大阪地方裁判所 昭和58年(ワ)4945号 判決 1987年1月20日
原告
鄭泰坤
右訴訟代理人弁護士
伊藤伴子
被告
萬両興産株式会社
右代表者代表取締役
水原清一
右訴訟代理人弁護士
岡野幸之助
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し、原告が被告に対して別紙第一ないし第五物件目録記載の不動産を明渡したときは、八五〇〇万円及びこれに対する右明渡しの日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1(1) 原告は、訴外信州人蔘加工販売協同組合(以下「訴外組合」という)との間で、昭和五四年四月一〇日、訴外組合所有にかかる別紙第一物件目録記載の土地(以下「本件第一物件」という)を次のとおりの約定で賃借する契約(以下「本件第一契約」という)を締結し、その旨の登記を経由した。
期間 昭和五四年四月一〇日から五年間
賃料 一ケ月一平方メートル当たり一四円
特約 譲渡、転貸ができる。
敷金 五〇〇万円(同月二七日 一五〇〇万を追加)
(2) 原告は、訴外組合との間で、昭和五四年四月二六日、訴外組合所有にかかる別紙第二物件目録記載の建物(以下「本件第二物件」という)を次のとおりの約定で賃借する契約(以下「本件第二契約」という)を締結し、同日その引渡を受けた。
期間 昭和五四年四月二六日から三年間
賃料 一棟につき月五万円
特約 譲渡、転貸ができる。
満期後はさらに三年間自動的に更新される。
敷金 一五〇〇万円
(3) 原告は、訴外高麗人蔘酒造株式会社(以下「訴外会社」という)との間で、昭和五四年四月二五日、訴外会社所有にかかる別紙第三物件目録記載の建物(以下「本件第三物件」という)を次のとおりの約定で賃借する契約(以下「本件第三契約」という)を締結し、同日、その引渡を受けた。
期間 昭和五四年四月二五日から三年間
賃料 本件第三物件(1)の建物につき、一平方メートルについて一か月七九円
本件第三物件(2)の建物につき、一平方メートルについて一か月一〇八円
本件第三物件(3)の建物につき、一平方メートルについて一か月一二五円
特約 譲渡、転貸ができる。
満期後はさらに三年間自動的に更新される。
敷金 二〇〇〇万円
(4) 原告は、訴外宝城醸周こと呉英植(以下「訴外呉」という)との間で、昭和五四年四月一五日、訴外呉所有にかかる別紙第四物件目録記載の土地(以下「本件第四物件」という)を次のとおりの約定で賃借する契約(以下「本件第四契約」という)を締結し、その旨の登記を経由した。
期間 昭和五四年四月一五日から五年間
賃料 一ケ月一平方メートル当たり三円
特約 譲渡、転貸ができる。
敷金 一五〇〇万円
(5) 原告は、訴外呉との間で、昭和五四年四月一五日、訴外呉所有にかかる別紙第五物件目録記載の建物(以下「本件第五物件」という)を次のとおりの約定で賃借する契約(以下「本件第五契約」という)を締結し、同日その引渡を受けた。
期間 昭和五四年四月一五日から三年間
賃料 月四万円
特約 譲渡、転貸ができる。
満期後はさらに三年間自動的に更新される。
敷金 一五〇〇万円
2 原告は、本件各契約に基づいて、約定の敷金を賃貸人に差し入れた。
3 本件各物件には本件各契約に先行する根抵当権が設定されているところ、いずれに対しても強制競売が開始され、昭和五八年三月三日、被告が競落し、同年四月八日その所有権移転登記を経由した。
4 原告の本件各契約に基づく賃借権は、いずれも短期賃貸借であり、競落人たる被告に対抗しうる。殊に、本件第二、第三、第五の各契約は、期間三年であるが、当初の契約締結時に予め満期後の三年間の自動更新の合意をなしたものであるから、これにより更新された賃貸借は、競売開始決定後の差押の効力に抵触するものではない。
5 被告は原告の短期賃借人たる地位を争つているので、原告が被告に対し、本件各物件を明渡したとき、原告が差し入れた敷金合計八五〇〇万円を返還されないおそれがある。
6 よつて、原告は被告に対し、敷金返還請求権に基づいて、本件各物件を明渡したときは、八五〇〇万円及びこれに対する明渡しの日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否。
1 請求原因1はすべて否認する。
2 同2は否認する。
3 同3は認める。
4 同4は否認する。
5 同5は認める。
6 同6は争う。
三 抗弁
本件各物件について、原告主張のような契約が形式上なされていたとしても、本件各契約は、当事者が通謀し、実体に符合しない虚偽表示により作出したものであるから無効である。
1 本件第一、第四の各物件(土地)は、本件第二、第三、第五の各物件(建物)の敷地であるところ、原告は建物のみならずその敷地についても賃貸借契約を締結しているのは不自然である。
2 原告は、賃借物件の引渡も受けず、依然として賃貸人のはずの訴外会社、訴外組合及び訴外呉がこれらを使用収益していた。
3 原告は、訴外会社及び訴外呉に対し、本件の各物件を転貸したとするが、そのような転貸は一般社会においてありえない。従つて、その元の本件各契約も虚偽のものである。
4 原告は訴外会社に対し、昭和五四年四月五日、弁済期を同月末日五〇〇万円、同年七月五日残金五〇〇万円として一〇〇〇万円を貸付け、さらに訴外組合に対し、同月一七日、弁済期同月末日の定めで、五〇〇万円を貸付けた。ところが、原告は前者の第一回の弁済を怠り、同年五月一日に公正証書に執行文の付与を受けて強制競売の申立をなしている。これらの日時と本件各契約の締結日はほとんど同時であつて、かつ当時本件各不動産には、その価格を超える担保権が設定されていて、原告が強制競売の申立をし仮に競落されても得るところはなかつたであろうことは明白である。即ち、原告と訴外呉は、共謀して本件各契約を形式上したようにし、まもなく強制競売の申立をし、他日競売になつたとき、その競落人から利得を得ようとしたものである。
四 抗弁に対する認否
抗弁は否認する。
第三 証拠<省略>
理由
一本件各契約の締結について
1 <証拠>によれば、原告が訴外組合との間で、昭和五四年四月一〇日、訴外組合所有にかかる本件第一物件につき、本件第一契約を締結し、その旨の登記を経由したことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。
2 <証拠>によれば、原告が訴外組合との間で、昭和五四年四月二六日、訴外組合所有にかかる本件第二物件につき、本件第二契約を締結したことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。
3 <証拠>によれば、原告が訴外会社との間で、昭和五四年四月二五日、訴外会社所有にかかる本件第三物件につき、本件第三契約を締結したことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。
4 <証拠>によれば、原告が訴外呉との間で、昭和五四年四月一五日訴外呉所有にかかる本件第四物件につき、本件第四契約を締結し、その旨の登記を経由したことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。
5 <証拠>によれば、原告が訴外呉との間で、昭和五四年四月一五日、訴外呉所有にかかる本件第五物件につき、本件第五契約を締結したことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。
二被告の競落について
本件各物件には本件各契約に先行する根抵当権が設定されているところ、いずれに対しても強制競売が開始され、昭和五八年三月三日、被告が競落し、同年四月八日その所有権移転登記を経由したことは当事者間に争いがない。
三本件第二、第三、第五契約の対抗力について
原告の本訴請求は、本件各契約が、民法三九五条の短期賃貸借に該当するので競落人たる被告に対抗しえ、従つて被告が敷金返還請求義務を含む賃貸人たる地位を承継したものであるとして、本件各物件の明渡し後における敷金の返還を求めるものである。
民法三九五条により抵当権者に対抗しうる不動産の短期賃貸借の期間が、競売開始による差押の効力の生じた後に満了した場合、賃借人は法定更新をもつて抵当権者に対抗しえず、ひいては競落人にも対抗しえないと解すべきである。そこで本件第二、第三、第五契約についてこれをみるに、前示一認定の事実によれば、
本件第二契約 昭和五四年四月二六日期間三年
同第三契約 同月二五日 右同
同第五契約 同月一五日 右同
であり、一方<証拠>によれば、これら各物件に対する競売開始の登記が、いずれも昭和五四年五月二五日になされていることが認められるのであるから、原告の賃借権は競落人との関係では、その期間満了をもつて終了しているというべきである。
また、原告は、最初の契約締結時に予め満期後三年の自動更新を合意したことにより、更新されたとするが、競売開始による差押の効力が生じた後の合意とすれば、その効力は否定されざるをえないし、契約締結時に当然の更新を合意していたとするならばそれは結局のところ期間六年の賃貸借であつて、短期賃貸借とはいえないのであるから、いずれにせよ失当である。
よつて、本件第二、第三、第五契約に関する限り、競落人はその前所有者から賃貸人たる地位を受け継ぐことはなく、敷金返還義務を承継することもない。
四虚偽表示について
<証拠>によれば、
1 訴外会社は薬用人蔘を原料とした酒類の製造及び販売、薬用人蔘の栽培、加工及び販売を業とする会社であり、訴外組合は薬用人蔘加工業者が共同して仕入れ、販売を行うことを目的として設立された協同組合であるが、いずれも訴外呉が代表者として実権を握り支配していたところ、原告は、訴外呉の要請により、昭和五四年四月五日、訴外会社に対し一〇〇〇万円を、同月一七日、訴外組合に対し五〇〇万円を貸付けたが、訴外呉並びに同人の経営する訴外会社及び訴外組合はこれを返済する余裕はなかつたこと
2 ところが、その貸付けとほぼ同時に同月一〇日から二六日にかけて、本件各契約が締結されていること
3 そして、原告は、そのわずか約一か月のちの同月一一日及び二五日に本件第一、第二、第三物件について強制競売の申立をなし、また訴外岡野健(訴外岡野は、公正証書の作成について原告を代理するなど原告とは密接な関係を持つことが認められる)をして同月二五日に本件第四、第五物件について強制競売の申立をさせていること
4 本件第二、第三、第五物件については、原告は当初期間五年の建物賃貸借契約を締結し、その登記をも経由しているが、そのすぐ後に期間三年の賃貸借契約(本件第二、第三、第五契約)を結びなおしており、賃貸借設定時から既に、本件各物件に対する競売が開始された後の保護を念頭に置き、競売開始を予定していた節が窺えること
5 本件第二物件の(1)建物は本件第一物件の(2)、(3)、(5)の地上に本件第二物件の(2)建物は本件第一物件の(1)の地上に、本件第三物件の(1)建物は本件第四物件の(2)、(3)の地上に、本件第三物件の(2)建物は本件第四物件の(2)の地上に、本件第三物件の(3)建物は本件第四物件の(1)、(2)、(3)の地上に、本件第五物件は本件第一物件の(4)の地上にそれぞれ存在しているところ、地上に建設された建物を賃借すれば、その敷地についても使用することができるにもかかわらず、本件第一物件の各土地及び第四物件の内の(1)、(2)、(3)の土地にまで賃借権を設定したこと
6 本件各契約はいずれも極めて高額の敷金の合意がなされており、しかも譲渡、転貸ができるという特約が付され、賃貸人にとつて著しく不利な内容となつていること
7 原告は、本件各契約にもかかわらず、現実には本件各物件を用益したことはなく、かえつて、本件各契約のわずか後に再び訴外会社へ本件各物件を転貸する旨の契約を結んでいること
以上の事実を認めることができる。原告は昭和五四年五月から本件物件に居住して、訴外呉から訴外会社の営業権を引き継ぎ、現実に本件各物件を用益してきたと供述するが、<証拠>によれば、原告は、昭和五四年四月五日には、訴外会社から右事業に必要な機械、器具その他を代金九五〇万円で買い受けておきながら、同時に訴外会社にこれらを賃貸しているのであつて、原告の右供述は到底信用することができない。他に前示認定の事実を覆すに足りる証拠はない。
右事実、殊に、本件各契約の設定の経緯、賃貸借契約の内容、その後の使用状況に照らせば、本件各契約はいずれも到底正常な短期賃貸借ということはできないのみならず、原告が訴外呉と通謀して、高額の敷金の返還に仮託して、本件各物件を後に取得する競落人から、原告の訴外会社及び訴外組合に対する貸付金を回収しようとした仮装の契約であると推認することができる。
よつて、本件各契約は無効であり、抗弁は理由がある。
五結論
以上によれば、原告の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官森 宏司)