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大阪地方裁判所 昭和60年(わ)5048号 判決 1987年4月09日

主文

被告人稲倉睿を懲役三年及び罰金三〇万円に、被告人森之本康弘を懲役一〇月及び罰金二〇万円に、被告人朴龍吉を懲役一年及び罰金二〇万円にそれぞれ処する。

未決勾留日数のうち、被告人稲倉睿に対しては一三〇日を、被告人森之本康弘に対しては二八〇日を、被告人朴龍吉に対しては一七〇日をそれぞれその懲役刑に算入する。

被告人らにおいてその罰金を完納することができないときは、それぞれ金五〇〇〇円を一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置する。

被告人朴龍吉に対し、この裁判の確定した日から四年間その懲役刑の執行を猶予する。

訴訟費用は、被告人三名の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人稲倉睿は、かねてから、自己の所有する大阪市淀川区西中島五丁目一番一二号所在の四階建(一部五階建)ビルにおいて、飲食店ラウンジ前衛等を経営していた者、被告人朴龍吉は、昭和五九年四月末ころ、被告人稲倉に誘われ、以降、右前衛等のマネージャーとして働いていた者、被告人森之本康弘は、昭和六〇年六月一八日ころから、右ビル一階のクラブゼンのボーイとして働くようになり、次いで、同年九月一日からは右ゼンのマネージャーをしていた者であるが、被告人稲倉及び被告人朴の両名においては、同年五月二八日までの間に互いに意思相通じ、また、被告人森之本においては、同年九月一日に至るまでの間に被告人稲倉及び被告人朴の両名と意思相通じて、別紙記載のとおり、被告人稲倉及び被告人朴においては、同年五月二八日から、被告人森之本においては、同年九月一日から、それぞれ同年一〇月一五日までの間、ホステスとして雇い入れたキョウコことチャレームセーン・サムニアンほか一四名をして、無断欠勤、遅刻を禁止し、出勤後は無断外出を禁止するなどして、右ゼン等に集合、待機させ、被告人稲倉が売春料金及びその分配額を統一指示し、被告人朴、被告人森之本らが指名するなどし、右ビル一階、四階及び五階の個室で長谷川勝一ら不特定多数の男客を相手に対償を得て性交させ、もって、右チャレームセーン・サムニアンほか一四名を自己の管理する場所に居住させ、これに売春させることを業とした。

(証拠の標目)(省略)

(事実認定等の補足説明)

一  弁護人は、1当裁判所が刑事訴訟法三二一条一項二号前段該当書面として取調べ、判示事実の認定に供したチャレームセーン・サムニアンほか一二名の検察官に対する各供述調書(証拠等関係カード((請求者等検察官))記載の番号166ないし180の各証拠。以下、「本件各供述調書」という)については、いずれも右条項の趣旨に照らし、証拠能力がなく、あるいは、少なくとも信用性に欠けるものである旨、2さらに、基本的には、被告人ら三名の公判廷及び捜査段階における供述を前提にして、被告人稲倉の判示前衛等における営業等の実態は、そもそも売春防止法一二条所定の管理売春の構成要件を充足せず、また、被告人森之本及び被告人朴においては、いずれも管理売春の認識、認容もなく、被告人稲倉との間で右管理売春の共謀を遂げた事実を認めるに足る証拠もないのであるから、本件公訴事実については被告人ら三名いずれにおいても無罪である旨をそれぞれ主張しているので、以下、これらの主張に関する認定、判断を若干補足する。

二  まず、右弁護人の主張1は、さらに具体的には、刑事訴訟法三二一条一項二号前段は、検察官の面前における供述を録取した書面について、単に、「その供述者が国外にいるため公判準備若しくは公判期日において供述することができないとき」は証拠とすることができると規定されているが、これに加えて、反対尋問に代わる程度の情況的保障をも証拠能力の要件としていると解すべきであって、本件各供述調書の供述者であるタイ国人女性は、いずれも供述録取当時既に国外退去強制が決定しており、公判廷における供述が求められないことを予見したうえで供述調書が作成されたもので、反対尋問にさらされることがないという事情のもとでは真実は述べられず、取調官の意向に沿った供述調書が作成されることは容易に推測でき、そもそもその心理状態からは任意な供述であるかどうかの点についても強い疑問があり、現に、弁護人において同意し取調べられたラダー・ピムセン(ピムセン・ラダー)の検察官に対する供述調書とこれも取調済の同人の裁判官による証拠保全としての証人尋問調書の各供述との間の相異を見れば、このことは明らかであり、さらに、本件各供述調書は通訳人二名を介して作成されているが、そもそも通訳が適正になされたかも疑問であって、以上からすれば、本件各供述調書についてはいずれもその証拠能力を認めるべきでなく、仮に、証拠能力が認められるとしても、その信用性を判断するにあたっては、反対尋問にさらされることのないことを承知のうえで作成されたものであることを念頭におき、通訳の適正さを確認するなど、一般の供述調書のそれ以上により慎重に対処すべきであって、右に述べたところから、少なくともその信用性は否定されるべきであるというのである。

しかし、まず、刑事訴訟法三二一条一項二号前段は、その証拠能力を認める要件として、同条一項二号後段や同条一項三号と対比して、「信用すべき特別の情況」又は「特に信用すべき情況」を要件としていないことは明らかで、信用性の情況的保障の存在の積極的な立証がなかったとしても、「国外にいるため公判準備若しくは公判廷において供述できないとき」の要件を充足するのみで、当該供述者の検察官の面前における供述を録取した書面は証拠能力が認められると解すべきであり、ただ、捜査機関でもある検察官がその供述者を調書作成後意図的に国外に赴かせた場合など、ことさら被告人の公判廷における反対尋問の機会を失わせたと認められるようなときには例外的に証拠能力を否定すべきことがありうるに過ぎないと考える。そこで、この見地に立って、検討するに、大阪入国管理局警備第二課長入国警備官警備長江角荘治作成の「捜査関係事項照会について(回答)」と題する書面及び司法警察員春田尚司作成の「売春営業飲食店『前衛』稼働タイ国籍売春婦『チエ』、同『マキ』両名の出国事実照会結果について」と題する報告書並びに本件各供述調書自体によれば、本件各供述調書の供述者らは、いずれもタイ国籍を有する者で、出入国管理及び難民認定法に基づく退去強制手続により、それぞれ検察官による取調べ、供述調書作成後、その当日ないし七日の間にタイ国バンコクへ向け出国していることが認められるところ、この退去強制手続に通常と異なる点が存したことを疑わせるような事情はなく、また検察官において、ことさら被告人らの反対尋問の機会を失わせる意図でその出国を早めさせたとの疑いを抱かせる証拠も一切なく(この点、むしろ、右各証拠及び当庁第二〇刑事部裁判官の証人ダダーピンセン(ピムセン・ラダー)に対する尋問調書によれば、証拠保全としての同証人の尋問実施の関係で同証人に対する退去強制手続執行が配慮された形跡も窺えないではない)、本件各供述調書については、いずれも刑事訴訟法三二一条一項二号前段該当書面としてその証拠能力を有することは明らかである。そして、確かに、このような供述録取直後に国外へ退去することが予定されている供述者については、弁護人も指摘するように、その供述の信用性の判断は慎重になされるべきであるところ、本件各供述調書の供述記載を検討してみても、重要な部分、確認を要すべき事項については問答式でその供述が録取されるなどし、また、それぞれ供述者においてその記憶に応じて供述していることが看取されるなど、その各供述記載自体から信用性に疑いを抱かせるような点もなく、さらに、本件各供述調書の供述録取は、いずれも通訳人を介して行われているが、証人江畑朔彌の当公判廷における供述により認められるとおり、その経歴等からしてもタイ語に堪能な同証人らが適正に通訳をなしたうえ、同証人が通訳にあたった場合には作成された供述調書を同証人自身が読み聞かせる方法で供述者に確認し、その供述者及び同証人が署名等をしたものであることなどに照らしても、その正確性、あるいは、信用性に疑問をいれる点は存しない(なお、この点、弁護人は、ラダー・ピムセン((ピムセン・ラダー))の証拠保全としての証人尋問調書中の供述と同人の検察官に対する供述調書中のそれとの相異を挙げ、なるほど、右証人尋問調書と供述調書の各供述記載とを対比すれば、その重要な部分において相異があることが明らかであるが、右証人尋問調書中の供述は、被告人三名らも立会う中でのもので、被告人らを慮った供述である疑いも強く、直ちに、本件各供述調書の信用性を疑うべき根拠とはなし得ない)。

以上要するに、弁護人の主張には直ちに左袒できず、その主張に鑑み検討しても、本件各供述調書の証拠能力を否定すべきいわれはなく、信用性に欠ける点も存しない。

三  次に、前記弁護人の主張2の点について、検討するに、前掲「証拠の標目」に挙示した各証拠によれば、被告人稲倉の経営するラウンジ前衛等において、一階のクラブゼンでは、別紙記載のチャレームセーン・サムニアンほかのタイ国人女性らが入場料を支払った遊客に手淫、口淫後個室で性交し、その場合に右入場料に加え、一万円を支払うシステムになっており、二階のラウンジ前衛及び三階の割烹ぜんでは飲食料を支払った遊客に右タイ国人女性らが飲食の接待をした後、四、五階の個室で性交し、それぞれ二万五〇〇〇円ないし二万七五〇〇円を支払うシステムになっていたこと、そして、従業員である黒川修治が客付けメモを記載し、遊客から支払われる個室での売春料を被告人稲倉らが受け取り、右客付メモに基づいてそれを分配し、性交の報酬として当該女性に当日支給していたことが認められ、また、右タイ国人女性らの大部分は、被告人稲倉の所有するシャンポールビジネス新大阪に居住し、退店後帰宅の有無を確認され、勤務時間中は無断外出を禁止されて一階あるいは二階で待機し、遊客を接待し、無断欠勤、無断遅刻、さらには、客付け拒否も禁止され、生理の有無を確認され、定期的に性病検査も受けさせられたりしていたこと、しかも、右タイ国人女性らは、前記売春の報酬以外に収入はなかったことが認められ、以上の各事実によれば、被告人稲倉が右タイ国人女性らすなわち別紙記載のチャレームセーン・サムニアンほか一四名をして、自己の占有又は管理する場所に居住させ、これに売春をさせることを業としていたことは明白であり、他方、右各証拠によれば、被告人森之本においては、昭和六〇年九月一日以降、一階のクラブゼンの責任者として遊客に右タイ国人女性らを付けたり、個室に入って時間を告げたりしていること、また、被告人朴においては、二階から五階の責任者として、他の従業員を指示して四、五階の個室の清掃、コンドームの配付、あるいは、一階に待機中のタイ国人女性らへの客付け等に従事していたことなどが認められ、これらの事実に加え、前記各証拠から認められる被告人森之本及び被告人朴と被告人稲倉との本件に至るまでの関係、前記ラウンジ前衛等の構造等に照らせば、被告人森之本及び被告人朴の両名において、前記認定の被告人稲倉の管理売春にあたる経営実態を十分認識しながら、被告人稲倉と意思相通じて、同被告人の管理売春の所為に加担し共同して実行したこと(但し、被告人森之本については判示認定の限度にとどまる)はこれを認めるに十分であり、以上の認定に反する被告人ら三名の捜査段階及び公判廷における供述は、それぞれ客観的な証拠とも矛盾する強弁に過ぎず、到底信用できない。

(累犯前科と確定裁判)

一  被告人稲倉の累犯前科と確定裁判

1  事実

(一) 昭和五三年一一月一〇日大阪地方裁判所で公然わいせつ、売春防止法違反の各罪により懲役一年八月及び罰金三〇万円、昭和五五年六月五日右懲役刑執行終了

(二) 昭和五四年三月一三日大阪家庭裁判所で児童福祉法違反の罪により懲役四月、昭和五五年一〇月五日刑執行終了

(三) 昭和六〇年五月二七日大阪地方裁判所で売春防止法違反の罪により懲役二年及び罰金四〇万円、昭和六一年六月一一日確定

2  証拠(省略)

二  被告人森之本の累犯前科

1  事実

昭和五八年七月二九日大阪地方裁判所で暴行、強姦致傷、傷害の各罪により懲役二年六月、昭和六〇年三月四日刑執行終了

2  証拠(省略)

(法令の適用)

一  被告人稲倉に対し

判示所為  刑法六〇条、売春防止法一二条

累犯加重  刑法五六条一項、五七条(前記被告人稲倉の累犯前科と確定裁判(一)及び(二)記載の前科の関係で再犯の加重)

併合罪の処理  刑法四五条後段、五〇条(前記被告人稲倉の累犯前科と確定裁判(三)記載の確定裁判のあった売春防止法違反の罪と併合罪であるから、まだ裁判を経ない判示の罪について更に処断)

主刑  懲役三年及び罰金三〇万円

未決勾留日数算入  刑法二一条(懲役刑に一三〇日算入)

労役場留置  刑法一八条(金五〇〇〇円を一日に換算)

訴訟費用  刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条(連帯負担)

二  被告人森之本に対し

判示所為  刑法六〇条、売春防止法一二条

累犯加重  刑法五六条一項、五七条(前記被告人森之本の累犯前科記載の前科の関係で再犯の加重)

主刑  懲役一〇月及び罰金二〇万円

未決勾留日数算入  刑法二一条(懲役刑に二八〇日算入)

労役場留置  刑法一八条(金五〇〇〇円を一日に換算)

訴訟費用  刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条(連帯負担)

三  被告人朴に対し

判示所為  刑法六〇条、売春防止法一二条

主刑  懲役一年及び罰金二〇万円

未決勾留日数算入  刑法二一条(懲役刑に一七〇日算入)

労役場留置  刑法一八条(金五〇〇〇円を一日に換算)

刑の執行猶予  刑法二五条一項(懲役刑につき四年間猶予)

訴訟費用  刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条(連帯負担)

よって、主文のとおり判決する。

(別紙)

<省略>

<省略>

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