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大阪地方裁判所 昭和58年(ワ)8897号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【判旨】

一 受傷、治療経過等

(一) <証拠>によれば、原告は昭和五六年一二月一日より昭和五八年七月六日までのうち九三日間安藤診療所において傷病名むちうち症の通院治療を、昭和五六年一二月八日手島外科病院においてCTスキャンなどの検査を、昭和五六年一二月四日より同月九日までの二日間大阪厚生年金病院において傷病名頭部打撲、頸部捻挫の検査及びその治療をそれぞれ受けてきたこと、右安藤診療所では、初診日である昭和五六年一二月一日原告の頭重感、耳鳴、悪心、嘔吐の主訴により、また、他覚的に眼振がみられたことから、頸部筋肉挫傷、前胸部筋肉挫傷、肩胛部及び背筋挫傷、頸椎挫傷と診断し、眼底検査及びX線撮影検査などの諸検査を行つたが、右検査からは格別の異常は認められなかつたこと、しかしながら、原告の不定愁訴が続いたため脳内出血を疑つた安藤医師は、大阪厚生年金病院へ原告を紹介し、同病院での精密検査を求めたところ、同病院脳神経外科医師は昭和五七年二月一七日付で、原告の症状を項部筋のつつぱり以外神経学的に異常はなく、CTスキャン、脳波検査ではともに異常は認められない旨回答したこと、安藤診療所への通院回数も昭和五七年二月は実日数六日、同年三月は実日数二日、同年四月は実日数五日と安定していたこと、原告の主訴症状も筋肉痛ないしは、局所の炎症による神経症状であつたことから、安藤診療所での治療も筋弛緩剤、鎮痛剤などの投薬による対症療法が行われていたこと、一方、原告より往診依頼のあつた同年六月二三日に往診した安藤医師は、原告の主訴症状を痰咳の右局部痛ではないかと判断し、大阪暁明館病院へ紹介して原告を入院させたが、同病院での検査結果では、結石像がみられ、また、胃潰瘍などの異常が認められたものの、炎症反応がなかつたことから、原告は同年七月一九日同病院を退院したこと、そのころから、原告の愁訴症状が胸部、腹部へ移行し、項部、背部、肩胛部にはなお緊張感があつたものの、その主訴も安定化してきていたことから、原告の求めに応じ、安藤医師は昭和五七年一二月七日の診断で、症状固定日を空欄にした後遺障害診断書を作成したこと、右診断書によれば、原告には自覚症状として左頸部、左頭部、左肩部の激痛、特に狭心痛と誤る程度の激痛が左前胸部に起る。左上腕の知覚マヒ(不全)運動障害、耳鳴、めまい持続、他覚症状として左上腕の腱反射減弱と知覚異常あり。左上肢の運動制限、上後方脱力感と握力低下があることが記載され、また、予後の所見として、今後は整形の専門治療が必要と記載されていたこと、しかしながら安藤医師としては、原告に対する理学療法実施時期は昭和五七年二月ごろが適当であつたと考えていること、原告は右診断書をもとに自賠責保険会社に対し昭和五八年一月五日後遺障害分につき被害者請求し、これを受けた自賠責調査事務所では原告の後遺障害を等級第一四級一〇号に該当するものと認定し、右等級に相応する保険金七五万円が、昭和五八年二月一六日ごろ、原告に支払われたこと、その後は原告の症状も改善し、治癒に向かつていたのに、昭和五八年七月六日に至り、突然、左右肘関節、左右上腕及び肩関節、手指関節、左右股関節などに運動傷害、知覚傷害を訴え、安藤医師は、同日の診断により、原告の右訴えをもとに症状固定日空欄のまま後遺障害診断書を作成し、抹消神経障害を疑わせるような知覚検査、特に痛覚検査上の異常があるものと考え、右後遺障害診断書作成後も、温熱療法、投薬療法を繰返していたこと、しかしながら、安藤医師においても、原告の主訴のうち、左右股関節の傷害は本件事故と関係がないものと判断していたこと、ところで、原告には、昭和五四年一〇月二〇日ごろからの胃潰瘍、同年一一月二八日ごろからの腰痛症、昭和五五年三月五日ごろからの慢性腸炎、昭和五六年三月一七日の接触交通事故による症状であるメニエール症候群、同年四月一七日ごろからの過敏性大腸症候群、昭和五七年になつても胆のう症、昭和五八年四月には左結膜下出血、右三叉神経炎などの私病がみられ、特に、ふらつき、めまいなどのむちうち症の症状と同一の症状を呈するメニエール症候群の症状が強かつたこと、しかしながら、本件事故後、原告の主訴ではメニエール症候群の諸症状が増悪していることが認められたこと、以上の事実に加えて、昭和五八年八月二日再度の後遺障害による被害者請求を受けた自賠責調査事務所では、原告の申告に基づく事故態様、すなわち、被害車停止中のところへ急発進した加害車が時速約二〇キロメートルの速度で接触追突したとの態様のもと、自賠責顧問医の指示による安藤医師への意見照会に対する回答が寄せられないまま、診療経過等を勘案したうえ、原告の後遺障害を局部に頑固な神経症状を残すものとして、等級第一二級一二号に該当するものと判断したことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

(二) 右事実によれば、原告は、本件事故後、頭部打撲、頸部捻挫という傷病名により安藤診療所において通院治療を受けていたこと、一方、原告には本件事故以前よりメニエール症候群などの既応症のため、安藤診療所において通院治療を受けていたこと、ところで右既応症は原告受傷の頭部打撲、頸部捻挫の傷害に基づく症状と同じ症状を呈することがあつて、本件事故後の原告の主訴も頭重感、耳鳴、悪心、嘔吐であるうえ他覚的にも眼振がみられるなどメニエール症候群における症状と同一の症状がその主訴をなしていること、しかしながら、事故前に比較して事故後における原告の主訴が増悪していたことが認められたこと、そこで、安藤医師は、原告の症状を頸部筋肉挫傷、頸椎挫傷と診断し、右診断のもと原告への治療を行つていたことが認められ、右事実及び前記認定の本件事故態様(特に、加害車がアクセルを踏みエンジンをふかしたまま被害車と衝突していること。)を考慮すれば、本件事故と原告の受傷との間には因果関係があるものというべきである。

しかしながら、原告の症状固定日及び後遺障害の内容及びその程度について判断するに、右事実によれば、安藤診療所でなされた眼底検査、X線撮影検査においても、また、手島外科病院、大阪厚生年金病院でなされたCTスキャン、脳波検査においてもいずれも検査結果に異常が認められず、特に大阪厚生年金病院脳神経外科医師は、昭和五七年二月一七日付回答書で原告の症状を項部筋のつつぱり以外神経学的に異常はないものと診断していることが認められること、原告の安藤診療所での治療方法をみると、もつぱら対症療法としての投薬治療であつて、治療経過も昭和五七年二月は通院実日数六日、同年三月同二日、同年四月同五日とすでに昭和五七年三月ごろで安定しており、同年六月二三日ごろには私病で大阪暁明館病院へ入院していること、安藤医師は、原告の求めに応じ昭和五七年一二月七日の診断で症状固定日を空欄にした後遺障害診断書を作成しているものの、同医師としては、温熱療法を主とする理学療法を実施する時期としては、急性症状の経過した昭和五七年二月ごろが適当であつたと判断していること、ところが、原告は、自賠責調査事務所が右後遺傷害診断書の内容、すなわち、他覚的には左上腕腱反射減弱、知覚異常、左上肢の運動制限、上後方脱力感、握力低下、自覚症状としては左頸部、左頭部、左肩部の激痛、左前胸部の激痛、左上腕の知覚マヒ(不全)と運動障害、耳鳴、めまい持続のあつたとする後遺障害を等級第一四級一〇号に該当するものと認定したため、自賠責保険金七五万円を受領したのに、原告はこれを不服として、昭和五八年七月六日、突然左右股関節及び安藤医師においても本件事故と関係ないとされる股関節などの運動障害、知覚障害を訴え、同日の診断に基づき再度後遺障害被害者請求をしたところ、自賠責調査事務所では原告の後遺障害につき安藤医師の回答書をまたずに診療経過等のみを勘案して等級第一二級一二号に該当するものと認定し直したことが認められ、右事実及び前認定の原告の既応症、本件事故後の原告の私病並びに前記認定の本件事故態様によれば、本件事故による原告の症状としては、事故の発生より四か月経過した昭和五七年三月末ごろにはすでに症状固定していたものというべきであり、その際における後遺障害の内容及びその程度も、諸検査によるも異常が認められず、項部筋のつつばり以外に神経学的に異常のない原告の後遺障害としては、等級第一四級一〇号に該当する局部に神経症状を残す程度であつたものというべきである。また、右認定の如く、原告の不定愁訴は別として、本件事故による傷害の部位、程度及び治療経過が、原告の既応症及び本件事故後の原告の私病と区別して認定することができる本件では、原告の体質的素因を民法七二二条の類推適用による抗弁事由としてこれを判断するまでもなく、相当因果関係の有無により原告の損害を確定しうるのであるから、被告らの右の如き主張は採用しない。

(坂井良和)

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