大阪地方裁判所 昭和57年(行ウ)67号 判決 1983年12月21日
大阪市城東区鴫野西五丁目一三番三〇号
原告
株式会社福永商店
右代表者代表取締役
福永東煥
右訴訟代理人弁護士
西澤豊
大阪市城東区中央二丁目一三番二三号
被告 城東税務署長
本郷純夫
右指定代理人
木澤勲
同
小幡博文
東京都千代田区霞が関三丁目一番一号 中央合同庁舎四号館
被告
国税不服審判所長 林信一
右指定代理人
笹本雄三
同
山中忠男
右被告両名指定代理人
前田順司
同
国友純司
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告城東税務署長が昭和五六年一〇月三〇日付で原告の昭和五五年六月一日から昭和五六年五月三一日までの事業年度の法人税の青色申告についてした更正を取消す。
2 被告国税不服審判所長が昭和五七年六月四日付で第1項の更正に対する原告の審査請求についてした裁決を取消す。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
二 被告ら
主文と同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1(一) 原告は、昭和四九年六月一日設立の金属廃品回収等の業務を目的とする株式会社で青色申告者であるが、昭和五五年六月一日から昭和五六年五月三一日までの事業年度(以下本件事業年度という。)の法人税の青色申告書に欠損金額を二、二〇八万五、六一四円、還付所得税額を三三万五、七五二円、欠損繰戻しによる還付請求金額を八一三万六、三四三円として記載し法定申告期限までに申告したところ、被告城東税務署長(以下被告税務署長という。)は昭和五六年一〇月三〇日付で欠損金額を三四一万二、一四四円、還付所得税額を三三万五、七五二円、欠損繰戻し還付金額を一二五万七、〇三三円とする更正(以下本件処分という。)をした。
(二) 原告は、本件処分を不服として昭和五六年一一月二八日被告国税不服審判所長(以下被告審判所長という。)に対し審査請求したところ、被告審判所長は昭和五七年六月四日付で原告の右審査請求を棄却する旨の裁決(以下本件裁決という。)をした。
2 しかしながら、本件処分及び本件裁決は以下の理由により違法である。
(一) (本件処分の違法理由)
(1) 原告は、原告会社作業場から発生する騒音等の影響を受ける付近住民からこれらに対する苦情が出たため、城東保健所から昭和五五年三月二四日付で公害防止のための施設改善の指示を受け、同年四月原告会社作業場の改善計画書を同保健所へ提出し、さらに同年一一月六日付近住民との間において「原告会社より発生する公害に関する覚書」を交換するとともに、大阪市公害防止設備資金二、五〇〇万円を借用し、これを含めた六、九一六万一、〇〇〇円の資金を投下して昭和五六年五月に騒音防止のための設備として遮音壁(以下本件遮音壁という。)を設置した。
そこで原告は,昭和五六年法律第一三号による改正前の租税特別措置法(以下措置法という。)四三条を適用して、本件遮音壁の取得価額六、九一六万一、〇〇〇円に同条一項の表の一号に定める割合一〇〇分の二七を乗じて算出した特別償却額一、八六七万三、四七〇円を本件事業年度の損金の額に算入して前記のとおり申告したところ、被告税務署長は右損金算入を否認する本件処分をした。
(2) しかし、本件遮音壁の設置は、原告会社作業場で使用している高速切断機(以下本件高速切断機という。)及びショベルローダー(以下本件ショベルローダーという。)から発生する騒音がその原因となっているところ、右各機械はいずれも騒音規制法(以下規制法という。)二条一項、規制法施行令一条に定める特定施設として、右施行令別表第一(以下特定施設別表又は本件別表という。)に掲げる施設に該当するものであり、したがって本件遮音壁は措置法四三条一項の表の一号の規定(以下本件特別償却という。)の適用を受ける減価償却資産に該当するというべきである。
すなわち、本件特別償却の適用がある遮音壁とは、特定施設別表掲記の施設から発生する騒音の防止の用に使用するものであることを要するところ、本件高速切断機及びショベルローダーは本件別表にその名称が掲記されていないが、右施設に該当するか否かは当該施設の形式的名称のみによって判断すべきではなく、騒音公害を除去するという行政目的の達成を租税負担の側面から促進するという措置法の立法趣旨に賜り、当該騒音防止用設備設置の経緯、当該施設と騒音との因果関係並びに収益に直結しない当該騒音防止用設備設置に要した資本投下費用についての本件特別償却の必要性等を考慮して、当該施設の実質的内容により判断すべきものである。そして、本件別表掲記の施設の類型的要素はいずれも騒音発生源たるものであるが、措置法立法者は本件別表掲記の施設のみに限定して本件特別償却の対象とする趣旨で立法したものとは到底考えられず、また規制法の立法当時においても本件別表掲記の個々の施設について詳細に検討が行われたわけではなく、仮に立法者が本件高速切断機及びショベルローダーから発生する騒音状況を知覚していたならば、これらを本件別表に掲記していたはずである。以上のように本件別表掲記の施設は、これに限定すべきものとして制定されたものではなく、いわゆる例示的列挙と解すべきである。
そうすると、本件高速切断機は、本件別表の一のへの「せん断機」と等しく金属を分断する作用を有し、また金属騒音を発生する金属加工機械である点においても同一であり、むしろ「せん断機」の騒音レベルは、距離一メートルの地点においては八五ないし九五ホンであり、本件高速切断機のそれは、同距離の地点において九五ないし一〇五ホンであって、本件高速切断機のほうが「せん断機」よりも高い金属騒音を発生するものであり、また本件ショベルローダーは、本件別表に掲記された施設と同等以上の公害騒音を発生するうえ、原告会社においては本件別表の三の「ふるい」と同様、金属くずのふるい分け作用を果たしている機械であるから、結局本件高速切断機及びショベルローダーは本件別表所定の施設に該当するというべきである。
また、仮に本件別表掲記の施設が限定列挙であると解しても、環境庁大気保全局編集(昭和四七年三月一五日発行)「新訂騒音規制法の解説」によれば、規制法の規制対象施設は絶えず検討を加えて改正されていくべきものであるとされており、しかも立法された時点においてその内容に不備があることは往往にしてあることであって、かかる立法の不備は適正公平を理念とする法解釈作用により補完されるべきところ、前記のとおり本件高速切断機は、「せん断機」と、本件ショベルローダーは「ふるい」と、いずれもそれぞれ同じ作用を有するとともに同等以上の金属騒音を発生するのであるから、類推ないし拡張解釈により、「せん断機」に本件高速切断機を、「ふるい」に本件ショベルローダーをそれぞれ含ましめて解釈すべきである。
さらには、原告は、前記のとおり本件遮音壁設置のため大阪市公害防止設備資金二、五〇〇万円を含め六、九一六万一、〇〇〇円を投資したことにより、原告会社の運転資金繰りが困難となり、またその借入金の金利負担により経営が圧迫されるなどの事態になっており、右投資費用についての本件特別償却の必要性は高いというべきである。
(3) したがって、以上のように本件遮音壁が、本件別表掲記の施設に該当すべきものと解される本件高速切断機及びショベルローダーから発生する騒音防止の用に使用するものとして本件特別償却の適用を認めるべきであるにもかかわらず、これを認めなかった本件処分は、措置法四三条一項の解釈適用を誤った違法があるというべきである。
(二) (本件裁決の違法事由)
原告は、本件審査請求の審理にあたって、審査請求の理由及び被告税務署長の答弁書に対する原告の反論書記載事実を立証するため、大蔵省主税局担当官等一〇名を参考人として質問することを請求したが、担当審判官はこれを採用しなかったのであり、本件裁決をするにあたって実質審理がまったくされていない。また、本件裁決書には審査請求書及び被告税務署長の答弁書に対する原告の反論書に各記載の原告の主張に対する判断が一部示されておらず、理由附記の不備がある。したがって、本件裁決は固有の瑕疵が存在し違法なものである。
3 よって、原告は本件処分及び本件裁決の各取消を求める。
二 請求原因に対する認否及び被告らの主張
1 請求原因に対する認否
(被告両名)
(一) 請求原因1の事実は認める。
(二) 同2(一)(1)のうち、原告が昭和五五年一一月六日付近住民との間において「原告会社より発生する公害に関する覚書」を交換したこと、原告が大阪市公害防止設備資金二、五〇〇万円を借用し、これを含めた六、九一六万一、〇〇〇円の資金を投下して昭和五六年五月に本件遮音壁を設置したこと、原告が本件遮音壁には本件特別償却の適用があるとしてその特別償却額一、八六七万三、四七〇円を本件事業年度の損金の額に算入して法人税に係る申告をしたところ、被告税務署長が右損金算入を否認する本件処分をしたことは認め、その余の事実は不知。同2(一)(2)及び(3)は争う。
(被告審判所長)
同2(二)は争う。
2 被告税務署長の主張
(一) 本件特別償却の適用がある減価償却資産とは、措置法四三条一項の表の一号、措置法施行令二八条一項、昭和四八年大蔵省告示六九号(昭和五五年告示三〇号による改正後)により右告示の別表一に掲げる機械その他の設備をいい、遮音壁については右別表一の1において、特定施設別表に掲げる施設から発生する騒音の防止の用に使用するものに限るとされている。そして、本件別表は、規制法二条一項の規定を受けて各種の特定施設を限定列挙している。
(二) 規制法及び措置法の立法理由ないし経過は次のとおりである。
(1) 規制法は、昭和四三年六月一〇日に制定されたものであるが、それ以前には事業場などから発生する騒音による公害については、国の行政施策の対象となることなく、地方公共団体が独自に条例を制定し、規制の措置等を講じてきた。
例えば、大阪府においては、既に昭和二五年八月二五日に大阪府事業場公害防止条例が施行され、その後四度の変遷をしているが、同条例に届出義務が課される施設としてせん断機が規定されたのは、昭和二九年四月一四日公布の大阪府事業場公害防止条例においてであり、右施設として高速切断機が規定されたのは昭和四〇年一〇月二二日に右条例が全面改正されたときであり、規制法が制定された昭和四三年六月当時には、既にせん断機及び高速切断機は大阪府事業場公害防止条例の別表第四の騒音規制対象施設として別々に特掲されていた。
(2) ところが、その後の社会情勢の変化によって、騒音問題は特定の地域の問題にとどまらず全国的な問題となり、昭和四二年八月公害対策基本法の施行を契機として統合的な公害対策がふみ出されたのに伴い、騒音規制を目的として昭和四三年六月規制法が制定され、国民の生活環境の保全を使命とする国の立場から、今まで地方公共団体において独自に規制されていた工場騒音及び建設騒音について、規制基準の決め方規制手続等の統一を図り、一元的な騒音対策を進めることになった。
(3) そして、大阪府公害防止条例で規制の対象とされていた前記各施設のうち、せん断機は本件別表に特掲され規制法による全国一元的な規制の対象となったが、高速切断機は右特定施設とされずに各地方公共団体による独自の規制措置にとどめられた。これは、規制法の制定にあたって規制対象施設の選定につき、騒音レベル、地方公共団体における規制状況や苦情、陳情数を考慮して個々の施設につき詳細に検討を行った結果、高速切断機は右条件に該当せず、条例段階での規制で足りると考えられたためであった。ちなみに、兵庫県公害防止条例では、高速切断機については届出義務は課されていない。
(4) 一方、措置法の下では、昭和四四年四月一日に本件別表掲記の施設から発生する騒音の防止の用に直接使用する所定の遮音へいが特定設備等の特別償却の対象資産として指定され、昭和五〇年四月一日に同騒音の防止の用に直接使用する所定の遮音壁が同特別償却の対象資産として指定されたが、同法四三条の特別償却の規定は、公害を除去するという行政目的の達成を租税負担の側面から促進しようとする趣旨で定められたものであり、その対象施設を客観的に明瞭でかつ全国的に画一な要件を満すものに限ることとして、租税負担の公平、適正化の原則と公害除去の要請との調和を図っている。
(三) 以上から明らかなように、本件別表掲記の施設は限定列挙されたものであり、措置法も公害防止用設備の特別償却の適用にあたって、騒音発生施設として本件別表掲記の施設に限定して租税負担の軽減措置を認めたものということができる。また租税法規における非課税要件規定は、例外規定としての地位にあり、その解釈にあたっては狭義性、厳格性が要請されることからしても、措置法四三条の特別償却の規定における租税負担軽減の要件をみだりに類推ないし拡張解釈して適用範囲を広げることは許されない。
(四) 原告が騒音発生施設とする本件高速切断機は、一種の研削を行いつつ切断加工を行う砥石車であって、金属工作機械の範ちゅうに属するのに対し、本件別表掲記の「せん断機」は連結された二つの刃物の交差運動によって板材や棒材をせん断する機械であって、塑性加工機械の範ちゅうに属し、両者は工作機械という意味において共通する点はあっても、構造上も目的も異なる全く異質のものであり、このことは前記大阪府公害防止条例が届出施設として高速切断機を別に記載していることからも明らかである。また、本件ショベルローダーは、自走式作業用機械(積込機)であって、本件別表掲記の「ふるい」に当たらないことはいうまでもない。
(五) したがって、本件高速切断機及びショベルローダーはいずれも本件別表掲記の施設に該当するものとはいえず、結局本件遮音壁は本件特別償却の適用を受けないものであるから、本件遮音壁に本件特別償却の適用を認めなかった本件処分は適法である。
3 被告審判所長の主張
(一) 参考人に対する調査について
審査請求の審理にあたっては、担当審判官は審理を行うため必要があるときは審査請求人の申立てにより又は職権で関係人その他の参考人に質問することができる(国税通則法九七条一項一号)が、本件審査請求の審理においては、原告から申請のあった参考人に質問する必要を認めなかったため、質問調査を行わなかったのにすぎず、これによって裁決が違法なものになるわけではない。
(二) 理由附記の不備について
国税通則法一〇一条一項、八四条四項は裁決書に理由を附記すべきものとしているが、本件裁決書には審査請求人たる原告の不服申立ての事由に対応してその結論に到達した過程が明らかになる理由が記載されており、原告主張の理由附記不備の違法はない。
(三) したがって、本件裁決には何ら違法性がない。
三 被告らの主張に対する認否及び原告の反論
1 被告らの主張に対する認否
被告らの各主張はいずれも争う。
2 被告税務署長の主張に対する原告の反論
被告税務署長は、高速切断機が兵庫県公害防止条例に規定されていないことをもって全国的に普及している施設とはいえない例証としているが、全国的にも世界経済的にも著名な産業都市を内包する大阪・神奈川・茨城・東京等の都道府県条例に高速切断機が規定されていることは、とりもなおさず全国的に普及している施設というべきものである。
また、「せん断機」というも、高速切断機というも、それぞれ多くの種類のものがあり、一義的にその定義を確定しうるものではないから、当該機械が「せん断機」に含まれるか否かは、これと同一の作用を営んでいるか否かの措置法の立法趣旨に立脚した規範的判断によって決すべきである。
第三 証拠
本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 請求原因1の事実、原告が昭和五五年一一月六日付近住民との間において「原告会社より発生する公害に関する覚書」を交換したこと、原告が大阪市公害防止設備資金二、五〇〇万円を借用し、これを含めた六、九一六万一、〇〇〇円の資金を投下して昭和五六年五月に本件遮音壁を設置したこと、原告が本件遮音壁には本件特別償却の適用があるとしてその特別償却額一、八六七万三、四七〇円を本件事業年度の損金の額に算入して法人税に係る申告をしたところ、被告税務署長が右損金算入を否認する本件処分をしたことは当事者間に争いがない。
二、本件処分について
1 本件処分に関する争点は、本件高速切断機及びショベルローダーが特定施設別表掲記の施設に該当し、本件遮音壁が本件特別償却の適用を受ける騒音防止用設備といえるか否かにあるので、以下これについて検討する。
(一) 本件特別償却の適用がある減価償却資産につき、措置法四三条一項の表の一号は「公害その他これに準ずる公共の災害の防止に資する機械その他の減価償却資産のうちその設置をすることが緊急に必要なものとして政令で定めるもの」と規定し、これを受けて措置法施行令二八条一項は、「大気の汚染、水質の汚濁、騒音、振動その他の公共の災害の防止のため、その災害の基因となる有害物の除去又はその災害による被害の減少に著しい効果がある機械その他の減価償却資産で大蔵大臣が指定するもの」と規定している。そして、昭和四八年大蔵省告示六九号(昭和五五年告示三〇号による改正後)別表一において本件特別償却の適用のある建物につき、騒音防止用設備としての所定の遮音壁を指定し、右にいう騒音防止用設備とは、規制法施行令別表第一に掲げる施設から発生する騒音の防止の用に使用するものに限ると定めている。また、規制法二条一項は工場又は事業場に設置される施設のうち著しい騒音を発生する施設であって政令で定めるものを「特別施設」とし、規制法施行令別表第一(特定施設別表)において各種の特定施設を具体的に列挙して規定している。
(二) ところで、成立に争いのない甲第一三号証及び乙第五ないし第九号証に弁論の全趣旨を総合すると、規制法及び措置法の立法理由ないし経過について次の事実が認められる。
(1) 規制法は、昭和四三年六月一〇日制定されたが、右制定以前においては、事業場などから発生する騒音による公害は、国の行政施策の対象となっておらず、地方公共団体が独自に条例を制定し、規制の措置を講じてきた。例えば、公害防止に係る大阪府の条例規制は、昭和二五年八月二五日大阪府事業場公害防止条例が施行され、その後四度の変遷をしているのであるが、本件において問題となっている施設として、せん断機につき届出義務が課されることになったのは、昭和二九年四月一四日公布の大阪府事業場公害防止条例においてであり、高速切断機が同様に規定されたのは、昭和四〇年一〇月二二日右条例が全面的改正されたときであり、規制法制定当時には、せん断機及び高速切断機は右条例の別表第四の騒音規制対象施設として別々に掲記されていた。
(2) ところが、近年における都市の驚異的な発展、工業地帯の急激な膨張、都市交通機関の高速化及び走行自動車台数の増加等により、騒音問題は特定の地域の問題にとどまらず全国的な問題となり、昭和四二年八月公布施行された公害対策基本法において、国がとるべき施策の対象としての公害のなかに大気汚染、水質汚濁と並んで騒音も取上げられ、国が騒音に係る環境基準を設定し、発生に関する規制の措置を講ずるように努めるべきことが規定されたことに伴い、前記のとおり規制法が制定され、国民の生活環境の保全を使命とする国の立場から、右のようにそれまで地方公共団体において独自に規制されていた工場騒音及び建設騒音について、規制基準の決め方規制手続等の統一を図り、一元的な騒音対策を進めることになった。
そして、規制法による騒音規制対象施設たる特定施設の選定にあたっては、騒音レベルを基本選定条件として、これに地方公共団体における規制状況や苦情、陳情数の二条件を考慮して個々の施設について詳細に検討を行い、本件別表掲記の施設が選定されるに至ったが、その結果せん断機は本件別表に掲記され、全国一元的な規制の対象となったのに対し、高速切断機はそれに掲記されず、各地方公共団体の条例にもとづく規制措置にとどめられた。
なお、本件別表は昭和四三年に制定されて以来、特定施設の追加等の改正措置はとられていない。
(3) 一方、公害防止用設備についての特別償却の規定は、公害防止という行政目的の達成を右設備にする租税を軽減することによって側面から促進しようとする趣旨から設けられたものであるが、租税負担の公平、適正の原則の要請上、特別償却の対象とする設備は客観的に明瞭でかつ全国的に画一な要件を満たすものに限ることとしている。そして、騒音防止に関するものとしては、右の規制法及び本件別表三の制定を受けて、昭和四四年四月一日本件別表に掲げる施設から発生する騒音の防止の用に直接使用するものに限るとして所定の遮音へいが本件特別償却の対象資産として指定され、昭和五〇年四月一日同騒音の防止の用に直接使用するものに限るとして所定の遮音壁が同じく指定されるに至った。
以上の事実が認められ、他にこれを左右するに足りる証拠はない。
(三) 以上(一)及び(二)の本件特別償却に関する関係法規の規定内容及びその立法理由ないし経過を総合すると、次のことがいえる。
すなわち、特定施設別表が昭和四三年に制定されて以後、一〇年以上も経てもなおその特定施設の追加等の改正措置が何らとられておらず、措置法もまたそのまま本件別表の規定を前提に本件特別償却の規定を設けているところ、右制定時以後のめまぐるしい産業社会の発展等に伴って発生する騒音公害の増大化、複雑化という事情を考慮すると、右各規定がこれに十分対応しているといえるかについては、いささか疑念の余地がないではない。
しかしながら、本件別表は規制法が工場又は事業場の騒音を発生する施設のすべてを対象として規制するものではなく、著しい騒音を発生する施設を規制の対象とするものである旨の規定(同法二条一項)を受けて制定されたものであり、しかもその選定にあたっては、前認定のとおり高速切断機をも含めた個々の施設について詳細に検討したうえでなされていることや、特定施設の設置の届出義務違反等に刑罰をもって臨んでいること(規制法二九条以下)に徴すれば、本件別表掲記の施設はこれに限定して列挙されたものと解されるし、本件特別償却の規定もその立法趣旨に照らし規制措置を前提として、これに必要な限度で租税負担の軽減を図ろうとし、遮音壁については特定施設から発生する騒音の防止の用に使用するものに限るとしていえるのであって、騒音発生施設を本件別表掲記の施設に限定して租税負担の軽減措置を認めたものと解される。このことは、本件特別償却の規定が課税要件規定とは異なる政策的配慮に基づく非課税要件規定であり、かかる例外規定の解釈にあたっては、狭義性、厳格性が要請される(最高裁三小昭和五三年七月一八日判決、訟務月報二四巻一二号二六九七ページ参照)ことからいっても十分裏付けられるのであり、本件特別償却の規定の解釈に当り、当該施設が本件別表掲記の施設に該当するか否かについて前記措置法上の解釈と異なる拡張解釈をなすべき合理性はない。
(四) そこで本件高速切断機及びショベルローダーが本件別表掲記の施設に該当するか否かについて検討する。
(1) 成立に争いのない乙第一一号証、同第一三号証、本件高速切断機の写真であることについて当事者間に争いのない検甲第一号証の一及び証人福永宗泰の証言に弁論の全趣旨を総合すれば、本件高速切断機は、原告会社作業場にスクラップとして入ってきたものを改良したものであって、市販の高速切断機の機種に直ちに符合するとはいえないが、薄い円板状の切断砥石の高速回転により研削を行いつつ金属類を切断する研削盤方式の出力五・五キロワットの高速切断機であり、金属工作機械の範ちゅうに属すること、これに対し、せん断機は、連結された二つの刃物の交差運動によって板状や棒状の金属材料をせん断する機械であり、塑性加工機械の範ちゅうに属することが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
右事実によれば、本件高速切断機とせん断機とはいずれも工作機械である点においては共通するが、その構造、性能及び用途についてはいずれも異なるまったく異質の機械であるということができ,したがって本件高速切断機はその騒音の程度いかんに拘らず、本件別表の一のへの「せん断機」の範ちゅうに属するものとはいえない。
原告は、高速切断機及びせん断機のいずれもその定義を一義的に確定できないのであるから、高速切断機が右「せん断機」に含まれるか否かは、両者が同一の作用を営んでいるかの規範的判断によって決すべき旨主張するが、右認定のとおり両者の構造、性能においてその区別が可能であるし、単に同一の作用を営むという観点からこれを拡張して解するときは、特定施設選出の経過に違うのみならず、規制法の罰則の対象範囲をあいまいにする結果となるところ、これを犠牲にしてまで原告主張のような拡張解釈をすべき法的要請は本件において見い出しがたく、また前記(二)(2)で認定のとおり高速切断機が本件別表掲記の施設から除外された経過からすれば、本件高速切断機を右「せん断機」に類推ないし拡張解釈により含ましめることはできず、他の本件別表掲記の施設にも該当しない。
したがって、本件別表掲記の施設に該当しないものというべきである。
(2) 次に、成立に争いのない乙第四号証、第一二号証、第一四号証、本件ショベルローダーの写真であることについて当事者間に争いのない検甲第一号証の二及び証人福永宗泰の証言によれば、本件ショベルローダーは東洋運搬機株式会社製造の車両二台であり、原告会社においてはそのバケット部分を利用して金属くずでダライ粉と呼ばれるものの大小をふるい分けるためにも、本件ショベルローダーを使用していること、しかし、ショベルローダーは自走式作業用機械であって、一般に積込機として使用されていること、さらに、昭和四四年一月三〇日付「騒音規制法の施行について」通達の第二の1特定施設の(3)によれば、本件別表に掲げる特定施設については本件ショベルローダーのような台座の固定していないものなどはその対象としておらず、また車両に設置する施設は特定施設に該当しない旨定めていること、これに対し、ふるい機は選鉱機械であることが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
右事実によれば、本件ショベルローダーが本件別表の三の「土石用または鉱物用のふるい」に含まれないことは明らかであり、他の本件別表掲記の施設にも該当しない。
(3) 以上、本件高速切断機及びショベルローダーはいずれも本件別表掲記の施設に該当するものとはいえない。
(五) 原告は、本件特別償却の規定の立法趣旨をあげ、本件遮音壁設置の経緯及び原告会社における本件特別償却の必要性を述べて本件遮音壁に本件特別償却の適用が認められるべき旨主張するが、前記のとおり本件特別償却の規定は、騒音発生施設として本件別表掲記の施設に限定して租税負担の軽減措置を認めたものであり、しかも本件高速切断機及びショベルローダーがいずれも本件別表掲記の施設に該当するものではない以上、右主張は採用できない。
2 以上のとおりであるから、原告の本件処分に関する違法事由の主張は理由がなく、本件遮音壁について本件特別償却の適用を認めず、原告が本件遮音壁の特別償却額として一、八六七万三、四七〇円を本件事業年度の損金の額に算入したことを否認した本件処分は適法である。
三 本件裁決について
1 原告は、本件裁決の違法事由として、第一に本件審査請求の審理において、原告の申請した参考人を担当審判官が採用しなかったことをあげて、審査請求の実質審理がまったくされなかったことを主張するので検討するに、国税通則法九七条一項一号にすれば、担当審判官は、審査請求の審理において、審理を行うため必要があるときは審査請求人の申立てにより又は職権で関係人その他の参考人に質問することができる旨定められており、この趣旨は、審理を行うために必要があるときは担当審判官が調査権を行使できるというものであって、審査請求人から申立てがあった場合には、必ず調査行為をしなければならないということを定めたものではない。
したがって、本件審査請求の審理において、担当審判官が右参考人に対する質問の必要を認めず、その質問調査をしなかったとしても、そのことにより本件裁決が直ちに違法となるものではないから、右原告の主張は採用できない。
2 次に、原告は、本件裁決の違法事由として、第二に本件裁決の理由附記の不備を主張するので検討するに、国税通則法一〇一条一項、八四条四項によれば、裁決書には、裁決の理由を附記すべき旨定められているが、右理由記載の程度は、審査請求人の不服の事由に対応してその結論に到達した過程を明らかにしなければならない(最高裁二小昭和三七年一二月二六日判決、民集一六巻一二号二五五七頁)と解されるところ、成立に争いのない乙第一号証によれば、本件審査請求における原告の本件処分に対する不服の事由は、要するに本件高速切断機及びショベルローダーが本件別表掲記の施設に該当し、本件遮音壁が本件特別償却の適用を認められるべきであるにもかかわらず、これを認めなかった本件処分は違法であるとするものであること、本件裁決書(乙第一号証)には、「主文」として本件審査請求を棄却する旨の結論が示され、さらに「理由」として審査請求人たる原告の右不服の事由に関する主張及び原処分庁たる被告税務署長の主張が併記されたうえ、これに対する判断が具体的に論理的かつ詳細に示されて主文が導かれていることが認められ、したがって、以上の事実によれば、本件裁決書には、審査請求人たる原告の右不服の事由に対応して本件審査請求を棄却した過程が明らかにされているといえるから、本件裁決に理由附記の不備の違法があるとはいえず、右原告の主張は採用できない。
3 以上のとおりであるから、原告の本件裁決に関する違法事由の主張は理由がなく、本件裁決は適法である。
四 よって、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 青木敏行 裁判官 宮岡章 裁判官 梅山光法)