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大阪地方裁判所 昭和59年(ワ)406号 判決

一 請求原因1項、4項(但しイ号ないしハ号物件の特定方法については一部争いがある。)の事実は当事者間に争いがない。

二 甲発明とイ号物件について

1 当事者間に争いのない甲発明の特許請求の範囲の記載と、成立に争いのない甲第二号証の一(甲特許公報、別添甲特許公報と同じ。)によると、甲発明の構成要件は次の(一)ないし(五)からなり、その作用効果は請求原因2項の(二)記載のとおりであることが認められる。

(一) トーチ本体の下端に設けたノズルの下端中央部内の負電極と、母材の正電極との間で点弧発生されたプラズマ炎を、トーチ本体内に導入されたセンター不活性ガス流によつて、ノズルの下端からプラズマ炎として噴出させることにより、母材の溶接を行うようにしたプラズマ溶接機において、

(二) 絶縁材よりなる筒形のトーチ本体をペンシル形に細長く形成し、

(三) 該トーチ本体の下端部を(公報中「に」は誤植と認める。)逆截頭円錐形に絞り形成するとともに、トーチ本体の下端部内に、中央に小径の貫孔を有し、該貫孔の下端に絞り孔を形成した導体よりなる逆截頭円錐形のノズルを、その外周とトーチ本体の下端部内周間に、トーチ本体上方部のシールド不活性ガス供給孔と連通する間隙を有し、かつ、下端部がトーチ本体の下端部より所要長突出するように設置して、

(四) トーチ本体上方部のセンター不活性ガス供給孔と適宜連通させたノズル中央の貫孔内に、上端をトーチ本体上端部内のチヤツクに保持し、該チヤツク上端の上下動調整子によつて適宜上下動しうるようにした負電極の下端部を、その下端がノズルの下端上所要の位置にくるように遊挿し、

(五) かつ、ノズルの下端要所に母材との接触面を設けたことを特徴とするプラズマ溶接機。

2 溶接機について

成立に争いのない甲第五号証(イ・ロ号物件の取扱説明書)、同第六号証(同物件のパンフレツト)によれば、被告はイ号物件をプラズマ切断機として製造販売していることが認められる。なお、前掲甲第五号証表紙中「本溶接機に関するお問い合わせ」の記載は、同証の内容に照らし明らかに「切断機」の誤記と認められる。

原告らは、溶接と切断とはいずれも母材を溶融状態にする点では共通しており、相違は溶融金属を吹き飛ばすか否かにすぎず、ガス流の強さ、ガスの種類等を変えれば、同一トーチで溶接も切断も可能であつて、現にイ号物件について溶接できることが、甲第九号証の一・二の当事者立会の実験により立証されていると主張する。

しかし、イ号物件は切断機として製造販売されているものであり、切断専用に設計されたトーチを、その構成を変えることなくガス流の強さ、ガスの種類等を変えただけで、直ちに溶接に使用しうるものとは考えられない。プラズマ溶接トーチでは、母材の溶融部分を大気から保護するために必要なシールド不活性ガスを溶融部分の周囲に供給する必要があるが、後述のとおりイ号物件はシールドガス通路を具備していない。

前掲甲第五号証、弁論の全趣旨により成立が認められる乙第一五号証によれば、イ号物件のチツプ先端の穴(絞り孔2b)の直径は一・二ミリメートルであり、イ号物件の取扱説明書(甲第五号証)には、電極先端はゲージに合わせて所定の位置、形状下で使用すべき旨指定されている。しかるに、甲第九号証の一・二の当事者立会実験では、チツプ先端の穴(絞り孔2b)の直径を一・二ミリメートルから二・二ミリメートルに拡げるか、あるいは、電極の先端を前記取扱説明書で指示された所定の形状よりも尖らせ、電極の設定位置を母材に近づけるという変更を行つており、仮に右実験の結果イ号物件によりプラズマ溶接ができることが立証されたとしても、被告がイ号物件でプラズマ溶接ができることを考慮してイ号物件を製造販売しているものとは到底認められない。

しかも、前掲甲第九号証の一・二、乙第一五号証、成立に争いのない甲第一二号証によれば、チツプ先端の穴(絞り孔2b)の直径を二・二ミリメートルに拡げるか、あるいは、電極の先端を尖らせ電極の設定位置を母材に近づけるという変更を行つても、突合わせ溶接では、溶接面が均一な状態で溶接されておらず変色している部分も認められ、プラズマアークの不安定性及び大気からの溶融部分の保護が十分に行われていないことが窺われるし、又、一時的な実験においてさえも、トーチ先端部が高温となり、Oリングの溶融変形、ライナの変色が認められ、トーチの冷却効果に問題が生じていることが窺われて、継続的な使用に耐えられず、イ号物件を溶接機として産業上あるいは実用的に到底使用できるものではない。

3 ペンシル形について

成立に争いのない乙第一・二号証によれば、甲特許の出願前から溶接用トーチにはペンシル形とハンドル形の二種類があり、ペンシル形とは、作業者が鉛筆の様にトーチ本体を保持して作業するのに適した形状のトーチをいい、ハンドル形とは、作業者がハンドル部を保持して作業するのに適した形状のトーチをいう。

ところで、甲特許公報には、「トーチ本体を、下端部を逆截頭円錐形に絞つた筒形のペンシル形に形成して、小型で持ち易くするとともに」(2欄10行ないし12行)、「筒形をなすトーチ本体1は、下端部2を逆截頭円錐形に絞り形成した小型のペンシル形を呈しているため、持ち易く、しかも、逆截頭円錐形よりなるノズル5下端の接触面19を溶接中に絶えず接触させ、母材12の溶接部に沿つて摺動させることができるから」(4欄7行ないし12行)と記載されていて、甲発明は、従来から存在していたペンシル形のトーチとハンドル形のトーチのうち、トーチ本体をペンシル形にしたことに係る目的、作用効果を強調したうえ、ペンシル形のトーチを採用したのである。

しかるに、イ号物件は、前掲甲第六号証の末丁の写真、成立に争いのない甲第八号証の一七丁、一八丁の写真からも明らかな様に、作業者がトーチ本体を保持しうる形状にはなつておらず、ハンドル部を保持して作業するのに適した形状になつていて、ペンシル形のトーチではなくハンドル形のトーチであり、さきの作用効果を奏するに適切でない。

4 逆截頭円錐形に絞り形成されたトーチ本体の下端部とノズル、シールド不活性ガス供給孔と連通する間隙について一般にプラズマ溶接機においては、前述のとおり、母材の溶融部分を大気から保護するためにシールド不活性ガスを溶融部分の周囲に供給する必要があるが、甲発明はそのシールド不活性ガスの供給をより達成するために、「トーチ本体の下端部」と「ノズル」をともに「逆截頭円錐形に絞り形成」し、これらのノズル外周とトーチ本体の下端部内周との間に、「トーチ本体上方部のシールド不活性ガス供給孔と連通する間隙」を形成し、右間隙をもつてシールドガス通路となしている。

これに対し、イ号物件は切断機であるので、溶融金属を吹き飛ばしてしまうから、母材の溶融部分を大気から保護するためのシールド不活性ガスの供給を必要としないため、甲発明におけるシールドガス通路を具備していない。すなわち、イ号物件におけるライナとスリーブとの間隙、該間隙に通じるライナに設けられた通孔により形成される通路は、シールドガス通路ではなく冷却ガス通路であり、甲発明の明細書及び図面に開示された冷却水通路に相当するものである。しかも、ライナに設けられた通孔は、冷却ガスを外方へ噴出させる構造になつているうえ、連続的ではなく八個が間融的に配置された形態をなしていて、母材の溶融部分をシールドするのに適した構造とはなつていない。従つて、このままで冷却ガスをシールドガスに変えても、甲発明が溶接に関し所期した作用効果を奏するものとは認められない。

してみると、イ号物件は、甲発明でいう「逆截頭円錐形に絞り形成」された「トーチ本体の下端部」と「ノズル」に相当する部分が存在せず、又、ノズルの外周とトーチ本体の下端部の内周間に、「シールド不活性ガス供給孔と連通する間隙」が形成されていない。

5 上下動調整子について

甲特許公報の発明の詳細な説明の項には、甲発明によるプラズマ溶接機を用いて溶接作業を行うには、「負電極11に電源17のマイナス側を、また、母材12に電源17のプラス側をそれぞれ接続するとともに、上下動調整子10により、チヤツク9を介して、負電極11の下端部をノズル5中央の貫孔3における最下端ちかくまで下げておき、トーチ本体1上方部のシールド不活性ガス供給孔6と、センター不活性ガス供給孔8より不活性ガスを供給し、該不活性ガスを、ノズル5の外周とトーチ本体1の下端部2内周間の間隙7下端と、下端に絞り孔4を形成した小径のノズル5の貫孔3下端より噴出させて、ノズル5の下端の接触面13を母材12上に接触させる。」(3欄19行ないし31行)、「すると、下端がノズル5の貫孔3の最下端ちかくまで下げられた前記負電極11の下端と、その直下の母材12上面間にプラズマ炎が点弧発生するから、この後、負電極11を上下動調整子10によりやや上動させて、ノズル5下端の接触面13以外からノズル5(注・15は誤植と認める。)の中央下に挿入された溶材によつて、母材12の溶接を行いつつ、ノズル5下端の接触面13を母材12の溶接部に沿つて前後摺動させれば、母材12の溶接を簡単に行うことができる。」(3欄32行ないし4欄6行)と記載されている。

右記載によれば、甲発明にいう「上下動調整子」とは、「上下動調整子10により、チヤツク9を介して、負電極11の下端部をノズル5中央の貫孔3における最下端近くまで下げておき、……すると、下端がノズル5の貫孔3の最下端近くまで下げられた前記負電極11の下端と、その直下の母材12上面間にプラズマ炎が点弧発生するから、この後、負電極11を上下動調整子によりやや上動させ」るという作用、すなわち、プラズマ溶接の度毎に毎回、アークの点弧発生前に負電極を下動させ、更にアークの発生後負電極をやや上動させることができる機構であつて、負電極と母材との通電中に負電極を上下動させることにより、負電極の先端位置の調整ができる機構を意味することが認められる。

しかるに、前掲甲第五号証(イ号物件の取扱説明書)によれば、イ号物件を用いて切断作業を行うには、切断作業に先立ち、別紙第四の一の3の(一)の(1)ないし(5)記載のとおり電極先端位置の設定位置決めを要し、しかる後に、別紙第四の一の3の(二)記載のとおり母材の切断を行うのであり、イ号物件では、電極と母材との通電前に電極先端位置の設定を行わなければならないのであつて、通電中に電極を上下動させて電極先端位置の調整を可能ならしめる機構を具備していないのであるから、甲発明の「上下動調整子」を具備していない。

6 以上によれば、イ号物件は、甲発明の構成要件(一)(五)の「溶接機」、同(二)の「ペンシル形」、同(三)の「逆截頭円錐形に絞り形成」された「トーチ本体の下端部」と「ノズル」、「シールド不活性ガス供給孔と連通する間隙」、同(四)の「上下動調整子」の要件をいずれも充足せず、甲発明の技術的範囲に含まれないことが明らかである。

三 乙発明とロ・ハ号物件について

1 当事者間に争いのない乙発明の特許請求の範囲の記載と、成立に争いのない甲第二号証の二(乙特許公報、別添乙特許公報と同じ。)によると、乙発明の構成要件は請求原因3項の(一)の(1)ないし(5)からなり、同3項の(二)記載の作用効果(それ以外の作用効果もあることは後記認定のとおり)のあることが認められる。

2 乙発明は「方法の発明」であり、ロ・ハ号物件は「物」であるから、ロ・ハ号物件の製造販売行為が乙特許権を侵害するか否かは、ロ・ハ号物件が乙発明の実施にのみ使用する物であるか否かによるが(特許法一〇一条二号)、ロ・ハ号物件が乙発明の実施にのみ使用する物に該当するためには、ロ・ハ号物件による母材の切断方法が、乙発明の方法による母材の切断方法以外には、他に経済的、商業的ないし実用的な方法がないことを要する。しかるに、ロ・ハ号物件は、以下説示するようにいずれも乙発明の実施にのみ使用する物であるとは認められず、ロ・ハ号物件の製造販売行為は乙特許権を侵害しない。

(一) ロ号物件

(1) ロ号物件の取扱説明書(前掲甲第五号証の七頁)には、ロ号物件により通常板を切断する方法は次のとおりである旨記載されている。

<イ> トーチスイツチON

トーチスイツチを入れ、ガスプリフロー後パイロツトアークを発生させる(この場合チツプ先端は母材から離れている)。

<ロ> 切断開始

チツプ先端を切断箇所に一~二ミリメートルまで近づけて、プラズマアークへ移行させる(この状態でもチツプ先端は依然として母材から離れている)。アークが母材の下端まで十分貫通してから、トーチを移動する(この段階で初めてチツプ先端を母材に接触させることになる)。

<ハ> 切断

チツプ先端を罫書線上に軽く接触させながらトーチを移動して、母材を切断する。この場合、チツプ先端を母材から約五ミリメートルまで浮かせても、切断が可能である。トーチを前進角(五度~一〇度)にすると、罫書線が見やすくドロスがとれやすい。

<ニ> 切断完了

板端近くでチツプ先端を切断箇所より一~二ミリメートル浮かせて切り落す。板端近くでチツプを接触させたまま切り落さないこと。

(2) 乙発明では、「ノズルの先端を溶断母材へ接触させた後」に「母材へ貫通孔を穿設」しているのに対し、右取扱説明書による切断方法では、母材に貫通孔を穿設した後にチツプを母材に接触させている。

乙発明では、「母材とノズル先端の接触を保つたまま、ノズルを所要方向へ移動させて母材を溶断する」のに対し、右取扱説明書による切断方法では、チツプ先端を母材から約五ミリメートルまで浮かせても切断可能であり、更に切断終了に当たつては、板端近くでチツプ先端を母材から一~二ミリメートル浮かせて切り落さなければならない。

(3) 被告は、ロ号物件を販売するに当たり、右取扱説明書による切断方法を推奨しているところ、乙発明による切断方法と右取扱説明書による切断方法との間には以上のとおり明確な差異があり、仮にロ号物件により乙発明の実施が可能であると仮定しても、ロ号物件による母材の切断方法が、乙発明による母材の切断方法以外にも、他に経済的、商業的ないし実用的な方法(すなわち右取扱説明書による方法)があるから、ロ号物件が乙発明の実施にのみ使用する物でないことは疑問の余地がない。

(二) ハ号物件

ハ号物件のパンフレツト(成立に争いのない甲第二〇号証)には、ハ号物件により母材を切断するに際し、チツプ先端を母材より五ミリメートル程度離脱しても、アーク切れがなくそのまま切断を続けることができる旨記載されていて、ハ号物件は、チツプ先端を母材より五ミリメートル程度浮かせても、母材の切断が可能であることが認められる。

そうすると、乙発明では、「母材とノズル先端の接触を保つたまま、ノズルを所要方向へ移動させて母材を溶断する」のに対し、ハ号物件は、チツプ先端を母材より五ミリメートル程度浮かせても母材の切断が可能であるから、仮にハ号物件により乙発明の実施が可能であると仮定しても、ハ号物件による母材の切断方法が、乙発明による母材の切断方法以外にも、他に経済的、商業的ないしは実用的な方法(すなわちチツプ先端を母材より五ミリメートル程度浮かせて切断する方法)があるので、ハ号物件も乙発明の実施にのみ使用する物とは認められない。

3 原告らは、チツプ先端を母材から一~二ミリメートル離して貫通孔を開孔したり、チツプ先端を母材から五ミリメートルの範囲で浮かして切断する作業者はいないと主張して、ロ号物件の取扱説明書(甲第五号証)、ハ号物件のパンフレツト(甲第二〇号証)による切断方法を否認し、ロ・ハ号物件による母材の切断方法は、請求原因6項の(一)ないし(四)記載の方法(原告方法)であると主張する。しかし、仮にロ・ハ号物件による母材の切断方法が原告方法であると仮定しても、以下説示のとおり、原告方法は、乙発明の構成要件(1)の「陰極棒を母材へ接近させる」、同(2)の「不活性ガスを、ノズル先端の逃し口から排出」、同(4)の「陰極棒を引き上げて」の要件をいずれも充足せず、ロ・ハ号物件により乙発明を実施することは不可能であるうえ、原告方法では、乙発明が設定した解決課題の一部が解決できず、所期の作用効果の一部を奏することができないので、原告方法が乙発明の技術的範囲に属さないことは明らかである。すなわち、

(一) 原告方法は乙発明の構成要件(1)(2)(4)を充足しない。

乙発明は、「ノズルの先端を、溶断母材へ接触させた後、陰極棒を母材へ接近させる」(構成要件(1))、「不活性ガスを、ノズル先端の逃し口から排出し」(同(2))、「陰極棒を引き上げて、母材と陰極間に所要の電極間隔を形成させ」(同(4))ることを各要件としているが、右は、乙特許公報の発明の詳細な説明を参酌すれば、ノズルの下端面全体を溶断母材に接触させ、右接触を保つたまま、その中心軸が溶断母材に対し垂直の位置関係にある陰極棒を上下動させ、不活性ガスをノズル本来の開口部とは別に設けられた逃し口から排出させることを特徴としたことを表わすものということができる。

すなわち、右詳細な説明によると、従来のプラズマ溶断器にあつては、ノズル端を溶断母材から離していたため、(イ)その一定間隔の保持に問題があり、(ロ)その最適間隔では溶断径がノズル径の約二倍にも達し、(ハ)アーク柱がよく深部へ達しなかつたが(2欄4~28行)、乙発明はこれらの欠点を除去して、「電極間距離L´を、何ら熟練を要することなく容易に一定にすることができ、しかも、アーク柱の光線の放射を遮断し、かつ溶断径をノズル径とほぼ等しくするようにし、しかも柱を溶断貫通孔の深部にまで至らせるようにした」(同29~34行)ものだというのである。そして、前記各要件に関する説明として、実施例図として第2図に基づきながらではあるが、「ノズル13の先端14を、溶断母材15の表面16へ接触させた後、……(サーマルピンチ効果の弱いガス流中で)陰極棒17を母材15へ接近させて、……(アーク柱の生成に次ぎ、母材への貫通孔の形成後、サーマルピンチ効果を強める)とともに、陰極棒17を引き上げて、……(所要の電極間雰囲気を形成した後)、母材15の表面16とノズル先端14の接触を保つたまま、ノズル13を所要方向へ移動させて、母材15を溶断する。」(3欄1~16行)、及び「ノズル先端14には、アーク発生期並びに母材15に通孔が貫通するまでの間、電極間雰囲気を維持するため、不活性ガスを排出するための所要数の逃し溝19が設けられている。この逃し溝19はノズルの先端14を適宜傾斜切断して形成した逃し口であつてもよい。」(同17~22行)と記載され、第2図には、ノズル13のノズル端14は下端面全体が母材15に接し、ノズル13と母材との間に溝19が画かれ、陰極棒17の内部に上下両方向の矢印が示されている。このような前記各要件に関する説明を前記発明の目的に照らして吟味すれば、乙特許公報(明細書)は、既述したノズル先端の下端面全体を母材に接触させ、その間に間隙(公報第1図L)を置かず、且つ上下方向に関してはその状態を保つたまま、つまりノズルを傾けるなどノズル先端自体に上下動を与えることなく、陰極棒を垂直に上下動させ、母材に通孔が貫通するまでの不活性ガスはノズル先端にノズル口とは別に設けた逃し口(数個の逃し溝又はノズル先端を適宜傾斜切断して形成するもの)から排出することを相関連した必須の構成として開示したものと認められ(右逃し口を要件とするということは、とりもなおさず、ノズル先端がその下端面全体において母材に接触し且つその状態が保持されることをも要件としなければ意味がなく、相互に依拠し合つているものと思われる)、第2図が実施例図として引用されたものであることから、前説示の範囲を越える構成のものまで開示しているものとは認め難いのである。

そうすると、乙発明は、ノズルの下端面全体が溶断母材に接触し、陰極棒の中心軸が溶断母材に対して垂直の位置関係にあつて、陰極棒をノズルに対して上下動させる機構を備え、ノズル先端に逃し口(所要数の逃し溝又はノズル先端を適宜傾斜切断して形成した逃し口)を有する構造のものによらなければ実施できないものであつて(ちなみに、甲・乙発明ともに同一人により発明され同日付で出願されたものであつて、乙発明の陰極棒を上下動させる機構は甲発明の「上下動調整子」を前提とするものである)、原告らが主張するノズル及び陰極棒を同時に溶断母材に対して傾斜させ、前進角を設けて溶断母材を切断する方法、並びに右傾斜による隙間から不活性ガスを逃がすような方法(原告方法)は、同公報のどこにも全く開示も示唆もされておらず、乙発明による切断方法とは無関係な方法である。

そうすると、チツプを母材に対して直角に近づけることにより電極間距離を短くしたり、チツプを傾け前進角をとることにより電極間距離を長くすること(原告方法)は、乙発明の構成要件(1)の「陰極棒を母材へ接近させる」、同(4)の「陰極棒を引き上げて」の要件を充足せず、又、チツプを母材に対して傾け前進角をとることにより、プラズマガスをチツプ先端の孔(ロ号物件では絞り孔2b、ハ号物件では小孔51)から排出すること(原告方法)は、乙発明の構成要件(2)の「不活性ガスを、ノズル先端の逃し口から排出」の要件を充足しない。

(二) 原告方法は、乙発明が設定した課題の一部が解決できず、所期の作用効果の一部を奏することができない。

先述のとおり、従来のプラズマ溶断器では、「電極間距離L´を定め、常に安定したアーク柱を得るには」、「ノズル端2と母材3の間隔L」を「常に一定に維持しなければならず」、「そのため、この溶断器1の使用には、高度の熟練を要」したが(乙特許公報2欄10行ないし13行)、乙発明では、ノズルの下端面全体を溶断母材に接触させて母材を溶断することにより、「電極間距離L´を、何ら熟練を要することなく容易に一定にすることができ」(同公報2欄29行ないし31行)、「取扱いが簡単」(同公報5欄3行)であり、「電極間距離の維持が容易であるため、コンピユーターを利用したNC制御の自動切抜き用プラズマ溶断器等を作る上にも好都合である。」(同公報5欄16行ないし6欄1行)。これに対し、チツプを傾け前進角をとりチツプ先端の一点を母材に接触させた状態で、チツプを所要方向へ移動させて母材を切断する方法(原告方法)では、電極間距離を常に一定にするためには、ロ・ハ号物件のハンドル部を保持して、チツプの前進角度を常に一定に保ちながらチツプを移動しなければならず、電極間距離の維持が容易であるとは認められないし、この様な方法では、コンピユーターを利用したNC制御の自動切抜き用プラズマ溶断器に使用することが好都合であるとはいえない。

従来のプラズマ溶断器では、「作業者は、間隔Lを目視して保持しなければならないため、必然的にアーク柱5が視野に入ることになるが、アーク柱5は強度の光線を放射するため、防護マスクを必要とする。」(同公報2欄14行ないし17行)が、乙発明では、ノズルの下端面全体を溶断母材に接触させて母材を溶断することにより、「アーク柱の光線の放射を遮断」(同公報2欄31行)でき、防護マスクを要せず簡便に使用できる。これに対し、前進角をとつて母材を切断する方法(原告方法)では、チツプ先端は母材と一点でしか接触していないので、母材と前進角をとつたチツプ先端との間に隙間ができ、アーク柱の光線の放射を遮断することができないうえ、作業者は、チツプの前進角度を常に一定に保つて電極間距離を保持するため、チツプ先端を目視しなければならないので、強度の光線から目を保護するための防護マスクを必要とする。

四 してみると、原告らの本訴請求はいずれも理由がないので棄却することとする。

〔編註〕 本件における特許権は左のとおりである。

(一) 甲特許権発明の名称 プラズマ溶接機

出願日       昭和五二年三月三〇日

出願公告日     昭和五六年二月一八日

登録日       昭和五六年一〇月二三日

登録番号      第一〇六八二四二号

(二) 乙特許権発明の名称 プラズマ溶断方法

出願日       昭和五二年三月三〇日

出願公告日     昭和五六年四月二五日

登録日       昭和五六年一二月二五日

登録番号      第一〇七五六六九号

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