大阪地方裁判所 昭和58年(ワ)689号 判決
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【判旨】
二本件事件の発生
<証拠>によれば、次の事実が認められる(一部当事者間に争いのない事実も含む。)。
右一のとおり被告の乱暴な運転によつて本件交通事故が発生したので、原告鈴木は、原告車から降りて被告車の運転席のところまで行つて、ドアを開けて被告に抗議をした。その際被告が酒気を帯びていることが分かり、また、被告は、本件事故について原告鈴木が満足するような謝罪をせず、反論もしたりしたので、原告鈴木は被告に対し、降車して最寄の本件派出所に行くことを促し、それぞれ、原告車及び被告車を他の交通の妨げにならない場所に移動してから、本件派出所に赴いた。千秋も原告車から降りて原告鈴木及び被告の後からついてきた。ところが、本件派出所には警察官が不在であつたため、原告鈴木は同所から警察本署に連続して三回架電したが、どうしても通じなかつた。そこで被告は、酒気を帯びていたこともあつて、もう帰宅したいと思い本件派出所から出ようとしたところ、原告鈴木がそれを阻止しようとしたため、被告は立腹し、「いいかげんにせい。」などと怒号しながら、右手拳を鈴木の顔頸部に当て、窓の方に押し込んだ。原告鈴木は、近くの公衆電話から警察に緊急連絡をしようと思い、本件派出所の入口から外側に片足を出したとき、被告は、「なめやがつて。」などと怒号しながら原告鈴木の顔面を手拳で五、六回殴打した。これに対して原告鈴木が被告の胸倉をつかんで、対峙していたところ、それまで原告鈴木と被告の様子を見ていた千秋は、被告の後方真近にいたが、被告の肩に両手をかけるような姿勢をして、制止しようとしたが、原告鈴木が本件派出所の入口から外側に出ていた片足を内側に入れ直し、横に移動し、被告が胸倉をつかまれている原告鈴木の手を振りほどこうとしたところ、突然千秋が片手を胸に当てがい、もう一方の手を前にさし出すようにして、身体を半回転させながら壁にもたれるようにしてくずれ落ちた。これを見た原告鈴木は、被告と組合つていた手を離して、急いで千秋を抱きかかえたが、千秋はぐつたりしていたので、原告鈴木は危険だと思い、被告に対し、「一一九番してこい。」といつたところ、被告は、うなずいて本件派出所から出たが、酒気を帯びていたことが警察官に知られることをおそれ、また、千秋も貧血でも起こしたのでしばらくすれば回復するであろうと思つて、そのまま連絡もせずに帰宅してしまつた。その三、四分後原告鈴木が救急車を呼んだが、千秋は、前同日午後一〇時一七分ころ死亡した。
三責任原因
<中略>
3(一) 原告正彦及び同ヨシノは、請求原因4(三)のとおり被告が本件派出所内で原告鈴木とつかみ合つていた際、被告の手が千秋の顔面及び胸部に当たり、また、被告が理不尽な行動をしたことによつて、心臓に異常があつた千秋を死に至らしめたと主張する。
しかしながら、千秋が、本件派出所内で床にくずれ落ちるまでに被告の手が千秋の胸部、顔面に当つたことを認めるに足りる証拠はなく、本件事件の経緯、千秋の死因は左記のとおりである。
(二) <証拠>によれば、次の事実が認められ<る。>
千秋は、前同月一七日午前一〇時三〇分ころから解剖に付されたが、その結果、顔面、左下眼瞼に米粒大の表皮剥脱一個、鼻背部に数個の砂粒大の表皮剥脱を伴つた皮下出血(打撲擦過傷)が認められ、また心臓については大動脈弁下部の著明な肥厚、狭窄が認められた。右解剖をなした医師松本秀雄は、前記打撲擦過傷は、種々なる機会に種々なる物体によつて発起可能の軽傷であること、本件死因は、特発性心筋症をベースとして惹起された急性心不全の結果であるとするのが最も妥当であること、しかしながら、極度の興奮状態にあつた千秋が軽いながらも打撲されたとすれば、より長く生きられたのを死に至らしめたと考えることも可能であるとの所見を有している。
<証拠>によれば、千秋は、本件事件発生時六九才であつたが、風邪をひくことも殆んどなく、毎日一合ないし1.5合の晩酌も欠かさず、身体の不調を訴えることもないなど、外見上極めて健康体のように見えていたことが認められ<る。>
(三) 右各認定事実によれば、千秋は、心臓部に異常があつたところ、極度の興奮状態に至つたため急性心不全により死亡したものであり、千秋を右極度の興奮状態に至つたため急性心不全により死亡したものであり、千秋を右程度の興奮状態に至らせたことについては、被告が前記一のとおりの態様の本件交通事故を起こし、また右二認定のとおりの行動をとつたことも寄与しているものと認められないではないものの、被告には、千秋の同乗している原告車に対して前記態様の本件事故を発生させ、これに関連して原告鈴木ともみ合い、同原告を殴打する等前記二で認定した各行動をとれば、心臓に異常があつたとはいえ、外見上は極めて健康体で異常の見られなかつた千秋が極度の興奮状態に至り、そのため死亡するということまでを予見して、その様な結果が生じないようにするため、右各行動を控えるべきであつたというような注意義務があるとは認めることができない。
したがつて、本件千秋の死亡については、被告には過失があるとは認められないといわざるを得ないから、千秋及び原告正彦及び同ヨシノにとつてまことに不幸な結果が生じたものではあるが、被告の不法行為を原因とする原告正彦及び同ヨシノの請求は、その余について判断するまでもなく、いずれも理由がないといわざるを得ない。
(長谷川誠)