大阪地方裁判所 昭和60年(ワ)3622号 判決 1988年3月25日
原告
山戸三智男
右訴訟代理人弁護士
直江達治
被告
平井裕要
被告
全日本建設運輸連帯労働組合関西地区生コン支部
右代表者
武建一
右被告ら訴訟代理人弁護士
高野嘉雄
同
北本修二
同
下村忠利
同
菊池逸雄
同
近森土雄
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは各自原告に対し、一〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年八月二〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告全日本建設運輸連帯労働組合関西地区生コン支部(以下「被告支部」という)は原告に対し、八八万三八三六円及びこれに対する昭和六〇年八月二〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は、被告らの負担とする。
4 仮執行宣言
二 請求の趣旨
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、土藤生コンクリート株式会社(以下「土藤生コン」という)に雇用されていたが、原告等の土藤生コンの従業員の一部は、被告支部(ただし当時の名称は、「全日本運輸一般労働組合関西地区生コン支部」であった)土藤分会(以下「土藤分会」という)を組織しており、また被告平井裕要(以下「被告平井」という)は、被告支部の執行委員であり、後記の土藤生コン倒産にかかわる争議等を指導するため、被告支部から土藤分会に派遣されたものである。
2(一) 原告は、別紙犯罪事実記載の犯罪(失業給付基本手当一〇一万三八四〇円相当の利得騙取)(以下「本件犯罪」という)を犯したとして、逮捕、勾留の上、昭和五八年三月二三日に起訴され、昭和五九年一〇月一日に当庁において懲役一〇月、執行猶予二年の有罪判決を受けた。
(二) しかし、原告及び別紙犯罪事実記載の土藤分会の組合員が別紙犯罪事実記載のとおり、失業認定対象期間中に就労して賃金を得たことも、失業認定申告書を提出して失業給付基本手当(以下「失業給付金」という)の給付を請求した際に就労事実につき虚偽の申告をしたことも、すべて被告支部及び被告支部の意を受けて土藤分会へ派遣されてきた被告支部執行委員である被告平井の強力な指導及び指示によるものである。すなわち被告らは、土藤生コンの倒産によって生活の基盤を失い、路頭に迷うことになった原告等の無知、無力な従業員(土藤分会の組合員)が勝手に他へ就職しあるいは失業給付金の請求手続をしようとすることを禁止し、分会財政確保のためにアルバイトをし、その賃金はすべて土藤分会でプールするよう指示して昭和五七年六月一六日から昭和五八年一月二一日までの間土藤分会の組合員を就労させた上、昭和五七年七月になって今度は失業保険の手続をするよう指示し、アルバイトをしながら失業給付金をもらう点についても、被告支部にまかしておくよう指示し、公共職業安定所へ提出する失業認定申告書には就労の事実を書かずにおくよう指示し、土藤分会の組合員はその指示に従って、失業認定申告書に就労日数が零日等である旨の虚偽記入をして提出したのである。
したがって、被告らは土藤分会の組合員に対し組合の立場、組織力、信用を利用して違法行為を指示し、指導したもので、被告らは、第一次的に、被告平井については民法七〇九条に基づき、被告支部については同法七一五条に基づき、第二次的に、同法七一九条に基づき、原告に対し連帯して次の慰謝料を賠償する責任がある。
(三) 原告は、被告らの指示に従ったために本件犯罪につき逮捕され、一五日間勾留された上、起訴され、一年半余の審理を経て懲役一〇月、執行猶予二年の有罪判決を受けたもので、これらの逮捕、勾留、裁判による精神的抑圧、屈辱及び有罪判決により前科者となったことに対する慰謝料は一〇〇万円を下らない。
(四) よって原告は被告らに対し、連帯して慰謝料一〇〇万円及びこれに対する不法行為後である昭和六〇年八月二〇日から完済まで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
3(一) 原告は、昭和五八年四月二一日に被告支部に対し、被告支部からの請求により、左の求償債務及び貸金(保証)債務の弁済として八八万三八三六円を支払った。
(1) 被告支部は、本件犯罪に基づく原告の天満公共職業安定所に対する九五万八四五七円の損害賠償債務につき、第一次的に原告の委任により、第二次的に原告のために同職業安定所に対し、昭和五八年二月一六日に一〇万円を、同年三月一〇日に八五万八四五七円を各支払った。
よって被告支部は原告に対し合計九五万八四五七円の求償債権を有する。
(2) 被告支部は、次のとおり土藤分会に対し合計八三六万円を、第一次的には土藤分会の再建闘争の終結時を弁済期として、第二次的には弁済期の定めなく、貸し付けた。
ア 昭和五七年五月六日 二一〇万円
イ 同年二六日 二一〇万円
ウ 同年七月一日 一九〇万円
エ 同月三〇日 七一万円
オ 同年一二月二八日 一五五万円
右再建闘争は、昭和五八年四月二一日までには終結し、又は、被告支部は土藤分会に対し、右期日の相当期間前に、右貸金の弁済を催告した。
原告は、右各貸付けの際被告支部に対し、各貸金の弁済につき連帯保証をした。
よって被告支部は原告に対し、右貸金の内未弁済分六三六万円の債権を有する。
(二) しかしながら、右債務はいずれも存在しない。
(1) すなわち、(一)(1)の債務については、被告支部が同公共職業安定所に主張の金員を支払ったことは認めるが、原告は、被告支部に対し、右支払を委任したことはなく、また被告支部は、国に対する不法行為者として自らのためにその賠償債務を履行したにすぎず、したがって原告に対する求償債権は発生していない。
(2) また同(2)の債務については、主張の金員を生活資金として供給を受けたことは認めるが、土藤分会は借り受けたのではなく贈与を受けたものであり、また仮に借り受けたとしても、被告支部の代理人である被告平井は、昭和五七年八月九日及び同年一二月二六日に土藤分会に対し、右貸金債務を土藤生コンからの解決金ないしは被告支部の犠牲者救援基金で処理する旨免除の意思表示をした。
(三) よって原告は被告支部に対し、不当利得に基づき右八八万三八三六円及びこれに対する訴状送達による催告の後である昭和六〇年八月二〇日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否等
1 請求原因1の事実は認める。
2(一) 同2(一)の事実は認める。
(二) 同(二)の事実は否認する。
(三) 同(三)の事実のうち、原告がその主張に係る有罪判決を受けたことは認めるが、その余は否認する。
(四) 同(四)の事実は争う。
3(一) 同3(一)の事実は認める。
(二) 同(二)の事実は否認する。
(三) 同(三)の事実は争う。
(四) 同3(一)(1)の求償債権及び(2)の貸金(保証)債権は、主張どおり成立した。
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因事実のうち1及び2(一)の事実、2(三)のうち原告がその主張に係る有罪判決を受けた事実並びに3(一)の事実は当事者間に争いがない。
そして右当事者間に争いのない事実並びに<証拠>を総合すると、以下の事実が認められる。
1 土藤生コンは、生コンクリートの製造、販売等を業としていたが、昭和五七年三月三一日に手形の不渡処分を受けて事実上倒産し、同年五月二六日当庁で破産宣告を受けた。
2 原告は、昭和五五年一〇月に土藤生コンに雇用され、昭和五六年七月ころ自らが中心となって土藤生コンの従業員からなる土藤分会を結成し、昭和五七年一月以降土藤分会の書記長を担当し、同年六月から一〇月までは副分会長、同年一〇月以降は再度書記長として土藤分会の組合活動の中枢をになっていた。土藤分会は、被告支部の下部組織であるが、同分会独自の会計を有して分会の運営に当っていた。
3 被告支部は、被告支部の下部組織である土藤分会の組合活動を指導するため、執行委員の矢富弘文(以下「矢富」という)を土藤分会に派遣していたが、昭和五七年一月ころからは、同じく執行委員であった被告平井を派遣していたところ、前記のような土藤生コンの事実上の倒産に遭った。そこで、被告支部としては、土藤生コンの資産の散逸を防いで同企業の再建と土藤分会の組合員の地位を保全するため積極的に支援することとし、被告平井を土藤分会事務所に常駐させるとともに被告支部の東大阪地区の組合員を毎日交替で土藤生コンの事業所に派遣してその任に充てることとした。なお右東大阪地区の組合員は、大部分が住吉生コンに雇用される住吉生コン分会の組合員であり、その代表となったのは、中西盛児(以下「中西」という)であった。
4 土藤生コンは、昭和五七年五月一五日に従業員に対し、同月二〇日付で解雇予告の意思表示をし、その効力は同年六月二〇日に生じたが、前記事実上の倒産に伴い、同年四月以降の賃金を全く支払わなかった。そこで被告支部は、土藤分会の組合員の生活資金を援助するため、同年四月以降土藤分会に対し、組合員一名当たり一箇月一五万円の割合(ただし家を新築する等特別な事情のある者に対しては、二五万円)による生活資金を被告支部の「闘争支援犠牲者救援基金規定」に基づき貸し付け、これを土藤分会が各組合員に貸し付けることとした。そして被告支部は、土藤分会に対し、同年五月六日に二一〇万円を、同月二六日に二一〇万円を、同年七月一日に一九〇万円を、同月三〇日に七一万円を、同年一二月二八日に一五五万円を(合計八三六万円)、期限の定めなく貸し付け、土藤分会は、そのころ原告に対して、それぞれ一五万円、一五万円、一五万円、一〇万円、二一万円(合計七六万円)を期限の定めなく貸し付けた。
5 このような貸し付けに伴い、被告平井、矢富、中西らと土藤分会の組合員との関係は、従前のような、単なる組合活動を指導する者とされる者との関係から、右貸借を背景とした統率関係に変質し、このようなことから土藤分会の組合員であった菅森らは、昭和五七年五月初めころ、被告平井らの同意を得ることなく、公共職業安定所から失業給付金の支給を得て、これにより生活資金を得て、前記貸付金の支給を拒もうとしたが、右手続の準備のため公共職業安定所に相談に行く等する段階において、被告平井の知るところとなり、被告平井は、失業給付金の支給申請をすることは解雇を認め、企業再建を放棄したことになる(前記のとおり、土藤生コンは、当時は解雇予告の意思表示をしていなかった)等として菅森らを叱責し、右支給申請手続をとらないよう命じた。
6 ところで土藤分会に対する前記各貸付けに当たり、土藤分会からは、分会長名で、土藤分会の組合員全員で弁済につき責任をとる旨を明示し、特に昭和五七年七月一日及び同年一二月二八日の貸付けに際しては、分会員全員が自己の住所、氏名を連署の上、各人の借受け金額を明らかにした念書(借用書)が被告支部に対し差し入れられる等しているが、被告支部及び被告平井は、いずれ土藤生コンから倒産又は再建に伴う解決金が土藤分会又は組合員に支給されるので、右解決金をもって右貸金の弁済に充てること、したがって右解決金とは別途に、土藤分会の組合員個人の出費による弁済を受ける必要はないものと予定しており、被告平井は、同年六月ころに再三にわたり組合員に対し、右趣旨を明言していた。
他方、原告ら土藤分会の組合員は、右各貸付けに際し、被告支部に対し、明確な書面を作成しなかったものの(ただし、右七月一日、一二月二八日の貸付けにつき、右のような連署等があるのは、保証の趣旨も含んでいたものと解される)、土藤分会の右貸金債務につき土藤分会と連帯して保証する意思を有しており、したがっていずれ右貸金は前記解決金等で被告支部に返還すべきものと理解していた。
7 被告支部は、全日本運輸一般労働組合(以下「一般労組」という)に属していたところ、土藤分会に対する今回の支援と同様に、被告支部の分会又は一般労組所属の他の組合の組合活動の支援のため、再三にわたり被告支部の分会組合員を動員する必要があり、その際、土藤分会は、前記のとおり土藤生コンが事実上倒産し組合員が勤務につく必要がないことから、右動員の割り当てを受けることが多く、このため土藤分会は、右動員に伴う交通費等の負担がかさみ、他方前記のとおり土藤分会の組合員には賃金の支給がなく、したがって分会費の拠出ができないことから、土藤分会の財政は、昭和五七年六月ころには底をつくようになった。そこで被告平井は、原告ら土藤分会の組合員と協議の上、土藤分会の組合員が、被告支部のあっせんで生コン配送等のアルバイトをし、よって得た収入を全額土藤分会の会計に納入させることとし、同月一六日から右アルバイトを開始した。なお組合員の生活資金は、従前どおり、被告支部から土藤分会を経由しての貸付けによることとした。また原告は、右アルバイトにおいて報酬を受領するに際し、受領印として、「山戸」ではなく「大和」という印を用いた。
8 昭和五七年七月一日、土藤生コンの債権者集会が開かれ、その席上、破産管財人から、土藤分会の組合員の届け出ている労働債権のうち、退職金については相当部分の異議を述べるが、未払賃金については一部の異議にとどめる意向である旨表明された(なお、同年八月一三日の債権調査期日において、その旨の異議が述べられた)。そこで被告平井は、当初の予定と相違し、破産財団の配当をもってしては土藤分会への生活資金の回収が困難となり、土藤分会の組合員の個人出費が必要となる事態が予測されるので、これを回避するため、前記のとおり菅森らが主張していた失業給付金を受領して、これをもって組合員の生活資金に充てる方策をとることを決意し、同日夜の土藤分会の会議において右方針を決議した。なお右会議において、妻帯者については一箇月三万円、独身でアパートに居住する者については一箇月一万円を前記アルバイト等により土藤分会に積み立ててあった資金から支給し、各人に支給される失業給付金と合算して、その生活資金に充てることとなった。
9 土藤分会の組合員は、前記決議に基づき、その住居地を管轄する、原告については天満公共職業安定所に、その余の組合員については東公共職業安定所に失業給付金支給申請をしたが、その支給の前提となる第一回失業認定日は、天満公共職業安定所については昭和五七年七月二六日であり、東公共職業安定所については同年八月四日であった。
10 失業給付金受領の申請をすることに伴い、前月から開始していた前記アルバイトを継続するか否かも土藤分会の会議の議題となったが、他に収入がない状態の土藤分会の会計を維持するために引き続いて右アルバイトを継続することとなった。
11 ところで失業給付金の給付申請に当たっては、現在、他の職場でアルバイト等をしている者は、その旨を申告すべく義務付けられており(これにより、右労働日数分については、失業給付金が減額又は支給されないことがある)、その旨の説明が、前記第一回失業認定日までに各公共職業安定所から各組合員になされていたが、原告は、土藤生コンに雇用される前に勤務していた日商運輸が同様に倒産したとき、公共職業安定所に対し、実際には他の職場でアルバイトをしていたがアルバイト日数は零日であると虚偽の申告をしてアルバイト収入と失業給付金の二重取りに成功したことがあったことから、昭和五七年七月二六日の天満公共職業安定所における失業認定手続において、右アルバイトの事実を秘して、失業認定対象期間中の労働日数は零日である旨を申請した。また原告以外の他の土藤分会の組合員は、同年八月三日の土藤分会の会議において、被告平井が、公共職業安定所には判明しないので、零日で出すよう指示をしたこと及び原告が従前から前記の日商運輸での経験を語っていたことから、同月四日の東公共職業安定所における失業認定の手続において、同様に失業認定対象期間中の労働日数は零日である旨虚偽の申告をした。そしてこれにより土藤分会の組合員全員が、いずれも減額されない失業給付金を取得した。失業認定の手続は、一箇月ごとになされるが、原告らは、毎回虚偽の申告をなしてきた。土藤分会の右アルバイトは、昭和五七年六月一六日から昭和五八年一月までなされたが、原告は右アルバイトに参加して得た約一〇九万円余の収入のほぼ全額を土藤分会に納入した。なお、被告平井は、同年九月ころ体調を崩し、土藤分会への派遣の任務を解かれたため、その後(同月二九日以降)の失業認定手続には関与しなかったが、被告平井の地位は中西が引き継いだ。
12 土藤分会の組合員の失業給付金の不正受給は、昭和五七年一二月ころ発覚し、組合員は、各公共職業安定所から不正受給額の返還請求を受けるようになった。そして原告、被告平井らは、右失業給付金の不正受給が別紙犯罪事実記載の詐欺罪に該当するとして、昭和五八年三月逮捕、起訴され、昭和五九年一〇月一日、当庁においてそれぞれ有罪判決を受けることとなった。被告支部は、右逮捕に先立ち、不正受給した失業給付金を返還することとし、当時土藤分会を脱退していなかった者につき、昭和五八年二月一六日、各組合員を介して、各一名につき一〇万円を、同年三月一〇日、直接残額を(原告につき八五万八四五七円)それぞれ各公共職業安定所に返還したが、右返還は、被告支部の独自の判断によるもので、各組合員が被告支部に対し返還を委任したことによるものとは認められない。
13 土藤分会の組合員は、土藤生コン倒産時に一四名いたが、昭和五七年五月ころからは脱退者が出るようになっていたところ、同年一二月二五日及び同月二六日、残っている原告を含む土藤分会の組合員七名、その家族及び被告支部の役員で激励会を開いた。その際被告支部の役員であった甫立は、土藤分会の組合員の家族からの質問に対し、これまで被告支部から貸し付けてある金員については、破産財団からの解決金でまかなえるし、解決金で不足するときには、闘争支援犠牲者救援基金により援助されるので、安心して欲しいとの趣旨を述べた。
14 昭和五八年四月二一日、土藤生コンの破産財団から配当があり、原告に対しても退職金分として三二万円が、未払賃金分として八八万三八三六円が支払われた。被告平井を引き継いだ中西は、右配当に先立ち、原告を含む土藤分会の組合員に対し、退職金分は全額各自が受領してもよいが、未払賃金分は全額、昭和五七年五月から同年一二月までの前記生活資金貸金分及び公共職業安定所に対し支払った不正受給分の前記弁済分として被告支部に対し支払うよう指示し、土藤分会の脱退者に対しては右配当の日に個別に同旨を指示した。そして土藤分会の組合員はほとんどこの指示に従い、原告は、同日右未払賃金分八八万三八三六円を被告支部に対しその銀行口座に振り込んで支払い、土藤分会の当時の脱退者七ないし八名中の二名も、そのころ右金額を支払った。なお被告支部は、土藤分会の脱退者に対し、その都度土藤分会から生活資金として自己が借り受けた金額部分を直ちに被告支部に対し返還するよう催告する書面を送付していた。
15 土藤分会は、昭和五八年初めころ、その組合員のほとんどが被告支部のあっせんで再就職し、事実上その活動を停止していたが、なお被告支部の指導の下にあった。そして原告らの前記アルバイトにより土藤分会に積み立てられた前記資金は、これまで一般労組又は被告支部の組合活動を支援するための土藤分会の活動費や、土藤分会の組合員に対する前記生活援助支給金等に充てられ、昭和五九年一〇月一日に前記刑事判決が言い渡されたころにはその残額は約二五〇万円になっていた。土藤分会の会計を担当していた吉川健一こと梁昌鉱は、右判決言渡し後、残っていた土藤分会の組合員及びその家族と慰労会を開き、右残金のうち約五〇万円を右費用に充て、残金の二〇〇万円は、これまでの被告支部から土藤分会に対する貸金の一部弁済として被告支部に支払った。
ところで原告は、昭和五八年三月に前記のとおり本件犯罪につき起訴され、刑事事件の審理を受けるようになったが、被告支部が原告につき再就職のあっせんをせず、また、右審理において、刑事責任を土藤分会の組合員に押し付け、自らの責任を回避しようとする態度をとったこと等から、被告支部に対し反感をもつようになり、遅くとも前記判決言渡しのあったころには被告支部及び土藤分会を事実上脱退していた。そこで前記のような積立金の分配、清算についても全く関与せず、慰労会等にも参加しなかった。
16 なお原告は、昭和五八年四月の前記振込みに際し、中西の説明を当然のことと了解してこれに従って振込みをしたものであるが、その後、被告支部、土藤分会を脱退し、たまたま原告の作成していた当時のノートなどを見直し、そのノートなどに前記のような被告平井、甫立らの言動が記されていることを発見し、これをよりどころに被告支部に対し、右金員の返還請求をするに至ったものである。
以上の事実が認められ、<証拠>中右認定に反する部分は採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
二以上の認定事実をもとに、先ず、原告の慰謝料請求について判断する。
犯罪の実行行為者が、犯罪をなさしめられたことを理由に、その共謀者に対して損害賠償の請求をするには、共謀者が物心両面において実行行為者を全面的に支配していたか、又はこれと同視しうる特別事情の存することが必要である。
本件の場合、本件全立証によるもかかる事実ないし特別事情を認めることができない。
前記認定事実によると、原告ら土藤分会の組合員の地位を保全するため被告支部から派遣されていた被告平井は、原告ら組合員に対して相当な指導力ないし支配力を有していたものと推認され、本件犯罪の実行についてもその指示を与えて共謀したことが認められるが、同時に、原告らもその実行を決定するについての協議に参加し、土藤生コンからの解決金が当初の予定と相違して多額のものを見込めなくなったので、原告ら組合員の生活資金を得るために失業給付金を受給し、原告ら分会の会計を維持するために(土藤分会として組合活動をする以上、分会の資金が必要である。)アルバイトを継続するという、原告らが一応納得できる理由でその実行に賛成したことが認められ、その際、原告は、日商運輸時代の不正受給の経験を同分会組合員に語るなどしており、当時の副分会長として指導的で積極的な態度を取っていたものと推認することができる。
以上により、原告の右請求は、爾余の点について判断するまでもなく理由がない。
三次に、原告の非債弁済を理由とする不当利得返還請求について判断する。
1 求償債権について
(一) 被告支部が天満公共職業安定所に対し、本件犯罪により与えた損害九五万八四五七円(原告分)を賠償したことは当事者間に争いがない。そして前記認定事実によると、本件犯罪は原告と被告支部執行委員との共謀によるものであるから、右損害賠償義務は原告と被告支部が共同不法行為者として連帯して負担すべきものである。そうすると、被告支部のなした右弁済は自己の債務の弁済であり、この弁済を理由とする被告支部の原告に対する求償権は共同不法行為を理由とするものであるというべきである。なお、被告支部の主張には、右求償債権の主張を含むものと解される。
(二) 共同不法行為者の一方が他方に対して行使しうる求償権の範囲については、当該不法行為における双方の寄与度等一切の事情に基づきその負担割合を判断してなすべきものと解する。そこで、この点について判断するに、前記認定事実によると、本件犯罪の実行について、原告も積極的に賛同したとはいえ、被告支部から派遣された平井、したがって被告支部は、当初土藤分会組合員が失業給付金を受給しようとしたのを禁止したが、情勢の変化により今度はその受給を指示するなど同分会組合員の意思決定につき強い影響力を有していたこと、原告は失業給付金を全額受領して生活資金としたが、アルバイトによる収入は全額同分会の会計に納入し、被告支部の下部組織としての同分会の組合活動のために積み立てられ、うち二〇〇万円が同分会の被告支部に対する債務の弁済に供されたことが認められ、これらの事実を総合すると原告と被告支部との負担割合は四対六とするのが相当である。そうすると、被告支部の原告に対する求償債権は三八万三三八三円と認めることができる。
2 貸金債権について
(一) 被告支部から土藤分会に生活資金として合計八三六万円が支給されたことは当事者間に争いがない。そして、前記認定事実によると、右支給金は闘争支援犠牲者救援基金規定による被告支部から同分会に対する生活援助資金としての貸付金であり、原告ら分会員はその連帯保証人であると認めることができる。この点について、原告ら分会員も借用書を差し入れており、また土藤生コン(破産会社)から配当を受領した際には被告支部の要求に応じその一部を右弁済として支払うなどしており、特に疑念を抱いていた節は認められない。
(二) 原告は、被告支部は右債務を免除した旨主張し、前記認定事実によると、平井は昭和五七年六月ころ土藤分会の組合員に対し、被告支部から同分会に貸し付けられた生活援助資金についてはいずれ土藤生コンの破産財団から解決金が支給されるので、これを弁済に充当し組合員個人の出費による弁済の必要はないとの趣旨を述べたこと、また被告支部の役員甫立が同年一二月に開かれた激励会において分会の組合員及びその家族に対し、貸付金については前記解決金でまかなえるし、仮にまかなえないときには被告支部の闘争支援犠牲者援助基金規定により援助されるので安心してほしい旨述べたことを認めることができるが、他方、本件犯罪の動機が破産財団からの解決金のみでは生活援助資金の返済に不安があるとすることにあったことからしても、平井らの述べた「解決金」は、破産財団から各組合員に対する配当金を含む趣旨と認められ、また甫立の発言は、いささか正確性を欠く嫌いはあるものの、組合員を激励することに力点があったものと解され、同人らの右言動をもって貸金債務を免除する意思表示と解することはできない。
(三) ところで原告ら土藤分会組合員は、前記のとおり右貸金債務につき連帯保証したものと認めることができるが、その保証の範囲につき検討するに、前記認定事実によると、土藤分会から被告支部への分会長名義の借用書には、各人の保証の範囲の記載がなく、ただ全員で責任をとる旨の記載があるにとどまるが、昭和五七年七月一日、同年一二月二八日の各貸付けについては、各人の借受け金額が記載されており、そして被告支部から同年一一月に矢橋(脱退者)に到達した書面(成立に争いのない乙第七号証の一、二)によると、同人が土藤分会から借用した金額につき支払催告をしていることが認められ、右事実によると、被告支部と原告ら組合員との間においては、同組合員らが土藤分会から借用した金額についてのみ連帯保証する意思であったものと解される。したがって、原告については七六万円の借用債務について連帯保証したものというべきである。
3 そうすると、原告は被告支部に対し、求償債務として三八万三三八三円、保証債務として七六万円の合計一一四万三三八三円の債務を負担していたものであり、被告支部からの請求により昭和五八年四月二一日になした八八万三八三六円の支払は、右債務の履行として有効であり、何ら非債弁済に該当するものではないというべきである。
四以上の次第で原告の本訴請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官中田耕三 裁判官北澤章功 裁判官下野恭裕)
(別紙) 犯罪事実
第一 被告人深草孝一、同山戸三智男(原告)、同梁昌鉱及び同許又岩について
被告人深草孝一は、土藤生コンクリート株式会社の従業員の一部で組織する全日本運輸一般労働組合関西地区生コン支部(被告支部)土藤分会(以下「分会」という。)の分会長(昭和五七年一〇月一八日から財政担当)、被告人山戸三智男は、同分会副分会長(右同日から書記長)、被告人吉川健一こと梁昌鉱は、同分会財政担当(右同日から分会長)、被告人長谷川英信こと許又岩は、同分会監査担当(右同日から副分会長)であったものであるが、同会社が同年三月三一日事実上倒産したため(同年五月二六日大阪地方裁判所で破産宣告)、同年六月二〇日他の従業員とともに解雇されたことにより、同年七月七日、被告人深草、同梁及び同許においては、大阪東公共職業安定所に、被告人山戸においては、天満公共職業安定所に、それぞれ求職申込みを行い、失業給付金受給資格を取得したものであるところ、右被告人四名は、同分会員板垣輝治外六名及び後記平井裕要(被告平井)らと共謀のうえ、失業認定を受けるにあたり、右各職業安定所に提出する失業認定申告書には、失業認定対象期間中に自己の労働によって収入を得た日及び収入額等を記載して届け出なければならないのに、虚偽の事実を申告して失業給付基本手当を騙取しようと企て、
一 被告人深草、同梁、同許外六名は同年八月四日から同年一一月二四日までの間、前後一回ないし五回にわたり、大阪市東区法円坂一丁目六番一一四号所在の大阪東公共職業安定所において、同安定所雇用保険給付課長山口吉文らに対し、真実は各失業認定対象期間中に村野興産株式会社等で、二日ないし一一日就労し、賃金合計三万六八七五円ないし二五万六三三二円の収入を得ていたのに、右就労事実等を秘匿し、各失業認定対象期間中全く就労せず、または、就労したのは一日ないし二日である旨虚偽の記載をした失業認定申告書を提出するなどして、右各期間の失業給付基本手当の給付を請求し、同人らをして右各失業認定申告が真実であるものと誤信せしめて、各申告人名義につき、それぞれ失業の認定及びこれに基づく失業給付基本手当の支給を決定させ、よって、同年八月六日から同年一一月二六日までの間、一回ないし五回にわたり、資金前渡官吏である大阪府労働部職業管理課長井上文彦の管理する労働保険特別会計から、株式会社三和銀行今里支店、同銀行生野支店及び同銀行玉造支店の各申告名義人の普通預金口座に失業給付基本手当支給額合計五八〇万二九〇〇円をそれぞれ振込入金させ、もって同額の財産上不法の利益を得、
二 被告人山戸において、同年七月二六日から同年一二月一三日までの間、それぞれ前後六回にわたり、同市北区同心二丁目一〇番二号所在の天満公共職業安定所において、雇用保険給付課長西田善次らに対し、真実は各失業認定対象期間中に株式会社永進高槻工場等で、一日ないし一四日就労し、賃金合計三万一、五三八円ないし三〇万七、八九八円の収入を得ていたのに、右就労事実等を秘匿し、各失業認定対象期間中全く就労していない旨虚偽の記載をした失業認定申告書を提出するなどして右各期間の失業給付基本手当の給付を請求し、同人らをして前同様誤信せしめて、被告人山戸につき、それぞれ失業の認定及びこれに基づく失業給付基本手当の支給を決定させ、よって、同年七月二八日から同年一二月一五日までの間、合計六回にわたり前記井上文彦の管理する労働保険特別会計から、三和銀行天六支店の被告人山戸名義の普通預金口座に失業給付基本手当支給額合計一〇一万三、八四〇円をそれぞれ振込入金させ、もって同額の財産上不法の利益を得
たものである。
第二 被告人平井裕要について
被告人平井裕要は、全日本運輸一般労働組合関西地区生コン支部(以下関生支部という。)の執行委員として前記分会を指導していたものであるが、前記のとおり、土藤生コンクリート株式会社が事実上倒産し、昭金五七年六月二〇日右会社の全従業員が解雇されたことにより、深草孝一ら分会員が、それぞれ大阪東公共職業安定所及び天満公共職業安定所に、それぞれ求職申込みを行い、失業給付金受給資格を取得したところ、前記山戸三智男外一〇名と共謀のうえ、失業の認定を受けるにあたり、右各職業安定所に提出する失業認定申告書には、失業認定対象期間中に自己の労働によって収入を得た日及び収入額等を記載して届け出なければならないのに、虚偽の事実を申告して失業給付基本手当を騙取しようと企て、
一 前記深草、梁、許外六名において、同年八月四日及び同年九月一日の二回にわたり、前記大阪東公共職業安定所において、前記山口吉文らに対し、真実は各失業認定対象期間中に村野興産株式会社等で、二日ないし一〇日就労し、賃金合計三万六、八七五円ないし二二万七、八七一円の収入を得ていたのに、右就労事実を秘匿し、各失業認定対象期間中全く就労せず、または、就労したのは二日のみである旨虚偽の記載をした失業認定申告書を提出するなどして、右各期間の失業給付基本手当の給付を請求し、同人らをして右各失業認定申告が真実であるものと誤信せしめて、各申告名義人につきそれぞれ失業認定及びこれに基づく失業給付基本手当の支給を決定させ、よって同年八月六日と同年九月三日の二回にわたり、前記井上文彦の管理する労働保険特別会計から、前記株式会社三和銀行今里支店、同銀行生野支店及び同銀行玉造支店の各申告名義人の普通預金口座に失業給付基本手当支給額合計二八三万四、七五〇円をそれぞれ振込入金させ、もって同額の財産上不法の利益を得、
二 山戸三智男において、同年七月二六日及び同年八月二三日の二回にわたり、前記天満公共職業安定所において、前記西田善次らに対し、真実は各失業認定対象期間中に株式会社永進高槻工場等で、一日ないし七日就労し、賃金合計三万一、五三八円ないし一六万五五二円の収入を得ていたのに、右就労事実等を秘匿し、各失業認定対象期間中全く就労していない旨虚偽の記載をした失業認定申告書を提出するなどして右各期間の失業給付基本手当の給付を請求し、同人らをして前同様誤信せしめて、右山戸につき、それぞれ失業の認定及びこれに基づく失業給付基本手当の支給を決定させ、よって、同年七月二八日及び同年八月二五日の二回にわたり前記井上文彦の管理する労働保険特別会計から、前記三和銀行天六支店の右山戸名義の普通預金口座に失業給付基本手当支給額合計二六万六、八〇〇円をそれぞれ振込入金させ、もって同額の財産上不法の利益を得、
たものである。