大阪地方裁判所 昭和62年(ワ)9102号 判決 1989年10月30日
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金三三〇万円及び内金三〇〇万円に対する昭和六二年九月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
(一) 原告はマツキ電機商会の屋号で家庭電気製品の小売販売業を営むものである。
(二) 被告は、ナショナル製品の販売に伴う購入者への信用供与を営業目的とする株式会社である。
2 パナカード取扱基本契約
(一) 原告と被告は、昭和四八年七月二一日ころ、左記内容のクレジット取扱基本契約を締結した。
記
(1) 原告がナショナル家電製品を顧客に販売するに際し、顧客からクレジット利用の申込があった時は、原告は被告にこれを取り次ぐ。
(2) 被告は顧客の信用調査を行ったうえ、顧客とクレジット契約を締結する。
(3) 被告は原告に対し、製品の販売代金から顧客が原告に支払う頭金を控除した残額を顧客に代わって支払い、顧客が右残額と分割払手数料を分割して被告に支払う。
(二) 原告と被告は、昭和五六年ころ、右契約を改定し、従来のクレジット制度に次の内容のナショナルパナカード制度をも採用する旨合意した(以下「パナカード取扱基本契約」という。)。
(1) ナショナルパナカード制度とは、次の(2)に定める手続に基づき被告の認めたパナカード会員が指定する商品を、被告が販売店(本件では原告)から買い受けて会員に販売し、会員が購入代金の全部または一部を被告に分割等して支払う制度をいう。
(2) 顧客は販売店を経由して被告に対しパナカード発行を申し込み、被告は、顧客の信用調査をしたうえで信用ありと判断した場合には、会員とし、一定の与信枠を設定してパナカードを発行する。会員は、パナカード発行の申込をした販売店でナショナル家電製品を購入するときのみパナカードを利用できる。
(3) パナカードの発行を受けた会員がこれを利用して右家電製品を購入しようとする場合、販売店にその旨申し込み、販売店がこれを被告に取り次ぐ。被告は、調査のうえ、会員の購入額が予め設定した枠の範囲内にありかつ既利用分の支払について遅滞がない場合にはこの申込を承認しパナカード制度に係る右契約を締結しなければならず、販売店にこれを可とする回答をする。販売店はこれを受け、会員にその旨連絡し、ここに被告と顧客(会員)間に契約が成立する。
(4) 以上のとおり、被告は販売店たる原告に対し、パナカード取扱基本契約に基づき、パナカードを発行した顧客(会員)からパナカード利用の申込を受けた場合、会員が右の審査基準を満たす以上同人との間でパナカード制度に係るナショナル家電製品販売契約を締結すべき義務を負う。
3 被告の不履行
被告は右パナカード取扱基本契約に従い原告店の顧客を会員とし、パナカードを発行しておきながら、右顧客のパナカード利用を約旨に反し拒絶した。すなわち、
(一)(1) 被告は昭和五八年四月原告店の顧客訴外中砂三十郎(以下「中砂」という。)を会員とし同人に対しパナカードを発行した。
(2) しかるに、昭和六〇年七月一〇日ころ、原告が、中砂に対しカラーテレビTH21-H500GR等を販売するに際し、中砂から、パナカード使用の申出があったので、原告店店員訴外高妻良子(以下「高妻」という。)が被告大阪営業所に電話でパナカードの利用の申込を通知したところ、右営業所の担当者は、中砂が与信枠等の前記審査基準を充足しているにもかかわらず、何らの調査もすることなくその取扱を拒絶した。
(二)(1) 被告は昭和六〇年八月原告店の顧客訴外山本幸男(以下「山本」という。)を会員とし同人に対しパナカードを発行した。
(2) しかるに昭和六〇年一〇月ころ原告が山本に対しカラーテレビTH-15-M4LR等を販売するに際し、山本から、パナカード使用の申出があったので、原告が被告京都営業所に電話でパナカードの利用の申込を通知したところ、右営業所の担当者訴外永井は、山本が与信枠等の前記審査基準を充足しているにもかかわらず、何らの調査もすることなくその取扱を拒絶した。
4 損害
(一) 被告の前記行為により原告が被った信用失墜及び精神的損害に対する慰謝料は金三〇〇万円を下らない。
(二) 原告は本訴の提起、追行を原告訴訟代理人に委任し、その報酬として金三〇万円の支払を約した。
5 よって、原告は、被告に対し、債務不履行を理由とする損害賠償請求権に基づき前記損害金合計金三三〇万円及び内金三〇〇万円に対する訴状送達の日の翌日である昭和六二年九月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2(一) 同2(一)の事実は認める。
(二) 同2(二)の事実のうち、(3)中の、審査基準を満たした場合には、被告は顧客とパナカード利用契約を締結しなければならないとする約旨の存在、及び(4)はいずれも否認し、その余は認める。被告は右の場合通常顧客とパナカード利用契約を締結するが、これを締結すべき義務を負っているものではない。
3 同3の事実のうち、(一)及び(二)の各(1)は認め、その余は否認する。
4 同4の事実は否認する。
三 抗弁(帰責事由なし)
仮に原告から前記のとおりのパナカード利用の申込があり、被告がそれを拒絶していたとしても、それは、右申込の数か月前である昭和六〇年三月ころに、従前原告の妻である訴外松木美代子や訴外高妻が商品の取引を伴わない架空のクレジット契約を行っていたことが発覚しており、将来かかる不正利用による損害を受けないために、原告店経由の顧客との取引を拒絶したものである。したがって右拒絶はやむを得ないところであって被告の責に帰すべきものではない。
四 抗弁に対する認否
抗弁事実中、原告の妻や高妻がクレジットの不正利用をしたことは認め、その余は争う。
原告の妻松木美代子は、自ら又は原告の内妻高妻に命じて昭和五七年ころからクレジット会社数社に対し、既に現金売り済みの商品について、高妻や他人名義を利用し、原告を連帯保証人に仕立てたりして、これらの顧客にクレジットで売るかのごとく装いクレジット契約を締結し、右現金売分の売上金を不法領得し、原告に被害を与えてきた。被告は右クレジット会社の一つであるが、連帯保証人の原告に保証意思の確認をするなど僅かな注意を払えば右不正を容易に発見し得たのにこれを怠った。そこで原告は、右不正発見後、被告に対しこの点を責め抗議したところ、被告において、前記パナカード利用申込を拒絶してきたものである。したがって、被告は右拒絶について責任がないということはできない。
五 原告の右主張に対する被告の認否
争う。
第三 証拠<省略>
理由
一 被告の債務不履行責任の存否
1 請求原因2の、原被告間で昭和五六年ころパナカード取扱基本契約が締結されたこと、その内容は、被告において一定の審査基準を満たす会員とパナカード利用契約を締結すべき義務を負うとの点を除いて、その余は原告主張どおりであることについては、いずれも当事者間において争いがない。
2(一) 請求原因3(一)及び(二)の各(1)のとおり、被告が原告店の顧客中砂及び同山本を会員と認めてパナカードを発行したことについては当事者間に争いがない。
(二) <証拠>によれば、次の事実が認められる。
(1) 昭和六〇年七月一〇日ころ原告枚方店において会員中砂からカラーテレビTH21-H500GR等を購入するに際しパナカード使用の申出があったので、原告店店員高妻が被告大阪営業所に対し電話で中砂のパナカード利用の申込を連絡したところ、同営業所の担当者は何らの調査もすることなく即座に原告店扱いのパナカード利用はできないと答えた。
(2) 昭和六〇年一〇月ころ原告八幡店において会員山本からカラーテレビTH-15-M4LR等を購入するに際しパナカード使用の申出があったので、原告が被告京都営業所に電話し、山本のパナカード利用の申込を連絡したところ、同営業所の担当者永井は何らの調査もすることなく即座に原告店扱いのパナカードの利用はできないと答えた。
(3) 原告の妻訴外松木美代子と高妻は、通謀してその立場を利用し、昭和五九年一〇月以前から何度かクレジット会社等を偽り架空の商品販売を隠してクレジット契約を結びクレジット会社から金員を騙取しており、その中には被告を相手方とする分もあったところ、更に昭和五九年一〇月二〇日被告との間でカーペット等の架空販売に伴うナショナルクレジット契約を締結し、金員を騙取しており、右契約に伴う割賦販売代金(合計五六万四七一〇円)の昭和六〇年四月分以降の支払を遅滞させ、被告に実害を与えていた。
被告としては、商品販売が架空取引である場合、当然被害を受け、ないしはその危険にさらされるが、クレジットの対象となる商品販売が架空取引であることを事前に判別することは事実上容易ではない。
(4) そこで被告は、かかる架空取引の危険のある原告店取扱いのパナカード会員については、その資力等に関係なく、取扱いを拒むことに決め、原告店の前記(1)(2)の申込について拒絶を行った。
以上の事実を認定することができ、証人平松義弘の証言及び原告本人尋問の結果中右認定に反する部分はいずれもにわかには措信しがたく、その他に右認定を左右するに足る証拠はない。
3 そこで右1、2の諸事実によって案ずるに、原被告間には原告主張どおり(ただし会員とのパナカード利用契約締結義務の存否の点は除く。)のパナカード取扱基本契約が成立しているところ、被告は、右基本契約に則り原告店の顧客中砂及び同山本をパナカード会員にしておきながら、同人からのパナカード利用の申込に対し、被告所定の審査基準に該当するか否かを一切調査することなく原告店扱いであるということだけを理由にして拒絶の意思を表明したものである。そしてかかる被告の行為は、<証拠>及び弁論の全趣旨によって当時適用されていたものと認められる取扱基本契約書のナショナルパナカード制度の定め及び同契約書のナショナルクレジット制度との対比、並びに、<証拠>及び弁論の全趣旨によって右パナカード制度の内容をその後更に詳細化し発展させたものと認められるナショナルクレジット取扱基本契約書(乙第四号証)中のナショナルパナカード制度の内容に照らすと、本件パナカード取扱基本契約所定の、会員に対するパナカード利用契約締結債務に違反するように見えるところである。
しかしながら仮に被告の右取扱拒絶行為が形式上パナカード取扱基本契約上の債務不履行に一応あたるとしても、それは被告において抗弁するごとく、原告店を手伝っていた原告の妻や従業員の架空クレジット濫用取引があり、それが右取引拒絶前に発覚していたが、被告において原告店でのかかる架空取引からの被害を避ける適切な手段が見つからなかったためやむなく原告店扱いの会員との取引を拒絶したものである。したがって被告のとった右取引拒絶行為は、契約関係を支配する信義則に照らし、誠にやむを得ないところであって、少なくとも自らの妻や店員を十分監督しなかった原告に対する関係で、右契約締結拒絶による責任を問われることはない。なお原告側のクレジット濫用を原因とする被告の右パナカード利用取扱拒絶は、パナカード取扱基本契約二三条一項二二条六号所定の趣旨からも正当化されるところであって、いずれにしても被告は債務不履行責任を負うことはない。
原告は、被告において、重大な過失によって右架空取引を発見できなかったのに、これに抗議した原告に対し前記の各取引拒絶をもって抗争してきたものであって、右取引拒絶を正当化できる余地がないから、被告は右取引拒絶による債務不履行責任を免れがたい旨反論する。しかしながら、原告本人尋問の結果をはじめとする本件全証拠によっても、被告が右架空取引を発見できなかったことに重大な過失があるものと認めることができないから、右反論は採用しがたい。
なお、原告は被告の右抗弁を時機に遅れた攻撃防御方法であるとして却下を求めているが、右抗弁は弁論終結直前に提出されたものの、予定の証拠調べを了して当日弁論を終結したものであるうえ、従前の弁論及び証拠調べの過程でも十分現われていた事実でありこのような審理の経過に照らせば、原告の防御を不当に制約するものともいえず、結局これにより訴訟の完結が遅延することはなかったのであるから、被告の右申立は理由がないというほかない。
二 以上によって明らかなごとく本訴請求は、被告の債務不履行責任自体が認められないので、もはやその余の点につき判断するまでもなく、理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 笠井達也 裁判官 金光健二 裁判官 中垣内健治)