大阪地方裁判所 昭和61年(ワ)5141号 判決
一 請求原因1ないし4の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、イ号意匠と本件意匠の類否について判断する。
イ号意匠と本件意匠とを対比すると、いずれも物品がモルタル注入器であり、それぞれの構成(a)、(c)、(d)及び(e)が共通しており、構成(b)のうち「シリンダー1は、先端を両側より圧潰状に偏平ならしめてノズル部3を備え」ている点も共通している。
一方、イ号意匠と本件意匠との間に次のような差異があることは当事者間に争いがない。すなわち、
<1> シリンダ1の尾端において、本件意匠は拡開状の径大部4としているのに対し、イ号意匠は径大となるキヤツプ4を嵌挿している。
<2> グリツプについて、本件意匠ではグリツプ6の表面に四角錐状の突子6bを多数配列しているのに対し、イ号意匠ではグリツプ6の表面を平滑とし、該グリツプ6の両側縁にリブ状に現れるフランジ6aを形成している。
<3> ハンドルについて、本件意匠はハンドル8の後枠部8cの縦枠部を直線的に形成しているのに対し、イ号意匠はハンドル8の後枠部8cの縦枠部を内面波形状に形成している。また、本件意匠ではハンドル8の後枠部8cの縦枠部表面に縦方向三条の細リブを設けるほか、ハンドル8の表面を平滑に形成しているのに対し、イ号意匠ではハンドル8の前枠部8b、8b、後枠部8c、薄板部8dの表面に多数の小突子を点在して設けている。
しかし、右<1>の差異については、本件意匠もイ号意匠も細長円筒状のシリンダ1の尾端の外径を径大とした外観を呈する点では共通しており、シリンダ1の尾端を拡開状の径大部とするか径大のキヤツプを嵌挿するかの違いは、全体的に観察した場合には細部の相違にすぎず、看者にそれほど異なつた印象を与えるものではない。<2>の相違点については、イ号意匠と本件意匠とでグリツプの模様に差異はあるけれども、グリツプ6をシリンダ1に鉢巻状に外装したことやその位置及び該グリツプ6を幅広としたことでは両者共通しており、グリツプ6の模様の差異は、全体的に観察すれば細部の相違にすぎないというべきである。さらに、<3>のハンドルの相違についても、ハンドルの握持部をイ号意匠のごとく手指に沿うよう波形状とすることはありふれたものであるし、ハンドル8の模様の相違も全体的に観察すれば細部の相違にすぎない。
以上のとおり、本件意匠とイ号意匠とを対比すると、その相違点はいずれも細部のものにすぎず、看者の注意を惹くものとはいえず、むしろ前記の構成の共通点により、全体としては類似の美感を生じるものと認められる。
したがつて、イ号意匠は本件意匠に類似する。
三 イ号製品の製造、販売は、被告野口忠彦が被告会社の代表取締役としてその職務の遂行として行つたことは当事者間に争いがない。他人の意匠権を侵害した者は、その侵害の行為について過失があつたものと推定されるから(意匠法四〇条本文)、被告野口忠彦は民法七〇九条により、被告会社は同法四四条一項により、本件意匠権侵害行為によつて原告が蒙つた損害を賠償する義務がある。
四 原告の蒙つた損害額について検討する。
1 被告会社が昭和六一年三月から六月の間にイ号製品を少なくとも合計五一四四本製造、販売したことは、当事者間に争いがない。
原告は、昭和六一年三月初め頃から同年七月四日までの間に被告会社がイ号製品を合計五一九六本製造、販売したと主張するが、被告会社が右期間に前記五一四四本を超える本数のイ号製品を製造、販売した事実を認めるに足りる証拠はない。訴外東京東海機械株式会社に対する調査嘱託の結果(成立に争いのない甲第三号証に同じ。)中には、右訴外会社が被告会社から昭和六一年三月から一〇月までの間にイ号製品を合計三五六本購入した旨の記載があるが(被告らは昭和六一年九月三〇日付準備書面別紙(一)アイドル売上明細書において、被告会社の右訴外会社に対するイ号製品の販売数量は三〇四本であると主張している。)、成立に争いのない乙第七号証及び被告会社代表者本人尋問の結果によれば、右三五六本のうち三二本については同年七月以降にイ号製品とは別のデザインのモルタル注入器を被告会社が右訴外会社に販売したものであり、また、二〇本は被告会社から右訴外会社の顧客である訴外山形建材に直送した分であることが認められるから(前記アイドル明細書では右二〇本分は山形建材への販売分として記載されている。)、前記調査嘱託の結果は原告の前記主張を裏付けるものではない。
2 原告は、被告会社がイ号製品を製造、販売していた期間中原告と被告会社以外に本件意匠の実施品を製造、販売する者は存在しなかつたから、被告会社がイ号製品を製造、販売しなければ、原告の本件意匠の実施品でイ号製品に対応する「つまーる18mm」が同じ本数だけ売れたはずであると主張する。
しかし、原告の右主張を肯認することはできない。すなわち、被告会社代表者本人尋問の結果によつて真正に成立したものと認める乙第八号証の一、二、訴外株式会社かじ元製のモルタル注入器「はかどる」であることに争いのない検乙第一号証及び被告会社代表者本人尋問の結果によれば、被告会社がイ号製品を製造、販売していた昭和六一年三月ないし六月当時訴外株式会社かじ元も商品名「はかどる」なるモルタル注入器を販売していたこと、右「はかどる」と本件意匠とを対比すると、右「はかどる」は、前記本件意匠の構成(b)のうち、シリンダ尾端がほんのわずか径大になつている程度で本件意匠ほどには径大部が目立たないこと、同構成(e)のうち、ハンドルの前枠部に薄板部が連設されていないことを除けば、意匠の基本的な構成は本件意匠と同一であることが認められる。証人友定省之の証言によれば、原告としては右「はかどる」が本件意匠の類似範囲に属さないと判断していたことが認められるが、そうであるとしても、前記期間中原告製品と同種のタイプのモルタル注入器を販売していたのが原告と被告会社だけでなかつたことは明らかである。原告主張のように、右期間中本件意匠の実施品を製造、販売していたのは原告のほかには被告会社以外になかつたとしても、商品の売行きは、通常その意匠だけではなく、品質、性能、宣伝広告の普及度、販売方法、企業の信用度その他諸般の事情によつて決せられるのであつて、自己の商品の意匠に類似する意匠の商品を他人が製造、販売しなければその分だけ自己の商品が販売できたであろうとは軽々にいえないところであるし、モルタル注入器の場合に需要者がもつぱらその意匠に着目して購入するものと認めるに足りる証拠もない。かえつて、被告代表者本人尋問の結果によれば、原告製品とイ号製品とでは、シリンダパイプの材質の相違による衝撃に対する強さの違いや、ゴムパツキングにオイルをしみ込ませる機能の有無に差異があり、これらの点ではむしろイ号製品の方が優れていることが認められる。右事実と前記のとおり原告と被告会社の製品以外にも同種のモルタル注入器が市場に存在したことを併せ考えれば、被告会社がイ号製品を製造、販売しなかつたとすれば、同数の製品を原告が製造、販売したものと断定することはできないし、被告会社によるイ号製品の製造、販売によつて原告の製品の売行きがどの程度減少したかを確定することもできない。
よつて、原告の前記主張及びこれを前提とする得べかりし利益の喪失による損害の主張は採用できない。
3 次に原告は、被告会社の本件意匠権侵害行為により、原告は<1>プレミアとしてパイプを無料でサービスし、<2>値引きをし、<3>値下げをすることを余儀なくされて損害を蒙つた旨主張するところ、成立に争いのない甲第二二号証の一、二、証人友定省之の証言によつて真正に成立したものと認める甲第七、第八号証の各一ないし五〇、第九号証の一ないし五、同号証の九ないし一〇九、第一〇号証の一ないし八七、第一一号証の一ないし七五、第一二号証の一ないし五、第一三号証の一ないし五六、第一四号証の一ないし四四、第一五号証の一ないし三九、第一六号証の一ないし三〇、第一七号証の一ないし四四、第一八号証の一ないし五〇、第一九号証の一ないし五八、第二〇号証の一ないし五五、第二一号証の一ないし五三及び同証言によれば、原告がその主張のごときパイプの無料サービス、値引き及び値下げをした事実が認められる。
しかし、前掲甲第二二号証の一によれば、前記パイプの無料サービスについては、原告製モルタル注入器「つまーる」の発売四周年記念として昭和六一年四月一日から同年七月二〇日まで「つまーる大謝恩セール」として行われたものであることが認められ、もともと被告会社によるイ号製品の製造、販売と無関係に企画されたものと推認されるし、右事実及び前記2説示の事実を併せ考えれば、原告の行つた右パイプ無料サービス、値引き及び値下げが被告会社のイ号製品の製造、販売と相当因果関係があるものと断定することは困難であるといわざるを得ない。
したがつて、原告の右主張も採用できない。
4 そこで、原告主張の被告会社が本件意匠権侵害行為によつて得た利益の額について検討する。
被告会社によるイ号製品の売上額の合計が少なくとも一三六五万二二〇〇円となることは当事者間に争いがないところ、イ号製品の売上額が右金額を超えることを認めるに足りる証拠はない。イ号製品の仕入原価が一個一四〇〇円であることは当事者間に争いがなく、右金額に前記1認定のイ号製品の販売個数五一四四本を乗じると、イ号製品の仕入原価合計は七二〇万一六〇〇円となる。弁論の全趣旨によつて真正に成立したものと認める乙第九号証の一、二によれば、被告会社の昭和六〇年二月一日から同六一年一月三一日までの商品製品売上高は八億四七七五万四〇四八円であり、販売費及び一般管理費は二億九六四二万五一三六円であることが認められるから、後者の前者に占める割合は約三五パーセントとなる。被告会社代表者本人尋問の結果中には、右販売費及び一般管理費の割合が三〇パーセント弱程度である旨の供述部分があるが、前記乙第九号証の一、二の記載と対比して措信し難い。
他によるべき資料はないから、イ号製品の製造、販売に要した販売費及び一般管理費の販売価格に占める割合についても右認定の三五パーセントであると推認するほかはないが、その額は前記認定の売上額一三六五万二二〇〇円の三五パーセントである四七七万八二七〇円となる。
したがつて、被告会社がイ号製品の製造、販売により得た純利益の額は一六七万二三三〇円であると認められる。
被告らは、イ号製品の製造、販売に要した金型代、ダンボールケース及び関連雑費、運賃並びに人件費等の諸経費を控除すれば、被告会社はイ号製品の製造、販売により純利益を得ていない旨主張する。しかし、右主張の諸経費のうち、金型については、原告と被告会社間の仮処分事件の和解に基づいて原告に引渡されたというのであつて、このような場合に金型代全額を経費として控除するのは相当ではないし、人件費についても、イ号製品の製造、販売に関する人件費が被告ら主張の金額になることについて被告会社代表者本人尋問の結果中には右主張に副う供述部分もあるがたやすく措信できず、他に右主張を認めるに足りる的確な証拠もない。結局、イ号製品の製造、販売に要した諸経費の額が前記認定の販売費及び一般管理費の額を超えるとの立証はないものだというべきである。
したがつて、被告会社がイ号製品の製造、販売によつて得た純利益の額は一六七万二三三〇円であり、右利益の額が原告の蒙つた損害の額と推定される(意匠法三九条一項)。
五 以上の次第で、原告の本訴請求は、被告ら各自に対し右損害金一六七万二三三〇円及びこれに対する不法行為以後(弁論の全趣旨によれば、被告会社のイ号製品の製造、販売の最終時期は昭和六一年六月二〇日であることが認められる。)にして本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和六一年六月二〇日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからいずれも棄却する。
〔編註その一〕 本件における当事者の主張は左のとおりである。
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、各自原告に対し、金一四〇六万五四八〇円及び内金四一八万二七八〇円に対する昭和六一年六月二〇日から、内金九八八万二七〇〇円に対する昭和六二年二月三日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、次の意匠権(以下「本件意匠権」といい、その意匠を「本件意匠」という。)を有している。
出願日 昭和五七年四月二〇日
登録日 昭和六〇年二月一四日
登録番号 第六五〇八六四号
意匠に係る物品 モルタル注入器
登録意匠 別紙(三)意匠公報に示すとおり。
〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。
イ号図面
<省略>
登録意匠
意匠に係る物品 モルタル注入器
説明 本物品は、ビル建築に際してビルの壁とサッシとの間の隙間に、防止モルタルを注入して隙間を埋めるものである。背面図は正面図と対称にあらわれる。底面図は平面図と同一にあらわれる。
<省略>
(以下省略)