大阪地方裁判所 昭和59年(モ)2765号 判決 1984年8月30日
申立人(被申請人) 株式会社ニツチ
被申立人(申請人) 株式会社キトー
仮処分 大阪地方昭和五八年(ヨ)第二三九七号(昭和五九年一月二六日決定)
主文
一 本件申立を却下する。
二 申立費用は申立人の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 申立人
1 申立人と被申立人間の大阪地方裁判所昭和五八年(ヨ)第二三九七号荷役機械等製造禁止等仮処分申請事件について、同裁判所が昭和五九年一月二六日なした仮処分決定はこれを取消す。
2 申立費用は被申立人の負担とする。
3 仮執行宣言。
二 被申立人
主文同旨。
第二当事者の主張
一 申立の理由
1 大阪地方裁判所は、被申立人申請にかかる同庁昭和五八年(ヨ)第二三九七号荷役機械等製造禁止等仮処分申請事件について、昭和五九年一月二六日申立人に対し、「一 申立人(被申請人)は、別紙物件目録<省略>記載のイ号物件、ロ号物件並びにハ号物件を製造し、販売し、販売のために展示し、宣伝、広告してはならない。二 申立人(被申請人)の占有する前項記載の各物件についてその占有を解きこれを被申立人(申請人)の委任する管轄地方裁判所所属の執行官をして保管せしめる。」との仮処分決定をなした。
しかして、右仮処分申請は、被申立人が申立人に対し、申立人の製造販売にかかる前記イ号物件、ロ号物件及びハ号物件「遊転操作部に安全装置を有する小型捲上兼牽引装置」〔ニツチレバーホイスト・RB―三〇型〕、以下「本件製品」という)が被申立人の有する特許権(特許第七二八〇九七号)を侵害するとして本件製品の製造販売、販売のための展示、宣伝、広告等の禁止等を求めたものである。
2 本件には次のような特別事情があり、本件仮処分決定は取消されるべきである。
(一) 異常損害の発生
(1) 被申立人は、資本金八億円、従業員約八〇〇名を擁する東証二部上場の会社として、その販売実績においても全国第一位を誇る大会社であり、被申立人の最近一年間(昭和五七年四月一日より同五八年三月三一日まで)の総売上高は一九八億八四〇四万三〇〇〇円に達し、そのうち本件特許製品(レバーブロツク)の売上高は二〇億一六五〇万五〇〇〇円となつている。したがつて、本件特許製品の総売上高に対する割合はわずか一割にすぎず、かつ、被申立人の権利が保全されざる結果被申立人が蒙る損害は、被申立人の全製品のうちの本件特許製品のみの売上高が多少減少し、しかも右売上高のいくらかの利潤が減少するにすぎないのであるから、被申立人の総売上高からすればその損害は極めて微々たるものである。更に申立人の本件製品の販売先は、その八割が海外輸出であつて、国内販売量はごく微量にすぎず、被申立人の本件特許製品の販売成績に及ぼす影響も極めて少ないことをも考慮すれば、被申立人の権利が保全されざる結果被申立人が蒙る損害は更に微々たるものになる。
(2) これに反し、申立人は、資本金一億円、従業員わずか一六〇名を擁するにすぎない弱小会社であつて、最近一年間の総売上高は二二億八〇四二万八〇〇〇円で、本件製品の売上高は二億四四六八万一〇〇〇円で右総売上高の約一〇・七パーセントに達しており、本件仮処分によつて右売上高が減少するほか本件仮処分執行により販売予約もしくは販売予定の七五六台(合計約一一五〇万円)の本件製品が差押えられ、販売不能となつている。更に、申立人においては右損害のほかに、本件仮処分の結果、営業上の信用を失い申立人の製品の購入を中止される等、他の製品にまで影響を及ぼし、その損害は倍加し、莫大な額に達する。
(3) 以上のとおり申立人が本件仮処分により蒙る損害は、被申立人が本件仮処分が取消されることにより蒙る損害に比してはるかに莫大であり、異常損害というべきである。
(二) 金銭補償の可能
特許権は新規なる工業的発明に対して付与される権利であり、精神的産出物たる性格を有する面もあるが、本件被保全権利である特許権についてみれば、その侵害の排除は特許権に基づき製造される製品の販売(売上高)に影響を及ぼすことを防ぐにほかならないのであるから、被申立人の権利は金銭的補償によりその終局の目的を達成しうるものというべきである。
なお、仮に本件仮処分取消後に、本案において申立人敗訴の判決を受けるに至つても、取消の結果被申立人が蒙る損害については申立人においてこれを弁償するため保証を供託することは勿論、他にも資産を有するものである。
よつて、申立人は、民事訴訟法七五九条により本件仮処分決定の取消を求める。
二 申立の理由に対する認否
申立の理由2は争う。
三 被申立人の主張
1 本件製品の売上高が申立人の総売上高に占める割合は一〇・七パーセントである。企業の売上高が前期に比して一〇パーセント程度減少することは、よく見られるところである。その結果、企業がにわかに倒産に至るということは生じない。したがつて、申立人が本件仮処分によつて異常な損害を蒙ることはありえない。
2 被申立人は、申立人が本件製品の販売を続けることによつて、無用の競争を強いられる。その結果は、値下げによつて販路の維持を図らねばならなくなり、現に本件製品は被申立人の本件特許の実施品よりも廉価で販売されている。販路の喪失、価格の変更が生じた場合、これを回復することは殆んど不可能であり、被申立人は申立人の行為が放任されることにより回復不能な損失を蒙ることになる。
四 申立人の反論
被申立人は、販路の喪失、価格の変更による損害を主張するが、被申立人の本件特許の実施品は、大会社の製品としてもともとその販売価格が高く、仮に申立人がこれよりも廉価で販売していたとしても、申立人以外の他社も申立人と同様被申立人の販売価格より廉価で販売しているのであるから、単に申立人の販売価格が廉価であるとの理由のみで、被申立人の従来の販路が縮少される結果を生じることはありえず、更に被申立人が主張するような結果が生じることがあるとしてもその損害は軽微であるのみならず、結局は販路が縮少される結果、販売利益が減少するに帰するのであつて、これが回復は金銭的補償により十分に可能といわねばならない。
なお、特許権についての仮処分決定取消により被申立人の蒙る損害については、その額の確定及び立証が困難であるとの考えからその取消を渋る向きもあるが、かかる損害は当事者において予見しうる通常一般に生ずる損害に限るべきであつて、予見もしえないような特別な損害までも考慮すべきでないこと勿論である。
第三疎明<省略>
理由
一 申立の理由1の事実(本件仮処分決定及び仮処分申請の理由)は被申立人において明らかに争わないから自白したものとみなす。
二1 成立に争いのない甲第一ないし第三号証、証人西河康己の証言により真正に成立したと認められる甲第四号証、成立に争いのない甲第五ないし第八号証、同乙第一号証及び証人西河康己の証言によれば、
(一) 被申立人は、資本金八億円、従業員数八二六名の、荷役機械、荷役設備等の製造、工事販売等を目的とする会社であり、年商は業界第一で昭和五七年四月一日から同五八年三月三一日までの総売上高は一九八億八四〇四万三〇〇〇円で、うち本件特許権の実施品の売上高は二〇億一六五〇万五〇〇〇円であること
(二) 申立人は資本金一億円、従業員数約一六〇名のチエーンブロツク、各種トロリー等の製造販売等を目的とする会社であつて、昭和五七年一一月から同五八年一〇月までの総売上高は二二億八〇四二万八〇〇〇円で、そのうち本件製品の売上高は二億四四六八万一〇〇〇円で、総売上高の約一〇・七パーセントを占めること、また、本件仮処分決定が執行され、本件製品の在庫七五六台(時価合計約一一〇〇万円相当)が執行官保管とされ販売できないこと、本件製品は輸出の割合が七五ないし八〇パーセントを占めること、本件仮処分は業界紙に発表され、しばらくは本件製品とセツトになつた製品の販売が停滞したが現在は回復してきていること、申立人は本件仮処分執行後昭和五九年二月ころから本件製品と構成の異なる同種の代替品〔ニツチレバーホイストRB―三〇X型〕を製造販売していること
以上の事実が認められる。
2 そこで申立人の主張する異常損害について検討するに、申立人は本件仮処分により本件製品の製造販売等ができないばかりか、一一〇〇万円相当の在庫が執行官保管となり販売できず、また、業界紙への本件仮処分決定の発表により営業上の信用が傷ついたとはいえ、本件製品の売上高は総売上高の一〇・七パーセントにとどまり、しかも代替品の製造販売により売上げの減少には歯止めがかけられ、また、本件製品とセツト販売されていた製品の販売も回復してきており本件仮処分の影響は他の製品に波及していない。そうすると、申立人の本件仮処分を維持することにより蒙る損害は、被申立人の、被申立人は申立人より会社の規模、総売上高及び本件特許の実施品の売上高共大きく、申立人の本件製品の売上高は被申立人の本件特許の実施品の売上高の一割程度であるとの事情を考慮しても、なお仮処分により通常蒙る損害にとどまるものと認めるのが相当であつて、申立人が倒産する等といつた異常損害が生ずるものと認めることは難しく、他に異常損害と目すべき事情もみあたらない。
三 次に金銭補償の可能性について検討するに、申立人と被申立人の販路は国内外で競合することがあり、申立人の本件製品の単価は一万三八〇〇円、二万一〇〇〇円、二万一四〇〇円の三種類でいずれも被申立人の製品より廉価であること(証人西河康己の証言)、前記のとおり申立人の本件製品の売上高は二億四四六八万一〇〇〇円あり、販売先は大部分海外であることに照らすと、本件仮処分を取消した際に被申立人は、申立人との販売競争により、特に海外において、売込の困難、販売数量の減少、価格の引下げあるいは販路の喪失等の損害を蒙ることが推測され、本件特許侵害に伴う損害は多方面に広範囲かつ継続的に生じ、その額の把握、立証が著しく困難であり、結局被申立人の被保全権利は、金銭的補償をもつてしては、これを満足しうべきものとは認めえず、他に右事実を認めるに足りる疎明もない。
なお、申立人は他の会社も被申立人の価格より安く製品を販売しており、申立人の行為により販路が縮少されるものではない旨主張するが、他社製品が安いとしても、それが本件特許の構成を具備したうえでの廉価であることの疎明がない点で申立人の製品と同一に論ずることはできず、また、申立人は特別損害はともかく通常生ずべき損害については金銭補償が可能であることを主張するかのようであるが、通常生ずべき損害についても申立人の行為と被申立人の損害間の因果関係の立証は著しく困難といわざるをえず、右主張は採用できない。
四 よつて、申立人の本件申立は、理由がないからこれを却下することとし、申立費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 潮久郎 紙浦健二 徳永幸藏)
仮処分決定
右当事者間の昭和五八年(ヨ)第二三九七号荷役機械等製造禁止等仮処分申請事件について、当裁判所は申請人の申請を理由があると認め、申請人に保証として金八百五拾萬円を供託させ次のとおり決定する。
主文
一、被申請人は別紙物件目録記載のイ号物件、ロ号物件並びにハ号物件を製造し販売し、販売のために展示し、宣伝、広告してはならない。
二、被申請人の占有する前項記載の各物件についてその占有を解き、これを申請人の委任する管轄地方裁判所所属の執行官をして保管せしめる。
当事者目録<省略>
物件目録
一、名称
遊転操作部に安全装置を有する小型捲上兼牽引装置
二、図面の簡単な説明
(イ)号図面は容量四分の三トン型、(ロ)図面は客量一・五トン型、(ハ)号図面は容量三トン型の遊転操作部に安全装置を有する小型捲上兼牽引装置の図面である。各図面において、第一図は全体の正面図、第二図は本体部分の内部構造を示す縦断側面図、第三図は爪金具を捲上状態に切換えたときの安全装置の状態を示す正面図、第四図はその際の切換駆動歯車回動機構を示す背面図、第五図は爪金具を中立状態に切換えたときの安全装置の状態を示す正面図、第六図ははその際の切換駆動歯車回動機構を示す背面図である。
三、構造の説明
第一図ないし第六図に示すように、爪金具2A、2B付きレバー1により切換駆動歯車4を介して駆動される駆動歯車軸7に、ロードシーブ駆動用ピニオン8を固定し、かつその駆動歯車軸7をその軸方向に移動することによりピニオン8の噛み合いを解くように構成した遊転装置を有する小型捲上兼牽引装置であり、係止部材20を駆動歯車軸7に対しその軸方向に相対移動しないように間接的に取り付け、かつ爪金具2A、2Bをカム26を介して操作する軸17′には、爪片2′または2″が切換駆動歯車4に係合したとき、前記係止部材20の前面に対向する係止片19を取付けたものである。
(イ)号図面
第一図
第二図~第六図<省略>
(ロ)号図面
第一図
第二図~第六図<省略>
(ハ)号図面
第一図
第二図~第六図<省略>