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大阪地方裁判所 昭和62年(行ウ)34号 判決 1991年4月24日

原告

高橋ビルディング株式会社

右代表者代表取締役

高橋清良

原告

昭和商事株式会社

右代表者代表取締役

高橋正吉

右原告両名訴訟代理人弁護士

坂和章平

土本育司

中井康之

岡村泰郎

池田直樹

坂和章平訴訟復代理人弁護士

伊藤ゆみ子

吉田之計

被告

大島靖

右訴訟代理人弁護士

色川幸太郎

中山晴久

石井通洋

高坂敬三

夏住要一郎

間石成人

主文

一  本件訴を却下する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は大阪市に対し、一二億四六〇〇万円を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

主文同旨

2  本案の答弁

(一) 原告らの請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告両名は、大阪市の住民である。

2  被告は、昭和六二年一二月一九日に西尾正也が就任するまで、大阪市長として都市再開発法(平成元年法第五六号、第九一号による改正前のもの。以下同じ。)に基づく大阪都市計画事業阿倍野B1地区第二種市街地再開発事業の施行者である大阪市の代表者であった。

3  被告は、右第二種市街地再開発事業によって施行者である大阪市が取得した建築施設の部分(施設建築物の一部及び当該施設建築物の存する施設建築敷地の共有部分、都市再開発法二条一〇号)の一部(以下「本件建築施設の部分」という。)について、契約担当者である大阪市都市整備局長が左記のとおり売買契約を締結するについて、これを決済し、右整備局長は、その旨の売買契約をした(以下、株式会社阿倍野そごうを「阿倍野そごう」、株式会社関西スーパーマーケットを「関西スーパー」といい、左記一の阿倍野そごうとの契約を「第一契約」、左記二の関西スーパーとの契約を「第二契約」といい、右第一契約と第二契約とをまとめて「本件各売買契約」という。)。

一  契約年月日 昭和六一年三月二六日以降

買主 株式会社阿倍野そごう

売買の対象 別紙物件目録一記載のとおり 但し、契約面積は4858.08平方メートル

契約金額 二七億二〇〇〇万円

二  契約年月日 昭和六一年三月二六日以降

買主 株式会社関西スーパーマーケット

売買の対象 別紙物件目録二記載のとおり 但し、契約面積は3026.25平方メートル

契約金額 一四億六九〇〇万円

4 大阪市は、昭和六二年三月九日、本件第二種市街地再開発事業によって取得した建築施設の部分(本件建築施設の部分を除く。以下、単に「公募部分」という。)について公募による譲渡を開始したが、この公募価額は左記のとおりである。

一  一階・二階の一平方メートルあたり平均価額

一〇三万円

二  地下一階の一平方メートルあたり平均価額

一一一万円

5 大阪市が公募によって譲渡している建築施設の部分は、小さく区画された専門店ゾーンで、専門店のための共用通路を確保しているのに対し、本件建築施設の部分は核店舗ゾーンとして、通路として利用する部分も含めて一体として売却されている。

6 原告らは、昭和六二年三月二六日、前記各売買契約について、その売買価額が著しく低廉であるとして、大阪市監査委員に対し、地方自治法(以下「法」という。)二四二条一項に基づき、監査請求をし(以下「本件監査請求」という。)、損害の発生を防ぐよう必要な措置を講ずべきことを求めた。

7 大阪市監査委員は、昭和六二年五月一八日付で、右監査請求は理由がないとして、これを棄却する旨の通知を原告らにした。

8 市長は、その職務を執行するにつき、法律・条例などを遵守し、かつ、当該地方公共団体に損害を発生させないようにすべき善良な管理者としての注意義務を負っており、これら義務に違反して当該地方公共団体に損害を与えたときは、その損害につき賠償すべき責任を負う。

9 第二種市街地再開発事業によって施行者の取得した建築施設の部分は、当該事業の目的に適合して利用されるよう十分配慮したうえで、原則として、公募により賃貸し、または譲渡しなければならない(都市再開発法一一八条の二五第一項、一〇八条一項)。

大阪市は、都市再開発法五二条にもとづいて大阪都市計画事業阿倍野地区第二種市街地再開発事業施行規程(以下「規程」という。)を大阪市条例として定めている。同規程七条は、保留床は原則として公募により譲渡しなければならないと規定している。

その具体的な処分の方法については、施行者の策定する管理処分計画で定められる(都市再開発法一一八条の七第一項七号)。

本件第二種市街地再開発事業の施行に伴う管理処分計画の策定にあたり作成された「阿倍野B1地区第二種市街地再開発事業の管理処分計画の策定について(昭和五五年一二月一五日策定)」の管理処分計画基準においては「都市再開発法一一八条の二五で準用する同法一〇八条の公募処分床に対する売価は、時価とする」と定められている。

被告は、公募によることなく本件建築施設の部分を売却した。

10 昭和六二年三月九日当時の本件建築施設の部分の時価は、前記4の公募価額記載のとおり一階・二階においては一平方メートルあたり一〇三万円、地下一階の一平方メートルあたり一一一万円を下らない。

本件建築施設の部分の時価の算定は、専門店ゾーンの専門店の専用面積と専門店ゾーンの共用通路等の共用面積の合計に対する専門店の専用面積の比率(専用比率)を算出したうえ、これに契約面積及び専門店ゾーンの時価を乗ずるのが相当である。

専門店ゾーンの専用比率は、売場面積の六五パーセントを下回ることはないから、本件建築施設の部分の時価は、左記金額を下回らない。

① 阿倍野そごう

契約面積(4858.08m2)×専用比率(65%)=有効利用面積(3157.75)m2

専門店ゾーンの時価(103万円)×有効利用面積(3157.75m2)=時価(32億5200万円)

② 関西スーパー

契約面積(3026.25m2)×専用比率(65%)=有効利用面積(1967.06m2)

専門店ゾーンの時価(111万円)×有効利用面積(1967.06m2)=時価(21億8300万円)

11 被告の違法行為

(一) 契約の締結にあたっての違法事由

被告は、本件建築施設の部分を売却するにつき、これを決済したが、右売買契約は、公募によることなく、かつ時価に比べて著しく低廉な価額により売却された点で都市再開発法一一八条の二五第一項、規程七条に違反し、しかもその売買代金が時価に比して著しく低廉である点において、市長の善良な管理者としての注意義務に違反する。

(二) 契約の履行にあたっての違法事由

阿倍野そごう及び関西スーパーは、それぞれ第一及び第二契約に際し、その譲渡価格が時価に比べて著しく低廉であることを知悉しており、このような第三者に公募によらず施設建築物を著しく低廉な価格で譲渡することは、都市開発法及び規程の趣旨を没却する結果となるから、大阪市の阿倍野そごう及び関西スーパーに対する売買契約は、いずれも無効であるところ、被告は、右無効な売却処分に基づいて、右二社に対して、施設建築物の所有権を移転し引渡しをなし、所有権移転登記を行うなど、右契約の違法な履行行為をした。

12 損害

被告が、法令及び善良な管理者としての注意義務に反して、本件各売買契約を締結し、履行したことにより、大阪市には本件建築施設の部分の時価と売買代金の差額に相当する損害が発生した。

(一) 阿倍野そごう

時価 三二億五二〇〇万円

売買代金 二七億二〇〇〇万円

損害 五億三二〇〇万円

(二) 関西スーパー

時価 二一億八三〇〇万円

売買代金 一四億六九〇〇万円

損害 七億一四〇〇万円

(三) 損害の合計 一二億四六〇〇万円

13 よって、原告らは、被告に対し、法二四二条の二第一項四号にもとづき、大阪市に代位して、被告の前記違法行為により大阪市に生じた前記損害の賠償を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1、2及び4ないし9の事実は認める。

請求原因3の事実については、売買契約成立の日を除いて認める。

請求原因10の事実は否認する。

請求原因11の事実は争う。

請求原因12の事実のうち売買代金の金額を認め、その余は否認する。

三  被告の本案前の主張

本件監査請求は、法二四二条二項所定の「当該行為」のあった日又は終わった日から一年経過後になされた違法なものであるから、本件訴えも不適法である。

その事由は、次のとおりである。

1  本件各売買契約締結の経緯は以下のとおりである。

① 被告が大阪市長として本件各売買契約を締結することにつき決済をした日

昭和六〇年一二月二〇日

② 契約の相手方が、本件各売買契約の契約書に署名・押印した日

第一契約につき昭和六一年三月七日

第二契約につき昭和六〇年一二月二七日

③ 契約の相手方が、本件各売買契約の契約書(②の署名・押印を終えたもの)を大阪市に交付した日

第一契約につき昭和六一年三月八日

第二契約につき昭和六〇年一二月二七日

④ 大阪市都市整備局長が、本件各売買契約の契約書に署名・押印した日

第一契約につき昭和六一年三月二〇日

第二契約につき昭和六一年三月一七日

⑤ 大阪市が本件各売買契約の契約書(④の署名・押印を終えたもの)を相手方に交付した日

第一契約につき昭和六一年三月二二日

第二契約につき昭和六一年三月一七日

⑥ 大阪市が、本件各売買契約の対象物件につき、その所有権を取得した日

第一契約、第二契約とも昭和六二年一月二一日

⑦ 大阪市が、本件各売買契約に基づき、その対象物件の所有権を相手方に移転した日

第一契約につき昭和六二年八月一八日

第二契約につき昭和六二年五月二八日

以上のことから、第一契約が締結された日は、昭和六一年三月八日、仮にそうでないとしても、昭和六一年三月二〇日、第二契約が締結された日は、昭和六〇年一二月二七日、仮にそうでないとしても、昭和六一年三月一七日であり、原告らが本件監査請求をしたのは昭和六二年三月二六日である。

2  ところで、本件において、法二四二条二項所定の「当該行為」とは、本件各売買契約の締結行為をさすと解すべきであるから、右経緯からすると本件監査請求は、「当該行為」のあった日又は終わった日、すなわち、本件各売買契約の締結された日から一年を経過した後なされたものであり、違法なものである。

3  よって、本件訴えも不適法である。

四  被告の本案前の主張に対する原告らの反論

1  本件各売買契約の成立日は、昭和六一年三月二六日以後である。

契約の成立には、申込みと承諾という意思の合致を要するところ、単に契約書に権限のある者が署名・押印しただけでは足りず、契約の相手方に対し、申込み・承諾の意思表示が到達することを要する。

本件では、阿倍野そごう、関西スーパーの権限のある者(代表取締役)が契約書に署名・押印し、当該契約書を大阪市に交付することが契約の申込みである。

一方、大阪市において権限のある市長が決済し、権限のある整備局長が契約書に署名・押印しても承諾の意思表示があったとはいえない。

右署名・押印のある契約書を相手方に交付することによって、大阪市の承諾の意思表示があったことになる。

すなわち、大阪市の承諾の意思表示は、第一契約、第二契約とも、大阪市から正式に調印された契約書が阿倍野そごう、関西スーパーに交付された日である。

もっとも、大阪市は、第一契約、第二契約とも、契約書案についての稟議が終了するまでの間に、稟議開始後に判明した事情に基づき、エスカレーター、エレベーターの構造を変更すること、建物本体の工事の進捗状況に照らし、物件引渡時期が相当遅れること、物件引渡前に内装工事に着手すること、代金支払時期や所有権移転時期を変更すること、開店後一〇年間は継続して営業を続けること等について、阿倍野そごう、関西スーパーとおおむねの合意が成立した。

大阪市は、右合意に基づいて、改めて契約書案を作り直して稟議をやり直すことをせず、従来の契約書案のままで稟議を続けるとともに、変更した合意内容について別途覚書案を作成し、右覚書案について改めて稟議を得ることにした。

阿倍野そごうは、昭和六一年四月九日ころ、覚書二通について記名押印して大阪市に交付した。

大阪市は、同月一〇日ころ、右覚書に記名押印し、同月一一日ころ、覚書一通を阿倍野そごうに交付した。

関西スーパーは、昭和六〇年一二月二七日、覚書二通について記名押印して大阪市に交付した。

大阪市は、昭和六一年三月一七日ころもしくは同月二四日ころ、右覚書に記名押印し、同月末ころ、覚書一通を関西スーパーに交付した。

結局、本件各売買契約成立の日は、覚書によって変更された前記契約書案の内容について、確定的に合意が成立した日、即ち、契約書と覚書の双方について両当事者の代表による記名押印を終え、契約書と覚書の双方が両当事者間で交換された日と解するべきである。

すなわち、阿倍野そごうについては、大阪市が、覚書一通を阿倍野そごうに交付した昭和六一年四月一一日ころが第一契約の成立の日であり、関西スーパーについては、大阪市が、覚書一通を関西スーパーに交付した昭和六一年三月末ころが第二契約の成立の日である。

とすると、いずれも、本件各契約の成立の日は昭和六一年三月二六日以降であり、本件監査請求は、契約の締結した日から一年以内に申立てられた適法なものといえる。

2  仮に、第一契約、第二契約の契約締結の日が昭和六一年三月二五日以前であったとしても、契約の履行が昭和六一年三月二六日以降になされているから、本件監査請求のうち契約の履行を対象とした部分は適法である。

すなわち、契約の締結と契約の履行はそれぞれ別個に監査請求の対象となりうる。

この場合、契約の締結の不当、違法を理由とする監査請求は、契約の締結から一年以内であれば、監査請求ができ、契約の履行自体に不当、違法があれば履行後一年以内にその是正を求めて契約の履行を対象に監査請求をなしうるし、また、契約の履行前であっても、不当、違法な契約の履行のなされることが相当の確実さをもって予測されるときは、契約の締結から一年を経過した後であっても、契約の履行前であれば契約の履行の防止を求めて、契約の履行を対象に監査請求をなしうる。

不当、違法な契約に基づく履行は、やはり不当、違法であるから、この契約の履行を対象とする監査請求において、契約の締結の不当、違法を理由とすることもできる。

このように、契約の締結の不当、違法を理由に契約の締結を対象に、その是正(例えば契約の修正など)を求める監査請求をなしうるが、監査請求申立時、当該契約の履行が未了のとき、右監査請求は、不当、違法な契約の履行の防止も合わせて求めていると解するのが相当である。

そして、右監査請求を経て損害賠償請求訴訟がなされたとき、右契約の締結及びその後になされた契約の履行の違法、不当を主張して、右契約の締結及び履行によって地方公共団体に生じた損害の賠償を求めうる。

これを本件について見ると、本件監査請求が昭和六二年三月二六日、契約の履行(大阪市が、本件各売買契約に基づき、その対象物件の所有権を相手方に移転した日)が、第一契約につき同年八月一八日、第二契約につき、同年五月二八日、本件訴訟を提起したのが同年六月一六日である。

このように、仮に、契約締結日が昭和六一年三月二五日以前であり、監査請求の申立てが契約の締結から一年を経過しており、契約の締結を対象とする監査請求に正当事由が認められない限り不適法であるとしても、契約の履行を対象とする監査請求は適法である。

本件訴訟の前提となる監査請求の一部に不適法な部分があったとしても、契約の履行を対象とする監査請求までもが不適法となるわけではない。

本件訴訟において、契約の締結を対象とする適法な監査請求を経ていないとして、契約の締結の違法の主張が認められないことになったとしても、契約の履行を対象とする適法な監査請求を経ているかぎり、契約の履行の違法の存否は審理の対象になる。

そして、本件訴訟において主張しうる契約の履行に関する違法事由は、監査請求において主張した事由に限らず、右事由以外の違法事由を主張しうる。

3  仮に、第一契約、第二契約の契約締結の日が昭和六一年三月二五日以前であったとしても、原告らには、契約の締結日から一年経過後に契約の締結を対象に監査請求をしたことにつき、法二四二条二項但書の「正当な理由」がある。

(一) 被告は、本件各売買契約が締結されたことを昭和六一年四月に公表したものの、締結日及び売買価額等の本件各売買契約の実質的内容については一切秘密にしており、住民にはそれを知る手段がまったく与えられておらず、昭和六二年三月二日に、一般分譲価額の公表があって、住民である原告らは、はじめて噂されていた本件各売買契約の売買価額と一般分譲価額との格差に驚き、本件各売買契約の売買価額と契約締結日については確たる根拠もなく、とりあえず、本件監査請求を起こしたものである。

このように、本件各売買契約の違法性を基礎づける本件各売買契約の実質的内容が秘密にされ、契約締結日から一年以内はもとより、それ以後も住民にはそれを知る手段がなかったのであるから、かかる場合、契約締結日から一年以内に監査請求できなかったことに正当な理由がある。

(二) 仮に、右(一)のとおり解することができないとしても、本件各売買契約の成立日についての判断は、高度の法的評価を要するものであって、具体的な事実関係が明確になったうえで、法律解釈を加えて、初めて本件各売買契約の成立日がいつであるのか判断できるのである。

したがって、詳細な証拠調べを経て裁判所の認定した契約成立日と、原告らの考えていた契約成立日が異なり、契約成立日から一年経過後に監査請求した結果になったとしても、原告らの判断した契約成立日が当時の平均的住民が認識していた事実に基づく判断としては一応の合理性があり、原告らの判断した契約成立日から一年以内に監査請求しているのであれば、裁判所の認定した契約成立日から一年以内に監査請求できなかったことに正当な理由があるといえる。

そして、原告らは、昭和六一年四月一日に本件各売買契約の成立を知り、その際、右契約の成立日を「三月末日ではないが、その頃」と関係者から聞いていること等の事実経過に照らせば、原告らがその契約成立日を昭和六一年三月末日ころと判断したことは、当時の平均的住民が認識していた事実に基づく判断としては一応の合理性があり、原告らの判断した契約成立日から一年以内である昭和六二年三月二六日に監査請求している以上、裁判所の認定した契約成立日から一年以内に監査請求できなかったことに正当な理由があるといえる。

また、そう解しても、裁判所が認定するであろう契約成立日から一年とわずかしか経過しておらず、法的安定性を害するおそれは全く存在しない。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1、2及び同4ないし9の事実は当事者間に争いがない。

請求原因3の事実については売買契約成立の日を除いて当事者間に争いがない。

二そこで、まず、本件監査請求が適法であるか否かについて判断する。

1 契約締結行為に違法があることを理由とする監査請求にあっては、法二四二条二項の当該行為のあった日又は終わった日とは、当該契約が成立した日、すなわち、契約の締結された日と解すべきところ、これを本件についてみるに、原本の存在と<証拠>によれば、本件においては、被告が大阪市長として本件各売買契約を締結することにつき決済をし、大阪市が、売買契約書(被告の決済したもの、大阪市側の署名・押印はされていない。)を阿倍野そごうと関西スーパーに交付し、阿倍野そごうは第一契約につき、昭和六一年三月八日に、関西スーパーは第二契約につき、昭和六〇年一二月二七日にそれぞれ契約書に署名・押印したうえでこれを大阪市に交付し、その後、大阪市都市整備局長が、本件各売買契約の契約書に署名・押印し、これを阿倍野そごうと関西スーパーに交付したことが認められる。

右事実によれば、本件においては、売主である大阪市が、売買契約書(被告の決済したもの、大阪市側の署名・押印はまだない。)を阿倍野そごうと関西スーパーに交付することが契約の申込みであり、阿倍野そごうと関西スーパーが、右契約書に署名・押印したものを大阪市に交付する行為が承諾と解されるから、諾成契約である第一及び第二契約の各締結日は、第一契約については昭和六一年三月八日であり、第二契約については昭和六〇年一二月二七日であることが明らかである。

なお、原本の存在と<証拠>によれば、当初の本件各売買契約成立後、第一契約については建築施設の部分の譲渡契約に関する覚書(昭和六一年四月一〇日付)、株式会社そごうホップへの譲渡契約承継願(昭和六一年一一月一一日付)、株式会社そごうホップとの建築施設の部分の譲渡契約に関する覚書(昭和六二年五月二八日付)があり、第二契約については建築施設の部分の譲渡契約に関する覚書(昭和六〇年一二月二七日付)甲第三二号証の建築施設の部分の譲渡契約を変更する契約書(昭和六一年一月一四日付)、甲第三一号証の建築施設の部分の譲渡代金の支払に関する覚書(昭和六一年二月二八日付)、建築施設の部分の譲渡契約に関する覚書(昭和六二年五月二八日付)が作成されていること、及び右覚書は、いずれも当初の本件各売買契約の内容の変更を目的としてなされた新たな合意であることが認められる。

右事実によれば、右各覚書は、本件各売買契約の内容の変更を目的とした当初の契約とは独立した契約であり、したがって、元の契約と覚書による変更契約は、独立した財務会計上の行為であるから、それぞれが別個に監査請求の対象になるのであって、変更契約がなされたからといって、元の契約の成立の日までもが変更契約の成立の日までずれるわけではなく、元の契約に対する監査請求の期間はあくまでも、元の契約の成立の日から一年間となるのである。

したがって、覚書の交付を基準に本件各契約の成立の日とする原告らの主張は採用できない。

右によれば、契約締結の違法に関して是正を求める本件監査請求は、本件各売買契約締結日、すなわち、行為のあった日又は終わった日から一年を経過した後になされたものといわざるを得ない。

2  次に原告らは、本件監査請求が第一契約、第二契約の契約成立の日から一年を経過した後になされたものとしても、本件監査請求は、本件各売買契約の契約の履行をもその対象としており、しかもその履行のあった日から一年以内になされているから、本件監査請求のうち、契約の履行を対象とした部分は、適法である旨主張するので、この点について検討する。

原本の存在と<証拠>によれば、本件監査請求の申立書には、「以上により、大阪市長のなした右売買契約は、大阪市の取得した財産を処分するための契約としては違法であるから、すみやかに右契約を解約するか、時価を基準とした適正価額まで増額するなどの適切な措置をとり、かつ、今後、施設建築物の建築工事の完了公告をしても、右売買契約を履行して本件施設建築物の一部等を処分しないよう求めて本住民監査請求に及んだ。」との記載があることが認められるが、右記載から本件監査請求が第一契約、第二契約の契約の履行を対象としているものと解することは困難である。

仮に、右本件監査請求の申立書の「今後、施設建築物の建築工事の完了公告をしても、右売買契約を履行して本件施設建築物の一部等を処分しないよう求めて本住民監査請求に及んだ。」との記載部分から、本件監査請求が第一契約、第二契約の契約の履行を対象としているものと考える余地があるとしても、本件監査請求は、契約の締結の違法とは無関係に契約の履行について固有の違法事由を主張しているわけではなく、単に契約の締結が違法であるからそのような違法な契約の履行もまた違法であるということを前提に、これに対する是正措置を求めているにすぎない。

このような場合、法二四二条二項の適用に当たっては、当該行為のあった日または終わった日とは、売買契約締結の日を言うものと解するのが相当である。けだし、法二四二条二項の規定により、違法な契約締結行為の日から一年経過後になされた監査請求は不適法とされ、契約締結行為の違法是正等の措置を請求できないとしているにもかかわらず、契約の履行行為が続いている限り、履行行為そのものに何らの違法事由がなくても、契約締結行為の違法を契約の履行の違法として監査請求の対象とすることにより、監査請求期間の制限を受けずに、契約締結行為の違法是正等の措置を請求し得るものとすれば監査請求で実質的に契約内容の違法をいつまでも争えることになり、住民監査請求に期間を設けた趣旨を没却することになるからである。

したがって、原告ら主張の契約の履行に関する監査請求も当該行為のあった日又は終わった日から一年経過後になされたものといわざるを得ない。

なお、法二四二条一項所定の「怠る事実」に係る監査請求については、同条二項の適用がないが(最判昭和五三年六月二三日裁判集民事一二四号一四五頁参照)、普通公共団体の長の財務会計上の行為が、違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実とする住民監査請求については、右財務会計上の行為があった日又は終わった日を基準として同項の規定を適用すべきであり、また、右財務会計上の行為を違法、不当としてその是正措置を求める住民監査は、特段の事情がない限り、当該行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使を違法、不当とする財産の管理を怠る事実についての監査請求をもその対象として含むものである(最判昭和六二年二月二〇日民集四一巻一号一二二頁参照)。

これを本件についてみるに、前記争いのない事実によれば、本件監査請求は、被告が大阪市長として大阪市所有財産である本件建築施設の部分を阿倍野そごうと関西スーパーに売却した行為につき、右売却処分は、時価に比較して著しく低額の代金をもってした違法があるとしてその是正措置を求めたものであり、他方、本件訴訟は、本件監査請求を前提として、本件各売買契約の売却処分に違法事由があるため、本件建築施設の部分の売却によって発生した大阪市の被告に対する損害賠償請求権を大阪市が積極的に行使しないとして、原告が大阪市に代位して提起したものであるから、特段の事情の認められない本件にあっては、本件監査請求には、本件建築施設の部分の売却処分を違法、無効なものであるとして、これに基づき発生する大阪市の被告に対する損害賠償請求権を行使し得るのに、その管理を怠る事実についての是正を求める趣旨も含まれていたというべきである。この場合、右怠る事実についての本件監査請求について、法二四二条二項の適用に当たっては、怠る事実に係る請求権の発生原因たる当該行為にあった日、すなわち、本件各売買契約の締結日を基準とすべきことになる。したがって、この点からみても、本件監査請求は、当該行為のあった日又は終わった日から一年を経過した後になされたものと言うべきである。

3  原告らは、本件監査請求が当該行為のあった日から一年を経過していたとしても、原告らには、右一年経過後に監査請求をしたことに法二四二条二項但書の「正当な理由」がある旨主張するので、この点について検討する。

(一)  原告らが本件各売買契約を知り得た時期について

(1) <証拠>及び弁論の全趣旨によれば、原告昭和商事株式会社及び原告高橋ビルディング株式会社は、いずれも貸ビル業をその業務としていること、高橋正吉は、原告高橋ビルディング株式会社の常務取締役でもあり、昭和五七年四月以降、同社が入会している阿倍野筋二丁目西商店会の会長及び阿倍野区商店会連盟の常任理事になっていたこと、昭和五九年ころからは阿倍野筋二丁目西町会長になっていたことが認められる。

(2) <証拠>によれば、昭和五七年に阿倍野近鉄百貨店の増床問題に対する対策として、阿倍野区商店会連盟の中に大型店対策協議会が結成されていたが、本件建築施設の部分のある大阪都市計画事業阿倍野B1地区についての大型店の出店に関して、B一地区大型店対策協議会(以下、単に「大対協」という。)が昭和六〇年三月一八日から、昭和六一年五月八日まで七回にわたって開かれ、第四回の大対協を除いて、大阪市側の人間として阿倍野再開発事務所事業課長(但し、昭和六〇年四月一二日までは課長代理)の筒井孝一(以下、単に「筒井課長」という。)が、出席し、本件建築施設の部分への大型店の出店問題についての説明を行い、高橋正吉も第一回及び第五ないし第七回の大対協に出席していることが認められる。

(3) <証拠>によれば、阿倍野そごうへの本件建築施設部分の譲渡の話が出たのが昭和六〇年三月一八日の第一回大対協であり、関西スーパーへの本件建築施設部分の譲渡の話が出たのが昭和六〇年一〇月一二日の第二回大対協であり、これらの話が確定的なものとして筒井孝一が説明したのが昭和六一年四月一日の第五回大対協であること、及び昭和六一年三月一四日付の読売新聞によって阿倍野そごうと関西スーパーの本件建築施設部分への出店が報じられたことが認められる。

(4) 右事実からすると、大阪市が阿倍野そごうと関西スーパーへの本件建築施設の部分の譲渡の事実そのものを一般住民に隠して、秘密裡に事を運んだとは言えず、原告らも第一契約、第二契約の存在自体については、遅くとも第五回大対協の開かれた昭和六一年四月一日には知り得たと言える。

(二)  原告らが本件各売買契約の譲渡価額を知り得た時期について

(1) <証拠>によれば、高橋正吉は、昭和六一年四月に入ってから、商店会の斎藤会長から、そごうの北岡から聞いた話として、阿倍野そごうへの本件建築施設部分の譲渡価額が四五〇〇平方メートルで二五億円あるいは三八億円と聞いており、高橋正吉本人は、二五億円が信憑性のある価額と考えていたが、二五億円は不動産業界の常識としては安いと判断していたこと、同人は、関西スーパーへの本件建築施設の部分の譲渡価額については、阿倍野そごうへの譲渡価額を対象面積の平米数で割り、これに関西スーパーの譲渡対象面積の平米数を掛けて、関西スーパーへの譲渡価額を一五億円と推測したが、阿倍野そごうは五〇億円、関西スーパーは三〇億円が適正な譲渡価額と考えていたことが認められる。

(2) <証拠>によれば、筒井課長が、昭和六一年三月一九日に大対協の委員長である松本光雄及び阿倍野筋三丁目西町会の船中町会長に対し、阿倍野そごうと関西スーパーへの本件建築施設の部分の譲渡価額について述べたのみならず、同年四月一九日の阿倍野筋三丁目西商店会の席でも右譲渡価額について述べたことが認められる。

(3) 一方、<証拠>によれば、高橋正吉は、同人が出席した第七回大対協(昭和六一年五月八日開催)において、大阪市側の配布資料等により公募部分の一般譲渡価額の予定価額を知り得たことが認められる。

(4) 右事実を総合すると、原告らは、昭和六一年四月ころには、本件各売買契約の譲渡価額を知り得たと言うことができるし、さらに、同年五月八日には、本件建築施設の部分の譲渡価額と公募部分の一般譲渡価額の予定価額を比較することができたと言えるから、原告らは、契約の締結日(第一契約については昭和六一年三月八日、第二契約については昭和六〇年一二月二七日)から、一年以内に、「本件建築施設の部分を公募により時価を基準とした適正な価額で譲渡しなければならないのに、著しく低廉な価額で売却する旨の契約をした」点に違法があるとして、第一契約、第二契約の締結を対象に監査請求をすることができたと解するのが相当である。

もっとも、<証拠>によれば、大阪市の担当者の出席した第一回ないし第三回、第五回ないし第七回の大対協において、大阪市側から、阿倍野そごうと関西スーパーへ本件建築施設部分を譲渡するにあたっての譲渡価額の説明がなされていないが、一方、商店会の方へ分譲される一般譲渡価額についての質問が出たが、阿倍野そごうと関西スーパーに対する譲渡価額についての商店会側からの積極的な質問はなされていないことが認められるし、本件証拠上、大阪市が右譲渡価額について、ことさらに虚偽の事実を言ったことを認めるに足りる証拠もない。

これらのことから、大対協において大阪市が譲渡価額の問題について説明をしなかったのは、そこでの商店会側の関心が商店会の方へ分譲される公募部分の一般譲渡価額にあったためと推認できる。

(三)  右によれば、原告らには、右一年経過後に本件監査請求をしたことに二四二条二項但書の「正当な理由」はない。

なお、原告らは、本件各売買契約の成立日の判断には、高度の法的評価を要するから、原告らの判断した契約成立日が当時の平均的住民が認識していた事実にもとづく判断としては一応の合理性があり、原告らの判断した契約成立日から一年以内に監査請求しているのであれば、裁判所の認定した契約成立日から一年以内に監査請求できなかったことにつき、法二四二条二項但書の正当な理由がある旨主張するが、本件各売買契約の成立日の判断には、何ら高度の法的評価も要しないし、前認定の事実関係の下においては、平均的住民が相当の注意力をもって調査すれば、本件各売買契約の締結日をその当時知り得たということができるから、この点についての原告らの主張は採用できない。

三結論

右のとおり、原告らの本件監査請求は期間を徒過した不適法なものであるから、原告らの本件訴えは、適法な監査請求を経ていないものとして不適法といわなければならない。

よって、本件訴えを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官田畑豊 裁判官小林元二 裁判官田中健治は転補につき署名押印ができない。裁判長裁判官田畑豊)

別紙物件目録(一)(二)<省略>

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