大阪地方裁判所 昭和60年(ワ)2120号 判決 1986年12月25日
原告
張田志元
被告
中井良平
ほか一名
主文
一 被告らは各自、原告に対し、金二五〇万四一九九円及びうち金二三〇万四一九九円に対する昭和五八年一二月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを八分し、その七の原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。
四 この判決は主文第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは各自、原告に対し、金二〇〇八万八三〇〇円及びうち金一八五八万八三〇〇円に対する昭和五八年一二月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの連帯負担とする。
3 仮執行宣言(第1項につき)
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生(以下「本件事故」という。)
(一) 日時 昭和五八年一二月一九日午前〇時三〇分頃
(二) 場所 大阪府東大阪市布市町三丁目六番一号先路上国道一七〇号線(アスフアルト舗装)十字路交差点
(三) 加害車 被告中井良平(以下「被告良平」という。)運転の普通乗用車
(四) 被害車 原告(当時四五歳)運転の自動車
(五) 態様 加害車が時速約六〇キロメートルで北進し、右交差点内で信号待ち停止中の被害車の後部に自車前部を追突させ、被害車を約三〇メートル跳ね飛ばした。
2 責任原因
(一) 運行供用者責任(自賠法三条)
被告中井研一(以下「被告研一」という。)は、加害車を所有し、自己のために運行の用に供していた。
(二) 一般不法行為責任(民法七〇九条)
被告良平は、被害車を運転中、睡眠不足のため、本件事故地点の約二二一メートル手前から眠気を覚え、運転が困難な状態になつたのであるから、直ちに運転を中止すべき注意義務があるのに、そのまま運転を継続した過失により、前記交差点手前で仮眠状態に陥り、本件事故を発生させた。
3 損害
(一) 原告の受傷、治療経過等
(1) 受傷
頸部捻挫、右上肢不全麻痺、右膝部打挫傷、頭部外傷Ⅰ型、右上顎第二大臼歯の外傷による歯髄壊死による慢性根尖性歯周囲炎
(2) 治療経過
<1> 入院
昭和五八年一二月一九日から昭和五九年一月三一日までの四四日間藤井外科病院
<2> 通院
昭和五九年二月一日から同年一二月一八日まで藤井外科病院(実日数二五七日)
昭和五九年三月一九日から同年四月一九日まで岩本歯科医院(実日数七日)
昭和五八年一二月一九日から昭和五九年一一月一四日まで石切生喜病院(実日数四日)
(3) 後遺障害
<1> 頸部運動障害、胸腰部運動障害、下肢挙上運動障害、握力減退、右顔面神経不全麻痺、頸椎後屈不全著明、第五、六、七頸椎変形著明、右第五、六、七頸椎内神経裂孔の狭窄が著明、項中隔の石灰化、腰椎全ての軽度変形
<2> 昭和五九年一二月一八日症状固定
<3> 後遺障害等級九級該当
(二) 治療関係費 一六二万一九一〇円
(1) 治療費(文書料を含む) 一五七万三五一〇円
<1> 藤井外科病院 一四二万一九四〇円
<2> 岩本歯科医院 三万九五三〇円
<3> 石切生喜病院 一一万二〇四〇円
(2) 入院雑費 四万八四〇〇円
入院中一日一一〇〇円の割合による四四日分
(三) 逸失利益 一九〇七万二四〇〇円
(1) 休業損害 六八一万九四〇〇円
原告は、事故当時株式会社張田プラスチツクスに勤務し、年五六一万円の収入を得るとともに、住所地において妻張田礼子と共同で「麗水」という店名の焼肉店(一階)及びスナツク(二階)を経営し、年一二〇万九四〇〇円の収入を得ていたが、本件事故により、昭和五八年一二月一九日から昭和五九年一二月一八日までの一年間休業を余儀なくされ、その間合計六八一万九四〇〇円の収入を失つた。
(2) 後遺障害による逸失利益 一二二五万三〇〇〇円
原告は前記後遺障害のため、その労働能力を症状固定後六年間、三五%喪失したものであるところ、原告の後遺障害による逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、一二二五万三〇〇〇円となる。
(計算式)
681万9400円×0.35×5.134=1225万3000円(1000円未満切捨て)
(四) 慰藉料 五七九万円
(1) 入通院分 一一〇万円
(2) 後遺障害分 四六九万円
(五) 弁護士費用 一五〇万円
(六) 損害額合計 二七九八万四三一〇円
4 損害の填補 七八九万六〇一〇円
原告は次のとおり支払を受けた。
(一) 訴外富士火災海上保険株式会社から
(1) 藤井外科病院での治療費として一四二万一九四〇円
(2) 休業補償として四二四万円
(3) 石切生喜病院での治療費として一一万二〇四〇円
(二) 社会保険から岩本歯科での治療費として三万二〇三〇円
(三) 自賠責保険の後遺障害保険金として二〇九万円
5 本訴請求
よつて請求の趣旨記載のとおりの判決(遅延損害金は本件不法行為の日である昭和五八年一二月一九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による。ただし弁護士費用に対する遅延損害金は請求しない。)を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の(一)ないし(五)は認める。
2 同2の(一)及び(二)は認める。
3 同3は不知。
4 同4は認める。
三 抗弁(寄与度)
原告には既往症として頸椎の変形性脊椎症があり、本件事故がなくても加齢により本件と同様の症状が発現した可能性が十分あるのであるから、少なくとも全損害より二割控除すべきである。
四 抗弁に対する認否
抗弁事実は争う。
第三証拠
記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 事故の発生
請求原因1の(一)ないし(五)の事実は、当事者間に争いがない。
二 責任原因
1 運行供用者責任
請求原因2の(一)の事実は、当事者間に争いがない。従つて、被告研一は自賠法三条により、本件事故による原告の損害を賠償する責任がある。
2 一般不法行為責任
請求原因2の(二)の事実は、当事者間に争いがない。従つて、被告良平は民法七〇九条により、本件事故による原告の損害を賠償する責任がある。
三 損害
1 原告の受傷、治療経過等
(一) 原本の存在及び成立並びに写の成立につき争いのない甲第一四号証の一、第一五号証、成立に争いのない乙第二号証、第四号証、第六号証によれば、請求原因3の(一)の(1)及び(2)の事実が認められる。
(二) 前記甲第一五号証、鑑定の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告に後遺障害として上半身に頸痛、肩痛、右手のしびれ、右前膊のこわばり感などの、下半身に腰痛、膝の具合の悪さ、足元のしびれなどの各症状が残存し、同症状は昭和五九年一二月一八日ころ固定したこと、鑑定人井奥匡彦は、原告の上半身の症状は自賠法施行令第二条別表の後遺障害等級表中の一二級の一二に、下半身の症状は同表中の一四級の一〇に各該当する旨鑑定していること、原告は、自賠責保険の調査事務所において右等級表の一二級の後遺障害の認定を受けていることを認めることができ、右事実によれば、原告の後遺障害は右等級表の一二級に相当すると認められる。
2 治療関係費 一六一万九四一〇円
(一) 治療費 一五七万一〇一〇円
原本の存在及び成立並びに写の成立につき争いのない甲第二ないし第一四号証の各二、弁論の全趣旨により真正な成立が認められる乙第一号証、成立に争いのない乙第三号証、第五号証、第七号証によれば、原告は、本件事故による障害の治療のため、治療費として藤井外科病院につき一四二万一九四〇円、岩本歯科医院につき三万七〇三〇円、石切生喜病院につき一一万二〇四〇円を必要としたことを認めることができ、岩本歯科医院につき右金額を超える分については、これを認めるに足りる証拠はない。
(二) 入院雑費 四万八四〇〇円
原告が四四日間入院したことは、前記のとおりであり、右入院期間中一日一一〇〇円の割合による合計四万八四〇〇円の入院雑費を要したことは、経験則上これを認めることができる。
3 逸失利益 八四五万〇八五二円
(一) 休業損害 五六三万七六〇〇円
(1) 原告本人尋問の結果及びこれにより真正な成立が認められる甲第一八、第一九号証によれば、原告は事故当時兄の経営する株式会社張田プラスチツクスに、プラスチツクの金型の製造工として勤務し、昭和五七年には同社から給与として五二一万円の支払を受けていたことが認められる。
(2) 官署作成部分については成立に争いがなく、証人張田礼子の証言によりその余の部分の真正な成立が認められる甲第二〇ないし第二二号証、証人張田礼子の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は事故当時前記会社から帰宅した後の午後六時ころから午後一一時ころまで、妻の張田礼子が経営する一階が焼肉店で二階がスナツク喫茶になつている「麗水」という店の焼肉店部分の営業を手伝つていたこと、右礼子は、「麗水」の営業により得た所得に関して、昭和五六年度には一六〇万円の修正申告を、昭和五七年度には一〇一万五三〇〇円の確定申告を、昭和五八年度には一二三万一五七四円の確定申告をそれぞれ行つていること、右礼子は、本件事故発生の日以降原告の後遺障害固定のころまでの間に、焼肉店部分の従業員として津田某を、喫茶スナツク部分の従業員として浜田某を雇用していたことを認めることができるところ、原告の「麗水」での労働に関する収入を算定するにあたつては、右津田某に対する支払賃金がこれに相応すると考えるのが相当であるから、証人張田礼子の証言により真正な成立が認められる甲第三一号証によつて認定できる津田某の昭和五八年一二月二〇日から昭和五九年一二月一九日までの賃金合計約四二万七六〇〇円が原告の「麗水」における一年間の労働の対価であると考えられる。
(3) そうすると、原告の一年間の総収入は事故当時合計五六三万七六〇〇円であると認められるところ、証人張田礼子の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故により、昭和五八年一二月一九日から症状固定日である昭和五九年一二月一八日までの一年間休業を余儀なくされたことが認められるから、その間合計五六三万七六〇〇円の収入を失つたことが認められる。
(二) 後遺障害による逸失利益 二八一万三二五二円
右(一)において認定した事実及び前記認定の受傷並びに後遺障害の部位程度によれば、原告は前記後遺障害のため、昭和五九年一二月一九日から少くとも四年間、その労働能力を一四%喪失したものと認められるところ、原告の後遺障害による逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、二八一万三二五二円となる。
(計算式)
563万7600×0.14×3.5644=281万3252円(1円未満切捨て)
4 慰藉料 二六八万円
本件事故の態様、原告の傷害の部位、程度、治療の経過、後遺障害の内容程度、その他諸般の事情を考えあわせると、原告の慰藉料額は入通院分につき八〇万円、後遺障害分につき一八八万円とするのが相当であると認められる。
5 損害額合計 一二七五万〇二六二円
四 寄与度
原告本人尋問の結果及び鑑定の結果によれば、原告は、事故当時四五歳であつたが、一五、六年間にわたり、精密性を要するプラスチツクボタンの金型の製造に従事したきたものであり、特に不良品の選別の仕事はうつむいた姿勢で長時間行うものであること、原告の第五ないし第七頸椎には、加齢性の変化である変形性脊椎症が見られ、骨棘も発生しており、上位の胸椎にも加齢性の変化が認められること、このような脊椎の老化性変化は、頸、肩、腕、手などに神経痛様の痛みをもたらすことが臨床上よく見られ、初期(軽度の時期)には殆ど自覚症状はないが、加齢により症状が出現してくるものであるとともに、事故などの衝撃によつて発症することもあり得ること、原告が訴えている上半身の症状は、頸椎の変形脊椎症の所見と符合し、これに起因するものであること、原告の下半身の症状は、神経痛様の痛みやしびれが上半身にある場合に下半身の筋肉に過緊張が生じ、それに起因して生じているものと考えられること等の事実が認められ、右事実によれば、原告には、本件事故以前から頸椎に変形性脊椎症が存在し、本件事故による衝撃により右脊椎症の症状が発現したものと推認できるところ、このように被害者に事故以前からの体質的素因があり、そのため通常の場合以上に症状が強く出て損害が増大したと考えられる場合には、加害者にその損害の全額の賠償義務を負担させるのは、当事者間の公平な損害の分担の見地から相当でないから、本件の場合においても、事故の態様、傷害の部位、程度、治療経過、後遺障害及び既往症の内容、程度、両者の関連性等諸般の事情を考慮して、原告の損害の合計額から二割を減ずるのが相当である。
そうすると、原告の損害額は、一〇二〇万〇二〇九円となる。
五 損害の填補
請求原因4の事実は、当事者間に争いがない。
よつて原告の前記損害額から右填補分合計七八九万六〇一〇円を差引くと、残損害額は二三〇万四一九九円となる。
六 弁護士費用
本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、原告が被告らに対して本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は二〇万円とするのが相当であると認められる。
七 結論
よつて被告らは各自、原告に対し、二五〇万四一九九円およびうち弁護士費用を除く二三〇万四一九九円に対する本件不法行為の日である昭和五八年一二月一九日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告の本訴請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 細井正弘)