大阪地方裁判所 昭和62年(ワ)4420号 判決 1987年12月25日
甲・乙事件原告
円俊則
右訴訟代理人弁護士
伊賀興一
甲事件被告
同和火災海上保険株式会社
右代表者代表取締役
辻野知宜
同
安田火災海上保険株式会社
右代表者代表取締役
後藤康男
同
住友海上火災保険株式会社
右代表者代表取締役
徳増須磨夫
同
日本火災海上保険株式会社
右代表者代表取締役
品川政治
右被告ら四名訴訟代理人弁護士
水野武夫
同
増市徹
同
飯村佳夫
同
田原睦夫
同
栗原良扶
同
尾崎雅俊
乙事件被告
吉田征弘
右被告訴訟代理人弁護士
細川喜子雄
同
村上久徳
主文
一 原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 原告に対し、被告同和火災海上保険株式会社(以下、「被告同和火災」という。)は一一二万七五〇〇円、被告安田火災海上保険株式会社(以下、「被告安田火災」という。)二二五万五〇〇〇円、被告住友海上火災保険株式会社(以下、「被告住友海上」という。)は一八〇万円、被告日本火災海上保険株式会社(以下、「被告日本火災」という。)は二二五万五〇〇〇円及び右金員に対する昭和五九年一一月一三日から支払ずみまで年六分の割合による金員を、被告吉田征弘(以下、「被告吉田」という。)は四〇七万八〇二〇円及びうち三七七万八〇二〇円に対する昭和五八年一一月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する被告らの答弁
主文と同旨。
第二 当事者の主張
(甲事件)
一 請求原因
1 被告同和火災、同安田火災、同住友海上、同日本火災(以下、右被告四名を併せて、「被告四社」という。)はいずれも損害保険業を営む株式会社であるところ、原告は保険者である各被告との間で、被保険者を原告とする次のような各保険契約を締結した。
(一) 保険者 被告同和火災
契約締結日 昭和五八年九月一日
保険の種類 交通事故傷害保険
保険事故と保険金 運行中の自動車に搭乗している被保険者が交通事故傷害によって傷害を受けたとき、入院一日につき七五〇〇円、通院一日につき五〇〇〇円(但し、事故の日から一八〇日を限度とする。)
保険期間 一年間
保険料 一万二五〇〇円(一括払)
(以下、「本件(一)契約」という。)
(二) 保険者 被告安田火災
契約締結日 同年同月二日
保険の種類 交通事故傷害保険
保険事故と保険金 本件(一)契約と同様の入院一日につき一万五〇〇〇円、通院一日につき一万円(但し、事故の日から一八〇日を限度とする。)
保険期間 一年間
保険料 二万五〇〇〇円(一括払)
(以下、「本件(二)契約」という。)
(三) 保険者 被告住友海上
契約締結日 同年同月二六日
保険の種類 積立ファミリー交通傷害保険
保険事故と保険金 本件(一)契約と同様の保険事故が生じたとき、就業可能な程度に治癒するまでの治療期間中一日につき一万円(但し、事故の日から一八〇日を限度とする。)
保険期間 五年間
保険料 毎月三万八三〇〇円
(以下、「本件(三)契約」という。)
(四) 保険者 被告日本火災
契約締結日 同年同月二九日
保険の種類 傷害保険
保険事故と保険金 被保険者が急激かつ外来の事故によって傷害を受けたとき、入院一日につき一万五〇〇〇円、通院一日につき一万円(但し、事故の日から一八〇日を限度とする。)
保険期間 一年間
保険料 毎月一万五四一〇円の六回払い
(以下、「本件(四)契約」という。)
2 保険事故(交通事故)の発生
原告は次の交通事故(以下「本件事故」という。)によって傷害を受け、入・通院治療を余儀なくされた。
日時 昭和五八年一一月一〇日午後三時一〇分頃
場所 大阪市淀川区宮原一丁目八番一一号先丁字型交差点(以下、「本件交差点」という。)
加害車両 被告吉田運転の普通乗用自動車(登録番号、大阪四六せ五二三一号)
被害車両 原告運転の普通乗用自動車(登録番号、泉五八な五三八〇号)
態様 被告吉田は、加害車両を運転して、本件交差点から北に通じる道路(以下、「交差道路」という。)を本件交差点に向かって北から南へ進行し、本件交差点において時速約四〇キロメートルの速度で左折して東方に進行しようとした際、折から東西に通じる道路(以下、「東西道路」という。)を東から北に右折するため同交差点内において一時停車していた原告運転の被害車両に自車を衝突させた(別紙図面参照)。
受傷 原告は本件事故により外傷性頚部症候群、腰部挫傷の傷害を負った。
治療経過 原告は、本件事故による前記傷害の治療のため、次のとおりの入・通院を余儀なくされた。
(一) 昭和五八年一一月一一日から同五九年二月九日まで千本病院に入院(九一日間)
(二) 同五九年二月一〇日から同年九月二一日まで同病院に通院(実日数一〇三日間)
そこで、被告四社は原告に対し、それぞれ右各保険契約に基づき、一八〇日(入院九一日、通院八九日)分の保険金の支払義務を負うこととなったところ、その保険金の額は、被告同和火災は一一二万七五〇〇円、被告安田火災は二二五万五〇〇〇円、被告住友海上は一八〇万円、被告日本火災は二二五万五〇〇〇円となる。
(計算式)
被告同和火災
7,500×91+5,000×89=1,127,500
被告安田火災
15,000×91+10,000×89=2,255,000
被告住友海上
10,000×180=1,800,000
被告日本火災
15,000×91+10,000×89=2,255,000
よって、原告は、本件各保険契約に基づき、被告同和火災に対し一一二万七五〇〇円、被告安田火災に対し二二五万五〇〇〇円、被告住友海上に対し一八〇万円、被告日本火災に対し二二五万五〇〇〇円及び右各金員に対する本件訴状送達の日の翌日又はその後である昭和五九年一一月一三日から支払いずみまで商事法定利率年六分の割合による各遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する被告四社の認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実のうち、加害車両の速度及び原告の受傷の点を除きその余は認める。本件事故当時の加害車両の速度は時速約五キロメートルに過ぎず、本件事故は極めて軽微な衝突事故であるから、原告がその主張のような傷害を受けるようなことはあり得ない。仮に原告の頚部及び腰部に何らかの症状があったとしても、原告は本件事故以前にも交通事故に遭い、昭和五八年七月一八日から同月一〇月七日まで頚部及び腰部の症状につき治療を受けていたものであって、本件事故当時未だ完治していなかったのであるから、右症状と本件事故との間に因果関係は存在しないというべきである。
三 抗弁
1 故意の受傷による免責(被告四社)
本件(一)ないし(四)の各契約においては、保険契約者又は被保険者の故意によって生じた傷害については保険金を支払わない旨の約定がなされていたところ、本件事故は原告が保険金を取得するため故意に生じさせたものであるから、被告四社に保険金の支払い義務はない。
本件事故が原告の故意によるものであることは、月収一八万円程度で生活も楽ではなかった原告が、なんら合理的な動機や必要もないのに合計九万一二一〇円もの保険料を支払ってわずか二九日の間に四件の保険に次々と加入し、その二か月ほど後に本件事故に遭っていること、本件事故の際衝突事故を容易に避け得たにもかかわらず、原告が回避措置を全く講じることなく、加害車両が衝突してくるのを待ち構えるようにして衝突されていること、その他本件事故後における原告の不可解な行動や千本病院入院時に医師に対し殊更に虚偽の申述をしていることなどの諸事情に照らして明らかである。
2 通知義務もしくは告知義務違反による解除(被告四社)
(一) 被告四社は後記(二)の各事由に基づき、いずれも昭和五九年三月一五日本件(一)ないし(四)契約を解除する旨の意思表示をなし、右意思表示は同月一六日原告に到達したから、被告四社に保険金の支払い義務はない。
(二) 解除事由
(1) 被告同和火災について
本件(一)契約においては、保険契約者が保険契約締結の後、身体の傷害を担保する他の保険契約(以下、「重複保険契約」という。)を締結するときは、あらかじめ書面をもってその旨を保険会社に申し出て保険証券に承認の裏書を請求しなければならず、保険会社は右重複保険契約の事実があることを知ったときは、保険契約を解除することができる旨の約定がなされていたところ、原告は、本件(一)契約締結後、重複保険契約である同(二)ないし(四)契約を締結するについて、被告同和火災に対しいずれも右の申出や請求をしなかった。
(2) 被告安田火災について
本件(二)契約においては、保険契約者が保険契約締結当時すでに重複保険契約を締結しているときは、保険契約申込書にその旨を記載しなければならず、故意または重大な過失によって、保険契約申込書に右の事実を記載せず、保険会社に知っていることを告げなかったときは、保険会社は保険契約を解除することができる旨の約定がなされていたところ、原告は本件(二)契約締結当時すでに同(一)契約を締結していたのに、保険契約申込書にその旨を記載せずこれを被告安田火災に告知しなかった。
また、同(二)契約には、本件(一)契約における前記(1)と同旨の約定も存在していたところ、原告は本件(二)契約締結後、重複保険契約である同(三)及び(四)契約を締結するについて、被告安田火災に対しいずれも右の申出や請求をしなかった。
(3) 被告住友海上について
本件(三)契約においては、本件(一)契約における前記(1)と同旨の約定がなされていたところ、原告は本件(三)契約締結後、重複保険契約である同(四)契約を締結するについて、被告住友海上に対し右の申出や請求をしなかった。
(4) 被告日本火災について
本件(四)契約においては、本件(二)契約における前記(2)前段と同旨の約定がなされていたところ、原告は本件(四)契約締結当時すでに重複保険契約である同(一)及び(三)契約を締結していたのに、保険契約申込書にその旨を記載せずこれを被告日本火災に告知しなかった。
3 他覚症状不存在による免責(被告同和、同安田、同日本)
本件(一)、(二)及び(四)契約においては、頚部症候群(いわゆる、「むちうち症」)または腰痛で他覚症状のないものに対しては保険金を支払わない旨の約定がなされていたところ、仮に原告が本件事故によってその主張のような傷害を負ったとしても、右傷害には他覚症状がなかったので、被告同和火災、同安田火災、同日本火災は、この点からも保険金の支払義務を負わないものというべきである。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1の事実のうちそのような約定が存在することは認めるが、その余は否認する。本件事故は原告の故意によるものでは毛頭ない。本件各契約締結当時原告の生活が不安定であったことは事実であるが、それだからこそ万一の事故の場合を慮り、多数口の保険契約に加入しておく方が安心であると思って右各契約を締結したものであり、また、本件事故も容易に回避し得るようなものではなかったのであって、その態様から原告の故意を推測することも到底できないというべきである。
2 同2(二)の(1)ないし(4)の約定の存在は否認する。もっとも、保険約款上そのような条項が存在することは事実であるが、その条項は単なる事務処理の便宜のために設けられた例文に過ぎない。仮に例文でないとしても、原告は、本件(一)ないし(四)契約締結の際被告四社から右のような条項が存在することについて何らの説明を受けておらず、その条項を記載した約款も後日右被告らから送付されてきたものであるから、本件(一)ないし(四)契約中には右各条項記載のような内容の合意は含まれていないというべきである。なお、本件(二)契約締結の際、保険契約申込書に本件(一)契約締結の事実を記載しなかったが、その旨口頭で保険代理店に告げており、また、本件(四)契約締結の際、これを担当した被告日本火災の社員は、原告がすでに本件(一)ないし(三)契約を締結していることを知っており、それでも差し支えないから保険に加入するよう原告に勧めていたものである。
3 同3の約定の存在は認めるが、その余は否認する。右約定は後遺障害に対する保険金に関する約定であって、単なる傷害による入・通院に対する保険金の支払いとは関係のないものである。
(乙事件)
一 請求原因
1 本件事故の発生
甲事件請求原因2に記載のとおり。
2 責任
被告吉田は、本件交差点において左折するに際し、前方を注視するとともに、進路前方の交差点内に車両が停車しているのを認めたときは、これと接触・衝突しないようにハンドル操作しながら進行するなどして事故の発生を未然に防止すべき注意義務があったにもかかわらずこれを怠り、東西道路の東方にのみ注意を奪われ、右側方を脇見しながら進行したため同交差点内で停車していた被害車両に気付かず、本件事故を惹起したものであるから、民法七〇九条により原告の被った後記3の損害を賠償する責任がある。
3 損害
(一) 治療経過
甲事件請求原因2記載のとおり。
(二) 治療費
原告の前記各病院での治療費は三九万六〇二〇円である。
(三) 休業損害
原告は本件事故前、会社に勤務して一か月あたり平均二七万二〇〇〇円の給与を得ていたところ、右事故により六か月間の休業を余儀なくされ、給与の支給を受けることができなくなったものであるから、本件事故による原告の休業損害は一六三万二〇〇〇円となる。
(四) 慰謝料
原告が本件事故による傷害の治療のため長期間にわたる入・通院を余儀なくされたことは前記のとおりであって、それによって受けた肉体的・精神的苦痛を慰謝するに足りる慰謝料の額としては、一七五万円が相当である。
(五) 弁護士費用
原告は本件訴訟の提起及び追行を原告訴訟代理人に委任し、その費用及び報酬として三〇万円を支払うことを約した。
よって、原告は被告吉田に対し、民法七〇九条に基づき、右3の(二)ないし(四)の合計四〇七万八〇二〇円及びうち(四)の弁護士費用を除く三七七万八〇二〇円に対する本件事故の日である昭和五八年一一月一〇日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実については甲事件請求原因2に対する被告四社の認否と同旨である(但し、入・通院日数は知らない。)。
2 同2の事実は否認する。本件事故は、容易に回避することが可能であったのに原告が回避措置をとらなかったために発生したもので、原告の自招事故というべきものである。
3 同3(二)ないし(四)の事実は知らない。
三 抗弁(消滅時効)
原告は、昭和五八年一一月一〇日の本件事故当日、同事故による損害及び加害者が被告吉田であることを知ったものであり、その時点により既に三年が経過したので、本訴において消滅時効を援用する。
四 抗弁に対する認否
原告が本件事故の日に損害を知ったとの点は否認する。本件事故による損害は、事故後順次発生してくるものであって、事故当日に一度に発生するようなものではない。
五 再抗弁
被告吉田は原告に対し、本件事故による損害賠償に関し、昭和五九年一月二〇日付で「責任のある範囲で賠償する」旨の意思表示をなし、また、本件事故による損害のうち、いわゆる物損については全面的に過失を認めて示談に応じているのであり、一方原告は、同五九年一一月六日、同被告の加入していた任意保険の保険者である被告住友海上に対し、本件(三)契約に基づく保険金の支払いを求める本訴(甲事件)を提起しているのであって、これらの事実に照らすと、同被告の消滅時効の援用は権利の濫用にあたるというべきである。
六 再抗弁に対する認否
否認する。被告吉田の代理人が原告主張の時に、「被告側としてはあくまで責任のある範囲内で賠償の問題を考えたい」旨を原告に伝えたことはあるが、原告主張のような意思表示をした事実はない。
第三 証拠<省略>
理由
第一甲事件について
請求原因1の事実及び2の事実のうち加害車両の速度及び原告の受傷の点を除くその余の事実並びに抗弁1の事実のうち本件(一)ないし(四)の各契約において、保険契約者又は被保険者の故意によって生じた傷害については保険金を支払わない旨の約定がなされていたことは、いずれも当事者間に争いのないところ、被告らは、本件事故は原告の故意によるものであると主張し、原告はこれを争うので、まずこの点について判断するに、右事実を直接に認定させる原告自身の供述その他の直接証拠は全く存在しないばかりでなく、原告本人は極力これを否定する旨供述しているところである。
しかしながら、右のような直接証拠が存在せず、また、原告が否定する旨の供述をしているからといって、そのことから直ちに右事実を認めることができないものとすることはできないのであって、本件事故の態様、事故発生前後の状況その他諸般の情況から右事実を推認することができるならば、これを認めるに十分といわなければならないので、以下、そのような観点から、右のごとき情況が認められるかどうかについて検討することとする。
1 <証拠>によれば、次の事実を認めることができる。
(一) 本件事故現場の状況は、別紙図面のとおりであって、幅員8.8メートル(南行き車線4.3メートル、北行き車線4.5メートル)、二車線の交差道路と幅員13.2メートル(一車線3.3メートル)、四車線の東西道路とが丁字型に交わる交差点となっており、信号機による交通整理は行われていなかった。
(二) 原告は、前記のとおり東西道路を東から西へ進行してきて本件交差点に進入し、交差道路の方に向かって右折しようとしたが、東西道路を西から東へ対向直進して来る車両が一台も見当たらず、また前方の交差道路北行き車線上に先行車がいたわけでもなかったのに、どうした訳か、同交差点内の別紙図面点付近に被害車両を停車させ、そのままの状態で、前方交差道路上南行き車線を同交差点に向かって走行してくる車両を見つめていた。
(三) たまたまそのとき、前記のとおり被告吉田が加害車両を運転して交差道路を北から南へ進行し、本件交差点において左折しようとしたが、当時別紙図面のとおり、交差道路の南行き車線から東西道路の東行き車線にかけてほぼの位置に三台の駐車車両があったため、交差道路の中央線寄りを進行せざるを得なくなり、別紙図面①の地点付近で減速した上左折の方向指示器を出し、時速約五キロメートルの速度で同交差点に進入したが、東西道路の右方向、東行き車線を東進してくる車両の有無にばかり気を取られていたため、点に停車している被害車両に気付かず、そのためこれと衝突して本件事故を発生させるに至った。
(四) その間、原告は、左折の方向指示器を出しゆっくりとした速度で被害車両の方に向かって進行して来る加害車両を発見し、その運転者が東西道路の右方向にばかり注意を奪われて被害車両の存在に気付いていないことを認識していたが、それにもかかわらず、何らの措置もとらないで同じ地点に停車したままの状態でいた。
以上の事実であって、<証拠>中右認定に反する部分は、<証拠>に照らしてにわかに採用しがたく、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。
右認定の事実によれば、原告としては、本件交差点内に進入した後、交差点の中心付近を徐行しながらそのまま右折しておりさえすれば、更に、不用意に右点付近で一旦停車したとしても、直ちに発進して右折を終わっておりさえすれば、難なく本件のごとき衝突事故に遭うことを免れ得たはずであり、かつ、そのように行動するのに何らの支障もなかったものといわなければならないところ、それにもかかわらず原告が右認定のような行動をとっているところからすれば、原告みずからその意思によって殊更に危険な状況へ接近していったものというより外はない。
2 原告が昭和五八年九月一日から同月二九日までのわずか二九日間に四件の保険契約、すなわち本件(二)ないし(四)契約を次々に締結したこと、その間に原告が支払うべき保険料の総額が九万一二一〇円となること、本件(四)契約締結の日から約四〇日後に、原告みずからの意思によって殊更に危険な状況に接近するような形で本件事故に遭ったことはいずれも前記のとおりであるところ、<証拠>によれば、原告は郷里の奄美大島で農業を手伝ったり、関西方面に出て来て鉄工、溶接関係の仕事に従事したりすることを繰り返していたが、昭和五八年七月頃何度目かに大阪へ出て来てからは、本件事故の一か月程前まですし屋にアルバイトとして勤務し、月額一八万円程度の収入を得ていただけで、右のように多額の保険料を一度に支払うだけの余裕のある生活状態ではなかったことが認められ、しかも、そのような生活状態にありながら、短期間に多額の保険料を支払って次々に保険に加入すべき合理的理由や必要については、全証拠によるもこれを見いだすことはできないのである。
以上1及び2において認定判断した情況を総合して考えるならば、原告としては、たまたま本件交差点に進入してきた加害車両が脇見運転のため被害車両に衝突してくることを察知しながら、保険金取得のため敢えてこれを容認していたものと推認することができ、この推認を妨げるに足りる事情は見当たらないから、本件事故は原告の故意によって発生したものと認定するのが相当である。
第二乙事件について
請求原因1の事実(但し、加害車両の速度及び原告の受傷、入・通院日数の点は除く。)は当事者間に争いのないところ、被告吉田の過失の点はしばらく措くとして、被告は消滅時効を主張しているので、まず、この点について判断することとする。
原告が本件事故当日に加害者が被告吉田であることを知ったことは原告の明らかに争わないところであるが、右当日に損害まで知ったとの点については争いがあるので検討するに、原告が本訴において主張する損害(事故による外傷の治療費、休業損害、慰謝料及び弁護士費用)は、本件事故による受傷と牽連一体をなす損害であり、受傷当時その発生を予見することが可能なものであったのであるから、原告においてその受傷の事実を知った以上、右損害についても認識があったものとして、民法七二四条所定の時効は進行を開始するものというべきところ、仮に原告が本件事故によってその主張のような傷害を負ったものとしても、直ちにその事実を知ったものであることは原告の主張自体に徴して明らかなところであるから、右損害の賠償請求権は、その時から進行を始めたものといわなければならず、それからすでに三年が経過したことは顕著な事実である。
しかるところ、<証拠>によれば、被告吉田の代理人細川喜子雄弁護士が昭和五九年一月一〇日付の書面で原告に対し、「被告側としてはあくまで責任のある範囲内で賠償の問題を考えたい」旨を伝えたことが認められるけれども、そのような事実があるからといって本件時効の援用が権利の濫用にあたるものということはできず、その他に右時効の援用を権利の濫用たらしめるような事情は何ら見当たらないから、原告の再抗弁は採用することができない。
第三結論
以上の次第であって、原告の本訴各請求は、その余の点について判断するまでもなくいずれも失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官藤原弘道 裁判官田邉直樹 裁判官真部直子)