求関係
一原告は、青木建設は、本件工事を行うにさいして、水平方向への排水機能を担うサンドマットの層を乱さないため、一・四メートルの限界盛土高を守り、軟弱地盤に対して平均的加重を保ちながら、サンドマット上の山砕の盛土工事を行わなければならない注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、一か所に大量に盛土用山砕を積み上げたために、軟弱地盤内にすべり破壊や塑性流動現象を生じさせ、ペーパードレーン用のカードボード材を切断せしめ、その効果を喪失させた過失があり、さらに、被告は本件工事を青木建設に請け負わせた造成主であるが、被告自身も、土木工事の請負業者であつて、本件工事の盛土管理を自ら行つてきたものであるから、注文者として施工主である青木建設に対して盛土工事を適切に進めさせるべく管理しなければならない注意義務があるのにもかかわらず、これを怠り、必要な管理をしなかつたために、施工者である青木建設をして右欠陥宅地を造成せしめた過失があると主張する。
しかしながら、原告は、本件工事を行つたさい、本件一、二土地の所有者は被告であつたと主張しているのであるから、原告は、被告が、自己の不手際のために自己の所有地を欠陥宅地にした旨を主張しているにすぎないのであつて、原告の主張による被告の行為は、それだけでは被告の原告に対する不法行為を構成しないというべきであり、したがつて、原告の右主張は主張自体失当である(なお、念のために判断すると、既に第一次的請求関係の二3でみたとおり、被告は、本件工事(盛土工事を含めて)の施工については、請負人である青木建設に任せており、また<証拠>によれば、本件工事当時ペーパードレーン工法そのものが日本ではほとんど行われていないことが認められ、被告に対して原告主張のような右盛土管理を要求することは酷であるということができ、その他本件全証拠によつても、被告が本件工事のさいに必要な管理を怠つた過失(不法行為の内容をなす過失)があつたとまでは認められない。)。
二したがつて、その余の点について判断するまでもなく、原告の第三次的請求は理由がない。
第四結論
以上の次第で、原告の本訴請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官岨野悌介 裁判官富田守勝 裁判官中村也寸志)