大阪地方裁判所 昭和58年(ワ)6081号 判決 1983年11月22日
原告
井川克美
右訴訟代理人弁護士
大石一二
同
大山良平
被告
平和運送株式会社
右代表者代表取締役
角谷隆吉
主文
一 被告は、原告に対し、金一三九万五三三三円及びこれに対する昭和五八年九月一七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し、金一三九万五三三三円及びこれに対する昭和五八年七月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言。
二 請求の主旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 被告は、従業員二〇名程の規模で一般貨物等の運送業を営んでいる株式会社であり、原告は、昭和四四年九月頃、被告に雇用され、勤務してきたが、昭和五八年六月三〇日をもって自己都合により退職する旨意思表示して退職した。
2 退職金請求権の発生
被告の昭和五二年三月一五日実施の退職金規程(以下、本件退職金規程という)によれば、原告には次のとおり、一三九万五三三三円の退職金請求権を有する。
すなわち、
入社日 昭和四四年一〇月一日
退職日 昭和五八年六月三〇日
在職年数 一三年八カ月
対象年数 一三年七カ月
退職時の基本給 一四万円
<1> 一四万円×九・五=一三三万円
<2> 一四万円×一〇・三=一四四万二〇〇〇円
<1>と<2>の差額 一一万二〇〇〇円
一一万二〇〇〇円÷一二カ月×七カ月=六万五三三三円
一三三万円+六万五三三三円=一三九万五三三三円
3 退職金の支払時期については、右退職金規程八条が「退職金の支給は退職後すみやかにその金額を支払う」と規定しているから、退職と同時にその支払時期が到来した。
4 その後、原告は被告に対し数回退職金支払の請求をしたが、被告は責任ある回答を一切なさず、内容証明郵便で一〇回の分割支払を提示してきた。
5 よって、原告は被告に対し、退職金一三九万五三三三円及びこれに対する退職の日の翌日である昭和五八年七月一日より完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1のうち、原告が昭和五八年六月三〇日をもって退職したことは否認し、原告が右同日退職の申し出をしたこと及びその余の事実は認める。被告は、昭和五八年六月末被告から退職の申し出を受けたがこれを承認せず、辞めないように説得し被告の待遇で不満があれば明日話し合うこととしたが、その後原告は欠勤し現在に至っている。
2 同2に記載の原告の退職金の計算は、旧規定である本件退職金規程によりなされたものであり否認する。
3 同3のうち、旧規定である本件退職金規程に原告主張の記載があることは認め、その余は争う。
4 同4は否認する。
5 同5は争う。
第三証拠(略)
理由
一 退職金請求権の発生等
1 原告が昭和四四年九月頃被告に雇用されたこと及び原告が昭和五八年六月三〇日に退職の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。
ところで、期間の定めのない雇用契約にあっては、労働者は、その雇用関係を解消する旨の一方的意思表示(退職申入れ)により、いつにても雇用関係を終了させることができるのであり、そして、この場合原則として、労働者の退職申入れ後二週間の経過によって終了するものである(民法六二七条一項)。これを本件についてみるに、原被告間の本件雇用契約は、その期間の定めの有無につき何らの主張立証もないから、期間の定めのない雇用関係と推定されるところ、前記のとおり、原告は昭和五八年六月三〇日、被告に対し雇用契約の解約申入れをしているから、同年七月一四日の経過をもって本件雇用契約は終了したものというべきである(なお、被告は、原告の退職申入れを承認せずに辞めないよう説得した旨主張するが、しかしながら、前記のとおり、労働者は一方的な退職申入れにより雇用関係を終了させることができるのであって、使用者の承諾を何ら必要とするものではないし、また仮に、被告に労働者の退職に使用者の承諾を要する旨の就業規則なり労働慣行などがあったとしても、これらは民法六二七条一項後段の法意に反し無効というべきであり、したがって、被告の右主張は失当である)。
2 そこで、原告の退職金につき検討するに、弁論の全趣旨によれば、被告には、本件退職金規定(被告のいう旧規定)が有効に制定実施されたことは明らかであり、そして、(書証・人証略)によれば、退職日を原告主張の昭和五八年六月三〇日として本件退職金規程の計算方法に基づき原告の退職金を計算すると、一三九万五三三三円となることが認められ、右認定に反する証拠はない。
ところで、被告は、本件退職金規程は旧規定であり、これに基づく退職金請求権は発生しないかの如き主張をするが、本件退職金規程が原告の退職前に改廃されたことを窺わせるような証拠がないばかりでなく、一旦有効に成立した本件退職金規程の内容は、原被告間の雇用契約の内容となったものと解するのが相当であるから、仮に、被告が本件退職金規程を改廃したとしても、これにつき原告の同意を得るか、改廃が合理的なものと認められる場合でない限り、被告は原告に対し、本件退職金規程により定められた計算方法によって計算された退職金を支払わなければならないものというべきところ、右の点について何らの主張立証もない。
3 以上のとおりとすると、原告は昭和五八年七月一四日の経過をもって被告会社を退職し、少なくとも一三九万五三三三円の退職金請求債権を取得したものというべきである。ところで、退職金の支払時期について、本件退職金規程はその八条で「退職金の支給は退職後すみやかにその金額を支払う」と規定しているが(この点は当事者間に争いがない)、「すみやかに」の意義については法律用語としての用語例としては、訓示的意味を有するものとして用いられ、義務違反を引き起こす趣旨で用いられないのが一般であり、したがって、本件退職金規程八条の「すみやかに」も他に特段の事由のない限り、右と同様に訓示的意味合いを有するものと解するのが相当であり、そして、これと別異に解釈すべき特段の事由を認めるに足りる証拠はない。そうとすると、本件退職金規程八条をもって、退職金の支払期日が退職後直ちに到来するものということはできない。そして、他に本件退職金の支払につき確定期限の存在を認めるに足りる証拠はないから、本件退職金支払債務は期限の定めのない債務というべく、そうとすると、原告が退職金を請求したときに、その期限が到来することになるところ、原告の被告に対する退職金請求の日時は、記録上明らかな本件訴状送達の日(昭和五八年九月九日)と認めるのが相当である。そして、本件退職金については、前記のとおり使用者である被告が本件退職金規程を設けて予めその支払条件を明確にしていて、その支払が被告会社の義務とされているもので、賃金の一種に属するものとみるべきであるから、労働基準法二三条の適用があり、したがって、右昭和五八年九月九日より七日おいて後の同月一七日から被告は本件退職金支払債務につきその遅滞の責任を負うべきことになる。
二 よって、原告の本訴請求は、退職金一三九万五三三三円及びこれに対する右昭和五八年九月一七日から右支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右の限度で認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 千川原則雄)