大阪地方裁判所 昭和60年(ワ)7529号 判決 1987年4月28日
原告
三井暁
右訴訟代理人弁護士
大島博
被告
国華産業株式会社
右代表者代表取締役
日比健一
右訴訟代理人弁護士
中務嗣治郎
同
岩城本臣
同
村野譲二
同
桐畑芳則
同
毛利哲朗
同
加藤幸江
同
久米川良子
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
(原告)
一 被告が昭和五四年三月二八日原告に対しなした解雇の無効なることを確認する。
二 被告は原告に対し、昭和五八年五月一日以降毎月金三〇万円宛及び昭和五八年以降毎年金八〇万円宛の金員を支払え。
三 訴訟費用は、被告の負担とする。
四 仮執行宣言
(被告)
主文同旨
第二当事者の主張
(請求原因)
一 被告は、一般貨物の海上輸送等を業とする会社であるが、原告は、昭和四四年九月二〇日、被告から、甲板長として採用され、雇用された。
二 被告は、昭和五四年三月二八日付けで原告を解雇した(以下「本件解雇」という。)とするが、本件解雇は無効である。
三 原告は、昭和五四年三月当時、賃金が毎月金約三〇万円で、年二回の賞与が一回金約四〇万円で二回で合計金八〇万円であった。
よって原告は被告に対し、本件解雇の無効であることの確認並びに昭和五八年五月一日以降毎月金三〇万円宛の賃金及び昭和五八年以降毎年金八〇万円宛の賞与の支払を求める。
(認否)
本件解雇が無効であることは否認するが、その余の請求原因事実はすべて認める。
(抗弁)
一1 被告は、昭和五四年三月二八日原告に対し、本件解雇の意思表示をした。
2(一) 解雇理由該当事実は、次のとおりである。
(1) 原告は、昭和四四年甲板長の資格をもって、被告に採用された。当初から原告の勤務態度及び勤務成績には数々の問題点が認められ、被告は、その対策に苦慮してきた。
すなわち、被告は、舟運会社であり、原告は、船員として雇用されてきたのであるから、船舶に対する知識等ある程度の特殊技能を要求される。しかし、原告の有する知識技能等は、船員としての最低水準にも満たないものであっただけでなく、その後に、技能を修得しようとする意欲も認められなかった。
例えば、船舶の現在位置を確認できず、船舶の進路を誤る等は日常茶飯事であった。ひどい事例としてはバラストタンクよりバラスト水を放出する代わりに飲料水を捨てたという事例がある。それでも、当初は甲板長としての仕事を予定として乗船させていた。ところが、原告の仕事ぶりが信頼できず、かえって、船内を混乱させるとして、原告と一緒に乗船勤務する事を拒否する船長が徐々に増加し始め、昭和四九年五月ころには、原告を甲板長として一緒に乗船勤務をしても良いと考える船長はほとんどいないという状態になってしまった。
そこで、被告は、原告を甲板手の資格において乗船勤務させることにしたが、被告はこれに従わず、やむなく、甲板長の資格のまま乗船させなければならないという事態となった。
ただし、原告の職務能力は前述のとおりであるので、船長らは、その分余分の人員を配置する等原告の能力をカバーする方途を講じて勤務せざるを得なかった。
なお、原告の職務能力で一番問題であるのはその職務態度である。
すなわち、船舶の位置確認操舵方向等におぼつかないのはやむを得ないものであるとしても、それらは勤務を通じて修得可能なのであるから、まじめに勤務すれば、いずれは水準以上の知識技能を修得できるのであるが、原告はそれらが不十分であるにかかわらず、自分勝手に判断し、船長ら上司の命令に従おうとせず、自分の判断で船舶を操縦しようとするのである。そして、船長らが、そのような原告に注意を与えてもそれに耳を貸そうとしないだけでなく、自分のやり方が正しいとして反抗的態度に出、挙げ句は大声でわめき船長を突き飛ばすなどするのである。したがって、技術の修得され、向上する見込みは全く期待できないといってよい状態であった。
(2) 原告は、右のような状態で勤務を続けてきたのであるが、昭和五一年一月二六日、乗船中に事件をおこし、減給処分を受け、さらに、それをきっかけに正式に甲板手の職務に就くことになった(ちなみに、事件の相手方はこれによって退職した。)。ところが原告は、それらを不満として、被告代表者宅やその他の船長宅にしつこく電話をし、自分は悪くないなど脅迫的な言行を行うなどを、解雇される昭和五四年三月まで、再三繰り返した。
その間原告に対し、当時被告船員部の部長であった訴外守田展也らが、原告がまじめに働くように、再々にわたって、注意をしたが、一向に聞きいれられる様子はなかった。
(3) ところで、被告は、その所有するタンカー等によって、化学物質を輸送することを業とする会社である。そして、その輸送される化学物質は、エチレングリコール、キシレン、液体硫黄等、極めて危険性の高い物質である。そのような物質が、五人から一〇人程度の乗組員によって運ばれているのである。したがって、個々の乗組員に高度の技術が要求されるだけでなく、チームワークも重要で、船長ら上位の者の命令は絶対で、下の者の反抗は許されない。
かようなところで原告の様な勤務態度をとることは、全体のチームワークを乱し、事故等を引き起こしかねない危険なものである。そして、積んでいる製品が危険物であるだけに、その事故は大事故になりかねないのである。
(二) 原告の右行為は、被告船員就業規則一六条四号、五号、同別冊服務並びに賞罰の規定二七条一号、二号、五号に該当し、労働協約二五条四号、五号、同別冊服務並びに賞罰の規定二二条一号、二号、五号に該当する(いずれも規定の内容は別紙。)。
二1 原告は、昭和五四年三月二八日本件解雇の意思表示を受ける際、被告から、解雇予告手当金三四万二八八〇円を支払われた。また同年四月、退職金一八〇万〇一二〇円等を支払われ、解雇を承認した。
2 その後、原告側からは何の連絡も全くなく、したがって被告は、本件は解決済みであるものと考えていた。
ところが、原告は、昭和五八年六月二五日、急に被告の取引先である帝人株式会社松山工場に電話をかけ「被告の船を使うな。被告は衝突事故をたくさんやっている」等のほか、「火をつけてやる」と脅迫的言辞を告げた。さらに原告は、その後も海上保安部、警察署、帝人愛媛工場等にも同様の被告を中傷する電話を何回もした。被告は、これらのものより電話の件を告げられたがその理由については全く心当たりがなかった。
しかし、原告の右のようないやがらせはやまなかった。そこで被告は原告が何のためにいやがらせをするか確認し、その対策をたてるため、昭和五九年一月一九日、愛媛県宇和郡御荘町の「サン・パーク」で原告と会い、話合いを行った。その結果、初めて原告が解雇に不満をもっていやがらせを続けている事が判明した。
3 右の話合いにおいて、被告は、解雇問題は労働問題なのだから、全日本海員組合を通して話合いを行う事を主張したところ、原告はこれを納得しいやがらせをやめることを約した。しかるに原告は、一箇月後の同年二月末ころから、再度ひんぱんにいやがらせの電話をなし、さらに、被告に対し脅迫的な手紙や電話を行うようになった。
4 以上のとおり、原告の被告に対する請求は請求自体が根拠のないものであるのみならず、本件訴訟に至るまでの交渉過程におけるその請求の手段、方法も全く公序良俗に反するものである。本件訴訟の提起は、右のような経緯の後に行われたもので提訴そのものが不法行為を構成するもので、原告の主張は信義則に反する。
(認否)
被告が昭和五四年三月二八日原告に対し本件解雇の意思表示をしたこと、原告が昭和四四年甲板長として被告に採用されたこと、被告が舟運会社であること、被告が昭和五四年三月二八日及び同年四月原告に対しその主張に係る解雇予告手当及び退職金を支払ったこと、被告が昭和五九年一月一九日被告と会い話合いの機会をもったことは認めるがその余の抗弁事実は争う。
(再抗弁)
被告には解雇理由該当事実は全くなく、また、本件解雇の実質的な理由は、昭和五四年初めころの海難事故についての原告の責任追及としてなされたものであるが、原告は、右事故についても何ら責任はない。
被告は、本件解雇に際し、原告に対し、告知、弁明の機会を全く与えていない。
原告の行為が懲戒に該当するとしても、戒告減給又は休職が相当であり、解雇は相当ではない。
よって本件解雇は、解雇権の濫用である。
(認否)
争う。
第三証拠(略)
理由
一 請求原因事実は、本件解雇が無効である点を徐き、すべて当事者間に争いがない。
二1 ところで抗弁事実のうち、被告が昭和五四年三月二八日原告に対し本件解雇の意思表示をしたこと、原告が昭和四四年甲板長として被告に採用されたこと、被告が舟運会社であること、被告が昭和五四年三月二八日及び同年四月原告に対しその主張に係る解雇予告手当及び退職金を支払ったことは当事者間に争いがない。
2 そして右当事者間に争いのない事実並びに(証拠略)を総合すると、
(一) 被告は、帝人株式会社の関連会社であり、キシレン、メタノール等の化学物質(爆発の危険性の低い物もあるが、その高い物もある。)を、その所有の約一四杯のタンカーで海上輸送すること等を業としていること、
(二) 被告は、昭和四四年九月二〇日原告を、甲板長として雇用するようになり、原告は、以後被告所有のタンカーに乗船して勤務するようになったこと、
(三) ところで原告は、甲板長として、船長等上司の具体的な指示に従ってタンカーを操船することもあったが、その際再三にわたりその指示に反する操船をすることがあり、船長に右指示違反の事実を指摘され、指示に従うよう指導されるや、これに従わないのみならず、かえって「船長を教育する」と称して、船長を突き飛ばして、自らの操船行為を継続することがあったこと、
(四) また原告は、他の乗組員との協調も欠き、けんか等することがあったことから、被告に勤務する船長のほとんどは、原告と同船して勤務することを嫌っていたこと、
(五) さらに原告は、操船中、自己の乗船している船舶の位置確認ができなかったり、船舶のバランスをとるため積んでいる海水を捨てるよう指示されたにもかかわらず、右海水を捨てずに、誤って飲料水を捨てることもあったこと、
(六) 被告も、原告の右のような船員としての能力、態度をふまえ原告の同意も得て前記の甲板長の地位から、次席甲板長、執職甲板手等に降格させ、昭和五一年二月以降は甲板手に降格させていたこと、
(七) しかしながら原告は、被告の右のような降格処分に異議を唱えるようになり、再三にわたり被告代表者宅へ抗議の電話をかけることがあり、しかも右電話を深夜かけることもあったこと、
(八) また原告は、前記のとおり、船長を「教育」したのみならず、一部の船長に対しては、下船後も、その操船行為が不当であるとして、脅迫行為にも及んでいたこと、
(九) そこで被告は、昭和五四年三月二八日原告に対し、原告は右のとおり船員としての能力を欠くのみならず、協調性も欠き、かくては危険物を運搬する被告のタンカー間においてどのような危険を引き起こすかもしれず、したがって原告は、著しく職務に不適任であるとして、被告船員就業規則一六条四号(なお労働協約二五条四号も同旨)に基づき、解雇を告げるとともに、所定の解雇予告手当金三四万二八八〇円を支払い、なお同年四月、退職金一八〇万〇一二〇円を、一部控除金を差し引いた上、振り込んで支払ったこと、
以上の事実が認められ、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
そこで検討するに、船舶は、陸地を離れ、国等の監督、保護を受けがたい孤立性を有するとともに、自然の脅威の下にさらされる危険性(特に本件での積み荷には、爆発性の高い物質も存在している。)を持つものであり、またそこでは、船員等による一つの生活共同体が形成されている。したがってこのような船舶に乗船する船員にあっては、在船者の生命、船内貨物等の財貨等を保護するため、航海中、秩序ある共同体を形成することが求められているものである。
ところで原告は、前記のとおり、船長等上司の指示に従わず(時には明白に反抗し)、同僚との協調性も欠き、右共同体形成の努力を放棄しているのみならず、乗船している船舶の位置確認等、船員であるための基礎能力も欠き、しかもその状態は、昭和四四年以降長期にわたり継続していたもので、この間改善の兆候は全く認められず、かえって自己の降格等を不満として、関係者に対し脅迫行為にまで及んでいたものであり、このような原告は、被告船員就業規則、労働協約に定める「著しく職務不適任」なものと解するのが相当であり、したがって本件解雇は正当なものである。
三 再抗弁事実中、本件解雇の実質的理由が、昭和五四年初めころの海難事故についての原告の責任追及にあるとの事実については、原告本人尋問の結果中に一部これにそう部分があるが右は採用できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
証人守田展也の証言によれば、被告は、本件解雇に際し理由を付して解雇を告知したことが認められる。なお右証言によれば、その際原告から特段の意見を聴くことはなかったことが認められるが、そもそも就業規則等には、解雇に際し被解雇者から弁明を受ける機会をもつとの規定はなく、慣行も存せず、また本件解雇に際し原告が異議等を述べようとしたがこれを禁止された等の事実は、本件全証拠によってもこれを認めるに足りないものであり、したがって本件解雇につき特段の手続上の問題は存しなかったものである。
また前記のとおり、原告の一連の行為に照らせば、原告につき本件解雇がなされたことにつき相当性も認められるものである。
したがって再抗弁事実は、これを認めるに足りない。
四 以上の事実によれば、原告の本訴請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 北澤章功)
(別紙一)
一 被告船員就業規則(抄)
一六条 会社は船員が次のいずれかにあてはまるときは解雇することができる。その場合は、理由を付して組合および本人に通知する。
(4) 著しく職務に不適任であると認められたとき。
(5) 賞罰規定による懲戒解雇にあてはまる行為があったとき。
二 同別冊服務並びに賞罰の規定(抄)
二七条 会社は、船員が次の各号のいずれかに該当するときは懲戒する。
(1) 職務上の義務に違反しまたは職務を怠ったとき。
(2) 法令、会社の規則に違反しまたは正当な理由なく上長の業務上の指示命令に従わなかったとき。
(5) 著しく船内の秩序をみだしたとき、または素行不良で著しく他に迷惑をおよぼしたとき。
一九条 懲戒は次の四種とする。
(1) 解雇
(2) 休職
(3) 減給
(4) 戒告
(別紙二)
一 労働協約(抄)
二五条 会社は、組合員が次のいずれかにあてはまるときは、解雇することができる。その場合は、理由を付して組合および本人に通知する。
(4) 著しく職務に不適任であると認められたとき。
(5) 賞罰規定による懲戒解雇にあてはまる行為があったとき。
二 同別冊服務並びに賞罰の規定(抄)
二二条 会社は、組合員が次の各号のいずれかに該当するときは懲戒する。
(1) 職務上の義務に違反し、または職務を怠ったとき。
(2) 法令ならびに会社の規則に違反し、または正当な理由なく上長の業務上の指示命令にしたがわなかったとき。
(5) 著しく船内の秩序をみだしたとき、または素行不良で著しく他に迷惑をおよぼしたとき。
二五条 懲戒は次の四種とする。
(1) 解雇
(2) 休職
(3) 減給
(4) 戒告