大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和57年(ワ)7951号 判決

【主文】

一  被告は、菓子類の商品やその包装に、別紙標章目録(一)(1)ないし(10)記載の標章を付し、または、右各標章を付した菓子類、その包装を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、または菓子類に関する広告、定価表または取引書類に前記標章を付して展示し、または頒布してはならない。

二  被告は、前項の標章を付した包装紙、包装用袋、包装用箱、看板、定価表、取引書類及び印章を廃棄せよ。

三  被告は原告ら各自に対し、金九四万七一四九円宛及びこれらに対する昭和五八年一二月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

【事実】

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、菓子類の商品やその包装に、別紙標章目録(一)(1)ないし(12)記載の標章及びこれに類似する標章を付し、または右各標章を付した菓子類、その包装を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、または菓子類に関する広告、定価表または取引書類に前記標章を付して展示し、または頒布してはならない。

2  被告は、前項の標章を付した包装紙、包装用袋、包装箱、看板、定価表、取引書類及び印章を廃棄せよ。

3  被告は、菓子類の製造販売の営業について「千鳥屋」の商号を使用してはならない。

4  被告は、大阪法務局受付の被告株式会社の登記のうち、商号の部分である「千鳥屋」の抹消登記手続をせよ。

5  被告は、原告らに対し、金二三二四万〇二四五円及びこれに対する昭和五八年一二月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払い、かつ、昭和五八年一二月一日から前記1ないし4記載の被告の債務履行に至るまで毎月金四三万八四九五円の割合による金員を支払え。

6  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  請求原因

一  原告らは、次の商標権(以下「本件商標権」といい、その登録商標を「本件商標」という)を共有している。

登録番号 第四一〇一〇五号

登録商標 別紙商標公報記載のとおり

指定商品 第四三類 菓子及び麺ぽう類

出願 昭和二五年一〇月一四日(商願昭二五―二三九三八)

出願公告 昭和二六年一二月一九日(昭二六―一七九六二)

登録 昭和二七年四月二日

更新登録の出願

昭和四六年一〇月七日(出願番号四六―一〇九四四一)

更新登録をすべき旨の査定

昭和五七年一月九日

二1  原告原田ツユ(以下「原告ツユ」という)は、本件商標及び「千鳥屋」なる商号を使用して、福岡市・筑紫野市・久留米市・飯塚市などの九州地区の八〇店、大阪市・芦屋市・西宮市・豊中市・池田市・吹田市などの大阪地区の一八店、東京都などの東京地区二三店において和菓子を製造・販売しており、全国に所在する千鳥屋店の総元締めの地位にある。

2  原告ツユは、昭和三九年五月長男原田良康(以下「原告良康」という)に東京地区で出店させ、昭和四八年一二月一日、三男原告原田太七郎(以下「原告太七郎」という)に大阪地区に出店させ、以来原告良康は千鳥屋東京店の、原告太七郎は千鳥屋大阪店の社長として経営責任者の地位にある。

三1  原告らの「千鳥屋」は、創業寛永七年(西暦一六三〇年)で、現在個人企業ながら、資本金一億円、年間売上げ高六五億円、従業員九〇〇名を有し、菓子の製造販売店として可成りの大型店であり、テレビで広告し、ときには著名人にテレビCMに出演して貰つたり、家庭画報・週刊朝日に広告を出すなど全国的に著名であり、少なくとも九州・大阪・東京で著名である。

2  「千鳥屋」なる商号、商標は、原告らの先祖が寛永七年に長崎市に南蛮菓子が渡来したときに学んで、焼菓子専門の菓子店を開き、その製法を「水鏡せると云ふる天神のみあしのあとに千鳥群れ飛ぶ」の菅原道真の故事に因んで、千鳥饅頭と名付けて売り出し有名になつたものであり、店の称号も千鳥屋と称し、その後カステーラ、丸ボーロ、羊かん、その他の菓子の商標ともなつたものである。

3  右のとおり、原告の「千鳥屋」の商号及び本件商標は、九州から東京に至る広い地域で、原告の営業表示及び商品表示として広く認識され周知となつている。

四  被告は、和洋菓子の製造販売を業とするものであるところ、昭和五四年七月一日以前から、その商号として「千鳥屋」なる表示を使用し、その製造する和洋菓子類及び包装紙、紙袋、定価表、取引書類、看板、印刷物、什器、備品などに、本件商標と外観、称呼、観念において同一又は類似する別紙標章目録(一)(1)ないし(7)記載の標章を付して商標として使用し、更に、本件商標と称呼、観念において同一又は類似する同目録(8)ないし(12)記載の欧文字、片仮名、千鳥の図形を右同様の方法で使用している(以下別紙標章目録(一)(1)ないし(12)記載の標章を「被告標章」という)。

五1  右のように、被告が被告標章を使用する行為は、原告らが共有する本件商標権を侵害するものである。

2  のみならず、被告が「千鳥屋」なる商号を使用する行為により被告の営業上の施設又は活動があたかも原告らのそれであるとの誤認・混同を生ぜしめられ、更に、被告の、被告標章を使用する行為により、被告商品が原告商品であるかの如き誤認・混同を生ぜしめられ、これによつて原告の営業上の利益が害せられるおそれがある。

六1  被告は、故意又は過失により本件商標権を侵害したものであるから、民法七〇九条に基づき原告らに対し、前記商標権侵害によつて原告らが蒙つた後記損害を賠償する義務がある。

2  右損害額については、商標法三八条一項により、被告が本件商標権侵害によつて得た利益額が原告の損害額に当たるものと推定されるところ、右利益額は左のとおりである。

(一) 昭和五四年七月一日から昭和五七年六月三〇日までの間右期間中における被告の決算報告書の損益計算書の当期利益金は、

昭和五四年七月一日から同五五年六月三〇日 四八〇万三一七九円

同五五年七月一日から同五六年六月三〇日 五八五万四七二二円

同五六年七月一日から同五七年六月三〇日 五一二万七九二九円

合計 一五七八万五八三〇円である。

(二) 昭和五七年七月一日以降

右同日以降被告が得た一か月の平均利益は、少なくとも過去三年間の利益合計金一五七八万五八三〇円の平均一か月分すなわち四三万八四九五円に相当するものと推定される。

したがつて同日以降昭和五八年一一月三〇日までの利益は七四五万四四一五円となる。

更に、同年一二月一日以降被告が請求の趣旨1ないし4の履行に至るまでの間毎月四三万八四九五円の利益を得るものと推定される。

七  よつて原告らは被告に対し、不正競争防止法一条一項二号に基づき請求の趣旨3項記載の商号使用禁止、同4項記載の抹消登記手続、並びに、本件商標権侵害又は選択的に不正競争防止法一条一項一号に基づき請求の趣旨1項の被告標章等の使用差止め、同2項記載の廃棄、更に商標権侵害の不法行為に基づき、昭和五四年七月一日から同五八年一一月三〇日までの利益相当の損害金二三二四万〇二四五円及びこれに対する昭和五八年一二月一日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払い、昭和五八年一二月一日から被告が請求の趣旨1ないし4項の履行に至るまで一月四三万八四九五円の損害金の支払いを各求める。<以下、省略>

【理由】

一請求原因一(原告らが本件商標権を共有していること)の事実は当事者間に争いがない。

二被告が和洋菓子の製造販売を業としていること、「千鳥屋」の表示を商号、商標として使用していることは当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すると、

(一)  被告代表者西村陸郎は個人として、昭和三一年七月、大阪市西成区において和洋菓子の製造・卸売りを始め、同三三年一一月九日同区内において、小売店舗を設け、商号を「千鳥屋」として菓子製造業の許可を受け菓子協同組合に入会した上、「千鳥屋」の看板を掲げて小売を始めた。右卸売期間中、西村は、千鳥屋の名称を使用してはいたものの、看板を掲げることはなく、商品の包装や取引書類に「千鳥屋」の表示を付したことはなかつた。

(二)  西村は、昭和三三年一一月に右店舗を持つて以来被告標章を、看板、商品の包装紙、定価表、取引書類に付して使用し、更に街灯・公衆浴場・職業電話帳・雑誌・新聞の折込などに右標章を使用して宣伝・広告をしてきた。

(三)  西村は、昭和五〇年四月二八日、「株式会社千鳥屋」の商号で被告会社を設立して代表取締役に就任し、右設立と同時に被告は、従来西村が個人で営んでいた営業を承継し、それに伴い、西村が使用していた被告標章をひき続き商品包装、看板、チラシ広告、取引書類などに付して使用し現在に至つている。

(四)  その間西村は個人として、被告設立後は被告代表者として昭和三三年に設けた店舗を移転し、昭和四五年八月頃、大阪市西成区千本北二丁目に本店を、昭和五〇年、同区地下鉄岸の里駅前に支店を、昭和五三年、同区千本北一丁目に支店を設けて現在まで右各店舗にて和洋菓子の小売りを続けている。以上のとおり認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

2 右1の事実をもとに、被告の使用する商号、被告標章が原告の商号、本件商標と同一又は類似するか否かについてみる。

(一)  まず、被告が商号として使用する「株式会社千鳥屋」のうち、「株式会社」の部分は、社団法人の種類を表わす言葉に過ぎず、その要部は、「千鳥屋」にあるとみることができるから、被告商号は、原告らの商号「千鳥屋」と、外観、称呼、観念のいずれにおいても類似するといえる。

(二)  次に、被告標章のうち、別紙標章目録(一)(1)ないし(4)の標章は、千鳥屋の文字を独特の装飾的な書体で横書きされており、同目録(5)の標章は、同様な装飾文字で縦書きに表示されており、また、同目録(6)、(7)の標章は、いずれも同様な装飾文字を黒地に白抜きで表示してある。

一方本件商標の「千鳥屋」は、黒地の行書体で表示されている。

本件商標を被告標章と対比すると、外観において類似し、称呼、観念のいずれにおいても同一といえる。

(三)  そして、被告標章のうち別紙標章目録(一)(8)は、独特の書体の欧文字で「chidoriya」と書かれた表示の右上に近接して「チドリヤ」と小さく装飾的に片仮名で横書きされたものであり、同(9)の標章は、欧文字のモダーン書体に似た書体で、黒地に白抜きで「chidoriya」と表示されており、同目録(10)は、片仮名の装飾文字で「チドリヤ」と横書きに表示されており、いずれも本件商標と観念、称呼において同一といえる。

(四)  同目録(11)の標章は、飛んでいる小型の鳥の姿を細い線で描いた図形であり、同目録(12)のそれは、同様の鳥の姿を太目の線で描いた図形であるところ、これらの図形が一般的に「ちどり」と称呼されるとは限らないし、右図形が見る者として直ちに「しぎ目チドリ科に属する大多数の鳥類の総称としての千鳥」(当裁判所に顕著な岩波書店発行の広辞苑による)を想起させるわけでなく、むしろ右各図形は「小鳥」と呼ぶにふさわしく、また、見る者をして「小鳥」全般を想起させるものと考えられる。

したがつて原告らは、同目録(11)、(12)の標章を本件商標権、不正競争防止法一条一項二号に基づく差止め等の対象にはなし得ないというべきである。

三1  原告らは、「千鳥屋」が不正競争防止法一条一項一号・二号の周知性を備えた商品表示、営業表示に当たるとして右法条に基づき被告標章・被告商号の使用の差止め等を求め、これに対して被告は、その代表者西村が個人として「千鳥屋」の営業表示を使用して営業を開始した昭和三一年及び被告標章の使用を開始した昭和三三年の時点において、いずれも原告の商号及び本件商標は周知性を獲得しておらず、善意で「千鳥屋」の商号、被告標章の使用を開始したものであり、被告が西村から営業と共に右各表示の使用を承継したと主張する。

ところで、前記二1で認定したところによれば、西村が店舗を持ち小売りを開始した昭和三三年一一月以降は、同人及び被告が「千鳥屋」を商号として使用し、被告標章を商標として使用してきたといえるけれども、昭和三一年七月から昭和三三年一一月までの卸売りの段階において、西村は菓子製造業の免許を持たず、店舗は勿論看板もなしに右製造・卸売りをしていたのであるから、「千鳥屋」の表示を商号として使用していたというにはちゆうちよせざるを得ない。

2  そこで、原告商号・本件商標が昭和三三年一一月の時点において不正競争防止法一条一項一号・二号の周知性を備えていたか否かについて検討する。

(一)  ところで、不正競争防止法一条一項一号・二号にいわゆる「本法施行ノ地域内ニ於テ広ク認識セラルル」とは、当該商品表示、営業表示が日本全国にわたり広く認識されることを要せず一地方において広く認識されることをもつて足りると解すべきである。

しかしながら、同条一項一号の立法趣旨が商品の出所に関する混同を防止するにあり、また、同条同項二号の立法趣旨が営業主体に関する混同を防止するにあることに鑑みると、右周知性の及ぶ地域的範囲には、当該周知商品表示を有する者又は周知営業表示の主体が営む営業地域と、これらの表示と類似の表示を使用する相手方の営む営業地域とが共に包含されることを要し、双方が小売商の場合には、双方の店舗が右周知性の地域的範囲内に存する必要があるものと解するのが相当である。

(二)  更に、双方が小売商で大衆を対象とする商品を営業品目とする場合には、大衆を基準に置いて当該商品表示又は営業表示が周知であつたか否かが判断されるべきである。

3  そこで、これらの点を本件についてみることとする。<証拠>を総合すると、

(一)  昭和三三年一一月までにおける原告らの店舗設置及び宣伝広告等の状況は別紙原告店舗設置、宣伝広告等一覧表(二)(昭和三三年一一月以前のもの)記載のとおりであり、原告ツユは、それらの店舗で和洋菓子の小売販売を行つていた。

(二)  原告らは、昭和四八年一二月一日、関西方面では、はじめて、尼崎市塚口町に大阪本店を設けて以来、店舗数を増やして、「千鳥屋」の商号、本件商標を使用して和洋菓子の製造販売を行つている。

(三)  昭和三三年一一月以前に大阪市内の阪急・阪神・高島屋・大丸・そごうの各百貨店において原告らの商品が販売されたことはない。

以上のとおり認められ<る。>

右認定の事実によると、昭和三三年一一月以前における原告らの商号である「千鳥屋」の表示、本件商標が昭和三三年一一月の時点で、被告店舗の所在する大阪府下において、それぞれ原告らの営業表示、商品表示として周知となつていたとは到底認め難い。

なるほど、原告らは、昭和三三年一一月までに、全国的な菓子品評会、博覧会で五回、一等賞を受けているものの、そのうち四回は昭和一四年までのものであり、昭和三三年の時点における周知性の判断資料としては余りにも時日が経過しすぎていること、昭和二七年頃と昭和三〇年頃の同様の受賞についても、本件の如く双方が小売商で取扱い商品が和洋菓子という一般大衆を販売の対象とする商品・営業の場合における商品・営業表示における周知性の認識の有無は、一般大衆を基準にして判断されるべきところ、右のような全国菓子品評会、博覧会は一般大衆になじみの薄い会合といえるから、これらの受賞の事実をもつては、前記周知性が認められないとの結論に消長を来たさない。

また原告らは、九州出身の者が大阪府下にも相当数在住することを千鳥屋の表示が周知性を備えていることの一根拠として主張するところ、一般論として九州出身の者が大阪市内に在住することは首肯しうるにしても、これらのうち如何なる人数の者が如何なる方法で昭和三三年一一月当時大阪府下の一般人に「千鳥屋」の営業・商品表示を知らしめていたかについて何ら立証のない本件においては、原告らの右主張は失当というほかない。

4  そこで、西村が昭和三三年一一月の時点で「千鳥屋」の表示を営業表示、商品表示として善意で使用したか否かにつき検討する。

<証拠>によれば、昭和三一年七月西村は、同人が淡路島の出身であり、「淡路島に通う千鳥……」の古歌にちなんで「千鳥屋」の名称を使い始めたもので、右時点は勿論昭和三三年一一月営業許可を得た上店舗を持ち小売りを始めたときも、当時九州に所在していた原告らの「千鳥屋」について全く知らず、昭和五二年頃顧客から、被告店舗が尼崎市塚口町の店と同じなのかと尋ねられて原告らの店舗の存在と名称をはじめて知つたこと、その後昭和五七年五月一四日付原告ツユからの警告書でもつて「千鳥屋」の表示の使用を中止するよう警告を受けたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右で認定したところによれば、西村は、昭和三三年一一月の時点において原告らとの営業地域が離れているところから不正競争の意思がなかつたことは勿論原告らの商号である「千鳥屋」の存在及び原告らの本件商標の存在すら知らずに右営業表示及び被告標章の使用を開始したということができる。

5  右1ないし4で認定・説示のとおり、昭和三三年一一月の時点において原告らの「千鳥屋」の商号及び本件商標は、いまだ大阪府下において周知となつていたとは言えず、西村は「千鳥屋」の表示を営業表示・商品表示として使用するに当たり善意であり、これらをその後継続使用した後、昭和五〇年四月二八日被告設立と同時に個人としての営業を被告に譲渡すると共に、右商号、被告標章をも承継させ、以後被告においてこれらを継続使用して来たのであるから、不正競争防止法二条一項四号の要件を充足するといわなければならない。

したがつて、被告の「千鳥屋」の営業表示使用、被告標章使用が不正競争防止法一条一項一号・二号に当たる旨の原告らの主張は採用の限りではない。

四 前記二2で対比検討したところによれば、被告が別紙標章目録(一)(1)ないし(10)の標章を使用する行為は本件商標権を侵害するというべきところ、被告は、本件商標権に基づく権利行使は、失効の原則により、或いは権利濫用に当たり許されないと主張する。

1  およそ、権利の行使は信義誠実になすことを要し、その濫用は許されないので、差止請求権を有する者が長期間これを行使せず、相手方においてその権利は最早行使されないものと信頼すべき正当の事由を有するに至つたため、その後にこれを行使することが信義誠実に反すると認められるような特段の事由がある場合には、右禁止権の行使は許されないと解するのが相当である。

2  そこで、この点を本件についてみることとする。

<証拠>に、前記二1、三3で認定したところを総合すると、

(一)  西村は、昭和三三年一一月小売店舗の開設以来被告標章を看板、商品の包装、定価表、取引書類などに使用して和洋菓子を販売してきたものであり、その間各種宣伝・広告に右標章を付して商品の販売拡大に努める一方和洋菓子の分野において「千鳥屋」の商号で、全国菓子大博覧会において金賞を得たのをはじめ、各種の表彰状、感謝状等を授与されている。

そして被告は、現在三軒の店舗を擁し、昭和五四年七月一日から同五七年六月三〇日までを採つても合計一五七八万五八三〇円の利益をあげている。

また、西村が、原告らの商号、商標が「千鳥屋」であることをはじめて知つたのは昭和五二年である。

(二)  他方原告は、「千鳥屋」の商号、商標を使用して寛永七年(一六三〇年)より佐賀県において和洋菓子の製造販売を開始したが、右時点から昭和三三年一一月までの店舗設置、宣伝広告状況は、別紙原告店舗設置、宣伝広告等一覧表(二)記載のとおりである。

その後原告らは、昭和三四年から朝日、毎日、その他の新聞紙上に芸能人・文化人らによる紹介の形で原告商品の千鳥饅頭などの宣伝広告をし、昭和三七年以降はラジオ、テレビをも宣伝に使つて販売拡張に努めている。

そして、原告ツユは、「千鳥屋」店の社長として原告ら店舗の総帥の地位にあり、昭和三九年五月には東京に店舗を設け、原告良康が東京店の経営責任者となり、昭和四八年一二月には尼崎市塚口に店舗を設け原告太七郎が大阪店の経営責任者となり、九州北部の店舗については従来どおり原告ツユが経営を続け、九州北部、関東、関西においてそれぞれ店舗、委託販売店を増やした。

昭和五八年六月一五日の時点で、原告らは、自らの店舗を九州北部に一〇二店、大阪市及びその周辺に三一店、東京及びその周辺に三七店を有するに至つており、昭和五七年における総売り上げ高は五六億四五〇〇万円に達している。

原告らは、昭和五七年初めに至つて、はじめて被告が「千鳥屋」の商号と被告標章を使用している事実を知り直ちに弁理士に依頼して昭和五七年五月一四日付で被告の右表示使用が本件商標権の侵害になるのみならず、商品出所の誤認混同を生ずる旨の原告ツユ名義の警告書を被告宛に発し、次いで昭和五七年一〇月一八日付をもつて本訴提起に及んだ。

以上のとおり認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上で認定したところによれば、被告は昭和三三年一一月から昭和五七年五月原告ツユ名義の警告書を受けるまでの間、原告らからの異議なく被告標章を商品表示として、「千鳥屋」の表示を営業表示として使用し続け、それによつて三軒の店舗を持ち相応の利益をあげ、菓子業界における信用も得たこと、しかしながら他方原告らは、「千鳥屋」の商号、本件商標を寛永七年(一六三〇年)以来九州北部にて使用し続け、同地方において多数の店舗を有する発展を遂げたが、昭和三九年関東地方に、昭和四八年関西地方に進出して後もそれぞれの地方で多数の店舗を設け、多額の利益をあげてきたこと、昭和五七年までの間原告らは被告店舗の所在を知りながら放置していたわけではなく、同年初めにその所在が明らかになるや直ちに警告書の発送、本訴提起に及んでいるなどの事情に鑑みると、原告らの本件商標権の行使は、自己の正当な営業上の利益擁護のためになされたもので、専ら相手方の営業を妨害する為になされているわけでないことが明白であり且つ原告らが被告に対し、被告が被告標章を使用する事実を知りながら、その禁止権行使をしないとの信頼を抱かせるに足る外形事実を認めることもできない。

したがつて、右のように被告が平穏に比較的長期にわたり被告標章を使用して営業上の利益と信用を得ていたからといつて、本件商標権の禁止権等の行使が信義誠実の原則に反するということはできず、また、権利濫用となるものではない。

右のとおり、被告の右各点に関する主張は採用の限りではない。

五1 以上説示のとおりであつて、被告は、菓子類の商品やその包装に別紙標章目録(一)(1)ないし(10)記載の標章を付し、右標章を付した菓子類を販売し、看板、菓子類に関する広告、定価表又は取引書類に前記標章を付することにより、原告の本件商標権を侵害したということができる。

被告は、看板に右各標章を使用する行為が商標としての使用に当たらないと主張するけれども、看板も又商標法二条三項三号にいう商品に関する広告に含まれると解するのが相当である。

また、被告は、別紙標章目録(一)(1)ないし(10)の標章の使用が被告商号の普通使用に当たると主張するところ、右各標章が、みる者の注意を惹くに足る装飾的な漢字、欧文字、片仮名で表示されており、右普通使用に当たらないことは前記二2(二)、(三)で認定したところにより明らかである。

したがつて、この点に関する被告の主張も又失当である。

2  被告による右侵害行為が不法行為法上の違法行為であることはいうまでもなく、右違法行為は過失によつてなされたものと推定される(商標法三九条、特許法一〇三条)。

被告は、原告らが損害を求める被告の標章使用行為の始期である昭和五四年七月一日の時点で被告の右行為が長期にわたり原告らから異議を述べられていなかつたから無過失であると述べるけれども、西村陸郎が被告代表者として、別紙標章目録(一)(1)ないし(10)の標章を使用するに当たり右標章が商標登録されているか否かについての調査を怠つた(被告代表者本人((第一回))の供述による)以上、被告に過失がなかつたということはできない。

したがつて、被告は原告らに対し、右不法行為によつて原告らの蒙つた後記損害を賠償する義務を免れない。

六1  そこで損害額について検討する。

前記四2(一)で認定したとおり、昭和五四年七月一日から昭和五七年六月三〇日までの間被告は、別紙標章目録(一)(1)ないし(10)の標章を使用して菓子類の製造販売をすることにより合計一五七八万五八三〇円の利益をあげていたことが認められる。

原告らは、昭和五七年七月一日以降の損害について、右三か年の利益額の一月当たり平均利益金四三万八四九五円と推定されるべきである旨主張するけれども、商品の売上げ数量が時々刻々変化し、またはその単価も時に値上げ、値下げがみられることは公知であり、同日以降の被告の利益額をそれ以前の利益額から推定することはできず、他に同日以降の右利益額を立証するに足りる証拠はない。

2 ところで被告は、商標法三八条三項による損害の減額を主張するところ、前記で認定のとおり被告は二十数年間にわたり原告らからの異議なく別紙標章目録(一)(1)ないし(10)記載の標章を使用し続けており、被告において本件商標権侵害の認識がないことにつき過失の程度は可成り低いと言えるから、原告らが被告に対し請求し得る損害額としては、右利益額三〇パーセントである四七三万五七四九円をもつて相当とする。

3  原告らは本件商標権を共有しており、持分の定めはない(成立に争いのない甲第二号証による)ので、各人の持分は、民法二五〇条により均等と推定されるから、原告らは本件商標権の侵害により等しく損害を受けたというべきである。

そうすると、原告ら各自の損害額は、右利益額を五等分した九四万七一四九円ということになる。

七以上のとおりであるから、原告らの本訴請求は、菓子類の商品やその包装に別紙標章目録(一)(1)ないし(10)記載の標章を付し、または右各標章を付した菓子類、その包装を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、または菓子類に関する広告、定価表、取引書類に前記標章を付して展示し、または頒布することの差止め、及び、右標章を付した包装紙、包装用袋、包装用箱、看板、定価表、取引書類、印章の廃棄、並びに原告ら各自に対し金九四万七一四九円宛及びこれらに対する昭和五八年一二月一日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余はいずれも失当であるから棄却し(なお、原告らは本訴において別紙標章目録(一)(1)ないし(10)記載の標章に類似する標章を付した商品などの譲渡禁止等を求めているが、右請求部分は特定性に欠けるので失当である)、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(潮久郎 鎌田義勝 德永幸藏)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!