大阪地方裁判所 昭和58年(ヨ)2764号
申請人
田中信子
右訴訟代理人弁護士
渡辺和恵
同
松尾直嗣
同
大櫛和雄
被申請人
住友生命保険相互会社
右代表者代表取締役
千代賢治
右訴訟代理人弁護士
川木一正
同
松村和宜
主文
本件申請をいずれも却下する。
申請費用は申請人の負担とする。
理由
一 当事者の求めた裁判
1 申請の趣旨
(一) 被申請人は申請人の就労を勤務として取り扱え。
(二) 被申請人は申請人に対し昭和五八年三月二〇日限り金一六万四〇八〇円、同年四月二〇日限り金一八万六五〇〇円、同年五月二〇日以降毎月二〇日限り金一九万一五〇〇円及び昭和五八年以降毎年二月と八月の各二二日限り金三万四五六〇円を仮に支払え。
(三) 申請費用は被申請人の負担とする。
2 申請の趣旨に対する答弁
主文一、二項と同旨
二 当裁判所の判断
1 申請人主張の被保全権利
申請人は昭和四五年七月被申請人に入社し、以後庶務課員等事務職として勤務し、昭和五三年八月兵庫月掛支社に配属された。申請人は昭和四七年一〇月被申請人の業務に起因して頸肩腕障害に罹病し、昭和四八年一一月天満労働基準監督署にて業務上疾病の認定を受け、現在も治療を継続中である。
申請人は昭和四七年一〇月頸肩腕障害に罹病して以後休業扱いとなり、昭和五〇年一月まで自宅療養を余儀なくされた。同年二月被申請人内に療養出社制度が導入され、同時に申請人はその適用を受けて毎日二時間の職場復帰訓練を開始し、昭和五二年一〇月に復職した。
ところが、被申請人は昭和五八年二月二三日申請人に対し「貴殿療養出社取扱いの件」と題する同月二二日付書面を交付し、同月二二日をもって休業扱いとする旨の意思表示をした。
しかし、被申請人のなした前記療養出社取扱いは無効である。
2 申請人は右主張に基づいて本案訴訟を提起する予定のようであるが、具体的にどのような訴訟を提起するのか明確な主張はない。申請人は本案判決の結果をまてないとして申請の趣旨とおりの仮処分決定を求めて本件仮処分を申請した。
しかし、本件仮処分申請についてはいずれもその必要性が存しないものと考える。その理由は次のとおりである。
(一) 申請の趣旨(二)の金員仮払い請求について
申請人は昭和五八年二月二二日以降の賃金、食事手当、通勤手当が支給されていないとして右仮払いの請求をしている。
右主張に対して、被申請人は、療養出社取扱いの場合には、申請人主張の賃金と同額の基準賃金相当額立替金及び交通費実費が申請人に支給されることとなっており、被申請人は右金員を申請人に提供していること、さらに、被申請人は申請人が右金員を基準賃金相当額立替金として認め、その支給手続に則らなければ、支払わないということは述べておらず、金員の性質について異議をとどめて受領してもよい旨表明していることが本件記録上明らかである。なお、右金員の提供が撤回されたことの疎明はない。申請人は自己の勤務が通常の勤務であると主張し、右金員が賃金ではないという理由でその受領を拒否しているようである。しかし、申請人が右金員を受領したからといって直ちに療養出社取扱いの有効性を承認したものとは評価できないものであり、さらに確実を期するならば右金員の性質に異議を述べれば足りるのである。申請人が右のように金員の受領を執ように拒む目的は被申請人のなした療養出社取扱いの効力の有無を争点とする本案判決の結果をまたずに、被申請人に対し療養出社取扱いが無効であることを認めさせることにあると推認せざるを得ず、右事情の場合には、そもそも仮払いを求める利益はないものといわなければならない。
なお、療養出社取扱いになった場合には月額一〇〇〇円の食事手当が申請人に支給されないことは被申請人も認めるところであるけれども、右金額を考慮するとその金員の仮払いの必要性はないものというべきである。
(二) 申請の趣旨(一)について
申請人は右申請の具体的利益として次のとおり主張する。
(1) 一年半経過すれば、症状回復に逆行する自宅療養を命じられる虞れがある。
(2) 休業を五年続けるとボーナスが支給されなくなる。
(3) 昇給昇格の保証がない。
(4) 月額一〇〇〇円の食事代が支給されない。
(5) 完治に向っての症状の回復に必要な量の仕事まで取り上げられる虞れがある。
(6) 職場八分の状況に置かれる危険が多分にある。
(7) 有給休暇及び土曜指定休日の取上げ。
(8) 療養期間満了退職にされる危険性がある。
(9) 申請人の精神面における不安全が取り除かれる。さらに日々被申請人の申請人への対応の悪さからもたらされる精神面での不安定、人格に対する侵害が除かれる。
申請人の求める右仮処分申請は被申請人の任意の履行を期待する仮の地位を定める仮処分申請と解せられる。申請人と被申請人とは前記療養出社取扱いの有効性について激しく争っていることは本件記録上明らかであり、したがって、被申請人に任意の履行が期待することが困難というべく、このような場合に右仮処分申請の必要性を肯定することは大いに疑問の存するところである。さらに、申請人が主張する具体的利益についても次のとおり認められない。即ち、
右主張のうち、(4)については既に判断したところであり、(1)、(2)、(3)及び(8)については将来に関する事柄であり、申請人の症状がどのような経過をたどるか、現段階において予測することは不可能といわざるを得ず、したがって、現時点において右の救済を求める必要性はないものといわなければならない。さらに、(5)、(6)については右仮処分申請とは直接関連性はないものである。なんとなれば、申請人の就労が正常の勤務として取り扱われたとしても、申請人にどのような仕事を与えるか、社内でどのように取り扱うかは、被申請人の業務上の必要その他別の要請(その当否はともかくとして)からなされるものであるからである。(7)が右仮処分申請の利益となる理由は理解しにくいところであるが、被申請人の主張によれば、療養出社制度の趣旨が被申請人の労務管理から従業員を解放することにあり、正常の勤務に比して就労から解放する機会が多くなるものであるから、(7)の事由が右仮処分申請の利益とは結びつかないというべきである。(9)について申請人の精神面における不安定が取り除かれると主張する具体的利益は前記(1)ないし(8)の事由であり、それが理由のないことは前記のとおりであるから、申請人の精神面の不安定は自己の思い込みに過ぎないものであり、その他被申請人の申請人に対する対応の悪さ、人格権の侵害は、右仮処分申請が認められたものとしてかならずしも右侵害等が停止されるとはいえず、関連性がないものというべきである。
以上のとおり、申請の趣旨(一)についても仮処分の必要性は認められないというべきである。
3 それゆえ、本件仮処分申請は、申請人の被保全権利の主張について判断するまでもなく、失当として却下することとし、申請費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 安齋隆)