大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和62年(わ)1079号 判決 1987年11月05日

主文

被告人を懲役三年及び罰金五〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

押収してある覚せい剤一三袋を没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、法定の除外事由がないのに、

第一  営利の目的で、昭和五八年六月七日午前一一時五五分ころ、大阪市城東区今福西《番地省略》甲野マンション五〇一号室の自室において、フェニルメチルアミノプロパン塩酸塩を含有する覚せい剤結晶約五二・五七グラムを所持し

第二  昭和六一年五月五日ころの午後八時三〇分ころ、同市同区蒲生四丁目一六番一四号パチンコ店「乙山」前路上において、Aに対し、フェニルメチルアミノプロパン塩酸塩を含有する覚せい剤結晶約二グラムを代金一万六〇〇〇円で譲り渡し

たものである。

(証拠の標目)《省略》

(判示第二の事実について営利性を認定しなかった理由)

検察官は、判示第二の事実につき、被告人には営利の目的が存した旨主張するけれども、当裁判所は営利の目的の認定はし得ないものと判断するので、この点につき、説明を加えておくこととする。

関係各証拠によれば次の事実を認定することができる。

一  被告人は判示第一の罪を犯して逮捕され、釈放された後、覚せい剤の密売を中断していたが、昭和六一年二月ころBから覚せい剤を仕入れて密売を再開するようになった。

二  右Bからの仕入れ価格は仕入れ量が五グラム未満の場合はグラムあたり八〇〇〇円、五グラム以上の場合はグラムあたり六〇〇〇円であり、およそ週一回一〇グラムずつ仕入れており、それを一グラムパケ(正味一グラム未満)に小分けして、一袋一万円で密売していた。

三  Aとは昭和六一年三月ころから取引を開始し、判示第二の取引(以下「本件取引」という)まで合計六ないし七回にわたり、右一グラムパケ一ないし二袋を一袋あたり一万円で売却していた。

四  本件取引の前日である昭和六一年五月四日、被告人は前記Bから覚せい剤二グラムを一万六〇〇〇円で購入したが、翌五日、右Aから一グラムパケ二袋を売ってほしい旨の電話があり、被告人は前日購入した覚せい剤を小分けした正味一グラム入りの一グラムパケ二袋を売却してやることとし、取引場所である判示乙山パチンコ店前へ赴いたところ、右Aが「今日は一万六〇〇〇円しかないのでこれで頼みます。」と言ったので、被告人としては右Aが金もなく、これまでによく取引をしてくれていたことから仕方なく覚せい剤二グラムを購入価格と同じ一万六〇〇〇円で売却した。

五  被告人は右Aへの売却に際し、原価で覚せい剤を売却するのは今回限りであり、今後の取引により今回分の利益をあげようなどとは考えておらず、今後については従前と同様グラムあたり一万円で売却するつもりであった。

以上の事実を前提に本件取引の営利性について判断するに、営利の目的は譲渡行為ごとに個別的に考察すべきであると解され、従って譲渡行為自体からは利益を得ていない場合には原則として営利性は否定されるべきである。しかしながら、かような場合であってもその後に同種の譲渡取引行為が継続されることが予測されていて、それによって前の取引による損失(あるいは利益をあげることができなかったこと)を回復して利益を得ることを企図してなされた場合、すなわち将来の利益を得る方法として当該の損失のある(あるいは利益のない)譲渡をしたような特段の事情のある場合には、営利性を認めることを妨げないというべきである(大阪高等裁判所昭和五六年九月一日判決判例時報一〇三五号一五〇頁参照)。

そうすると、本件取引の場合は、仕入れ価格と売却価格は同じであり、その取引自体からは被告人は利益を得ていないので、特段の事情がないかぎり営利の目的は否定されるべきものである。そこで、本件取引について右に述べた特段の事情の存否を考察するに、被告人と前記Aとの間には本件取引後も同種の取引が継続することは予測されていると認められるが、被告人が本件取引において右Aに原価で覚せい剤を売却した理由は単に、右Aの所持金が一万六〇〇〇円しかなく、これまでもよく取引をしていたことから仕方なく原価で売却してやったというものであり、今後の取引で特に従前より高い値段で取引して今回の損失を回復しようとする意図、あるいは今回の取引により、今後右Aとの取引回数が増え、利益を増大し得るとの期待から、今回原価で売却してやったというような事情は証拠上認定することはできない。また今回被告人が右Aの申し出た価格で売却しなければ今後右Aとの取引が困難になるような状況など、今回被告人が原価で売却しなければ右Aとの間で将来同種の取引による利益が得られないという事情もうかがわれない。してみると、本件取引においては将来の利益を得る方法として今回利益のない譲渡をしたという前記の特段の事情の存在を認めることはできず、結局、本件取引は営利性を欠くものというべきである。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は覚せい剤取締法四一条の二第二項、一項一号、一四条一項に、判示第二の所為は同法四一条の二第一項二号、一七条三項にそれぞれ該当するところ、判示第一の所為につき情状により懲役刑と罰金刑との併科刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑について同法四七条本文、一〇条により重い判示第一の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をした刑期及び所定罰金額の範囲内で被告人を懲役三年及び罰金五〇万円に処し、右の罰金を完納することができないときは、同法一八条により金五〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、押収してある覚せい剤一三袋は、判示第一の罪に係る覚せい剤で犯人の所有するものであるから、覚せい剤取締法四一条の六本文によりこれを没収することとする。

よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石井一正 裁判官 櫻井良一 髙山光明)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例