大判例

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大阪地方裁判所 昭和62年(手ワ)406号 判決 1990年10月19日

原告 大川功

右訴訟代理人弁護士 山下潔

同 金子武嗣

同 森下弘

右山下潔訴訟復代理人弁護士 秋田真志

被告 社会福祉法人 昭和学園(旧名称、社会福祉法人みのり保育所)

右代表者代表理事 小山雅央

右訴訟代理人弁護士 山崎吉恭

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する昭和六一年五月二〇日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、次のとおりの記載のある約束手形一通(以下、「本件手形」という。)を所持している。

金額 金一〇〇万円

満期 昭和六一年五月二〇日

支払地 枚方市

支払場所 京都信用金庫 枚方支店

振出地 枚方市

振出日 昭和六一年二月一五日

振出人 社会福祉法人みのり保育所理事長鷲尾禮子

受取人 株式会社光稜

裏書関係 株式会社光稜、中之島商事代表者乃一和義の順次白地式裏書、大川功から株式会社第三相互銀行への記名式裏書(但し、被裏書人欄は抹消済み)

2(一)  被告は、本件手形を振り出した。

(二) 被告の元理事長であった鷲尾禮子(以下、「鷲尾」という。)が理事の辞任登記後に被告理事長名義で本件手形を振り出したものであるとしても、以下の理由により原告には商法一二条後段の「正当事由」が認められ、同条項の適用によって被告は責任を免れない。

また、仮に右主張が認められないとしても、被告は民法一一二条の表見代理の責任を負うべきである。

(1) 原告は、手形上、振出人である被告の代表者が鷲尾であることを信じ、代表者でなくなっていることは本件手形を取得時全く知らなかったものであり、この点につき原告に過失はない。

(2) 被告は、昭和五二年以降一〇年に亙り京都信用金庫に当座勘定取引をしており、右取引の解約されたのが昭和六一年四月三〇日であり、本件手形も右期間中に振り出されており、振出人欄の代表者印も全く同一である。

(3) 被告代表者の交替は昭和六〇年四月上旬とのことであるが、被告の新代表者である小山雅央(以下、「小山」という。)が就任したのは昭和六〇年七月七日であって、鷲尾が代表者理事を退任後、新代表者選任の間に空白の期間があり、辞任した鷲尾が代表者であるように信じられていた。

また、昭和六〇年六月三日に大阪府に対し、被告の理事長変更届が提出され代表者印が変更されているが、他方、被告代表者の選任をめぐり被告の中で内紛が生じ、債務の負担について新代表者の小山がこれを支払った経緯があり、前代表者鷲尾が新代表者小山に対し債務の支払をすれば、被告代表者が再度鷲尾に交替するという状況であった。

(4) 被告の新代表者小山は、代表者交替の際、前代表者鷲尾が表見的名称を使用することについて予見可能であったのに、これを防止するための措置をとっていない。すなわち鷲尾のしていた京都信用金庫との当座取引、約束手形の発行、被告代表者印の使用の差止め等の方法を一切とっておらず、鷲尾が理事の辞任登記後も京都信用金庫と銀行取引をしていることを知っていたのに、右銀行に対しても、前理事長鷲尾への手形用紙の交付を阻止、代表者変更の届出等の措置を講じていない。

3  原告は、満期の日に支払場所で支払のため本件手形を呈示した。

よって、原告は、被告に対し、本件手形の元本金一〇〇万円及びこれに対する満期の日である昭和六一年五月二〇日から支払済みまで手形法所定の年六分の割合による利息の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1項の事実は不知。

2(一)  同2項(一)の事実は否認する。

本件手形は、鷲尾が被告の理事を辞任した旨の登記をした日である昭和六〇年四月一七日以後に、鷲尾により振り出されたものである。

(二) 同2項(二)は争う。

(1) 社会福祉法人の代表者の辞任及び代表権の喪失は、社会福祉事業法二七条一項、組合等登記令二条により登記事項であるところ、同法二七条二項によれば、「登記をしなければならない事項は、登記の後でなければ、これをもって第三者に対抗することができない。」と規定されているのみで、商法一二条後段のような「登記及公告ノ後ト雖モ第三者ガ正当ノ理由ニ因リテ之ヲ知ラザリシトキ亦同ジ」といった規定は存しない。したがって、同条項に商法一二条後段のような規定を設けなかったのは、社会福祉法人の場合には、登記簿を閲覧しなかったことについての正当性は一切主張し得ないとする立法趣旨であって、商法一二条の適用ないし類推適用を認める余地はないというべきである。

(2) 民法一一二条の表見代理の主張は、最高裁判所昭和四九年三月二二日第二小法廷判決(民集二八巻二号三六八頁)に照らし、失当である。

なお、原告は被告代表者の交替を知らなかったことにつき過失はない旨主張するが、登記は昭和六〇年四月七日になされ、現実に保育園の経営も現理事長小山によりなされており、そもそも社会福祉法人は営利を目的としない法人であるから、その手形を取得する場合、その代表者に真実代表権があるかどうか、より慎重に確認すべきである。

3  同3項の事実は認める。

第三証拠《省略》

理由

一  原告が本件手形である甲第一号証を提出したこと自体及び弁論の全趣旨によると、原告がその主張のとおりの記載のある本件手形を所持していることが認められる。

二  そこで、被告が本件手形を振出したか否かにつき判断するに、《証拠省略》を総合すると、

(一)  鷲尾は、被告の理事でその代表者であったが、昭和六〇年四月七日に被告の理事を辞任し、同月一七日にその旨の登記がなされ、代表権を喪失したこと

(二)  小山は、同年四月七日に被告の代表者である理事に就任し(原告が主張するような同年七月七日の就任ではなく鷲尾の辞任との間に空白の期間はない。)、同月一七日にその旨の登記がなされ、以来被告の理事で代表者であること

(三)  被告は、鷲尾の理事辞任以降は同人が理事在任中に使用していた被告の記名ゴム印及び理事長印を使用せず、同年四月七日に新たに大阪法務局枚方出張所に被告の理事長印の届出をしたこと

(四)  被告は、大阪府へ同年六月三日に理事長変更届を提出しており、その際、右新しい理事長印の届出をしたこと

(五)  本件手形が実際に振出された年月日及び経緯は、鷲尾証言によっても必ずしも明確ではないが、鷲尾が京都信用金庫枚方支店から本件手形の手形用紙綴り(五〇枚綴り)の交付を受けたのは昭和六〇年一二月一六日であるから、少なくとも同日以降(振出日の記載は昭和六一年二月一五日)に振出されたものであることは明らかであり、また、鷲尾が代表者であった当時使用していた被告の記名ゴム印及び理事長印は小山に引渡されず鷲尾がそのまま保管しており、したがって、本件手形は鷲尾の理事辞任登記後の右昭和六〇年一二月一六日以降の日に、被告の代表権を喪失した鷲尾が同人の理事在任中のみ使用されていた前記被告の記名ゴム印及び理事長印を冒用して被告理事長名義で振出したこと

が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

したがって、本件手形は被告が振出したものではなく、被告の代表権限を有しない鷲尾により勝手に振出されたものである。

三  原告は、鷲尾が被告の代表者である理事の辞任登記後に振り出されたものであるとしても、商法一二条後段あるいは民法一一二条の適用ないし類推適用により、被告は本件手形金を支払う責任がある旨主張するので、以下、この点につき判断する。

社会福祉法人の代表者の退任及び代表権の喪失は、社会福祉事業法二七条一項、組合等登記令二条により登記事項とされており、同法二七条二項は、登記事項につき、登記の後でなければこれをもって第三者に対抗することができないと規定し、したがって、その反面、登記をした後であれば第三者にもこれを対抗することができる旨定めており、社会福祉法人の理事の辞任及び代表権の喪失は、その登記後にあっては善意の第三者にも対抗することができるのであるから、民法一一二条という表見代理の規定を適用ないし類推適用する余地はないと解するのが相当である。

次に、商法一二条後段の適用ないし類推適用の可否についてであるが、確かに被告が主張するように、社会福祉事業法二七条には商法一二条後段のような規定は存せず、また、社会福祉法人は営利を目的としない法人であるから、その振出にかかる手形を取得する場合、一般的にその代表者として記載されている者に真実代表権があるかどうか等につき、営利法人等の場合より慎重な確認が要求されることは、指摘のとおりである。しかしながら、社会福祉法人にも手形行為のような商行為(商法五〇一条のいわゆる絶対的商行為)をすることを認める以上、登記後であれば全く例外を認めずどのような場合にも第三者に対抗することができるとするのは相当ではなく(たとえば、客観的な障碍により登記簿の閲覧が不能な場合にも第三者に対抗することができるとすれば、その不合理さは明らかである。)、社会福祉法人の場合にも商法一二条後段を類推適用するのが相当である。

そして、同法一二条の「正当事由」については、客観的障碍、たとえば交通途絶等その他社会通念上是認できる障碍により登記簿の調査をすることができず、または登記簿の滅失汚損等により調査してもその登記事項を知ることができないとか、いまだ事実上登記簿を閲覧し得る状態にないような事由がこれに該当するが、これに限らず、そのほかに、正常に毎日の手形取引を繰り返していたような場合で、しかも突然代表者の交替の変更登記がなされたとか、その取引をする際に一旦登記を調査したが、取引当日までの短時日の間に登記が変更されたというような特段の事情(相手方に改めて登記の調査をすることが無理な場合等)が存した場合をいうものと解するのが相当である。(もしも、客観的障碍に限るとすれば、手形行為をする際には常に取引直前の登記簿を調査できるよう法務局等で行わなければならなくなる。)

これを本件について検討するに、前記認定のとおり、本件手形が振り出されたのは少なくとも昭和六〇年一二月一六日以降であり、したがって原告が本件手形を取得したのも、さらにその後ということになる(原告は振出日である昭和六一年二月一五日に振り出され、同日取得した旨主張している。)が、本件手形の振出は被告の前代表者である鷲尾の理事辞任登記(同年四月一七日)後、約八か月(昭和六一年二月一五日であるとすれば一〇か月以上)経過しており、このような場合には受取人株式会社光稜こと内藤和雄ないし原告に商法一二条後段の「正当事由」が存するということができないのは明らかであり、ほかに登記簿を閲覧することができない客観的障碍やこれと同旨できる特段の事情を認めるに足りる証拠がない。

したがって、被告の商法一二条後段あるいは民法一一二条の適用ないし類推適用の主張は、いずれも採用することができない。

四  よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山田貞夫)

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