大阪地方裁判所 昭和58年(ワ)4635号 1986年1月29日
原告
相沢敏
原告
鍋島正二
右二名訴訟代理人弁護士
坂田宗彦
同
伊賀興一
同
海川道郎
同
斉藤真行
同
河村武信
右訴訟復代理人弁護士
正木みどり
被告
関西汽船株式会社
右代表者代表取締役
石水次郎
右訴訟代理人弁護士
門間進
同
角源三
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告ら
1 被告は、原告相沢に対し、金一〇万九、七四〇円及びこれに対する昭和五八年七月一六日から完済に至るまで年五分の割合による金員並びに同年七月以降毎月一五日限り金七万〇、八〇〇円を各支払え。
2 被告は、原告鍋島に対し、金九万四、五三〇円及びこれに対する同年七月一六日から完済に至るまで年五分の割合による金員並びに同年七月以降毎月一五日限り金六万〇、九九〇円を各支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決並びに仮執行の宣言。
二 被告
主文同旨の判決
第二当事者の主張
一 原告らの請求原因
1(一) 原告相沢は、昭和三六年四月被告会社に臨時雇のボイラー技師兼雑役係として雇用され、被告会社の夕凪寮に勤務していたところ、昭和三八年四月被告会社の労務社員(ボイラー技師)として本採用になり、引続き右夕凪寮において勤務していたが、その後昭和五一年一一月一日右夕凪寮廃止に伴い、被告会社の本社総務部に配置転換され、爾来、小使職の労務社員として勤務しているものである。
(二) 原告鍋島は、昭和四一年一〇月二〇日被告会社に小使職の労務社員として雇用され、船客部、特別販売チーム等で勤務していたが、昭和五一年一一月一日被告会社の本社経理部に配置転換され、引続き小使職の労務社員として勤務しているものである。
2 原告らと被告会社との間における昭和五一年一一月一日以降の雇用契約の内容は、次のとおりである。
(一) 勤務時間
午前七時三〇分より午後五時まで。但し、午後〇時から午後一時までは休憩時間。
(二) 業務内容
(1) 午前七時三〇分から午前九時までの間
原告両名とも、被告会社の本社内の一定の場所(予め各原告ごとに被告会社がその場所を指定する)の清掃業務(以下右清掃業務を早朝勤務ということがある。)
(2) 午前九時から午後五時までの間
イ 原告相沢
印刷、事務用品管理、郵便物、配送物の整理等の業務その他の雑務
ロ 原告鍋島
銀行、郵便局での振込業務その他の雑務
(三) 賃金
(1) 基本給、特殊労務手当、勤務手当、昼食補助金として一定の金額を毎月支給する。
(2) 右に加えて、一就労日につき、右(1)の賃金を合計したものの一時間当りの額の二割五分増の額に一・五を乗じて得られた金額を支給する(以下本件賃金という。)。
(3) 右(1)、(2)に加えて、家族手当及び住宅補助金として一定の金額を毎月支給する。
(4) 賃金の支払時期は毎月一五日とし、(2)の賃金については毎月一日より末日までの就労日数を対象として計算する。
3 原告相沢は、昭和五七年四月一日以降、前項の賃金のうち、基本給として金二二万四、五七〇円、特殊労務手当として金四、〇〇〇円、勤務手当として金二万七、九七八円、昼食補助金として金一万〇、二〇〇円、本件賃金として一就労日当り金三、五四〇円を受給し、原告鍋島は、右同日以降、同じく基本給として金一九万一、四一〇円、特殊労務手当として金四、〇〇〇円、勤務手当として金二万四、一九九円、昼食補助金として金一万〇、二〇〇円、本件賃金として一就労日当り金三、〇四九・五円を受給していた。
4 被告会社は、昭和五八年四月六日ころ原告に対し、原告らの早朝勤務は、被告会社が原告らに命じた時間外労働であるが、今後右時間外労働を命じないから、早朝勤務に従事してはならない、早朝勤務に従事しても、その労働の対価たる本件賃金を支払わない旨通告し、同月一三日以降原告らが早朝勤務に従事しようとしても、原告らに時間外労働を命じていないとしてその就労を拒否し、同年五月一五日及び六月一五日の賃金支給日においても本件賃金の支払いをしていない。
5(一) 然しながら、原告らの早朝勤務は、前記のとおり、雇用契約に基づく所定時間内の労働であって、時間外労働ではないから、被告会社が原告らに右時間外労働を命じていないからといって原告らの早朝勤務を一方的に拒否することはできず、被告会社の右就労拒否は正当な事由に基づくものとはいえない。
従って、原告らが昭和五八年四月一三日以降右のとおり早朝勤務の履行ができなくなったのは、被告会社の責に帰すべき事由によるものであるから、被告会社は、原告ら各自に対し、右同日以降も本件賃金を支払うべき義務を免れることができない。
(二) 原告らが、昭和五八年四月一三日以降も早朝勤務に従事していれば、同年五月一五日及び同年六月一五日に原告らに支払われるべき本件賃金の額は、次のとおりである。
なお、同年五月一五日支給分については、本件賃金の計算対象期間は、例外的に四月一日から同月二五日までとされ、同年六月一五日支給分については四月二六日から五月三一日とされた。
(1) 原告相沢
イ 昭和五八年五月一五日支給分 金三万一、八六〇円但し、三、五四〇円×九日=三万一、八六〇円
ロ 同年六月一六日支給分 金七万七、八八〇円但し、三、五四〇円×二二日=七万七、八八〇円
ハ イとロの合計金一〇万九、七四〇円
(2) 原告鍋島
イ 昭和五八年五月一五日支給分 金二万七、四四一円但し、三、〇四九円×九日=二万七、四四一円
ロ 同年六月一五日支給分 金六万七、〇八九円但し、三、〇四九円×二二日=六万七、〇八九円
ハ イとロの合計金九万四、五三〇円
(三) 被告会社は、今後も原告らが午前七時三〇分より午前九時までの間の早朝勤務に従事することを拒否し、また本件賃金の支払いを拒否し続けることを表明しているので、昭和五八年七月以降の賃金支払日においても、本件賃金の支払いをしないことは明らかであるが、同月以降原告らに支払うべき本件賃金の額は、毎月の平均就労日が二〇日であるので、原告相沢が月額金七万〇、八〇〇円、原告鍋島が月額金六万〇、九九〇円である。
6 仮に、原告らの早朝勤務が、雇用契約に基づく所定時間内の労働ではなく、被告主張のとおり時間外労働であるとしても、被告会社は、原告らを小使職の労務社員として雇用ないし配置転換する際(原告相沢は、昭和五一年一一月一日配置転換、同鍋島は、昭和四一年一〇月二〇日雇用)、原告らに対し、時間外労働として、雇用契約存続期間中継続して原告らを右早朝勤務に従事せしめ、本件賃金を支給する旨を約した。
然るに、被告会社は、前記のように昭和五八年四月一三日以降原告らが早朝勤務に就労することを拒否し、原告らに対し、時間外労働を命じていないが、これは、右雇用契約上の債務不履行に該ることが明らかであり、原告らは、右債務不履行により、それぞれ右同日以降も早朝勤務に従事していれば受給したであろう前項(二)、(三)記載の本件賃金を逸失し、同額の損害を被った。
従って、被告会社は、原告ら各自に対し、債務不履行に基づく損害賠償として、前項(二)、(三)記載の本件賃金相当額を支払うべき義務がある。
7 よって、原告らは、被告会社に対し、雇用契約に基づく賃金として、あるいは、雇用契約上の債務不履行に基づく損害賠償として、原告相沢については、5、(二)、(1)、ハ記載の金一〇万九、七四〇円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和五八年七月一六日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金並びに昭和五八年七月以降毎月一五日限り5、(三)記載の金七万〇、八〇〇円の支払いを求め、原告鍋島については、5、(二)、(2)、ハ記載の金九万四、五三〇円及びこれに対する右同様の遅延損害金並びに昭和五八年七月以降毎月一五日限り5、(三)記載の金六万〇、九九〇円の支払いを求める。
二 請求原因に対する被告の答弁
1 請求原因1の事実は認める。
なお、原告鍋島は、昭和六〇年三月末日被告会社を定年退職している。
2 同2の事実中、(一)の事実は否認するが、その余は認める。
なお、原告らの勤務時間は、就業規則で定められた午前九時から午後五時までであり、原告ら主張の午前七時三〇分から午前九時までの早朝勤務は、被告会社が原告らに命じた時間外労働である。
また、(三)、(2)の本件賃金は、時間外労働としての早朝勤務に対する労働基準法三七条一項所定のいわゆる割増賃金に外ならない。
3 同3の事実は認める。
4 同4の事実は認める。
5(一) 同5、(一)の主張は争う。
(二) 同5、(二)の事実は認める。
(三) 同5、(三)の事実のうち、被告会社が昭和五八年七月以降も原告らの早朝勤務を拒否し、本件賃金を支払う意思がないことは認めるが、その余は否認する。
6 同6の事実は否認する。
三 被告の主張
被告会社における勤務時間は、前記のとおり、就業規則と原告ら労務社員を含む全従業員について午前九時から午後五時までと定められており、原告ら主張の午前七時三〇分から午前九時までの早朝勤務は、被告会社が原告らに命じた時間外労働に外ならず、被告会社において、原告ら労務社員の勤務時間のみが、原告ら主張のように、早朝勤務を含む午前七時三〇分から午後五時までであると解する法的根拠は一切なく、もとより、被告会社が、原告らとの間に、特にそのような勤務時間を内容とする雇用契約を締結した事実もない。
ところで、被告会社は、原告らを小使職の労務社員として雇用ないし配置転換してからこれまで継続的に早朝勤務の時間外労働を命じてきたけれども、昭和五〇年以降第一次オイルショックの影響で経営が悪化し、さらに昭和五五年の第二次オイルショックで多額の債務超過となり、各種の経費削減を含む経営の合理化を強力に推進せざるを得ない状況になったため、その一方策として時間外労働を全面的に中止することになり、昭和五八年四月五日原告らに対し、早朝勤務の時間外労働に就労しないよう文書で通告のうえ(早朝の清掃業務については、他社に下請させて経費削減を図ることにした。)、同月一三日以降右時間外労働を命じることを中止したものである。
以上のように、被告会社は、同年四月一三日以降原告らに対し、早朝勤務の時間外労働を命じていないのであり、かつ、原告らは、早朝勤務に従事してもいないのであるから、原告らが時間外手当としての本件賃金請求権を取得する理由はないというべきである。
四 被告の主張に対する原告らの反論
原告らの早朝勤務は、次に述べる労務社員(小使職、以下単に労務社員というときは小使職の労務社員を指す。)の勤務の実態、早朝勤務の性格、原告らの採用経過、被告の早朝勤務拒否に至る経過等からみて、雇用契約で定められた所定時間内の労働であることが明らかである。
1 労務社員の勤務の実態
(一) 職務内容と勤務時間について
被告会社においては、戦後、しばらくの間は一般の従業員が各自の本来の職務の外に、清掃や印刷等の仕事を行なっていた。その後、昭和二五、六年ころに会社の体制が整ってきたのに応じて、小使の仕事をする労務社員(当初準社員と呼称されていた。)を採用するようになったが、当時、就業規則上、一般の従業員の勤務時間が午前九時から午後五時までと定められていたのに対して、労務社員のそれは午前八時三〇分から午後五時三〇分までと定められていた。
然し、労務社員の場合、右の就業規則上の勤務時間は、名目上のものであって実際上の意味を持たず、現実には、一人の例外もなく、午前六時または七時から(労務社員の所属する部署によって出勤時刻に差異があった。)出勤することとされていたのである。そして、出勤時から午前九時までは清掃作業を(午前八時三〇分を境に作業内容が変更することはなく、継続して行なわれていた。)、午前九時以降は印刷、書類配布その他の雑用を行なっていた。また、午後五時から五時三〇分までは後片付け程度の簡単な清掃を行なっていた。
その後、昭和四二年ころ、就業規則上、労務社員の始業が午前九時に、終業が午後五時に変更されたが、午前六時または七時に出勤し、午前九時まで清掃を行なうという状態に変更はなかった。
このように、労務社員の現実の始業時間は、当初午前六時または七時であったのである。その後、昭和五二年一二月ころまでに、その始業時間が一律に午前七時三〇分に変更されたという経過はあるが、早朝の清掃作業は、労務社員の職務として恒常的に存在してきたのである。
(二) 賃金について
被告会社の陸上勤務の従業員は、就業規則上、いわゆる一般社員の外、女子社員と原告らを含む労務社員とで構成されているが、労務社員には、当初から独自の賃金体系は存在せず、女子社員の賃金体系に準じていた。ところが、女子社員の賃金体系をそのまま適用したのでは、通常扶養家族をかかえる中高年者である労務社員と、通常若年の独身者である女子社員とを賃金のうえで同列に置くという矛盾が生ずることになる。そこで、基本的には女子社員の賃金体系によりながら、勤続年数にかかわらずその賃金上昇カーブの適当なところに各労務社員を位置付けることにするが、その際、年功序列的な意味から、その基本給額が前任者より多くならないような取扱いがなされていたところから(前任者トレース制)、そのままでは労務社員の基本給は、その年令に応じた生活可能な額にならない場合が多かったため、労務社員に年令に相応する生活可能な賃金を保障する見地から、就業規則上は始業時前の時間帯におこなわれる早朝勤務を恒常的な雇用契約上の業務とするとともに、前任者との均衡を保ちうる基本給の外に、早朝勤務の労働に対して、時間外労働に支払われる割増賃金と同額の賃金を支払う形式をとることにして、その長時間労働(早朝勤務とそれ以降の小使業務の勤務時間を通算すれば、九時間三〇分の勤務時間となる。)に見合う賃金を保証してきたのである。
なお、早朝勤務の労働に対して、時間外労働に支払われる割増賃金と同額の賃金を支払う形式が採られたのは、右のような長時間労働については、労働基準法三二条一項違反の疑義が生ずるので、これを回避するために実際には早朝勤務を含む右のような長時間労働の雇用契約を締結しながら、賃金については、早朝勤務に対応する部分を時間外労働の割増賃金として計算、算出していただけにすぎず、これがために早朝勤務が名実ともに時間外労働として認識されていたわけではないのである。
(三) 労働条件の決定方法について
被告会社においては、労務社員の労働時間、賃金等の労働条件は、その者の採用にあたって事前に労働組合と被告会社との間で合意されてきた。すなわち、労使間で、労働時間については、早朝勤務を本来の業務、即ち毎日恒常的に行なわれる業務であることが確認され、賃金については、年令や海上勤務の経験の有無等を考慮したうえで、その者の生活を保障するに足ると判断される賃金総額が決められ、その後に、その形式的な内訳けとして、右のとおり、女子社員の賃金体系に基づく基本給と早朝勤務の労働に対する割増しされた賃金、さらにその他の手当が決められた。
右のような労使間の事前確認を経たうえで、被告会社は、労務社員として採用される者に対し、労働条件を示すのであるが、その際は、勤務時間(当然ここには早朝勤務の時間帯も含まれる。)と毎月支給される賃金の総額が示されるだけであって、それ以上に、賃金の前述したような内訳けは示されない。そして、この示された労働条件を採用される者が承諾することによって、被告会社は、各労務社員との間に労働契約を締結してきたのである。
(四) 早朝勤務遂行の実態について
早朝勤務としての清掃作業は、被告会社においては、雇用契約に基づく所定時間内労働として理解されてきたので、毎日の清掃作業について、被告会社から各労務社員に対して個別の時間外労働の命令がなされた事実はない。各労務社員は、一旦それぞれの部署に配置されれば、個々の命令をまつことなく、毎日、早朝の清掃作業を行なってきたのである。
なお、被告会社には、早朝勤務について時間外命令票なるものが存在し、これには早朝勤務を時間外労働として実施する旨の所属長の承認を示す押印とその業務内容、実施時間を明らかにする記載等がみられるけれども、右押印は、極めて形式的なもので何日分かを後日まとめて押捺されるのが常態であり、右業務内容等の記載も事後報告的なものであって、いずれにしてもこれをもって個別的な時間外労働の命令がなされたことにはならず、右時間外命令票は、前記のとおり、労働基準法三二条一項所定の労働時間制限違反の疑義を回避するため、特殊な賃金計算の方法をとらざるを得ないところから、その賃金計算のためにのみ存在するものとしか考えられないものである。
2 早朝勤務の性格
被告会社においては、他の従業員が午前九時から就労して業務活動が円滑に開始されるためには、午前九時までに事務所をはじめ業務活動に所用される一切の施設の清掃が行なわれていなければならない。その意味で早朝勤務としての清掃は毎日休みなく恒常的に行なわれることが予定されている被告会社の業務に必要不可欠の作業である。従って、右清掃作業は、その性質上その都度の個々の命令に基づいて行なわれる時間外労働という形態にはなじまず、これを特定の者が恒常的に行なうということになれば、結果的にその労務社員の労働時間がある程度長くなるとしても、この労働は、所定時間内労働の一部といわなければならない。
現に、原告らは、被告会社から早朝の清掃業務について日々、個々の命令を受けて就労した事実はなく、小使職の労務社員として雇用ないし配置転換された当初の合意に従って恒常的に就労してきたものである。
3 原告らの採用経過
(一) 原告相沢について
同原告は、前記のとおり昭和三六年四月被告会社に入社し、昭和五一年一一月一日配置転換により小使職の労務社員として本社勤務になったものであるが、その際、被告会社から、仕事は前任の労務社員のそれをそのまま踏襲するということで、具体的には毎朝午前七時三〇分から午前九時までは清掃作業、午前九時以降は印刷、事務補助、事務用品の管理等の仕事をするように申し入れがあり、さらに、就労時間が長くなることについての同意を求められるとともに、その引きかえに年令等に見合った賃金(具体的にはその総額のみでその内訳けは示されない。)を毎月支払う旨の説明を受け、右配置転換後の新しい労働条件に同意したものである。
(二) 原告鍋島について
同原告は、前記のとおり昭和四一年一〇月二〇日被告会社に小使職の労務社員として雇用されたのであるが、その際、被告会社から、毎日午前六時三〇分から二時間(当時)の早朝の清掃作業が常時あること、及び賃金については、前述のような形で労使間で確認された賃金の総額を毎月支払うことの説明を受け、その労働条件を承諾して入社したのである。
(三) ところで、原告らと被告会社間の右雇用契約は、昭和五一年一一月一日以降その勤務時間を午前七時三〇分から午後五時までの九時間三〇分とするもので(なお、原告鍋島は、昭和五〇年一一月ころ早朝勤務の始業時間が午前七時三〇分となった。)、休憩時間の一時間を控除しても、なおその労働時間は、労働基準法三二条一項に定める規制を越える長時間のものになるが、このような長時間の労働時間を定める雇用契約もまた有効に成立、存続し得るものと解すべきである。
蓋し、右のように長時間といっても、その労働時間は、被告会社とその従業員で構成される関西汽船労働組合(以下関汽労組という。)との間で結ばれている同法三六条所定の協定(以下三六協定という。)によって認められた時間外労働の範囲内にあるから、被告会社が、早朝勤務について、三六協定の範囲内でその都度個々に時間、場所、業務の内容等を指定して時間外労働を命じる方法によるか、予め時間、場所、業務の内容を特定して一日八時間を超える長時間の雇用契約を締結する方法によるかは、なお当事者の契約自由の原則に委ねられるものと解すべきところ、前記のような労務社員の勤務の実態、早朝勤務の性格、原告らの採用経過等からみて、本件原告らと被告会社間における雇用契約は、後者の方法によったものと認められるからである。
右のように解しても、原告らが従事する業務は、事務所等の清掃、郵便物の整理、印刷の補助、文房具等の管理等の雑用で、いわゆる単純な労務で、かつ、断続的な労働であるから、右のような長時間の労働時間を定める雇用契約を締結しても、三六協定により関汽労組が認めた範囲内であるとともに、実質的に原告らの人格の尊厳を害する程の過酷な労働にはならないと思料されるところである。
4 早朝勤務拒否に至る経過
被告は、会社の経営危機による経費削減のため、早朝勤務としての清掃作業を下請化する必要があった旨主張しているが、被告会社においては、早朝の清掃作業が会社にとって必要であるとともに、労務社員の賃金保障のためには早朝作業を打ち切ることが不合理であると考えられていたところから、当初の会社再建対策の中には右清掃作業の下請化は入っていなかったのであって、右主張は失当である。
被告会社が原告らの早朝勤務を拒否するに至った真の理由は、被告会社が原告らの組合活動を嫌悪し、原告らから早朝勤務を取上げることにより原告らに経済的、精神的不利益を与えて、原告らが所属している全日本港湾労働組合阪神支部関西汽船分会(以下分会という。)の組合活動を弱めることにあるのである。
即ち、原告らは、昭和五七年一月二〇日関汽労組を脱退して分会の結成に参加したのであるが、その前後ころから、原告ら分会員に対する被告会社及び関汽労組一体となった不当労働行為がくり返されているのである。原告らに限っても、分会結成直後から職場内で公然と関汽労組員から吊し上げを受けたり、机の引き出しに煙草の吸いがらやコーヒーがらを投げこまれる等のいやがらせを受け、再三にわたって分会に対する中傷を言われてきたのであるが、その折の、昭和五七年三月中旬ころ、関汽労組員が原告鍋島及び同相沢に、早朝の清掃作業をしてはならない旨の通告をなし、その直後被告会社からも同旨の通告があった。これに対して、原告らは、最初から清掃作業を行なうという条件で本社勤務の労務社員になったのであるから、従前どおり早朝勤務を続ける旨回答し、その後しばらくこのやりとりが続いたが、結局原告らの言い分を被告会社が認める形で結着がつき、昭和五八年四月まで、従来どおり早朝の清掃業務を行なってきたのである(このことをもってしても、被告自身が、早朝の清掃業務が、原告らと被告会社との間の雇用契約で定められた恒常的な業務であることを十分に認識していたことが窺える。)。ところが、昭和五八年四月六日になって、被告会社は、突然原告らに早朝勤務の就労拒否の通告をなし、同月一三日から、事務室や会議室等に施錠して原告らの早朝の立ち入りを妨害する形で就労を拒否する行動に出たものである。
原告らは、それでも現在に至るまで午前七時三〇分からの労務の提供を続けているが、被告会社は、右就労拒否を継続し、本件賃金を支払っていないことは前記のとおりである。
以上の経過をみれば、被告会社の原告らに対する早朝勤務の拒否は、被告会社から原告らの所属する分会に対して行なわれている一連の不当労働行為の一環としてなされたものであることが明らかである。
五 原告らの反論に対する被告の再反論
1 労務社員の勤務時間について
被告会社は、就業規則上、従業員とは参事、社員、女子社員及び労務社員をいうと定めたうえで、従業員の勤務時間を午前九時出勤、午後五時退社とし、休憩時間を正午より一時間とする旨規定しているところであり、原告ら労務社員を雇用するにあたり、勤務時間について右と異なる特段の合意もしていないから、原告ら労務社員の勤務時間が午前九時から午後五時までであることは、明らかなところであって、原告ら主張の早朝勤務が時間外労働になるのは当然のことである。そもそも、被告会社は、昭和三六年四月一日から昭和四三年三月三一日まで就業規則上労務社員(小使職)の勤務時間を午前八時三〇分出勤、午後五時三〇分退出と定めていたが、昭和四三年四月一日これを現行のとおり午前九時出勤、午後五時退出に変更し、これにより労働時間が一日につき一時間短縮された結果、時間外労働を行なった場合には、短縮された労働時間、つまり午前八時三〇分から午前九時までと、午後五時から午後五時三〇分までの時間についても時間外手当が支給されることになったのであるが、この経緯に照らしても、原告ら主張の早朝勤務が、時間外労働にあたることは明白といわなければならない。
2 労務社員の賃金について
労務社員の採用時の賃金は、労使間協定により、その都度決定する旨定められているが、実際には、被告会社における基本的な賃金体系である前任者トレース制度に基づき、既に入社している労務社員のうち、最も低い賃金額を上限として、当該採用者の年令や経歴に鑑み、職歴、年令加算をして、採用時の初任給を決定しているのである。従って、原告らが、昭和二五年から今日まで、労務社員には独自の賃金体系が与えられず、常に女子社員の賃金体系によっていたと主張するのは全く失当である。
また、被告会社の労務社員の賃金は、早朝勤務による時間外手当を除外しても、なお全国の同職種水準と対比して決して劣ることはなく、むしろ高水準にあるのであるから、原告ら主張のように、労務社員の年令に相応する生活可能な賃金を保障するため、あえて早朝勤務を恒常的な業務として雇用契約の内容としたうえで、これに対する賃金を支払わなければならないような必要性はなく、被告会社においては、専ら業務上の必要性に基づき、原告らに早朝勤務の時間外労働を命じてきたものである。従って、早朝勤務に対して支払われる本件賃金は、前記のとおり、名実ともに時間外労働に対して支払うべき割増賃金に外ならないのであって、原告ら主張のように、九時間三〇分の長時間労働については、労働基準法違反の疑義が生ずるので、これを回避するために、早朝勤務に対して右割増賃金を支払う形式を採っていたわけではないのである。
3 労務社員の労働条件の決定方法について
被告会社は、労務社員を中途採用する場合、前記のとおり、賃金については労使間の協定によるものとされているが、労務社員の採用自体は組合の同意事項とはされていないため、実際には、組合に対して、当該採用決定者の氏名、年令、採用時の基本給等を通知しているだけにすぎない。通知を受けた組合は、採用時の基本給が前任者の賃金と均衡を失していないかどうかを検討するだけで(問題があれば会社に通知することになっているが、これまでそのような例はない。)、それ以上に進んで、組合が、原告らが主張するように、労務社員の生活を保障するに足る賃金を決定すべくこれに関与するといったような事実関係は一切ないのである。
そして、被告会社は、採用を決定した労務社員に対し、労働条件や就業規則について、賃金、労働時間、休日制度、賞罰規定、服務規律等を詳しく説明するのであるが、とりわけ賃金については、基本給、各種手当の外、早朝の時間外労働に従事した場合には時間外手当を支給するけれども、この時間外手当は月例賃金として保証されるものではなく、各月により就労実績に応じ増減するものであることを説明し、その同意を得たうえで当該労務社員と雇用契約を締結するのであって、これは原告ら労務社員の場合も同様である。
4 早朝勤務遂行の実態について
被告会社における時間外労働は、早朝勤務を含めすべて所属長たる管理職(次長職以上をいう。)が業務上の必要性に基づき発令する時間外労働命令により行われている。従って、従業員あるいは課長が時間外労働を必要と思料した場合にも必ず管理職にその旨を申し出、管理職は、その都度当該時間外労働の業務上の必要性を判断したうえで、必要性を認めた場合は、時間外労働命令を発する仕組みとなっている。その具体的な手続としては、必ず事前に会社備付けの時間外命令票に、時間外勤務をする理由と予定時間を記入したうえ、管理職の押印を受けることになっており、この押印を受けて始めて時間外労働の命令がなされたことになるのである。そして、この命令に基づき、従業員が時間外労働に従事した場合、当該時間外命令票に実際に就労した時間数を記入し、再び確認のため管理職の押印を受けることになるのである。これが被告会社における時間外労働実施の手続であり、原告らが、時間外労働として早朝勤務に従事する場合にも、たとえこれが毎日のように連続していても必ず右手続に依っていたものであって、早朝勤務について、被告会社から個別の時間外労働の命令がなされたことはないとの原告らの主張は、全く事実に反する。
なお、右管理職の時間外労働を命ずる旨の押印は、管理職がたまたま出張等で不在のときには、後日出社した際に事後承認の形でなされたこともあったが、時間外労働をするうえで必須、不可欠の手続であったから、原告ら主張のように、右押印が極めて形式的なもので何日分かを後日まとめて押捺されるのが常態になっていたというようなことはない。
5 早朝勤務を中止するに至った理由と経過について
(一) 被告会社は、昭和五〇年度には第一次オイルショックに伴う業績悪化で金三五億六、〇〇〇万円の累積欠損を計上するに至ったため、経費削減の一環として、同年一一月ころ当時賃借していた大阪市北区中之島所在の大阪建物ビルに置いていた本社組織を、自社ビルである弁天埠頭に移転した。その後、被告会社は、全社あげて必死の再建対策に取り組み、また、関係各社からの支援を受けたにもかかわらず業績は依然として回復せず、昭和五五年の第二次オイルショックの影響で、昭和五六年度には累積欠損金九〇億円、債務超過金三二億円、昭和五七年度には累積欠損が金一一一億四、九〇〇万円、債務超過額が金五三億四、九〇〇万円に達し、まさに倒産寸前の状況に追い込まれ、同年度は金九〇億七、五〇〇万円にのぼる資産売却、金一七億円の増資による資金調達により、かろうじて債務超過を解消したものの、昭和五八年度には金八億四、一〇〇万円、昭和五九年度には金一四億円の損失を、またもや計上し、累積欠損金九六億八、三〇〇万円、債務超過額金二一億八、四〇〇万円となり、再び厳しい危機状態に直面したのである。このような状況のなかで、被告会社は、増収、増益並びに経費削減にあらゆる対策を講じ、用紙、備品等の購入の一時中止、役職手当の一部カット等を行ない会社再建に懸命の努力を行なってきたが、この経費削減の一環として、昭和五七年頭初から時間外労働の中止が検討され、同年九月ごろから徐々に実施に移され、昭和五八年一月以降は全社的に実施されるに及び被告会社における時間外労働は、著しく減少した。その結果、従業員の時間外手当は一か月平均約五万円ないし六万円であったのが、ほとんど皆無に近い状態となり、これによる年間の経費削減額は約四、〇〇〇万円ないし五、〇〇〇万円にも達したのである。
(二) ところで、原告らの早朝勤務についてみると、被告会社が原告らに支払う早朝勤務による時間外手当は、一か月合計約金一四万円以上であるのに対し、同業務を訴外株式会社旭洋舎に委託した場合、委託料として金二万九、三〇〇円を支払えば足りるのであって、結局一か月あたり金一一万円以上の時間外手当を合理化できることになるのである。
(三) そこで、被告会社は、昭和五七年三月中旬ころ原告らに対し、右のような経過を説明し、原告らの早朝勤務を中止する旨申入れたが、これは、本来ならば時間外労働の命令を出さなければそれですむことではあるけれども、従来原告らに対し継続的に命令を出してきた実状に鑑み、念のため、申入れたまでのことである。その際、原告らは、従来どおりの就労を希望したので、被告会社は、当時、まだ一部従業員に対しては時間外労働を命じていたこともあって、いたずらに事態を紛糾させることを避けることにし、しばらくの間話し合いを中断していたまでのことであって、原告ら主張のように、原告らの言い分を被告会社が認める形で結着がついたわけではない。
(四) その後、被告会社は、昭和五八年四月五日以降再三再四にわたり原告らに対し、原告らを除く従業員の時間外労働が殆んど廃止され、いつまでも原告らだけの希望を容れておくわけにもいかなくなったところから、早朝の時間外労働に就労しないよう通告し、同月一三日以降は実際にも早朝の時間外労働を命じていないのである。それでも原告らは、右同日以降も被告会社の通告を無視して早朝勤務に就労しようとしたが、被告会社が事務室等に施錠したため、事実上就労が不可能となり、その後同年五月六日までは午前七時三〇分ころに事務室入口付近にまで出社して来ていたようであるけれども、その翌日以降は午前九時に出社するようになったものである。
(五) 以上のとおりであって、被告会社は、経費削減という業務上の理由に基づき、昭和五八年四月一三日以降原告らに対し、早朝勤務の時間外労働を命じていないのであり、右早朝勤務の中止が、不当労働行為意思に基づくものであるとの原告らの主張は失当である。
第三証拠関係(略)
理由
一 原告相沢が、昭和三六年四月被告会社に臨時雇のボイラー技師兼雑役係として雇用され、被告会社の夕凪寮に勤務していたところ、昭和三八年四月被告会社の労務社員(ボイラー技師)として本採用になり、引続き右夕凪寮に勤務していたが、その後昭和五一年一一月一日右夕凪寮廃止に伴い、被告会社の本社総務部に配置転換され、爾来、小使職の労務社員として勤務していること、原告鍋島が、昭和四一年一〇月二〇日被告会社に小使職の労務社員として雇用され、船客部、営業部、特別販売チーム等で勤務していたが、昭和五一年一一月一日被告会社の本社経理部に配置転換され、引続き小使職の労務社員として勤務していること、原告らが、少なくとも昭和五一年一一月一日以降被告会社において、午前七時三〇分から午前九時までの間、本社内の被告会社が指定する一定の場所を清掃する業務に従事し(早朝勤務)、その後午前九時から午後五時までの間、原告相沢は、印刷、事務用品管理、配送物の整理等の業務その他の雑務に従事し、原告鍋島は、銀行、郵便局での振込業務その他の雑務に従事していること、原告らが、賃金として、毎月被告会社から(一) 基本給、特殊労務手当、昼食補助金として一定の金額 (二) 右に加えて、一就労日につき、右(一)の賃金を合計したものの一時間当りの額の二割五分増の額に一・五を乗じて得られた金額(本件賃金) (三) 右(一)、(二)に加えて、家族手当及び住宅補助金として一定の金額をそれぞれ受給していること、被告会社が、昭和五八年四月六日ころ原告らに対し、原告らの早朝勤務は、被告会社が原告らに命じた時間外労働であるが、今後右時間外労働を命じないから、早朝勤務に従事してはならない、早朝勤務に従事しても、その労働の対価たる本件賃金を支払わない旨通告し、同月一三日以降原告らが早朝勤務に従事しようとしても、原告らに時間外労働を命じていないとしてその就労を拒否し、本件賃金を支払っていないこと、以上の事実は、当事者間に争いがない。
二 右争いのない事実に、(証拠略)と原告相沢、同鍋島の各本人尋問の結果の各一部(後記認定に反する部分を除く。)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
1 被告会社の労務社員について
被告会社の労務社員は、就業規則上従業員の一種類とされ、自動車運転手、保安員、寮管理人、小使、給仕等の職種があるが、このうち小使職の労務社員は、昭和二五年六月ころ採用されたのが始まりで、当時出勤日には午前六時から七時までの間の一定時間に出勤して午前九時まで被告会社が指定する事務室等の清掃業務に従事し(各自が担当する清掃場所の広狭に応じて出勤時間が異なった。)、午前九時以降各自の配属された部署で印刷、郵便物の整理等の雑務に従事していたが、この勤務形態は、その後現在まで概ね変わらず継続している。
なお、被告会社は、昭和四八年二月ころから社内清掃の一部を訴外株式会社旭洋舎に委託しており、小使職の労務社員が退職する等して欠員が生じた場合には、その後任者を補充せず、その者が担当していた清掃場所の清掃をそのまま右訴外会社に委託し、漸次右訴外会社に委託する清掃場所を拡げていった。
2 被告会社の勤務時間について
被告会社は、その勤務時間を就業規則で定めており、昭和二五年一〇月当時、小使、給仕を除く従業員については、四月一日から一〇月三一日までの期間は午前九時から午後五時まで、一一月一日から三月三一日までの期間は午前九時から午後四時三〇分まで、小使、給仕については、四月一日から一〇月三一日までの期間は午前八時三〇分から午後五時三〇分まで、一一月一日から三月三一日までの期間は午前八時三〇分から午後五時までと定められていたが(いずれも午後〇時から午後一時までは休憩時間)、昭和三六年四月一日就業規則の一部変更により、小使、給仕を除く従業員については、一年間を通じ午前九時から午後五時まで、小使、給仕については、一年間を通じ午前八時三〇分から午後五時三〇分までと変更され(休憩時間につき前同)、さらに、昭和四三年四月一日就業規則の一部変更により、小使、給仕を含む全従業員について、一年間を通じ午前九時から午後五時までと変更され(休憩時間につき前同)、現在に至っている。
なお、被告会社と関汽労組との間に締結されている労働協約にも、組合員たる従業員の勤務時間は、午前九時から午後五時までとする旨定められている。
3 被告会社における時間外労働の実施について
(一) 被告会社は、従業員の過半数で組織している関汽労組との間に、会社は業務の性質上組合員に勤務時間以外の就業を命ずることができる、会社と組合の双方は一日八時間を超える勤務時間の就業につき、必ず事前に行政官庁に届出るよう一か月につき協定する旨の労働協約を締結のうえ、三六協定を結び、その協定の内容に沿って業務上の必要性に応じ時間外労働を実施している。
なお、被告会社は、就業規則上も、業務その他の都合により従業員の全部または一部を勤務時間外に勤務させることがある旨規定している。
(二) 被告会社における時間外労働は、所属長(次長職以上の地位にある者)がその必要性を認めたときに、担当者に時間外労働の命令を発する場合及び担当課長あるいは担当者が業務上その必要性を認めたときに、所属長にその旨上申し、その承認を得た場合に実施される扱いになっているが、そのいずれの場合も、手続として被告会社が定めた書式(時間外命令票、配船表等)に、時間外労働を実施するその都度、事前に時間外労働をする理由、予定時間等を記載のうえ、所属長の命令ないし承認を示す押印を得て実施するものと定められており(なお、昭和五六年一一月一日から時間外命令票の書式が改められ、時間外労働終了後実施時間等を記載のうえ、所属長の確認のための押印を得ることになった。)、右手続を踏んで時間外労働を実施して始めて後記時間外手当が支給されることになっており、原告らが主張する早朝勤務も、すべて時間外労働として、右手続に従って実施されてきた。
もっとも、早朝勤務については、ややもすると右手続が疎かになることがあり、殊に、所属長の命令ないし承認を示す右押印が、所属長の出張による不在の外、失念等によってこれがなされないまま早朝勤務が実施されることがままあったけれども、そのような場合でも、被告会社が後記のような事情から時間外労働を全般的に廃止するまでは、毎日連続して実施することが業務上必要であることにつき、担当の労務社員と被告会社の双方にその認識が一致していたところから、当然時間外労働としてその早朝勤務が実施されたものとして扱うことに何ら問題が生じたことはなく、ただ、所属長の右押印それ自体は、右のとおり後記時間外手当を請求するうえで必要不可欠なものとされていたから、後日必ず補完されてきた。
(三) 被告会社は、従業員が時間外労働を右手続に従って実施した場合、労働基準法三七条所定の割増賃金を時間外手当として支給しており、原告ら主張の本件賃金は、原告らが担当している早朝勤務の実労働時間に応じて、右割増賃金の算出方法により計算、支給されているものである。
4 被告会社における労務社員の採用について
被告会社は、これまで小使職の労務社員を採用する場合、被告会社の賃金制度が年功序列型になっているため、現職者の基本給を上回らない範囲でその初任給を決定のうえ採用の募集をし、面接等一定の試験を実施した後具体的な採用者が会社側で決定すると、その者に対し、基本給、各種諸手当、賞与、退職金等の支給条件、分担すべき職務、勤務時間、服務規律、就業規則等の具体的な内容、殊に、小使職の労務社員に特有なものとして、通常、勤務時間の開始前の一定時間、時間外労働として、会社が指定する事務室等の清掃業務に従事してもらうこと、これに対して会社は、清掃業務の実労働時間に応じて前記時間外手当を支給すること等について詳細に説明し、その了解を得たうえで雇用契約を締結してきた。
なお、被告会社は、関汽労組との間に、小使職の労務社員の初任給について、現職者との均衡を勘案してその都度協議決定する旨の協定を締結しているため、その採用が具体的に決定すると、関汽労組に対し、その氏名、年令、基本給の額等を通知してきたが、これに対して関汽労組は、その基本給の額が現職者のそれを上回っていないかどうかを確認するだけで、これまでその額について異議が出されたことはなく、また、被告会社における小使職の労務社員の賃金は、早朝勤務による時間外手当を除いても、全国の同職種の平均賃金を上回る水準を維持してきている状況にある。
5 原告らの早朝勤務の実態について
(一) 原告相沢は、前記のとおり、昭和三六年四月被告会社に雇用され、昭和五一年一一月一日被告会社の本社経理部に配置転換された際、小使職の労務社員として勤務することになり、爾来、被告会社の定めた前記時間外労働の手続に従って、毎日午前七時三〇分から午前九時まで被告会社が指示する総務部、役員室等の清掃業務に従事し、その実労働時間に応じ時間外手当として本件賃金を受給してきた。
(二) 原告鍋島は、前記のとおり、昭和四一年一〇月二〇日被告会社に小使職の労務社員として雇用され、右同様の手続に従って、毎日午前六時三〇分から午前八時三〇分まで被告会社の指示する事務室等の清掃業務に従事していたが、昭和五〇年一一月ころ清掃場所が縮少されたため右清掃業務の時間帯が変更され、そのころから右同様の手続に従って、毎日午前七時三〇分から午前九時まで右清掃業務に従事してきたが、その間、一貫してその実労働時間に応じた時間外手当を受給してきた。その後、同原告は、昭和五一年一一月一日被告会社の本社経理部に配置転換され、引続いて小使職の労務社員として勤務することになり、爾来、右同様の手続に従って、毎日午前七時三〇分から午前九時まで被告会社が指定する経理部、給湯室等の清掃業務に従事し、右同様その実労働時間に応じ時間外手当として本件賃金を受給してきた。
6 被告会社が原告らの早朝勤務を中止するに至った経緯について
(一) 被告会社は、オイルショックの影響、運行航路のフェリー化の乗り遅れ等により昭和五〇年以降業績の悪化が顕著となり、昭和五一年度には債務超過金二一億一、二〇〇万円、累積欠損金五七億一、二〇〇万円に達し、昭和五三年度には株式上場基準達成のために増資、資産売却等により一応債務超過を解消したものの(但し、累積欠損金五一億三、五〇〇万円)、業績は一向改善されず、昭和五六年度には債務超過金二三億七、一〇〇万円、累積欠損金九〇億五〇〇万円に達し、昭和五七年度には再び株式上場基準達成のために増資、資産売却等により一応債務超過を解消したけれども(但し、累積欠損金七四億四、一〇〇万円)、昭和五八年度には金八億四、〇〇〇万円の債務超過となり、依然として非常に苦しい経理状態にある。
(二) 被告会社は、右のような経理状態に対処するため、昭和五〇年一一月ころ本社の組織を賃借ビルから自社所有ビルに移転したのをはじめ、用紙、備品類の一時購入中止、役職手当の一部カット、管理職を中心とした関連会社への出向、冷暖房時の光熱費の節約等の徹底した経費削減策を講じてきたが、その一環として昭和五七年には、緊急を要する止むを得ない業務とか一時的に大量に処理しなければならない業務を除いて、全社的に時間外労働を中止することが検討され、徐々にこれが実施されて昭和五八年には全廃に近い状態になり、その結果、一年あたり金四、〇〇〇万円から五、〇〇〇万円程度の経費が削減されることになった。
(三) 右のような経緯から、被告会社は、原告らに時間外労働として命じている早朝の清掃業務を訴外株式会社旭洋舎に委託することにし、昭和五七年三月中旬ころ原告らに対し、会社の経理状態を説明のうえ右時間外労働を中止する旨通告したが、原告らがこれに反対したため、原告らの経済的立場も考慮して一挙に中止することを避け、時間外労働が全社的にほぼ全廃された昭和五八年四月六日ころ再度右時間外労働を中止する旨通告し、原告ら側からこれに対する異議が出されたけれども、同月一三日以降右時間外労働の命令を発せず、現在に至っている。
なお、被告会社は、右同日以降原告らが担当していた清掃場所の清掃業務を右訴外会社に委託しており、これにより一か月あたり平均金一〇万円以上の経費が削減されることになった。
以上のとおり認められ、(証拠判断略)、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
三 原告らは、原告らの早朝勤務が雇用契約に基づく所定時間内の労働であって、時間外労働ではないことを前提に、昭和五八年四月一三日以降被告会社が、原告らに早朝勤務の時間外労働を命じていないとして、その就労を一方的に拒否し、そのため原告らが早朝勤務の履行ができなくなったのは、被告会社の責に帰すべき事由に基づくものであるから、被告会社は、原告らに対し、右同日以降も本件賃金を支払うべき義務を免れることができない旨主張する。
然しながら、前記認定の事実関係からすれば、原告らは、被告会社に小使職の労務社員として雇用ないし配置転換された際(原告相沢は、昭和五一年一一月一日配置転換、同鍋島は、昭和四一年一〇月二〇日雇用)、被告会社から、他の小使職の労務社員の場合と同様、基本給、各種諸手当、賞与、退職金等の支給条件、分担すべき職務、勤務時間、服務規律、就業規則等の具体的な内容、殊に、小使職の労務社員に特有なものとして、通常、勤務時間の開始前の一定時間、時間外労働として、会社が指定する事務室等の清掃業務に従事してもらうこと、これに対して、会社は、清掃業務の実労働時間に応じて労働基準法三七条所定の割増賃金を時間外手当として支給すること等について詳細な説明を受けてこれを了解し、爾来、被告会社が原告らに早朝勤務を命じなくなった昭和五八年四月一三日まで、被告会社が定めた時間外労働実施の際の手続に従って早朝勤務に従事し、その時間外手当として、本件賃金を異議なく受給してきたものであって、その間右手続がやや疎かになることがあり不備な面が生じたことがあっても後日必ずこれを補完され、全体として右早朝勤務が時間外労働として実施されたことに何ら問題がなかったことが明らかに認められるところである。
従って、原告らの早朝勤務は、被告会社が原告らを小使職の労務社員として雇用ないし配置転換した際、予じめ包括的に、かつ、その後においても個別的に継続して、原告らに対し命じて実施された時間外労働と認めるのが相当であり、被告会社は、昭和五八年四月一三日以降原告らに対し、早朝勤務の時間外労働を命じていないのであるから、その労働の対価たる本件賃金を支払うべき義務がないことは明らかなところであって、原告らの右主張は理由がないという外ない。
四 次に、原告らは、被告会社に小使職の労務社員として雇用ないし配置転換された際、被告会社が原告らに対し、雇用契約期間中、継続して時間外労働として原告らを早朝勤務に従事せしめ、本件賃金を支給する旨約したことを前提に、被告会社が、昭和五八年四月一三日以降原告らが早朝勤務に就労することを拒否し、右時間外労働の発令をせず、本件賃金を原告らに支給しないのは、雇用契約上の債務不履行に該る旨主張するが、被告会社は、右認定説示したとおり、原告らを小使職の労務社員として雇用ないし配置転換した際、原告らに対し、早朝勤務に関し、通常、時間外労働として会社が指定する事務室等の清掃業務に従事してもらうことになっていること等を説明し、これに対する原告らの了解を得ただけにとどまるのであって、これは、業務上の必要性が存する限度で、予じめ包括的に時間外労働として早朝勤務に従事するように原告らに命じ、その同意を得たというだけに過ぎず、時間外労働の性質からみても、業務上の必要性の有無に拘らず、雇用契約期間中、継続して時間外労働として原告らを早朝勤務に従事せしめる旨被告会社が約したものとは到底認め難いところであるから、原告らの右主張は理由がないという外ない。
五 してみれば、原告らの本訴請求は、いずれも理由がないからこれらを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 木村修治)