大阪地方裁判所 昭和63年(ワ)10971号 判決 1992年9月30日
原告(両事件共)
平島茂六
被告(両事件共)
新大阪警備保証(ママ)株式会社
右代表者代表取締役
福井勢一
右被告訴訟代理人弁護士
葛井久雄
主文
一 被告は、原告に対し、金六万一一〇〇円及びこれに対する平成元年六月一日から支払ずみまで年一四・六パーセントの割合による金員を支払え。
二 原告の被告に対する甲事件のその余の請求及び乙事件の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は原告の負担とする。
四 この判決は主文第一項に限り仮に執行することができる。
事実
(甲事件)
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告は、原告に対し、金一一六八万一四〇〇円及び内金六九六万四一六〇円に対する平成元年六月一日から支払ずみまで年一四・六パーセントの、内金四七一万七二四〇円に対する平成四年九月三〇日から支払ずみまで年五パーセントの各割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は昭和五九年七月二六日被告に雇用され、大阪府立布施工業高等学校の警備員として勤務していた。
2 原告と被告は、雇用契約を締結するにあたり、原告が被告から支給される賃金額は、原告がそれまで、警備員として雇用されていた近畿保安警備株式会社から支給されていた賃金額と同額であることを合意した。
そこで、原告は次のとおり、原告が被告の従業員であった昭和五九年七月二六日から平成元年五月三一日までの未払賃金、時間外労働に対する賃金及びその附加金を請求する。
(一) 未払賃金
(1) 近畿保安警備での賃金は、平日は四八三〇円、土曜日は七五四八円、日曜祝日は九六六〇円であったが、被告の場合は、平日は三六〇〇円、土曜日は六二〇〇円、日曜祝日は八四〇〇円であった。
したがって、その一日当たりの差額は、平日は一二三〇円、土曜日は一三四八円、日曜祝日は一二六〇円となる。
ところで、原告は昭和五九年七月二六日から平成元年五月三一日までの間に、平日に一〇三七日、土曜日に二一〇日、日曜祝日に二九〇日勤務したので、右未払賃金額は、平日分が一二七万五五一〇円(1,230円×1,037=1,275,510円)、土曜日分が二八万三〇八〇円(1,348円×210=283,080円)、日曜祝日分が三六万五四〇〇円(1,260円×290=365,400円)となり、右合計額は一九二万三九九〇円である。
(2) 次に、平日当たりの賃金は昭和六三年七月分から一〇〇〇円賃上げされて四九〇〇円となった。
しかし、原告は右一〇〇〇円の賃上げ分を受け取っていないから、昭和六三年七月分から平成元年五月三一日までの平日分(一九九日)金一九万九〇〇〇円を請求する。なお、被告における給与は、毎月一五日締めの当月二五日払いであり、例えば、七月分というのは、六月一六日から七月一五日までの期間に対応する分を意味する。
(3) また、被告は、昭和六三年七月分から日曜祝日手当をそれまでの九一五〇円から七九〇〇円に引き下げた。
原告は、昭和六三年七月分(昭和六三年六月一六日)以降平成元年五月三一日まで日曜祝日に五四日間勤務したので、右差額金六万七五〇〇円(1,250円×54=67,500円)を請求する。
(4) 最後に、昭和六三年一二月分から平成元年二月分までの交通費は一か月二万〇九〇〇円であるところ、被告は一か月につき二〇九〇円しか支給しなかったので、一か月当たり一万八八一〇円の不足となった。
そこで、右三か月分五万六四三〇円の未払分を請求する。
(5) 以上の(1)ないし(4)の合計二二四万六九二〇円が未払賃金として請求する分である。
(二) 時間外労働に対する賃金
(1) 原告の平日一日当たりの賃金は、前述のとおり、四八三〇円であったから、一日の労働時間の八時間で割ると、一時間当たりの賃金は六〇四円となる。右金額に割増賃金を加えると、時間外労働一時間当たりの賃金は七五五円(604円×1.25=755円)となる。
(2) 次に、原告の昭和五九年七月二六日から平成元年五月三一日までの実労働時間は次のとおりである。
イ 原告は定時制課程のある高校に警備員として勤務していた。定時制課程のない高校に勤務している被告の従業員は、平日において、午後一〇時以降は働かないが、原告の場合は午後一〇時から同一一時三〇分まで働いた。したがって、原告は各平日に、所定勤務時間の午後五時から翌日の午後八時三〇分までのうち、所定労働時間の八時間に右一時間三〇分を加えた九時間三〇分働いた。
前述のとおり、原告は平日に一〇三七日働いたから、原告が平日に労働した合計時間は九八五二時間(9.5時間×1,037=9,852時間)となる。
ロ 原告は、土曜日においては、平日の九時間三〇分に加えて、出勤時刻の午後零時三〇分から午後五時までの四時間三〇分働いたから、一四時間働いた。
土曜日に勤務した日数は、前記の二一〇日であるから、原告の土曜日における労働時間の合計は二九四〇時間(14時間×210=2,940時間)となる。
ハ 原告は、日曜祝日において、当日の午後八時三〇分から翌日の午後八時三〇分までの勤務時間のうち、一六時間は働いた。このことは、日曜祝日の給与が平日の給与の二倍以上であることからも明らかである。
前述のとおり、原告は日曜祝日に二九〇日働いたから、原告が日曜祝日に労働した合計時間は四六四〇時間(16時間×290=4,640時間)となる。
ニ したがって、原告の実労働時間は右イないしハの合計である一万七四三二時間となる。
ホ 一か月の法定労働時間は、一日八時間で、一か月の労働日は二五日であるから、二〇〇時間である。昭和五九年七月二六日から平成元年五月三一日までは四年一〇か月、即ち五八か月であるから、右期間における法定労働時間は一万一六〇〇時間(200時間×58=11,600時間)である。
したがって、原告の実労働時間一万七四三二時間から右法定労働時間の一万一六〇〇時間を引いた五八三二時間が右期間内における原告の時間外労働の時間数である。
(3) 被告では、始業時刻は、平日は午後五時、土曜日は午後零時三〇分からと決められていたが、原告は被告に命じられ、各平日及び土曜日には常に右始業時刻より二〇分早く出勤して働いた。
原告が働いた平日及び土曜日の合計日数は、前述のとおり、一二四七日であるから、四一六時間(20分×1,247≒416時間)が二〇分早く出勤して働いたことによる時間外労働の合計である。
(4) したがって、時間外労働一時間当たりの単価である七五五円に、前記(2)ホの五八三二時間と右(3)の四一六時間の合計六二四八時間を掛けた四七一万七二四〇円が原告に支払われるべき時間外労働に対する賃金である。
(3) 附加金
原告は労働基準法一一四条に基づき、右時間外労働に対する賃金四七一万七二四〇円と同額の附加金を請求する。
3 よって、原告は、被告に対し、右2の(一)ないし(三)の合計金一一六八万一四〇〇円及び内金六九六万四一六〇円((一)と(二)の未払賃金額の合計)に対する平成元年六月一日(原告の退職日の翌日)から支払ずみまで賃金の支払の確保等に関する法律六条所定の年一四・六パーセントの、内金四七一万七二四〇円(附加金額)に対する民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 同1項のうち、被告が原告を雇用した日を除き、その余は認める。被告が原告を雇用したのは、昭和五九年七月二五日である。
2 同2項の冒頭のうち、原告が被告に雇用されるまで、近畿保安警備に雇用されていたことは認めるが、被告と原告との間で、近畿保安警備の時と同額の賃金を支給するとの合意が成立したことは否認する。近畿保安警備はいわゆる労務倒産であり、従業員の賃金が高すぎるために破産した。したがって、被告が原告を含む同社の従業員を雇用するにあたっては、被告の賃金を基準にして賃金を定めたものである。
(一) 未払賃金の請求は争う。
(1) 同項の(一)の(1)の、原告が被告に雇用された昭和五九年七月二五日時点での原告の賃金が、平日(八時間労働)は三六〇〇円、土曜日(一一・五時間労働)は六二〇〇円、日曜祝日(一四・五時間労働)は八四〇〇円であったことは認める。
(2) (一)の(2)の平日当たりの賃金が昭和六三年七月分から四九〇〇円に引き上げられたとの事実は否認する。右時点での平日当たりの賃金は三九〇〇円のままである。
(3) (一)の(3)の、日曜祝日手当を昭和六三年七月分から引き下げたことは認めるが、引き下げ額などについては争う。昭和六三年七月分から同年一一月分までは、それまでの九一五〇円から七九〇〇円に減額した。したがって、この間の差額金は、原告の出勤日数が二二日だから、二万七五〇〇円(1,250円×22)である。次に、昭和六三年一二月分からは右手当を八一〇〇円と改めた。したがって、昭和六三年一二月分から平成元年五月三一日までの差額金は、右期間の原告の出勤日数が三二日間だから、三万三六〇〇円(1,050円×32)である。よって、支払うべき差額金があるとしても、昭和六三年七月分から平成元年五月三一日までの差額金は右合計の六万一一〇〇円である。
(4) (一)の(4)の、昭和六三年一二月分から平成元年二月分までの交通費として一か月当たり二〇九〇円しか支給しなかったことは認める。
(二) 時間外労働に対する賃金の請求は否認する。
(1) (二)の(1)は否認する。
(2) (二)の(2)の、労働時間に関する原告の主張はすべて否認する。原告の一日当たりの労働時間は、平日が八時間、土曜日が一一・五時間、日曜日が一四・五時間である。
(3) (二)の(3)は否認する。被告が原告に始業時刻二〇分前に出勤するよう命じたこともないし、原告が始業時刻より二〇分前に出勤していたこともない。
(4) (二)の(4)は否認する。
(三) (三)の附加金の請求は否認する。
三 抗弁
1 労働基準法一一五条により賃金の請求権は二年で時効消滅するところ、原告の訴訟提起は昭和六三年一一月二八日であるから、仮に未払賃金があるとしても、昭和六一年一一月二八日までの未払賃金請求権は時効により消滅した。
2 日曜祝日手当の引き下げの問題については、昭和六三年一〇月二八日大阪地方裁判所で原、被告間に和解が成立し、既に解決ずみである。
3 原告主張の未払交通費については、平成元年三月分の賃金を支給する際、不足分五万六四三〇円を支払った。
四 抗弁に対する認否
すべて否認する。
(乙事件)
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1 原告が、被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告は、原告に対し、平成元年六月一日以降毎月末日限り金四七万八二七四円及び右各毎月の内金二三万九一三七円に対する右各支払期日の翌日から支払ずみまで年一四・六パーセントの割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 仮執行宣言
二 被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、甲事件で述べたとおり、昭和五九年七月二六日から被告に雇用され、大阪府立布施工業高等学校の警備員の仕事をしていたものである。
2 被告は、平成元年五月三一日をもって原告を解雇したと称して、原告が被告に対し雇用契約上の地位にあることを争うものである。
3 被告が原告を解雇したと称する右同日以前の三か月間の原告の平均賃金は二三万九一三七円である。
4 よって、原告は、被告に対し、原告が雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認並びに平成元年六月一日以降毎月末日限り、賃金として金二三万九一三七円及び右金額と同額の附加金二三万九一三七円並びに毎月の賃金二三万九一三七円に対する右各支払期日(毎月末日)の翌日から支払ずみまで年一四・六パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 同1項は認める。
2 同2項の、被告が原告の雇用契約上の地位にあることを争うものであることは認める。
3 同3項は争う。
三 抗弁
1 解雇などに至る経緯
(一) 被告は大阪府と、大阪府下の第五及び第六学区(府下南部)の学校の警備業務委託契約を結び、警備業務を行っていたが、平成元年六月一日からは近畿ビル管理株式会社が右警備業務を行うことになったため、被告と大阪府との警備業務委託契約は同年五月三一日をもって終了することとなった。
(二) そのため、被告は原告を含む被告の従業員(警備員)らに右の事情を説明し、従前の仕事を希望するのであれば近畿ビル管理に就職を斡旋するし、他の会社に移るのが嫌ならば被告において他の業務について働いてもらいたい旨の説明をした。
2 合意解約の主張
原告は被告の説明に対し、平成元年四月一四日、被告を退職し、近畿ビル管理に就職したいと述べ、結局、同年五月三一日をもって被告と雇用契約を解約することに合意した。
3 解雇の主張
仮に、右2の主張が認められないとしても、被告は労働基準法二〇条に従い、平成元年四月一四日、原告に対し、同年五月三一日をもって解雇する旨の意思表示をした。
4 信義則違反の主張
原告は、同年六月二五日ころ、退職金とともに、解雇予告手当に該当する同年五月分の給料を受領している。
また、原告は、同年六月九日被告から雇用保険被保険者離職証明書を受領し、同年七月五日右保険金の受給者と決定された。
ところで、原告は、同年六月一五日大阪地方裁判所に地位保全の仮処分を申し立てたが、被告が同月二三日答弁書を提出したところ、原告は同日ころ仮処分の申立てを取下げた。
以上述べた原告の解雇に関する一連の行為は、被告に、原告が解雇を承認したと確信させるものである。
しかるに、原告は右仮処分の取下げから約一年八か月を経過した後に本訴を提起したものであり、原告の前記一連の行為に照らすと、原告が本訴を提起したことは信義則に反するものである。
四 抗弁に対する認否
1 解雇などに至る経緯のうち、(一)は認め、(二)は否認する。
2 合意解約の主張は否認する。
3 解雇の意思表示があったことは否認する。
4 信義則に反するとの主張は争う。
五 再抗弁
仮に、被告が平成元年五月三一日をもって原告を解雇したとしても、右解雇は解雇権の濫用であるから、解雇は無効である。
六 再抗弁に対する認否
争う。
(証拠)
証拠関係は、本件記録中の各証拠目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する(略)。
理由
(甲事件)
一 請求原因1項のうち、被告が原告を雇用した年月日を除くその余の事実は当事者間に争いがなく、(証拠略)によれば、原告は昭和五九年七月二六日被告に雇用されたものと認めることができる。
二 同2項について判断する。
1 未払賃金の請求について
(一) 同項の(一)(1)の、近畿保安警備と被告との差額金の請求について
原告が被告に雇用されるまで、近畿保安警備に警備員として雇用されていたことは双方間に争いがない。
ところで、原告の請求は、原、被告間で、近畿保安警備の時の賃金と同額の賃金を支払うとの合意が成立したことを前提とするところ、原告本人尋問の結果中には右主張に沿う供述部分がある。
しかし、原告の右供述は、(人証略)に照らし措信し難く、他に原告主張の合意の成立を認めるべき証拠はない。
したがって、被告が近畿保安警備の時と同額の賃金を支払う約束をしたことを前提とする請求原因2項(一)(1)の請求は、その余の点について論ずるまでもなく、理由がない。
(二) 同項の(一)(2)の、平日当たりの賃金の昭和六三年七月分からの増額を理由とする請求について
原告は、本人尋問において、(証拠略)(成立については争いがない。)の記載を根拠に、平日当たりの賃金が昭和六三年七月分から四九〇〇円に上がった旨供述する。
しかし、原告が根拠とする(証拠略)の記載は、記載自体から明らかなように、公休、非番出勤手当として一〇〇〇円が付加支給されることを意味するものであり、決して賃金が一〇〇〇円増額されて三九〇〇円から四九〇〇円になることを意味するものではない。
したがって、原告が指摘する(証拠略)の記載をもって原告主張事実を認めることはできず、他に右主張を認めるべき証拠はないから、請求原因2項(一)(2)の請求は理由がない。
(三) 同項の(一)(3)の、日曜祝日手当の引き下げ分の請求について
被告は、右手当の引き下げについては、原、被告間で和解が成立し、既に解決ずみであると主張する。
しかし、被告が右主張の根拠とする(証拠略)の和解調書(成立については争いがない。)から明らかなように、右和解によって日曜祝日手当の原、被告間の紛争が解決したと認めることはできないから、被告の主張は理由がない。
したがって、被告は原告に対し、従来の手当の額と引き下げた額との差額金を支払う義務があるので、右金額について検討する。
成立に争いのない(証拠略)によれば、日曜祝日手当は、昭和六三年六月分までは九一五〇円であったところ、同年七月分から同年一一月分までは七九〇〇円に、同年一二月分以降は八一〇〇円にそれぞれ改められたこと、他方、原告の日曜祝日の出勤日数は、昭和六三年七月分から同年一一月分までの期間は二二日、同年一二月分から平成元年五月末日までの間は三二日間であることが認められる。
右によれば、被告が原告に支払うべき右手当の差額金は、昭和六三年七月分から同年一一月分までが二万七五〇〇円{(9,150円-7,900円)×22}、同年一二月分から平成元年五月三一日分までが三万三六〇〇円{(9,150円-8,100円)×32}であるから、右合計の六万一一〇〇円となる。
(4) 同項の(一)(4)の、交通費の請求について
被告が原告に対し、昭和六三年一二月分から平成元年二月分までの交通費として一か月当たり二〇九〇円しか支給しなかったことは双方間に争いがない。
そこで、不足分五万六四三〇円を支払ったとの抗弁について判断するに、(証拠略)によれば、被告が平成元年三月分の給与を支給する際、不足分五万六四三〇円を全額支払ったことが認められる。
したがって、請求原因2項(一)(4)の請求は理由がない。
(五) 以上によれば、未払賃金として原告が請求しているもののうち、被告に支払義務があるのは、日曜祝日手当の引き下げによる差額金六万一一〇〇円である。
2 時間外労働に対する賃金請求について
(一) まず、(人証略)によれば、原告の勤務時間は、平日が八時間、土曜日が一一・五時間、日曜日が一四・五時間と定められていたことが認められる。
ところで、原告は、右請求の前提として、第一に、原告が、右勤務時間を上回って、平日には九時間三〇分、土曜日には一四時間、日曜祝日には一六時間働いたと主張する。
なるほど、原告本人尋問の結果中には右主張に沿う供述部分がある。
しかし、右供述は、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる(証拠略)に照らしたやすく措信し難く、他に原告主張の右実労働時間に関する事実を認めるべき証拠はない。
なお、成立に争いのない(証拠略)によれば、警備員勤務心得では、巡視時間区分が一七時から二三時までの間と記載されているので、右記載からすると、実際の勤務時刻も午後一〇時(<人証略>によれば、一日の最終勤務時刻は午後一〇時までであったことが認められる。)までではなく、警備員勤務心得の巡視時間区分の記載に合わせて、午後一〇時を一時間上回る午後一一時までであった可能性があるのではないかと受け取れなくもない。
しかし、(証拠・人証略)に照らすと、警備員勤務心得の右記載内容から、直ちに原告の実際の勤務が午後一〇時を超えて午後一一時までであったと認定するのは相当でない。
その他原告が、平日は八時間を、土曜日は一一・五時間を、日曜日は一四・五時間を上回って労働したと認めるべき証拠はない。
(二) 次に、原告は、平日及び土曜日には、被告に命じられ、始業時刻より二〇分早く出勤していたから、右二〇分に相当する分が時間外労働であるとも主張する。
右の点につき、原告は、被告の担当者から、「二〇分位早めに出勤して待機するように。」と言われたことがあり、このことが二〇分の時間外労働を命じられたことの根拠である旨、本人尋問において供述する。
しかし、他方、原告は、右担当者が言ったことは、前記警備員勤務心得(<証拠略>)の1の「上番勤務」として記載されている内容のものと同じ趣旨のものであるとも供述するところ、(証拠略)によれば、被告の警備員勤務心得の1の上番勤務の項には、「勤務者は余裕をもって勤務先に到着すること。」という、警備員たる従業員の一般的な心構えについての記載があることが認められるものの、右記載が始業時刻より二〇分早く出勤することを命じているとは理解し難く、右に、(人証略)を合わせ考えると、原告本人の供述のみをもって、被告が原告に二〇分早く出勤するように命じたとの事実を認定することは困難というべきである。
(三) 以上によれば、時間外労働に対する賃金の請求分は、その前提となる原告が時間外労働をしたとの立証がないから、その余の点について判断するまでもなく、失当である。
3 附加金の請求について
附加金請求は、その前提たる時間外労働に対する賃金の請求が認められないから、失当である。
4 以上によれば、甲事件の原告の請求のうち、日曜祝日手当ての引き下げについての六万一一〇〇円及びこれに対する平成元年六月一日から支払ずみまで年一四・六パーセントの割合による遅延損害金の請求を求める部分は理由があるが、その余は失当として棄却を免れない。
(乙事件)
一 請求原因1、2項は当事者間に争いがない。
二 抗弁について判断する。
1 解雇などに至る経緯のうち、(一)の事実は双方間に争いがない。
そして、(証拠・人証略)によれば、解雇に至る経緯の(二)の事実を認めることができる。
2 そこで、まず、合意解約の抗弁について検討するに、(人証略)には合意解約が成立したかのような供述部分がある。
しかし、一方、原告の平成元年五月三一日付の被告宛の退職届と題する書面(<証拠略>)には、退職の意思表示を表わす定型の文章以外に、「被告の措置は不法解雇であり、原告自身、裁判で争う」との原告の作成による文章が明記されている。
右の事実に、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる(証拠略)、原告本人尋問の結果を合わせ考えると、右退職届と題する書面は、原告の退職の意思表示を表したものというよりは、退職の件に関しては、裁判によってでも争うとの、退職の意思を拒否した抗議の意思が表明されたものとみるのが合理的である。
したがって、右書面の存在をもって、原告が退職することに被告と合意したと理解するのは相当でなく、他に合意解約の成立を認めるべき証拠はない。
したがって、被告の主張は理由がない。
3 次に、解雇の抗弁について判断するに、これを認めるに足りる証拠はない。
したがって、右抗弁も理由がない。
4 進んで、信義則違反の主張について考える。
成立に争いのない(証拠・人証略)の結果によれば、被告主張の、原告の解雇に関する平成元年六月から本訴提起に至るまでの一連の行為を認めることができる。
さらに、甲事件で明らかなように、原告は、甲事件では、被告との雇用契約は、平成元年五月三一日をもって原告の退職により終了したことを前提にその主張を行っていると理解されるのであり、原告の甲事件における主張は明らかに乙事件の主張と相反し、矛盾しているといわねばならない。
原告の、甲事件の提訴を含む以上の一連の行為を眺めると、原告は明らかに被告による解雇を承諾したと受け取れる行動をとったものと認めることができるのであり、一旦このような行動をとった後で、被告に対し、突然、それまでの行動とは相反する、解雇が無効であるとの主張を行うことは、確かに信義則に反し、許されないものといわねばならない。
したがって、この点についての被告の主張は理由がある。
三 以上によれば、原告の乙事件の請求は、その余の点について論ずるまでもなく、すべて理由がなく、失当であることに帰する。
(結論)
よって、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 武田和博)