大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和60年(行ク)13号 決定 1986年5月28日

申立人(原告)

岡山邦人

右訴訟代理人弁護士

関戸一考

田窪五朗

上山勤

乕田喜久隆

相手方(被告)

北税務署長

中村鐵

右指定代理人

岡本誠二

外四名

主文

一  相手方(被告)は、本件訴訟における推計課税のため抽出した同業者二名、すなわち昭和五九年一一月二一日付相手方(被告)準備書面別表6―1ないし3、7に表示するA及びBについての各昭和五三年分ないし昭和五五年分の青色申告決算書(青色申告書添付の決算書一切)の写(申告書・税理士の住所・氏名・電話番号、事業所の名称・所在地、従業員の氏名等の固有名詞を削除したもの)を提出せよ。

二  申立人(原告)のその余の申立を却下する。

理由

第一 申立人(原告、以下、単に原告という。)の文書提出の申立及び意見

別紙(一)、(二)のとおり。

第二 相手方(被告、以下、単に被告という。)の意見

別紙(三)、(四)のとおり。

第三  当裁判所の判断

一文書提出義務の原因について

本件で原告が提出を求めている同業者二名(被告の昭和五九年一一月二一日付準備書面別表6―1ないし3、7に表示のA及びB)の昭和五三年分ないし昭和五五年分の青色申告書添付の決算書一切(以下、単に、本件青色申告決算書という。)が、民事訴訟法三一二条一号にいう「訴訟ニ於テ引用シタル文書」にあたるか否かについて検討するに、同条一号が、当事者が引用した文書につきその当事者に提出義務を課した趣旨は、当該文書を所持する当事者が、裁判所に対し、その文書自体を提出することなく、その存在及び内容を積極的に申立てることにより、自己の主張が真実であるとの心証を一方的に形成させる危険を避け、当事者間の公平をはかつて、その文書を開示し、相手方の批判にさらすべきであるという点にあると解されるから、同条号所定の「訴訟ニ於テ引用シタル文書」とは、当事者の一方が、訴訟において、立証それ自体のためにする場合だけに限られず、その主張を明確にするために、文書の存在について、具体的、自発的に言及し、かつその存在・内容を積極的に引用した場合における当該文書を指すものと解するのが相当である。

本件についてこれをみるに、一件記録によれば、本件訴訟は、被告が原告の昭和五三年分ないし昭和五五年分の所得税について更正処分をするに際し、原告の営むスナック兼喫茶等の所得金額を実額で把握しえないとして、原告が事務所を有する北税務署管内において青色申告をしている同業者二名を抽出したうえ、その原価率(売上原価金額に対する割合)及び所得率並びに売上原価に対する酒類仕入金額の割合の各平均値から、原告の所得金額を算出したという事案であるところ、被告は、本訴において、右同業者二名の当該各年分の売上金額、売上原価、一般経費の額・酒類仕入金額の数値を被告の昭和五九年一一月二一日付準備書面別表6―1ないし3、7に表示したうえ、右同業者の原価率、所得率等算定の基礎とした資料は、右同業者が北税務署長に提出した「青色申告決算書に記載している金額」(同準備書面二の2)であり、すべて正確なものである旨明確に主張し、かつ、前記のような基本的主張方針に対応する証拠として、「同業者調査表の提出について」と題する大阪国税局長作成の被告宛通達書(乙第三号証)及びそれに対する同じ表題の被告作成の大阪国税局長宛報告書(乙第四号証)を提出していることが認められ、右報告書(同業者調査表)に記載されている同業者二名の昭和五三年分ないし昭和五五年分の売上金額、売上原価、一般経費の額、酒類仕入金額は、本件青色申告決算書に記載された該当金額を移記して作成されたものであることが右通達書記載の報告書作成要領が「作成対象者の所得税青色申告決算書に基づき作成する。」とされているところから明らかである。これらの事実からすると、被告は、本件訴訟において、青色申告決算書それ自体を証拠として引用してはいないものの、本件青色申告決算書の存在について直接かつ具体的に言及し、かつその記載内容中の重要部分を明らかにしてその主張を構成し、右決算書の記載内容に依拠して立証の手段を講じているものといわざるを得ず、被告の右主張、立証は、被告がみずからの方針として選択し、積極的、自発的に行なつているものであることは明らかである。

したがつて、本件青色申告決算書は、民事訴訟法三一二条一号にいう「訴訟ニ於テ引用シタル文書」にあたるというべきである。

二守秘義務について

民事訴訟法三一二条に定める文書提出義務は、裁判所の審理に協力すべき公法上の義務であり、基本的には証人義務、証言義務と同一の性格のものと解されるから、文書所持者にも同法二七二条、二八一条一項一号等の規定が類推適用され、文書所持者に守秘義務のあるときは、右文書の提出義務を免れるというべきである。

本件青色申告決算書は、個人の秘密に属する所得金額、資産負債の内容等が記載された文書であつて、税務署長は、所得税の調査に関し職務上知り得た右のような事項につき、国家公務員法一〇〇条一項、所得税法二四三条によつて守秘義務を負うものであつて、税務署長が訴訟当事者としてこのような文書を訴訟において引用したからといつて各納税者の秘密保持の利益が無視されてよいことになるいわれはないから、税務署長は右秘匿部分について依然守秘義務を負つているものというべく、被告は、本件青色申告決算書の原本それ自体の提出義務を負うものではないというべきである。

しかしながら、本件青色申告決算書の記載部分中、申告者の住所・氏名・電話番号、事業所の名称・所在地、従業員の氏名等納税者の特定につながる固有名詞をすべて削除した写(本件で原告は、予備的にはこのような青色申告決算書写の提出を求めているものと解される。)については、それを提出することにより、納税者の営業、財産等に関する秘密を漏泄するおそれがあるとは考えられず、守秘義務違反の問題は生じないというべきである。

被告は、そのような写であつても、従業員・専従者の年令、償却資産の内容等、あるいは申告書自体の筆跡から申告者の特定が可能になる場合があり、現に具体的訴訟事件において原告側が、その申告者を特定し得たことがあり、さらにその申告者とされた者がその事業内容等につき調査され、困惑され、困惑するという弊害も生じたことがある旨主張するが、特段の事情のない限り、区域をある程度限つたとはいえ、なお相当多数にのぼると思われる北税務署管内の同業者の中から、私人たる原告が右のような記載事項のみを手がかりに該当者を特定することが可能であるとは容易には考えられず、本件において被告主張のような事態が生ずるおそれがあることを窺わせる特段の事情の存在を認めるに足りる証拠もない。被告が訴訟において一個の文書の重要な一部を引用した以上は、その文書の内容全部を守秘義務に反しない限度で開示することが民事訴訟法三一二条一号の前示の立法趣旨に照らし、当事者間の公平をはかるために必要であるというべきであつて、根拠に乏しい申告者の秘密漏泄(本件で選定同業者が二名にすぎないのは、被告が酒類仕入金額の範囲を定めるなど種々の条件を付して選定を行つたためであるから、右の同業者数が少ないからといつて、北税務署管内の曽根崎新地を除く地域の同業者数が少数で特定が容易であるということにはならない。)を理由に文書提出義務を否定する被告の主張は採用し難い。

したがつて、本件青色申告決算書の提出を求める申立は、前記のような申告者の特定に資する固有名詞を削除した写の提出を求める限度で理由があるが、その余の申立は理由がない。

三証拠としての必要性について

本件青色申告決算書(写)の証拠としての必要性の判断は、本案事件の審理と密接に関連し、受訴裁判所の裁量に属するものであるところ、被告のこの点に関する主張に照らし考えても、右文書が証拠としての必要性を欠くものということはできない。

むしろ、本件のような推計課税の合理性、これを担保するために必要な同業者とされたものの業態、事業規模等の原告との類似性が争点となつている事案の審理にあたつては、被告がその重要な一部を引用している本件青色申告決算書に記載されている従業員数、経費の概要、月別売上金額の推移等が重要な意味を持つ場合も少くないと考えられること、また推計の基礎となる同業者の所得金額等の正確性についても青色申告決算書が最も的確な証明資料であることなどを考慮すると、その証拠としての必要性は高いというべきである。

四よつて、本件文書提出命令申立は、被告の選定にかかる同業者A及びBの各昭和五三年分ないし昭和五五年分の青色申告決算書写(申告者、税理士の住所・氏名・電話番号、事業所の名称・所在地、従業員の氏名等の固有名詞を削除したもの)の提出を求める限度でこれを認容し、その余の申立を却下することとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官山本矩夫 裁判官及川憲夫 裁判官村岡 寛)

別  紙(一)

第一、証すべき事実

推計課税の不合理性――被告が同業者として選定したA・Bと原告との営業形態が異なる事実

第二、文書の表示及び文書の趣旨

A・B各作成に係る北税務署長宛昭和五三年分乃至同五五年分各「青色申告決算書」

第三、文書の所持者

被告

第四、文書提出義務の原因

民事訴訟法第三一二条第一号

(訴訟において引用したる文書)

第五、「青色申告決算書」が「訴訟ニ於テ引用シタル文書」に該当する理由

一、文書提出義務の制度的趣旨

文書提出義務は、当該訴訟において、争点となつている事実に関し、文書を証拠方法として使用することを可能とし、事実の認定を適正にし、もつて裁判制度の適切な運用の基礎とするべく公法上の義務としてこれを規定したものである。

すなわち、民訴法三一二条一号で当事者がみずから引用した文書について提出義務を認めたのは、もつぱら訴訟において当事者は実質的に平等であらねばならないという基本的要請に基づくものであり、当事者が訴訟においてその所持する文書をみずから引用して自己の主張の根拠としながら、その提出を拒否するのは当該訴訟における相手方の防禦権を侵害するばかりでなく、訴訟における信義誠実の原則に反し、文書を引用してなした相手方の主張が真実であるとの心証を一方的に形成せしめ適正な裁判を誤らしめる危険さえ包蔵しているのでこれを相手方の批判にさらすことが採証法則上公正であると考えられたからである。

民訴法三一二条の趣旨をかように解すれば、当事者間の公平をはかり、裁判の適正を期するため、訴訟上引用され主張の根拠とされた文書について裁判上これを顕出して事実認定の基礎とすることを拒む当事者に対しては、本条項の許すかぎり速やかに本条に基づく命令が発せられなければならない。

二、「青色申告決算書」は、被告北税務署の準備書面に既に引用されており訴訟に引用された文書である。

当事者が準備書面に文書を引用したときは、後日、これを裁判上主張することを予告するものであるから、すでにこの段階において「訴訟ニ於テ引用シタル」ことになると解すべきであつて、右は、通説となつているところ(註解民事訴訟法(5)一九五)、被告北税務署は、昭和五九年一一月二一日付準備書面において、A・Bが北税務署長に対し提出した「青色申告決算書」が現に存することを引用し被告北税務署の主張する推計課税の基礎となる金額は、右「青色申告決算書」に記載された金額に基づいて算出されたものであることを弁論しており、「青色申告決算書」は、まさしく、「訴訟ニ於テ引用シタル文書」に該当するものである。

三、「訴訟ニ於テ引用シタル文書」とされるには、当該訴訟中で積極的に該文書の存在に言及されることを要するところ、被告北税務署は自ら主張する推計課税の数額が、先にも述べたように専ら「青色申告決算書」に記載された数字に依拠するものであることを認めており、該文書の存在を積極的に主張するものであつて、まさしく「訴訟ニ於テ引用シタル文書」に該当する。

四、ここに「引用シタル」とは、文書を証拠として援用する意思をもつていたか否かは問わず、その存在を引用すれば足りると解すべきところ(東京高決昭四〇・五・二〇判夕一七八―一四七)、本件「青色申告決算書」は、被告北税務署において、その存在を引用しており、ここに「引用シタル」文書に該当する。

すなわち、当事者の主張が、訴訟上引用された文書に基づくものであるときは、その根拠となつた文書を裁判所に顕出し、もつて、主張自体の正当性が検証されることこそが、裁判の適正を期することとなるのであり、民訴法三一二条の趣旨にも適うものである。

五、民訴法三一二条一号の当事者がみずから引用した文書については、証言拒絶に関する民訴法二七二条、二八〇条、二八一条の規定は類推適用されず、たとえ守秘義務のあるものであつても提出義務は免除されないと解すべきである(名古屋高決昭五二・二・三判時八五四―六八)。

すなわち、当事者が訴訟においてその所持する文書をみずから引用して自己の主張の根拠としながら、秘密の保持を要請されているからといつてその提出を拒否するのは当該訴訟における相手方の防禦権を侵害するばかりでなく、訴訟における信義誠実の原則に反し、適正な裁判を誤らしめることとなり、民訴法三一二条の趣旨に明らかに反する結果となる。

むしろ、秘密の保持を要請されている内容の文書であるにもかかわらずこれを訴訟維持のために敢えてみずからの主張の根拠にした当事者は、該文書についての守秘義務を遵守せず、それによつて得られる秘密保持の利益を放棄したものとみなされるべきであつて、守秘義務をもつて、提出義務を免れることはできない。

六、文書提出の必要性

1. 推計課税における推計の合理性は同業者として選定された業者と被課税者との営業形態の類似性によつて担保される。

しかるに、推計課税を課したことの不当性が訴訟上争われ、これに対し税務署側が推計課税の根拠として「同業者」を選定し、当該業者の青色申告決算書に基づいて推計課税したものの、当該業者の営業形態と被課税者のそれとは似て全く否なることが明らかにされたケースが多々あつた(証甲第一号証乃至同甲第三号証)。

そして、それらの異同を明らかにするための拠り所となつてきたのが、「青色申告決算書」である。

こうした事情に照らしても被告北税務署の主張自体の正当性を検証するうえでA・Bの各「青色申告決算書」は、欠くことはできず、速やかに裁判所に顕出される必要がある。

2. ことに、原告は一般の「スナック兼喫茶業」と比較すれば例えば、自己消費量の点等においてその営業形態を全く異にしており、同業者として選定されたA・Bと原告との営業形態の異同が、訴訟上明らかにされる必要があるが「青色申告決算書」には、自己消費量に係る事項も記載されており、該事項を対比し、そのうえで、推計課税の合理性が判断されなければならない。そのためにも、A・Bの各「青色申告決算書」は当法廷に顕出される必要がある。

以上、詳述したごとくA・Bの「青色申告決算書」は被告北税務署が「訴訟ニ於テ引用シタル文書」であり、当事者間の公平と裁判の適正を期するうえで欠くべからざる文書であるので、速やかに文書提出命令を発せられたく本申立に及ぶ次第である。

別  紙(二)

第一、被告の意見に対する反論

一、推計課税が適法であるためには、推計方法が合理的でなければならない。それには、推計の方法の合理性と推計の基礎とした資料の選択の合理性の二点が求められる。原告が本件文書提出命令を申立たのは右の基礎資料の選択の合理性さらには資料の正確性を担保するためである。

二、被告は守秘義務(その実定法上の根拠は国公法一〇〇条、所得税法二四三条であろう)を理由にしている。

しかし、これらの規定は法律上の手続に従つて開示することまでも絶対に禁止しているものとは解されないことはいうまでもない。従つて、訴訟上の証拠とするために開示することもできる。

被告は、民訴法二七二条の類推を主張しているが、その規定は極めて例外的な位置にあり、安易な類推適用は避けるべきであり、準用する旨の明文がない以上、類推適用できないというべきである。

被告は、本件においては推計課税の根拠として、青色申告書に基づくことを主張しており、これは民訴法三一二条一号にいう当事者が訴訟において引用した文書を自ら所持するときに該当する。このような文書に該当する場合は、民訴法二七二条は類推適用されず、守秘義務を理由としてその提出義務を免れないものである。けだし、民訴法三一二条一号の趣旨は、訴訟における当事者の実質的平等を実現することにあり、本件の如く自らの主張の根拠にしておきながら提出を拒否するのは、同業者の存在、営業規模、内容、立地条件等類似性に関する原告の反証を不可能にするものであつて、訴訟における信義則の面からも許されないからである。原告の批判にさらすことが公正な採証法則である。

三、被告は守秘義務に関して、同業者の匿名性の確保がその要諦であるので、氏名住所その他の固有名詞を削除した青色決算書を提出することは守秘義務に反しないと判断していたが、それでも申告者の特定が可能になる場合があるので守秘義務違反のおそれがあるという。

しかし特定が可能というが、その主張はあいまいなもので何の根拠もない。そのうえ、本件では特定のおそれが高いと一方的にきめつけている。原告は訴訟の公正な判断に資するために青色申告決算書の提出を求めているのである。被告があたかも原告が申告者を特定することを意図しているように言うのは、不当ないいがかりである。

青色申告決算書の情報内容には業態の類似性を判断する上で不可欠なものがある。例えば被告が例にあげる従業員、専従者の年令、償却資産の内容等は、営業の規模などである。被告は従業員、専従者の年令、償却資産の内容等から特定可能というが、私人がそのような調査をすることは極めて困難であり、あり得ないことである(そもそも、原告の業態が昼は喫茶、夜はスナックという設定自体が調査年の原告の内容と大きく違つているのである)。

四 本件文書の必要性に関しては、後に述べるとおりである。

これに関して、原告が同業者を特定し、それに対する調査によつて業態の些細な相異を指摘して推計の合理性を争うことにあると断じるのは不当ないいがかりである。従来の訴訟において、青色申告の決算書の記載から、原告との類似性について疑問の生じるところを指摘しており、その結果、推計を維持できなかつた事例も多い。

被告は推計課税訴訟の審理のあり方からしても、被告が主張する業態の類似要件で推計が合理的であるか否かがまず判断されるべきであるという。しかし、推計の合理性を判断する上で、同業者の選定基準たる同業者の類似性と資料の正確性、さらに選定過程の合理性が検討されなければならない。その検討に青色申告の決算書が不可欠であると原告は主張しているのである。

原告の主張が業態の些細な相異であるというのは独断である。

第二 本件文書提出の必要性について

原告の文書提出の必要性に関して昭和六〇年四月三〇日準備書面と文書提出命令の申立書に記載した通りであるが、再度、本書面にて追加整理して主張する。

一、原告は同業者A・Bが原告と営業規模、形態において類似している業者か否か客観的資料に基づいて検討することが出来ない。

即ち、被告は当該係争年度において「喫茶スナック業」を営んでいる業者を選定していると主張しているが、本件の如き業種では青色決算書の記載されている「業種名」あるいは「売り上げの推移」、「従業員の構成状況」(年令・パートか否か等)、「専従者が何名従事しているか」(甲三号証の二参照)等は、営業規模、形態を判断するうえで極めて重要である。しかるに、青色決算書あるいはその写しを提出されないのでは右の点を検討することができない。

例えば甲三号証の一の書面は、御庁昭和五七年(行ウ)第一〇六、一〇七号事件でのことであるが、原告代理人関戸が大阪国税局の担当者に対して、甲三号証の二の年令二二才の従業員の給料賃金は年間五九万六〇〇〇円の給与ということは、月額六万程度しかもらつていないことになるがこれはフルタイムの従業員ではなくアルバイトではないかと反対尋問をしたところ、甲第三号証の一のように右事実を認めて、被告主張金額を変更したものである。もし、青色決算書の写しが被告より提出されていなかつたら、原告は被告に反論することすらできず、被告側はそのまま従前の主張を継続していたことは、明らかである。右の外にも、喫茶、軽食、スナックの業者の例で、被告側より同業者として提出された青色決算書の裏面の給料賃金の内訳の欄に「ホステス」との記載があつた。従業員を「ホステス」と呼称している業者と言えば、主として「スナック」主体業者であることは明らかであり、喫茶、軽食主体の原告の同業者としては、裁判所は認定しなかつたのである(昭和五七年(行ウ)第一、二、三号、甲第一号証の事件)。以上の事件はいずれも御庁第二民事部に係属した事件であり、従前の第二民事部後藤裁判長は、右事実を直接現認された裁判官として、本件においても被告に強く青色決算書の写しの提出を、事実上勧告され続けていたのである。

二、被告の担当者が同業者の青色決算書から転記するに当たり、正確になされているかどうかの判断のしようがない。

この点についても後藤裁判長は、裁判所としても数値の検算が出来ない。過去に数値が誤つていたことがあつた、と被告に指摘され続けたことである。

三、原告は、本件の最大の争点である自家消費量延いては原価率の当否を検討することが出来ない。

本件では、原告はその営業形態、経営姿勢から自家消費量が極めて多い。被告は、原告の売上を推計するに当たり、仕入れ金額から原価率を除して売上を算出している訳であるから、通常の販売として消費した場合と、原告が自家消費をした場合と明らかに売上金額は差が発生する。自家消費量が極く少なければ問題とするに足りないかもしれないが、原告のように月額四万円以上、仕入金額の一七%も存在するケースでは、右のような同業者の原価率を用いて売上を推計することは、全く合理性を欠くと言わざるを得ない。故にその点を明らかにするうえでも本件青色決算書が必要である。

四、青色決算書(あるいはその写し)を提出しないことは、詐欺的訴訟追行である。

被告が、青色決算書を未提出のまま通達に回答するという被告の作成文書のみで立証することは、単に証明力の問題ではない。先にも述べたように被告は、国税を徴収する機関として、国民の納得のいく方法で行う義務がある。これは同時に憲法三一条の要請するところでもある。しかるに、今日のように青色決算書を未提出のまま訴訟を追行することは、原告の適切な反証の機会を奪うと共に裁判所に対しても、先に述べたような判断を誤らせてしまう詐欺的な訴訟追行と言わざるを得ない。従つて本件のような訴訟追行の仕方は信義則上も決して是認されるべきではないと考える。

以上の次第であるから、速やかに青色決算書の提出を被告に命ぜられるよう申立する次第である。

別  紙(三)

一 職務上の秘密(守秘義務)による提出義務の不存在

1 職務上の秘密と文書提出義務

民訴法二七二条は、公務員を証人として職務上の秘密につき尋問するには監督官庁の承認が必要であると規定しているが、これは右秘密を公表することによつて国家利益または公共の福祉に重大な損失、重大な不利益を及ぼすことになるところ、これを公表することの当否の判断は、その利害得失を最もよく知つている監督官庁に委ねるのがもつとも合理的であるとの趣旨に出たものであるから、同条の趣旨は職務上の秘密に関する文書の提出についても類推すべきである(東京高等裁判所昭和四四年一〇月一五日決定・判例時報五七三号二〇ページ、名古屋地方裁判所昭和五一年一月三〇日決定・判例時報八二二号四四ページ等)。

2 青色申告決算書の提出と守秘義務

(一) 課税庁は、所得税賦課の必要上、納税者の所得金額算定の基礎資料の提出を受けているが、これらの資料は納税者の営業上の秘密やプライバシーに関するものであるから、税務職員は、それを他の用途に用いることにより、納税者の営業上の秘密、プライバシーが侵害されることのないように細心の注意を払うべき義務(守秘義務)を負われている。

(二) ところで、納税者の帳簿等の資料備付の不充分、税務調査非協力等により課税庁として所得金額を推計して更正、決定をするほかない場合があり、しかも、その推計方法として納税者と業種、業態等の類似するいわゆる同業者の売上原価率、所得率等(同業者率)によることが合理的であることが少なくない。このような場合に、右同業者率を把握、算定するには、納税者の事業地の近隣地域の同種事業者の中から営業規模その他の業態の類似する者を調査、発見してその同業者の所得金額計算の基礎数値に基づいて行うことが必要となるが、その資料としては、数値その他の資料としての正確性からしても、また調査の容易性からしても、通例は各税務署長が青色申告者から提出を受けて保管している青色申告決算書を用いることになるのであり、この意味で青色申告決算書は、課税庁が、推計課税を行なうに当たつての第一級の資料であり、多くの事案においては、これを利用することなく合理的に所得金額を推計することは、きわめて困難である。

(三) しかし、一方、右のようなやむをえない事情により、青色申告者の青色申告決算書を利用して同業者率を算定し、そのための基礎数値を公表することは、各申告者の営業上の秘密やプライバシーを侵害することにつながる危険性を包蔵するものであり、税務職員は、守秘義務遵守の立場からその利用に当たり、その危険性が現実化しないよう細心の注意をする職責があるが、その際の要諦は、同業者(青色申告者)の匿名性の確保である。すなわち、所得計算の基礎数値等の申告内容が公表されても、その申告者が誰であるかが特定されないかぎり、営業上の秘密やプライバシーの侵害は生じないのである。

(四) 被告を含む国税当局は、このような見地から、更正処分取消訴訟等の税務訴訟において、同業者率の正確性とその適用の正当性との立証として、申告者の氏名、住所その他の固有名詞を削除した青色申告決算書の写し(機械コピー)を書証として提出したことがあつたが、それは、右削除措置により同業者の匿名性は維持できるから、守秘義務に反することにはならないとの判断に基づくものであつた。しかし、青色申告決算書には、税務署長側が立証しようとする事項以外にも沢山な情報内容が記載されているため、例えば、従業員・専従者の年令、償却資産の内容等から、あるいは、申告書自体の筆跡から申告者の特定が可能になる場合があり、現に、具体的訴訟事件において原告側が、申告書写しに基づく調査で申告者を特定しえたと主張する事例が大阪国税局管内でも相当数にのぼり(もちろん、ここでは、右特定が客観的事実に符合しているか否かを問題にしているのではない。)しかも、その同業者と名指された者が、原告側からその事業内容等につき調査されたりして困惑するという事態が生じるに至つた。右のような事態は、申告者の住所、氏名等を削除してもその匿名性が維持できないことが少なくないこと、そして、課税庁が右のような形で青色申告決算書写を書証として提出することは守秘義務に違反するおそれがあることを示すものである。

(五) そこで、課税庁としては、右のような守秘義務違反になるおそれがなく、しかも、同業者率の正確性、その適用の正当性の立証として必要かつ充分な書証として、大阪国税局長の発した一般通達に基づき、青色申告者のうち選定条件を充足する者、あるいは指名された者の決算項目中、売上金額、売上原価、一般経費等の同業者率算定に必要な数値を各税務署長が調査、報告した文書を提出することを原則とするに至つたものである。

3 本件の場合

(一) 本件においても、被告は一定の選定基準を設定のうえで大阪国税局長が指名した青色申告者二名の売上金額、売上原価、一般経費、特別経費等を被告が調査、報告した文書を乙第四号証として提出したのである。そして、本件においては原告の業態が昼は喫茶業、夜はスナック業を営んでいる等の点で特殊性があり、同業者選定にあたつても青色申告決算書だけでは業態の類似性の有無を判断できないため、同業者調査の結果に基づいて同業者の類似性を確認して指名方式の通達がなされたのであり、その選定基準(被告第二準備書面二1)が厳格なもので、しかも、これに該当して指名された者が二名にすぎず僅少であつたことからみても、被告として申告者の匿名性維持には特に細心の注意を払う必要がある場合なのである。

(二) したがつて、本件において青色申告決算書を提出することは、前記決算書提出の一般的問題の他に、右のような特殊事情も加わつて、仮に、申告者の氏名、住所等を削除したとしても、その申告者の指名が特定されるおそれは、きわめて髙く、このような場合において、この文書を提出することが、税務職員である被告に課された守秘義務に違反するものであることは明らかであり、被告は、民訴法二七二条、二八一条一項一号の趣旨を類推して、本件文書の提出義務を免れるものというべきである。

二 本件文書の証拠としての必要性

1 被告は、第五準備書面において同業者の青色申告決算書第一表の記載事項を明らかにしたが、その趣旨は、原告がその業態の特殊性を種々主張し、同業者の業態との比較の必要があるとして、決算書提出を執拗に求めるため、被告としては、その必要性自体が疑問ではあつたが、一般経費課目の詳細を知ることが原告側の防禦上の便宜になることも絶無ではないのを考慮し、かつ、守秘義務とのぎりぎりの調和をも考えて、決算書自体は提出するつもりがないことをかさねて明らかにしたうえ、前記の記載事項を明らかにしたのである。

2 推計課税事件において、推計の合理性に関しては被告側に立証責任があるとされているところ、右の経過からも明白なように、被告としては、推計の合理性、とくに原告と同業者との業態の類似性については、乙第三、第四号証の提出及び証人鈴木慶昭による同業者選定経緯等の立証で十分であると考えるものであり、しかも、これを争う原告としても、前記のとおり青色申告決算書の提出だけでは、業態の非類似性を証するものとはなりがたいことは明らかである。このような事情がありながらなお決算書提出に固執する原告の意図は、その提出により同業者を特定し、その同業者に対する調査によつて、業態の些細な相異を指摘して推計の合理性を争うことにあると断ぜざるをえず、同業者の特定のために必要であるというのは、前記守秘義務との関連をしばらく措くとしても、提出命令の要件たる証拠としての必要性に該当しないというべきであり、また、推計課税訴訟の審理のあり方からしても、被告が主張する業態の類似要件で推計が合理的であるか否かがまず判断されるべきなのであり、それが肯定される以上、原告が主張する業態の些細な相異については判断の必要がないというべきであるから、この意味でも、本件文書は証拠としての必要性は否定されるべきである。

別  紙(四)

原告の本件申立ては、理由がないから速やかに却下されるべきであることは、昭和六一年二月一九日付け文書提出命令申立てに対する意見書において述べたとおりであるが、さらに、次のとおり補足する。

一 本件申立てにかかる文書が、民事訴訟法三一二条一号所定の「訴訟ニ於テ引用シタル文書」に該当しないことについて

1 右条号が、当事者が引用した文書について、その当事者に提出義務を課している趣旨は、当該文書を所持する当事者においてその存在を主張し裁判所に自己の主張が真実であることの心証を一方的に形成される危険を避けるため、当該文書を相手方の批判にさらすのが公正であるという考慮に基づくものであると解される。そうすると、同条号所定の「訴訟ニ於テ引用シタル文書」とは、当事者の一方が、訴訟において立証それ自体のためにする場合だけに限られず、その主張を明確にするために、文書の存在について、具体的、自発的に言及し、かつ、その存在・内容を積極的に引用した場合における文書を指すものと解するべきである(大阪高裁昭和六〇年七月一日決定、神戸地裁同年四月一八日決定)。

2 これを本件についてみるに、原告は、本件文書提出命令申立書第五、二において、本件文書は、昭和五九年一一月二一日付け被告第二準備書面に引用されており訴訟に引用された文書である旨主張する。

しかしながら、右準備書面には、二、1における同業者選定基準の(三)として「青色申告書を提出していること。」(以下「1部分」という。)及び同項2において「かつ同業者率算定の基礎とした資料は、右同業者が北税務署に提出した青色申告決算書に記載している金額であり……」(以下「2部分」という。)の二か所において青色申告書又は青色申告決算書という言葉を用いて主張しているのみであり、右「1部分」は、類似同業者を選出するための母体として、「確定申告をした者のうち青色申告をした者」すなわち、「青色申告者」に限定するという意味で青色申告書という言葉を用いて一般的概括的に主張したものであり、それ以上に本件申立てにかかる青色申告書の存在について具体的、自発的に言及し、かつ、その存在・内容を積極的に引用したものとは到底いえない。また、右「2部分」における青色申告決算書という言葉も、その主張の趣旨内容からみて同業者選定基準に基づき選定された同業者の青色申告決算書に限定して用いていることは明らかであり、到底訴訟において引用したる文書という余地はない。

3 なお、被告は、昭和六〇年六月四日付け第五準備書面において、「同業者青色申告決算書一表記載額一覧表」と題する別表を添付しているが、被告は、同準備書面の記載から明らかなとおり、終始青色申告書の提出をするつもりがない旨主張」、かつ、推計の合理性を判断するのに必要な事項は、同業者調査表(乙第三号証及び同四号証)に記載されている旨主張したのであるが、昭和六〇年四月三〇日本件第六回口頭弁論期日において、裁判所からの「同業者の決算書を提出できなければ、決算書の内容を準備書面で明らかにするよう検討されたい。」旨の事実上の勧告があつたことを勘案し、右準備書面記載のとおり、特に別表を添付したものであり、被告において、本件申立てにかかる青色申告書の存在について具体的、自発的に言及し、かつ、その存在・内容を積極的に引用したものでは決してない。

二 原告の昭和六一年四月一〇日付け準備書面(文書提出命令に対する意見)第一、三について

原告は、私人が、従業員、専従者の年令、償却資産の内容等から同業者を特定することは不可能というが、本件のごとく同業者を原告と同一の行政区のうち超繁華街を除くという極めて小範囲から求め、しかも、わずかに二名の同業者しか存在しないという場合には、従業員の数、専従者の年令のみでもその特定は容易であるといえるのであつて、過去の実例にかんがみ、例え一部でも守秘義務を犯す危険性が存在する限り情報の公開は不可能で、国公法一〇〇条、所得税法二四三条から提出できないというべきである。

三 右準備書面第二、一について

原告は、別件昭和五七年(行ウ)第一ないし三号事件は、同業者の青色申告決算書が提出されていたため、これを基に裁判所が、当該原告と類似する同業者と認定しなかつた事例であると主張するが同事件の判示は「一般に、同業者率による推計の方法が、その平均値をもとにした推計である場合には、原則として、各同業者間及びそれと本人との間に通常存在する程度の営業条件の差異はあつても、それは、各同業者率の平均値をとることによつて捨象されるべきであり、特に、営業条件の差異が平均値による推計自体を不合理ならしめる程度に顕著なものであることにおいて、原告がその主張、立証をしない限りその営業条件の差異によつて推計の合理性はないとすることができないと考えるべきである。」(御庁第二民事部昭和五九年一一月三〇日判決=同判決三〇丁表三行目から一二行目まで。)としているのであつて、原告の主張は失当である。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例