大阪地方裁判所 昭和62年(ワ)10505号 判決 1988年9月22日
原告
田中久美子
ほか二名
被告
西岡博文
主文
一 被告は、原告田中千惠子に対し金四六二万四二九二円、原告田中久美子及び原告田中夕紀子に対し各金二〇九万二一四六円並びにこれらに対する昭和六一年九月二一日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その四を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告田中千惠子に対し金二二九九万七七〇〇円、原告田中久美子及び原告田中夕紀子に対し各金一一四九万八八五〇円並びにこれらに対する昭和六一年九月二一日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 第一項につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 交通事故の発生
次のとおりの交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
(一) 日時 昭和六一年九月一九日午後九時四〇分頃
(二) 場所 大阪市平野区平野西一丁目二番三号先路上
(三) 加害車 被告運転の普通乗用自動車(なにわ五五ほ五八九〇号)
(四) 被害者 亡田中善春(以下「亡善春」という。)
(五) 態様 加害車が時速約六〇キロメートルで西進中、折から北から南へ同僚数人とともに徒歩横断中の被害者に衝突し、同人を九メートル余り跳ね飛ばして死亡させた。
2 責任原因(一般不法行為責任、民法七〇九条)
被告は、本件事故当時運転免許を取得したばかりの二〇歳の学生であり、運転技術が未熟であるため、加害車を運転中、前方注視義務違反の過失により、徒歩横断していた亡善春の発見が遅れ、本件事故を発生させた。
3 損害
本件事故により亡善春が死亡したため、同人及び原告らは、次のとおりの損害を被つた。
(一) 亡善春の逸失利益
(1) 給与分 五九九四万九〇〇〇円
亡善春は本件事故当時三六歳であり、日本電信電話株式会社(以下「訴外会社」という。)大阪支社に勤務し、年間約五〇〇万円の給与を得ていたものであり、本件事故により死亡しなければ、同社において六〇歳までの二四年間就労が可能であつたと考えられるから、その生活費割合を三〇%とみて、同人の同社での給与分の逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、約五四二四万九〇〇〇円となる。
(計算式)
5,000,000×(1-0.3)×15.4997≒54,249,000
また、亡善春は、訴外会社を六〇歳で退職後も六七歳までの七年間就労が可能であり、その間約三〇〇万円の年収を得ることができたと考えられるから、その間の生活費割合を三五%とみて、同人の右期間中の逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、約五七〇万円となる。
(計算式)
3,000,000×(1-0.35)×(18.4214-15.4997)≒5,700,000
(2) 退職金分 四九八万〇八〇〇円
亡善春は、本件事故により死亡しなければ、六〇歳の退職時に訴外会社から二〇三二万八〇〇〇円の退職金を受け取ることができたところ、本件事故による死亡により四二五万八二〇〇円しか受け取ることができなくなつたから、年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して右退職時の退職金を死亡時の現価に引き直した金額から、右死亡時の退職金を差し引いた残額である四九八万〇八〇〇円が、同人の退職金分の逸失利益となる。
(計算式)
20,328,000×0.4545≒9,239,000
9,239,000-4,258,200=4,980,800
(二) 葬儀費用 一三八万三二五〇円
原告田中千惠子(以下「原告千惠子」という。)は、亡善春の妻であり、原告田中久美子及び原告田中夕紀子(以下「原告久美子ら二名」という。)はいずれもその子らであるが、同人の葬儀費用として右金員を支出した。
(三) 原告らの慰籍料 二二〇〇万円
亡善春は訴外会社において将来を嘱望された人物であり、原告らは同人の収入のみによつて生計を維持し、特に原告久美子ら二名は、亡善春の死亡当時一一歳と九歳の小学生であり、その急死により原告らは失望と悲嘆のどん底に突き落とされたものであるから、原告らの精神的苦痛に対する慰籍料としては右金員が相当である。
(四) 弁護士費用 一五〇万円
原告らは、本訴を原告ら訴訟代理人に委任し、着手金として五〇万円を支払い、報酬として一〇〇万円を支払う契約をしている。
(五) 損害額合計 八九八一万三〇五〇円
4 過失相殺
本件事故の発生については、亡善春においても横断禁止場所を夜間通行していた過失があり、その割合は二割とみるのが相当であるから、亡善春及び原告らの前記損害額からその二割を差し引くと、七一八五万〇四四〇円となる。
5 権利の承継
原告らは、亡善春の相続人であり、他に相続人はいないところ、同人の死亡により、原告千惠子は、同人の被告に対する損害賠償請求権につき、法定相続分に従いその二分の一を、原告久美子ら二名はその各四分の一宛相続により承継取得したから、被告に対し請求できる損害額は、原告千惠子につき三五九二万五二二〇円、原告久美子ら二名につき各一七九六万二六一〇円となる。
6 損害の填補
原告らは、本件事故による損害につき、次のとおり支払を受け、これを各法定相続分に従い分配して、原告千惠子につき一二五〇万一七〇〇円、原告久美子ら二名につき各六二五万〇八五〇円宛各損害額に充当した。
(一) 自賠責保険金として二三六〇万三四〇〇円
(二) 被告から一四〇万円
7 本訴請求
よつて請求の趣旨記載のとおりの判決(但し、原告千惠子につき残損害額二三四二万三五二〇円、原告久美子ら二名につき各一一七一万一七六〇円の内金請求。遅延損害金は本件事故発生の日以降の日であり、亡善春が死亡した日の翌日である昭和六一年九月二一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による。)を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の(一)ないし(四)、及び(五)の内の亡善春が本件事故により死亡したことは認めるが、(五)のその余は争う。
2 同2は争う。
3 同3は不知。
但し、原告ら主張の将来の退職時及び死亡時の各退職金の金額は認める。
4 同4は争う。
5 同5は不知。
6 同6の内、原告らが合計二五〇〇万三四〇〇円の支払を受けたことは認めるが、その余は不知。
三 抗弁(過失相殺)
本件事故の発生については、亡善春において、夜間に幹線道路の横断禁止区域を、友人の制止も無視して横断した過失があるから、同人及び原告らの損害賠償額の算定にあたつては、過失相殺によりその総損害額から少なくとも七割以上減額されるべきである。
四 抗弁に対する認否
抗弁は争う。
第三証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 交通事故の発生
請求原因1の(一)ないし(四)、及び(五)の内の亡善春が死亡したことは、当事者間に争いがなく、同(五)のその余の事故の態様については後記二で認定するとおりである。
二 責任原因(一般不法行為責任)
成立に争いのない甲第一号証、第三号証及び乙第一号証、本件事故現場の写真であることは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨により昭和六一年九月下旬頃撮影されたものであることが認められる検甲第一ないし第三号証、並びに証人篠原章郎、同松尾繁徳の各証言、及び被告本人尋問の結果によれば、次のとおりの事実が認められ、他にこの認定を左右するに足る証拠はない。
1 本件事故は、府道大阪羽曳野線の西行車線(二車線)の追越車線上で発生したものであり、東行車線(二車線)との間の中央分離帯には高さ〇・二五メートルの台の上に、高さ〇・七八メートルの鉄柵及び植木が設置されていて、歩行者の横断が禁止されているほか、最高速度は時速六〇キロメートルに規制されている。
2 被告は、本件事故当時二〇歳で、一八歳の時に運転免許を取得して昼間アルバイトで配達をしながら夜間大学に通い、本件事故当日も大学から自宅へ帰るため加害車を運転中、時速約六〇キロメートルで前記西行車線の追越車線上を、先行する普通乗用自動車に追随して進行していたところ、約二四・六メートル先を走行していた右先行車が急ブレーキをかけ左へ車線変更するのを認めたため、急ブレーキをかけて前方を見たが、黒い物体を認めただけで衝突の直前まで人であることに気付かず、そのまま約三五・八メートル進行した地点で北から南へ道路を横断しようとしていた亡善春に加害車の前部を衝突させ、同人を約一四・五メートル跳ね飛ばし、加害車は衝突地点から更に約一〇・八メートル進行して停止した。
3 亡善春は、本件事故当日の午後六時頃から午後九時前頃まで、訴外会社の同僚五人とともに居酒屋で酒やビールをかなり飲み、一旦本件事故現場の北側の道路沿いにある訴外会社の関西総支社に帰った後、帰宅のためのタクシーを拾うのに都合が良いため、右道路を二人の同僚とともに横断しようとして、その東行車線を横切り、中央分離帯にある鉄柵を乗り越え、更に西行車線を横断しようとしたが、通行車両があつて危険であるため同僚に制止されたにもかかわらず、北から南へ横断中に加害車と衝突し、路上に跳ね飛ばされて脳挫傷の傷害を負い、翌日の昭和六一年九月二〇日午前九時二〇分頃死亡した。
右認定の事実によれば、被告には、前方不注視の過失が認められるから、被告は民法七〇九条により、本件事故によつて生じた亡善春及び原告らの損害を賠償する責任がある。
三 損害
1 亡善春の逸失利益
(一) 給与分 五九六四万九〇八八円
成立に争いがない甲第四号証及び乙第二号証並びに原告千惠子の本人尋問の結果によれば、亡善春は本件事故当時三六歳で訴外会社に勤務し、昭和六〇年には年間四九七万二五九二円の収入を得ており、同社の定年は六〇歳であることが認められるところ、本件事故により死亡しなければ、六〇歳までの二四年間右会社で就労することが可能であり、この間の同人の生活費割合としては三〇%とみるのが相当であるから、同人の六〇歳までの逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、五三九五万一五七八円となる。
(計算式)
4,972,592×(1-0.3)×15.4997=53,951,578
また、亡善春は訴外会社を退職後も六七歳まで就労が可能であり、この間の収入は年間約三〇〇万円であり、生活費割合は三五%程度とみるのが相当であると考えられるから、同人の六〇歳から六七歳までの逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合により中間利息を控除して算定すると、五六九万七五一〇円となる。
(計算式)
3,000,000×(1-0.35)×(18.4215-15.4997)=5,697,510
(二) 退職金分 四九八万〇八七六円
亡善春が本件事故により死亡しなければ、定年の六〇歳の退職時に受け取ることができる退職金が二〇三二万八〇〇〇円であり、本件事故による死亡により支給された退職金が四二五万八二〇〇円であることは、当事者間に争いがないから、同人が死亡により失つた退職金は、右退職時の退職金から年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定した現価である九二三万九〇七六円から右死亡時の退職金を差し引いた残額の四九八万〇八七六円となる。
(計算式)
20,328,000×0.4545-4,258,200=4,980,876
2 葬儀費用 一〇〇万円
成立に争いのない甲第九号証、原告千惠子の本人尋問の結果並びにこれにより真正な成立が認められる甲第五ないし第八号証によれば、原告千惠子は亡善春の妻であり、同人の葬儀費用として合計一三八万三二五〇円を支出したことが認められるところ、本件事故と相当因果関係のある葬儀費用は一〇〇万円とみるべきである。
3 原告らの慰藉料
本件事故の態様、亡善春と原告らとの身分関係、亡善春死亡時の原告らの年齢、その他諸般の事情を考えあわせると、原告らの慰藉料額は、原告千惠子につき八五〇万円、原告久美子ら二名につき各四二五万円とするのが相当である。
4 損害額合計
(一) 亡善春 六四六二万九九六四円
(二) 原告千惠子 九五〇万円
(三) 原告久美子ら二名 各四二五万円
四 過失相殺
前記二で認定した事実によれば、本件事故の発生については、亡善春において、夜間飲酒のうえ会社の同僚二名とともに、歩行者横断禁止の幹線道路の中央分離帯に設置されてある鉄柵を乗り越え、更に左方向からくる車両の有無等の交通の安全を十分に確認しないまま、同僚の制止を振り切つて右道路を横断しようとした過失が認められるところ、前記認定の被告の過失の態様等諸般の事情を考慮すると、過失相殺として亡善春及び原告の前記損害額の六割を減ずるのが相当と認められる。
そうすると、亡善春が被告に対し請求し得る損害額は二五八五万一九八五円、原告千惠子については三八〇万円、原告久美子ら二名については一七〇万円となる。
五 権利の承継
原告千惠子の本人尋問の結果及び前掲甲第九号証によれば、原告千惠子は亡善春の妻、原告久美子ら二名はその子らであり、いずれもその相続人であつて、他に相続人はいないことが認められるから、同人の死亡により法定相続分に従い、原告千惠子は、亡善春の被告に対する損害賠償請求権につき、その二分の一(一二九二万五九九二円)を、原告久美子ら二名は、その各四分の一(六四六万二九九六円)宛を相続により承継取得したとみることができる。
そうすると、原告千惠子が被告に対し請求できる損害額は合計一六七二万五九九二円、原告久美子ら二名のそれは合計各八一六万二九九六円となる。
六 損害の填補
請求原因6の内、原告らが二五〇〇万三四〇〇円の支払を受けたことは、当事者間に争いがないから、法定相続分に従い、原告千惠子は内一二五〇万一七〇〇円の、原告久美子ら二名は各六二五万〇八五〇円宛支払を受けたとみるのが相当である。
よつて、原告らが被告に対し請求できる前記損害額から右各填補額を差引くと、残損害額は、原告千惠子につき四二二万四二九二円、原告久美子ら二名につき各一九一万二一四六円となる。
七 弁護士費用
本件事故の内容、審理経過、認容額等に照らすと、原告らが被告に対して本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は、原告千惠子につき四〇万円、原告久美子ら二名につき各一八万円とするのが相当であると認められる。
八 結論
よつて、被告は、原告千惠子に対し四六二万四二九二円、原告久美子ら二名に対し各二〇九万二一四六円及びこれらに対する本件事故発生の日以降の日である昭和六一年九月二一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告らの本訴請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 細井正弘)