大阪地方裁判所 昭和59年(ワ)9776号 判決 1988年5月26日
原告
有限会社前畑建材店
ほか一名
被告
小松伝三郎
ほか一名
主文
一 別紙記載の交通事故に基づき、原告らが被告らに対し負担する損害賠償債務は存在しないことを確認する。
二 訴訟費用は被告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文と同旨
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 被告らの損害賠償請求
被告らは、別紙記載の交通事故(以下「本件事故」という。)によつて受傷したと主張し、原告らに対し、その損害の賠償を請求している。
2 本訴請求
よつて本訴請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因1は否認する。
三 抗弁(債権の存在)
1 交通事故の発生
本件事故が発生した。
2 責任原因
原告らは、次のとおりの理由により、本件事故による被告らの損害を賠償すべき義務を負う。
(一) 運行供用者責任(自賠法三条、但し人身損害についてのみ)
原告有限会社前畑建材店(以下「原告会社」という。)は、加害車を自己のために運行の用に供していた。
(二) 一般不法行為責任(民法七〇九条)
原告前畑殖(以下「原告前畑」という。)は、加害車を運転中、被害車に後続して進行していたのであるから、前方の被害車の動静に注意し、かつ加害車を適切に操作すべき注意義務があるのに、これを怠つた過失により、本件事故を発生させた。
3 被告小松伝三郎(以下「被告伝三郎」という。)の損害
被告伝三郎は、本件事故により、次のとおり受傷し損害を被つた。
(一) 被告伝三郎の受傷等
(1) 受傷
頭部・頸部・腰部打撲傷
(2) 治療経過
<1> 昭和五九年一一月二六日から同月二八日まで中村病院に通院
<2> 昭和五九年一一月二九日から昭和六〇年四月一七日まで右病院に入院(一四〇日間)
<3> 昭和六〇年四月一九日から昭和六一年三月一〇日まで右病院に通院(実日数三六日)
(3) 後遺障害
<1> 頸椎五・六番前方に異常仮骨形成、腰椎四・五番椎間やや狭し等
<2> 昭和六一年三月一〇日右症状固定
(二) 治療関係費
(1) 治療費 三七万一七二〇円
(2) 入院雑費 一五万四〇〇〇円
入院中一日一、一〇〇円の割合による一四〇日分
(3) 通院交通費 三万五二八〇円
通院中一日電車及びバス代片道四九〇円の割合による三六日分
(4) 文書料 一万円
(三) 休業損害 一二四万二七六八円
被告伝三郎は、本件事故当時一か月平均四三万九三二九円の収入を得ていたところ、本件事故により、一六〇日間休業を余儀なくされ、その間二三四万三〇八八円の収入、及び五〇万円の賞与を失つたが、一六〇万〇三二〇円の傷害手当を受領したから、これを控除すると一二四万二七六八円となる。
(四) 傷害慰藉料 一六〇万円
(五) 物損 四万五〇〇〇円
本件事故により、被告伝三郎所有の被害車のバンパーが損傷し、その修理費として四万五〇〇〇円を要する。
(六) 損害額合計 三四五万八七六八円
4 被告小松月子(以下「被告月子」という。)
被告月子は、本件事故により、次のとおり受傷し損害を被つた。
(一) 被告月子の受傷等
(1) 受傷
頸部挫傷、頭部打撲傷
(2) 治療経過
<1> 昭和五九年一一月二四日から同年一二月一一日まで中村病院に通院(実質入院)
<2> 昭和五九年一二月二一日から昭和六〇年五月二一日まで右病院に入院(一六一日間)
<3> 昭和六〇年五月二二日から通院(実日数一五三日)
(二) 治療関係費
(1) 治療費 四九万一五八〇円
(2) 入院雑費 一七万七一〇〇円
入院中一日一一〇〇円の割合による一六一日分
(3) 通院交通費 一四万九九四〇円
通院中一日電車及びバス代片道四九〇円の割合による一五三日分
(4) 文書料 一万円
(三) 休業損害 一一三万三四三七円
被告月子は、本件事故当時年間二三一万一二〇〇円の収入を得ていたが、本件事故により一七九日間休業を余儀なくされ、この間一一三万三四三七円の収入を失つた。
(四) 傷害慰藉料 二〇〇万円
(五) 損害額合計 三九六万二〇五七円
5 損害の填補
被告らは、本件事故による損害につき、原告らから次のとおり支払を受けた。
(一) 被告伝三郎につき治療費として二万七三四〇円
(二) 被告月子につき治療費として一万六七〇〇円
6 損害賠償請求債権の存在
よつて、本件事故に基づいて、被告伝三郎は、原告会社に対し残損害額から物損分を控除した三三八万六四二八円の、原告前畑に対し残損害額三四三万一四二八円の、被告月子は原告らに対し残損害額三九四万五三五七円の各損害賠償請求債権を有している。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1は認める。
2 同2の(一)は認めるが、(二)は否認する。
3 同3の(一)の内、(1)及び(3)は否認し、(2)は不知。本件事故と被告伝三郎の入通院との因果関係を争う。
同3の(二)ないし(四)及び(六)は否認し、(五)は不知。
4 同4の(一)の内、(1)は否認し、(2)は不知。本件事故と被告月子の入通院との因果関係を争う。
同4の(二)ないし(五)は否認する。
5 本件事故は、原告前畑が前方の信号が青になつたため発進する際、加害車のブレーキがゆるみ、下り勾配であつたために前進した結果、発進が遅れた前方の被害車に時速約二キロメートルで軽く接触したものであつて、被告らは事故に気付かずにそのまま走行したが、次の信号待ちの際右原告が被告らに右事故を告げたところ、被告らが頸が痛いと訴えて入通院したものである。
このように、本件事故は軽微な事故であり、肉眼で判明するような物損も生じておらず、被告らにおいて人身損害が発生するとは考えられない。
第三証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 被告らの損害賠償請求
請求原因1の事実は、被告らの本訴における主張からこれを認めることができる。
二 交通事故の発生
抗弁1の事実は、当事者間に争いがない。
三 責任原因
1 運行供用者責任
抗弁2の(一)の事実は、当事者間に争いがない。
従つて、原告会社は自賠法三条により、本件事故によつて被告らが受傷した場合には、これによる損害を賠償する責任がある。
2 一般不法行為責任
成立に争いのない乙第一六号証、第二〇号証、第二二号証、第二四号証、第二七号証、第三〇ないし第三三号証、並びに被告らの各本人尋問の結果によれば、原告前畑は、二トン余りの砂利を積載した加害車を運転中、前方の交差点の対面信号が赤色であつたため、被害車に続いてその約一・五メートル後方に停止した後、右信号が青色に変わり右側の車線上の車両が動き出しているのを見て、当然被害車も動き出したものと思い、踏んでいたブレーキを緩めたところ、現場付近が少し下り坂になつていたため加害車が動き出し、時速数キロメートルで加害車を被害車に追突させ、それと同時ぐらいに被害車がタイヤをきしませて急発進していつたことが認められる。
右認定の事実によれば、原告前畑には、信号待ちのため被害車の後方に停止していたのであるから、同車の動静を注視し、ブレーキを適確に操作すべきであるのに、これを怠つた過失により、本件事故を発生させたというべきであるから、右原告は民法七〇九条により、本件事故によつて被告らに損害が生じた場合には、これを賠償する責任がある。
四 被告らの受傷の有無
被告らが本件事故により受傷したか否かについて、当事者間に争いがあるので、これについて検討するに、成立に争いのない甲第三号証、第五ないし第八号証、第一〇ないし第一三号証、第一五号証、第一六号証、乙第一号証の一、二、第二号証の一、第五ないし第一五号証、第一七ないし第一九号証、第二一号証、第二三号証、第二八号証、第二九号証、第四一号証、第四四ないし第五一号証、被告伝三郎の本人尋問の結果(後記の採用しない部分を除く。)及びこれにより真正な成立が認められる乙第四号証、第三四号証、前掲乙第一六号証、第二〇号証、第二二号証、第二四号証、第二七号証、第三〇ないし第三三号証、及び被告月子の本人尋問の結果(後記の採用しない部分を除く。)並びに弁論の全趣旨によれば、次のとおりの事実が認められ、被告らの各本人尋問の結果中の右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らして採用しえず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
1 被告伝三郎は、本件事故当日初めて運転する被害車(トヨタセリカ一八〇〇ccスポーツタイプ、二日前に息子のために買つたもの)に妻である被告月子を同乗させ、同被告を外泊先の自宅から、当時腰部椎間板ヘルニアで入院中の和歌山市内にある中村病院まで送つていく途中、前方の交差点の対面信号が赤色であつたため停止した後、信号が青色に変わつたのを見て左右を確認した上発進しようとしたところ、キイキイというタイヤのきしむ音と同時に、被害車が三回程ガクガクして急発進し、その直前に発生した本件事故には被告両名とも全く気付かずに約一キロメートル走行し、次の信号待ちのところで、後を追いかけてきた原告前畑から右事故の発生を知らされて、初めて追突されたことに気付いたものであつて、車両の損傷状況としては、加害車の前部のナンバープレートの白色塗料がとれ、被害車のリアーバンパーにこれが付着していただけであつたこと
2 被告伝三郎は、本件事故当時株式会社泉南自動車教習所に技能指導員として勤務し、昭和五九年一〇月三一日からは指導係長の地位にあつたものであるが、本件事故直後は異常はなかつたものの、翌日の夕方から頭痛、腰痛、頚のつつぱりを感じ、同年一一月二六日に前記中村病院で受診したところ、レントゲン写真上第四頚椎下縁にわずかに仮骨の形成があり、第四、五頚椎間にわずかに整列に乱れがあると認められて、頭部、頚部、腰部打撲傷と診断され、整形外科的医療、訓練、湿布、投薬による治療を受けたが、症状が悪化し、同月二九日から右病院に入院し、右のほかの注射、運動療法等を受け、昭和六〇年四月一七日退院し、昭和六一年三月一〇日の症状固定まで、合計一四〇日間の入院と三六日の実通院による治療を受けたこと。
3 被告月子は、本件事故直後から頚の後屈時の疼痛、側屈時の抵抗、右旋回時の疼痛、頭痛等を訴え、入院中の中村病院で受診したところ、レントゲン写真上第五、六頚椎椎間がやや狭いと認められて、頚部捻挫、頭部打撲傷と診断され、事故当日から昭和五九年一二月一一日までは腰部椎間板ヘルニアの入院治療と並行して、整形外科的医療、訓練、特に牽引療法による治療を受けたが、両肩の疼痛、頚部痛がひどくなつたため、同月一二日からは入院治療となり、引き続き牽引療法などを受け、昭和六〇年五月二一日退院し、昭和六一年二月六日の症状固定まで、合計一六一日間の入院と一五三日の実通院による治療をうけたものであるが、この間の昭和六〇年九月二六日から昭和六一年一月三〇日までは両下肢の不全麻痺で入院したほか、同年九月一日から昭和六二年三月六日現在まで腰部椎間板ヘルニア、頚肩腕症候群により入院治療中であること
4 原告前畑は、昭和六〇年二月一五日業務上過失傷害罪で警察から検察庁に事件送致されたが、捜査の結果、同年五月二七日道路交通法七〇条の安全運転義務違反の罪だけで略式起訴され、罰金一万円となつたこと
5 被告伝三郎は、昭和六〇年一月一八日の警察での取調の際、当初は「加害車に追突され、助手席に同乗していた被告月子が痛みを訴えて顔色が青くなつたので、病院に連れていこうと思い、加害車を確認せずにそのまま走行した。」旨供述していたが、警察官に追及されて、「発進する際後ろにのけぞるようになつたが、少し急発進したためであると思い、そのまま走行した。」と供述を変えたものであり、また被告月子は、捜査段階では、「被害車が信号待ちをしている時はうとうとしている状態でしたが、突然キキイという音と同時に頭が座席に押し付けられたので、目が覚めたのです。」旨供述していたが、その本人尋問では、「私は助手席のシートを少し倒してうとうととまどろんでいました。突然衝撃を受け、頭から前のめりになり、頚は前後に揺れ、後頭部を座席のヘツドレストに四回から六回がんがんと打ち付け、頚は何回揺れたか分からず、頭はとんかちで後ろからどつかれ、目から火が出るような痛さで、私の体は前の方へすべつて傾いていた。」と供述を変えていること
6 被告伝三郎は、昭和五七年一二月末頃日本生命、第百生命、住友生命、及び明治生命の四社と入院給付金特約付きの生命保険契約を締結し、昭和五八年一月一四日から同年六月一日までは急性肝炎で、同年一〇月八日から昭和五九年三月一日までは肝不全でそれぞれ入院し、各入院につき右四社から各六〇万円の入院給付金を受領し、被告月子は、被告伝三郎と同時期に日本生命、住友生命の二社と同様の生命保険契約を締結し、昭和五八年二月一日から同月二二日までは子宮結締繊炎で入院して右二社から各一一万円の、同月二三日から同年六月三日までは胃潰瘍で入院して各五〇万五〇〇〇円の、同月一〇日から同年一〇月一二日までは肝障害で入院して各六〇万円の、昭和五九年一月一七日から同年四月一一日までは気管支炎、肺炎で入院して各四二万五〇〇〇円の、同年六月二二日から同年七月一六日までは子宮内膜症で入院して各一二万五〇〇〇円の、同年八月三日から同年一二月一二日までは腰部椎間板ヘルニアで入院して日本生命から五五万五〇〇〇円の、住友生命から六〇万円の各入院給付金を受領していること
以上において認定した事実に基づいて、本件事故による被告らの受傷の有無につき判断するに、加害車の追突の際の速度、加害車及び被害車の損傷状況、被告らが本件事故に気付かなかったことなどの事故の態様に鑑みれば、本件事故の衝撃により被告らが頭部、頚部及び腰部の打撲傷や捻挫の傷害を受けたものとは考えがたい上、鑑定人である京都府立医科大学法医学教室教授古村節男の鑑定の結果によれば、中村病院での被告らに関する診療録には、被告らの症状経過及び診察内容が全くと言つていいほど記されておらず、また看護記録の記載も極めて少ない上拙劣であり、その記載には矛盾があつて信用できないものであること、中村病院でのレントゲン写真上、被告伝三郎の頚部、頭部及び腰部には特に異常はなく、被告月子には、第五、六頚椎間の狭小化、第六頚椎骨の後縦靱帯の骨化の所見があるが、これらは本件事故以前から存在していたものであることが認められ、本件事故による受傷を証明するに足る他覚的所見は認められず、更に、前記のとおり被告らの供述には明らかな変遷がある上、被告らにはかなりの私病があり、被告らの訴える自覚症状についても、その存在及び本件事故との因果関係には疑問があるといわざるを得ない。そして、仮に被告らが訴える症状が存在し、それらが本件事故の後に発現したものであるとしても、それらが本件事故によるものか、それとも被害車の急発進による衝撃によつて生じたものであるかは不明であるというべきであり、結局本件事故によつて被告らが受傷したことを認めるには足りないというほかはない。
従つて、原告らにおいては、本件事故に基づく被告らの受傷による損害を賠償すべき義務は認められない。
五 物損
被告伝三郎の本人尋問の結果及びこれにより真正な成立が認められる乙第三号証によれば、トヨタカローラ南海株式会社整備部は昭和五九年一二月一二日被害車の修理について、リアバンパーカバー、同エネルギーアブソーバー、同リーンホースメントの取替のための部品代及び作業工賃として四万五〇〇〇円の費用を要すると見積もつたこと、しかし、被害車の所有者である被告伝三郎は、現実には被害車を修理せずにそのまま放置し、昭和六一年三月三一日には同被告の息子が事故を起こして被害車を大破させるに至つたことを認めることができるところ、前記四の1で認定した被害車の損傷状況に照らせば、右部品を取り替えるまでの必要性があるとは考えられない上、右被告の本人尋問中の「リアバンパーは外部からはかすかに湾曲した程度にしか見えませんが、中の方はへこんでいました。」との供述もにわかに採用しがたく、本件事故により被害車に修理を要する程の損傷が生じたものとは認められない。
そうすると、本件事故に関し、原告前畑が被告伝三郎に対し賠償すべき物損は発生していないというべきである。
六 結論
よつて、本件事故に基づき、原告らが被告らに対し負担する損害賠償債務は存在せず、原告らの本訴請求は正当であるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 細井正弘)
交通事故
一 日時 昭和五九年一一月二四日午前九時二五分頃
二 場所 和歌山市栗栖九七六番地先路上
三 加害車 原告前畑殖運転の小型貨物自動車(和四四は五七九号)
四 被害車 被告小松伝三郎運転、被告小松月子同乗の普通乗用自動車(泉五七り四二九二号)
五 態様 加害車が被害車に追突した。