大阪地方裁判所 昭和63年(ワ)10168号 判決 1990年10月29日
原告 日本住宅金融株式会社
右代表者代表取締役 大藤卓
右訴訟代理人弁護士 柴田龍彦
太田忠義
右訴訟復代理人弁護士 岸本寛成
被告 佐々木竹美
右訴訟代理人弁護士 岩崎昭徳
主文
一 被告は、原告に対し、金二七七万七六七七円及び内金一八七万〇七四六円に対する昭和六二年一〇月一五日から支払済に至るまでの年一四・六パーセント(一年を三六五日とする日割計算による。)の割合による金員の支払をせよ。
二 訴訟費用は、被告の負担とする。
理由
一 請求の原因について
請求の原因第1項ないし第4項の事実は、当事者間に争いがない。
二 消滅時効について
1 まず、抗弁第1項(1)の事実は、当事者間に争いはないが、被告が分割弁済金の支払を怠つても、原告において一括請求をしない限り、被告は期限未到来の分割弁済金について期限の利益を享受でき、また、原告から一括請求のされないうちに不履行中の分割弁済金を法令及び約定に従つて弁済すれば、最早、特約に基づき期限の利益を奪われることはないのであるから、被告の不履行の結果、特約により原告が期限の利益を喪失させることができるようになつても、これをもつて、全債権について原告において権利を行使することができる状態になつたとすることはできない(最高裁第二小法廷昭和四二年六月二三日判決〔民集第二一巻第六号一四九二頁〕参照)。したがつて、本件消費貸借契約における債務は、分割弁済金ごとに消滅時効にかかると言うべきである。
2 次に、再抗弁事実(債務の存在の承認)は、当事者間に争いがない(被告は、債務の存在の承認は、本件土地が家の建てられる土地になれば支払うという留保付きでしたものである旨主張するが、消滅時効中断事由としての承認は、債務が存在していることについての承認であれば足り、同時履行の抗弁やこれと類似する主張とともにしたものであつても、右中断事由になり、支払意思の存否は要件ではない。また、消滅時効完成後に時効中断事由に相当する承認をした以上、消滅時効の完成している分割弁済金について消滅時効を援用することは、信義則に反する。本件は右の場合にも当たる)。
3 したがつて、被告の消滅時効の主張は、失当ということになる。
三 錯誤無効について
1 抗弁第2項(1)①の事実(本件売買契約の締結)は当事者間に争いはなく、同項(1)②の事実(宅地としての売買の合意)は、原告において明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。
2 そこで、続いて同項(2)(本件消費貸借契約と本件土地の関係)について判断するに、≪証拠≫を総合すると、本件消費貸借契約の締結に際しては、前示のような内容で本件売買契約が締結されていることを前提として、被告において、その購入代金の支払のために原告から借り受けるものである旨の合意がされた事実を認めることができる。
3 そして、同項3の事実(錯誤の存在)は、原告において明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。
4 そこで、以上において判示した事実を前提として、同項(4)(契約の無効)について判断する。
(1) まず、本件売買契約においては、本件土地が宅地であるということは本件売買契約締結の動機ではあるが、当事者間においてこれが表示され、かつ売買の目的物の性状に関する事項として契約の重要な内容となつているので、この点につき原告に錯誤があり、かつ原告に重大な過失のあつたことの主張立証のない以上、本件売買契約は無効と言うべきである。
(2) 次に、右に述べたように、本件土地が宅地であるということは、本件売買契約締結の動機(表示されて契約内容となつている。)であり、これに基づいて本件売買契約が締結された結果、その履行(代金の弁済)の必要性が生じ、それが本件消費貸借契約締結の動機となつているのであつて、本件消費貸借契約との関係では、本件土地が宅地であることは、間接的な動機に過ぎない。すなわち、本件消費貸借契約の動機とはなり得ない。したがつて、本件土地が宅地であることは、本件消費貸借契約において、原被告ともに当然の前提としていたことではあるが(すなわち、表示されていたが)、これによつて本件消費貸借契約の動機が表示されたものとすることはできず、また、本件土地が宅地であることが本件消費貸借契約の内容になつていると言うこともできない。
もつとも、前示のように本件売買契約は錯誤により無効であるから、被告は本件土地購入代金の支払義務を負担していなかつたことになり、被告には、本件消費貸借契約の直接の動機となつた本件売買契約の履行の必要性に関して錯誤があつたことになる。しかし、消費貸借契約においては、借主は貸主から借入金の交付を受けた時点で、約定どおりの経済的価値の移転を受け、契約目的を達成しており、他方、貸主は、借主に借入れの必要性があつたかどうかとは関係なく、約定に従つて借主から貸金の返済を受けることにより契約の目的を達成することができるのであるから、借入れの必要性に関する錯誤は、それが表示されていたとしても、消費貸借契約の要素の錯誤とはならない(仮に要素の錯誤に当たり契約が無効としても、被告は借入金の返還義務を免れうるものではない)。
なお、前示のように、本件借入金の使途は、本件土地の購入資金と定められているが、本件においては、現実に、本件土地の購入資金として使用されたのであるから、この点については、被告に錯誤はなかつたことになる(前記甲第一号証の一〔本件消費貸借契約書〕に、借入金の使途として「土地購入資金」と表示され「宅地購入資金」と表示されていないことからも理解できるように、本件借入金の使途と本件土地が宅地であるかどうかとは関係がない。)。
したがつて、本件消費貸借契約における被告の意思表示に要素の錯誤があつたとすることはできない。
(3) なお、本件売買契約と本件消費貸借契約とは、当事者も内容も異なる別個の契約であるから、本件売買契約が有効であることを前提として本件消費貸借契約が締結されていたとしても、本件売買契約が錯誤により無効であることから、直ちに本件消費貸借契約を無効とすることはできない。
四 信義則違反、公序良俗違反、権利濫用の主張(抗弁第3項)について
1 北摂苑の造成・分譲の経緯の概略(抗弁第3項(1)の事実)は、当事者間に争いはない。
2(1) 次に、北摂苑が宅地として利用できないこと(同項(2)①の事実)も当事者間に争いはない。
(2) また、備前屋の行つた造成工事の設計・施工が杜撰であつたことがその原因であること(同項(2)②の事実)は、≪証拠≫並びに弁論の全趣旨により、これを認めることができる。
(3) その結果、被告ら購入者が結果として二足三文の土地を宅地として購入させられたことになつていること(同項(2)③の事実)は、原告において明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。
3 そこで、次に同項(3)の事実(原告と備前屋〔大金開発〕との共謀・提携、原告による担保評価の方法等)につき判断する。
(1) 前示のように、原告は、備前屋(大金開発、大阪備前屋)に対して、「日本住宅金融(株)取扱協力会員第五〇一一号」と表示して北摂苑の購入者を募集することを認めており、また、購入物件のみを担保として、その購入価格の七〇パーセントまで購入資金を融資することとし、かつ、融資の申込手続を代行させていたのであるから、そのような分譲と融資の仕組からして、備前屋にとつては、原告の信用や簡易・迅速な融資制度を利用して多数の購入者を募集することができ、他方、原告にとつては、備前屋(大金開発)による購入者の募集を通じ、多数の融資希望者を容易に獲得することができるという利点があつたものと認めることができる。また、弁論の全趣旨によると、昭和四七年、昭和四八年初めころには、列島改造ブームに乗り、日本国中で、いわゆる分譲地の青田売り、青田買いが頻繁になされており、原告も、北摂苑につき、第一期から第三期までの造成・分譲においては、造成工事の早い段階で未完成のまま分譲地の担保評価をし融資を実行したこと、しかし、第四期造成・分譲のされた昭和四八年暮れころからは、政府の金融引締策に従い、造成工事がほぼ完成した段階で融資を実行したことが、認められる。そして、このような業務提携と融資状況からすると、備前屋の造成工事は、実質的には原告が購入者に融資する資金によつて賄われていたものもあると推認でき、購入資金の融資が実質的には備前屋の造成資金の融資という関係・側面を有していたことも否定できない。しかしながら、原告の融資自体は土地購入を容易にするためのものであつて、それにより備前屋による杜撰な造成工事の設計や手抜工事に影響を与えたこと、また原告においてその認識があつたことを認めるに足りる証拠はない。
(2) 次に、弁論の全趣旨によると、原告が北摂苑において採つた担保評価の方法は、担当者が造成途中の現場に赴き、その分譲地の外観を基にして、造成が終了し住宅が建てられる状態になつた場合を前提とした土地の価格を評定するというものであつて、それまでに備前屋が兵庫県の「相野台」の名称で造成・分譲した実績を信頼し、備前屋に対して造成工事の土木工学上の安全性に関する裏付け資料を要求したり、独自に調査するなどの点検・確認はせず、また、宅地造成等規制法による規制についての調査・確認もしなかつたことが認められる。しかし、原告の担当者が備前屋の杜撰な造成工事設計や手抜工事の事実を知り、あるいは、北摂苑の宅地造成に瑕疵がある結果、宅地造成等規制法による規制により建物建築が不可能な状態にあることを知つていたと認めるに足りる証拠はない(むしろ、原告に右認識がなかつたので右分譲地を高く評価して同土地を担保に多額の融資をしていたといえる)。
4 そこで、すすんで、同項(4)の事実(原告の担保評価に対する被告の信頼)につき判断する。
≪証拠≫並びに弁論の全趣旨を総合すると、被告は、昭和四七、八年ころ、チラシ広告により、備前屋の造成中の北摂苑が大金開発、大阪備前屋を介して大々的に分譲されており、分譲地の購入代金については、住宅ローンの専門会社である原告の融資が受けられることを知つたこと、被告は、昭和四七年一〇月頃、初めて現地に赴き、大金開発の担当者から分譲に関し種々の説明を受け、また、現地を実際に見て、北摂苑が投機目的又は居住目的からも大いに気に入つたこと、その後、大金開発の担当者の訪問を受けて原告の融資手続について説明を受け、昭和四七年一一月二八日本件売買契約を締結したこと、本件売買契約を締結するまでの間、原告の担当者に会つたことはなく、したがつて、また、原告の担当者から北摂苑の分譲地について説明を受けたことはないこと、被告は、原告への融資の申込手続を大金開発の担当者に委ね、昭和四七年一二月二一日本件消費貸借契約を締結したことを認めることができる。
右において認定したところによると、被告は、北摂苑は備前屋(大金開発)が造成・分譲している土地であり、他方原告は、購入資金を貸し付ける金融機関であつて、北摂苑を造成・分譲している備前屋(大金開発)とは、別個の会社であるとの認識をしていたこと、したがつて、また、本件売買契約と本件消費貸借契約とは当事者も内容も異なる別個の契約であることを認識理解していたことといえる。
そうすると、結局のところ、被告の原告に対する信頼は、原告が住宅ローンの専門会社であつて、その専門会社が、業務として、大々的に、購入不動産のみを担保として購入価格の七〇パーセントの購入資金の融資をしている以上、原告において、協力会員である備前屋の造成・分譲を十分監督し、かつ、その担保価値を十分に調査・確認して適正に評価しているとの信頼であつて、原告において、購入物件の価値が担保評価額だけあることを購入者に保証しているとか、購入物件に物的又は法的な瑕疵がある場合にその補修をすることを保証していると信じたというものでないことは明らかである。
5 そこで、最後に、以上において判示したところを総合して、原告が本件消費貸借契約に基づき被告に対し本件請求をすることが、信義則若しくは公序良俗に反し、又は権利の濫用に当たるかどうかについて検討する。
まず、備前屋と原告とは、宅地の造成・分譲・販売と購入者に対する資金の融資という営業内容と業務関係からして、業務的にも経済的にも密接不可分な関係にあつたことは明らかであるが、被告ら購入者の被害の原因は、備前屋の行つた設計・施工が杜撰であつたことにあるのであつて、原告が購入資金を融資したことにあるのではないことも明らかである。そして、北摂苑が欠陥のある分譲地であつたことにより、被告ら購入者のみではなく、それを唯一の担保として三〇九名の者に購入資金を融資した原告もまた、当初の融資計画が大きく狂い、貸付金の回収も当初の予定どおり行えず、その意味では、原告もまた被害を被つているといえる。
もつとも、原告は、北摂苑に関する担保評価において極めて杜撰な措置を採つたと評すべきであり、そのことが、原告が金融機関としてあらかじめ適正に担保評価しているものと信頼した被告ら購入者に対し、不測の損害をもたらした一要因であることは否定できない。しかし、被告自身も、原告の担保評価は、購入物件を担保による原告自身のためになされるものであり(杜撰な評価による融資金回収不能の危険は自ら負担することになる)、備前屋(大金開発)又は購入者のためになされるものではないことを十分認識していたことは明らかである。したがつて、原告において、北摂苑が宅地とはならない欠陥分譲地であることを知りながら、担保価値を無視し、敢えて貸付けをしたとは言えない(備前屋(大金開発)の違法・不当な販売に加担するために、同備前屋らと共謀して右危険を犯して担保価値を無視した貸付をしたことが認められない)本件においては、原告の責任は、備前屋らとの共同不法行為責任とはいえず、いわゆる社会的責任の域を出ないと言うべきであり、本件消費貸借契約に基づく原告の権利行使をもつて、信義則若しくは公序良俗に反するとすることはできず、また、権利の濫用に当たるとすることもできないと言うべきである(ちなみに、前示のように、原告は、すでに、被告ら購入者に対し、弁済期の延期、利率の低減の措置を採つており、現時点においても、未払利息、遅延損害金についてその免除を検討する余地があるとして、金融機関として可能な範囲で被告ら購入者の救済措置を採ろうとしている(弁論の全趣旨及びこれにより成立の認められる乙第三四号証)。
五 同時履行の抗弁について
次に、右に判示した事情の下では、原告において本件土地の補修工事をすべき義務はなく、また、原告と備前屋(大金開発)とを同視して、備前屋(大金開発)の被告に対する本件売買契約上の責任を原告に果たさせるべき理由も見出せないから、抗弁第4項の主張(同時履行の抗弁)は、失当である。
六 結論
よつて、原告の請求は、理由があるからこれを認容する
(裁判官 小林一好)