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大阪地方裁判所 昭和62年(ヨ)2172号 決定 1988年4月26日

申請人

川畑幸次

右代理人弁護士

辻晶子

小沢秀造

被申請人

株式会社阪神百貨店

右代表者代表取締役

河西計介

右代理人弁護士

小長谷國男

今井徹

別城信太郎

主文

一  本件仮処分申請をいずれも却下する。

二  申請費用は申請人の負担とする。

理由

第一当事者の求めた裁判

一  申請人

1  申請人が被申請人に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

2  被申請人は、申請人に対し、金七五万三七一三円を即時に、月額金四〇万一九一一円の割合による金員及び毎年六月には前記月額の一・五か月分に相当する金員を、同一二月には前記月額の三か月分に相当する金員を賞与として付加してそれぞれ昭和六二年五月以降本案判決確定に至るまで毎月二五日限り仮に支払え。

3  申請費用は被申請人の負担とする。

二  被申請人

主文と同旨

第二当裁判所の判断

一  被申請人が大阪市内において百貨店を営む株式会社であること、申請人が昭和三九年四月被申請人会社に雇用され、その後営業第六部第一課に配属され、昭和五九年二月から専任主任として、テレビ、ラジオの仕入業務及び販売促進業務に従事していたことは当事者間に争いがなく、疎明資料によれば、申請人は同五七年二月から同課の担当主任であったことが一応認められる。

二  被申請人会社が昭和六二年三月八日申請人を懲戒解雇したこと、その理由は、申請人が昭和五八年二月頃から同六二年一月までの間、私利私欲のために、被申請人会社で禁止されている架空売上を捏造して、被申請人会社に損害を与え、また右不正行為の発覚を恐れて取引先に対して隠蔽工作をしたり、同取引先に損害を与えるなどして故意に被申請人会社の信用を傷つけ、あるいは伝票の承認印について課長代行権限を悪用したり、不正に棚卸操作を行うなど、しばしば規則違反を犯し、改悛の情がなく、情状悪質であり、これが就業規則一〇二条一項一〇号、一一号、一二号、同条二項に該当するとしたものであることは当事者間に争いがない。

三  当事者間に争いのない事実及び疎明資料によれば、次の事実が一応認められる。

1  申請人は、昭和五八年二月頃、被申請人会社の仕入先の一つである関西中央ソニー販売株式会社(以下、ソニー販売会社という。)の営業第一課課長谷浦輝繁から架空売上をしないかという旨の提案を受けた。被申請人会社では部課単位あるいは各売場単位で売上目標が指示され、申請人は主任という責任ある立場上その売上目標を常々気にかけて、その目標達成あるいはそれに近づくようにと努力していたが、売上は決して簡単ではないし、売上目標達成は非常に難しく、大変苦労していたところ、架空売上は被申請人会社で禁止されていることではあるが、これを行えば、大した苦労もせずに単なる伝票操作だけで簡単に何百万円もの売上をのばすことができ、売上成績があがるという認識のもとに、右谷浦の提案を了承して、その頃から同人と相通じて架空売上を捏造し始めた。すなわち、被申請人会社には店内販売部門と外商部門があるが、申請人は、右谷浦と共謀のうえ、実際には外商の注文がないにもかかわらず、これがあったかのように仮装し、実際には注文先に納品していないにもかかわらず、納品したかのような体裁を整えた。その具体的方法は、初めの頃は、ソニー販売会社の谷浦から現金や小切手が申請人に交付された後に、申請人が架空の外商掛売伝票を作成して、売場のレヂへ登録して売上計上(売上処理)をし、これに基づき納品伝票を作成して、これを商品管理部検品課へまわし、架空の納品処理をし、しかるのちに、仕入先のソニー販売会社に対して被申請人会社が支払をするというものである。

その後、申請人は、昭和六〇年一二月頃からは、被申請人会社の外商第二部第四課担当課長田路嘉明や同部第九課専任主任樋口竹雄らから、同年一〇月、一一月の阪神タイガース優勝セールで売場応援にかり出されたために外商のセールス活動ができず外商の売上がのびずに苦労しているので売上をあげるため架空売上をして欲しい旨の協力依頼を受け、普段から外商と営業とは持ちつ持たれつの親密な関係にあって申請人も日頃は売上処理等でいろいろと無理をきいてもらったりして世話になっていたので、その見返りとして、あるいはそれまでの個人的な付き合いもあって、右依頼を了承して、これに協力することとし、それらの者とそれぞれ共謀して、架空売上の規模を拡大していった。なお、田路嘉明や樋口竹雄は現金や小切手の一部を自己のために着服していた。

しかも、申請人は、その具体的方法を次第に極めて悪質なものに変え、ソニー販売会社の谷浦から現金や小切手が交付される前に、申請人側で先に外商の掛売を勝手にでっちあげ、その後に谷浦に対してそれに相応する額の現金や小切手を要求するという形態に変えていった。

申請人は、指示された売上目標を基準にして、現実の売上が少い月には架空売上を増やし、逆に現実の売上が多い月には架空売上の額を少くするなどの操作をしながら、ほとんど毎月のように月額数百万円、多い月には一〇〇〇万円を超える額の架空売上を継続した。

ソニー販売会社の谷浦が申請人に交付した現金や小切手の調達方法は、後半においては、谷浦がいわゆるバッタ屋(正常な流通経路ではない様々な手段によって格安の商品を扱う闇的な業者)にソニー商品を安価に裏で横流し(ソニー販売会社においても認められていない取引)して、不法に換価するというものであった。申請人は、その事実を知悉し、その横流しの事実がソニー販売会社に発覚すれば直ちにこれが停止される状況にあることを充分に承知していた。しかも、谷浦とバッタ屋との取引は取引価格(非常に低いものである。)や取引量が一定せず、従って、申請人らが先に架空売上をでっちあげても、これに対応する現金等が必ず入ってくるという保障もなかったし、事柄の性質上入金が滞りがちになるであろうということは申請人も熟知していた。現に昭和六一年二月頃からは入金の遅滞が目立ち始め、申請人もこれを心配し、架空売上の事実を隠蔽するために、虚偽の返品伝票をきって一旦売上を解消したうえ、その直後に同額の架空の外商掛売を再度計上したりし、架空売上をこれ以上継続すれば被申請人会社に損害を与える結果となるという蓋然性が高くなってきた状況を十分認識しながら、それでもなお架空売上を中止せずに、あえてこれを継続した。

その結果、申請人は、被申請人会社のソニー販売会社に対する三〇八〇万円の未収金を発生させた。右未収金については、被申請人会社がソニー販売会社に対して同額の買掛債務の支払を留保し、両者間で話し合った結果、本件架空売上の事情や従来の取引関係等諸般の事情を考慮して、被申請人会社がソニー販売会社に九〇〇万円の支払をし、ソニー販売会社は残額二一八〇万円の請求権を放棄するということで決着がついた。これにより被申請人会社の最終的損害は九〇〇万円ということになった。

なお、申請人は、架空売上をした結果、毎月かなりの売上実績をあげているということで、個人的に被申請人会社の考課査定でもよい評価としてあらわれ、これがボーナス等に影響したほか、昭和五九年二月には専任主任となり、同六〇年二月には九等級に昇格するなどその地位や賃金面にも反映された。

2  申請人の行った架空売上に対応する入金が前記のような事情から大幅に遅滞するようになり、そのためにソニー販売会社に対する納入代金支払の資金が枯渇し、同社から被申請人会社への売掛金請求に対して、これを支払うことができなくなった際、申請人は、このことから自分の不正が発覚するのを恐れ、その隠蔽工作を行った。すなわち、被申請人会社のソニー販売会社に対する買掛金の昭和六一年一二月五日付分(同年一〇月一五日から同年一一月一五日売上締分)のうち、一三九〇万円を被申請人会社のソニー販売会社に対する売掛金債権との相殺名目で勝手に引去り、その分の支払いをしなかった。この相殺処理は、何ら正当な根拠の存しないものであり、ソニー販売会社から厳しい追及を受けた申請人は、同社に赴き、その場逃れで、右は被申請人会社側の伝票処理ミスのために発生したものである旨弁解し、すぐに処理することを約して、その旨の詫び状を差入れた。しかし、申請人は、その後もその処理をせずに、さらに昭和六二年一月五日分(同六一年一一月一六日から同年一二月一五日売上締分)から七〇〇万円の相殺処理を再び行ったため、ソニー販売会社から課長二人が来て申請人につめよりその是正方を強く求めたのに対し、申請人は同六二年一月一三日付で前記の樋口と連名で、その場逃れで、同年二月五日には支払う旨の詫び状を再度提出した。しかし、同年一月三〇日から二月一日まで申請人が無断欠勤して所在不明となり、本件が発覚したため、同年二月五日には支払われなかった。

申請人の行った架空売上の資金源である谷浦とバッタ屋との取引は、ソニー販売会社にとっては許容されない信用失墜行為であって、同会社に多大の損害を与えるものであり、そのため谷浦は同会社に隠れて内密に行っていたものであるが、申請人はその間の事情を十分承知したうえでこれに積極的に加担していたのであり、その結果同会社に多額の損害をかけた。

申請人は、昭和六一年一一月一八日、被申請人会社の閉店後である午後七時頃、被申請人会社において、ソニー販売会社の中野(営業担当)からソニーのシーディープレーヤーを仮納品の形で受け取り、これと引換えに、無権限で被申請人会社の納品伝票に受領確認の趣旨で申請人の印で押捺したうえこれを同人に交付し、続いて、そのシーディープレーヤーを、谷浦からの依頼により、被申請人会社の地下三階であらかじめ待ち合わせていたバッタ屋差し回しの配送車に運び込んでこれをバッタ屋に直接横流しした。また、申請人は、同月二一日夕方、被申請人会社の地下三階において、バッタ屋差し回しの配送車にソニーのラジオカセット四五台及びウォークマン五〇台(仕入値合計金二九八万四八五〇円、店出値合計金三五一万六〇〇〇円)を積み込み、さらに、同年一〇月頃、外商掛売で架空に計上した同年六月分の回収が滞ったため、早くその代金を回収すべく、谷浦に代ってバッタ屋事務所に直接赴き、バッタ屋から三五〇万円の小切手を受け取った。

3  被申請人会社は、職務権限規程をもうけて、各分掌事項について権限を有する職位を定め、商品の仕入に関しては特別納入歩率が八一パーセント未満を担当課長、八一パーセント以上を担当部長権限と定めている。また、同規程及びこれに基づく代行細則は右権限の代行につき、代行者が代行をなし得るのは、各職位者が不在またはその他事故により自ら権限を行使できず、業務停滞または会社の不利益を招き、もしくは他部門の業務遂行に支障をきたす恐れのある場合に限定している。申請人は、右規程及び細則に基づき、昭和六〇年二月二八日から同六一年九月四日までの間、担当課長代行者に選定されていたが、前記架空売上に関連して、右規程及び細則にしばしば違反し、部長権限である八一パーセント以上の特別納入歩率の承認決定をなしたり、課長代行の権限がないにもかかわらず八一パーセント未溝の特別納入歩率の承認決定をなしたり、課長代行の選定を受けているが前記の代行をなし得る場合でないにもかかわらず、代行権限を濫用して伝票の承認決定をした。

申請人は、前記架空売上に一部関連して、昭和五九年八月の棚卸に際し、その前月末の仮棚卸で八三〇万円前後の「赤」(帳簿上の在庫数よりも現実の在庫数が少いこと)があることが分ったので、他の者と協力して、これを隠すために自ら取引先と交渉し、甲社に対し約四九〇万円、乙社に対し約三四〇万円の返品操作をする旨の話をつけ、それぞれの額の返品伝票を棚卸前に起案させて、帳簿上で棚卸前に返品したことにして、帳簿上の在庫を減らせ、そして、棚卸終了後に同額の納品をしたことにして、一時しのぎをした。また昭和六〇年二月の棚卸の際にも、その前月末の仮棚卸で一〇二〇万円前後の「赤」があることが分ったので、申請人は、前回と同様に甲社に対し約五〇〇万円、乙社に対し約五二〇万円の返品伝票操作をさせた。この棚卸後、会計の方から棚卸前後の同額返・納品についての説明が求められたのに対し、申請人は、取引先に商品を預けていて現品不在のため右のような操作をなした旨弁明した。そこで、会計が申請人に対し、右預りの事実を証明するように求めたため、申請人は、前記の取引先二社に対し虚偽の預り証明書を作成させて、ごまかした。さらに、同年八月の棚卸の際には約七〇〇万円、同六一年二月の棚卸の際には約九五〇万円、同年八月の棚卸の際には約八〇〇万円の各「赤」があることがわかり、申請人は他の者と協力し、メーカーから商品を借用してあたかも在庫品のごとく見せたり、伝票を不正に操作するなどして不正に棚卸操作をした。

四  疎明資料によれば、被申請人会社の就業規則一〇二条一項には、諭旨解雇または懲戒解雇事由として、私利私欲のため不正行為を行い、会社に損害を与えたとき(一〇号)、故意に会社の信用を傷つけたとき(一一号)、会社の諸規則にしばしば違反し、改悛の情のないとき(一二号)と規定され、同条二項には、前項の懲罰はその情状により処分を加重、減軽または免除することがある、と規定されていることが認められる。

五  そこで、本件懲戒解雇の効力について検討する。

1  申請人は、本件架空売上は、被申請人会社のために行ったものであって、私利私欲のために行ったものではなく、また被申請人会社の信用を傷つけるという悪意もなく、さらに被申請人会社の規則にしばしば違反したこともないし、改悛の情も示しており、従って、申請人には解雇事由に該当するような事実はなく、仮に、これに触れるような事実があったとしても、それでもって懲戒解雇することは、あまりに苛酷に過ぎ、解雇権の濫用である旨主張する。

2  申請人は、前記認定のとおり、架空売上が被申請人会社において禁止されている不正行為であることを十分承知したうえでこれを行ったものであり、かつ右架空売上により被申請人会社に対し最終的に九〇〇万円の損害を与えたものであるが、申請人が谷浦から現金等を受取る前に申請人の方で先に外商の掛売を勝手にでっちあげ、その後にそれに相応するだけの現金等を谷浦に要求するという形態に変わったあとは、その入金の遅滞が目立ちはじめ、それ以上架空売上を継続すれば、被申請人会社に損害を与える結果となるという蓋然性が高くなってきた状況を十分認識しながら、あえてなおもこれを継続したのであるから、前記被申請人会社の損害は申請人の故意によるものというべきである。

ところで、就業規則一〇二条一項一〇号にいう「私利私欲のため」というのは、現金等の着服だけに限定される趣旨ではないと解せられる。前記認定のように、申請人は、主任という責任ある立場上、指示された売上目標を常に気にして、その目標達成に向けて努力していたが、目標達成は非常に難しく、大変苦労していたので、架空売上をすれば、そのような努力、苦労をすることもなく、単なる伝票操作だけで簡単に何百万円もの売上をあげ、目標達成もでき、売上成績があがるという認識のもとに本件架空売上を行ったものである。しかも、前記認定のような本件架空売上の経過ならびに架空売上により売上成績をあげたことが個人的によい評価として申請人自身の考課査定に考慮されて、地位、収入にも影響したこと等の事実からすれば、申請人は、架空売上により売上成績をあげることによって、被申請人会社の自己に対する評価もあがり、その結果昇進、昇給等個人的な地位、収入の面においても種々の利益を受けるであろうということを認識していたものと推認することができる。また、前記認定のように、外商の田路嘉明や樋口竹雄らから頼まれて行った分についても、普段から同人ら外商の者とは持ちつ持たれつの親密な関係にあって日頃売上処理等でいろいろと世話になっていたので、その見返りとしてあるいはそれまでの個人的な付き合いもあったために彼らに協力して架空売上をしたものであるから、これも申請人の個人的な利益、自己都合のために行ったものといえる。さらに、前記認定のとおり、申請人は、途中からは架空売上をそれ以上継続すれば被申請人会社に損害を与える結果となるという蓋然性が高くなってきた状況を十分認識したにもかかわらず、これを中止することなく、あえてこれを継続したのであるから、これは被申請人会社の利益のために行ったものでないことは明らかであり、これは自己のために行ったものといわざるを得ない。以上の諸点からして、申請人の行った本件架空売上は申請人の「私利私欲のため」に行ったものというべきである。従って、申請人の右架空売上の行為は就業規則一〇二条一項一〇号に該当する。

3  申請人は、前記認定のように、本件架空売上に対応する入金が大幅に遅滞するようになり、ソニー販売会社からの売掛金請求に対してこれを支払うことができなくなった際、自己の不正が発覚するのを恐れ、隠蔽工作として、勝手に右売掛金債務と被申請人会社の同社に対する売掛金債権との相殺処理を二度にわたって行い、同社からの追求及び是正要求に対しても、その場逃れの弁解や詫び状の差し入れをし、また、架空売上の資金源である谷浦とバッタ屋との取引はソニー販売会社にとっては許容されない信用失墜行為であり、同社に多大の損害を与えるものであることを十分承知したうえで、これに積極的に加担し、さらには、谷浦からの依頼によるとはいえ、申請人自身被申請人会社においてソニー製品をバッタ屋差し回しの配送車に運び込んだり、バッタ屋の事務所へ直接赴いて小切手を受取るなどしてバッタ屋との取引に深く関与していたのであるが、これらの申請人の行為は被申請人会社の信用を傷つけるものというべく、疎明資料によれば、現にこれらにより被申請人会社の信用を著しく傷つけたこと明らかであり、しかも、疎明資料によれば、申請人は、右各事実をその事実として認識し、これによって被申請人会社の信用が毀損される結果となることを認容したうえで、これを行ったこと明らかであるから、申請人には被申請人会社の信用を傷つけるという故意があったというべきである。従って、申請人の右各行為は就業規則一〇二条一項一一号に該当する。

4  申請人は、前記認定のように、架空売上のために架空の納品伝票、掛売伝票の発行を繰り返したほか、これに関連して、被申請人会社の職務権限規程及びその権限の代行細則にたびたび違反して伝票の承認印について課長代行権限を悪用するなどし、さらに返品伝票、納品伝票を不正に発行したりして何度も不正に棚卸操作をし、被申請人会社の諸規則にしばしば違反したものであるが、前記認定事実あるいは疎明資料によって一応認められる右規則違反の態様、期間、その後の経過、申請人の態度等諸般の事情を総合すれば、申請人には改悛の情もないといわざるを得ない。従って申請人の右行為は、就業規則一〇二条一項一二号に該当する。

5  申請人は、前記認定のように、担当主任あるいは専任主任という責任ある地位、立場にありながら、架空売上等の不正行為を長期間にわたって行い、被申請人会社に対してかなりの損害を与えたにもかかわらず、その損害の弁償も一切していないのであって、その情状は決して軽くはなく、疎明資料によれば、本件に関する処分者は、懲戒解雇二名、諭旨解雇一名、降格・降職二名、謹慎二名、減給二名、譴責三名に及び、本件は被申請人会社にとってはかつてない大規模の不正事犯であって、社内に及ぼした影響も極めて大きく、しかも申請人は本件の中心人物であるから、その責任は重いというべきである。なお、疎明資料によれば、申請人の本件懲戒解雇については、労働協約に基づき懲罰委員会が開催されて、労働組合との協義が行われた結果、労働組合も懲戒解雇に同意し、全員一致で被申請人会社の処分案どおり決定されたことが認められる。

6  右にみたような本件事案の内容、情状等諸般の事情を総合勘案すれば、本件懲戒解雇はまことにやむを得ない処分というべきであって、懲戒権を濫用したということはできない。

六  以上の理由により、申請人に対する本件懲戒解雇は有効であり、本件仮処分申請はその被保全権利について疎明がないというべきであり、保証を立てさせて疎明にかえることも相当ではないから、本件仮処分申請を失当として却下することとし、申請費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 横山敏夫)

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