大阪地方裁判所 昭和61年(ヨ)5381号 1988年6月29日
申請人
寺田喜昭
右代理人弁護士
岡田隆芳
被申請人
新三菱タクシー株式会社(旧商号 信興太陽株式会社)
右代表者代表取締役
中村時雄
右代理人弁護士
川見公直
同
浜田行正
同
浦田萬里
同
馬場久枝
主文
一 本件仮処分申請をいずれも却下する。
二 申請費用は申請人の負担とする。
理由
第一当事者の求めた裁判
一 申請の趣旨
1 被申請人は申請人を従業員として仮に取り扱え。
2 被申請人は申請人に対し昭和六一年一一月二五日から本案判決確定に至るまで毎月二八日限り一か月金二九万〇二二一円の金員を仮に支払え。
二 申請の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二当裁判所の判断
一 被申請人が肩書地に本拠をおきタクシー業をなしている会社であり、申請人が昭和五二年四月に被申請人会社に入社し、タクシー運転手として業務についていたことは当事者間に争いがない。
二 被申請人が昭和六一年一一月二五日申請人に対し懲戒解雇する旨申し向け、翌二六日組合にその旨申し入れたことは当事者間に争いがなく、疎明資料によれば、解雇理由は、申請人が同月二二日被申請人会社内事務所において同社の経理担当次長中村英明(以下、中村次長という。)に対し、上司の制止行為を無視して、暴言、暴行をなし、傷害を与え、事業場の秩序を乱したので、就業規則九三条七号、一一号、三二号に該当するとしたものであることが一応認められる。
三 当事者間に争いのない事実及び疎明資料によれば、次の事実が一応認められる。
1 被申請人会社では、毎年四月から翌年三月までの一年間の従業員の出勤日、公休日を出番表で定めており、公休日を出勤日に振替える場合は、勤怠変更指示表に記載して該当勤務日より五日以内に提出すること、また、有給休暇をとる場合も三日前に届出をなすことが必要で、当日の届出の場合は届出欠勤扱いとなる。経理事務は、毎月二一日から翌月二〇日までが一サイクルになっており、二〇日が締切で二八日が給料の支給日となっている。
右出番表によると、申請人は、昭和六一年九月二八日は公休日であったが、実際には公休出勤をしており、同年一〇月五日は出勤日であったにもかかわらず、届出欠勤をしていた。毎日の申請人の稼動については、毎日コンピューターに入力されている。
2 申請人は、同年一〇月二〇日締切の少し前に、被申請人会社の労務担当課長鎌倉吾一(以下、鎌倉課長という。)と共に中村次長のいる経理事務所(二階)へあがって行き、中村次長に「九月二八日分の公休出勤を本番乗務(所定労働日の労働)にしてくれ。」と依頼した。中村次長は、従業員の労務については何もわからなかったが、労務担当課長同行の上であるから、正当性があるものと考えて了承し、経理コンピューター担当者に本来の勤怠変更指示表によらず電話で申請人の九月二八日の公休出勤を本番乗務にするよう指示した。
3 一〇月二〇日に集計を締切り、二一日に申請人の個人別集計票が作成された。そして、一〇月二八日に営業事務所で申請人やその他の者に給与が支給された。翌二九日になって、申請人から「給与明細表に届欠が一日ある。」との申入れがなされた。届出欠勤扱いになると、勤怠控除として、一回五〇〇円のマイナス扱いになるため、申請人は「届欠をとりあえず消してくれ、五〇〇円については来月清算してくれればよい。明細表が欲しい。」とのことであった。中村次長は、一応申請人のいうとおり勤怠欄の届欠日を公休日にするよう勤怠変更指示表でコンピューター係に指示した。
4 約一週間後に中村次長は申請人に二度目の明細表を渡した。その二、三日後に申請人から「出勤日数が少ない。」との抗議がなされた。そのため中村次長が再度確認したところ、九月二八日について、本番乗務に訂正されていたが、勤怠欄のみ公休扱いとなっていたため、出勤日数が一日減となっていた。しかし、申請人には金額的には実害はなかった。そして、一週間後に、申請人は鎌倉課長を通じて明細表を要求した。そこで中村次長は、明細表を作成するため、コンピューターの係に連絡し、申請人の勤怠欄のみ訂正依頼したが、コンピューター操作で申請人の欄のみ取出して入力していったため誤作用をおこし、出勤日数、給与等は正しく記されたものの営業収入の欄がコンピューターミスにより、誤った数字が示された。中村次長は、その点を見落したまま明細表を申請人に渡した。申請人は、一一月二一日に鎌倉課長に「こんどの明細は営収が違っている。これは内緒にしとけよ。おれが話をつけるから。」と述べていた。
5 一一月二二日午後四時前頃、寺田の妻と名乗る女性から中村次長に電話があった。その内容は、「離婚の慰謝料出したると言われたのですか。」等とわけのわからない話であったが、中村次長はその少し前に鎌倉課長から明細表の誤りのことを聞いていたので、その件だと思い、「給料明細の間違ったことについてはいつでも証明しますし、訂正もします。」旨、返答した。
6 その約一〇分後に、申請人は、経理事務所に上がって行き、中村次長が「給料明細の件については何回も間違って悪かったな。」と陳謝したにもかかわらず、「謝ってすむと思うてんのか。女房に電話したら泣いとるやないか。俺の信用どないしてくれるねん。離婚もせんならんかもわからんし、五〇〇万円借りる予定が駄目になった。どない始末してくれるんや。」等と大声で努鳴りながら、そばの机上の書類を持ち上げて投げ降ろす等の行為をして威嚇した。あまりの怒声、態度に中村次長のそばにいた女子事務員が顔面蒼白となって、約五〇メートル離れた営業事務所に人を呼びに行った程である。同事務員は、営業事務所にいた所長能勢徹(以下、能勢所長という。)に対し、「寺田が二階でものすごいけんまくで暴れているので、すぐ来て下さい。」と言った。そのため能勢所長が急いで経理事務所に上がって行き、申請人をなだめて、やっと申請人、中村次長、能勢所長共で営業事務所へ移動した。同所で三人共ソファーに座ってから、能勢所長が、「君の上司は私だ。経理の間違いも最終的には私の責任だから私に話をしてくれ。」と申請人に申し向けたにもかかわらず、申請人は、執拗に中村次長に対し、従前経理事務所で言った言葉に加えて、「後始末に一筆書け。姫路まで一緒に行って謝れ。五人ほど雁首そろえて待っているから。素直に謝ってすむ相手と違うぞ。」と言って同人を威迫し続けた。そこで、能勢所長がその場をおさめようと「詫び状は考える。」と言い、申請人は一時退席した。中村次長は詫び状を書かなければならないと判断したものの、もとはといえば、申請人がそもそも公休日や届欠を正式の手続をふまずに変更したために起きた給与明細ミスだからそれについて会社の詫び状は書けないと考え、中村次長個人の詫び状(寺田喜昭殿、六一年一〇月分の貴殿給料明細表について、当方の計算に誤りがありました事を陳謝いたします。なお、訂正後は別紙のとおりで相違ありませんのでご了解方お願いいたします。信興太陽 経理担当 中村英明 印)を書き、午後六時頃再び営業事務所にもどってきた申請人に所長と二人で詫びながら、それを手渡した。
しかし、申請人は、その詫び状についても、「下欄に株式会社との記入がない。中村次長の住所が書いていない。」等と執拗に文句を言いつづけ、中村次長がやむなく右詫び状の会社名「信興太陽」との記載の後に「株式会社」を記入すると、申請人は、「その分だけインクの色が違うから書き直せ。」と言い、さらに、「給与明細を何回も間違えたのに、全責任をとると書いていない。おとしまえをつけたる。」等執拗に、長時間にわたって中村次長に言い続けた。その場には、申請人、能勢所長、中村次長の三人が居り、営業事務所内奥ソファで坐っていたが、余りの申請人の見幕と執拗さに中村次長はだんだん立ち上がって、同人と能勢所長が逃げ腰になり、しだいに三人共に場所を移動し、ソファの横の机をへだてて中村次長と申請人が相対し、その間に能勢所長が立っていた。
中村次長としては、給与明細表について間違ったことについては謝り、詫び状まで書いている以上、全責任をとれということは無理難題であって、返答しようがないため沈黙を続けざるをえなかった。中村次長が沈黙していたため、申請人は、ますます興奮して、いきなり相対していた机をまわり込んで、中村次長のネクタイの一本、短い方を強くひっぱり同人の首を締めつけた。驚いた中村次長が首を締めつけられて苦しいため、申請人の手を払いのけて、すぐにネクタイをはずしたところ、さらに申請人は、中村次長のワイシャツの襟首を両手でつかんで引っ張りあげる暴行に及んだ。そのときは、突差に能勢所長が中に入って止め、「暴力はするな。事務所から出て行け。」と努鳴りながら命令したので、申請人は一旦手を離した。
そこで、中村次長はこのままではおさまらないと考え、詫び状を再び書きなおすため経理室にもどった際、女子事務員に「殺されそうになった。」と話したところ、同事務員に「首がまっ赤になっている。」といわれた。中村次長は二枚目の詫び状を書いてまた営業事務所に行き、立ったままで、申請人に「これでええやろ。」と言って詫び状を渡した。申請人はまた前と同様に詫び状に文句をつけたりしたあと、「さあ姫路まで営業車でメーターを倒して行って、詫び入れてもらおうか。五人雁首そろえて待っとるから。」と言ったので中村次長はその必要はないと断わり、能勢所長も「行く必要はない。この詫び状で充分や。もしあかん時は言ってこい。」と言ったが、申請人はそれを聞きいれず、「姫路へ行こう。おとしまえをつけろ。」等とまたも中村次長を威嚇しはじめた。中村次長と能勢所長は営業事務所の一番奥の机の所へ逃げた。すると申請人は机の上に置いてあった算盤をつかんで、それを何度も小刻みに振りながら、「こら中村、おとしまえどないするんや。」等と言いながら、中村次長を殴りつける用意をしているような格好で、同人をにらんでいた。そこで能勢所長が申請人に対し暴行を制止しようとしたが、申請人は急に算盤を振り上げ、やにわに中村次長の顔面めがけて振り下ろした。中村次長は突差に顔を左斜め後方にそらしたためすんでのところで顔には当らなかったが、振り下した算盤の角が中村次長の右腹部に当り、同人は「痛い。」と言ってその場にしゃがみこんだ。その頃、事務所のカウンターの前に他の乗務員が出勤して来ていて、同人が申請人を無理に外へ連れ出そうとしていたが、申請人はなおも「家を無茶苦茶にされた者の気持がわかるか。お前の家も無茶苦茶にしてもうたる。他の者にマイクロバス一〇台用意させて行ったる。」等と捨て台詞を怒号しながら、午後七時頃ようやく前記乗務員と共に営業事務所を出て行った。
7 中村次長は、その場では緊張していたため、痛みはあまり感じていなかったが、締めつけられた首のまわりはその後もしばらく赤くなっていたし、右腹部の傷は翌日になってだんだんと内出血がひろがって、痛みはじめたため、二四日に医者に診察してもらったところ、通院五日間の腹部挫創と診断された。
8 中村次長は、申請人の右暴力につき、これを傷害事件として警察に告訴し、警察は右関係者の取調べをし、これを暴行事件として送検し、検察庁はこれを傷害事件としてさらに関係者の取調べをし、その捜査を継続している。
四 疎明資料によれば、被申請人会社の就業規則九三条には、諭旨解雇または懲戒解雇事由として、「刑事上の罪に問われ、懲戒解雇することが適当と認めたとき(七号)」、「事業場の内外を問わず、窃盗・暴行・脅迫・賭博等の不法行為をしたとき(一一号)」、業務上の指示・命令に不当に反抗して、事業場の秩序を乱したとき(三二号)」と規定されていることが認められる。
五 そこで、本件懲戒解雇の効力について検討する。
1 申請人は、中村次長に対して暴言、暴行をしたことはなく、傷害も因果関係がなく、就業規則に該当するような事実はない。仮に申請人の中村次長に対する行為が就業規則のいずれかに該当するとしても、それは被申請人会社の事務ミスにより申請人に損害を与えたことが原因であるから、それを理由に申請人を解雇することは解雇権の濫用である旨主張する。
申請人が、被申請人会社の事務所において、能勢所長の「君の上司は私だから、私に対して申出をするように。」等の命令やその他の制止行為にも従わず、これに不当に反抗して、中村次長に対し執拗に暴言、暴行をなし、また被申請人会社の事業場の秩序を乱したことは、前記認定のとおりであり、右事実は被申請人会社の就業規則九三条七号、一一号、三二号に該当するといえる。
ところで、疎明資料によれば、申請人は友人清村正夫から金を借りるについて真面目に働いている証拠として勤務先である被申請人会社の給料明細表の提出を求められたことが一応認められる。その給料明細表が被申請人会社の経理のミスにより一部間違っていたことは前記認定のとおりである。そして、疎明資料によれば、申請人は右友人から借金の申し入れを断わられたことが一応認められる。申請人作成の報告書では、友人清村が「出来たとき返済の約定で五〇〇万円貸してやろう。」と言ったとあり、申請人の審尋の結果速記録では、お互いに信用していたし、無利息で借りることになっていたとある。前記認定のとおり、給料明細表のミスは、届欠が一日あったこと、出勤日数が一日少なかったこと、営業収入が少し間違っていたことと三度あったけれども、そのミスの内容はいずれもそれほど大したものではなく、右ミスについては、中村次長が何度も謝罪し、詫び状も書き、能勢所長もその詫び状で不十分なときは言ってくれば更に十分な証明もするという趣旨の確約もしている。右詫び状によれば、給料明細表のミスは被申請人会社の責任であることがはっきりと証明されているというべく、申請人に責任がないことは明らかである。従って、右詫び状を友人清村に渡せばその点は納得してもらえるはずであるし、清村自身もその報告書で被申請人会社の「経理事務はずさん(でたらめ)だとつくづく思いました。」と、給料明細表のミスが会社の責任であり、申請人に落度はないことを認めているともとれる記載をしている。これらの事情からすれば、右のように相手方を信用し五〇〇万円もの金員を無利息でしかも出来たとき払いという好条件で貸そうとしていた者が申請人の責任でもない給料明細表のミスを理由に借金の申し入れを本当に断わるかどうか疑問であり、前記清村作成の報告書を斟酌しても、給料明細表のミスが真の原因で申請人が友人清村から借金の申し入れを断わられたという点については疎明が不十分であるといわざるを得ない。
また、前記認定の事実からすれば、給料明細表のミスが生じたのは、公休日の前後以外の振替は認められていないにもかかわらず、申請人が一週間もひらいた公休出勤と届出欠勤とを振替えさせようとして、既に入力されたコンピューターに後日になって正式の手続も踏まずになかば強引に変更させて自己の届欠を消そうとしたことか、その原因ともいえる。
これらの事情からすれば、申請人の中村次長に対する前記の「姫路まで一緒に行って謝れ。おとしまえをつけろ。」等の言動は理不尽な要求であるといわざるを得ないし、更に、前記認定のように、能勢所長の制止行為、命令等にも従わず、中村次長に対して執拗に個人攻撃に終始し、威迫の言動を続け、ネクタイをひっぱって同人の首を締めたり、ネクタイをはずした同人のワイシャツの襟首を両手でつかんで引っ張りあげる等の暴行を加え、逃げる同人を追いつめたうえ、算盤で同人の顔面に殴りかかり、これが咄嗟によけた同人の腹部に当り、通院五日間の腹部挫創の傷害を負わせたという申請人のこれら一連の行為は非常に悪質なものであるといわざるを得ない。
なお、申請人が友人に借金の申し入れを断わられ、それによってどの程度の損害を蒙ったかの点については疎明がない。
右にみたような本件事案の内容、情状等諸般の事情を総合勘案すれば、本件懲戒解雇はまことにやむを得ない処分というべきであって、懲戒権を濫用したということはできない。
2 申請人は、本件懲戒解雇は、申請人が被申請人会社の勤務及び給与体系の複雑さに反対し、その是正を要求していたことを嫌い、また従業員の同行会を結成したことを第二組合の結成と見てこれを嫌い、申請人を職場から追放することを狙ってなされたものであるから、不当労働行為として無効である旨主張する。
疎明資料によれば、申請人は組合員として、被申請人会社の勤務体系や給与体系が複雑で不公平な面があるとして、会社や組合に対して文句を言い、是正するよう求めたこともあったこと、申請人が従業員の同行会を結成し、その幹事となったことが一応認められるけれども、本件に顕れた疎明資料を検討しても、右のことを理由に被申請人会社が申請人を職場から追放しようとしていることを認めることはできないばかりか、前記のとおり、本件懲戒解雇の事由とされた申請人の暴行行為と就業規則適用の結果との間に相当性が認められる以上、申請人の不当労働行為の主張も理由がない。
3 右の理由により、申請人に対する本件懲戒解雇は有効であり、従って、本件仮処分申請はその被保全権利について疎明がないというべきである。
六 疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、申請人は本件解雇後は他のタクシー会社とか運送会社等で働いて収入を得ていたほか、現在はある運送会社に正式に雇用され、被申請人会社に雇用されていた当時と大差ない収入を得ており、扶養家族等も当時と変わらないことが一応認められる。右の事情によれば、申請人が本件仮処分申請で求めている金員の支払がなければ申請人の生活を維持してゆくことが困難であるとはいえない。申請人は右生活困難のほか社内立入りを妨害されて組合活動を行う上でも重大な支障が生じている旨主張するが、疎明資料を検討しても、その点についてはいまだ疎明があるとはいえない。結局、申請人には民訴法七六〇条に規定する「著シキ損害」が発生するとは認められないというほかなく、本件仮処分申請の必要性は存しないというべきである。
七 以上のとおり、本件仮処分申請は、その被保全権利及び保全の必要性について疎明がないというべきであり、保証を立てさせて疎明にかえることも相当ではないから、本件仮処分申請を失当として却下することとし、申請費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 横山敏夫)