大阪地方裁判所 昭和58年(ヨ)1652号 1983年7月22日
申請人
谷健一
申請人
坂口由雄
右申請人両名代理人弁護士
西元信夫
被申請人
イサヲ製作所こと加藤勲
右被申請人代理人弁護士
林義夫
右当事者間の地位保全、金員支払仮処分申請事件について、当裁判所は次のとおり決定する。
主文
申請人らが被申請人に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。
被申請人は、昭和五八年五月以降第一審本案判決言渡に至るまで毎月二五日限り、申請人谷健一に対し金二一万五〇〇円、同坂口由雄に対し金二〇万三五〇〇円をそれぞれ仮に支払え。
申請人らのその余の仮処分申請をいずれも却下する。
申請費用は被申請人の負担とする。
理由
(当事者双方の申立)
申請人らは「申請人らが被申請人に対し雇用契約上の権利を有する地位を仮に定める。被申請人は、昭和五八年五月以降本案判決確定に至るまで毎月二五日限り、申請人谷健一(以下「申請人谷」という)に対し金二四万一五〇〇円、同坂口由雄(以下「申請人坂口」という)に対し金二二万九五〇〇円を各支払え。申請費用は被申請人の負担とする。」との決定を求め、被申請人は「本件仮処分申請は却下する。」との決定を求めた。
(当事者間に争いのない事実)
一 被申請人は、大阪市平野区平野北二丁目二番四〇号において「イサヲ製作所」の名称で従業員二三名の溶接機用コイルの組立て工場を経営するものであり、申請人らは、被申請人に雇用され、申請人谷は右工場の製造課長、同坂口は第二製造係長として勤務する労働者であり、いずれも総評全国一般大阪地連イサヲ労働組合(以下単に「組合」という)の組合員である。
二 被申請人は、昭和五八年四月二五日申請人両名を同日限りで解雇する旨の意思表示(以下「本件解雇」という)をしたが、その理由とするところは要するに、被申請人は不況のため存立の危機にあり、希望退職を募ってでも企業を存続させたい考えであるのに、管理職である申請人らは企業倒産まで行きつけとの意見で他の管理職と意見が合わないのみか他の従業員に自分の意見を押しつけ企業の管理を不可能にするふるまい等は目に余るものがある、というにある。
三 ところで、組合は昭和五一年九月一七日被申請人との間で「解雇並びに労働条件を改編するときは、組合と事前に協議して双方が合意の上行なう。」旨の労働協約(以下単に「本件協議約款」という)を期間の定めなく締結した。その後被申請人は、同五六年六月一八日組合に対し右約款を解約する旨の予告をしたが、同年一二月二六日大阪府地方労働委員会において審査委員及び参与委員立会のもとに和解協定(以下「本件和解協定」という)が成立し、協定書を作成し、その第一項で被申請人は、組合結成時において組合と締結した前記約款について昭和五六年六月一八日付で行なった解約予告を撤回する旨の、同第三項で組合は、被申請人からの諸労働条件についての新たな協定の締結に関し協議に応じ、被申請人は、協定案の提示に当っては従来の労使慣行を尊重する旨の各合意をした。しかるに、被申請人は、組合が右協定書三項に違反して新たな協約の締結に関する被申請人の協議の申入れに応じようとしない、との理由で同五八年三月二八日組合に対し太件和解協定を破棄する旨の通告をなした。
四 申請人谷は一か月金二四万一五〇〇円(内訳、基本給一九万七五〇〇円、役付手当三万円、被服手当一〇〇〇円)の、同坂口は一か月金二二万九五〇〇円(内訳、基本給一九万五〇〇円、家族手当一万三〇〇〇円、役付手当二万五〇〇〇円、被服手当一〇〇〇円)の各賃金を得ており、右賃金は毎月二〇日締切の二五日支払である。
(申請人らの主張)
一 本件解雇は以下の理由で無効である。即ち
(一) 本件協議約款違反
被申請人は、前記のとおり本件和解協定を破棄する旨の通告をしたが、被申請人が組合に対し労使慣行を尊重した新たな協定の締結について提案してきたことも協議に応じなかったこともないのであるから、右破棄通告は無効である。そうだとすると本件解雇当時、本件協議約款は有効に存続するところ、被申請人と組合が本件解雇に関し協議したことも合意したこともない。
ところで、右約款は組合と被申請人間の債権債務関係を律するだけでなく、協約当事者である組合と使用者たる被申請人との間の労働契約を規律する効力(規範的効力)が認められるのであるから、右約款に違反する本件解雇は無効である。
(二) 解雇権の濫用
申請人らは、被申請人に対し組合員に退職勧告をすれば労働争議に発展するおそれがある旨述べたことはあるが、前記の解雇理由にいう企業の管理を不可能にしたことはないから、本件解雇は解雇理由がなく解雇権の濫用である。
(三) 不当労働行為
被申請人はかねてより組合に対し嫌悪の情を抱いており、本件解雇は組合員であり、かつ組合の役職上重要な地位にある申請人ら(申請人谷は書記長、同坂口は副委員長である)を排除するためになされたものである。
二 申請人らはいずれも被申請人から得る賃金のみで妻と二人の学令児童の生活を維持している労働者であり、右賃金を絶たれたときは家族の生計が成りたたず、回復できない損害を蒙る虞れがあるので、本件仮処分申請に及んだ。
(被申請人の主張)
一 申請人らの主張はすべて争う。
二 被申請人の事業は昭和五七年九月頃から受注が減少し、毎月経常損失を出していたところ、同年一二月の決算期では経常損失の合計が二五七万となり、同五八年一月から四月までの経常損失の合計が一五四万円となった。被申請人は、このような経営状態の悪化による事業の危機を打開するには、合理化による一般経費の節減に加えて人員整理をする以外にないと考え、その方法等につき申請人らも参加する管理職会議で慎重に審議した結果申請人らも人員整理に同意した。そこで被申請人は同五八年三月一四日から同年四月二三日まで一一回組合と団体交渉を持ち、その席上経営危機を脱出して健全経営に移行するためには七名の指名解雇はやむをえない旨説明し、組合の了解を得べく努力してきたが、申請人らは前記管理職会議での態度とは裏腹に会社を潰してもかまわない等と言って終始人員整理に反対したため、本件解雇に及んだ。
三 被申請人は、昭和五六年六月一八日、九〇日の予告期間をおいて本件協議約款を解約したから、右九〇日が経過した同年九月一七日右約款は失効した。従って右約款の失効後の本件和解協定で右解約の意思表示を撤回することは無意味であり、右約款は依然失効したままである。
四 仮に右約款が有効であるとしても、右約款は労働協約の債務的部分に属する条項であるから、右約款に違反した解雇も有効であり、ただ組合に対し債務不履行の責任を負うにとどまる。
五 前記二記載のとおり被申請人に人員整理の緊急の必要があるに拘らず、組合は人員整理の基本線にあくまで反対しており、本件解雇につき組合と協議しその同意を得ることも望めない状況にあったのであるから、本件協議約款に定められた手続を履践しなかったとしても本件解雇が無効となるものではない。
(当裁判所の判断)
一 被申請人は、本件協議約款が解約の意思表示により失効した後に右意思表示を撤回することは無意味であると主張するが、本件和解協定書一項の合意は、被申請人の右約款を解約する意思表示をなかったものとし、解約の効果も終局的に発生しなかったものとする合意と解されるから、被申請人の主張は理由がない。
次に、組合は本件和解協定書三項に違反して新たな協約の締結に関する被申請人の協議の申入れに応じようとしない、との理由で被申請人が本件和解協定を破棄する旨の通告をしたことは当事者間に争いがない。右破棄通告は、和解協定書三項の義務違反を理由とする本件和解協定(和解契約)の解除の意思表示と解される。ところで、前記争いのない右和解協定書三項の趣旨に照らせば、被申請人において従来の労使慣行を尊重した協約案を提示して協議を申入れたのに組合がこれに応じないときには右協定書三項の協議義務に違反するものといえるが、提示された協約案が従来の労使慣行を尊重しないものである場合には組合が右協約案の協議に応じなくても協議義務に違反したということはできないと解される。疎明資料によれば、被申請人は昭和五七年二月と三月の二回新たな労働協約案を提示して協議を申入れたが、組合はこれに応じなかったことが一応認められるけれども、本件においては右協約案の内容が従来の労使慣行を尊重したものか否かについて主張も疎明もない。そうすると右認定の組合の右協約案に対する態度をもって本件和解協定書三項の義務に違反したものとただちに認めることはできないから、被申請人のなした本件和解協定の破棄通告はその理由がなく右協定書一項の合意の効力になんらの消長を及ぼさない。従って本件協議約款は本件解雇時においても被申請人と組合間に有効に存続していたものと言わざるをえない。
二 本件協議約款の趣旨は組合員に重大な利害関係が認められる事項について、これに労働者側を関与させることにより、使用者が経営権に基づき専権的に行なう解雇等の措置を手続的にも実質的にも制約し、もってそれらの措置が適正になされることを確保せんとすることにあると解されるから、右約款に違反する解雇の意思表示は無効であると言わなければならない。
疎明資料によれば、被申請人は経営状態の悪化に伴い人員整理をすることとし、申請人らも参加する管理職会議で審議のうえ、七名の希望退職者募集につき組合に協力を求めて昭和五八年三月一四日から本件解雇に至るまで一一回の団体交渉を持ち、人員整理の必要性につき組合に説明してきたが組合は終始これに反対したこと、そこで被申請人は、申請人らの人員整理に対する非協力的態度を理由に突然本件解雇をなしたこと、右解雇をなすにつき組合と何らの協議もしなかったことが一応認められる。
ところで、被申請人は、協議をしなかった理由として人員整理の必要性については一一回も団体交渉を重ね組合と十分協議してきたのであるから、本件解雇については協議は不要である旨、本件解雇が整理解雇であるかのような主張をする(主張自体必らずしも明確ではない)が、仮に、本件解雇が整理解雇であるとしても整理解雇の基準、被解雇者の特定について何らの協議がなされた形跡がないのであるから、本件解雇は本件協議約款に基づく協議義務を尽したものとはいえない。
また、被申請人は、そもそも本件解雇につき組合と協議しその同意を得ること自体期待できない状況にあったと主張するようであるが、前認定のとおり、被申請人と組合間はかなり相互不信にあり、しかも被解雇者たる申請人谷は、組合の書記長、同坂口は、組合の副委員長でいずれも組合の幹部であることが認められるが、本件全資料によってもいまだ本件解雇につき協議が不可能もしくは著るしく困難な状態になったものとは考えられない。
そうすると、その余の点を判断するまでもなく、申請人らに対する本件解雇は、解雇につき組合と協議をせず(従って当然同意も得ず)、かつ協議をしないことにつき特別の事情もなかったのであるから、この点において本件協議約款違反として無効というべきである。
三 右に述べたように申請人らは、依然被申請人との間に雇用契約上の地位を有するものというべきところ、申請人らが被申請人から支給される賃金のみによって妻と子二人の扶養家族の生計を維持しており、被申請人がこれを支給しないことによって回復することのできない損害を蒙るであろうことは本件における主張と疎明の全趣旨に照らし明らかである。
そこで仮払いの必要のある賃金額について検討するに、本件解雇当時申請人谷が被申請人から毎月支給されていた賃金は、基本給一九万七五〇〇円、家族手当一万三〇〇〇円、役付手当三万円、被服手当一〇〇〇円であり、同じく申請人坂口の賃金は、基本給一九万五〇〇円、家族手当一万三〇〇〇円、役付手当二万五〇〇〇円、被服手当一〇〇〇円であることは当事者間に争いがないが、役付手当は現に担当する管理職務に付随して支給され、被服手当は現実の勤務に伴う費用を弁償するために支給されるものと解されるから、右毎月の賃金のうち生活保障給として仮払いの必要性が認められるのは、申請人谷においては右各手当を除く二一万五〇〇円、同坂口においては右各手当を除く二〇万三五〇〇円であり、その余は保全の必要性を欠くものというべきである。
また、申請人らは本案判決確定に至るまで前記賃金全額の仮払いを求めるが、第一審の本案判決の言渡以降その確定に至るまでの賃金の仮払いを求める部分は、申請人らが第一審において勝訴すれば仮執行の宣言を得ることによってその目的を達することができるわけであるから、右申請部分については仮処分の必要性を欠くものというべきである。
四 してみれば、申請人らの本件仮処分は、いずれも主文一項及び二項掲記の限度で理由があることとなるから、保証を立てさせないでこれを認容し、その余の申請は理由がなく、かつ保証をもって疎明に代えさせることも相当でないからこれを却下し、申請費用の負担につき民事訴訟法九二条但書を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 松本史郎)