大阪地方裁判所 昭和62年(ワ)12378号 判決 1990年11月28日
原告
大中猛視
右訴訟代理人弁護士
和田徹
被告
小田企業株式会社
右代表者代表取締役
小田輝彦
右訴訟代理人弁護士
村田哲夫
主文
被告は、原告に対し、金三一二万〇五七九円及び内金一五〇万〇八三〇円に対する昭和六三年一月一三日から、内金一六一万九七四九円に対する昭和六三年八月一日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを一〇分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金三四二万三八三八円及びこれに対する昭和六三年一月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 被告は、不動産の売買及び仲介等を業とする会社である。原告は、昭和六二年二月二六日、被告において裁判所による競売物件の競落及び売却等を担当する社員として、被告に雇用され、同年一一月一八日、自らの希望で被告を退職した。
2(1) 右雇用に際し、被告は、原告に対し、給料として基本給金一四万円、家族手当金三万円、調整手当金四万五〇〇〇円及び食事手当金二万円の合計金二三万五〇〇〇円(皆勤の場合はさらに皆勤手当とし手金一万五〇〇〇円)を毎月二〇日締めで二五日に支払う旨を約した。
(2) さらに、被告は、原告に対し、原告以外の従業員に支給されていたボーナスの支払に代えて、歩合給として、原告が業務として売却した物件の代金から競落代金、税金、内装、工事費用、仲介手数料等の直接売却のために費やした経費(以下、「直接経費」という。)を控除した額―すなわち右売却により被告が取得した利益―の一割に相当する金員を夏期及び冬季(ママ)のボーナス支払期に支給する旨を約した。
3 被告は、昭和六二年一一月分の給料を支払わない。右未払給料額は、前記月額給料を日割計算すると金二一万九八三七円となる。
4 さらに、原告は、被告に雇用されていた期間中に別紙物件目録(略)記載の各物件の売却に関与し、その購入(競落)代金、売却代金、経費等の歩合給算定の基礎となる額は別表1(略)の原告主張欄記載のとおりである。したがって、原告の取得すべき歩合給の総額は金三四五万五〇四六円となる。
5 よって、原告は、被告に対し、未払給料金二一万九八三七円及び歩合給の内金三二〇万四〇〇〇円の合計三四二万三八三七円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六三年一月一三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2について
(1) (1)の事実は認める。
(2) (2)のうち、被告が原告に対し、固定給に加えそれ以外の金員の支払を約した事実は認めるが、それが原告主張の歩合給であること、さらに、原告が主張する計算方法で算出されるものであることは否認する。
3 同3の事実は認める。
4 同4のうち、原告が別紙物件目録記載の物件に関与した事実は認める。各物件に関する原告の購入(競落)代金、売却代金、経費等の主張に対する認否は別表Ⅰに記載のとおりである。
三 被告の主張
1 固定給以外の給与の受給資格について
(1) 被告が原告に対し、固定給以外の給与として支払を約した金員は歩合給ではなく、あくまでボーナスとしての性質を有するものであった。したがって、被告の通常のボーナス支給日である一二月までに在職しなかった原告には、右給与の受給資格はない。
(2) 原告が関与した物件の売却代金が被告に入金された年月日は、別表Ⅰに記載したとおりである。したがって、少なくとも、物件番号5及び6の各物件については被告は原告の在職中に現実の利益を得ていないのであるから、原告には右各物件についての給与の受給資格はない。
2 固定給以外の給与の計算方法について
(1) 右給与の支給決定基準にいう経費とは、原告が主張する直接経費にとどまらず、右物件の購入・売却のために被告が費やした全経費、すなわち、被告の他の従業員の給料も含め右購入から売却までに被告を会社として運営するために費やされた全ての経費(以下、「間接経費」という。)を含むものであり、その主な項目及び額は別表二―一(略)ないし6(略)に記載したとおりである。
(2) 仮に、右給与が原告の主張するとおりの算定基準で計算されるとしたら、被告が主張する経費は、別表Ⅰの被告主張欄記載のとおりである。
四 被告の主張に対する認否
被告主張1及び2(1)の事実は否認する。
第三証拠(略)
理由
一 請求原因1及び2(1)事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、請求原因2(2)について判断する。
1 原告、被告間で、固定給に加えてそれ以外の給与(以下、これを加算給という。)の支払が約束された事実は当事者間に争いがなく、(証拠略)によれば、右加算給についての合意は、原告が被告に雇用された昭和六二年二月二六日に交わされた雇用契約書の「その他」欄に、「夏期、冬期時のボーナスは諸経費を差引いた利益の壱割前後の金額を支給するものとする。」との文言により書面化されたことが認められる。
したがって、本件の争点である加算給の受給資格及びその具体額の算出方法については、右雇用契約書が交わされるに至った具体的経緯を踏まえて、右文言に表された当事者の意思を合理的に解釈することにより、原告、被告の各主張の当否を決定すべきものと解するのが相当である。
もっとも、右と異なり、本件では、「直接経費」あるいは「間接経費」とはいっても、原告及び被告の各主張自体からその費目までが具体的に合意されたものではないことは明らかであること、さらに、前記文言上「利益の壱割前後」とされた支給率の点で、後に原告、被告間で右率についての最終的合意があったと認めるに足りる証拠がないこと等を勘案すると、加算給についての合意は、いまだ法的意味での請求権を発生させるほどには具体化されていないとして、右合意の成立自体を否認する立場もとり得ないではない。
しかし、原告及び被告代表者各本人尋問の結果によれば、被告は従業員が五名程度の小規模な会社であること、原告と被告は雇用関係に入る以前からの知人であることが認められ、このような場合に、本件の加算給のごとき固定給以外の給与の支給条件につきその細目までを決定することなく雇用契約を結ぶことは必ずしも稀なでき事ではないと考えられることからすると、本件で、その支給条件が細目まで一致していないとの理由で加算給の合意自体を否認することは、原告のごとき立場の被雇用者にとって酷に過ぎる結果をもたらすこと、さらに、被告は、本件において、右合意の趣旨に食い違いがあると主張してその内容を争っているのであり、合意自体を否定する旨の主張はしておらず、前記支給率の点においても、控除すべき経費が異なるとの主張を前提にしてではあるがそれが一割であること自体はあえて争っていないことから考えて、当裁判所は、前記立場に与しない。
2 そこで、本件で加算給の合意がなされた具体的経緯をみるに、(証拠略)によれば、原告は、昭和三九年ころから不動産の売買に関する仕事を行っていたこと、中でも被告で担当した競売物件の落札、売却に関与し始めたのは昭和四八、九年からであり、原告は競売物件の扱いに精通していたこと、被告に雇用される直前は個人で競売不動産のブローカーをしており、年収は金四五〇万円から五〇〇万円程度であったこと、被告と始めてあったのは昭和四四、五年であり、時々顔を合わせる程度の付き合いだったこと、被告に入社したのは、本格的に競売物件の落札、売却に乗り出そうとしていた被告代表者小田輝彦(以下、小田という。)の誘いに応じてであること、入社に際し、給与条件は、まず、原告が提示し、被告がこれに応ずる手順で決定されたこと、加算給についても、まず原告が、いわゆるボーナスは不要だが、固定給以外に自己の働きに応じて増額される給与を支払って欲しい旨を申し入れ、被告が他の従業員についても夏期、冬期にボーナスを支給していたこともあってこれに応じたことからその支給が決定されたこと(なお、被告は他の従業員に対し昭和六二年度にボーナスとして月額の四か月分を支給している。)、その支給条件については、原告が、「売上利益の一割を欲しい」旨を述べ、被告がこれを承諾したこと、その際、原告と小田との間で「売上利益」の算出方法については、売却価格から購入価格及び登録税、手数料、改装費等の経費を控除したものであるということ程度以上には具体的には話し合われなかったこと、また、その受給資格についても、在職中に現実に売却代金が納入されないとの事態が生じた場合にこれをどうするのかとの話合いはなかったこと、右話合いの結果その内容が、前記のとおり雇用契約書(<証拠略>)に「夏期、冬期のボーナスは諸経費を差引いた利益の壱割前後の金額を支給するものとする。」との文言で記載されたこと、その際原告は、右加算給が、取扱物件が売却されるごとに支給されるものであると思っていたものの、小田が、右雇用契約書にボーナスとしてその支払時期にまとめて支払(ママ)旨を記載したことに対しても敢えて異議を唱えなかったこと、原告は、被告に対し、昭和六二年の夏期ボーナス時には加算給の支払の請求をしていないこと、被告は、原告が入社する以前にも競売物件の入札に参加したことはあったが、実際に落札できた例はなく、現実に競売物件を購入しこれを売却して利益をあげるようになったのは原告を雇用して後(ママ)であること、被告の入札価格は原告の進言に基づき小田が決定していたこと、原告が被告を退社したのは、右入札につき度々小田と意見が衝突したからであること、原告は被告に雇用されるに際し、小田から金一五〇万円を借り受けていたが、右貸金の返済期限は、一応、昭和六三年三月二〇日とされ原告はその所有物件に担保を設定していたこと(なお、右貸金を巡る紛争は昭和六三年三月二二日裁判上の和解により解決した。)、原告は、退社時に、小田に対し、加算給として、右金一五〇万円を差引いてもなお金一二〇ないし一三〇万円の支払を受けられるはずである旨を主張したが、小田は耳を貸さなかったこと、原告は、被告を退社後同様に不動産を扱う会社に就職し、昭和六三年度は金四五一万円、平成元年度は金六八六万円の収入を得ていること、以上の事実が認められ、原告、被告代表者各本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らして措信できない。
3 右事実に基づき加算給の受給資格、計算方法について考える。
(1) 受給資格について
<1> 被告は、加算給はボーナスとしての性質を有することを理由に、被告の通常の冬期ボーナス支給日に在職しなかった原告には受給資格がない旨を主張し、前記雇用契約書の文言中に、加算給がボーナスとして支給される旨の記載があることは前記認定のとおりである。しかし、同認定によれば、加算給は、原告が通常のボーナスの支給を不要とし、それに代わるものとして要求したことにより決定されたものと認められることがあること、さらに、被告の主張によっても他の従業員に対するボーナスとは全く異なる算定方法でその額が決定されるものであることからすると、右文言の意味するところは、いわゆるボーナスと同様の発生要件、すなわち、被雇用者が支給時に在職することにより請求権が発生することまでをも定めたものではなく、単にその支給時期が通常の歩合給のそれと異なり他の従業員にボーナスが支払われる時期に到来するものと定めたものにすぎないと認めるのが相当である。
したがって、被告の右主張は理由がない。
<2> 次に、被告は、加算給は、原告の在職中に被告が現実の被告に利益がある場合に限って支払われるものである旨を主張する。
この被告の主張が意味するところは、必ずしも判然とはしないが、要するに、前記認定によれば、前記雇用契約書には、加算給が、「利益」を基礎として算定される旨の記載があることから、それが発生するのは、被告が現実に売却代金を受領したときであり、その時点で被告との雇用契約が解消されている原告にはこれを受領する資格がないというものであると解される。そこで、右主張につき考えるに、この点につき原告と小田との間で具体的な話合いがなかったことは前記認定のとおりである。しかし、(証拠略)によれば、本件各物件はいずれも原告が被告を退社する以前にその売買契約は完了しており、後は買主の代金支払義務が履行されるだけになっていたこと、原告の被告における主な業務は競売物件の落札及びその販売であったことは前記認定のとおりであり、右代金の回収までもがその業務となっていたと認めるに足りる証拠はないこと、さらに、被告代表者本人尋問の結果(第一回)によれば、被告は、本件訴訟が提起されるまでは、ここで主張するような理由で加算給の支払を拒んだことはなかったことが認められることからすると、本件加算給の支給に関する当事者の合理的意思は、加算給は、当該物件が売却された時点で右契約価格によって算出された利益に基づき、現実に被告が右代金を受領しなかったことを解除条件とし、その支払期を右代金受領の日の後に到来する他の従業員のボーナスの支払期として発生するとすることにあったと認めるのが相当である。
したがって、右被告の主張もまた理由がない。
(2) 加算給の計算方法について
被告は、加算給算定の根拠となる経費は、「間接経費」である旨を主張し、被告本人尋問の結果中には、小田が、原告との雇用契約を結ぶに際し、原告に対し、その旨を明確に述べた旨の右主張に沿う供述がある。
しかし、原告と被告が雇用契約を結んだ時点で交わされた会話の内容は先に認定したとおりであり、それ以上に具体的会話がなされたとは認められないことに照らして、右供述は措信できない。
そこで、先に認定した事実に基づき、「経費」として合意された内容として、原告、被告の主張のどちらが合理的かを考える。
まず、原告の主張は、概ね前記認定の話合いの内容に沿っていること、加算給の算定方法自体が原告の提案によって決定されたこと、被告は、当時競売の分野に進出することを計画しており、そのためには原告の経験、能力を必要としており、現に被告は、原告が入社して以降それまでできなかった競売物件の取引を行っていること、他方、原告は、雇用されるにあたり小田から借金をしているものの、これには物的担保が付けられておりその返済手段は一応確保されていたことからすると、原告は加算給の支払条件を決定するにあたりある程度自己の希望を貫ける立場にあったと認められること、さらに、原告の被告に雇用される以前、あるいは退職後の収入からみても、固定給に後記認定の程度の加算給を加えた収入を得ることはさして不自然ではないこと等から考えて、合理性を有するものというべきである。
他方、被告の主張は、原告が小田と並んで被告の経営に関与するものとして雇用されたのならともかく、一介の従業員として雇用された原告に支給される加算給の算定基準としては、あまりに漠然としていること、その主張どおりの内容が合意されるためには、殊にこれが原告の提案に基づき決定されたことから考えて、被告の規模、年間利益、従業員の数、営業内容等につき原告と小田との間でかなり詳細な会話がなされてしかるべきであるのにこれらについて話し合われた形跡は全くないこと等からみて、合理性に欠けるものというほかない。
4 以上のとおりであるから、本件加算給は、特段の合意がなされない限り、売却価格から購入(競落)価格及び原告主(ママ)張する意味での「直接経費」を控除した金額の一割の額で発生し、その支払時期は、発生後に到来する他の従業員に対するボーナスの支払期であるものと認めるのが相当である。
三 請求原因3の事実は当事者間に争いがない。
四 そこで、請求原因4につき検討する。
原告が別紙物件目録(略)記載の各物件の売却に関与した事実は当事者間に争いがなく、右各物件の売却代金から加算給を算出する方法は前判示のとおりである。
ところで(証拠略)によれば、本件各物件の購入(競落)及び売却価格、右各代金の支払日及び受取日並びに経費額は、別表Ⅰ(略)の裁判所認定欄記載のとおりであることが認められ、右認定の反する証拠はない。したがって、原告に支払われる加算給の総額は金二九〇万〇七四二円となる。
なお、被告が主張する競落代金に対する利息については、前掲各証拠から、被告においては、右代金がいずれも借入金によりまかなわれていたことが認められることからこれを直接経費と認定した。
さらに、被告代表者本人尋問の結果(第一回)によれば、被告は、他の従業員に対し、毎年六、七月ころ及び一一、一二月ころの二度ボーナスを支給していたことが認められ、右事実からすると、被告の他の従業員に対するボーナスの支払時期は、遅くとも夏期が七月末日、冬期が一二月末日と認めるのが相当である。
五 してみると、被告は、原告に対し、未払給料として金二一万九八三八円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和六三年一月一三日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金並びに加算給として金二九〇万〇七四二円及び内金一二八万〇九九三円に対する右同日から、内金一六一万九七四九円に対する昭和六三年八月一日から、各支払済みまで年五分の割合による遅延損害金を支払義務があるものというべきである。
よって、原告の請求は右の限度で理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 野々上友之)