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大阪地方裁判所 昭和61年(レ)145号 判決 1987年4月16日

控訴人 豊田吉亮

右訴訟代理人弁護士 北村巖

右同 北村春江

右同 古田子

被控訴人 岡田芳

右訴訟代理人弁護士 津乗宏通

主文

一  原判決を取消す。

二  被控訴人は、控訴人に対し、金四一万〇五二八円及びこれに対する昭和六〇年一二月一日から支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

主文同旨

二  控訴の趣旨に対する答弁

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  控訴人は被控訴人に対し、別紙物件目録(二)記載の土地を昭和二〇年頃から、別紙物件目録(三)記載の土地を昭和五〇年六月頃から、別紙物件目録(四)記載の土地を昭和五二年一一月頃からそれぞれ賃貸していた(以下別紙物件目録(二)ないし(四)の各土地をあわせて本件土地という)。

2  昭和五九年六月一八日、控訴人と被控訴人とは、右各賃貸借契約について、その内容をつぎのとおり変更することを合意した(以下本件契約という)。

(一) 賃貸借の目的 被控訴人が本件土地上に建設する鉄筋九階建建物の所有

(二) 賃貸期間 昭和五九年六月一八日から昭和八九年六月一七日までの三〇年間

(三) 賃料 本件土地をあわせて一か月金二三万四四〇〇円とし、毎月末に当月分を控訴人方に持参または送金して支払う。

ただし、(1) 昭和五九年一二月末日までは従来どおり一か月金一九万五三四〇円とする。(2) 本件土地について、固定資産税、都市計画税が増額されたときは、当該年の四月一日から右増額された金額を従来の賃料に加算した賃料を支払う。

3  本件土地について、固定資産税及び都市計画税の年税額は、昭和六〇年四月一日、金七九万四六四四円から金一四一万〇四四〇円に増額され、右増額された年税額を月額に換算すると金五万一三一六円となる。

4  被控訴人は、昭和六〇年四月以降の右増額分に相当する賃料を支払わず、同年一一月三〇日までの未払賃料は合計金四一万〇五二八円にのぼる。

5  よって控訴人は、被控訴人に対し、昭和六〇年四月一日から同年一一月三〇日までの未払賃料として金四一万〇五二八円及びこれに対する最終支払期日の翌日である昭和六〇年一二月一日から支払い済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  同1の事実は認める(ただし、借地契約面積を除く)。

2  同2の事実中、(三)(2)の特約(以下本件特約という)は否認する。その余はすべて認める(ただし契約成立の時期は昭和五九年六月二九日である)。

3  同3、4の各事実は認める。

4  同5の主張は争う。

三  被控訴人の主張

1  仮に、控訴人主張の本件特約の成立が認められたとしても、本件特約は、借地法一二条一項但書の趣旨に反し無効である。

すなわち、本件特約は、本件土地について、固定資産税、都市計画税が増額されたときは、右増額分を当然に値上げする旨の合意である。右但書の反対解釈から賃料を当然増額する特約は、借地権者に不利な特約であって、同法一一条により許されない。

2  また、仮に借地法が、同法に定める事由と同様の経済的事情の変動を理由とする合理的な内容の特約を許容しているとしても、本件特約は以下のとおり合理性がない。

固定資産税、都市計画税の決定時期は現在かならずしも一定せず、増加の率は年度により一様でないから借地人は、賃料増加の時期及び額を容易に知ることができず、場合によっては、知らないうちに債務不履行の状態に置かれることもありえる。本件特約を固定資産税、都市計画税の増加が判明すれば、当該年の四月一日にさかのぼって賃料が増額されるとすることも借地法一二条の趣旨から妥当でない。

さらに、固定資産税、都市計画税の増加は、地価の騰貴に起因することが少なくないとはいえ、課税方式の変更によっても行なわれることがあるのであるから、賃料の増加額を固定資産税、都市計画税の増額分とすることは、当事者の予期しない不当な結果を生じることとなる。

四  被控訴人の主張に対する反論

本件特約の趣旨は認め、無効であるとの主張は争う。

1  借地法の趣旨は、賃料の決定方法を限定したり、増額請求についての特約を禁止したりするものではない。賃料を自動改定する旨の特約は、借地法一二条に規定されているのと同様の経済的事情の変動を理由とする合理的なものであれば有効である。

2  固定資産税、都市計画税の増額分は、一般の賃料増額請求にあたり賃料決定に用いられるスライド方式または利回り方式のいずれによっても、当然に賃料に算入されるべきものであり、本件特約は、これを特別の意思表示によらず当然に増額されるものと定めた点に特殊性を有するだけである。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実中、借地契約面積を除く部分は当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、借地契約面積たる本件土地の面積は一五六・八九平方メートルであると認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

二  同2の事実について判断するに、《証拠省略》によれば、昭和五九年六月一八日に、本件特約を含む本件契約が成立した事実を認めることができる(ただし、本件特約及び成立年月日の点を除いて、右事実は、当事者間に争いはない)。

これに対し、成立に争いのない乙第二号証(昭和五九年六月二九日作成の公正証書)には、本件特約が欠落しており、また原審における被控訴人の供述中には、本件契約中に本件特約が含まれていたか否定的な部分もみうけられるが、原審における証人伊藤員義の証言によれば、本件契約締結後、控訴人の希望で、同内容の公正証書を作成することとなり、田中光男及び伊藤員義が、それぞれ控訴人、被控訴人の代理人として、乙第二号証を作成したが、その際手違いで本件特約の部分が脱落したにすぎないものであることが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はないから、乙第二号証の記載及び右被控訴人の供述部分は前記認定を左右するに足りず、ほかに前記認定を覆すに足りる証拠はない。

三  そこで、すすんで、本件特約の効力について判断する。

本件特約が、本件土地について、固定資産税、都市計画税が増額されたときは、右増額分を当然に賃料に加算する旨の特約であることは、当事者間に争いがない。

借地法一二条一項本文は、土地に対する公租公課の増減もしくは土地の価格の昂低により又は比隣地の地代もしくは借賃に比較して従前の賃料が不相当となった時に借地契約当事者に賃料の増減請求権を認め、同項但書は、不増額特約があるときにはこの限りでない旨規定している。これは、当事者の一方的意思表示により円滑に賃料額を改訂する方途を講じるとともに、改訂される賃料を、右経済的事情の変更の内容、程度に相応した合理的な限度内に制限しようという趣旨にでたものと解される。他方同法一一条は、右一二条一項の規定に反する特約を無効としていないから、一定の要件がある場合に賃料を当然値上げする旨の特約が、それだけでただちに借地権者に不利な特約として無効となるものとは解されず、その内容が、前記一二条一項の趣旨に反して、右経済的事情の変更がなくとも賃料を増額し、または右経済的事情の変更があっても賃料を減額しない旨のものであるとき、もしくは、増減される賃料の額または割合が、右経済的事情の変更の程度と著しく乖離れするような不合理なものであるときに限り無効となるものと解すべきである。

そこで、これを本件について検討するに、固定資産税及び都市計画税は、同法一二条一項本文に例示されている土地に対する租税にあたり、その増減のあった場合は、まさしく前記の経済的事情の変更があった場合に当たるということかでき、また本件特約による値上げ幅も固定資産税及び都市計画税の増額分と同額であって、これを率のうえでみても、昭和五九年六月一八日定められた従来の賃料月額金二三万四四〇〇円から同六〇年四月一日に同金二八万五七一六円へと、約二一・九パーセント増額されるにとどまるものであるから、経済的事情の変更の程度と著しく乖離するものとはいえず、結局本件特約は、借地法一二条一項の趣旨に反する不合理なものということはできず、有効であると解すべきである。

被控訴人は、賃料増額の時期及び額を容易に知ることができず、不知の間に債務不履行に陥ることになる旨主張するが、被控訴人が、右賃料増額の時期及び額を知らなかったために債務不履行になったからといって、そのことがただちに賃貸借契約の解除事由となるとは解せられず、本件特約が被控訴人に不当な負担を課すものとは認められない。また、被控訴人は、課税方式の変更があったときに、当事者の予期しない不当な結果を生じると主張するが、将来課税方式が変更される可能性があるというだけでは、ただちに本件特約を無効としなければならない程度に不当な事態を生ずるものとはいえない。

四  請求原因3、4の各事実は当事者間に争いがない。

五  以上の次第であるから、控訴人の本訴請求は理由があり、これを棄却した原判決は不当であるから、民事訴訟法三八六条にしたがいこれを取消し、控訴人の請求を認容することとし、訴訟費用の負担について同法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 東孝行 裁判官 夏目明德 裁判官松永眞明は、転補につき署名捺印することができない。裁判長裁判官 東孝行)

<以下省略>

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