大阪地方裁判所 昭和60年(ヨ)4020号 1985年12月27日
申請人
待野洋二
右訴訟代理人弁護士
寺沢勝子
同
谷田豊一
被申請人
アヅミ株式会社
右代表者代表取締役
安積義夫
右訴訟代理人弁護士
竹林節治
同
畑守人
同
中川克己
同
福島正
主文
一 被申請人が申請人に対し昭和六〇年八月二八日付でなした同年九月三日付を以って向う三か月間東京営業所に出向を命ず、其の後北関東営業所新規開設に伴い当営業所に異動勤務を命ずるとの配転命令の効力を仮に停止する。
二 被申請人は申請人に対し、昭和六〇年九月二五日限り金一一六、三四八円及び同年一〇月以降本案訴訟の第一審判決言渡に至るまで、毎月二五日限り、一か月金二三二、六九七円宛を仮に支払え。
三 申請人のその余の申請を却下する。
四 申請費用は被申請人の負担とする。
理由
第一当事者の求めた裁判
一 申請の趣旨
1 主文第一項、第四項と同旨。
2 被申請人は申請人に対し、昭和六〇年九月二五日限り金一三〇、九四四円及び同年一〇月以降毎月二五日限り、金二七〇、六一八円を仮に支払え。
二 申請の趣旨に対する答弁
1 申請人の本件申請をいずれも却下する。
2 申請費用は申請人の負担とする。
第二当裁判所の判断
一 当事者間に争いのない事実及び本件疎明資料によれば、次の事実が認められる。
1 当事者
(一) 被申請人は、肩書地に本社及び工場を、東京、神奈川、大分等六か所に営業所をおく、精密切削工具の製造、販売を業とする会社であり、従業員は一四〇人余で、大阪本社の営業担当者は営業部長一名を含め七人、その他の営業所の営業担当者は、東京が四人、神奈川が一人、浜松がゼロ、広島及び名古屋が各二人、九州が一人となっている。
(二) 申請人は、昭和五一年四月被申請人に雇用され、大阪本社で就労していた。
2 本件配転命令
被申請人は、申請人に対し、昭和六〇年八月二八日、「昭和六〇年九月三日付を以って向う三か月間東京営業所に出向を命ず。その後関東営業所新規開設に伴い、当営業所に異動勤務を命ず。」旨の配転命令を出し、これを掲示板に告示として貼り出した。
二 本件配転命令の効力について
申請人は、本件配転命令は、配転について申請人の同意がなく(昭和五九年一二月に本社勤務が確認されていた)、配転後の就業場所、仕事の内容の特定を欠くとともに、合理性、必要性を欠くもので無効である旨主張し、これに対し、被申請人は、本件配転命令は、業務上の必要性に基づき、合理的人選によりなされたもので有効である旨主張するので、以下検討する。
1 当事者間に争いのない事実及び本件疎明資料によれば、次の事実が一応認められる。
(一) 雇用契約
申請人は、昭和四四年三月佐世保工業高等専門学校を卒業後、昭和四八年七月まで大福機工株式会社(小牧工場)に勤務し、昭和五〇年四月専門的技術を身につけるべく、右佐世保高専に研究生として再入学し、恩師で、被申請人の特許製品である内歯車用成形ホブを発明した寺島健一教授の研究室において、コンピューターのプログラミング、ホブ切り理論の修得、ローターホブの解析等について指導を受け、「歯車を加工する」ことの研究に従事していた。申請人は、昭和五一年二月寺島教授から就職先として被申請人を紹介され、同月末被申請人の安積社長らと面接し、被申請人から、「現在技術者が足りない。新製品開発部門をつくるので、その要員としてぜひ来て欲しい。」旨の申出を受け、また研究を続けるため寺島教授の研究室に戻りたい旨の申請人の要望をも被申請人が認めてくれたことから、申請人も被申請人に就職することを了承し、同年四月一日付で中途採用された。なお、入社後間もなくして、就業規則についての社内教育を受けた。
当時開発部門が設けられていなかったことから、申請人は、製造部技術課設計係に配属となり、工具の設計やコンピューターによる自動設計のためのプログラム作成の仕事を行ない、その後、製品開発委員会というプロジェクトチームに入って、新製品の開発についても従事した。
(二) 組合役員就任
申請人は、中途採用のため、被申請人の社内規程により組合加入が制限され、昭和五二年八月アヅミ労働組合(以下「アヅミ労組」という。)に加入した。
昭和五五年八月、アヅミ労組の役員選挙が行なわれたが、立候補者がなく、組合員の投票の結果、申請人は意外にも書記長に選出された。申請人は、恩師寺島教授から「組合活動はほどほどに」との忠告を受け、当初は自重していたが、組合員の利益を守る立場から会社側の「弥富式賃金体系」の導入や交替制勤務(二部制)実施提案に反対せざるを得なくなった。
申請人は、書記長に二期(昭和五五年九月から昭和五七年八月まで)就任し、昭和五八年九月の役員選挙では執行委員長に選出された。アヅミ労組は、そのころ合理化問題で被申請人と対立し、争議態勢をとるとともに、秋闘要求では残業拒否、時限ストなどの闘争を行なった。
昭和五九年八月の役員選挙では、申請人は執行委員長に立候補したが、対立候補が立ち、五二票対三六票で落選した。
(三) 係長昇格
(1) 申請人は、昭和五九年一一月八日、安積社長から、「九州営業所長が退任するので、九州に行かないか」と打診されたが、これを断わり、本社で申請人を活かす道を考えて欲しい旨要望した。
(2) 申請人は、同月一二日被申請人から、営業技術部専任係長に昇給させる旨の内示を受けたが、申請人としては、組合役員をしたことで被申請人に睨まれており、役員選挙での落選も被申請人の選挙介入の影響によるものと考えていたこともあって、組合員資格を失う係長昇格は、組合活動からの隔離につながり反対であり、また営業技術部係長の仕事内容が明確でないこと、人事考課の低い申請人が主任職又は工長職をとびこえた昇格をされる理由が不明であることから、係長昇格は辞退する旨回答した。
(3) 被申請人は、同月一六日申請人を営業技術部専任係長に命ずる旨辞令を出した。そこで、申請人は、アヅミ労組に交渉を依頼し、同労組は被申請人に対し、申請人の意思を尊重するよう要求してくれたが、その後、二階級も上がる昇進でよいことであるとして、アヅミ労組としては問題にせず、申請人を組合員と扱わないとの立場をとり、申請人の協力要請を拒否するに至った。
(4) 申請人は、同年一二月七日被申請人に対し、昇格理由の説明、本社勤務であることの再確認等を求める要望書を提出し、これに対し、被申請人は翌二八日、「営業技術として、技術アフターサービスに関する外部提出の技術資料を作成する作文能力は抜群の素質を持っており、その論理的な思考力及び表現力と技術解析に伴うコンピューター活用能力は特にすぐれており、他に類をみない素晴しい力量を認め、又新職場での今後の大いなる活躍を期待して、今回の抜擢、昇格人事を決定し発令した」旨書面で回答した。
(5) さらに、同日、被申請人の安積社長は、申請人に対し、「申請人は営業には向かない。外に出るよりも社内で島村次長の助けをして欲しい。仕事の内容は、ユーザー回りは向かないので、技術資料の作成及びコンピューターの活用によるプログラミングの作成である。」旨説明し、また将来の配転問題に関して、「自分が社長をしている間は、本社以外には動かさない。」旨口頭で約した。
申請人としては、右昇格人事は、申請人の組合資格を奪い、職種の変更を伴う配転により技術者としての仕事を奪って仕事をさせないことを目的としているのではないかどの疑念を抱きながらも、形式的には「昇格人事」であるとの説明が尽され、また本社勤務も確認されたので、これを拒否することは困難であると考え、やむなく右昇格人事を承諾した。
(四) 営業技術部における就労状況
営業技術部は、島村次長と申請人の二人のみの部署で、申請人に部下はなく、ユーザー回りはもっぱら島村次長が行ない、申請人は殆ど社内で勤務していた。すなわち、島村次長が一人でユーザー回り及び必要な技術資料の作成をし、申請人は、次長から単発的に、コンピューターによる計算、簡単な図面やプログラムの作成の指示を受けて単純な補助的作業に従事し、そのため時として行なうべき仕事のないこともあった。また、ユーザー回りを含む営業技術業務について、島村次長が一人で行なえない仕事があっても、申請人には右仕事を行なわせず、営業技術部以外の部門の人に行なわせていた。そのため、申請人は、営業技術について継続的、系統的な作業をする機会がなく、ユーザーの抱いている問題点や要望、その処理経過などを理解することができず、営業技術の仕事に習熟することもできなかった。
(五) 本件配転命令
申請人は、昭和六〇年八月二七日被申請人の松尾総務部長から、「九月三日付で東京営業所にしばらく行ってくれ、これから北関東営業所をつくるから、北関東営業所ができたらそこへ移ってくれ。」との配転の内示があり、翌八月二八日本件配転命令が出された。
申請人は、本件配転命令の撤回を求めて被申請人と交渉を重ねたが受け入れられず、被申請人から大阪本社での就労を拒否され、配転に応じないことを理由として、九月六日以降の給与の支払も拒否された。
2 そこで、まず本件配転にあたり申請人の同意の要否について検討する。
被申請人の就業規則(昭和四四年九月制定)第四六条は、「従業員は会社が業務運営上必要がある場合に転勤を命じ或は職場又は職種の変更を命じた時は、これに従わなければなりません。但し、事情がある時はこれを申述べることが出来ます。」と規定し、同第六三条は懲戒事由の一として、「正当な理由なく転勤又は職場、職種の変更等の業務命令を拒んだ者」(第一三号)と規定している。
右就業規則は、従業員の転勤、職種の変更等の応諾義務を明記しており、前記認定事実によれば、申請人は入社後間もなく右規定を認識し、特段異議を述べることなく就労を継続してきたことが認められることからすれば、職種の変更に関してはともかく、転勤に関しては、労働契約締結に際して包括的に同意しているものと解することができる。
もっとも、前記認定事実によれば、申請人の係長昇格に際し、被申請人は、申請人を本社勤務とし、少なくとも安積社長在任中は本社以外に転勤させない旨約したこと、申請人も社長から右約束がなされたことから、組合員資格喪失を伴う係長昇格に応じたことが認められる。そうすると、申請人の勤務場所を大阪本社以外とする配転をするには、申請人の同意を要し、その同意のない配転命令は無効と解するのが相当である。
前記認定事実によれば、被申請人は、申請人の同意を得ずして本件配転を命じたもので、本件配転命令は無効というべきである。
三 賃金
当事者間に争いのない事実及び本件疎明資料によれば申請人は、被申請人から毎月二〇日締の二五日支払で給与を支給されており、昭和六〇年六月から八月までの給与総額は、六月分が二九一、九九九円、七月分が二六四、九九一円、八月分が二五四、八六三円であり、所得税、住民税、社会保険料を控除した後の支給額は、六月分が二五四、四五四円、七月分が二二六、五一四円、八月分が二一七、一二二円となり、右三か月間の月平均実支給額は二三二、六九七円となること、被申請人は申請人に対し、昭和六〇年九月六日以降の給与を支給していないこと、右九月六日から九月二〇日までの右月平均実支給額に基づく給与は一一六、三四八円となることが一応認められる。
四 保全の必要性
本件疎明資料によれば、申請人は、現在妻と長女(一一歳)、次女(七歳)の四人家族で、肩書住所地に居住し、被申請人から支給される給料が唯一の収入であって、これによって生計をまかなっていること、申請人は本件配転命令後も大阪本社に出勤し、労務の提供をしているが、被申請人は大阪本社での就労を拒否し、昭和六〇年九月六日以降の賃金の支払をしていないことが一応認められる。
従って、被申請人が申請人に対してなした本件配転命令の効力を仮に停止する必要があり、また賃金仮払については、前記月平均実支給額二三二、六九七円の範囲で必要性があるが、右範囲を超える部分及び本案訴訟の第一審判決言渡以降の賃金仮払を求める部分については必要性がないというべきである。
五 よって、申請人の本件申請は、本件配転命令の効力を仮に停止する部分及び昭和六〇年九月二五日限り金一一六、三四八円及び同年一〇月以降本案訴訟第一審判決言渡に至るまで毎月二五日限り二三二、六九七円宛の仮払いを求める限度で理由があるから、保証を立てさせないでこれを認容し、その余は必要性がないからこれを却下し、申請費用の負担については、民事訴訟法八九条、九二条但書を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 桐ケ谷敬三)