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大阪地方裁判所 昭和60年(ヨ)1151号 1985年9月10日

申請人

菅本驥一

右代理人弁護士

北本修二

被申請人

長谷川工機株式会社

右代表者代表取締役

長谷川誠一

右代理人弁護士

山上利則

豊島哲男

主文

申請人が被申請人に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

被申請人は申請人に対し、昭和六〇年三月以降本案訴訟における第一審判決言渡に至るまで、毎月二五日限り、金二三万円の割合による金員を仮に支払え。

申請人のその余の申請を却下する。

申請費用は被申請人の負担とする。

理由

第一当事者の求めた裁判

一  申請人

1  主文第一項と同旨。

2  被申請人は申請人に対し、昭和六〇年三月以降本案判決確定に至るまで、毎月二五日限り、金三六万八六一〇円の金員を仮に支払え。

3  申請費用は被申請人の負担とする。

二  被申請人

1  申請人の本件申請を却下する。

2  申請費用は申請人の負担とする。

第二当裁判所の判断

一  雇用契約関係の存否

1  申請人が昭和五七年一一月一日被申請人に入社し、総務部長の地位にあったこと、被申請人は申請人に対し、昭和六〇年一月三一日申請人が同年二月中に退職扱いとなる旨口頭で通知し、さらに同月六日になって同月二五日をもって申請人の取締役の任期が満了するので、同日付で定年により総務部長としての従業員たる地位も失う旨の通知をするに至ったこと(以下、被申請人が申請人に対し昭和六〇年二月六日にした右通知を「本件定年通知」という)、被申請人は申請人が同年二月二五日に定年により被申請人の従業員たる地位を失ったとして、同月二六日以降申請人よりの労務の提供の受領を拒否し、申請人を被申請人の従業員として取り扱っていないこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

右によれば、申請人が昭和五七年一一月一日に被申請人に入社することによって、申請人と被申請人間に同日雇用契約が成立したものというべきである。

2  疎明資料によれば、本件定年通知に至るまでの経過は次のとおりであったことが一応認められる。

(一) 申請人は昭和四四年七月二一日に主として梯子の製造販売を目的とする長谷川工業株式会社(以下、「長谷川工業」という)に入社し、生産管理部長、ついで商品管理部長として仕入業務・在庫管理などの業務を担当していたが、昭和五七年四月二八日、同年五月一日付をもって長谷川工業に在籍したまま被申請人にその総務部長として出向するよう命じられたこと

(二) 申請人が出向を命じられた被申請人は、長谷川工業の製造部門の如き立場にあって、被申請人の製造する梯子全量を長谷川工業に納入し、又、被申請人、長谷川工業とも長谷川誠一及び長谷川吉弘の兄弟が代表取締役であるとともに、右両名で各その発行済株式の九〇パーセント以上の株式を所有していること

(三) 長谷川工業において、その就業規則第四二条が「従業員の定年は男子満六〇歳、女子満五〇歳とし、定年到達の日の翌日をもって退職とする。」と規定し、男子従業員についてはいわゆる六〇歳定年制が敷かれていたのに対し、被申請人においては、その就業規則第五一条が「従業員の定年は満五五歳とし、定年到達の日の翌日をもって退職とする。」と規定し、いわゆる五五歳定年制が敷かれているところ、右出向命令において、申請人は被申請人の就業規則の適用を受けるものとされたが、従業員の定年に関する就業規則第五一条は適用除外とされたこと

(四) 申請人は、右出向命令に従って被申請人の総務部長として勤務していたが、昭和五七年一〇月末頃被申請人の代表取締役社長長谷川吉弘(長谷川工業の代表取締役社長でもある)より被申請人の取締役に就任するよう要請され、又、ほぼ同時に被申請人の身分を取締役就任にともなって長谷川工業より被申請人に移籍、即ち長谷川工業を退職して被申請人に入社することを求められ、いずれも了承し、同年一一月一日でもって被申請人の取締役に就任し、且つ従業員としての身分を長谷川工業より被申請人に移籍したが、その際申請人の定年に関する話合は全くなされなかったこと

(五) 申請人は昭和五八年二月二五日被申請人の取締役に再任されたものの、昭和六〇年二月二五日二年の任期を満了し取締役の地位を失ったこと

(六) 申請人は大正一二年七月五日生れで、前記出向命令の時点では満五八歳であったし、長谷川工業より被申請人に移籍し且つ被申請人の取締役に就任した昭和五七年一一月一日当時は満五九歳、本件定年通知のなされた昭和六〇年一月三一日当時は六一歳となっていたし、被申請人及び長谷川工業における前記定年制の存在及び内容についてはこれを熟知していたこと

3  申請人との雇用契約関係は終了した旨の被申請人の主張について判断する。

(一) 被申請人は、申請人が長谷川工業より被申請人への出向を命じられた前記出向命令において、申請人の定年は満六〇歳を定年とする長谷川工業の前記定年規定によることとされていたから、被申請人に移籍(入社)後の申請人の定年についても長谷川工業の右定年規定が準用され、申請人は満六〇歳で定年になるべきところ、申請人と被申請人は申請人が被申請人に入社し、その取締役に就任した昭和五七年一一月一日頃又は被申請人の取締役に再任された昭和五八年二月二五日頃に、申請人の定年を取締役の任期満了まで延長する旨の定年延長の合意をしたので、申請人は被申請人の取締役の任期を満了した昭和六〇年二月二五日に従業員たる地位についても定年が到来し、申請人との雇用契約は定年により終了した旨主張する。

なるほど、申請人に対し長谷川工業より被申請人への出向を命じた前記出向命令において、申請人について定年を満五五歳と定める被申請人の就業規則五一条の規定の適用が除外されていたことは前記2、(三)のとおりであるけれども、右適用除外は、申請人が右出向命令当時既に満五八歳となっていて被申請人の従業員の定年である満五五歳を過ぎていたため、申請人について被申請人の右定年規定を適用しない旨を特に明記した趣旨に出たにすぎないものと解され(被申請人代表者の陳述書である<証拠略>もそのような内容となっている)、前記出向命令当時申請人につき長谷川工業より被申請人に移籍することが具体的に予定されていたことを窺わせる資料もない本件においては、前記出向命令において被申請人の定年についての就業規則の規定が適用除外されていたことを根拠にして、申請人が長谷川工業の従業員身分を失って被申請人の従業員となった昭和五七年一一月一日以降も、申請人につき長谷川工業における満六〇歳の定年制の適用又は準用があるものということはできるものではない(なお、申請人が長谷川工業に在籍している間は長谷川工業の定年に関する就業規則の適用を受けるのはもとより当然であるから、申請人が長谷川工業に在籍していたまま満六〇歳に達した場合には、申請人が出向元たる長谷川工業の就業規則第四二条により長谷川工業の従業員身分を定年により失い、特段の事情がなければ、それにともない出向先である被申請人の従業員身分をも失うこととなろうが、本件は右の場合とは異なる)。前記2(二)に疎明されている長谷川工業と被申請人との密接な関係の存在も、申請人が長谷川工業及び被申請人の定年制の存在及び内容を熟知していた事実も、右判断を左右するものではないし、他に申請人について長谷川工業の定年制に関する就業規則四二条の適用又は準用を肯定すべき事情は認め難い。

したがって、申請人の定年が満六〇歳であることを前提とする前記定年延長の主張は前提を欠き失当である。

(二) そこで、申請人と被申請人は、申請人が被申請人の取締役に就任するとともに長谷川工業より被申請人に入社した昭和五七年一一月一日頃又は被申請人の取締役に再任された昭和五八年二月二五日頃、申請人の総務部長としての従業員たる地位の定年を取締役の任期と一致させる若しくは取締役の在任期間の満了の時とする旨合意したので、取締役の任期の満了した昭和六〇年二月二五日に従業員たる地位も定年により終了した旨の被申請人の主張についてさらに検討するに、右のような合意が明示又は黙示になされたことを疎明するに足りる資料はない。

もっとも、申請人は被申請人の取締役に就任すると同時に長谷川工業より被申請人に総務部長のまま移籍したが、当時既に被申請人の従業員の定年である満五五歳の年齢を過ぎていたことは前記2のとおりであるけれども、取締役の地位と従業員たる地位とは、一方は株式会社の機関たる取締役会の構成員として主として商法の適用を受けるのに対し、他方は労務の提供をする被用者として主として労働法の規制に服する関係にあって、両者はそれぞれ別個の法原理に服すものとされているところでもあり、もとより前者についての任期の終了が後者についての雇用契約の終了を当然に結果する関係にはないし、一般にそのような関係にあるともいえないので、右事実のみをもっては取締役の任期終了が申請人の従業員たる地位の終了となる旨の前記合意の黙示の成立を推認するに十分ではない(疎明資料によれば、被申請人においては、満五五歳の定年後満五九歳まで管理職の地位にあった小橋重徳資材課長兼技術課長の例も含め管理職については厳格に満五五歳の定年制が適用されてこなかったこと、そして長谷川工業についても同様の例があることが一応認められることもあわせ考えると、右事実によって前記合意の成立を推認することは到底できないというべきである)。

(三) 被申請人は、本件定年通知に先だつ昭和六〇年一月三一日、申請人に対し、「昭和六〇年二月二五日に役員としての任期が満了し、ついては定年にも到達するので、この際後進に道を譲って勇退して欲しい」旨通知したが、右通知は一か月先において雇用関係を終了させる旨の予告解雇としての効力がある旨主張し(以下、右予告解雇を「第一次予告解雇」という)、又仮に第一次予告解雇が有効でないとすれば、昭和六〇年八月一二日付被申請人準備書面をもって(同準備書面は同日申請人代理人に交付された)、申請人を同年九月一一日をもって解雇する旨の意思表示をした旨主張し(以下、右解雇を「第二次予告解雇」という)、解雇の根拠として被申請人の就業規則五三条一項一号及び二号をあげる。

そこで検討するに、被申請人の就業規則五三条は通常解雇について規定し、その一項一号は「精神もしくは身体上の故障があるか、又は虚弱、老衰もしくは疾病等の為に業務に堪えないと認められる時」と定め、同項二号は「技術又は能率が低劣の為、就業に適しないと認められる時」と定めているところ、申請人について右各号に該当する事由が存在することについては疎明がなく(被申請人代表者の陳述書である<証拠略>には、右の点に関連して、申請人は他の従業員との協調性に欠け、部下に対する指導力、養成力もあまりなかったもので、賞与評価はC評価であった旨の部分があるが、これのみをもって右各号の全部又は一部に該当するものとはいえない)、かえって疎明資料及び本件審理の経過に徴すれば、第一次予告解雇及び第二次予告解雇とも、申請人が総務部長としての従業員たる地位と兼ねていたところの取締役の地位を任期満了によって失ったこと及び申請人が既に満六一歳又は満六二歳になっていることを最大の解雇理由にしているものと推認するのが相当であるから、右各予告解雇の効力に関する他の点について判断するまでもなく、右各予告解雇は就業規則所定の解雇事由なくしてなされたものとして無効というほかない。

4  以上によれば、申請人との雇用契約関係は終了した旨の被申請人の各主張はいずれも採用できないので、申請人は本件定年通知等にかかわらず被申請人に対し雇用契約上の権利を有する地位にあるものというべきである。

二  賃金請求権

申請人が被申請人より過去三か月間の平均で三六万八六一〇円の賃金の支払を受けていたこと、被申請人においては毎月二五日に申請人は賃金を支払っていたことは当事者間に争いがなく、被申請人が昭和六〇年二月二六日以降申請人よりの労務の提供の受領を拒否していることは前記一、1のとおりであるので、申請人は同日以降も毎月三六万八三一〇円の賃金請求権を有するものと推認される。

三  保全の必要

疎明資料によれば、申請人は自己所有建物に妻及び長男と生活し、長男はサラリーマンとして稼働して収入を得ていること、申請人の毎月の賃金の総支給額は三六万円余りであるが、所得税等の法定控除額及び財形貯蓄などを控除した、現金支給額はほぼ二三万円であること、申請人には住宅ローン債務があって毎月二万五〇〇〇円の支払をしているが、その支払も含めて右現金支給額で毎月の生活を維持していることが一応認められるので、このことに前記一、1の事実を総合すれば、申請人の本件仮処分申請は主文第一、二項の限度で保全の必要があるといえるが、その余は保全の必要につき疎明がないというべきである。なお、疎明資料によれば、申請人は昭和六〇年六月から雇用保険法に基づく失業給付として毎月約二一万円の支給を受けているが、右は被申請人より賃金の支払(仮払を含む)が受けられるようになった場合には通過する約束のもとでの仮給付としてのものであることが一応認められるので、申請人の失業給付受給の事実も右金員仮払の必要の存在を左右するものではない。

四  結論

よって、申請人の本件仮処分申請は主文第一、二項の限度で理由があるので、保証を立てさせないでこれを認容することとし、その余は理由がないので却下することとし、申請費用につき民事訴訟法九二条但書により、主文のとおり決定する。

(裁判官 長門栄吉)

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