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大阪地方裁判所 昭和57年(ワ)5833号 判決 1986年2月26日

原告

甲野太郎

右訴訟代理人

武田隼一

高見廣

被告

興亜火災海上保険株式会社

右代表者

和田農夫也

被告

同和火災海上保険株式会社

右代表者

辻野知宜

被告

日産火災海上保険株式会社

右代表者

本田精一

右被告三名訴訟代理人

岡野幸之助

門司惠行

被告

日新火災海上保険株式会社

右代表者

藤澤達郎

右訴訟代理人

藤田良昭

野村正義

根井昂

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告の請求の趣旨

(一)  被告興亜火災海上保険株式会社(以下「被告興亜」という。)は原告に対し、一〇三九万二九三七円及びこれに対する昭和五七年八月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  被告同和火災海上保険株式会社(以下「被告同和」という。)は原告に対し、三五六八万八四五〇円及びこれに対する昭和五七年八月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(三)  被告日産火災海上保険株式会社(以下「被告日産」という。)は原告に対し、二三三五万二六一四円及びこれに対する昭和五七年八月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(四)  被告日新火災海上保険株式会社(以下「被告日新」という。)は原告に対し、二八一〇万〇二九七円及びこれに対する昭和五七年八月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(五)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(六)  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  原告の請求原因

1  火災保険契約の締結

(一) 原告は、被告興亜との間において、昭和五六年八月二六日、被告興亜を保険者とする以下のとおりの火災保険契約(以下「本件第一契約」という。)を締結した。

(1) 保険の目的 別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)

(2) 保険金額 三〇〇〇万円

(3) 保険期間 昭和五六年八月二八日一六時から昭和五七年八月二八日一六時まで一年間

(4) 被保険者 原告及び甲野花子

(5) 保険金額の算定 保険金額が保険価額の八〇パーセントに相当する額より低いときは、保険者は、保険金額を限度とし、次の算式によつて算出した額を損害保険金額として支払う。

(6) 重複保険の場合の保険金額の算定 保険の目的の損失に対して保険金を支払うべき他の保険契約がある場合において、それぞれの保険契約につき他の保険契約がないものとして算出した支払責任の合計額が損害の額をこえるときは、保険者は、次の算式によつて算出した額を損害金として支払う。

(二) 原告は、被告同和との間において、昭和五七年一月二〇日、被告同和を保険者とする以下のとおりの火災保険契約(以下「本件第二契約」という。)を締結した。

(1) 保険の目的及び保険金額 本件建物五〇〇〇万円、本件建物内の家財(仏壇を含む。)一七五〇万円、明記物件として、銘木玄関物置一五〇万円、亀の剥製二五万円、壺七個七〇万円

(2) 保険期間 昭和五七年一月二〇日一五時から昭和五八年一月二〇日一六時までの一年間

(3) 被保険者 原告

(4) 保険金額の算定 保険金額が保険価額の八〇パーセントに相当する額以上のときは、保険者は、保険金額を限度とし、損害額を損害保険金として支払う。

(5) 本件第一契約(5)、(6)記載のとおり。

(三) 原告は、被告日産との間において、昭和五七年一月二一日、被告日産を保険者とする以下のとおりの火災保険契約(以下「本件第三契約」という。)を締結した。

(1) 保険の目的及び保険金額 本件建物五〇〇〇万円、本件建物内の家財(二階、三階、仏壇の家財一式を含むが、書画、骨董、貴金属を除く。)一〇〇〇万円

(2) 保険期間 昭和五七年一月二一日一六時から昭和五八年一月二一日一六時までの一年間

(3) 被保険者 原告及び甲野花子

(4) 保険金額の算定 保険金額が保険価額より低いときは、保険者は次の算式によつて算出した額を損害保険金として支払う。

(5) 本件第一契約(6)記載のとおり。

(四) 原告は、被告日新との間において、昭和五七年一月二六日、被告日新を保険者とする以下のとおりの火災保険契約(以下「本件第四契約」という。)を締結した。

(1) 保険の目的及び保険金額 本件建物五〇〇〇万円、本件建物内の家財一式一五〇〇万円

(2) 保険期間 昭和五七年一月二六日一六時から昭和五八年一月二六日一六時までの一年間

(3) 被保険者 原告及び甲野花子

(4) 本件第一契約(6)、本件第三契約(4)各記載のとおり。

2  火災の発生

昭和五七年一月三〇日午後一一時三〇分ころ、本件建物二階部分より火災が発生し(以下「本件火災」という。)、本件建物の二、三階部分が焼失し、同建物内の家財を汚損した。

3  原告の損害額と損害保険金額

(一) 原告の損害額

原告は、本件火災によつて、以下のとおりの損害を被つた。

(1) 本件建物 五五四二万九〇〇〇円

(2) 同建物内の家財(仏壇仏具一式を含む) 四〇三五万五三〇〇円

(3) 銘木玄関物置 一五〇万円

(4) 亀の剥製 二五万円

(二) 損害保険金額

(1) 保険の目的の保険価額

本件火災当時の本件建物の保険価額は八〇〇〇万円、同建物内の家財の保険価額は四〇三五万五三〇〇円、銘木玄関物置の保険価額は一五〇万円、亀の剥製の保険価額は二五万円である。

(2) 本件建物の損害保険金額

以上のとおり、本件建物についての保険金額は、いずれも、保険価額の八〇パーセントに相当する額より低いから、本件第一契約ないし第四契約の各約定に基づき、各被告の支払責任額を算出すると別紙損害保険金計算式(建物)記載のとおりである。

本件建物については前記のとおり、火災保険契約が複数存在するから、本件第一契約ないし第四契約の各約定に基づき、被告らの損害保険金額を別紙損害保険金計算式(建物)に従つて算出すると、以下のとおりとなる。

(イ) 被告興亜 一〇三九万二九三七円

(ロ) 被告同和 一七三二万一五六二円

(ハ) 被告日産 一三八五万七二五〇円

(ニ) 被告日新 一三八五万七二五〇円

(3) 家財の損害保険金額

以上のとおり、家財についての保険金額はいずれも保険価額の八〇パーセントに相当する額より低いから、本件建物と同様に被告興亜を除く被告らの支払責任額を算出すると、別紙損害保険金計算式(家財)記載のとおりとなる。

家財についても、前記のとおり、火災保険契約が複数存在するから、本件建物と同様に被告興亜を除く被告らの損害保険金額を別紙損害保険金計算式(家財)に従つて算出すると以下のとおりとなる。

(イ) 被告同和 一六六一万六八八八円

(ロ) 被告日産  九四九万五三六四円

(ハ) 被告日新 一四二四万三〇四七円

(4) 明記物件の損害保険金額

銘木玄関物置及び亀の剥製については、いずれも明記物件であるから、それを保険の目的とした本件第二契約に基づき、被告同和のみが損害保険金支払義務を負う。

右物件の保険金額は、保険価額の八〇パーセントに相当する額以上であるから本件第二契約に基づき、損害保険金額は、保険価額である合計一七五万円となる。

4  結論

よつて、原告は被告らに対し、本件第一契約ないし第四契約に基づき、以下のとおりの金員の支払を求める。

(一) 被告興亜に対し、保険金一〇三九万二九三七円及びこれに対する本件第一契約に基づく保険金の支払期日以後の日で訴状送達の日の翌日である昭和五七年八月二七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金

(二) 被告同和に対し、保険金三五六八万八四五〇円(17,321,562+16,616,888+1,750,000=35,688,450)及びこれに対する本件第二契約に基づく保険金の支払期日以後の日で訴状送達の翌日である昭和五七年八月二六日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金

(三) 被告日産に対し、保険金二三三五万二六一四円(13,857,250+9,495,364=23,352,614)及びこれに対する本件第三契約に基づく保険金の支払期日以後の日で訴状送達の日の翌日である昭和五七年八月二七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金

(四) 被告日新に対し、保険金二八一〇万〇二九七円(13,857,250+14,243,047=28,100,297)及びこれに対する本件第四契約に基づく保険金の支払期日以後の日で訴状送達の日の翌日である昭和五七年八月二七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金

二  請求原因に対する被告らの認否及び主張

(一)  請求原因第1、2項の事実は認める。

同第3項の事実は否認する。

同第4項の主張は争う。

(二)  原告主張の損害額について

(1) 本件建物は、原告が株式会社前田鉄工建築(以下「前田鉄工建築」という。)との間に代金三八〇〇万円で請負契約を締結し、結局三〇〇〇万円を支払つて完成させたものであるから、保険価額が八〇〇〇万円である旨の主張は過大にすぎる。

そして、本件建物は本件火災後、原告が補修することなく、第三者に賃貸し、同人が改修工事施行費用を負担する旨約されていたのであるから、本件建物に関しては、原告に損害が生じているとはいえない。

(2) 家財については、本件建物において、本件火災以前の昭和五五年一二月二六日に火災が発生し、家財一式が焼失しているのであるから、それから約一年一か月の間に原告主張のような多量の家財を買いそろえるのは不可能であるし、物品の価額も買入れ後、大幅に低下しているはずであるから原告主張の損害額は失当である。

三  被告らの抗弁

1  故意又は重過失による被告らの免責

(一) 本件火災は、以下の諸事情に照らすと保険契約者で被保険者である原告の故意によつて生じたものであるから、被告らは原告に対し、本件火災について保険金を支払う義務を負わない。

(1) 本件火災の出火原因と出火状況

原告は、本件火災について、夜半仏壇に礼拝しようとして寒気を覚えたため、隣室にあつた石油ストーブ(以下「本件石油ストーブ」という。)の火を小さくして移動しようとしたところ、敷居につまずいて転倒させたために発生したと主張するのである。

しかし、失火により家屋を焼失するという衝撃的な異常体験を経た場合、その記憶は時間経過によつて消失、変容するはずがないにもかかわらず、原告の本件火災発生当時の状況の供述は、火災直後の証拠保全(検証)の際の原告の指示説明部分と一致せず、又、右証拠保全の際の疎明資料に虚偽のものがみられるなど、全く信用することができない。そして、原告が本件火災の原因となつたと主張する石油ストーブは耐震自動消火装置付のもので、実験結果によれば、ストーブに点火中転倒した場合には一〇秒以内に確実に消火し、畳等に延焼するおそれはなく、火をつけたまま手で運んでいるときに、とり落して転倒させた場合でも、油タンクが本体から少し飛び出すことはあるが、油漏れは基準以下で自動消火装置が作動して消火するというのであるから、原告の供述のような状況で本件火災が発生することはありえない。

(2) 原告の収入

原告は、本件火災の発生した当時、何ら定職を有していなかつた。

原告は、庭石業や喫茶営業を行なつていた旨主張するが、庭石業については、原告の父親が行なつていたことがあるにすぎないのであつて、昭和五三年に同人が死亡するとともに廃業しており、原告自身は、石の採取の許可すら取得していないし、喫茶営業についても原告の父親が経営し、その死後は、母親の甲野花子と妹が経営していたがあまり繁昌することもなかつたため、昭和五六年後半ころ、第三者に売却処分したものである。

原告は、本件建物新築前の昭和五三、四年ころには、通算一年半以上にわたつて入院生活を繰り返し、生命保険会社から入院給付金、損害保険会社や農協から自動車保険金合計約一八〇〇万円を取得していたのであつて仕事などできるはずがなかつた。

又、原告は財団法人日本奉仕会和歌山県支局長として、老人福祉のため奉仕していると主張するが、奉仕活動自体からは収入があるはずがなく、その実際は、旅行宿泊の斡旋によるリベート収入を得ているにすぎない。

(3) 原告の保険金取得歴

(イ) 原告は、本件火災以前にも、昭和五五年一二月二六日午前一〇時ころ、本件建物二階において、自らの消し忘れによる石油ストーブの過熱という自損事故で火災を発生させているにもかかわらず、本件火災においても、同様に、ストーブの火を消すことなく持ち運ぶという自己の不注意のため石油ストーブを転倒させて出火させている。

そして原告は、本件建物における昭和五五年一二月二六日発生の火災においても、被告興亜との間に建物三〇〇〇万円、日動火災海上保険株式会社(以下「日動火災」という。)との間に建物七五〇〇万円、家財一〇〇〇万円、営業用什器一五〇〇万円の重複保険を付し、火災後、右超過保険の事実を秘して被告興亜より九二二万二〇〇〇円、日動火災より一九五〇万三八九〇円の各支払を受けたから、八六五万九一二九円を不当に利得した。

(ロ) 原告は、昭和五三年三月一日、その所有する自動車に昵懇にしていた乙山月子を同乗させ、松の木に衝突して負傷したとして、計五一六万円(被告日産から二七六万円、第一生命から二四〇万円)の保険金の支払を受け、乙山月子は計約七八三万円(被告日産から約五〇七万円、第一生命から八四万円、住友生命から一五六万円)、保険金の支払を受けている。

(ハ) 原告は、昭和五四年一月三〇日、その所有自動車を乙山月子のいとこで暴力団員である乙山次郎に運転させ、次郎の妻、月子の父と同乗し、石段に衝突して負傷したとして、原告が付保した東京海上火災保険株式会社から合計約一四五六万円(原告について約二七二万円、乙山月子について三一八万円、乙山次郎について約三八九万円)、有田農協から合計約一七六二万円(原告について約四二二万円、乙山月子について約四二七万円、乙山次郎について約四一九万円)の保険金の支払を受け、さらに乙山月子は第一生命より六〇万円、乙山次郎は、第一生命、三井生命、住友生命より計約四〇〇万円、それぞれ保険金の支払を受けている。

(ニ) したがつて、原告が保険に関し、深い知識を有するのはもちろん、これらの事故はいずれも自損事故であり、偽装事故の疑いが濃い。

(4) 本件保険契約上の特色

(イ) 原告の被告同和、同日産、同日新との本件第二、第三、第四契約は、原告が代理店等の勧誘を待たず、自ら保険会社又は代理店に連絡して締結した新規かつ飛び込み契約であり、しかもこれらの契約は昭和五七年一月二〇日、同月二一日、同月二六日のわずか七日間の間に締結され、本件火災はそれから四日後に発生している。

(ロ) 前記のとおり、本件建物は、原告が請負代金三八〇〇万円で建築を請負わせ、結局三〇〇〇万円を支払つたにすぎないにもかかわらず、本件建物についての保険金額は合計一億八〇〇〇万円、家財についても合計四五〇〇万円にものぼり、いずれも顕著な超過保険である。

(ハ) 本件建物の補修費用の見積書の作成者が、政治結社勝共統一評議会幹事長なる肩書を有するものであることから明らかなように、原告主張の損害額は家財を含め過大である。

(ニ) 原告は、本件火災発生後、被告らの火災現場調査が同一日時に行われることのないよう作為したり、又、被告の代理店を訪れて保険金を支払うよう担当者を脅迫したり、暴行を加えたりした。

(二) 仮に、本件火災の発生について原告の故意が認められないとしても、原告は昭和五五年八月ころ、本件建物を建築したが、前記のとおり、同建物については昭和五五年一二月二六日に原告による石油ストーブの消し忘れが原因となつて火災が発生したのであるから、ストーブの取扱等には特に慎重を期し、出火に至れば、初期消火に努力すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、石油ストーブの火を消すことなく小走りに持ち運んで転倒させ、出火後は、何ら消火の努力をしなかつた重大な過失があるから、被告らは原告に対し、保険金を支払う義務を負わない。

2  本件各契約の解除

(一) 本件各契約には、保険契約者が故意又は重大な過失によつて、保険契約締結の際、保険の目的につき、他の保険者と火災保険契約を締結していることを保険者に告げなかつたときは、保険者は本件各契約を解除することができる旨、また、保険契約締結後、保険の目的につき他の保険者と火災保険契約を締結したときは、保険者は本件各契約を解除することができる旨の各特約がある。

(二) ところが、原告は前記のとおり、本件建物を保険の目的として被告四社とそれぞれ火災保険契約を締結しており、被告興亜に対しては、本件第二契約ないし第四契約の締結を通知し、承認裏書請求をせず、被告同和、同日新に対しては、本件第二、第四契約締結の際、それに先行する他の火災保険契約の存在を告知せず、被告日産に対しては、本件第三契約締結の際、本件第一、第二契約の存在を告知せず、締結後にも、本件第四契約の締結を通知し、承認裏書を請求しなかつた。

そこで、被告らは、原告に対し、昭和五七年三月九日到達の書面で、原告の右告知義務又は通知義務違反を理由に本件各契約を解除する旨の意思表示をした。

(三) 原告の右告知義務又は通知義務違反は以下の諸事情からすれば、故意に基づくものであり、被告らが解除権を行使するにつき公正かつ妥当なる事由が存するものである。

(1) 原告は、昭和五五年八月二八日に被告興亜と火災保険契約(本件第一契約は右保険契約を更改したもの)を締結後、同年一〇月二〇日に日動火災との間に同種の火災保険契約を締結しながら、その旨を被告興亜に通知し、保険証券に承認を受ける義務を怠り、同年一二月二六日に本件建物が火災にかかつた際、一か月も経過してから被告興亜に火災事故発生の通知をしたばかりか、現場での立会調査の際、被告興亜の担当者から重複保険の有無につき問いただされたにもかかわらず、「ない」と答えたため、被告興亜及び日動火災は重複保険であることを知らずに、原告に保険金を支払つた。

さらに、原告は、その後、被告同和との間に本件第二契約、被告日産との間に本件第三契約、被告日新との間に本件第四契約をそれぞれ締結しながら、前記のとおり、その旨を被告興亜に通知し、保険証券に承認の裏書を受ける義務を怠つた。

(2) 原告は、被告同和と本件第二契約を締結した後、被告同和の担当者が、重複保険の有無を尋ねたところ、前記のとおり、被告興亜との間に本件第一契約があるにもかかわらず、「ない」と明言した。

又、原告は、その後、前記のとおり被告日産との間に本件第三契約、被告日新との間に本件第四契約を締結したにもかわらず、その旨を被告同和に通知し、保険証券に承認の裏書を受ける義務を怠つた。

(3) 原告は、被告日産と本件第三契約を締結した際、被告日産の担当者が重複保険の有無を尋ねたところ、前記のとおり、被告興亜との間に本件第一契約、被告同和との間に本件第二契約があるにもかかわらず、「ない」と即答し、さらに、本件火災後の現場調査においても、被告日産の担当者に重複保険はない旨即答した。

又、原告は、前記のとおり、被告日新との間に本件第四契約を締結したにもかかわらず、その旨を被告日産に通知し、保険証券に承認の裏書を受ける義務を怠つた。

(4) 原告は、被告日新と本件第四契約を締結した際、被告日新の担当者が重複保険の有無を尋ねたところ、前記のとおり、被告興亜との間に本件第一契約、被告同和との間に本件第二契約、被告日産との間に、本件第三契約があるにもかかわらず、「ない」と答えた。

(5) 前記の故意又は重過失による被告らの免責の項記載のとおりの各事情によれば、本件火災はいわゆるモラルリスク事案(保険金目あての作為的事案)と認定できるものである。

したがつて、本件においては、重複保険の有無についての告知義務あるいは通知義務は、危険測定に密接に関係するものであり、原告による告知義務又は通知義務違反のため、被告らは危険変動を測定する機会が得られなかつた。

四  抗弁に対する原告の認否及び主張

(一)  抗弁第1項の事実は否認する。

同第2項の事実のうち、被告らが原告に対し、被告ら主張の日に被告ら主張の意思表示をした事実は認め、その余の事実は否認する。

(二)  故意又は重過失による免責の主張について

以下の事情に照らせば、本件火災は、原告の故意又は重過失によつて生じたとはいえない。

(1) 本件火災の出火原因と出火状況

本件火災は、原告が夜半仏壇に礼拝しようとして寒気を覚えたため、隣室にあつた石油ストーブの火を小さくして移動しようとしたところ、敷居につまずいて転倒させたために発生した。

原告の本件火災当時の状況の供述が、火災直後の証拠保全(検証)の際の原告の指示説明部分とその細部において一致しない部分があるとしても、右供述は本件火災後三年近くも経過した後になされたものであるから、その不一致は記憶のメカニズムから止むをえないものであり、決して不自然なものではない。証拠保全の疎明資料には何ら虚偽のものはない。又、本件ストーブの転倒の際の状況の実験は、製造メーカーにより行なわれたもので、全く信用できないものであつて、本件ストーブの耐震自動消火装置が故障により作動しなかつたことも十分考えられる。

本件火災発生当時、本件建物内には身体障害者である原告の母と妻、子供がいた。しかも本件建物には自然木でない合板が使用されていて、火災が発生すると炎の勢いは強く、煙がおびただしく発生するため、脱出口としては二階玄関、二、三階の窓の内、三階部分の窓しか考えられないのである。したがつて、本件建物に火災が発生すると、生命の危険すら十分考えられるものであつたのであるから、原告が自ら火災を誘致することなどありえない。

又、原告は、本件火災の際、身近にあつた背広等で消火措置をとつたが、火勢が強く一人ではどうにもならなかつたので、とりあえず母、子らの安全を考え、身体障害者で動きの不自由な母を背にして、妻、子を抱きかかえ、とるものもとりあえず建物外に避難し、同人らの安全を確保した後、かけつけてくれた近隣住民とともに消火活動をしつつ消防団の到着をまつたのである。原告は損害防止義務も尽しているのである。

(2) 原告の収入

原告は父のあとを継いで、庭石業等を職業とし、交通事故による入院中にも従業員を使つて、仕事を継続しており、昭和五五年には年収一〇〇〇万円、昭和五六年には年収一四〇〇ないし一五〇〇万円を得ていた。

(3) 原告の保険金取得歴

(イ) 本件火災前の昭和五五年一二月二六日に本件建物で発生した火災は、本件火災より一年以上も前のことであり、本件とは全く無関係である。

(ロ) 原告は、自動車保険に加入しているが、自動車を保有しているものである限り当然であり、自動車事故が発生した以上、保険による填補を受けることもまた当然のことであるから、これをもつて、原告が保険実務に通暁しているとはいえない。

(ハ) 人の不幸は、極めて確率が低く、かついくつかの偶然が重なつて起こるものではあるが、突如として襲つてくるものであつて、原告の場合、その偶然が重なつたにすぎないのであるから、これを不信の目で見ることは適切でない。

(4) 本件火災保険契約上の特色

原告は、新聞、テレビ等の火災事故の報道で被災者が火災保険に加入していなかつたがために何の救済も受けられず、途方に暮れている事案を耳にして、事ありたる場合の事前の備えがいかに大切かをつぶさに感じていたところ、本件建物一階出入口付近に新聞の燃えがらを発見したことがあり、さらに借受金の関係で交渉した和歌山県信用商工組合の職員から自己の財産は自己で守らねばならないとの注意を受けたため、複数の火災保険に加入したのであつて、他に特別な理由があるわけではない。

(5) 原告に本件火災発生についての故意又は重過失があれば、当然警察等により然るべき処分がなされるものと思われるのに、本件では原告は何ら刑事処分を受けていない。

(三)  告知義務又は通知義務違反を理由とする解除の主張について

以下の理由から、被告らの告知義務又は通知義務違反を理由とする本件各契約の解除は無効である。

(1) 原告が昭和五五年八月二八日に被告興亜と火災保険契約を締結したのは、興紀相互銀行が自己の債権の保全のため原告に代つて締結したものであつて、原告はその詳細について関与せず、また、日動火災の加入においても、同社の友人の世話で加入手続一切を同人に委せたものであつて、原告はその詳細を知らされていない。

昭和五五年一二月二六日に本件建物が火災にかかつた際、被告興亜に対する通知が遅れたのは、単に原告が事故通知義務を知らなかつたにすぎないのであつて、現場で被告興亜の担当者から重複保険の有無について尋ねられたこともない。

(2) 原告が被告同和と本件第二契約、被告日産と本件第三契約、被告日新と本件第四契約をそれぞれ締結した際も、わずか一〇分あまりの交渉時間で被告らの担当者から重複保険の有無について尋ねられたことなど一切なく、本件火災の現場調査においても、重複保険について尋ねられたことはなく、自ら積極的に他保険に加入しないなどと言つたこともない。

(3) 重複保険の有無について、告知義務又は通知義務が課せられているのは、(イ)重複超過保険の成立による道徳的危険を防止し、保険申込を拒絶する機会を失わないため、(ロ)加入者に不法の動機がない場合でも、重複保険になる場合には保険者が自己の負担額を減少させる機会を失わないため、(ハ)他保険の内容を参考として自己の契約の内容や契約後の措置を決定するため、(ニ)事故発生の場合に損害調査、責任範囲の決定について他の保険者と共同する利益を確保するため、(ホ)被保険者が各保険者から個別的に損害の填補を受けることにより、全体として損害額を上回る保険金を受けとる結果となることを予防するためといわれている。

しかし、(イ)については、商法六四一条により火災が保険契約者又は被保険者の悪意又は重過失によつて生じたときは保険者は免責される旨規定されている以上、別個に契約解除を認める必要はないし、本件においては、前記のとおり、原告に悪意又は重過失はないから被告らの契約解除は認められない。

又、(ロ)ないし(ホ)の根拠については、保険者が重複保険の場合、負担額が按分されるのであるから、契約解除を認めるほどの根拠とはなりえない。

第三  当事者の提出、採用した証拠<省略>

理由

一火災保険契約の締結並びに火災の発生

原告が被告興亜との間において、昭和五六年八月二八日、被告興亜を保険者とする本件第一契約を締結したこと、原告が被告同和との間において、昭和五七年一月二〇日、被告同和を保険者とする本件第二契約を締結したこと、原告が被告日産との間において、昭和五七年一月二一日、被告日産を保険者とする本件第三契約を締結したこと、原告が被告日新との間において、昭和五七年一月二六日、被告日新を保険者とする本件第四契約を締結したこと、昭和五七年一月三〇日午後一一時三〇分ころ、本件建物二階部分より本件火災が発生し、本件建物の二、三階部分が焼失し、同建物の収容物を汚損したことは当事者間に争いがない。

二故意又は重過失による被告らの免責

(一)  本件火災の出火原因と出火状況

(1)  原告は、夜半仏壇に礼拝しようとして寒気を感じたため、隣室にあつた石油ストーブの火を小さくして移動しようとしたところ、敷居につまずいて転倒させたために本件火災が発生したと主張し、原告本人はこれに添う供述をする。

しかし、<証拠>によれば、原告は、本件火災から約三か月後の昭和五七年四月三〇日には、本件火災発生時の状況について、「原告は、別紙図面表示の点(以下単に符号のみを略記する。)に置いてあつた石油ストーブの火を小さくして持ち出し、小走りに運んだ際、点あたりですべつたため、右足のつま先が台所と廊下との間の敷居につまずいて点あたりに右ストーブを落とした。すると、石油ストーブの燃料タンクが本体から約一・七メートル飛び出してまず点あたりで火がつき、原告が服で消火しようとしたが、ついで点あたりの襖が燃え上がり、振り返ると点あたりも明るくなつて燃えていた。」と供述していたことを認めることができる。ところが、原告本人は、法廷における尋問の際、本件火災発生時の状況について、「原告は、石油ストーブの火を小さくして点からよちよち歩きで運んだ際、台所と廊下の間の敷居につまずいてこけ、点あたりにストーブを落とした。すると、石油ストーブの燃料タンクが、本体から約二メートル飛び出したが、まず、石油ストーブの本体の回りに火がつき、その火を服で消そうとしていると、火がそこから漏れた石油を伝わつて襖が燃え上がつた。」と供述している。そうすると、人の記憶が、時の経過に従い、多少消失、変容するものとしても、原告は、火がまず、どこから燃え上がつたかという原告自身にとつて非常に大きな衝撃となつたと考えられる点において全く相反する供述をしているのであつて、原告の供述はまず、この点において信用性に疑問があるといわざるをえない。

さらに、<証拠>によれば、原告が本件火災の原因となつたと主張する本件石油ストーブと同型のストーブは、別紙石油ストーブ構造図記載のとおり、ねじ込み式の給油口口金のついた燃料タンクをストーブ本体の上部から給油口口金部分を下にして差し込む構造になつているばかりか、対震自動消火装置を備えており、実験の結果、火をつけたまま手で運んでいるとき、とり落として転倒させた場合、燃料タンクが少し本体より飛び出し、石油が少量こぼれるものの、対震自動消火装置が作動して一〇秒以内に確実に消火することが認められ、又、原告本人尋問の結果によれば、本件ストーブは購入後およそ一年しか経過していないことが認められる。右事実によれば、右実験が本件ストーブ自体を使用したものではなく、しかも本件ストーブの製造メーカーによつて実施されたことを考慮しても、原告の供述のように、よちよち歩きあるいは小走りに手で運んできた本件ストーブを転倒させただけで燃料タンクが本体から約二メートルも飛び出し、その途端に燃料タンクの落下地点あるいは本件ストーブ本体から火が燃え上がるものとは考え難いといわなければならない。

したがつて、本件火災の原因は、他に出火原因を認めるに足りる証拠が存在しない以上、原告の供述どおり本件ストーブと認めざるをえないが、本件火災の状況に関する原告の供述は、その信用性に疑問があり、本件火災が原告の供述どおりの状況で発生したものと考えることには疑問が残る。

(2)  本件火災現場における本件ストーブの状況については、<証拠>によれば、点に本件石油ストーブが表側を下に向けて倒れ、点から約一・七メートル離れた点に燃料タンクがねじ込み式の給油口口金のとれた状態で横倒しとなつていたことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

(二)  原告の収入、原告の保険金取得歴、本件火災保険契約の締結上の特色

前記認定事実及び<証拠>を総合すれば、以下の事実を認めることができ、原告本人尋問の結果中、以下の認定に反する部分は前掲各証拠と対比して信用できず、他に以下の認定を覆すに足りる証拠はない。

(1)  原告は、父親の後を継いで庭石業を営み、谷川から採取したり、他から買い入れた石を加工することなく売却しているが、昭和五三、四年ころには自動車事故による受傷のため、通算八か月以上も入院しており、父親が得ていた石の採取に関する許可も父親の死後得ていないし、昭和五三、四年ころには、和歌山県有田郡清水町大字二川において、母親が中心となつて喫茶店を経営し、そこからも収入を得ていたが、右喫茶店をまもなく売却した。又、原告は本件建物完成後、本件建物においてクラブを経営していたが、コストが高くつくため約一か月半で閉店した。さらに、原告は、財団法人日本奉仕会和歌山県支局長の職にあるが、右はいわゆるボランティアであつて、収入を得られるものではなく、老人を集めて皇居見物のツアーを組み、旅行業者からその斡旋料を得たりしているにすぎず、原告が継続的に定収入を得ていたとはいえなかつた。

ところが、原告は、昭和五五年に本件建物を前田鉄工建築に請負わせて建築し、その建築費用及び内装費用を得るために興紀相互銀行から約四〇〇〇万円を、和歌山県信用保証協会の保証を得て、和歌山県商工信用組合から約一三〇〇万円をそれぞれ借り入れたため、その支払いだけでも月額約七〇万円にのぼり、昭和五五年ころから本件各契約を締結するころまでの間、その生活は楽ではなかつた。

(2)  原告は、本件建物建築後、興紀相互銀行からの建築資金の借入れの担保として、昭和五五年八月二八日に被告興亜との間で本件建物を保険の目的として保険金額三〇〇〇万円の火災保険契約を締結し、その後、同年一〇月二〇日にも日動火災との間に同様に本件建物及び同建物内の家財道具、営業什器を保険の目的として総額一億円(本件建物につき七五〇〇万円、家財道具につき一〇〇〇万円、営業什器につき一五〇〇万円)の火災保険契約を締結したが、同年一二月二六日午前一〇時ころに、本件建物二階から原告の消し忘れた石油ストーブの過熱が原因で火災が発生し、別紙図面表示の和室一〇畳二部屋と廊下を焼失した。そのため、原告は、被告興亜から約九〇〇万円、日動火災から約二〇〇〇万円の保険金の支払を受けた。

原告は、火災保険契約以外にも自動車保険や生命保険等に加入しており、これまで昭和五三年三月一日には松の木に車を衝突させ、負傷したとして、昭和五四年一月三〇日には同乗していた暴力団員に車を運転させ、石段に衝突して負傷したとして、生命保険会社などから、同乗者を除く原告本人の分だけでも約七〇〇万円の保険金を受領している。

(3)  原告の被告同和との本件第二契約、被告日産との本件第三契約、被告日新との本件第四契約は、いずれも代理店の勧誘を待たず、原告自ら保険会社又は代理店に連絡して締結した新規かつ飛び込み契約であり、しかも、これらの契約はわずか七日間の間に締結され、本件火災はそれから四日後に発生しているにもかかわらず、原告にはこのように多数の火災保険契約に加入する特別の理由はなかつた。

原告は、本件各契約当時の本件建物の価額を約八〇〇〇万円であると認めながら、本件建物だけで、保険金総額一億八〇〇〇万円、本件建物内の家財等にも保険金総額四五〇〇万円の本件各契約を締結し、しかも、火災により本件建物が全焼した場合には、右保険金額をすべて得られるものと認識していた。

(三)  まとめ

以上の事実によれば、原告は、すでに昭和五三年及び昭和五四年に自動車事故によつて二度にわたり保険金を取得し、昭和五五年一二月には石油ストーブを原因とする前件の火災を生じさせて火災保険金を取得し、その後わずか一年余り後にまたも前件同様の石油ストーブによる本件火災を惹起したというのであり、毎年のように保険金事故を発生させているという事態が極めて特異であり、単なる偶然の不幸の重なりというには余りにも不自然である。さらに、庭石業を営んでいるとはいえ、さしたる定収入を得ているか疑わしい原告が昭和五七年一月二〇日から同月二六日までのわずか七日の間に、本件第二ないし第四契約を、異なる会社との間に異なる機会において締結し、しかもその保険金額は本件第一契約も含めると総額二億円を超え、保障されるべき原告の財産の価額をはるかに上回ることになる。のみならず、最終契約日のわずか四日後に本件火災が発生したというに至つては、原告による何らかの作為の存在を推認するほかはないのである。そして、本件火災の発生現場に居合わせたのは原告のみであり、従つて発生態様についての直接証拠は原告本人の供述しか存しないところ、右供述はすでに判示したとおり、にわかに措信しえないものである。してみれば、先に認定した本件火災現場の状況、本件石油ストーブの構造、耐震自動消火装置を考慮すると、本件火災は、原告が本件石油ストーブの燃料タンクの給油口口金を開けて本件石油ストーブを投げ倒し、石油に火を放つたことによつて発生したものと推認するのが相当である。

なお、原告は、本件火災発生当時、本件建物三階には身体障害者で下半身不随の原告の母親と妻、子供が寝ており、本件建物の構造からすれば、本件火災により右原告らの生命身体に対する危険があつたのであるから、原告が故意に本件火災を発生させるはずはない旨主張する。そして、<証拠>によれば、原告の母親である甲野花子は介護を要する身体障害者であることが認められ、原告本人尋間の結果中には、右主張に添う供述部分が存在する。しかし、原告の供述するように急激に火が燃えひろがり、しかも本件火災場所からして本件建物の出口(玄関)からの脱出もあやぶまれるような状況であつたとすれば、歩行困難な原告の母親と妻、子供を連れて逃げた際、誰一人負傷しなかつたということ自体不自然であり、原告としては避難の余裕が十分にあつたものと認めるのが相当であるから、原告の右主張は採用できない。

三結 論

以上の事実によれば、原告の請求はその余の点について判断するまでもなくいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官福永政彦 裁判官森 宏司 裁判官神山隆一)

物件目録

和歌山県有田郡湯浅町大字湯浅新屋敷三一八四番地

家屋番号 三一八四番

鉄骨造陸屋根三階建店舗居宅床面積

一階 一六三・八三平方メートル

二階 一三〇・三一平方メートル

三階  八四・四六平方メートル

別紙図面<省略>

別紙石油ストーブ構造図<省略>

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