大阪地方裁判所 昭和63年(ワ)135号 判決 1991年12月12日
大阪市<以下省略>
原告
X
右訴訟代理人弁護士
山崎敏彦
東京都中央区<以下省略>
被告
新日本商品株式会社
右代表者代表取締役
A
右訴訟代理人弁護士
肥沼太郎
同
三崎恒夫
主文
一 被告は原告に対し、金一三〇〇万一八〇〇円及びこれに対する昭和六三年一月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを一〇分し、その四を原告の負担とし、その六を被告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一申立
一 原告
1 被告は原告に対し、金二一五七万四〇〇〇円及びこれに対する昭和六三年一月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
3 第1項につき仮執行宣言
二 被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二事案の概要
一 本件は、主婦である原告が、商品取引の受託業務等を営む被告との間で、昭和六一年一二月一一日から昭和六二年七月三〇日までの間、神戸生絲取引所上場の生糸の先物取引の委託契約を締結して右取引を行い、その間、昭和六二年三月一二日までに委託証拠金として合計金一一四〇万円の金員と、合計一万三〇〇〇株の株券を差入れた(右株券については、本訴提起後の平成二年七月二四日、金七三五万八〇〇〇円を支払って返還を受けている。)ところ、被告が、その営業社員を通じて、会社ぐるみで、不当勧誘及び顧客操縦等を行って、原告に対して右預託金及び株券の代価相当の損害並びに精神的苦痛(右苦痛に対して慰謝料金三〇〇万円)を蒙らせたと原告は主張して、主位的に民法七〇九条、予備的に民法七一五条に基づいて、利益金として受領した金一八万四〇〇〇円を控除した合計金二一五七万四〇〇〇円の支払を求めた事案である。
二 争いのない事実
1 当事者
(一) 原告は、昭和一六年○月○日生まれの主婦であり、夫は、工務店を経営している。
(二) 被告は、商品取引所法に基づく各地商品取引所の商品取引員となり当該商品市場における上場商品の売買取引の受託業務及び媒介委託、定期受渡し、現物取引の仲介等を目的とする株式会社である。
2 本件先物取引の概要
(一) 原告は、被告の勧誘を受けて、神戸生絲取引所における上場商品である生糸の先物取引の受託契約を締結し、昭和六一年一二月一一日から昭和六二年七月二〇日までの間にわたって、別紙「売買一覧表」記載のとおりの原告を委託者とする先物取引がなされた(以下、右取引を「本件取引」という)。
(二) そして、原告は被告に対し、本件取引の委託証拠金ないし充用有価証券として、次のとおり、金員ないし株券を交付した。
昭和六一年一二月一二日 金六〇万円
昭和六二年二月二八日 金三〇〇万円
昭和六二年三月一二日 金七八〇万円
昭和六一年一二月一六日 日本車両の株式 二〇〇〇株
日産車体の株式 四〇〇〇株
昭和六二年三月一二日 東京鉄鋼の株式 一〇〇〇株
オリジン電気の株式 一〇〇〇株
ミネベアの株式 五〇〇〇株
(ただし、被告は、ミネベアの株券については、同月一〇日に交付を受けたと主張している。)
(三) 本件取引のうち、最初の昭和六一年一二月一一日の取引、昭和六二年三月一〇日の取引は、委託保証金の入金がなされないままでなされた無敷である。
また、昭和六二年二月七日の取引は、六二年七月限月の生糸を五枚売りながら、同日、五枚買っており、同年三月三一日の取引は六月限月の生糸を一〇枚買いながら、翌四月一日、同じものを一〇枚売っている。
そして、昭和六一年一二月一一日の買い建玉と同月一六日の売り建玉は両建てとなっており、また、昭和六二年二月二七日と三月四日の各買い建玉と三月一〇日の売り建玉も、両建てとなっている。
3 本件取引の主要な経緯等
(一) 被告大阪支店営業部次長であるB(以下「B」という)は、昭和六一年一〇月ころ、原告宅へ電話して、粗糖の値段が上がったことを告げ、神戸生絲取引所における生糸の先物取引を勧誘した。
(二) そして、Bは、昭和六一年一一月から一二月初めにかけて、原告に対して電話で右先物取引の勧誘を行っていたところ、昭和六一年一二月一一日、Bは原告宅を訪問して、原告から初めて、神戸生絲取引所における生糸の先物取引一〇枚の買建玉の委託を受け、委託証拠金六〇万円の預託を受ける前に、右取引の注文をした。
また、遅くとも同月一二日には、委託保証金が支払われた。
(三) その後、生糸の相場が下がったため、同月一六日、Bは原告宅を訪問して、原告に対して両建てを勧め、原告から、委託証拠金に充用するため日本車両の株式二〇〇〇株と日産車体の株式四〇〇〇株の交付を受けた。
その際、Bは原告に対して、左記のとおり記載された念書(甲第一号証。以下「本件念書」という。)を作成して、差し入れた。
記
「今回、神戸生糸の売買代金として差し入れた現金六〇、〇〇〇円と株券(日本車両二〇〇〇株、日産車体四〇〇〇株)は、相場終了後、決済がつきましたら、お返しにきます。」
(四) その後、数回、本件取引がなされた後の昭和六二年二月二六日、Bと被告大阪支店営業部副部長のC(以下「C」という。)が原告宅を訪問し、原告に対して、それまでの取引の利益金一八万四〇〇〇円を支払った。その際、Cは原告に対して神戸生絲取引所における生糸の先物取引一〇〇枚の買い建玉を勧誘し、翌二七日、Cは原告に電話して、生糸の先物取引を勧誘して、八〇枚の買い建玉の委託を受けた。また、原告は、翌二八日、右取引の委託保証金三〇〇万円を支払った。
(五) その後、生糸の相場が下がったところ、三月一〇日、原告を委託者とする一三〇枚の売りの建玉がなされ、同日の夜、CとBが原告宅を訪問した、しかるところ、原告と共に、これに応対した原告の夫は、Cの運転免許証のコピーを要求し、Cはこれに応じた。
(六) 三月一二日、被告大阪支店営業部部長のD(以下「D」という。)C、Bが原告宅を訪問し、その際、原告は委託保証金として金七八〇万円と少なくとも、東京鉄鋼の株式一〇〇〇株及びオリジン電気の株一〇〇〇株を預託した(ミネベアの株式は、三月一〇日か一二日のいずれかの日に預託された。)。
(七) その後の七月二八日、新たに被告大阪支店長に就任したE、C、Bが原告宅を訪れたところ、原告は本件取引で損失が出たことについて不満を述べ、翌二九日、E支店長が原告宅を訪れ、本件取引は、手仕舞いをしたほうがよいと述べて、七月三〇日をもって本件取引の手仕舞いがなされた。
なお、右手仕舞い後、原・被告間で、数回示談交渉がもたれたが、成立しなかった。
4 被告の自己玉
被告は、別紙「自己玉一覧表」記載のとおり、本件取引に関連する自己玉を建てている。
5 株券の返還
原告が被告に委託証拠金の充用として預託した株券(①日本車両の株式二〇〇〇株、②日産車体の株式四〇〇〇株、③東京鉄鋼の株式一〇〇〇株、④オリジン電気の株式一〇〇〇株、⑤ミネベアの株式五〇〇〇株)について、原告は被告から金一七二九万三〇〇〇円の帳尻差損金が生じたとして、未入現金である金七三五万八〇〇〇円を支払わなければ、右株式を処分する旨の通告を受け、被告に対して平成二年七月二四日、金七三五万八〇〇〇円を支払って、右各株券の返還を受けた。
6 被告の別件和解
被告は、昭和六二年に訴外Fから、神戸生絲取引所における生糸の先物取引に関して、Bらの不当勧誘等を理由として、金六六五万六〇〇〇円の支払を求める損害賠償訴訟を提起され、右Gとの間で、和解金四〇〇万円を支払う和解をしている。
7 委託者保護等のための法律等による規制
(一) 受託についての禁止事項
別紙「商品取引員の禁止事項」記載のとおり、委託者保護等のため商品取引法等に商品取引員の禁止事項が定められており、また、「神戸生糸取引所受託契約準則」にも、受託についての禁止事項として、先物取引の危険性の不告知、断定的判断の提供、利益保証(同準則一六条1項ないし3項)、一任売買等の禁止(同準則一八条)が定められている。
(二) 新規委託者に対する保護管理協定
全国商品取引員協会連合会が定め、昭和五三年九月一日から実施されている新規委託者に対する協定の内容は、要旨、次のとおりである。
新しく取引をはじめる新規委託者については、取引開始後三カ月間の取引習熟期間を設け、この期間中は原則として、一人当り全取引所建玉合計で二〇枚以下とし、新規顧客管理については、各商品取引員ごとに、そのために「特別担当班」を設け、その総括責任者は取締役職とし、各営業所ごとに担当責任者を置き、その特別担当班が、顧客の資力及び経験(証券取引を含む)に基づいて、二〇枚以上の取引に堪え得ると判断したときのみ二〇枚以上の取引を許容できる。
二 争点
1 本件取引に関して、被告ないし被告の従業員の行為について違法性が認められるか否か。
2 1が認められた場合の、被告が原告に支払うべき賠償額。
三 争点についての当事者の主張の要旨
1 原告
(一) 本件取引は、被告会社ぐるみで行われた不法行為であり(少なくとも、被告の従業員の不法行為として使用者責任を被告は負う)、種々の違法性があるが、特に、原告の利害と対立する違法な向い玉を建て、これを告げずに本件取引を勧誘し、顧客操縦を行った違法性の高いものである。
(二) そして、被告の担当者は、先物取引の不的格者である主婦の原告に対して、商品取引法等で禁止・規制されている事項に反して、①断定的判断の提供、②利益保証、③無断売買、④委託証拠金を徴さない取引(無敷)、⑤無差別電話勧誘、⑥不適格者の勧誘、⑦投機性の説明の欠如、⑧無意味な反復売買、⑨両建玉、⑩新規委託者の保護協定違反、⑪各種書面の不説明、等の違法行為を行ったものである。
特に、被告の従業員であるBは、本件念書を原告に差入れて、利益保証をして本件取引の勧誘をしているのであって、これは極めて違法性が高い行為である。
(三) また、本件で過失相殺を行うのは相当ではない。
2 被告
(一) 別紙「自己玉一覧表」のとおり、被告は、本件取引に関して一部、自己玉を建ててはいるが、本来、取引所において成立した売買は「買集団」と「売集団」との集団売買であり、顧客の委託玉と取引員(業者)の向い玉には利益相反関係はないうえ、損益の発生は取引員が左右することができない相場の動向によって定まるものであるから、原告の向い玉を理由とする違法性の主張は失当である。
(二) 被告の従業員は、本件取引の開始に際し、商品相場に関するパンフレット、各種書面を交付して、生糸の先物取引の内容、仕組み、危険性も十分説明して、取引に勧誘しているのであり、また、原告は預託された多量の株券からも明らかなように「無知な主婦」ではなく、自己の自由な判断で本件取引を行ったものであって、原告主張の違法行為は存在しない。
第三争点に対する判断
一 本件取引の経過等について
前記争いのない事実に加えて、証拠等(甲第一号証、第三号証の一ないし五、第四ないし第七号証、第九号証の一ないし二九、第一〇、第一三及び第一八号証、第二五及び第二六号証の各一ないし二八、乙第一ないし第七号証、第八号証の一、二、第九号証の一ないし三、第一〇号証の一ないし二八、第一一号証の一ないし八、第一三及び第一四号証、第二三号証の一ないし二八の二、証人B、同D、同E、原告本人、弁論の全趣旨)を総合すれば次の事実を認定することができる(右認定に反する供述等は、爾余の証拠に照らして信用できない。)。
1 原告
原告は、昭和一六年○月生まれの主婦であり、夫は、○○の屋号で従業員二、三名程度を使用して建築業を営んでいる。原告は、夫の建築業の補助として会計帳簿をつける程度の事務を行っているところ、原告は、本件まで先物取引の経験はなかったが、昭和六一年三月ころ以降、少なくとも六、七回の株式取引の経験はあり、被告に預託した株券(合計一万三〇〇〇株)のほかに、五〇〇〇株以上の株式を有している。
2 本件取引の経過等
(一) 被告の登録外務員で被告大阪支店次長であったBは、電話帳で知った建築業を営む原告の夫を先物取引に勧誘しようとして、昭和六一年六月ころ、原告宅へ電話したところ、たまたま、右電話に応対した原告に対して粗糖の先物取引を勧誘し、その後もときどき、Bは電話で原告に対して粗糖の先物取引を勧誘していたが、原告はこれには応じなかった。
しかるところ、粗糖の相場が上がったため、昭和六一年一〇月ころから、Bは、原告に対して電話で、神戸生絲取引所における生糸の先物取引の勧誘を行った。
その後も、同年一一月から一二月の初めにかけてBは、原告に電話で「生糸は大暴落して値段が下がっている、今後は上がる一方である。」旨を述べて、先物取引の勧誘をし、また、一二月の初めには原告宅を来訪して、原告のような商売人の妻で、三〇〇万円の元手で三〇〇〇万円の利益を得た人がいる等と述べて、先物取引で利益を挙げた例を示して、取引の勧誘を行った。
(二) そして、Bは一二月一〇日、原告に対して電話で、今は生糸の値段が底であり、購入のチャンスであること、また、基準糸価が一万二〇〇〇円であるからその程度までは上がる旨を述べて、生糸の先物取引を強く勧めた。そして、Bは、右電話で翌一一日の来訪の約束をして、同日、原告方を訪れた。
Bは、原告に対して、生糸の相場価格の罫線が記載された図面を示しながら、今は生糸は底であり、必ず上がることを説明し、一回目は保証すると述べて、最初の生糸の買い一〇枚の注文を受けた。
翌一二日、Bは原告宅を訪れ、原告から委託保証金六〇万円の交付を受けた。その際、原告は、Bから、「商品取引委託のしおり」、「商品取引ガイド」「受託契約準則」等を受領し、更に、本件取引の「承諾書」、「商品取引委託のしおりの受領について」及び「お客様各位殿」と題する先物取引について説明した文書にも住所氏名を書き入れた上で捺印し、Bに交付した。
Bは、右受託契約準則の1条から9条に丸をつけ、これら文書を、後で読んでおくようにというう旨を述べただけで、とりたてて、商品先物取引の仕組み、危険性等について説明を行わなかった。
また、本件取引に関して、被告から取引毎に「売付買付報告書および計算書」が、毎月末ころ「貴口座現在残高照合ご通知書」が送付されてきていたが、原告はこれについて特に苦情を述べたことはない。
(三) 一二月一五日、Bは原告に電話して、生糸の値段が下がったから追証拠金が必要である旨を告げ、翌一六日の朝、原告宅を訪れて、両建て、追証、難平等を説明したうえ、両建てを勧め、元金は保証するから委託証拠金を入れるよう求めた。
原告は、Bの説明を完全に理解したわけではなかったが、元金が保証されるのであれば、株券を委託証拠金として交付してもよいと考え、Bに対してその旨を保証する念書の差入れを求めたところ、Bは、本件念書を作成して差し入れたため、原告はBのいう両建てを承諾し、委託証拠金への充用有価証券として日本車両の株式二〇〇〇株と日産車体の株式四〇〇〇株を交付した。
(四) その後も、本件取引について、Bが原告に対して電話で、売り、買いの連絡をしていたところ、昭和六二年二月二六日、Bが被告大阪支店の副部長のCを共に、原告宅を訪れ、今までの生糸の取引の益金として、金一八万四〇〇〇円を交付した。
ところで、前記新規委託者保護管理協定によれば、原告は、新規委託者として取引開始後の三カ月の保護育成期間中は、原則として二〇枚を超える建玉を行うべきでないところ、Cは、右来訪の際、「生糸は二番底がついています。三番底はなく、上がる一方で、じっとしていても一万二〇〇〇円になる。」旨を述べて、もう一〇〇枚の生糸の「買い」取引を勧めた。
なお、その際、CやBは、本件念書を回収するよう上司のDから命ぜられていたため、Bがその返還を求めたが、原告は破棄した旨を述べて返還しなかった。
(五) 翌二七日、Cは原告に電話して、一〇〇枚の七月限月の生糸の「買い」取引を勧誘したところ、原告は八〇枚に減らして、これを依頼し、原告名義の八〇枚の買い建玉がなされた。
そして、三月四日、原告はCから、六月限月の玉の方が値が上がりそうであるから七月限月の玉を売って、六月限月に切り替えないかとの電話を受けた。その後、原告は三〇分位してCに電話して、七月限月の玉は、利食いしないで持ったまま、六月限月の玉を買ったらどうかという提案をし、これを受けて、Cは、五〇枚の六月限月の買い建玉をした。
(六) 三月九日、Bから原告に対して電話で、生糸相場が大きく下がり、このままでは駄目であるから両建てをするよう勧めて、委託保証金を用意するよう告げたところ、原告は、右両建てに同意せず、三番底はないといったではないか、生糸の値段は上がるといったではないかと強く苦情を述べていたが、そのやり取りを原告の娘が聞いており、それまで隠してきた本件取引が家族全員に知られるところとなった。
翌一〇日の夜に、BとCが原告宅を訪れ、同日、原告名義で「売り」を一三〇枚建てて、両建てをした旨を告げたところ、原告やその家族は、これは、無断売買である旨を述べたり、損失が生じたことについて、厳しく両名を責めたりしたが、CやBらは、難平、追証、両建ての説明を長時間にわたって行い、両建てをすれば損失は絶対に取り戻せる、少なくとも元金は必ず取り戻す旨を、るる述べて、右両建てをした建玉についての委託保証金を入れるよう説得した。
これに対して、同席していた原告の夫が、Cに対して、それなら元本を保証する旨の一筆を入れろとせまったが、Cはこれを拒否したため、原告の夫は、損失を取り戻せるというなら、免許証を見せて身分をはっきりするよう申し向けたところ、Cが免許証と身分証明書を出したため、原告の娘がこれらをコピーした。
(七) 三月一二日、原告は、委託保証金や充用有価証券を用意したうえ、責任者を連れてくるようにと、Cに電話で告げたところ、その夜、被告大阪支店営業部部長のDがC、Bと共に原告宅を訪れた。
このときも、原告やその家族は、右被告の従業員らに対して、生糸の値段が上がるといって取引を勧誘したではないか等と強く苦情を述べたところ、Cは「絶対、取り戻す自信がある。首をかける。」旨を述べ、B、Dもこれに特に反対するような態度はとらなかった。
そこで、原告は、右損失を取り戻すとの言葉を信じて、現金七八〇万円と、東京鉄鋼の株式一〇〇〇株、オリジン電気の株式一〇〇〇株及びミネベアの株式五〇〇〇株を差入れた。
(八) その後、別紙売買一覧表記載のとおり本件取引は行われていたが、原告は六月二一日、七月二七日ころ、Cに電話して、弁護士に相談しているとか、損失を取り返すことができなければ、出るところに出る等と述べた。
そして、七月二八日、被告大阪支店店長E(昭和六二年三月一日から被告の大阪支店の支店長に就任していた。)が、C、Bと共に、原告宅を訪れたところ、原告は本件取引で損失がでたことについて強い不満を述べており、翌二九日、E支店長が原告宅を訪れ、本件取引は手仕舞いしたほうがよい旨を述べ、結局、七月三〇日をもって本件取引の手仕舞いがなされた。
(九) その後、E支店長は、本件紛争を解決するべく、原告と数回、交渉し九月二一日には、本件念書に記載されている日本車両の株式二〇〇〇株、日産車体の株式四〇〇〇株(当時の右各株券の時価価格の合計は三〇〇万円程度であった。)及び委託保証金の六〇万円を返還する旨の案を提示し、最後に交渉した一〇月二七日には、前記の案に加えて金一五〇万円を支払うことで一切を解決する案を提示したが、原告の同意を得られなかった。
右九月二一日及び一〇月二七日、交渉の後E支店長が帰宅してから数時間して、Hと名乗るいわゆる示談屋から、被害者の会を組織しているものであるが、被告と交渉して被害金額をとってやる旨の電話がなされたことがあり、一〇月二七日の電話の際には、「被告は四、五〇〇万円しか出さないといっているそうだが自分が会社と交渉してとってやる」旨を述べていた。
(なお、E支店長の交渉の数時間後に、Hから、右電話があったことからすれば、Hが被告関係者から情報を得ているのではないかと解する余地もあるが、Hと被告との関連性の存在を認めるに足りるだけの的確な証拠はない。)
二 商品先物取引の概要
商品先物取引とは、ある期間(限月)を経過した後に商品を受渡して終了する取引について、将来の値動きを予想して、僅かな資金(商品代金の一割程度の委託証拠金)で大量の商品を帳簿上売買したうえ、その限月内に反対売買を行って決済し、その間の値動きによる差益金決済によって損益を出す投機行為である。
商品価格の僅かな変動によって投下資本に比して極めて高率の差益金を短期間に得られることがある反面、商品価格の僅かな変動によって逆に預託して証拠金以上の損害を被る危険も常に存在する。そして、商品価格の変動要因は、世界的規模における社会情勢、政治情勢、経済情勢、気象条件、需要と供給のバランス等、極めて複雑多岐にわたるものであってこれを的確に予想することは極めて困難であり、投下資本(委託証拠金)に比して高額の売買手数料を委託者に支払わなければならないのであるから、商品先物取引は、高額の利益を短期間で得る期待が持てる反面、短期間で予想外に高額な損害を被る危険性が大きい極めて投機性の高い取引であり、それによって利益を得ることは困難であるといわれている。
三 商品先物取引についてなされた行為の違法性について
前記争いのない事実7記載のとおり、商品取引所法等には委託者保護のための諸規定が存在する。
商品取引所法の右規定にはその違反についての罰則規定がなく、準則、協定等は、内部的取り決めではあるが、右諸規定は、商品先物取引が極めて投機性の高い特殊な取引であって一般大衆がそれによって利益を得ることは困難で、損失を蒙る危険性が極めて大きいことに基づき定められたものであって、その趣旨、内容が総じて商品取引の適正、公正の確保のため委託者、特に新規委託者が不測の損害を蒙らないように保護育成していくことにあるということができる。そうとすれば、右諸規定は、商品取引員が一般大衆から先物取引の委託を受けるにあたって内部的な規範として働くにとどまらず、委託者に対する関係でも注意義務の一内容を構成するものというべきである。したがって、右諸規定の違反の程度が著しく、商品取引所法上相当性を欠き、社会的に許容される限度を超え、顧客(委託者)の自主的かつ自由な判断を阻害するような態様で勧誘がなされたと認められる場合には、その行為は不法行為を構成し、当該行為によって委託者が蒙った損害を賠償すべき責任が生ずるというべきである。
三 本件取引についての違法性の検討
1 向い玉の違法性について
原告は、本件取引について、被告は原告の利益と相反する違法な向い玉を建てて、原告を操縦して損害を蒙らせたもので、それ自体で高い違法性を有すると主張する。
ところで、向い玉は、相対する取引と損益が相反する関係に立つものであるが、商品先物取引における損益はあくまでも相場の動向によって決せられるものである。そして、相場形成の要因についての情報の収集と分析力が委託者に比べて格段に優れている取引員にとっても、相場の動向を確実に予測し利益を確保することが困難であることには変わりはなく、予測がはずれ結果として損失を生ずることも十分あり得ることであるから、向い玉自体は必ずしも委託者に損失をもたらすものではない。ただし、仮に、取引員(先物取引会社)が顧客の注文を取り次ぐと同時に、常にこれと対応する向い玉を自己玉として建て、かつ、顧客を操縦し、これに利益が生じても現金を渡さず、新たに委託証拠金として預託させ、最終的に客の損失が決定的となるまで取引を継続させるならば、取引員は向い玉によって確実に利益を得るところ、このような一連の事実が肯定できる場合には、不法行為が成立するといえよう。
本件において、別紙「自己玉一覧表」記載のとおり、被告が本件取引に関して、相当程度の向い玉を建てていることは当事者間に争いがない。
しかるところ、自己玉一覧表に記載された①から⑧の取引は、清算され、昭和六二年二月二六日、原告に益金が支払われて終了しており、その後の取引の向い玉についても、前記一連の事実が行われたとまで認めるに足りる的確な証拠はない。
したがって、本件取引において、向い玉がなされたこと自体で、被告の不法行為責任を問うことはできないというべきである。
2 被告の従業員の本件取引の勧誘等の検討
(一) 前記のとおり、原告は先物取引の経験がない主婦(ただし、夫の建築業の補助的な事務は行っている。)であり、Bは、本件取引の勧誘に際して、断定的に、生糸が確実に値上がりして儲る等、商品先物取引の利益面のみを強調し、売買代金額が委託証拠金に比して、はるかに高額であること、商品相場の動向を的確に把握することは困難であること、証拠金を上回る多額の損失を蒙ったり、委託追証拠金を差入れなければならないこともあること等の先物取引の仕組みや危険性について十分説明しなかった。
(二) 特に、昭和六一年一二月一六日には、Bは、相場終了後決済がついたらとの文言は付されてはいるものの、「差入れた現金や株券はお返しに来ます」と元本を保証する趣旨とも一般的に理解できる本件念書を差入れたものであって、本件念書の交付を受けた原告が元本が保証されると考えたのも無理からぬところである。右のBの利益保証と解されてもやむを得ない行為のほか、Cは、必ず、先物取引において、損失が取り戻せるものではないにもかかわらず、「絶対、取り戻す自信がある。首をかける。」等と述べている。
なお、Gと被告との別件和解の存在(争いのない事実6参照)も、Bの先物取引の勧誘に相当無理があったことを窺わせる一つの資料というべきである。
(三) また、被告は、原告が新規委託者であるにもかかわらず、三カ月の保護育成期間が経過していない昭和六二年二月二七日には、八〇枚の建玉をさせて、取引量を急激に増大させたものであるところ、新規委託者保護管理協定に定められた被告の特別担当班が、原告を保護管理したこと及び原告の商品先物取引に関する知識、理解力、資力を勘案して二〇枚を超える建玉をすることを適当と判断したことを認めるに足りる的確な証拠はない。
この点について、証人Dは、原告は先物取引にはふさわしくないので、益金を渡して手仕舞いをさせ、原告との関係を断ち切るべく、二月二六日夜、CとBを原告宅へ行かせたところ、右両名からの報告を聞いて、大量の取引をしてもよいと考え、これについては当時のI支店長、J常務へ申請を出して了解を得たものである旨を供述する。しかし、証人Dは、CやBからの具体的報告内容については忘れた旨を供述していること、報告を受けたのは建玉をした二月二七日と解されるところ、右大量の建玉をする間に、所定の手続を行う時間的余裕はないと考えられること等に照らし、同証人の前記供述は信用できない。
(四) また、被告の従業員は、無断売買や、建玉をした後、間もなくこれを仕切って同じ玉を建てるといった手数料分のみが増大する無意味な反復売買や、損失を回復するかのような錯覚に陥るが実質的には手数料分だけ損失が増加する両建てを原告に安易に行わせている。
(五) 以上のとおり、被告の従業員の本件取引の当初の勧誘からその拡大に至る前記一連の言動は、前記商品取引法等の諸規定に著しく違反し、顧客である原告の自主的かつ自由な判断を阻害するような態様でなされた社会的に許容される限度を超える違法な行為というべきである。
(なお、取引所指示事項に定められている「無差別電話勧誘の禁止」とは、時間、刻限、頻度において社会通念上相手方に迷惑となる電話勧誘を禁止したものと解され、本件において、Bが原告に電話でなした先物取引の勧誘が、右無差別電話勧誘の禁止に違反しているとまではいうことができない。また、本件取引のうち、委託証拠金を徴さないで行った無敷があることは、当事者間に争いがないが、本来、委託証拠金は商品取引員の資産内容の悪化を防止することが主目的であるものというべきであって、右無敷をもって原告に対する違法行為とまでいうことはできない。)
そして、右の違法行為が、原告主張のように被告会社ぐるみで行われたとまで認めるだけの証拠はないが、これらを被告の従業員らが被告の業務執行に関して行ったものであることは明らかであるから、被告は民法七一五条の使用者責任を免れない。
四 そこで、原告の蒙った損害及び被告が賠償すべき金額について検討する。
1 原告が、本件取引に関して、被告へ委託保証金として金一一四〇万円を、充用有価証券として合計一万三〇〇〇株の株券を交付したこと、そして、右株券の返還を受けるため金七三五万八〇〇〇円を支払ったこと、益金として金一八万四〇〇〇円を被告から受領したことは当事者間に争いがない。したがって、原告は被告の従業員の前記一連の違法行為によって金一八五七万四〇〇〇円の財産的損害を蒙ったことになる。
2 ところで、原告は、家庭の主婦ではあるものの、本件取引がなされた当時、四五歳であって、夫の建築業の補助をし、また、二万株程度の株式取引の経験は有しており、通常の社会人が有する程度の判断能力は具備していたと解されるところ、最初の委託証拠金を交付する際には、Bから「受託契約準則」、商品取引について平易な言葉で要領よく説明してある「商品取引のしおり」、イラスト入りで、商品取引の特徴をわかりやすく説明した解説リーフレットである「商品取引ガイド」等の交付を受けており、これらを精読すれば商品取引の仕組みや短期間に大きな利益を得られる反面、多大の損失を蒙るおそれがある等の先物取引の危険性についても理解し得る状況にあったものであり、また、本件取引の途中(昭和六二年三月四日)においては、原告は、自ら、七月限月の玉を利食いせず、これを持ったままで、六月限月の玉を買うという提案をする等の行動をとったこともあるのであり、これらの諸事情を考慮すれば、原告にも本件取引による損害の発生及び拡大に過失があると認めるのが相当である。
したがって、被告が使用者責任(民法七一五条)を負って、賠償すべき損害額を定めるにあたっては、過失相殺を行うのが相当であり、前判示の認定に照らせば、原告の過失割合を三割と定めるのが相当である。
3 慰謝料請求について
原告が、前判示の被告の従業員らによる違法な勧誘等により、本件取引に引き込まれ、その結果、相当多大な精神的打撃を受けたことは、甲第一〇号証、原告本人尋問の結果によって認めることができる。しかしながら、原告のこの精神的打撃は、本判決によって、被告の従業員らの行為の違法性が判示され、被告から財産上の損害が、相当程度補填されることによってかなりの程度慰謝されるものと解され、また、原告の前記過失等をも勘案すると、原告が本件により蒙った精神的損害を更に金銭で賠償することまでは、要しないと解するのが相当である。
五 結論
以上の次第で、被告は原告に対して、原告が本件取引に関して、被告に交付した合計金一八七五万八〇〇〇円の金員(株券の返還を受けるため交付した金七三五万八〇〇〇円を含む。)から利益金として交付を受けた金一八万四〇〇〇円を控除した金一八五七万四〇〇〇円の七割に該当する金一三〇〇万一八〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和六三年一月二二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 白石哲)
<以下省略>