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大阪地方裁判所 昭和57年(行ウ)26号 判決 1982年12月23日

原告

小川勝久

小川小督

井上勝美

井上知子

竹田操司

原告小川小督、同井上勝美及び同井上知子訴訟代理人

岡田尚明

被告

大阪法務局北出張所登記官

山本正己

右指定代理人

前田順司

外七名

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実《省略》

理由

一司法書士の資格を有する原告小川勝久が、昭和五六年九月二一日大阪法務局北出張所に出頭して、同原告及びその余の原告の代理人として別紙抵当権目録記載の抵当権設定登記の申請をし、その申請書に添付して本件証明書を提出したこと、その申請が同出張所同日受付第四六五一五号として受付けられ、被告が同年一〇月六日付で登記申請書に必要な書面の添付がないという理由で右申請を却下したこと及びその添付がないとされた書面が法三五条一項五号に定める代理権限を証する書面であることは当事者間に争いがない。

二本訴の争点は本件証明書が法三五条一項五号の書面にあたるか否かであるから、以下この点について判断する。

1 法は代理人によつて登記を申請するときはその権限を証する書面の提出を義務づけているが(法三五条一項五号)、その書面の方式、内容について特に規定するところがない(但し、法七七条一項参照)。ここで代理人とは法定代理人、任意代理人及び法人の機関をいうものと解せられているが、弁論の全趣旨によれば、登記実務上一般に代理権限を証する書面として、法定代理人の場合については戸籍謄本、任意代理人については委任状、法人の機関についてはその法人の代表者資格を証するもの、例えば登記簿謄本又は資格証明書が用いられていることが認められる。

しかし、法文が単に権限を証する書面とのみ定め、その書面の方式、内容について特に規定せず、右登記実務上の取扱いからも明らかなように、代理権限を証する書面といつても、公文書も私文書もあり、また報告文書の場合も処分証書もあることからすると、法三五条一項五号の書面として、任意代理の場合処分証書である委任状以外の文書が全く排除されていると解釈することは同条の文言からだけではできない。

そこで、任意代理の場合いかなる内容の書面が求められているかは、登記手続の関係法規との関連で更に検討を要する。

2  登記は不動産に関する権利関係を公証するものであるから、実体上の物権変動を正確かつ迅速に公示することが望まれる。登記は登記官によつて扱われ、登記申請がなされると、登記官が管轄、登記適格、当事者、申請意思、登記原因について確認をし、登記の許否を決することになる(法四九条)。その確認のための審査は原則として申請書主義をとつているから(例外は表示に関する登記)、提出された書類のみにもとづいて実体法上及び手続法上の問題を審査することになる(書面審査主義)。

3  代理人によつて登記申請がなされた場合、登記官は申請書に添付して提出された代理権限を証する書面自体及び他の添付書類を審査して、当事者が代理人によつて登記する意思を有することの確認をしなければならないから(一且登記がなされると、代理権限の瑕疵を理由として当該登記の無効を主張するためには当事者間―登記権利者・義務者間―で代理人に代理権限を授与したか否かが争われることになるが、登記官が登記申請を受理する際に審査すべき点もまさに右の代理権限授与の意思表示の存否である。)代理権限を証する書面はその確認に資する内容を包含し、しかも書面審査の建前からも後日疑問を残さないような信用性のあるものであることが要求され、その意味で証拠価値の高いものでなければならない。

法定代理人及び法人の機関の場合に用いられている戸籍謄本、登記簿謄本等はその記載の身分事項、登記事項等が公簿に登載されている事実が明らかにされ、その事実から法定代理権や代表者資格を肯定させ、これを公証するための公簿の謄本で、しかも細則四四条により作成後三か月以内のものに限られているから、右要求を満す書面であることに異論をみない。

4  任意代理人の場合、委任状が提出されると、それが処分証書であり、証明すべき法律行為が文書自体に包含されていることから、その文書が真正に成立したと認められると、経験則上内容である法律行為(登記申請の場合申請にかかる当該登記の申請行為の授権)の存在が認められ(反証をあげて争うことが容易でない)、法律行為のなされたことが証明される。そして、登記申請書には登記義務者の印鑑証明書が添付されるから(細則四二条、四二条ノ二)、登記官はその印鑑証明書の印影と委任状の印影とを対照することにより、少くとも登記義務者に関する限り容易に委任状の成立を確認し得る。

5  本件の証明書はいわゆる報告文書といわれるもので、文書の内容をなす作成者の表現された思想を資料として法律行為の存在を証明しようとするものであるから、それが真正に成立したと認められても、作成者の表現する思想の存在が認められるにすぎず、証明しようとする法律行為の存在とは観念上別個(証明しようとする法律行為が存在しないことも考えられる)なものである。この点処分証書が即法律行為を包含し、その真正な成立が認められると内容である法律行為の存在が認められ、その書面に法律行為が存在するがゆえに、その撤回、取消あるいは無効の主張等に制限が存することと対比すると、報告文書は登記官の書面審査のもとで登記申請の代理権限を証明する方法としては、処分証書である委任状と比べて証明すべき法律行為の存否の判断につき証拠価値に格段の差があるといわねばならない。

さらに本件証明書についていえば、その記載内容は原告らが原告小川勝久を代理人と定めて、別紙抵当権目録記載の抵当権設定登記申請をする一切の件に関する代理権限を授与しているという観念の通知と、証明書の有効期間を作成日(昭和五六年九月一八日)から向う三か月間とする意思の通知がなされているもので、その原因をなす授権の意思表示が何時誰に対していかなる方式でなされたかの事実について何ら触れるところがない。したがつて、本件証明書の記載内容からは、登記官において代理権限発生の原因事実を確認し得る資料がないといわねばならない(登記官は単に代理権を与えた旨の観念の通知の存在のみを認識しうる)。

原告らは証明書発行日が授権の日である旨主張するが、証明書の有効期間の記載があることから証明書発行日に授権がなされたと認めるべきであるとする経験法則はない(現に本訴において、原告小川小督及び同井上知子が弁護士岡田尚明に訴訟代理権限を授権した旨の代理権授与証明書を裁判所に提出しているが、当裁判所が訴訟代理人に対し授権が何時、どのような方式でなされたかを釈明したところ、同弁護士は裁判所へ提出した代理権授与証明書の作成日付の数日前に原告小川小督についてはその夫小川勝久を通じ、原告井上知子についてはその夫井上勝美を通じ、それぞれ口頭で授権の意思表示がなされた旨釈明していることからみれば、証明書作成日付と授権の意思表示がなされた時とは区別されるべきものであり、右証明書の記載内容からだけでは代理権授与の方式等を明確にしえないことが明らかである)。

6  以上の検討により明らかなように、任意代理人の場合その権限を証する書面として、処分証書である委任状と報告文書である証明書とではその証拠価値に著しい差のあること、殊に本件証明書は登記官において代理権限の発生を確認し得る資料に値いしないものであること、したがつて、本件証明書が委任状あるいは法定代理人及び法人の機関の場合に提出される戸籍謄本、登記簿謄本等の証明文書と対比して、その記載内容及び信用性の両面からみて著しく証明力の劣るものであることは明らかである。任意代理の場合代理権限授与の証明が公正証書によつてなされているような場合は格別、本件証明書のように授権行為の存在を証明するに十分でない書面は法三五条一項五号の書面にあたらないといわざるを得ない。

三そうすると、被告が原告らの登記申請の審査に際し、登記申請書に添付されて提出された本件証明書について法三五条一項五号に定める代理権限を証する書面にあたらないと判断し、登記申請に必要なる書面の添付がないという理由で登記申請を却下したことに違法な点はなく、原告小川勝久が本件証明書以外に授権を証する書面を提出していないことは弁論の全趣旨により明らかであるから、右登記申請却下処分は適法なものと認められる。

四よつて、原告らの本訴請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条、九三条に従い主文のとおり判決する。

(志水義文 宮岡章 中川博之)

抵当権目録<省略>

代理権限授与証明書

私は、小川勝久を代理人と定め、下記の事項に関する代理権限を授与していることを証明します。

一、下記の登記を所轄登記所へ申請する一切の件

一、目的  抵当権設定

一、原因  昭和五六年九月八日金銭消費貸借同年九月一八日設定

一、債権額 金五〇〇、〇〇〇円

一、債務者  ベストプリンティング株式会社 大阪市北区西天満三丁目六番九号

一、抵当権者 西宮市甲子園一番町一番一九号小川勝久同所同番同号小川小督

茨木市中河原町一四番一三号井上勝美

同所同番同号井上知子

持分各四分の一

一、復代理人選任の件ならびに必要に応じ原本還附請求および受領の件

一、登記申請の取り下および登録免許税の現金還付または再使用証明の請求ならびに受領に関する一切の件

一、ただし、有効期間は、本日より向う三カ月間とする。

一、不動産の表示 大阪市北区西天満四丁目二九番二の土地

昭和五六年九月一八日

大阪法務局北支局出張所 御中

証明者

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