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大阪地方裁判所 昭和59年(ヨ)113号 1984年12月06日

申請人

栫義光

野口猛

右申請人ら代理人弁護士

海川道郎

芝原明夫

谷田豊一

被申請人

ツルガ生コンクリート工業株式会社

右代表者代表取締役

稲沢修

右代理人弁護士

竹林節治

畑守人

中川克己

福島正

主文

一  被申請人は申請人栫義光に対し、金六〇万円及び昭和五八年一二月から昭和五九年一二月まで毎月二五日限り一か月金二九万八六八五円を仮に支払え。

二  被申請人は申請人野口猛に対し、金六〇万円及び昭和五八年一二月から昭和五九年一二月まで毎月二五日限り一か月金三〇万二六四九円を仮に支払え。

三  申請人らの被申請人に対するその余の申請を却下する。

四  申請費用はこれを二分し、その一を申請人らの負担、その余を被申請人の負担とする。

理由

一  当事者の求めた裁判

1  申請人ら

(一)  被申請人は申請人らを被申請人の従業員として仮に取り扱え。

(二)  被申請人は申請人らに対し各金六〇万円及びこれに対する昭和五八年一二月一五日から完済まで年五分の割合による金員を仮に支払え。

(三)  被申請人は、昭和五八年一二月以降毎月二五日限り、申請人栫義光に対し金三五万三八一六円、申請人野口猛に対し金三五万五二五〇円の金員をそれぞれ仮に支払え。

(四)  申請費用は被申請人の負担とする。

2  被申請人

(一)  申請人らの申請をいずれも却下する。

(二)  申請費用は申請人らの負担とする。

二  当裁判所の判断

1  被申請人が生コンクリートの製造販売を業とする会社であること、申請人野口が昭和五五年一〇月二一日、申請人栫が昭和五六年一〇月二一日それぞれ申請外浪速生コンクリート株式会社(以下浪速生コンという)に生コン車運転手として雇用されたこと、申請人らが全日本運輸一般労働組合(以下運輸一般という)の組合員であること、昭和五〇年以降大阪・兵庫地域において各地区ごとに生コン製造業者が協同組合を作り、生コンの共同受注、共同販売体制を作り出し、協同組合が各企業毎にシェアを定め、無意味な競争を排除しようとしたこと、大阪府及び兵庫県内の生コン業者ならびに協同組合が大阪兵庫生コンクリート工業組合(以下工業組合)を組織し、工業組合が昭和五三年以降生産の共同化、協業化、合併等の集約化、過剰設備の共同廃棄、共同受注、共同販売の推進等を目的として近代化計画を策定し、中小企業近代化促進法に基づく構造改善事業(共同廃棄)に取り組み、浪速生コン等の合計五社の施設を共同廃棄したこと、浪速生コンが昭和五七年四月一日工業組合の実施する構造改善事業により閉鎖され、閉鎖に伴い浪速生コンのシェアは被申請人宝塚工場(同年一一月一日宝塚生コンクリート株式会社として独立)に承継されたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

2  申請人らは、被申請人が浪速生コンのシェアを引継いだ昭和五七年四月一日以降、浪速生コンの従業員で退職を希望しない労働者の雇傭関係を引き継いだと主張する。

疎明資料によると、大阪・兵庫の生コン業者の従業員らは企業により、あるいは企業内において運輸一般のほか、同盟交通労連関西地方本部生コン産業労働組合、全化同盟関西生コンクリート労働組合及び全日本港湾労働組合に加盟していたこと、工業組合は、構造改善事業に伴う諸問題について各労働組合と交渉する必要から、右四労働組合との間で、工業組合と各労働組合間の共同交渉とし、その団体交渉は労働組合法に基づくところの労使関係における交渉権の行使であり、議題は労働者の雇用、労働条件等に及ぶ旨の確認をし、その後、企業側の団体として大阪兵庫生コン関連事業者団体連合会(以下連合会という)を組織し、連合会(実質的には工業組合)が労働組合と団体交渉することとし、そのなかでトップが交渉・決定する機関として、特別対策委員会なるものが設けられていたが、特別対策委員会の昭和五七年三月三日、四日の会議で、退職希望者を募集し、廃棄工場の従業員についてトレード実施までの期間一時帰休制、平均賃金の一〇〇パーセント保障、廃棄によって会社が消滅する場合は、当該者の身分は集約会社において保障し、転籍によって現行労働条件が低下する部分についての取扱いは具体的ケース毎に特別対策委員会で協議し決定する旨の確認がなされ、工業組合及び連合会は、特別対策委員会で取り交わされた協定、確認事項について責任をもって履行することを約束し、両当事者が記名押印した書面を作成していること、浪速生コンは生コンの製造、販売及び運送を業とし、共同廃棄された当時従業員は二〇名であったが、希望退職者を除く一一名(申請人らを含む)は自宅待機扱いとなったこと、被申請人は、生コンの製造販売を業とし、その宝塚工場には全化同盟関西生コンクリート労働組合のみが存在し、全日本運輸に所属する労働者はいなかったこと、以上の事実が一応認められる。

右事実によれば、工業組合は、構造改善事業の実施に伴い共同廃棄する工場のシェアの承継と従業員の処置を区別し、廃棄工場の従業員に対する新たな職場の確保、その間の自宅待機、その間の平均賃金の保障を約束したことまではこれを窺うことができるが、廃棄企業とその従業員間の雇傭関係が廃棄企業のシェアを引き継いだ企業(集約会社)に当然承継されるとか、暫定的にでもせよ右業者との間の雇傭関係の設定とかを取り決めたものとは解せられない。

そうすると、申請人らと被申請人間に雇傭契約関係が存在することを前提に、申請人らの従業員としての地位の保全並びに賃金仮払いを求める申請は、その被保全権利についての疎明がない。

3  つぎに、申請人らは、被申請人が申請人らに対し転籍先(新しい雇用主)が決まるまで平均賃金(一時金を含む)に相当する金員を支払う旨合意したと主張する。

なるほど、被申請人が浪速生コン廃業時から昭和五八年一一月まで、申請人栫に対し一か月金二九万八六八五円、申請人野口に対し一か月金三〇万二六四九円(いずれも社会保険料、源泉徴収税額を控除した後のもの)及び一時金の源資を負担していたことは被申請人自身認めるところである。

疎明資料によれば、廃棄工場の従業員の転籍問題については連合会の雇用調整委員会において処理することになっていたが、昭和五七年一二月八日中央雇用調整委員会において、申請人らを含む浪速生コンの従業員で運輸一般関西生コン支部浪速生コン分会員六名を申請外伸光生コン株式会社(以下伸光生コンという)へ転籍する方向で協議され、運輸一般関西生コン支部でもその線に添う方向で分会員を説得し、昭和五八年二月一五日ころ申請人らを含む右分会員六名、運輸一般関西生コン支部安倍書記次長及び被申請人常務取締役井上脩らが工業組合へ参集し、申請人らを含む同労働組合浪速生コン分会員六名について同月二一日付で伸光生コンへ転籍する旨の合意に達し、同月一七日社会保険の手続を完了し、同月二三日伸光生コンから申請人らに対し健康保険証が交付されたこと、もっとも、伸光生コンにおいても申請人らを直ちに就労させ得る状況になかったため、申請人らは引き続き自宅待機扱いとなり、被申請人と伸光生コンとの話合いのもとに、申請人らに対する平均賃金相当額支払の源資を引き続き被申請人において負担することとし、昭和五八年三月からは従前の現金払いに代え、被申請人が申請人らの預金口座へ振込む方法で前記のとおり同年一一月分まで支払われたこと、運輸一般関西生コン支部は昭和五八年一〇月ころ分裂し、右支部とは別個に運輸一般関西地区生コン支部労働組合を結成し、同年一一月一日伸光生コン右労働組合が団体交渉をした結果、同年二月一七日浪速生コンから伸光生コンに移籍した申請人らを含む六名について同年一一月七日から伸光生コンのミキサー運転手として就労することの確認の協定がなされ、伸光生コン運輸株式会社(代表者は伸光生コンの代表者と同じ)は同月二日付で申請人らに対し、同月七日午前八時に出社するよう就労通知を発したこと、申請人らは自己が運輸一般の組合員であり運輸一般関西地区生コン支部労働組合員でなく、したがって、同労働組合の協定に拘束されないことを通知するとともに就労しなかったため、伸光生コン運輸株式会社は同月一一日付で申請人らを解雇する旨の意思表示をしたこと、以上の事実が一応認められる。

右事実によれば、被申請人は、廃棄企業である浪速生コンのシェアを引き継ぐことにより、工業組合に対し、浪速生コンの従業員であった者で希望退職をしないで自宅待機扱いとなった者の平均賃金額に相当する源資の金員を負担することとなり、その後昭和五八年三月からはその金員を申請人らに対し直接支払うようになったというべきである。

そして、被申請人は、その源資の負担を免れるためと労働者の再就職先を求める目的で、伸光生コンに申請人らの転籍先を得ようとしたのであるが、労働組合の分裂ともいうべき予期せざる事態が発生したものの、申請人らの責に帰すべき事由によらないで就労に至っていないのであるから、被申請人は申請人らに対し、その平均賃金に相当する金員を支払うべき義務がある。しかし、疎明資料によれば、北大阪阪神地区協同組合は昭和五九年九月二七日の理事会において、被申請人に対し同年一二月末日を以て浪速生コンのシェア全部の返上を求め、これを同協同組合の全加盟企業に分配する旨決定したことが窺われるから、被申請人の申請人らに対する平均賃金相当額の源資の負担もそれ迄の期間に限られるというべきである。

4  申請人らの平均賃金から社会保険、源泉徴収税を控除したものとして、申請人栫が一か月金二九万八六八五円、申請人野口が同金三〇万二六四九円の金員の支払を受けていたことは被申請人の認めるところであり、本件審尋の結果によれば、申請人ら所属の労働組合と企業集団との間の集団団体交渉で昭和五八年一二月一五日に年末一時金六〇万円を支払う旨の合意が成立したことが窺われる。

5  疎明資料によれば、申請人らはいずれも賃金のみで生計を維持してきた労働者であり、構造改善事業により閉鎖された企業に従事していたためその後従事すべき仕事がなく、被申請人からの金員の支払を受くべき必要性のあることが一応認められる。

6  よって、申請人らの被申請人に対する本件仮処分申請は、従業員としての地位の保全並びに賃金の仮払いを求める申請は被保全権利の疎明がなく、疎明に代わる保証を立てさせてこれを認めることも相当でないからこれを却下し、金員の仮払いを求める申請は、被申請人が構造改善事業に伴い負担した申請人らの平均賃金額(一時金を含む)相当金員の支払義務の存する限度でこれを認容し、その余の申請は却下し、申請費用の負担につき民訴法九二条、九三条に従い主文のとおり決定する。

(裁判官 志水義文)

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