大阪地方裁判所 昭和58年(行ウ)32号 判決 1983年11月10日
原告
X
被告
大阪拘置所長
賀屋清一
被告
国
右代表者法務大臣
泰野章
被告ら指定代理人
高田敏明
外五名
主文
原告の被告大阪拘置所長に対する本件訴えを却下する。
原告の被告国に対する請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実《省略》
理由
一被告所長に対する訴えについて
被告所長が大阪拘置所の被収容者の信書の発信について、原則として一日二通以内とし、特に必要あるときは、予め願い出れば、事情により、特別発信として許す旨の制限(本件制限)を定めたことは当事者間に争いがない。
ところで、右本件制限は、大阪拘置所に現在及び将来収容される不特定多数の被収容者を対象とするいわゆる一般処分と解すべきところ、このような行政庁の行なう一般処分は、法令の定立行為と同様に、抽象的、一般的な規範を定立するものに過ぎないのであつて、それ自体は、個々の被収容者の具体的な権利を直接制限するものではないから、右一般処分は、いわゆる抗告訴訟の対象となる行政処分ではないと解すべきである。もつとも、被告所長の行なつた右一般処分に基づき、被収容者が発信信書を特定して一日に二通を超える発信の許しを具体的に求めたのに対し、被告所長がこれを許さないとしてその発信を個別的具体的に制限した場合には、当該具体的な発信の許可申請に対してこれを許さない処分が、被収容者の具体的な権利を制限するものとして、抗告訴訟の対象となる行政処分と解し得る余地があるに過ぎないものというべきである。
次に、原告が、その主張の如く、被告所長の行つた一般処分である本件制限の撤廃を求め、それが不可能なら訴訟上の連絡については、無条件に度数外発信を認めよとの要求をしたとしても、右の如き要求は、いわゆる行政庁である被告所長に作為を求めるものであるというべきところ、行政庁にこのような作為を求めることは、法令にその旨を定めた特別の規定のない限り、権利として保障されたものではないと解すべく、かつ、現行法上右趣旨を定めた法令上の規定はないから、被告所長としては、原告の右要求に対し、応答する義務はないし、仮に右要求に応じない旨回答したとしても、右回答は、単なる事実行為に過ぎず、これによつて原告の具体的な権利が害されるものとは認め難いから、いわゆる抗告訴訟の対象となる行政処分ではないと解するのが相当である。
そうとすれば、原告が、被告所長に対し、その主張の如く、本件制限の撤回を求めること等を要求し、被告所長がこれに応じない旨の本件回答をしたとしても、右本件回答は、抗告訴訟の対象となる行政処分ではないと解すべきである。
したがつて、被告所長を被告として、本件回答の取消を求める原告の本件訴えは不適法というべきである。
二被告国に対する請求について
1 請求原因1ないし3の各事実は、当事者間に争いがない。
2 原告は、本件制限は、憲法一三条、二一条、監獄法四六条に違反している、仮に被告所長が、原告ら被収容者の発信する信書を原則として一日二通に限るとの制約を設けることが被告所長の裁量権の範囲内であるとしても、現行の度数外発信を許す基準は苛酷に過ぎ、憲法一三条、二一条、監獄法四六条に違反し、刑事被告人の防禦権を著しく侵害し、刑訴法一条にも違反し、裁量権の濫用であるとし、原告が度数外発信として願い出た信書の発信を違法に拒否されて損害を被つたと主張している。
そこで判断するに、監獄法四六条一項は、「在監者ニハ信書ヲ発シ又ハ之ヲ受クルコトヲ許ス」と規定しているが、監獄は、多数の被拘禁者を外部から隔離して収容する施設であり、右施設内でこれらの者を集団として管理するにあたつては、内部における規律及び秩序を維持し、その正常な状態を保持する必要があるから、この目的のために必要がある場合には、未決勾留によつて拘禁された者についても、この面からその者の身体的自由や信書の発信、その他の行為の自由に一定の制限が加えられることは、やむを得ないところというべきである(最高裁判所昭和五八年六月二二日判決・裁判所時報八六一号一頁)。そして、監獄法は、同法五〇条及び同法施行規則一三〇条一項の規定により、監獄の長は未決拘禁者を含む在監者の発受する信書を検閲する権限を有する旨定めているところ、現実には、各拘置所における人的物的設備に一定の制約があるところから、右検閲を適正に実施するため、極めて例外的な処置ではあるが、刑事訴訟法八一条所定の裁判所の処分によるまでもなく、監獄の長が在監者の発受する一日の信書の数をある程度制限することも、止むを得ない措置として、必ずしも違法ではないと解するのが相当である。
これを本件についてみるに、前記1の当事者間に争いのない事実に、<証拠>によると、原告は、昭和五八年一月ころ、刑事被告人として大阪拘置所に勾留されていたところ、当時、同拘置所では約一四〇〇名の被収容者があり、右被収容者から一日に一〇〇〇通の発信があつたこと、そして右信書の発信の受付、検閲、発送事務を、同拘置所保安課書信係の職員七名で行なつていたところ、当時一日に二通以上の信書の発信をするものはほとんどなかつたこともあつて、被告所長は、右事務を公平に処理する必要から、右職員七名の事務処理能力等を考えて、被収容者の信書の発信については、原則として一日二通以内とし、特に必要なときは、予め願い出れば、事情により特別発信として許す旨の本件制限をしていたこと、そして、大阪拘置所では、現実に刑事被告人となつている者の裁判上の防禦に必要な信書であつて、その日に発信しなければならないものについては右二通を超える信書の発信を許していたこと、原告は、昭和五八年一月六日、一通の信書の度数外発信を被告所長に願い出たが許されなかつたこと、原告は、翌七日信書を度数内として発信を求めたので、被告所長はこれを許し右信書は発送されたこと、右信書は、訴外竹内毅(同拘置所に在監中の者)宛のもので、原告が受けている処遇の報告であり、どうしても同月六日中に発信しなければならないものではなかつたこと、以上の事実が認められる。
そして、右事実によれば、被告所長が、被収容者の信書の発信について、原則として一日二通以内とし、特に必要があるときは、予め願い出れば、事情により特別発信として許す旨定めた本件制限は、当時の大阪拘置所の被収容者の人数、被収容者が発信する信書の数、これを検閲する職員の数、その他の事情に照らし、検閲事務の公平を期し、その内部における規律及び秩序を維持し、その正常な状態を維持するため具体的に必要なものであつて、人的物的設備の制約からくるやむを得ないものであつたというべきであるから、何ら憲法一三条、二一条、監獄法四六条、刑訴法一条に違反するものではないし、また、被告所長の裁量権の濫用でもないというべきである。さらに、昭和五八年一月六日に、原告が一日に二通を超えて発信を求めた信書についても、その宛先や内容に照らし、原告の刑事裁判上の防禦権を行使するためにその日のうちに是非発信しなければならないものであつたとは認め難いのであつて、被告所長がその発信をその日に許さなかつたことは、違法なものではないというべきであるし、原告主張の被告所長のした本件回答も何ら違法ではないというべきである。のみならず、原告が同月六日度数外発信を許されなかつた信書一通は、前認定のとおり翌七日に発送されたところ、右信書の発信が一日遅れたことにより、原告が特に損害を被つたことについては何らの立証もない。
そうすると、原告の被告国に対する損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。<以下、省略>
(後藤勇 八木良一 小野木等)