大阪地方裁判所 昭和62年(ワ)1101号 判決 1989年4月11日
昭和六二年(ワ)第一一〇一号事件原告、同年(ワ)第五四〇一号事件及び同年(ワ)第五四一〇号事件被告(以下、単に「原告」と表示する) 藪内徳典
右訴訟代理人弁護士 土橋忠一
同 坂東平
昭和六二年(ワ)第一一〇一号事件被告、同年(ワ)第五四一〇号事件原告(以下、単に「被告」と表示する) 株式会社 阪和銀行
右代表者代表取締役 福田秀男
右訴訟代理人弁護士 中川利彦
昭和六二年(ワ)第一一〇一号事件被告、同年(ワ)第五四〇一号事件原告(以下、単に「被告」と表示する) 大阪府中小企業信用保証協会
右代表者理事 小泉周治
右訴訟代理人弁護士 富田貞彦
同 大家素幸
主文
一、原告の被告株式会社阪和銀行及び被告大阪府中小企業信用保証協会に対する本訴請求をいずれも棄却する。
二、原告は被告株式会社阪和銀行に対し、四五〇万円及びこれに対する昭和六一年三月一八日から完済まで年一四・六パーセントの金員を支払え。
三、原告は被告大阪府中小企業信用保証協会に対し、五七六万三三八〇円及びこれに対する昭和六二年一月二一日から完済まで年一八・二五パーセントの金員を支払え。
四、訴訟費用は、本訴反訴を通じて、原告の負担とする。
五、この判決の第二項及び第三項は、仮に執行することができる。
事実
第一、当事者の求めた裁判
(原告)
一、原告と被告株式会社阪和銀行(旧商号は株式会社興紀相互銀行。以下「被告銀行」という)との間において、昭和六〇年一〇月一四日付け四五〇万円の金銭消費貸借契約による原告の被告銀行に対する元金四五〇万円及びこれに対する昭和六一年三月一八日から完済まで年一四・六パーセントの遅延損害金の債務が存在しないことを確認する。
二、原告と被告大阪府中小企業信用保証協会(以下「被告保証協会」という)との間において、原告と被告銀行との間の昭和五八年一〇月二八日付け一〇〇〇万円の金銭消費貸借契約による原告の被告銀行に対する債務につき被告保証協会が同日付をもって被告銀行と締結した保証契約に基づき昭和六二年一月二〇日代位弁済したことによる原告の被告保証協会に対する五七六万三三八〇円及びこれに対する昭和六二年一月二一日から完済まで年一八・二五パーセントの遅延損害金の求償債務が存在しないことを確認する。
三、被告銀行及び被告保証協会の各反訴請求を棄却する。
四、訴訟費用は、本訴反訴を通じて、被告らの負担とする。
(被告銀行)
一、原告の被告銀行に対する本訴請求を棄却する。
二、原告は被告銀行に対し、四五〇万円及びこれに対する昭和六一年三月一八日から完済まで年一四・六パーセントの金員を支払え。
三、訴訟費用は本訴反訴を通じて原告の負担とする。
四、第二項につき仮執行宣言
(被告保証協会)
一、原告の被告保証協会に対する本訴請求を棄却する。
二、原告は被告保証協会に対し、五七六万三三八〇円及びこれに対する昭和六二年一月二一日から完済まで年一八・二五パーセントの金員を支払え。
三、訴訟費用は本訴反訴を通じて原告の負担とする。
四、第二項につき仮執行宣言
第二、当事者の主張
(原告主張の本訴請求原因)
一、被告銀行は原告に対し、昭和六〇年一〇月一四日四五〇万円を貸付けたと主張し、貸付け元金四五〇万円及びこれに対する昭和六一年三月一八日から完済まで年一四・六パーセントの約定遅延損害金の支払を請求している。
二、被告保証協会は原告に対し、被告銀行が昭和五八年一〇月二八日原告に貸付けた一〇〇〇万円の金銭消費貸借契約に基づく原告の被告銀行に対する債務につき、原告の委託を受けて同日被告銀行に保証し、被告保証協会は昭和六二年一月二〇日被告銀行に同債務の残元金五三八万円及びこれに対する昭和六一年三月二一日から昭和六二年一月二〇日まで年八・五パーセントの利息金三八万三三八〇円の合計五七六万三三八〇円を代位弁済したと主張し、同代位弁済金五七六万三三八〇円及びこれに対する昭和六二年一月二一日から完済まで年一八・二五パーセントの約定遅延損害金の支払を請求している。
三、しかしながら、原告が被告銀行から右の各貸付けを受けたことはなく、被告保証協会に右の保証委託をしたこともない。
それらは、原告のもと妻であった藪内早苗(以下「早苗」という)が原告名義を冒用してしたものである。
四、よって、原告は被告らに対し、右各債務が存在しないことの確認を求める。
(原告主張の本訴請求原因に対する被告らの答弁及び主張)
一、被告銀行
原告主張の本訴請求原因一は認める。同三は否認。被告銀行は、後記反訴請求原因のとおり、原告主張の債権を有している。
二、被告保証協会
原告主張の本訴請求原因二は認める。同三は否認。被告保証協会は、後記反訴請求原因のとおり、原告主張の債権を有している。
(被告銀行主張の反訴請求原因)
一、原告は、鳥徳の商号をもって、高石市と大阪府泉北郡忠岡町所在通称ジャンボフード内の二箇所に店舗を構え(以下、高石市所在の店舗を「高石店」、忠岡町所在の店舗を「忠岡店」という)、鳥肉の小売業を営むものであるところ、妻の早苗に忠岡店の営業の一切について権限を委任した。
二、右早苗は、昭和五八年一〇月二八日、自己及び原告の名義をもって、被告銀行との間で、忠岡店の営業に関し、原告及び早苗を連帯債務者として、証書貸付、手形貸付等に関して生じた債務の履行等を適用範囲とする相互銀行取引契約を締結し、同契約において、原告らが債務不履行したときは年一四・六パーセントの遅延損害金を支払うことを約束した(以下、この契約を「本件相互銀行取引契約」という)。
三、被告銀行は、右早苗の原告名義による申し込みを受け、昭和六〇年一〇月一四日、原告に対し、忠岡店の営業資金として、手形貸付の方法により、四五〇万円を、利息年八・五パーセント、弁済期昭和六一年二月二八日の約束で貸付けた(以下、この貸付を「本件手形貸付」という)。
その後、昭和六一年二月二七日、右早苗の依頼により、右弁済期を同年三月一七日に延期した。
四、よって、被告銀行は原告に対し、貸付け元金四五〇万円及びこれに対する弁済期の翌日である昭和六一年三月一八日から完済まで年一四・六パーセントの約定遅延損害金の支払を求める。
(被告保証協会の反訴請求原因)
一、原告は、鳥徳の商号をもって、高石店及び忠岡店の二店舗において、鳥肉の小売業を営むものであるところ、妻の早苗に忠岡店の営業の一切について権限を委任した。
二、被告銀行は、右早苗の自己及び原告名義による申し込みを受け、昭和五八年一〇月二八日、原告及び早苗を連帯債務者として、忠岡店の営業に関し、証書貸付の方法により、一〇〇〇万円を、利息年八・五パーセント、弁済方法 昭和五八年一一月二〇日を第一回、最終弁済期を昭和六三年一〇月二〇日とし、毎月二〇日限り各一六万五〇〇〇円を支払い、最終弁済期に残金を支払う、但し、右分割金の支払を一回でも怠ったときは、当然に期限の利益を失い残額を直ちに支払う、との約束で貸付けた(以下、この貸付を「本件証書貸付」という)。
三、被告保証協会は、右早苗の自己及び原告名義による申し込みを受け、昭和五八年一〇月二七日、原告及び早苗との間で、本件証書貸付に基づく原告らの被告銀行に対する債務につき被告保証協会が保証する旨の保証委託契約を締結し(以下、この契約を「本件保証委託契約」という)、翌二八日、被告銀行に保証した。
四、右保証委託契約において、被告保証協会と原告らは、被告保証協会が原告らの右債務を代位弁済したときは、被告保証協会の原告らに対する求償金について、年一八・二五パーセントの遅延損害金を支払う、との特約をした。
五、原告らは昭和六一年三月二〇日の支払期日を徒過し、期限の利益を失ったので、被告保証協会は昭和六二年一月二〇日被告銀行に原告らの本件証書貸付の残元金五三八万円及びこれに対する昭和六一年三月二一日から昭和六二年一月二〇日まで年八・五パーセントの利息金三八万三三八〇円の合計五七六万三三八〇円を代位弁済した。
六、よって、被告保証協会は原告に対し、右求償金五七六万三三八〇円及びこれに対する昭和六二年一月二一日から完済まで年一八・二五パーセントの約定遅延損害金の支払を求める。
(被告銀行主張の反訴請求原因に対する原告の答弁)
一、被告銀行主張の反訴請求原因一のうち、原告が鳥徳の商号をもって高石店及び忠岡店の二店舗において鳥肉の小売業を営んでいたことは認めるが、その余は否認する。早苗は単なる手伝いに過ぎない。
二、同二の早苗が自己及び原告名義をもって被告銀行との間で本件相互銀行取引契約を締結したことは認める。右契約は、早苗が原告の名義を冒用してしたものである。
三、同三のうち、早苗が被告銀行に対し原告名義をもって本件手形貸付の申し込みをし、被告銀行が本件手形貸付をしたことは認めるが、その余は不知。右手形貸付は早苗が原告の名義を冒用して借受けたものである。
(被告保証協会の反訴請求原因に対する原告の答弁)
一、被告保証協会主張の反訴請求原因一のうち、原告が鳥徳の商号をもって高石店及び忠岡店の二店舗において鳥肉の小売業を営んでいたことは認めるが、その余は否認。早苗は単なる手伝いに過ぎない。
二、同二の早苗が被告銀行に対し自己及び原告名義をもって本件証書貸付の申し込みをし、被告銀行が本件証書貸付をしたことは認める。右証書貸付は早苗が原告の名義を冒用して借受けたものである。
三、同三のうち、早苗が被告保証協会に対し自己及び原告名義をもって本件保証委託契約を申し込み、被告保証協会と本件保証委託契約を締結したことは認めるが、その余は不知。右契約は早苗が原告の名義を冒用してしたものである。
四、同四の特約は不知。
五、同五は不知。
第三、証拠関係<省略>
理由
一、原告主張の本訴請求原因一の事実は原告と被告銀行との間において、同二の事実は原告と被告保証協会との間において、いずれも争いがなく、また、原告の妻早苗が自己及び原告の名義をもって被告銀行と本件相互銀行取引契約を締結し、被告銀行から本件手形貸付を受けたことは原告と被告銀行との間において、右早苗が自己及び原告の名義をもって被告保証協会と本件保証委託契約を締結し、被告銀行から本件証書貸付を受けたことは原告と被告保証協会との間において、いずれも争いがない。
二、そこで、右早苗が原告の名義をもって本件相互銀行取引契約、手形貸付、保証委託契約及び証書貸付等をする権限を有していたか否かについて判断する。
原告が鳥徳の商号をもって高石店及び忠岡店の二店舗において鳥肉の小売業を営んでいたことは原告と被告らとの間において争いがないところ、<証拠>によれば、原告は親の代から引き続いて農業を営んでいたが、その所有農地を大阪府に下水処理場用地として買収されたため、家業の農業を廃止し、昭和五一年三月ころから高石店において鳥肉の小売業を始め、同店の営業が軌道に乗った昭和五三年四月ころ忠岡店を出店し、二店舗で鳥肉の小売業を行うようになったこと、原告の妻早苗は原告が高石店を開いた当初から同店において小売の手伝いをしていたが、忠岡店を出店してからは、専ら忠岡店の営業に従事し、また、原告は高石店の営業に専念し、忠岡店の営業には直接関与せず、忠岡店には責任者を置いて、その責任者に営業を任せていたことが認められる。
ところで、原告はその本人尋問において、また、証人藪内早苗は、その第一回証人尋問において、忠岡店の責任者は早苗ではなく、同店の従業員として雇い入れた井出都志夫であり、早苗は同店の手伝いをしていたものに過ぎない旨供述している。
しかしながら、<証拠>によれば、井出都志夫は新聞広告で募集し採用したものであること、これに対し、早苗は昭和三八年に原告と結婚して以来昭和六一年二月に原告の名義を使用してあちこちから借金をしていた不祥事が発覚するまで原告と円満な夫婦関係を維持し、原告から不信を持たれていたものでもなく、しかも、早苗は既に高石店において原告の手伝いをして鳥肉の小売店の営業について要領を知っており、また、早苗は如才ない、なかなかやり手の女性でもあることが認められるので、その早苗を差し置いて右井出を忠岡店の責任者にしなければならない特別の事情も認められないことからすると、忠岡店の責任者は井出であって早苗ではないとの原告及び早苗の前記各供述は俄かに措信し難く、右認定の事実関係よりすれば、むしろ、原告が高石店を、早苗が忠岡店を、それぞれ責任をもって営業し、対外的には原告が鳥徳の事業主となってはいるが、鳥徳全体の営業の実態は夫婦が右のような形態をとって共同して営業をしていたと見るのが相当である。
従って、早苗には、商法三八条を類推適用し、高岡店の営業に関して鳥徳の商号若しくは原告の名義をもって行為する権限を有するものというべきである。
しかるところ、証人那須弘和及び同喜田崇史の各証言及び弁論の全趣旨によれば、本件相互銀行取引契約は本件証書貸付を受けるにあたって忠岡店の営業に関して被告銀行との取引のために締結されたものであり、本件証書貸付は忠岡店と同じ商店街のジャンボフード内に売りに出されていた鳥肉店を買い取り、忠岡店の営業を拡張するための設備資金として借入れの申し込みをしたものであり、本件保証委託契約は右設備資金の借入れの保証を被告保証協会に委託するために締結されたものであり、また、本件手形貸付は忠岡店の商品の仕入れ資金として借入れの申し込みをしたものであることが認められる。<証拠判断省略>。
そうすると、本件相互銀行取引契約、証書貸付、保証委託契約及び手形貸付はいずれも忠岡店の営業に関してなされたものであるといえるから、早苗には原告の名義においてそれらの契約を締結する権限があったものというべきである。
ところで、証人藪内早苗は、その第一回証人尋問において、被告銀行から本件証書貸付を受けるにあたって、当時の被告銀行忠岡支店の支店次長那須弘和に早苗個人が原告に内緒で借りられるならば借受けたい旨明言して本件証書貸付の借受け申し込みをし、同次長もそれを諒解してこれに応じたものであり、また、被告銀行の係員も本件証書貸付の際作成した相互銀行取引約定書である乙第五号証(丙第三号証はその写し)の作成にあたり、早苗に原告名を汚い字で書くように助言し、また、本件手形貸付についても同様に早苗が個人で使用するものであることを被告銀行は承知していた旨を証言しているが、同証言は俄かに措信し難く、他に被告銀行がその使途について鳥徳の忠岡店の営業に関するものではなく専ら早苗個人の費消に当てられるものであることを承知のうえで本件証書貸付及び手形貸付をしたことを窺わせる事情もみとめることはできない。
三、そして、右と同じ理由から早苗に作成権限があると認められるので真正に成立したものと認める丙第一号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める丙第五、第六号証及び弁論の全趣旨によれば、被告保証協会主張の反訴請求原因四及び五のとおりの遅延損害金の特約及び代位弁済をした事実が認められるので、結局、被告両名主張の各反訴請求原因事実はすべて認められることになる。
そうすると、原告は、被告銀行に対し四五〇万円及びこれに対する昭和六一年三月一八日から完済まで年一四・六パーセントの遅延損害金の、また、被告保証協会に対し五七六万三三八〇円及びこれに対する昭和六二年一月二一日から完済まで年一八・二五パーセントの遅延損害金の、各債務があることに帰着する。
四、以上の次第であるから、原告の本訴請求はいずれも理由がないので棄却することとし、被告両名の反訴請求はいずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を、各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 海保寛)