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大阪地方裁判所 昭和61年(ワ)11022号 判決 1989年1月31日

原告

横井清

被告

江崎修平

主文

1  被告は原告に対し、金二六五万九〇四一円及びこれに対する昭和六一年一二月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを一〇分し、その九を原告の、その余を被告の負担とする。

4  この判決は、原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金二九八七万三四三七円及びこれに対する昭和六一年一二月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  事故の発生

被告は、昭和六〇年八月一九日午後五時四五分ころ、普通乗用自動車(大阪五八ぬ七七八九号、以下「被告車」という。)を運転して大阪府豊中市東寺内一〇番一号先路上を走行中、原動機付自転車(大・吹田市き三二七四号、以下「原告車」という。)に乗つて走行中の原告に自車を衝突させた(以下「本件事故」という。)。

2  責任

被告は、本件事故当時、自車を運転して南北に走る二車線の前記道路(国道四二三号線の側道、以下「南北道路」という。)の右(西)側車線を南進し、東西に走り右道路の東(左)側に突き当たる道路(以下「東西道路」という。)との丁字路交差点を左折し、東西道路を東進しようとしたのであるから、交差点の手前で予め左(東)側車線に自車の進路を変更するとともに、左折の方向指示器を点滅させ、左後方の安全を確認したうえで左折し、南北道路の左(東)側を南進してくる原動機付自転車等との衝突を未然に防止すべき注意義務があつたものである。しかるに、被告は、これを怠り、南北道路右側車線から漫然と左折した過失により、南北道路東側端付近を南進してきた原告車の右前部に自車の左後部を衝突させたものである。したがつて、被告は、民法七〇九条に基づき、本件事故によつて生じた後記損害を賠償する責任がある。

また、被告は、本件事故当時、被告車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、本件事故によつて生じた後記損害を賠償する責任がある。

3  原告の受傷、治療経過、後遺障害

原告は、本件事故により頭部打撲症、頸部・腰部・右大腿部挫傷、右下腿挫創などの傷害を受け、昭和六〇年八月一九日から昭和六一年六月二五日まで福井整形外科に通院(実日数一四二日)して治療を受けた。しかし、原告の右傷害は、結局完治せず、昭和六一年六月二五日、腰が曲らない、無理して曲げると激痛がある、頸の前屈・後屈、左右側屈が困難で、無理をすると激痛がある、脱力感、無気力がある、根気がない、気分がすぐれないといつた症状があり、ジヤクソン・スパーリングテスト右、握力右二三キログラム、左二七キログラム、頸椎運動障害(前屈四〇度、後屈四〇度、右屈三〇度、左屈二〇度、右回旋六〇度、左回旋六〇度)、腰椎運動障害(自動、前屈一五度、後屈二五度、右側屈二〇度、左側屈三〇度)が認められるといつた後遺障害を残存させてその症状が固定するに至つた。原告の右後遺障害は、自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表(以下「等級表」という。)第一四級一〇号(「局部に神経症状を残すもの」)に該当する。

4  損害

(一) 治療費 金四三万九一二〇円

原告は、治療費として金四三万九一二〇円を要した。

(二) 通院交通費 金四二万六〇〇〇円

原告は、前記一四二日の通院に当たり、一日当たり金三〇〇〇円、合計四二万六〇〇〇円のタクシー代を要した。

(三) 休業損害 金二六五二万九四三七円

原告は、本件事故当時、「ナイトイン来夢ミキモト」の名称でラウンジを営み、自ら接客等をするとともに、「パレミキモト」の名称で飲食店(喫茶、軽食、居酒屋)を営み、自ら材料の仕入れ、調理をしていた。右ナイトイン来夢ミキモトの昭和六〇年五月一日から同年七月末日までの純利益は、金三〇七万〇三二九円であり、パレミキモトのそれは、金四一二万五一七四円であつたところ、原告は、本件事故による傷害のため、昭和六〇年八月一九日から昭和六一年六月二五日までの三一一日間休業せざるを得ず、金二四三二万三九二七円の得べかりし利益を得られず、昭和六〇年九月から昭和六一年六月までの一〇か月間、パレミキモトの店舗賃借料一か月当たり金二二万〇五五一円、合計二二〇万五五一〇円の損害を被つた。

(四) 慰謝料 金一七四万円

原告が本件事故により被つた精神的、肉体的苦痛を慰謝するに足りる慰謝料の額は、金一七四万円が相当である。

(五) 物損 金一七万八〇〇〇円

原告は、本件事故によりその所有にかかる原告車を全損され、金一七万八〇〇〇円の損害を被つた。

(六) 弁護士費用 金一〇〇万円

原告は、本訴の提起及び追行を弁護士である原告訴訟代理人に委任し、その費用及び報酬として金一〇〇万円の支払を約した。

5  結論

よつて、原告は被告に対し、4(一)ないし(六)の合計額である金三〇三一万二五五七円の内金二九八七万三四三七円の損害賠償金及びこれに対する不法行為の日ののちである昭和六一年一二月二四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実は認める。

2  同2の事実中、被告が本件事故当時被告車を運転して南北道路を南進してき、本件交差点を左折しようとしたこと、被告が左後方に対する安全確認不十分のまま漫然と左折したため、南北道路東側端付近を南進してきた原告車の右前部に自車の左後部を衝突させたこと、被告が本件事故当時被告車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたことは認めるが、その余の事実は否認する。

3  同3の事実は知らない。本件事故により被告が受けた衝撃は極めて軽度のもので、被告車の損傷は、右後部フエンダー赤色塗料、左ボデー後端に相手色が付着しただけであり、原告車の損傷も、右前ハンドルプラスチツクカバー・右前カバー擦過だけであつて、本件事故により原告の受けた衝撃は極めて軽微なものであつた。原告は、本件事故直後のちに自車の修理代を請求すると言つて、自車を運転して現場を立ち去り、原、被告間の示談交渉が難航してから警察に人身事故としての届出をしたものである。また、原告は、本件事故前の昭和五四年一〇月、本件事故により受傷したとされる部位と同一部位に交通事故による傷害を負い、等級表第一四級一〇号に該当する後遺障害が残存するものとの自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)の後遺障害等級認定を受けており、昭和五九年五月にも追突事故にあつて頸部及び腰部捻挫の傷害を受けている。そのうえ、原告には、肝臓病、糖尿病、高脂血症(動脈硬化)の私病があつた。これらの点からすれば、原告が本件事故によりその主張のような傷害を負つたものとはいえない。原告は、本件事故により後遺障害が残存したとして自賠責保険の後遺障害等級認定の請求をしたが、先に受けた第一四級の認定を超えるものではないとして、非該当になつている。

4  同4の事実は知らない。

三  抗弁

1  過失相殺

原告は、自車を運転して南北道路東側端付近を南進して本件交差点を通過するに当たり、前方に対する注視不十分のまま自車を進行させた過失により本件事故を発生させたものであるから、これを斟酌して損害額を減額すべきである。

2  素因ないし既往症の寄与

原告には、もともと頸部及び腰部に加齢的な変化があり、また前記本件事故前の事故による症状が存し、前記のような私病も存したのであつて、これらが寄与して本件事故による傷害が発生、拡大したものである。したがつて、これらの素因ないし既往症の寄与を斟酌して損害額の減額がなされるべきである。

3  損害の填補

被告は原告に対し、本件事故による損害賠償として金四三万九一二〇円を支払つた。

四  抗弁に対する認否

抗弁1、2の事実は否認する。

第三証拠

本件記録中の書証及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  事故の発生

請求の原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  責任

被告が本件事故当時被告車を運転して南北道路を南進してき、本件交差点を左折しようとしたことは当事者間に争いがない。したがつて、被告は、左後方の安全を確認したうえで左折し、南北道路の左(東)側を南進してくる原動機付自転車等との衝突を未然に防止すべき注意義務があつたものというべきである。しかるところ、被告は、左後方に対する安全確認不十分のまま漫然と自車を左折させたため、南北道路東側端付近を南進してきた原告車の右前部に自車の左後部を衝突させたことは当事者間に争いがない。したがつて、被告は、民法七〇九条に基づき、本件事故によつて生じた損害を賠償する責任がある(なお、原告は、被告車が本件事故直前、南北道路の右側、すなわち西側車線を南進していたことを前提として、交差点手前で予め左側、すなわち東側車線に自車の進路を変更するとともに、左折の方向指示器を点滅させるべきであつたのに、これを怠つて左折した過失があると主張し、原告本人尋問の結果及び甲第一四号証の記載中にはこれに副う部分もあるが、警察における原告の調書である乙第一号証の七においてはこの点についての明確な供述はなく、右に反して被告は本件事故直前、南北道路の左側、すなわち東側車線を南進していたもので、衝突地点の約一八・六メートル手前で左折の方向指示器を点滅させたと一貫して述べる被告本人尋問の結果、乙第一号証の四、五、六、第二号証の九の記載に照らしてにわかに信用することができず、他に原告主張の右過失が被告にあつたことを認めるに足りる証拠はない。)。

三  原告の受傷、治療経過、後遺障害

本件事故の発生は当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一ないし第五号証、乙第一号証の四ないし八、第二号証の一〇ないし一四、第三号証、第四号証の四ないし六、原・被告各本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)、証人福井宏有の証言、弁論の全趣旨及びこれにより真正に成立したものと認められる同第五号証によれば、次の事実が認められ、これに反する原告本人尋問の結果は右の各証拠に照らして措信できず、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

1  本件事故は、西北道路を時速約三〇キロメートルで南進してきた被告車が時速約一〇キロメートルに減速して本件交差点を左折しようとしたところ、時速約三〇キロメートルの速度で南北道路を南進してきた原告車が被告車に衝突したもので、原告は、本件事故により自車とともにアスフアルト舗装の道路に転倒した。

2  本件事故による原告車の損傷は、右前ハンドルプラスチツクカバー・右前カバー擦過、被告車のそれは、右後部フエンダー・左ボデー塗料付着というものであつた。

3  原告は、本件事故直後は格別の異常はなかつたが、事故当日の昭和六〇年八月一九日福井整形外科を訪れて頭部打撲症、頸部・腰部・手・右大腿挫傷、右下腿挫創との診断を受け、同日から昭和六一年六月二五日まで同病院に通院(三一一日、実日数一四二日)して治療を受けた。

4  原告は、昭和六一年六月二五日、右病院の福井宏有医師により、自覚症状として、腰が曲らない、無理して曲げたり、しやがんだり、俯いたりすると、激痛を感じる、頸の前・後屈、左右側屈が困難で、無理をすると激痛を生じる、脱力感があり、無気力で根気がない、気分がすぐれないといつた症状があり、ジヤクソン・スパーリングテスト右、握力右二三キログラム、左二七キログラム、頸椎部の運動障害(前後屈とも三〇度、右屈三〇度、左屈二〇度、左右回旋とも六〇度)、腰椎部の機能障害(自動で前屈一五度、後屈二五度、右側屈二〇度、左側屈三〇度)といつた所見が認められるとして、同日をもつてその症状が固定した旨の診断を受けた。

5  原告の右病院におけるカルテには、昭和六〇年八月二一日、頸部後屈時痛、歩行時右膝、腰部にひびき・圧痛あり、ジヤクソン・スパーリングテスト陽性、頸部運動障害(前屈四五度、後屈五〇度、右側屈四五度、左側屈二五度、右回旋六五度、左回旋四五度)と最大運動時痛、腰椎部運動障害(前後屈とも四〇度、右側屈二〇度、左側屈二五度)あり、同年一二月九日、頸部運動障害(前屈四五度、後屈五五度、右側屈四〇度、左側屈三五度―右頸部牽引痛、左右回旋とも六〇度)、腰椎部運動障害(前屈三五度、後屈四五度―痛み、左右側屈とも一五度)あり、昭和六一年六月二五日、頸部運動障害(前後屈とも四〇度、右側屈三〇度、左側屈二〇度、左右回旋とも六〇度)、腰椎部運動障害(前屈一五度、後屈二五度、右側屈二〇度、左側屈三〇度)ありとの記載があるだけで、それ以外は最初から最後まで「従前どおり」の記載が続いているだけである。そして、右病院において前記症状固定診断時に作成された調査表には、自覚症状として、左右肩背部・腰部・臀部・下肢部、頭痛、下肢(右)倦怠感、左右下肢冷感・しびれ感・つつぱり、腰部前屈時痛、坐位・同一姿勢・歩行・立ち続け一〇分で辛くなる、一晩に四、五回腰の痛みで目がさめる、あぐら三分、椅子への腰かけ五分で辛くなるとの記載があり、レントゲン所見として、頸部に軽度の骨棘形成、椎体辺縁骨硬化、第五腰椎、仙椎の椎間腔狭少化、骨棘(特に第四腰椎)形成、椎体辺縁骨硬化、椎間間接硬化像あり、他に異常なし、他覚的所見として、頸部に叩打痛、運動痛、左右頸筋圧痛及び筋硬結、左右僧帽筋・胸鎖乳突筋の圧痛及び筋硬結プラス、ジヤクソン・スパーリングテスト右、小後頭神経及び大後頭神経圧痛、ホフマンテスト、バビンスキー、足クローヌス、膝蓋クローヌス、イートンテスト、ライトテスト、アレンテストマイナス、腱反射正常、握力右二三キログラム、左二七キログラムの所見があり、腰部に坐骨神経痛性側彎、棘突起圧痛、叩打痛、左右腰筋・上臀神経・坐骨神経圧痛、左右拇趾背屈力、底屈力低下、左右足関節背屈力・底屈力低下、左右下腿筋筋萎縮プラス、下肢伸展挙上テスト右四〇度、左五〇度、腱反射正常、臀筋筋萎縮、足クローヌス、膝蓋クローヌスマイナスの所見があつたとの記載がある。

6  前記福井医師は、昭和六〇年一二月七日、保険会社から原告の症状につき照会を受けてその回答をしているが、そこにおいて、初診時の自覚症状は後頭部・腰部、前頸部・膝部痛、最近の愁訴は頸部・腰部痛・レントゲン検査上加齢的な変化あり、触・圧診上頸部・腰部に圧痛あり、その他ジヤクソン・スパーリングテスト陽性、就労については通院は可能な状態、現在残つている症状は頸部・腰部痛、これに対する治療方法は理学療法、治癒又は症状固定見込時期は昭和六一年一月ころとの回答をしている。

7  前記福井医師は、原告の頸部及び腰部にみられた変性は、加齢性のもので、原告の年齢相応のものである。原告の初診時の状態は、顔面蒼白でしんどそうであり、付添がなければ帰れないような状態であつた、また、レントゲン撮影中、嘔吐しており、これらの点からすれば、原告にはその訴えるような症状はあつたと思う、原告の訴える自覚症状と他覚的所見との間に特に不自然なものはなかつた、原告は、頸椎牽引を拒否したので、低周波療法、温熱療法などにより症状の改善を図らざるを得なかつた、原告の自覚症状中、脱力感、無気力、根気がない、気分がすぐれないといつたもの及び握力の低下は、原告の私病である糖尿病、肝炎によつて生ずる可能性もあるが、その余の症状は右私病とは関係がない、原告の症状の改善は、他覚的所見のうえからは判然としないが、痛みが除々に改善されたという意味で症状固定診断の時まで症状の改善があり、その意味で六割程度は改善されたものと思う、原告は、昭和六一年五月三〇日には大分楽になつたと述べており、この段階までには就労勧告をしているものと思うと述べている。

右の事実によれば、原告は、本件事故により路上に転倒することによつて相当程度の衝撃を受け、事故当日に病院を訪れて前記のような医師の診断を受け、前記のとおり病院に通院して治療を受け、その主訴に見合う他覚的所見も一応認められるのであつて、原告は、本件事故によりその主張のような傷害を受けたものと推認することができる。被告は、原告は昭和五四年一〇月に本件事故による受傷部位と同一部位に交通事故による傷害を負い、等級表第一四級一〇号の後遺障害等級認定を受けており、昭和五九年五月にも追突事故にあつて頸部及び腰部捻挫の傷害を受け、肝臓病、糖尿病、高脂血症の私病があつたので、本件事故によりその主張のような傷害を負つたものとはいえないと主張し、成立に争いのない乙第二号証の二、第四号証の一ないし三、前掲同第三号証、原告本人尋問の結果、証人福井宏有の証言によれば、被告主張の右の事実が認められる。しかし、被告は、昭和五四年一〇月の交通事故による傷害がいつ症状固定になつてどのような後遺障害が残つていたかにつき何らの立証もしないので、右事故による症状が本件事故当時まで残存していたものとは認められず、また、右の各証拠によれば、原告は、昭和五九年五月の追突事故による傷害により、同年六月二一日までは前記病院に通院して治療を受けていたが、それ以降本件事故による傷害のため通院するようになるまでは全く通院治療を受けていないこと、右の治療中、原告の症状が本件事故当時まで継続したであろうことを窺わせるに足るような所見は何ら見出されていないことが認められる。してみれば、昭和五九年五月の事故による症状が本件事故当時まで継続していたものとも認められない。そして、原告に肝臓病、糖尿病の私病があり、これが、原告の症状・所見中の脱力感、無気力、根気がない、気分がすぐれない、握力の低下に影響を及ぼしている可能性があることは前記認定のとおりで、右の症状等については本件事故との間に因果関係がないというべきであるが、その余の症状等が右の私病と何らの関係がないことも前記認定のとおりであり、原告の高脂血症が原告主張の症状に何らかの関係があるものと認めうる証拠もない。してみれば、被告主張の右の事実は前記の推認を妨げるものとはいえず、他に前記推認を妨げるような事情は見当らない。しかるところ、前記の事実によれば、原告の右傷害は、担当医の後遺障害診断のとおり、結局完治せず、昭和六一年六月二五日、前記認定の加齢変化、ジヤクソン・スパーリングテスト陽性、頸部及び腰部の圧痛、頸椎及び腰椎部の運動障害といつた所見のある頸部及び腰部の痛みの症状という後遺障害を残存させてその症状が固定するに至つたものであり(6認定の事実は、あくまでも福井医師の見込にすぎないから、症状の程度を認定する間接事実としてはともかく、右認定の妨げになるものではない。)、原告の右後遺障害は、等級表第一四級一〇号(「局部に神経症状を残すもの」)に該当するものと認めるのが相当である(前掲乙第二号証の二によれば、原告は、本件事故による後遺障害につき、自賠責保険の後遺障害等級認定において非該当とされたことが認められるが、他方右の認定は、治療経過、症状及び受傷の機転より頸部、腰部に神経症状を残すものとして等級表第一四級一〇号の適用が妥当であるとしたうえで、同一部位に前回の事故、すなわち昭和五四年一〇月の事故で等級表第一四級一〇号を認定済であり、加重障害の対象にはならないとの理由に基づくものであることが認められる。しかるところ、昭和五四年一〇月の事故による後遺障害が本件事故当時まで残存していたものと認められないことは前記のとおりであるから、右のような理由によつて本件事故による後遺障害を非該当とすることはできないものであり、結局、原告が本件事故による後遺障害につき非該当の認定を受けたことをもつて前記の認定を妨げる事情とみることはできない。)。

四  損害

1  治療費

前掲甲第三ないし第五号証、乙第二号証の一一ないし一三によれば、原告は、前記病院に対する治療費として金四三万九一二〇円を要したことが認められる。

2  通院交通費

原告は、前記一四二日の通院に当たり、一日当たり金三〇〇〇円、合計四二万六〇〇〇円のタクシー代を要した旨主張し、甲第一四号証の記載中にはこれに副う部分があるが、右はただ原告がそのように述べるだけのもので、これを裏づけるに足る資料はないから、にわかにこれを信用することはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。しかし、原告が本件事故による傷害のため一四二日通院したことは前記のとおりであるから、経験則上少なくとも一日当たり金六〇〇円、合計八万五二〇〇円の交通費を要したものと認められる。

3  休業損害

原告は、本件事故当時、「ナイトイン来夢ミキモト」の名称でラウンジを営み、昭和六〇年五月一日から同年七月末日まで金三〇七万〇三二九円の純利益をあげるとともに、「パレミキモト」の名称で飲食店(喫茶、軽食、居酒屋)を営んで、同期間に金四一二万五一七四円の純利益をあげていたものと主張し、甲第六、第七、第一四、第一五号証、原告本人尋問の結果中にはこれに副う部分がある。しかし、原告の主張する右収益額は、相当の高額であるにもかかわらず、これに見合う税務申告がなされた形跡はなく、原告の右収益を裏づける資料として原告が提出する甲第一〇号証の一ないし一二四(ナイトイン来夢ミキモトの日計票)、第一一号証の一ないし九四一(同店の会計票)、第一二号証の一ないし五七八(同店の領収証)は、いずれも前年の昭和五九年六月から同年九月までのものにすぎず、同第一三号証の一ないし七〇(パレミキモトの昭和六〇年五、六月分の領収証)は、右の裏付資料としては極めて不十分なものであつて、結局原告の右収益を裏づけるに足るだけの資料はないものといわざるを得ないものであるうえ、原告が右二つの店舗を一人で経営していたとすることについてもその裏づけはないので、原告の右主張に副う右の各証拠はにわかに信用することはできず、他にこれを認めるに足るだけの証拠は存在しない。しかし、成立に争いのない甲第一四、第一五号証、原告本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる同第六、第七号証、乙第一号証の七によれば、原告は、昭和一九年六月四日生まれの本件事故当時四一歳の健康な男子で、右の営業によりその生計を維持していたことが認められる。したがつて、原告は、本件事故当時、昭和六〇年度賃金センサス第一巻第一表、産業計・企業規模計・学歴計・年齢四一歳の男子労働者の年間給与額である金五一九万四九〇〇円の収益を得ていたものと推認することができる。しかるところ、前記三において認定した事実によれば、原告の症状及びその変遷は、入院治療を要するほどのものではなく、全体としては著しい症状の改善がみられないまま前記のような神経症状を残存させて症状固定となつたもので、当初はかなりの症状があつたが、その後は徐々に回復しながら症状固定に至つたものであり、これら原告の症状及びその変遷、前記原告の職業等に照らせば、原告は、本件事故による傷害のため、本件事故当日である昭和六〇年八月一九日から同年一一月一八日まで(九二日間)は全く就労できず、同月一九日から昭和六一年六月二五日まで(二一九日間)は三〇パーセントその労働能力に制限を受けたものと認めるのが相当である。したがつて、原告は、本件事故に遭わなければ、右の間、右の制限を受けない前記収益を得られたものと推認することができ、原告が本件事故に遭わなければ右の間に得られたであろう利益の額を計算すると、次のとおり金二二四万四四八一円となる。

5,194,900÷365×92+5,194,900÷365×219×0.3=2,244,481

なお、原告は、昭和六〇年九月から昭和六一年六月までの一〇か月間、パレミキモトの店舗賃借料一か月当たり金二二万〇五五一円、合計二二〇万五五一〇円を支払わざるを得なかつたとしてその損害の主張をもし、原告本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第八号証の一ないし九によれば、原告が右の支出をしたことが認められる。しかし、前記認定の原告の症状に照らせば、原告の右営業を廃止する必要があつたものとは到底認められず、右の店舗賃借計は、本件事故がなかつたとしても経費として当然支出せざるを得なかつたものであるから、本件事故と相当因果関係のある損害ということはできない。

4  慰謝料

原告の傷害及び後遺障害の内容・程度その他本件において認められる諸般の事情に照らせば、原告が本件事故により被つた精神的、肉体的苦痛を慰謝するに足りる慰謝料の額は、金一三〇万円と認めるのが相当である。

5  物損

原告は、本件事故によりその所有にかかる原告車を全損され、金一七万八〇〇〇円の損害を被つた旨主張し、前掲甲第一四、第一五号証、原告本人尋問の結果中にはこれに副う部分があるが、そのうち原告車が全損したとする部分は、前掲乙第一号証の四の記載に照らして到底信用できず、他に原告車が全損したことを認めるに足りる証拠はない。もつとも、本件事故により原告車が損傷したことは前記三2において認定したとおりであるが、その修理代等これによる損害の額を認定できるような証拠も存在しない。

6  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告は、本訴の提起及び追行を弁護士である原告訴訟代理人に委任し、その費用及び報酬として相当額の支払を約したことが認められるところ、本件事案の内容、審理経過、認容額等諸般の事情に照らせば、このうち本件事故と相当因果関係に立つ弁護士費用は、金二五万円と認めるのが相当である。

五  過失相殺

本件事故は、南北道路を時速約三〇キロメートルで南進してきた被告車が時速約一〇キロメートルに減速して本件交差点を左折しようとしたところ、時速約三〇キロメートルの速度で南北道路を南進してきた原告車の右前部が被告車の左後部に衝突したものであることは前記のとおりである。そうすると、本件事故の発生については、被害者である原告にも前方不注視のまま自車を進行させた過失があつたものというべきであり、原告の右過失を斟酌して損害額の三割を減額するのが相当である。

六  素因ないし既往症の寄与

被告は、原告にはもともと頸部及び腰部に加齢的な変化があるうえ、前記のような私病もあり、また本件事故前の事故による症状もあつて、これらが寄与して本件事故による傷害が発生、拡大したものであるから、これを斟酌して損害額を減額すべきであると主張する。しかし、本件事故による原告の前記症状に、本件事故前の事故による症状や私病が寄与しているものと認めるに足りる証拠はなく、原告にもともと頸部及び腰部に加齢的変化の存したことは前記のとおりであるが、これが原告の年齢相応のものを超える程度のものであることを認めるに足りる証拠もない。したがつて、被告主張の右の各事実を斟酌して損害額の減額をするのは相当でないというべきである。

七  損害の填補

被告が原告に対し本件事故による損害賠償として金四三万九一二〇円を支払つたことは、原告においてこれを明らかに争わないので、これを自白したものとみなす。

八  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、四1ないし4の合計額から三割の過失相殺減額をし、これから七の既払額を控除し、これに四6の弁護士費用を加えた金二六五万九〇四一円の損害賠償金及びこれに対する不法行為の日ののちである昭和六一年一二月二四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余の請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山下満)

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