大阪地方裁判所 昭和60年(ヨ)2261号 1985年12月25日
申請人
高橋良子
右訴訟代理人弁護士
西川雅偉
同
高野嘉雄
同
後藤貞人
同
北本修二
同
里見和夫
同
下村忠利
同
三上陸
同
中道武美
同
菊池逸雄
同
近森士雄
被申請人
学校法人京新学園
右代表者理事長
松本昇太郎
右訴訟代理人弁護士
川木一正
同
長野元貞
主文
申請人が被申請人の従業員の地位にあることを仮に定める。
被申請人は申請人に対し、昭和六〇年六月以降本案訴訟の第一審判決言渡に至るまで、毎月二五日限り、金一一五、〇〇〇円宛を仮に支払え。
申請人のその余の申請を却下する。
申請費用は被申請人の負担とする。
理由
第一当事者の求めた裁判
一 申請の趣旨
1 主文第一項と同旨。
2 被申請人は申請人に対し、昭和六〇年六月以降本案判決確定に至るまで毎月二五日限り金一三万円宛を仮に支払え。
二 申請の趣旨に対する答弁
申請人の申請はいずれも却下する。
第二当裁判所の判断
一 当事者間に争いのない事実及び本件疎明資料によれば、次の事実が一応認められる。
1 当事者
(一) 申請人は、昭和二七年一一月二五日生れで、昭和四八年三月成蹊女子短期大学児童教育学科(初等教育学専攻)を卒業し、同年四月大阪市立豊崎小学校に教諭として採用され、昭和四九年三月母の看護等家庭の事情から退職し、その後昭和五二年四月から鴻池学園第二幼稚園で教諭として勤務し、夫である高橋村市との婚姻のため、昭和五七年三月に同園を退職し、以後主婦として家事に従事していたもので、昭和四八年に幼稚園教諭及び小学校教諭の資格を取得している。
(二) 被申請人は、昭和四二年五月二四日設立の学校法人で、理事長松本昇太郎のほか理事八名がおり、肩書住所地に太秦校(園長は理事である小田千鶴子)、寝屋川市三井に三井中央校(園長は理事である松宮清井)の二つの幼稚園を有し、従業員は、太秦校には教諭一五名(申請人を含め)、運転手三名、事務員一名が、三井中央校には教諭一〇名、運転手一名がおり、園児数は、太秦校が約四五〇名、三井中央校が約二九〇名である。なお、太秦校の園児のクラス編成は、年長児組六、年少組六、三歳児組一の計一三組があり、各組とも三〇人以上で構成されている。また、太秦校には、長さ二五メートル、横一〇メートル、深さ一・二メートルの温水プールがあり、三井中央校の園児も使用している。
2 本件雇用契約
申請人は、昭和六〇年三月二六日被申請人に雇用され、同年四月一日から太秦校において就労していた。
3 本件解雇
被申請人は、同年四月二四日、申請人に対し、口頭で解雇の意思表示をした。
なお、被申請人は、その後右解雇の意思表示は、予告解雇である旨表明し、同年五月二四日の満了をもって、申請人との雇用契約は終了したとして、以後申請人が被申請人の従業員であることを否定している。
二 本件解雇の効力について
1 申請人の主張
(一) 申請人は、被申請人に総主任及びプール指導の教諭として普通採用されたものであるところ、本件解雇は何ら正当な理由なくしてなされたもので無効である(仮に、試用期間中であったとしても、合理的理由なくしてなされた本件解雇は無効である。)。
(二) また、本件解雇は、申請人らが組合を結成したことを嫌悪し、申請人を学園から排除しようとしてなされたもので、不当労働行為にあたり、無効である。
2 被申請人の主張
本件雇用契約は、次のとおり、申請人をプール主任として試採用した試用契約であるところ、申請人に右職務の適格性が認められないことから解雇したもので、申請人主張の不当労働行為とは何ら関係なく、有効である。すなわち、
(一) 被申請人の就業規則上、一年間の試用期間をおく旨定められており、申請人において右定めを知らなかったとしても、本件雇用契約は試用期間をおいた試用契約であると解され、さらに昭和六〇年三月二六日の申請人との採用面接において、「今回の募集はプール教育の責任者であるプール主任の募集であり、申請人の実技指導をみなければ正確な判断ができないので、四月二二日以降実施するプール指導をみてから正式な採否を決定する。就労時期については四月一日とするも、プール開始まではプール指導の準備をする一方幼稚園業務の補助をしてもらいたい。」旨被申請人の意向を申請人に述べ、申請人もこれを了承して採用に至ったものであり、実質上の実技試験の結果を留保した試用採用という特殊性があったものである。
(二) 解雇事由
(1) スイミング指導について
スイミングスクールは、四月二二日開始され同月二四日まで申請人がその指導に当ったが、次のとおり、専門的知識及び経験の欠如、勤務態度の不良がみられた。
(イ) 幼児のプール指導に当っては、プールマットを設置して行なうのであるが、申請人は熟知しているべき定められた設置方式を全く知らず、かつプールマットをプールに投げ入れる始末であった。
(ロ) 四月二四日水中クリーナーを使用してプール内清掃をすることとなったが、申請人は水中クリーナーの使用方法を全く知らず、自分は使ったことがない旨言明し、プールに使用する薬品について如何なる薬品を入れたらよいかの質問に対しても、具体的な薬品名については一切知らない旨言明した。
(ハ) 幼稚園で多人数指導する場合、限られた時間内に園児たちが指導を受けられる機会を多くすることが指導の基本的要領となり、ビート板の使用に当っては、指導者がビート板を引っ張るなどして園児の進行を助け、スムーズに水泳指導の実を上げる方式が通常であるところ、申請人は園児の体に下から手をそえるだけで、園児のキック力のみで進行させるという指導を採るため、一人の園児に相当の時間を要し、スムーズな集団指導ができなかった。
そこで、松本理事長が注意を与えたところ、理事長のような乱暴な指導はできない旨の反抗的態度を示すとともに、園児の水泳進捗度をみて集団指導の実を上げなければならない幼稚園の水泳教育の基本を無視した対応に終始した。
(2) 勤務態度について
申請人は、四月一九日小犬を連れて出勤し、一日中職員事務室において犬と戯むれたり、伊藤教諭と談笑するばかりで、午後から予定されていた園全体の廊下等の清掃、ワックス塗布に際し、他の職員の清掃業務に一切協力しないばかりか、ワックス塗布したばかりの廊下を犬が徘徊するのを放置し、清掃等の業務に支障をきたした。そのため、非常識かつ非協力的人物に対する非難及びかかる人物をプール主任として採用することへの反対の意見が他の職員から強く示されるに至った。
(3) 以上のとおり、申請人は幼児の集団的水泳指導の基本的要請を全く配慮することなく、素人的観点に立つ水泳指導をなすに過ぎず、この分野における専門的知識経験が全くないものと評価せざるを得ないのであり、プール責任者としての適格性が全くないことが明白となり、同人の日ごろの勤務態度、これに伴う他職員の反応、同人の理事長に対する反抗的態度等を総合的に判断した場合、実質上の能力詐称の点を含めて、雇用契約の継続が困難と判断した。
3 ところで、使用者が労働者を解雇するには、解雇が労働者に与える影響の重大性に鑑み、社会通念上解雇をやむを得ないとするに足りる相当な事由の存在することを要し、そのような事由なくしてなされた解雇は、解雇権の濫用として無効と解するのが相当である。
また、試用期間のある雇用契約は、試用期間中に従業員として不適格とされた場合には解約しうる旨の解約権留保付の雇用契約であると解されるところ、右留保解約権の行使は通常の解雇の場合よりは広い範囲における解雇の自由が認められるべきではあるが、解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由が存在し、社会通念上相当として是認することができる場合のみ許されるものと解するのが相当である。
4 そこで、まず本件雇用契約について検討するに、当事者間に争いのない事実及び本件疎明資料によれば、次の事実が一応認められる。
(一) 本件雇用契約の締結
(1) 申請人は、昭和六〇年三月二〇日付朝日新聞に掲載された被申請人の寝屋川市三井中央幼稚園名による「幼稚園教諭経験者又は水泳指導経験四〇迄」との求人広告に応募し、履歴書送付のうえ、同月二六日午後一時ころから、三井中央校において、松宮園長及び松本理事長と面接した。申請人は、高校生のとき水泳選手として国体に一度出場し、大学生のときには十三スイミングスクールで成人女性(一年間)や小学生(三か月間)に対する水泳指導のアルバイトをしたことがあり、また以前勤務していた鴻池幼稚園においても担任教諭として園児の水泳指導をした経験もあった。そして、被申請人の新聞広告は、保育担当の一般教諭の募集で、一応水泳の経験がある者を希望している趣旨と理解したことから、履歴書のスポーツ欄に「水泳」と、志望の動機欄に「スイミングスクール指導の経験が自己の性格に最適」と記載して提出していた。
(2) 申請人は、右採用面接において、鴻池幼稚園の教育方針や同園における申請人の勤務内容などについて説明し、また水泳指導に関しても、スイミングスクールで指導したり、国体にも選手として出たことがある旨話し、幼児指導さらには水泳指導において十分被申請人の期待に応えられる旨述べた。
申請人は、被申請人から、家族関係や従前の給与額等についても尋ねられたが、採用された場合の仕事内容について、プール主任をしてもらう等の具体的な説明は特になく、また就業規則や採用の場合には試用期間を設ける旨の採用条件に関する説明は一切なかった。
面接終了後松本理事長から一応採用する意向である旨の内示があったので、申請人はクラス担任の教諭として採用されるものと思って帰途についた。
(3) 申請人が帰宅前の申請人方に、同日午後四時三〇分ころ松宮園長から「本日の面接の結果採用に決まった。」旨の電話が、また同日午後五時三〇分ころ松本理事長から「採用と決まりましたが、園長から連絡がありましたか。」との確認の電話があった。そして、申請人帰宅後の同日午後六時ころ、松宮園長から再度電話があり、「理事長と相談の結果採用と決まりましたので、もう一つの幼稚園(太秦校)の総主任として勤めてもらいたい。」旨被申請人の意向が申請人に示された。これに対し、申請人は、最初から総主任では責任が重く自信がないので、被申請人の申出を一旦は断ったが、園長の勧めもあり、結局右総主任として就労することを承諾し、四月一日から勤務することになった。
(4) 申請人は、四月一日午前八時ころ、太秦校に出勤し、松本理事長からプール主任と総主任を担当してもらう旨の説明を受け、さらに小田園長から職員室で他の一四人の教諭全員に総主任として紹介され、職員室内の園長室として使用されている部分に申請人専用の机を与えられ、同所で執務することとなった。
なお、申請人は、同日付でプール指導の助手として採用された西村先生と一緒にプール指導をしてもらう旨松本理事長から話しがあったが、プール指導について具体的な指示はなかった。
(5) 被申請人の就業規則では、「新たに採用された職員に対しては、任命権者(理事長)が特に例外とした場合を除き、一ケ年の試用期間をおく。」(第六条一項)と定められているところ、被申請人においては、一般に職員を採用する場合、採用通知書を交付し、同書面に採用条件として就業規則により試用期間後本採用する旨明示しているが、申請人に対しては右採用通知書を交付することなく採用したもので、他にも申請人と同様に採用通知書を交付されることなく、かつ試用期間を設けることを採用条件として明示されることなく採用された従業員として、昭和五九年九月一日付で採用された市川和美教諭がいる。
なお、職員は、就職の際、(1)自筆履歴書、(2)住民票、(3)誓約書、(4)身元保証書、(5)健康診断書、(6)卒業成績証明書、(7)その他任命権者の必要と認める書類を提出することとされているが(同規則第七条一項)、被申請人は、現在右住民票の提出を求めていない。申請人は、就労後小田園長の求めに応じ、四月七日ころ、成績証明書と教諭免許証を提出し、さらに四月一二日ころ、夫名の身元保証書を提出したが、卒業証明書や健康診断書の提出は指示されていなかった。
(二) 申請人の就労状況
(1) 申請人は、四月一日から太秦校において、総主任及びプール主任として就労し、松本理事長及び小田園長から、プール指導の準備作業、入園の準備作業、三年保育の補助、園児帰宅バスの同乗などの指示を受け、これに従事した。
すなわち、
(イ) 理事長の指示で、四月二日、三日の両日西村先生とプールの保温用カバーの修理をし、また四月一八日ころには、水の張っていないプールの清掃作業に従事した。
(ロ) 四月八日入園式が行なわれ、その際申請人は、新入園児及び父兄の前で、他の教諭とともに先生として自己紹介し、同月一〇日ころから、毎日園児の帰宅バスに同乗し、午後二時ころから午後四時三〇分ころまでの間、右職務に従事した。
(ハ) 申請人は、三年保育の補助として、担当教諭が事務的仕事で園児をみることができないときに、紙芝居をしたり、歌を歌ったり、お話しをしたり、本を読んだりするなど、園児の保育を担当した。
なお、申請人は、四月一日就労以降同月二四日までの間、午前八時ころ出勤し、午後五時ころ(土曜日は午後三時ころ)まで勤務し、既に申請人名で作成されていたタイムカードに、四月一日から出勤退出に際し必ず打刻していた。(もっとも、タイムカードの機械の故障で打刻しても印影が残らないため、小田園長の指示で四月一〇日ころから一週間ほど他の職員と同様打刻しなかったことがあった。)
(2) 申請人は、四月一五日ころ、松本理事長から、プール指導は四月二二日から始まること、指導の内容方法は申請人に任せる旨の話しがあり、また小田園長から、一回のプール指導は四五分間とし、太秦校は二クラス、三井中央校は三クラスを同時にし、申請人、プール助手、担任教諭の三名で指導に当ってもらう旨の説明を受け、時間割の作成及びその配布を任された。そこで、申請人は、四月二二日から二七日までの一週間の時間割を作成し、これを記載した「スイミングのお知らせ」を園児に持ち帰らせた。
また、申請人は、被申請人における最初の水泳保育となることから、園児の水泳力をみるとともに、園児を水に慣れさせることを念頭に置いた当面最初の一週間分のカリキュラムを作成していた。右カリキュラムは、申請人の大学において専攻した初等教育学の知識、十三スイミングスクールにおける指導経験、鴻池幼稚園における水泳保育の経験などに基づいたもので、申請人がプール指導をすることを前提に作成したものである。
(3) プール助手として申請人と共にプール指導を担当することとなっていた西村先生が四月一三日ころ退職し、その後任者が決まらないままプール保育を迎え、申請人もそれなりの準備をしていたところ、右開始日の四月二二日になって、事前に打合せのないまま松本理事長が自から指導に当るとして、プールに入り、園児の水泳指導に当った。そこで、申請人やプール指導の補助を担当した教諭らは、松本理事長の指示に従い、プールマット(縦二メートル、横〇・五メートル、高さ〇・四メートル)を水中に入れ、これを指示された位置に置くと共に、理事長の指導方針に従って、プール保育を行なった。申請人は、四月二二日から二四日まで、理事長の指示に従って、右プール保育に従事した。
(三) 解雇の意思表示
申請人は、昭和六〇年四月二四日午後五時ころ、小田園長から、「理事長先生の教育方針と合わないので、もう明日から来なくてもよい。」旨即時解雇の通知を受けた。申請人は、採用に当って何ら条件を付されず、その後も被申請人から採用条件がある旨の話しはなかったことから、当然普通採用になっていたものと思っていたところ、右解雇の意思表示後になされた被申請人との解雇撤回の団体交渉の中で、被申請人代理人弁護士から、就業規則に試用期間を設ける旨の規定があり、試用期間中であるので予告解雇した旨告知を受け、はじめて右規定の内容を知った。
5 右認定事実によれば、申請人は、昭和六〇年三月二六日、被申請人に総主任及びプール指導の教諭として採用され、右採用に際し、被申請人から何ら試用期間を設ける旨の条件が示されることなく採用されるに至ったものであり、また被申請人の就業規則に試用期間を設ける旨の規定があることについて、申請人が告知を受けたのは、被申請人による解雇の意思表示がなされた後であって、右告知があるまで申請人は、就業規則の内容について全く知らず、試用期間のない普通採用であると思っていたこと、被申請人においては、一般に従業員を採用する場合、採用通知書を交付し、同書面に採用条件として就業規則により試用期間後本採用する旨明示しているが、申請人に対しては右採用通知書を交付することなく採用し、試用期間を設ける等の採用条件を付さなかったことが認められる。そうすると、本件雇用契約は、締結に際し試用期間を設ける旨の採用条件が示されず、右条件が労働契約の内容とはされていなかったものというべきであり(なお、労働基準法一五条一項参照)、従って、申請人において、就業規則の定めに従って試用期間を設けることを承認したことが認められない本件にあっては、本件雇用契約は、試用期間のない雇用契約であると解するのが相当である。
6 被申請人主張の解雇事由について
被申請人は、解雇事由として、前記二2(二)のとおり(1)スイミング指導の不適格((イ)、(ロ)、(ハ))、(2)勤務態度の不良を主張するので、以下検討する。
(一) 右(1)(イ)のプールマットに関する主張について
本件疎明資料(疎乙第六ないし第八号証)によっては、申請人がプールマットの使用について無知であること、マットをプールに投げ入れたことを疎明するに足りない。
かえって、前示のとおり、申請人は、松本理事長の指示に従って、プールマットを入れ、指示された位置に設置しており、またプール指導におけるプールマットの使用方法に関する知識を有していることが認められる。
(二) 右(1)(ロ)の水中クリーナーの使用方法及びプール用薬品に関する主張について
本件疎明資料(同疎乙号証)によっては、右被申請人の主張事実を疎明するに足りない。
かえって、本件疎明資料によれば、申請人は、水中クリーナーを以前使用した経験があること、松本理事長が申請人に対しプール用薬品について説明したことはあったが、申請人に如何なる薬品を入れたらよいか質問したことはなかったことが一応認められる。
(三) 右(1)(ハ)の水泳指導方法等に関する主張について
疎乙第六号証には、「申請人は、ビート板を持つ園児の体に手をそえるだけで、進行は園児のキック力に頼り、一人の園児に相当の時間を要し、そのため他の園児は待ちぼうけとなり、スムーズな集団指導ができなかったため、松本理事長が注意したところ、理事長みたいな乱暴な指導はできないといって自己の方式を固執した。」旨の記載があるが、疎乙第八号証の松本理事長の供述記載によれば、理事長が指示を与えた際は、別に口答えすることなく、「はい、わかりました。」と言って指導に当っていたことが一応認められ、その他疎甲号証の記載内容に照し、右疎乙第六号証の記載は措信し難く、他に申請人が反抗的態度を示したことを疎明するに足りる証拠はない。
かえって、本件疎明資料によれば、申請人は、理事長の指導方針に従ってプール指導に当り、理事長の指示に対しては素直に従っていたこと、理事長の指導がいささか強引なため、水に慣れない園児らが泣き出して混乱する場面があり、申請人は理事長の指導方法に疑問を感じたが、これに対し異議や自己の意見を述べたり、反抗的態度を示したことはなかったことが一応認められる。
(四) 右(2)の勤務態度不良の主張について
本件疎明資料によれば、四月一九日の午後から太秦校において園の清掃、ワックス塗布がなされ、申請人は担当である職員室の清掃に従事したことが一応認められる。ところで、疎乙号証の中には、右被申請人の主張に沿い、四月一九日に申請人が小犬を園に連れて来て、事務所や運動場で遊ばせていた旨の記載があり、右事実が窺われなくもないが、申請人は、疎甲号証で、右一九日に犬を園に連れてきたことを否定し、四月一三日に夫が犬を連れて園に来たことがある旨述べていること、被申請人は犬の問題が園内で大きな問題となった旨主張するが、この点について、申請人に対し、事実の確認や注意を与えたりしていないこと、その他疎甲号証の記載内容に照して、申請人が小犬を連れて出勤したと認めるには疑問があるというべきである。また、被申請人は、申請人が一日中犬と戯れていたこと、清掃業務に一切協力しなかったこと、申請人をプール主任として採用することに反対する意見が他の職員から強く示されたことを主張し、右主張に沿う疎乙号証もあるが、いまだ右事実を疎明するに足りない。
7 右のとおり、被申請人が解雇事由として主張する事実、ことにスイミング指導の不適格事由なるものは、いずれも認められず、前記認定の申請人の経歴、太秦校における就労状況に照し、申請人に経歴詐称が認められないことはもとより、幼児のプール指導に関する知識経験が欠如しているとは認め難い。そして、申請人は、就労していまだ一か月に満たず、スイミング指導は三日間行なったのみであり、水泳指導等における被申請人の指導方法と申請人のそれとに多少の相違があったとしても、申請人において十分改善可能なものと考えられる。また勤務態度についても、四月一日から二四日までの間、小犬の件を除けば、特に問題とすべき点は認められない(なお、小犬を連れての出勤が認められるとしても、一過的なもので、注意すれば申請人において容易に改善できる事柄である。)。
そうすると、被申請人において申請人を解雇するについて社会通念上解雇をやむを得ないとするに足りる相当な事由があるとは認められず、本件解雇は解雇権の濫用として無効というべきである。(なお、本件雇用契約が被申請人主張の試用期間の定めのある解約権留保付の雇用契約であると解したとしても、本件解雇は、解約権留保の趣旨、目的に照して、客観的に合理的な理由が存在するとは認められず、社会通念上相当として是認することができる場合ではないので、解雇権の濫用として無効というべきである。)
よって、申請人のその余の主張について判断するまでもなく、本件解雇は解雇権の濫用により無効である。
三 賃金
本件疎明資料によれば、申請人は、昭和六〇年四月二五日、被申請人から、同月一日から同月二五日までの賃金として、本給九五、八三〇円、交通費七、八五〇円合計一〇三、六八〇円から所得税二、三三〇円を控除した一〇一、三五〇円を受領したこと、右本給は一か月当り一一五、〇〇〇円(税込)となることが一応認められる。
疎甲号証によれば、申請人は三月二六日の採用面接の際、賃金は一か月一三万円以上と決ったことが窺われなくはないが、いまだ賃金が一か月一三万円以上であることを疎明するに足りない。
四 保全の必要性
本件疎明資料によれば、申請人は、夫村市(四〇才)と大東市諸福六丁目所在の賃貸マンション(家賃六二、〇〇〇円)に居住していたが、昭和六〇年になって約二四〇〇万円の融資を受けて一戸建の家屋を新築し、同年七月二七日肩書住所地の新築家屋に転居したこと、夫の月収は手取り約三〇万円であるが、右ローンの返済が月一三万円、他に銀行ローンの返済が月四万円、夫の子の養育費の送金が月四万円もあり、右夫の収入では申請人ら家族の生活を維持することが困難で、申請人の収入をも合せて生計をまかなう必要があること、被申請人は、申請人が被申請人の従業員であることを否定しており、申請人は現在無職であることが一応認められる。
従って、申請人が被申請人に対し、その従業員の地位にあることを仮に定める必要があり、また賃金仮払については、前記月額一一五、〇〇〇円(税込み)の範囲で必要性があるというべきであるが、本案訴訟の第一審判決言渡後本案判決確定までの間の右賃金仮払を求める部分については必要性がないというべきである。
五 よって、申請人の本件申請は、従業員の地位にあることを仮に定める部分及び昭和六〇年六月から本案訴訟の第一審判決言渡まで、毎月二五日限り、金一一五、〇〇〇円宛の仮払いを求める限度で理由があるから、保証を立てさせないでこれを認容し、その余は必要性がないからこれを却下し、申請費用の負担については、民事訴訟法八九条、九二条但書を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 桐ケ谷敬三)