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大阪地方裁判所 昭和59年(ワ)8846号 判決 1985年11月11日

原告

岡部隆一

右訴訟代理人弁護士

松山文彦

被告

菅保男

主文

一  被告は、原告に対し、原告が別紙目録(二)記載の土地につき、別紙工事方法により排水設備の設置工事を行うことを承諾せよ。

二  被告は、原告が前項記載の排水設備の設置工事を行うことを妨害してはならない。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  (原告所有建物の排水設備の状況など)

(一) 原告は、別紙目録(一)の記載の建物(以下「本件建物」という。)及びその敷地を所有している。

(二) 被告は、別紙目録(二)の記載の土地(以下「被告土地」という。)を所有している。

(三) 本件建物は、借家人として四家族が入居しているいわゆる連棟式住宅であり、本件建物内には別紙現況調査図記載のとおり四か所に便所が設置されているが、右便所はいずれもくみ取り便所である。

(四) 本件建物及び被告土地周辺の状況は、別紙現況調査図記載のとおりである。

2  (本件建物の便所を水洗便所に改造する必要性)

(一) 本件建物は、昭和四三年七月一〇日に供用開始された公共下水道の排水区域内にあるから、原告は、下水道法一〇条、一一条の三第一項により、右一一条の三の規定が施行された日から三年後の昭和四九年六月二四日までにくみ取り便所を水洗便所に改造し、右水洗便所から排出される屎尿を公共下水道に流入させるために必要な排水設備を設置する義務を負担しているところ、原告は右期限を既に徒過しており、大阪市下水道局長からも、昭和五八年一二月一五日に、直ちに水洗便所に改造するよう勧告を受けている。

(二)(1) 水洗便所は、健康で文化的な生活に欠くべからざるものであり、特に都市においてその必要性が大きく、現在既に大阪市における水洗便所の普及率は九九・一パーセント、そのうち本件建物などが所在する阿倍野区における水洗便所の普及率は九九・九パーセントにも達しており、本件建物を中心として半径三〇〇メートル以内においては、本件建物を除いてすべての建物の便所が水洗便所化されている。

(2) 本件建物の各便所のくみ取り作業は、一応定期的に行われることにはなつているものの実際には容易に定期的には行われず、しばしば便槽が一杯になり、本件建物の借家人がきわめて不衛生な状態に置かれているのみならず、くみ取り作業は、くみ取り車を被告土地前に駐車して長いホースを用いて行われるために、被告はもちろんのこと被告以外の近隣住民にも多大の不快感を与えるとともに、衛生的にも迷惑をかけている。

(3) したがつて、本件建物のくみ取り便所を水洗便所に改造する必要性はきわめて高いといえる。

3  (排水設備設置のために被告土地を使用する必要性)

(一) 本件建物には、生活排水を公共下水道に流入させるための排水設備があるが、この設備では屎尿、汚水を排出することはできない。

(二) そこで、本件建物付近には、別紙現況調査図記載のとおり公共汚水桝が三か所(右図面の(ア)、(イ)、(ウ)の各地点)に存在するが、本件建物の各便所から右公共汚水桝に屎尿汚水を流入させるためには、(一)のとおり既存の排水設備を利用できない以上、新たに排水設備を他人の土地に設置する以外に方法がなく、その方法としては、別紙ルート図1ないし3記載の三つのルートが考えられる。

(三)(1) 右三つのルートのうち、別紙ルート図2及び3記載の各ルートは、排水設備を現在道路として使用されている土地ではなく他人の住宅(別紙現況調査図の山内、紀井、川田、佐々木各宅)敷地として使用されている土地に設置しなければならず、しかも右の他人の住宅敷地は本件建物の敷地との間に約一メートル五〇センチメートルの段差があるうえ、汚水管を設置することができる部分は狭い路地の部分に限られるので工事が困難である。

(2) これに対し、別紙ルート図1記載のルートは、排水設備を現在道路として使用されている土地に設置するものであり、その距離の短かさ及び他人の土地に対する影響などの点からみて、別紙ルート図2及び3記載の各ルートに比べて最も合理的であり、しかも排水設備を設置すべき土地の所有者は、被告を除いてすべてその各所有地部分において排水設備工事を行うことを承諾している。

(四)(1) 別紙工事方法による排水設備設置工事は、着工から完成までわずかに数時間を要するのみであり、かつ被告土地の一部を掘削するものにすぎないから、工事自体により人の通行や被告の被告土地の利用を著しく妨げるものではない。

(2) 被告土地は、原告が本件建地を取得する以前から現在に至るまで本件建物の居住者などの通行の用に供されてきており、また排水設備は地下約一メートルに設置されるのであるから、別紙工事方法による工事により排水設備を被告土地に設置することによつて被告に与える損害はきわめて軽微である。

(五) 以上のとおり、原告が本件建物の便所を水洗便所に改造するための排水設備の設置工事を行うには、被告土地につき別紙工事方法によるのが最も合理的であつて、かつそれにより被告に与える損害も僅少にとどまるものである。

4  (被告の受忍義務)

右2、3の事情及び被告土地は原告が囲繞地通行権を有する土地であることなどから、被告は、下水道法一一条一項により、原告が被告土地につき別紙工事方法により排水設備設置工事を行うことを受忍すべき義務を負うというべきである。

5  (工事妨害禁止の必要性)

被告は、被告土地に自動車を駐車し、また被告土地の公道に接する部分に自己が経営している商店の商品を置くなどして、事実上被告土地における通行を妨害しており、また別紙工事方法により排水設備工事を行うことについても、大阪市水洗化等あつせん委員会によるあつせん、裁判所における和解などにおいて一貫して反対しており、右工事施工に対して妨害行為に出る可能性が高いので、右工事の妨害を禁止する必要がある。

6  よつて、原告は、被告に対し、原告が被告土地につき別紙工事方法により排水設備設置工事を行うことの承諾及び右工事の妨害禁止をそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1(一)、(二)の事実は認める。

同1(三)、(四)の事実は否認する。

2  同2(一)の事実は認める。

同2(二)の事実は否認する。

3  同3ないし5の事実及び主

張は争う。

本件建物には公共下水道に通ずる排水設備があり、本件建物のくみ取り便所を水洗便所に改造する場合にはこの既存の排水設備を利用して屎尿汚水を公共下水道へ流入させるようにするのが最も妥当である。また、かりに別紙ルート図1ないし3記載の各ルートを最適なものから順位を付けるとすれば、別紙ルート図2記載のルート、同3記載のルートの順になる。原告が最適のルートであると主張する同1記載のルートは、汚水管の長さが長くなつて維持管理が困難になるため、実際には最も不適なルートである。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1(一)、(二)(原告が本件建物及びその敷地を所有し、被告が被告土地を所有していること)の事実は当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、請求原因1(三)、(四)(本件建物の便所の状況、本件建物及び被告土地周辺の状況など)の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。(なお、被告は、その本人尋問において、本件建物は建築基準法に違反していると供述するが、<証拠>によれば、本件建物は建築確認を受けた建築基準法に適合する建物であると認めることができる。)

二請求原因2(一)(原告の水洗便所改造義務違反)の事実は当事者間に争いがなく、右争いのない事実、前記一の事実に<証拠>を合わせれば、以下の事実が認められる。

1(一)  現在既に大阪市における水洗便所の普及率は九九・一パーセント、そのうち本件建物などが所在する阿倍野区における水洗便所の普及率は九九・八パーセントにも達しており、しかも本件建物を中心として半径三〇〇メートル以内においては本件建物を除いてすべての建物(被告土地東側に建築されている被告居住建物も含まれる。)が水洗便所化されており、次の(二)の事情もあつて、原告は本件建物の便所を緊急に水洗便所化する必要に迫られている。

(二)  また本件建物は、昭和四三年七月一〇日に供用開始された公共下水道の排水区域内にあるから、原告は、下水道法一一条の三第一項により、右一一条の三が施行された日から三年後である昭和四九年六月二四日までにくみ取り便所を水洗便所に改造しなければならないところ、原告は既に右期限を徒過している。

2  本件建物の敷地は袋地となつており、本件建物から公道に出るためには被告土地を含んだ別紙現況調査図の私道部分を利用する以外に方法はなく、原告が本件建物の所有権を取得する以前から右私道部分は本件建物から公道に出るための通路として利用されてきていた。また、本件建物付近には別紙現況調査図記載のとおり公共汚水桝が三か所(右図の(ア)、(イ)、(ウ)の各地点)に存在するが、本件建物の各便所から公共汚水桝に屎尿汚水を流入させるためには、雨水、雑排水(生活排水など)を排出するために他人の土地に設置されている既設の排水設備を利用するか、新たに他人の土地に排水設備を設置する以外に方法はない。なお、本件建物の敷地とその東側の土地との間には、約一・一メートルないし一・二メートルの段差があるために、本件建物から別紙現況調査図記載の紀井浩宅、川田宅間の土地を通つて公道に出ることは不可能である。

3(一)  本件建物の右雨水、雑排水用の既設の排水設備を利用して屎尿汚水を排出することは、次のような障害があつてできない。すなわち、右設備には、老朽化による継手の不良、流下能力の不良(多数の曲折があり、また勾配にも問題がある。)、下水道法施行令によつて避けるべきものと定められている空中配管(排水管が地上に出ること)が一部に存在することなどの難点があるうえ、右排水設備は既存建物の下に埋設されていて事後の維持管理がきわめて困難であり、しかも右排水設備の設置されている土地の所有者が右排水設備を利用して屎尿汚水を排出することを承諾する見込みもないので、右既設の排水設備を利用して本件建物の屎尿汚水を排出することはできない。

(二)(1)  新たに他人の土地に排水設備を設置するルートとしては、別紙ルート図1ないし3記載の各ルート及び別紙現況調査図の私道部分のうち被告土地西側(被告土地及びその南の宮地勝正・宮地俊有所有地部分、松尾一成所有地部分、次いで本件建物前の原告所有地部分の各西側)の上田勝子所有土地に排水設備を設置するルートが一応考えられるが、上田は右土地及び右土地西側の同人所有土地を敷地としてマンションを建築する予定である旨の理由で原告が右土地に排水設備を設置することを承諾せず、今後承諾する見込みもない。

(2)  別紙ルート図2、3記載の各ルートは、排水設備を設置すべき土地と本件建物の敷地との間に約一・一メートルないし一・二メートルの段差がある(本件建物の敷地の方が高い)から、下水道法施行令八条八号口により桝を設けなければならず、本件建物の敷地を約一・一メートルないし一・二メートル掘削しなければならないが、本件建物の構造、建築年次(昭和三一年)及び土地の高低差の状況からみて右掘削による本件建物対する悪影響が予測されるため、工事がきわめて困難であり、かつ本件建物の南側(別紙ルート図2記載のルート)ないし東側(別紙ルート図3記載のルート)で一部を空中配管としなければならないという難点があり、さらに、右排水設備を設置すべき土地の幅員がいずれも狭小であるため掘削用機械を使用することができず、手掘りで土地を掘削するほかなく、しかも右幅員の狭小に加えて右土地には別の既設排水設備があり、工事施工に際して右既設排水設備の防護措置などが必要となるという難点もあつて、工事が一層困難であり、またとりわけ排水設備設置後の維持管理がきわめて困難である。特に別紙ルート図2記載のルートは、本件建物の高島賃借部分の東南角に設置された風呂の部分を通るため、現実には工事を行うことはできない。また、右排水設備を設置すべき土地の各所有者は、右各土地に右排水設備設置工事を行うことを承諾していない。

(3)  他方、別紙ルート図1記載のルートは、別紙ルート図2ないし3記載の各ルートに比べて排水設備を設置すべき土地の幅員が広く、かつほぼ平坦であることから、工事実施上かつ設置後の維持管理上最も適切なルートであり、また工事期間も短かいし、費用も最も安い。しかも、排水設備を設置すべき各土地の所有者は、被告を除いてすべて右各所有土地に排水設備設置工事を行うことを承諾している。また、被告土地は、日常本件建物の居住者などの通路として使用されている(原告は、被告土地に囲繞地通行権を有する。)ほか、既にガス管及び水道管が設置されており、既に右のような利用に供されている被告土地に別紙工事方法によつて排水設備工事を行つても、その工事は、工事期間も短かく、被告土地の一部を掘削するものにすぎず、かつ地下約一・〇六メートルに排水設備を埋設してしまうというものであるから、右排水設備工事自体によつて、ないしは工事施行後に右排水設備が存在することによつて、被告の被告土地利用を格別問題とするほど妨げるものではなく、被告に与える損害は僅少である。

以上の事実が認められ、被告本人尋問の結果中右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らし措信することはできない。

右認定事実によれば、原告は本件建物の便所をくみ取り便所から水洗便所に緊急に改造する必要に迫られており、右水洗便所に改造するについては他人の土地に設置されている既設の雨水、雑排水の排水設備を利用するか、新たに他人の土地に排水誤備を設置する以外に方法はなく、その場合別紙工事方法により被告土地に排水設備を設置する方法を採用することが最も合理的かつ合目的的であつて、かつ被告に与える損害も僅少であるものであることが明らかであるから、他人の土地に排水設備を設置することができる旨定めた下水道法一一条の規定の趣旨(なお、下水道法一一条は、直接には同法一〇条一項により公共下水道の供用が開始された場合に設置しなければならない排水設備を設置する場合について規定しているのであつて、同法一〇条一項の定める排水設備設置後くみ取り便所を水洗便所に改造するために排水設備を設置する場合には、たとえ同法一一条の三第一項により右改造が義務づけられているときであつても直接適用されるものではない。)、及び相隣関係の調整規定である民法二〇九条、二一〇条、二二〇条の規定の趣旨を類推し、原告は、被告に対し、原告が被告土地につき別紙工事方法による排水設備設置工事を行うことの承諾を求めることができ、被告は右工事を行うことを受忍すべき義務があり、右工事を妨害することは許されないというべきである。

もつとも、被告は、この点につき、本件建物のくみ取り便所を水洗便所に改造するには既存の排水設備を利用して屎尿汚水の排水を行うようにするのが最も妥当であるとか、別紙ルート図1ないし3記載の各ルートのうちでは同2記載のルート、同3記載のルートの順で排水設備の設置に適しており、同1記載のルートは最も不適であるとか主張するが、前記認定したとおり、右主張は理由がない。

そして<証拠>によれば、被告は、被告土地に自動車を駐車し、また被告土地の公道に接する部分に被告の息子夫婦の経営している薬局の商品を置くなどして事実上通行を妨害しており、また原告は、被告に対して被告土地につき別紙工事方法により排水設備工事を行うことにつき承諾を求めたが、被告は、これを拒否しつづけており、その拒否の理由も、本件建物が違法建築である(本件建物が建築確認をうけた建築基準法に適合した建物であることは、既にみたとおりである。)といつたとうていもつともとは思われないものでしかないことが認められる(右認定に反する証拠はない。)から、右工事が施工された場合は、被告が妨害行為に出るおそれが十分にあるものと推認することができるので、原告は被告に対し右工事の妨害を禁止する必要性があるというべきである。

したがつて、原告は、被告に対し、下水道法一一条、民法二〇九条、二一〇条、二二〇条の類推適用により、原告が被告土地につき別紙工事方法により排水設備設置工事を行うことの承諾及び右工事の妨害禁止を求めることができる。

三以上の次第で、被告に対し、原告が被告土地につき別紙工事方法により排水設備設置工事を行うことの承諾及び右工事の妨害禁止を求める原告の本訴請求はいずれも理由があるので、これを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官岨野悌介 裁判官富田守勝 裁判官中村也寸志)

目  録(一)

大阪市阿倍野区阪南町二丁目七番地二二所在

家屋番号 同所八番の四

木造瓦葺二階建居宅

床 面 積 一階 五〇・三一平方メートル

二階 四七・六六平方メートル

目  録(二)

大阪市阿倍野区阪南町二丁目七番二六

宅地 九五・一六平方メートルのうち別紙図面のの各点を結ぶ線で囲まれた部分約二〇平方メートル

工 事 方 法

別紙図面のの各点を結ぶ線で囲まれた部分について、別紙図面の点より(イ)点を結んだ線のとおり、地下約一・〇六メートルを堀削し、排水ビニール管など排水設備を敷設する工事方法

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