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大阪地方裁判所 昭和58年(ワ)5209号 判決 1984年4月26日

原告 辻本嘉義

被告 ミノルタカメラ株式会社

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告が右記載の特許を受ける権利及び米国特許権につき、右(一)(三)については二分の一、右(二)については五分の一の持分権を有することを確認する。

(一) 特開昭五四―一三九七二七

米国特許第四二七四七二〇号

(二) 特開昭五〇―九二一二七

米国特許第三九七二〇五六号

(三) 特開昭五四―三六九三二

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、被告の従業員であつた当時(原告は退職予定である)、職務発明として、請求の趣旨記載(一)ないし(三)の発明(以下「本件発明1ないし3」という)をなし(本件発明1、3については原告一人で、同2については原告を含め四人で発明した)、特許を受ける権利をそれぞれ被告に譲渡した。

本件発明1ないし3は日本国及び米国で出願され、本件発明1、2については請求の趣旨記載の米国特許として登録された。

2  原告は被告より本件発明1ないし3の出願につき各二〇〇〇円の支払を受けた。

3  ところで、特許法三五条三項によると「従業者等は契約、勤務規則その他の定めにより職務発明について特許を受ける権利若しくは特許権を承継させ又は使用者等のため専用実施権を設定したときは相当の対価の支払を受ける権利を有する」と規定し、同条四項によると「前項の対価の額はその発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明がされるについて使用者等が貢献した程度を考慮して定めなければならない」と規定している。

4  しかし、被告の二〇〇〇円の補償はあまりに少なく、特許法三五条三項の相当の対価としては、本件発明1ないし3が未だ実施されていないため算定不能のため原告の持分権そのものと考えるのが妥当である。

5  また、本件発明1、2は米国ではすでに登録されており、米国の特許について特許法三五条の類推適用を認めるべきである。

よつて、原告は、被告に対し、原告が本件発明1ないし3の特許を受ける権利及び本件発明1、2の米国特許権につき、本件発明1、3については二分の一(被告と原告)、本件発明2については五分の一(被告と四人の発明者)の持分権を有することの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の各事実は認める。

2  同4、5は争う。

三  被告の主張

1  本件発明1ないし3の特許を受ける権利は、いずれも原告から被告に適法に譲渡されたものである。すなわち、被告は原告から、本件発明1については昭和五三年一月二四日に、本件発明2については同四八年九月五日に、本件発明3については同五二年六月二九日に、それぞれ特許を受ける権利を譲り受けた。

2  しかして、これらの譲り受けに対する特許法三五条三項の規定に基づく相当の対価は、被告の従業員就業規則四一条、発明考案取扱規程、同細則(以下それぞれ「被告規則、被告規程、被告細則」という)に定める通りであるところ(特許法三五条三項にいう「相当の対価」の内容については、特許法自体も具体的な基準を示してはおらず、「契約、勤務規則その他の定め」に委ねている)、本件発明1ないし3に関する特許出願は日本国では未だ登録されるに至つていないので、本件発明1ないし3の相当対価は被告規程八、九条、同細則六条に定める出願補償金(特許出願一件につき二〇〇〇円)のみであり、右出願補償金は原告に支払ずみである。

3  米国特許第四二七四七二〇号及び同第三九七二〇五六号は米国で特許登録されているものの、「米国の特許」を受ける権利についての使用者と従業者との関係は、専ら米国特許法が定めるべき事項であるから、特許法三五条の規定を前記米国特許出願に類推適用すべしとする原告の主張は誤りである。

被告は、被告規程九条二項で、「二ケ国以上に出願した発明」に対する出願補償は最初の一か国(本件の場合は日本国出願)に限ると定めると共に、登録補償については、同細則七条一項で、原則として「日本国において登録番号の付与されたもの」についてだけ行い、「日本国において権利化されなかつたもの」については例外として、国外において権利を取得したときに登録補償を行うと定めている。したがつて、前記二件の米国特許に対する登録補償は、これらに対応する日本国特許出願が目下審査中であるから、未だ実施しえないのである。

四  原告の反論

1  被告の補償金は被告規則四一条、同規程及び同細則の定めにより、出願補償、登録補償、運用補償の三つであり、被告は、これが特許法三五条三項の「相当の対価」であると主張する。しかし以下に述べるようにこれらは「相当の対価」ではない。

2  被告規程九条によれば、「出願補償はその出願が受理されたとき出願番号一につき一件として一定金額の補償金を支払う」とされている。これは発明の経済的価値を全く考慮することなく、およそ出願した発明のすべてに一律に一定金額を支払うものであるから「相当の対価」にあたらないことはいうまでもない。単なるごほうび金としても被告細則六条一項の二〇〇〇円ではあまりに低額であつて、経済的な恩恵としては意味をなさない。

3  被告規程一〇条によれば「登録補償は工業所有権を取得したものについて、発明の技術的内容・実施の効果・発明者の環境およびその発明がなされるについて会社が寄与した程度を考慮して審査し補償金を支払う」というものである。「発明の技術的内容・実施の効果・発明者の環境およびその発明がなされるについて会社が寄与した程度を考慮して」という表現は特許法三五条四項に対する配慮をうかがわせ特に使用者の貢献度を考慮していることが明らかである。しかしここではその発明により使用者等が受けるべき利益の額は考慮されていない。

特許法三五条四項の「使用者等が受けるべき利益の額」はその特許の経済的価値そのものであつて画期的な発明等であればその価値は甚大である。そしてこの経済的価値を基準として使用者の貢献度を割引いたものを「対価」として支払うべきなのである。しかるに被告規程及び細則によれば、「発明の技術的内容・実施の効果」を考慮するとしても、それは発明を等級別に格付けする一要素としているだけである。そして格付けされた発明に対して支払われる補償金は五〇〇〇円から五万円で「特に考慮すべきものに対して特別に審査して」(細則七条六項)一〇万円までの補償金が支払われるにすぎない。たとえ被告の受ける利益が数千万円ないし数億円にのぼつても、一〇万円を超えないという登録補償はやはりごほうび金の支給にほかならず、前述の格付け以上のものではない。使用者の受ける経済的利益の額を考慮しないかかるごほうび金をもつて相当の対価ということはできない。

4  運用補償は、「工業所有権を第三者に実施許諾または譲渡して実施料等の収入のある場合」(被告規程一一条一項)に収入額に応じた補償金を支払うというものであるから、特許法三五条四項の「使用者等が受けるべき利益の額」の一部である第三者からの収入部分に対するものとしては一応の合理性を有する。

しかし、使用者の貢献度は特許発明から使用者が利益を得る実施化努力と発明が完成されるまでの使用者の寄与の両者を含むと解されるところ、第三者に実施許諾又は譲渡する場合には、自ら実施する場合に較べて実施化努力という点での使用者の貢献度は著しく低いといえる。したがつて、かかる第三者からの収入については、自ら実施する場合よりも使用者の貢献度を低く評価すべきであつて、被告細則の定める割合は従業員に対し低きに失する。

5  右三つの補償金が完全に実行された場合でも、被告が自ら本件発明を独占的に実施することによつて受けるべき利益に対する評価は全く欠落してしまつている。職務発明において使用者は通常実施権を有するが、通常実施権と専用実施権又は特許権とは経済的価値に大きな差がある。使用者は右の大きな経済的価値の差を認めるが故に予約承継するのであるから、それに見合う「相当の対価」を支払うべきなのである。ところが、被告規程及び同細則の定める「補償金」はこの点をまつたく欠落させ、最高限度一〇万二〇〇〇円(出願補償と登録補償の合計)のごほうび金でこと足れりとしている。

6  このように、被告の「補償金」なるものは、発明の被告自身による独占的な実施によつて受ける利益をまつたく考慮しないものである。特許法三五条が専用実施権の設定や特許権の予約承継について対価支払請求権を明定し、その対価の額について「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」を考慮せよと命じているこの「利益」は使用者の自らの独占的な実施によつて受けるべき利益が基本であつて第三者に対する実施許諾等による利益はむしろ例外的なものであると解される。してみると被告規程及び同細則には、たとえ運用補償のように部分的には対価の支払とみる余地のあるところがあるとしても特許法三五条の定める対価支払請求権を到底満足することはできないのであるから、結局、被告の勤務規則その他の定めには、対価支払請求権の具体的内容について規定がないことになる。仮に被告規程及び細則中の「補償金」が対価支払請求権の内容であるとすれば、右規程及び細則の当該部分は特許法三五条三、四項に反し無効である。

したがつて、原告は右規程や細則によらず、直接に特許法三五条三、四項に基づき、「相当の対価」の一括払請求権を有しているのである。

第三証拠<省略>

理由

一  請求原因1ないし3の各事実は当事者間に争いがない。

二  いずれも成立に争いのない乙第四ないし第六号証によれば、被告の従業員就業規則(以下「被告規則」という)四一条は「従業員がその業務範囲に属する発明または考案をし特許を出願する場合は、別に定める発明考案取扱規程による。」と定め、発明考案取扱規程(以下「被告規程」という)八条には補償の種類として(1)出願補償、(2)登録補償、(3)運用補償、(4)復元補償を定め、九ないし一二条に規定を設けており、発明考案取扱細則(以下「被告細則」という)には次のとおり規定していることが認められる。

第六条 出願補償(取扱規程第九条関係)

補償金は次の金額とする。

(1)  特許出願 一件につき二〇〇〇円(以下省略)

第七条 登録補償(取扱規程第一〇条関係)

登録補償は日本国において登録番号の付与されたものにつき毎年三月末日に締切り、審査委員会で審査し補償金を決定する。補償金は審査委員会事務局からの連絡により発明者の所属上長が支払う。(以下省略)

6特許権および実用新案権の登録補償の金額は発明の技術的内容・発明者の環境および発明がなされるについて会社が寄与した程度等を考慮してA、B、C、Dの等級に、実施の効果をa、b、c、dの等級にあてはめ次の表によつて決定する。

(単位 千円)

A

B

C(標準)

D

a

50~35

35~25

25~18

18~13

b

35~25

25~18

18~13

13~10

c

25~18

18~13

13~10

10~7

d(不実施)

18~13

13~10

10~7

7~5

ただし、特に考慮すべき内容を持つものに対しては特別に審査して一〇〇、〇〇〇円~〇円の範囲内で補償金額を決定することができる。

第八条 運用補償(取扱規程第一一条関係)

工業所有権による実施料等の収入があつた場合の補償金の額は、次に掲げる算式によつて計算した金額に発明者の貢献度を考慮して決定する。

実施料等の収入

補償率

1000万円以下の金額

10/1000

1000万円をこえ5000万円以下の金額

6/1000

5000万円をこえる金額

3/1000

ただし、一件当たりの補償金総額は五〇万円をこえないものとする。

三  原告は、被告規程、細則は特許法三五条三、四項に関する規定がなく、また規定していても右条項に違反し無効であると主張するので以下判断する。

1  特許法三五条は職務発明について規定し、同条二ないし四項は発明者である従業員が使用者に権利を譲渡し、あるいは専用実施権を設定させる場合について規定しており、右第三項は使用者と従業者間の力関係で従業者が弱者の立場にあることを考慮して設けられたものと解され、右趣旨からして右第三項は強行規定と解するのが相当であり、右条項に違反する使用者及び従業者間の契約等は無効であり、また、同条項に関し当事者間に規定のない場合には従業者は特許法三五条三項に基づいて相当の対価を請求できるものと解するのが相当である。

2  前記のとおり、被告規程及び細則は補償につき出願補償、登録補償、運用補償を規定し、右各補償金をそれぞれの時期に支払う分割払方式を採用しているが、特許を受ける権利の譲渡時においては右権利が不確定なものであり、また権利が実施されていない間には使用者が受けるべき利益も未定であることから相当の対価の額を算定することは困難であり、更にかかる分割払方式を採用しても従業者に不利益となるものではないことを考慮すると分割払方式も許されるものと解するのが相当である。

3  ところで、被告規程、細則の規定が特許法三五条三項の相当の対価の規定といいうるためには少なくとも使用者が受けるべき利益(自社実施あるいは第三者に実施や譲渡した場合の利益を含む)について従業者への利益の還元が規定されていることが必要である。すなわち、特許法三五条三項にいう「相当の対価」とは「その発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明がされるについて使用者等が貢献した程度を考慮して定めなければならない」(同条四項)が、右使用者が受けるべき利益とは、従業者が職務発明たる特許を受けた際には使用者は無償の法定通常実施権を有するものである(同条一項)ことと対比すると、「当該発明の独占性に基づいて使用者が受けるべき利益の額」と解するのが相当であるところ、第三者に実施させた場合や譲渡の場合の利益が右に該当することはもちろん、自社実施の場合でも使用者が他社から製品を購入する際には、右購入価格には実施料が含まれているところ、逆に自社みずから実施する場合には右実施料相当額の支払を免れるのであるから自社実施の場合でも、右独占性に基づいて使用者が受けるべき利益が存するというべきである。

そこで右の見地から被告規程及び細則をみてみるに、被告が工業所有権を第三者に実施許諾あるいは譲渡した場合については被告規程一一条、細則八条に規定され、右細則八条は利益を三段階に分けて従業者へ還元している。

更に自社実施の場合については被告細則八条の運用補償の中には規定されていないものの、被告細則七条の登録補償では補償額を五〇〇〇円から五万円までの範囲で決めており、右金額は、当裁判所に明らかな国家公務員に対する補償である「国家公務員の職務発明に対する補償金支払要領」(五五特総第七三七号昭和五五年七月二四日)の登録補償の「権利一件につき三〇〇〇円に一発明につき三〇〇〇円を加えた額」と比較して高い金額であり、登録補償額の決定も、「会社が寄与した程度等を考慮してA、B、C、Dの等級に実施の効果a、b、c、dの等級にあてはめ次の表によつて決定する」と定め(被告細則七条六項)、実施の効果を考慮に入れており、特別の場合には一〇万円まで補償額をあげうることができる(同七条六項ただし書)ことを考慮すると、右登録補償に自社実施の際の実績補償が含まれるものとしても著しく不当ということもできない。

したがつて、被告規程、細則は前記基準を満足しているものということができる。

4  そして、成立に争いのない乙第三号証の一ないし三、前記乙第四ないし第六号証により認められる、出願補償、登録補償及び運用補償の額については、被告規程、細則が被告の就業規則に基づき定められたものであり、右細則は昭和五一年四月一日より施行されて現在まで問題なく運用されていること(被告細則は遅くとも昭和四三年一一月ころには存したがその後改正され、登録補償前の発明(本件発明1ないし3など)には新細則が適用される)、右各金額が著しく不当と認めるに足りる資料もみあたらないことに照らすと、被告細則の金額をもつて特許法三五条三項の「相当の対価」に該当しないと断定することはできない。

四  原告は本件発明1、2は米国ですでに登録されており特許法三五条を類推すべきであると主張し、その趣旨は必ずしも明確ではないが、原告と被告間では被告規程、細則によつて特許を受ける権利につき譲渡がなされており、右権利の出願先が日本国であれその他の国であれ、原被告間の関係は特許法三五条及び被告規程、細則により規律されるものである。そして被告規程九条二項では二か国以上に出願した発明に対する出願補償は最初の一か国に限ると定められており(被告規程九条二項、前記乙第五号証)、本件発明1ないし3に基づく出願補償各二〇〇〇円はすでに原告に支払ずみであり、本件発明1、2は米国で登録がされているものの、登録補償については「日本国において登録番号の付与されたもの」(被告細則七条一項、前記乙第六号証)とされており、日本国で未だ登録されていない本件発明1、2について登録補償することができない。

五  そうすると、原告において被告規程、被告細則に基づき、出願補償金の支払は受けたが、本件発明1ないし3が未だ日本国で登録されていないし、実施もされていないため、被告規則、被告規程、被告細則上その余の補償金の支払時期が到来していない現時点において、右被告規則等の違法無効を理由に、現在、直ちに全対価の支払を受けえることを前提とした原告の本訴請求は理由がない(なお、被告細則には従業者が被告を退職した際のことに関する規定がないものの(前記乙第六号証)、退職後も従業者は被告細則に基づく権利を失わないものと解するのが相当である)。

六  よつて、本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 潮久郎 鎌田義勝 徳永幸藏)

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