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大阪地方裁判所 昭和63年(ワ)562号 判決 1991年9月27日

原告 渡辺雄三

被告 国 ほか二名

代理人 井越登茂子 木下俊一 ほか一二名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、各自金一〇〇万円及びこれに対する昭和六三年二月六日からそれぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  事案の要旨

本件は、日本赤軍の幹部と目される被疑者伊良波秀男こと丸岡修に対する旅券法違反、旅券不実記載、同行使被疑事件について、昭和六二年一二月一一日、警視庁公安部公安第一課司法警察員警部が東京簡易裁判所裁判官に対し、捜索場所を人民新聞社及び同社使用の郵便受けとする捜索差押許可状の請求をし、同日同裁判所裁判官が右令状を発布し、翌一二日、警視庁から捜査嘱託を受けた大阪府警察本部警備部警備第一課司法警察員警部らが右令状に基づき捜索差押を執行したところ、人民新聞社の編集長であった原告が、右捜索差押許可状は、これを請求し、発布すべき要件がないのになされた違憲・違法なものであり、かつ、右差押自体、被疑事実と法的関連性のない物まで差し押さえた違法性があるとして、東京都、国、大阪府に対して、それぞれ国家賠償法一条に基づく損害賠償(慰謝料八〇万円、弁護士費用二〇万円の合計一〇〇万円)を求めた事案である。

二  争いのない事実

1  人民新聞社と原告の地位

人民新聞社は、昭和四三年八月、新左翼社として発足し、昭和五一年四月、現在の名称である人民新聞社に名称を変更したものであるが、その前身である新左翼社の時代から、日本赤軍に関する記事、日本赤軍から贈られてきた声明文、投稿等を掲載し、人民新聞革命叢書として、日本赤軍の「団結をめざして―日本赤軍の総括―」と題する本を発行するなどしてきており、東京都立川市柴崎町三丁目六番三号所在の「風林舎」内に東京多摩支局を置いている。なお、右「風林舎」内には、「三多摩パレスチナと連帯する会」(以下「三パ連」という)と称する団体が同居し、電話も共同で使用している。

原告は、本件捜索差押当時、大阪市北区天満三丁目五番二八号天満橋会館二階において、旬刊新聞である「人民新聞」及び書籍等を編集及び発行している人民新聞社の編集長の地位にあった者である。

2  捜索差押許可状の請求及び発布並びに捜索差押について

(一) 警視庁公安部公安第一課司法警察員三森貫一は、東京簡易裁判所裁判官に対し、昭和六二年一二月一一日、被疑者伊良波秀男こと丸岡修(以下「本件被疑者」という)に対する旅券法違反、旅券不実記載、同行使被疑事件(以下「本件被疑事件」という)について、大阪市北区天満橋三丁目五番二八号天満会館二階所在の人民新聞社及び同社使用の郵便受け(以下「本件捜索場所」という)を捜索すべき場所とし、差し押さえる物を別紙第一目録記載のとおりとする捜索差押許可状の発布を請求した。

なお、右請求書に記載された犯罪事実の要旨は次のとおりである。

「被疑者は、伊良波秀男、仲島弘和、内間正秀、泉水博ら数名と共謀のうえ、伊良波秀男名義を冒用し丸岡修の写真を貼付した偽名義の一般旅券を入手しようと企て、昭和六二年七月一六日、沖縄県那覇市西三丁目一〇番一一号所在沖縄県旅券事務所において沖縄県知事を経由して外務大臣に対し、香港等を主要渡航先とする一般旅券の発給を申請するにあたり、渡航者たる丸岡修の氏名が伊良波秀男であり、その本籍は同県中頭郡北谷町字吉原五九一生年月日は昭和二八年八月三一日である旨の虚偽の記載をし、右丸岡の写真を貼付した一般旅券発給申請書を同人の写真及び他の必要書類とともに前記旅券事務所係員に提出し、そのころ、外務大臣官房領事移住部旅券課に右申請書を回付させて公務員に虚偽の申立をし、よって、同六二年七月一八日、情を知らない同課係員をして、右申請書等に基づき、外務大臣の発行する一般旅券に右写真を貼付させるとともに、右写真の人物が前記本籍、生年月日の伊良波秀男である旨の不実の記載をさせて一般旅券(旅券番号MH四六四四五二五)を発給させ、同月二七日ころ、前記旅券事務所において、不正の行為によって右申請にかかる右旅券の交付を受けたうえ、昭和六二年一一月二一日、香港から入国するに際し、千葉県成田市所在の新東京国際空港において入国審査官に対し右旅券を呈示してこれを行使したものである。」と記載されていた(以下、右犯罪事実を「本件被疑事実」という)。

(二) これに対し、東京簡易裁判所裁判官山川一安は、同日、右請求に基づき、請求どおりの捜索差押許可状(以下「本件令状」という)を発布した。

(三) 警視庁公安部公安課警視谷口宏は、大阪府警察本部警備部第一課長へ捜査嘱託をし、その命を受けた同課司法警察員警部鳥取泰治郎らは、本件令状に基づき、昭和六二年一二月一二日午前九時一四分から、本件捜索場所を捜索し、別紙第二目録記載の各物件を差し押さえた(以下「本件捜索差押」という)。

三  争点

1  本件令状請求の違法性の有無

2  本件令状発布の違法性の有無

3  本件捜索差押の違法性の有無

4  損害の有無

四  争点についての当事者の主張の要旨

1  本件令状請求の違法性の有無について

(原告)

(一) 本件捜索場所に本件被疑事実に関する証拠が存在する蓋然性の欠如

(1) 人民新聞社は、人民新聞の編集発行を行っており、右新聞は、昭和六二年一二月一二日現在において六三五号を数え、全国約二〇の書店で販売するほか、郵送による約二〇〇〇人の読者を有し、六〇〇〇ないし六五〇〇部の発行部数を有する新聞社である。

人民新聞社は、社会的・政治的弱者を擁護し、体制を批判する少数者の意見を重視する編集方針のもとに、日本国内及び海外の政治・経済・社会等の諸問題を報道するほか、個人・団体等の投稿を毎号多数掲載しており、日本赤軍についても、その行動が政治的目的を持ったものであるにもかかわらず、この点についての報道が乏しく、ありのままの事実を報道する必要があると判断したため、声明文等の掲載、読者への情報提供、論評などを行ってきた(一九八〇年代に入って、マスメディアに日本赤軍の声明文等が掲載されるようになって以降は二回程度しか声明文等を掲載していない)。

しかし、人民新聞社は、特定の思想、政治的信条に拘泥することや特定の党派に偏向することを巌に排斥しており、日本赤軍も、人民新聞社にとっては、報道対象の一つであるに過ぎず、その行動を支持しているわけではなく、その政治的主張についても多くの賛成できない点があるため、批判的論評を続けており、また、日本赤軍を批判する投稿も多数掲載している。

(2) また、人民新聞社に対して、本件捜索差押以前に、日本赤軍に関連する被疑事件について数回にわたって、捜索差押が実施されていたが、これまで右各被疑事実やその関連諸事実を裏付ける証拠が発見されたことはなかった。

(3) このように、人民新聞社と日本赤軍とは、意見表明の場を提供するという報道機関と投稿者との関係があったに過ぎず、これをもって、人民新聞社に本件被疑事実についての証拠物が存在する蓋然性があると判断することは到底できないし、他に証拠物が存在する蓋然性を裏付けるような事情もまったくない。

(二) 本件捜索差押の必要性の欠如

(1) 報道の自由は、民主主義社会において、国民が国政に関与するにつき重要な判断資料を提供し、知る権利に奉仕するものであることから、表現の自由を規定した憲法二一条によって保障されており、その優越的地位に鑑み、報道の自由に対する制限は必要最小限のものでなければならない。

最高裁昭和四四年一一月二六日大法廷決定(刑集二三巻一一号一四九〇頁)は、裁判所がテレビ局に対し取材フィルムの提出を命じた事件において、「取材の自由といっても、もとより何らの制約を受けないものではなく、たとえば公正な裁判の実現というような憲法上の要請があるときは、ある程度の制約を受けることのあることも否定することはできない。」「しかしながら、このような場合においても、一面において、審判の対象とされている犯罪の性質、態様、軽重及び取材したものの証拠としての価値、ひいては、公正な刑事裁判を実現するにあたっての必要性の有無を考慮するとともに、他面において取材したものを証拠として提出させられることによって報道機関の取材の自由が妨げられる程度およびこれが報道の自由に及ぼす影響の度合その他諸般の事情を比較衡量して決せられるべきであり、これを刑事裁判の証拠として使用することがやむをえないと認められる場合においても、それによって受ける報道機関の不利益が必要な限度をこえないように配慮されなければならない。」と基準を示した上で、被疑者、被害者の特定性の困難性、第三者の証言機会の僅少性、中立的立場から撮影した本件フィルムの証拠価値の重要性を考慮して提出命令を認めた。

右基準は、報道機関に対する捜索差押の場合にも、あてはまると解すべきである(最高裁昭和四四年三月一八日第三小法廷決定刑集二三巻三号一五三頁)。

(2) ところで、本件令状請求においては、次のとおり、報道機関である人民新聞社及びその編集長であった原告が被る不利益を上回るだけの捜索差押の必要性を認めることはできない。

すなわち、第一に、本件令状請求は、右大法廷決定の事例と異なり、人民新聞社がその紙面の内容等から「犯罪集団」とされている日本赤軍と密接な関係があるという理由でなされたものであるから、人民新聞社が犯罪に関係しているという印象を読者に与え、報道機関に対する信頼を大きく損ない、しかもそのために、人民新聞社及び原告の編集方針、投稿掲載の選択、論評内容、報道対象、内容に対して重大な萎縮効果を生じ、さらには、取材源の秘密に対する不信を招来して取材の制約につながる恐れがあるのであって、人民新聞社及び原告に対する不利益は著しく大きく、第二に、本件捜索差押においては、本件被疑事実について、他に全国約二〇〇箇所で捜索差押を実施しており、証拠価値の点でも右大法廷決定の事例に比べて劣るからである。

(被告東京都)

(一) 本件令状請求の経緯

警視庁公安部公安第一課は、昭和六二年一一月二一日、東京シティエアーターミナルにおいて、自称伊良波秀男を、公務執行妨害罪で現行犯逮捕したが、その後の捜査により、その者が日本赤軍の最高幹部の一人と目されている丸岡修であり、伊良波名義の偽造旅券を所持していたこと、同人が、現行犯逮捕された際、飲み込もうとしたメモにソウルオリンピックを非難する内容が記載されていたこと、昭和六二年一一月二六日、大阪入りし約二週間滞在して、数名の者と接触する予定であったこと、右旅券は日本赤軍の泉水博他数名の者を介して入手したものであることが判明した。

ところで、日本赤軍は、世界革命を遂行することを企図している組織集団であり、レバノンに組織の根拠を置き、これまで、偽造旅券を行使して、ヨーロッパや東南アジア等の国の活動家と連携して、ハイジャック等の多くの違法行為を行ってきており、本件被疑事件の当時も、連続企業爆破犯人の奪還やソウルオリンピック開催阻止を唱えていた。

(二) 人民新聞社と日本赤軍の関係

人民新聞社は、その前身である新左翼社の時代から、数多くの日本赤軍の声明文・宣言を掲載し、日本赤軍の本を発行し、三パ連と同じ建物に東京多摩支局を置き、電話を共通に使用し、その行動に賛同する論評を行い、本件被疑者の裁判闘争資金のカンパを募るなど、日本赤軍の思想及び行動を支持又は支援してきたものであり、従来から日本赤軍と密接な関係があり、投稿者と単なる報道機関の関係にとどまるものではない。

(三) 人民新聞社に関係証拠が存在する蓋然性

本件被疑事件は、日本赤軍の組織的計画的犯行であって、日本赤軍の支援者、さらにはこれらの関係者が関与していた蓋然性が極めて高いところ、人民新聞社は、前記のとおり日本赤軍と密接な関係を有し、日本赤軍の最高の理解者ないし協力者的立場にあるうえ、本件被疑者はこれまで何回か日本に出入りした際、大阪に立ち寄った形跡があり、今回も約二週間大阪に滞在して、何人かの者と接触する予定であったことが判明しており、東京で逮捕されなければ、大阪において人民新聞社あるいはその関係者と接触する可能性が十分あると認めた。

そのため、本件捜索場所には本件被疑事件の動機、目的、手段方法、共犯関係ないし背後関係等を解明する証拠資料が存在する蓋然性があると思料した。

(四) 捜索差押の必要性

本件被疑事件は、日本赤軍の組織的計画的犯行であり、かつ、日本国政府が対外的に国民の身元を証明してその保護を外国に依頼するという旅券の重要な意義を害し、これを発給した日本国政府の信用を失墜させるという極めて重大な犯罪である。

そして、本件で差し押さえるべき物として列挙した物は、いずれも、本件被疑事件の動機、目的、手段方法、共犯関係ないし背後関係等を明らかにするために欠くことのできない証拠であり、しかも、人民新聞社が日本赤軍と協力的関係にあることから、任意提出は期待できず、証拠の湮滅の恐れがあり、本件令状を請求する必要があった。

2  本件令状発布の違法性の有無について

(原告)

(一) 裁判官の職務行為についての国家賠償法一条の適用に関して、一般に、肯定説、制限説、否定説の対立があり、制限説ないし否定説の論拠は、確定した争訟の裁判について、国家賠償責任を認めることは、裁判の独立、確定裁判の法的安定性の要請から原則として許されないとする点にあると思われる。

しかしながら、第一に、裁判の独立から、国家賠償責任を否定もしくは制限する結論が導き出せるか疑問であり、第二に、国家賠償責任を追及しても、確定した裁判の事実認定ないし法令解釈適用そのものを争うものではなく、法的安定性を害するものではないこと、第三に、最高裁昭和五七年三月一二日第二小法廷判決(民集三六巻三号三二九頁、以下「五七年判決」という)は、制限説を採用しているが、同時に、争訟としての裁判についてのものであることを明示しており、権利又は法律関係の存否についての終局的確定を目的としていない令状の発布については妥当しないこと、第四に、争訟の裁判については、不服申立の手段が保障されているが、令状の発布についてはその手続が完了した後には不服申立の手段がなく、違法な令状発布によって重大な人権侵害を惹起する恐れのあること、第五に、万一違法な令状の発布がなされた場合にはその損害を賠償させることが令状主義の適正な運営のために要請されること、以上から、国家賠償法一条の適用を制限するべきではない。

(二) 本件令状は、本件捜索場所に本件被疑事件に関する証拠が存在する蓋然性がなく、その必要性がないにもかかわらず、発布されたものであるから、違法である。

(被告国)

(一) 一般に、裁判官がその職務の追行ないしその権限の行使としてした捜索差押許可状の発布が国家賠償法一条一項の規定の適用上違法となるのは、単に右発布につき刑事訴訟法上の救済方法によって是正されるべき瑕疵が存在するというだけでは足りず、当該裁判官が違法又は不当な目的をもって裁判したなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認められるような特別の事情があることを必要とすると解するのが相当である(適用制限説)(五七年判決、大阪高裁昭和六二年二月二四日判決・判例時報一二二七号五一頁、最高裁第一小法廷昭和五七年三月一八日判決・裁判集民事一三五号四〇五頁)。

そもそも、裁判は、判断するものいかんによって見解が別れる問題についての結論の選択という要素を含むもので、裁判官によって異なる結論が導き出される可能性が常に存在するのであって、このような裁判行為に臨む裁判官は、憲法及び法律に拘束されつつ、自己の良心に従ってその職権を行使するのであり、たやすく賠償請求が認められることになれば、裁判官が一定の判断を下すことについて躊躇することになり、裁判官の良心に従った自由かつ公平な職権の行使は阻害されるおそれがある。

また、法は、裁判に通常随伴する瑕疵については、これを是正し、より適正な裁判の実現を確保するための制度として上訴、再審等の制度を設けているのであって、裁判の瑕疵を主張するものは、原則としてそのような救済手段を行使すべきであり、裁判の瑕疵を理由に直ちに賠償請求ができるものと解すべきではない。

なお、このような適用制限説の根拠からして、五七年判決は、争訟の裁判にのみ限定した判断と解すべきではない。

(二) したがって、本件令状発布について損害賠償を請求するためには、本件令状発布行為につき刑事訴訟法上の救済方法によって是正されるべき瑕疵が存在するというだけでは足らず、裁判官が違法又は不当な目的をもって裁判したなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認められるような特別の事情が存在することが必要であるところ、原告はこのような特別事情について何ら主張していないから、国家賠償責任を問う要件を欠くものであり、主張自体失当である。

3  本件捜索差押の違法性(本件被疑事実と押収物との関連性)について

(原告)

(一) 別紙第二目録<1>記載の物件(以下、同目録記載の押収品を「押収品<1>」等という)は、旅行代理店の株式会社マイチケットから、人民新聞社に昭和六二年一一月末ころまで在籍していた職員中野目正光と李末子に対して宛てたものであり、本件被疑事実を裏付けるものではなく、また、その表書きには、「リー様」「中野目様」と記載されているが、両名が本件被疑事実と関連することを推測させる事情はその当時においても存在しない。

(二) 押収品<2>は、人民新聞社が、人民新聞の紙面作りの参考資料として、政治、社会等の動向を知るために、一般商業新聞の記事の要旨をまとめたものであり、しかも、本件被疑者が逮捕された後の記事であり、およそ本件被疑事実に関係があるとは考えられないものである。

(三) 押収品<3>は、人民新聞を印刷する際に、印刷屋に見出しを指定した割り付けのメモであり、昭和五二年一〇月一二日、人民新聞社における捜索差押の際に押収され、その後、準抗告審において違法と判断され、差押処分が取り消された物件であり、その際の裁判資料として準抗告申立書等とともに保管されていたものである。本件捜索差押の際、立会人は、そのことを指摘しており、本件被疑事実と関連性がないことは明らかであった。

(四) 押収品<4>は、前記中野目が韓国の状況に関心を持ち、韓国の文化、地理、風俗等を知るために借り受けていたものであり、その中に旅券番号と思われる記号とハングル文字がメモ書きされているが、そのハングル文字は併記されている日本語と照らし合わせれば、日常会話であることが明らかであり、本件被疑事実と結びつく記載ではなく、関連性は一切ない。

(五) 大阪府警察本部が押収した押収品<1>ないし<3>の物件は、差し押さえた四日後の昭和六二年一二月一六日に還付されているが、本件被疑事実と関連性のないことが一目瞭然であったことを示すものである。

(被告大阪府)

(一) 差押物と被疑事実との関連性の有無の判断は、捜査の進展によっては必要な証拠資料となりうる場合もあること、本件被疑事実が共犯者多数の組織的犯罪と目される事案であることから、ある程度広く認められるべきである。

(二) 押収品<1>は、その封筒の表書きに「リー様」「中野目様」と記載されているが、これらの名前は本件被疑事実が氏名不詳の多数の共犯事件であることから捜査の進展によっては、共犯者に結びつく可能性も考えられ、在中していたシンガポール旅行のパンフレット及び保険関係の書類は、本件被疑事実が旅券法違反であり、日本赤軍が東南アジア方面にも活動領域を広げていることから、別紙第一目録記載の差し押さえるべき物の(七)(以下、同目録記載の差し押さえるべき物については「差押物(一)」等という)の「本件犯行に関係あると認められる、旅行申込書・旅行計画書・渡航先記入の地図類・交通機関の時刻表等出入国を裏付ける文書類」に該当すると認めた。

(三) 押収品<2>は、日本赤軍関係の記事が集められたものであるところから、本件被疑事件の組織性を示すものとして、差押物(二)の「本件犯行に関係あると認められる調査・報告類の文書およびこれらの原稿・メモ」に該当するものと認めた。

(四) 押収品<3>は、本件被疑事実において共犯者とされている泉水博のメモと認められるものであり、差押物(一)、(九)の「本件犯行に関係あると認められる、日本赤軍および同軍の支援団体等の組織上の主義・主張・方針および日本赤軍構成員との関係をあきらかにする文書・物件」に該当すると認めた。なお、この書類について立ち会いのものが過去に押収されたものと説明したが、現場では直ちにその真偽がわからないことから差し押さえたものである。

(五) 押収品<4>は、韓国関係の書籍、パンフレット等であるが、これらには、旅券番号と思われる記号と数字やハングル文字がメモ書きされており、本件被疑者がソウル行航空券を所持していたことなどから、差押物(七)の「本件犯行に関係あると認められる、旅行申込書・旅行計画書・渡航先記入の地図類・交通機関の時刻表等出入国を裏付ける文書類」に該当すると認めた。

第三争点に対する判断

一  本件令状請求の違法性の有無について

1  本件捜索場所に本件被疑事実に関する証拠が存在する蓋然性について

(一) 捜査機関が、被疑者以外の第三者についての捜索差押許可状の発布を請求するには、捜索にかかる被疑事件について捜索場所に差し押さえるべき物の存在を認めるに足りる状況があることを要する(刑事訴訟法二二二条一項、同一〇二条二項)。

そして、右要件が存在するか否かは、令状請求時において収集し得た資料に基づいて客観的合理的に判断されなければならない。

そこで以下において、本件令状の請求当時に、右要件を認めるに足りる客観的合理的な事情があったか否かについて検討する。

(二) 本件被疑事件の判明と本件被疑者の経歴及び日本赤軍の動向

<証拠略>によれば、次の事実が認められる。

(1) 警視庁公安部公安第一課は、昭和六二年一一月二一日、新東京国際空港において、職務質問に抵抗した男を公務執行妨害罪の現行犯で逮捕したところ、その男は伊良波秀男と名乗ったが、その後の捜査の結果、その男は、日本赤軍が敢行したハイジャック事件等に関与した日本赤軍の最高幹部の一人と目され、昭和四七年四月に日本を出国して以来日本に入国していないとみられていた丸岡修であり、伊良波秀男名義の旅券を不正に入手し、この偽造旅券を使用して入国したことが判明したので、旅券法違反により再度逮捕するとともに、同法違反被疑事件として捜査を開始した。

(2) その結果、本件被疑者は、現行犯逮捕当時、

(イ) ソウルオリンピックを非難するメモを飲み込もうとし、

(ロ) 昭和六二年一一月二四日羽田発沖縄行、同月二六日沖縄発大阪行、同年一二月七日大阪発ソウル行の航空券及び日本円約二〇〇万円をはじめ、シンガポールセント、フイリピンペソ及び香港ドル等で邦貨換算約三〇〇万円(合計約五〇〇万円)の通貨並びに十数人の住所録を所持していたこと、

その後の関係者の取調等の結果、

(ハ) 同年一一月二六日大阪入りした後、数名の者と接触を予定しており、

(ニ) 同年五月初めころにも別の偽造旅券で日本国内に潜入し、関西方面の支援者宅を転々としながら、シンパの会合に出席するなどの活動をし、同年七月一八日に取得した今回の旅券によってもシンガポール、フィリピン等八か国に渡航し、日本にも出入りし、

(ホ) 本件旅券の入手については、マニラを拠点に活動している日本赤軍メンバーの泉水博のほか、共犯者として内間正秀、伊良波秀男、仲島弘和らが介在していることが判明した。

(3) 本件被疑者は、重信房子が作った「日本赤軍アラブ委員会」(昭和四九年一一月、日本赤軍と改称)の最高機関である政治委員会に所属し、重信に次ぐナンバー2の地位にあるといわれるところ、昭和四七年四月にベイルートに出国し、同年五月三〇日に岡本公三らが敢行したテルアビブ・ロッド空港襲撃事件(二四人死亡、七六人負傷)に計画段階で参加し、昭和四八年七月二〇日にはパレスチナゲリラ四人と共に日航機をオランダ上空で乗っ取り、目的を遂げないで同機を爆破した日航機ハイジャック事件に参加し、昭和五二年九月二八日の日航機ハイジャック(ダッカ)事件では、坂東国男、佐々木規夫らとともにインド上空で日航機を乗っ取り、奥平純三ら獄中の六人と現金六〇〇万ドルを奪取し、ロッド空港事件では殺人容疑、ダッカ事件では航空機奪取、監禁容疑で逮捕状が出され、国際手配されていた。

なお、日本赤軍は、世界革命の遂行を企図する組織集団であり、これらの事件の他にも、昭和四九年一月三一日のシンガポール石油製油所爆破、クウェート日本大使館占拠事件、同年九月一三日のハーグ・フランス大使館占拠事件、昭和五〇年八月四日のクアラルンプール事件、昭和六一年五月一四日のジャカルタ事件等を敢行しており、また、偽造旅券を使用した事件も多発している(昭和四九年四月一九日/奥平純三出国、同年七月二六日/山田義昭フランス入国、昭和五〇年三月五日/日高敏彦・西川純・戸平和夫スウェーデン入国、同年九月三日/北川明スウェーデン入国、昭和五一年九月奥平純三・日高敏彦ヨルダン入国、昭和五二年七月一二日高橋武智スウェーデン入国等)。

(4) このような状況のもとで、警視庁公安部は、日本赤軍がソウルオリンピックを「反革命戦略の環」と位置付け、開催を阻止するためのゲリラ闘争を計画し、丸岡が日本国内の新たな拠点として反戦民主戦線(テロ支援国際組織、通称アデフ)の建設に動いていると警戒し、外務省に対し、在外公館等に厳戒態勢をとるように緊急連絡を要請する一方、支援組織の実態解明に全力をあげる態勢をとり、全国約二〇〇箇所で捜索差押を実施した。

(三) 人民新聞社と日本赤軍の関係

(1) <証拠略>によれば、人民新聞社(昭和五一年四月までは新左翼社)は、その発行している「人民新聞」(新左翼社時代は「新左翼」)紙上に、日本赤軍の声明文や宣言等を掲載し、論評を加え、あるいは日本赤軍を支援・支持していると見られる活動をしているが、その主たるものは次のとおりである。

(イ) 昭和四九年二月一日深夜、新左翼社は、在阪五社と記者会見し、シンガポール石油製油所爆破事件について、闘いを遂行した組織の一員から国際電話(電報)で、PFLP(パレスチナ解放人民戦線)・日本赤軍の共同闘争宣言が送られてきたことを発表し、同月五日付新左翼にその全文を掲載した。その後、新左翼社東京支局は、新左翼社等が捜索を受けたことに抗議し、パレスチナ革命連帯共闘会議等と連名で「シンガポールシェル製油所爆破―クウェート日本大使館占拠斗争断固支持!」と題するビラを都内で配付し、同月一五日付新左翼にその旨の記事を掲載し、さらに同年三月一五日付新左翼に、右事件を世界革命統一戦線政治の高度な到達段階を示すと評価し、世界革命戦場へむかう日本赤軍と国境を越えて結集することを呼び掛ける「赤軍宣言」を全文掲載した。

(ロ) 昭和四九年八月五日、日航機ハイジャック事件でリビア政府に逮捕されていた本件被疑者の裁判が始まったことについて、「日航ハイジャック闘争 丸岡裁判へカンパを!」と題する記事を掲載して、裁判闘争資金のカンパを新左翼紙上で呼びかけ、その記事中で、「新左翼社では、丸岡の身柄を引き渡すようリビア政府に不当な圧力をかけた日本政府に対して、そのこんたんを暴露し、更にリビア政府には日本政府に屈しない旨要望書を送るという運動を進めました。」と記載し、同カンパの受入先になった。これに対し、昭和五〇年二月二五日の新左翼に、「支援に心から感謝 世界赤軍兵士 丸岡修」との見出しで、リビア政府に逮捕され身柄拘束されていた間支援してくれたものに対する感謝の意を表する本件被疑者の手紙文を掲載した。

(ハ) 昭和五二年五月二五日付人民新聞に、人民新聞社宛てに送られてきた日本赤軍の総括文「五・三〇リッダ闘争五周年によせて―団結をめざし、団結をもとめ、団結を武器としよう―日本赤軍」を掲載し、同年一〇月一五日付人民新聞に、日本赤軍の日高隊声明が本社に郵送されてきたとして、その全文を掲載し、昭和五三年ころ、人民新聞社出版部の発行で、右総括文や日高隊声明等を収録した人民革命叢書(1)「団結をめざして―日本赤軍の総括―」と題する本を発行した。

(ホ) 昭和五四年七月五日付人民新聞に、テルアビブ・ロッド空港襲撃事件の七周年に際し、奥平剛士、安田安之、岡本公三の写真に「日本―パレスチナ人民連帯 五・三〇リッダ闘争七周年」等と記されたカードを希望者に送ること、申込先を人民新聞社とする旨の記事を掲載した。

(ヘ) 昭和六〇年五月二〇日、テルアビブ・ロッド空港襲撃事件でイスラエルで服役中の岡本公三が、イスラエルとパレスチナ勢力の捕虜交換協定により釈放されたことについて、同月二五日付人民新聞に、編集部の名で「岡本公三さん奪還は国際連帯の勝利」、「逮捕状をとっても指一本触れられない日本政府・公安のみじめな姿に拍手を」等の見出しで、岡本公三を「英雄的」「国際主義の戦士」と讃え、その釈放が「全世界の解放勢力、人民による国際主義の勝利である」等の論評をした。

(ト) 昭和六〇年七月二五日付人民新聞に、「五・三〇 十三周年によせて」と題し、日本の闘う人々と共に闘いつづける用意がある旨の日本赤軍の声明文を掲載した。

(チ) 人民新聞社は、多摩支局の実質的責任者である松永了二が東京都立川市柴崎町三丁目六番三号所在の「風林舎」を賃借し、そこに東京多摩支局を置き、三パ連と株式会社万里印刷を同居させて、三パ連と電話も共同使用しているが、三パ連は、日本赤軍の行者芳政や北川明が主宰する団体であり、万里印刷は、行者が代表取締役に就任し、北川や松永と共に人民新聞社の代表者である日角八十治が取締役をしている会社であり、人民新聞社多摩支局自体は、昭和五五年ころから実質的な活動をしていないが、その後も人民新聞には右支局の所在を記載しており、電話連絡や郵便物の受け取り等を万里印刷の社員に依頼している。

(2) 以上のような事実関係を総合的に検討すれば、人民新聞社は、特定の傾向のある思想的・政治的信条のもとに新聞等を発行している報道機関であり、日本赤軍との関係においても、その思想及び行動を基本的に支持しているだけでなく、単に報道機関と投稿者の関係の域にとどまらず、頻繁に声明文等が送付されてきた折りや書籍の発行についての打合せ等、さらにはカンパ等の交付の際に日本赤軍関係者との接触があり、三パ連等を通じて人的な交流があることも強く疑われるところである。

これに対し、原告は、人民新聞は、特定の思想、政治的信条に拘泥することや特定の党派に偏向することを厳に排斥していると主張しているところ、確かに、人民新聞は、日本赤軍関係の記事のみを掲載しているわけではなく、労働運動や人権闘争等に関する記事も掲載し、日本赤軍関係でも、日航機ハイジャック事件を疑問視し、刑事犯の解放を批判する投稿等も掲載するなど、日本赤軍を支持しない意見も載せており、人民新聞社の意見として「権力の階級的報復に弾固たる反撃を!」と題する社説を掲げ、ハイジャック闘争について、このような闘いは、敵に対する打撃は大きいものの、日本人民の支持と共感を呼び起こし、その団結を固めるという点からは、最良の戦術であったとはいい難いとして、疑問を提起し本件捜索差押後ではあるが、昭和六三年五月二五日には「自らの利益より人民の要求を優先しよう」と題する記事を掲載し、ハイジャック闘争や同志奪還闘争という戦術に共感しているわけではない趣旨の記事も掲載していることが認められる<証拠略>。

しかし、人民新聞社の意図はともかく、前記認定のような人民新聞社の動向からすれば、人民新聞社と日本赤軍との間に何らかの関係があると見られたとしてもやむを得ないものであって、そのような疑いを招いたのも自らの言動に起因するものというべきであり、これまでにも何度も捜索を受けている(<証拠略>)のも、このような言動に原因があることは明らかである。

(四) 以上に認定してきた事実経過に照らして検討するに、本件被疑事件が、日本赤軍の組織的計画的犯行であると思料される状況があり、日本赤軍の構成員、支援者、又はこれらの関係者が関与していた可能性が極めて高いうえ、危険を冒して入国した丸岡が日本滞在予定の一六日のうち一一日間も大阪近辺にいる予定であったことや、これまでも不法入国して関西方面の支援者らと接触を持っていた疑いがあったことからすれば、客観的合理的に判断して、日本赤軍のスポークスマン的役割を果たし、日本赤軍と密接な関係があると疑われる状況にあった人民新聞社に本件被疑事実について差し押さえるべき証拠物の存在する蓋然性があったと認めるのが相当である。なお、原告は、日本赤軍に関連してこれまで実施された捜索において、必要な証拠が発見されたことはないと主張するところ、確かに押収品の多くがほどなく還付され、一部は準抗告で差押処分が取り消されたものもあるが(<証拠略>)、今回も同様であるとは限らないのであって、証拠物が存在する蓋然性を否定する理由とはならない。

2  捜索差押の必要性について

(一) 報道機関の報道は、民主主義社会において、国民が国政に関与するにつき、重要な判断の資料を提供し、国民の「知る権利」に奉仕するものであるから、思想の表明の自由とならんで、事実の報道の自由は、表現の自由を規定した憲法二一条の保障のもとにあり、このような報道機関の報道が正しい内容をもつためには、報道の自由とともに、報道のための取材の自由も十分に尊重されなければならない。

もっとも、刑事裁判において実体的事実を発見し、公正な裁判を実現することもまた憲法上の要請であり、捜査過程における証拠の収集はこの要請の基礎をなすものであるから、このような必要がある場合も報道の自由あるいは取材の自由は何らの制約を受けないものと解するのは相当でないが、報道機関に対して捜索差押を行う場合は、犯罪の態様と軽重、差押物の証拠としての価値と重要性、差押物の湮滅棄損の恐れの有無を考慮するとともに、捜索差押を受けることによって報道機関の取材の自由が妨げられる程度及びこれが報道の自由に及ぼす影響の程度、その他諸般の事情を比較衡量して決せられるべきである(前掲大法廷決定、最高裁昭和四四年三月一八日第三小法廷決定・刑集二三巻三号一五三頁参照)。

(二) そこで、本件令状請求について検討するに、前記認定の経過から明らかなように、本件被疑事件は、旅券法違反という国家の信用にかかわる重大な犯罪であるばかりか、これまで偽造旅券を使って各国で組織的に違法行為を行ってきた日本赤軍が、ソウルオリンピック開催阻止を唱え、国際的テロ事件を企図しているとの疑いもあったことから、本件被疑事実がそのような目的をもった組織的犯行の手段としてなされたと見られる状況にあったものであり、右犯行の動機、目的、手段方法、共犯関係ないし背後関係を明らかにするための証拠は極めて重要であると考えられるところ、日本赤軍と関係があると目される人民新聞社から証拠物が提出されることは期待できず、そればかりか人民新聞社に証拠が存在していたとすれば、証拠が湮滅棄損される可能性も十分予測されるところである。

これに対し、原告は、本件令状請求は、人民新聞社がその紙面の内容等から「犯罪集団」とされる日本赤軍と密接な関係があるとしてなされたものであるから、人民新聞社の編集方針等に重大な萎縮効果を生ずる等として、人民新聞社に及ぼす不利益は著しいと主張するところ、報道機関である人民新聞社に捜索差押がなされれば原告主張の如き信頼の喪失等といった事態が生ずる可能性を全く否定することはできないにしても、本件令状請求は、人民新聞の紙面の内容のみから日本赤軍との関連性を判断して行われたというわけではなく、前記認定のような報道機関と投稿者の域をこえる密接な関係を総合して判断されているのであり、人民新聞社は自ら日本赤軍と関連があると見られるような行動をとり続けてきたのであるから、投稿者や読者が改めて人民新聞社の姿勢に疑問を持ち、投稿を差し控えるなどの事態が生ずることはほとんどないと考えられることに加えて、本件被疑事件の重大性等に照らすと、捜索差押の必要性を上回るような不利益を人民新聞社が被ると認めることはできない。

そうすると、本件令状を請求するについて、捜索差押の必要性の要件を備えていたと認めるのが相当である。

3  以上の次第であり、本件令状請求が違法であるとはいえないから、原告の被告東京都に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

二  本件令状発布の違法性の有無について

1  原告は、本件令状は、本件捜索場所に本件被疑事実に関する証拠が存在する蓋然性がなく、その必要性がないにもかかわらず、発布されたから違法であると主張するところ、裁判官がその権限の行使として行う判断作用は、常に同一の結論に帰結することが保障される性格のものではないから、ある判断がなされた後に、他の裁判官によって異なる判断が示されることがあったとしても、先の判断をそれだけで違法であると断ずることはできず、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したなどの特別の事情がない限り、その判断を違法ということはできない。原告は、争訟の裁判については、不服申立の手段が保障されているが、令状の発布については、その手続が完了した後には不服申立の手段がない等として、争訟の裁判と別異に解釈すべきであると主張するが、これは判断作用を伴う行為の内在的制約というべきであって、争訟に関するものに限定する合理的な理由はない。

したがって、本件令状の発布が違法であると主張するためには、刑事訴訟法上の救済方法によって是正されるべき瑕疵が存在するだけでなく、前記のような特別の事情が存在することを主張・立証する必要があると解するのが相当であるところ、原告はかかる事情について何ら主張していないから、既にこの点において主張自体失当というべきであるが、本件の場合は、先に判断したところから明らかなように、捜索差押許可状を発布する要件である犯罪の嫌疑のほか、証拠の存在する蓋然性も、捜索差押の必要性も認められるから、刑事訴訟法上是正されるべき瑕疵もないというべきであり、まして右のような特別の事情を認めるべき形跡も窺えない。

2  したがって、本件令状の発布が違法であるとは認められないから、原告の被告国に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

三  本件捜索差押の違法性(本件被疑事実と押収物との関連性)の有無について

1  一般に、差押は、証拠物又は没収すべきものと思料するものについて行われることは、刑事訴訟法二二二条一項により準用される同法九九条一項に規定されるところであるが、犯罪捜査の過程においては、犯罪の特別構成要件に該当する事実の証拠のみならず、被疑者の罪責の軽重その他量刑の資料となる事実の証拠をも犯罪と関係のあるものとして収集すべきであり、特に本件のように集団犯罪であることが明らかである場合においては、被疑事実との関連性も、その背後関係、共犯関係をも含めた事実の全貌を明確にする観点から、単純な単独犯行の場合に比べると、ある程度広範囲に認められるべき合理的根拠があるというべきである。

2  そこで、各押収品と本件被疑事実との関連性について検討する。

(一) <証拠略>によれば、次の事実が認められる。

(1) 押収品<1>は、旅行代理店の株式会社マイチケットから人民新聞社に勤めていた中野目正光と李末子に宛てたシンガポール旅行関係資料である。

(2) 押収品<2>は、人民新聞社の編集者が記事の資料のため一般紙に掲載された日本赤軍及び韓国航空機墜落についての記事の要旨をまとめたものであり、右記事の中には、日本赤軍の引き起こした可能性のある旨の記事もあるが、いずれも本件被疑者が逮捕された後の記事である。

(3) 押収品<3>は、一枚のメモの中央に「私の自己批判と総括 泉水博」、もう一枚のメモの中央に「自己の欲望満たす為犯罪を正当化」と記載され、印刷のためにその余白に活字の大きさ等を指定したものであり、これらが押収されるとき、立会人は、それらは前回押収されたが、それが違法と判断され取り消された物件である旨捜索官に告げたが、その場では、捜索官は右事実を確認することができなかった。

(4) 押収品<4>は、地球の歩き方<16>韓国と題する旅行案内書、韓国語百十番と題する書籍で、そのカバー、見返し、及び余白に韓国語と日本語による日常会話、旅券番号及び地名の記載のあるもの、韓国のホテルの案内、及び旅行パンフレットである。

(5) 右押収品<1>ないし<3>は、本件捜索差押の際、押収されたが四日後にいずれも還付されている。

(二) 以上の事実に照らせば、右各物件が本件被疑者の実行行為そのものを証明する物といえないことは明らかである。

しかし、押収品<1>は、前記認定のように、本件被疑事実が日本赤軍関係者による計画的組織的犯行であって、人民新聞社又はその関係者が日本赤軍と接触があるとの疑いがあることを前提とすれば、右物件は、日本赤軍が活動領域として広げている東南アジアへの旅行関係書類であって、一見共犯関係者の行動を示す資料となるように窺え、「Lee様」「中野目様」と記載されていても、本名である保障はなく、捜査の進展によっては、共犯関係につながる可能性も否定できないのであり、本件被疑事実の背後関係を明らかにするうえにおいて意義があり、差押物(七)の「旅行申込書・旅行計画書」に該当するとして差し押さえる必要性があったと認めるのが相当である。

次に、押収品<2>は、本件被疑者が逮捕された後の一般商業新聞の日本赤軍関係の記事及び韓国航空機墜落事故についての記事をまとめたものであるが、その当時右航空機墜落事件も日本赤軍の引き起こした事件であるという見方があり、したがって、これらの行動がいずれも本件被疑者が関与する予定であったかもしれない事件であると窺えることからすれば、本件被疑事実の動機目的及び本件被疑者の量刑程度を明らかにするうえにおいて関連性が明らかにないとはいえず、差押物(二)の「調査・報告類の文書」に該当すると認めるのが相当である。

そして、押収品<3>は、本件被疑事実の共犯者と目されていた泉水博の名前の入ったメモであり、その本人の筆跡によるものである可能性が本件捜索差押の際には存したのであるから、本件被疑事実の背後関係を明らかにするという意味で意義のあるものと認められ、差押物(一)、(九)の「日本赤軍の組織上の主義・主張・方針および日本赤軍の構成員との関係をあきらかにする文書・物件」に該当するとした判断は是認でき、差し押さえる必要性がなかったとはいえない。

最後に、押収品<4>は、韓国語の本、韓国旅行のパンフレットに、ハングル文字及び旅券番号と認められる数字が記載されているものであるが、本件被疑者が韓国に旅行する予定であったこと、ハングル文字に何が記載されているかその場では分からなかったことからすれば、そのハングル文字や旅券番号が本件被疑事実の共犯関係又は動機を明らかにするなんらかの資料となる可能性があるとも推測でき、差押物(七)の「旅行申込書・旅行計画書・渡航先記入の地図類・出入国を裏付ける文書類」に該当する物件と認めるに足る合理的理由があるものというべきである。

以上の次第であるから、右各物件をもって、本件被疑事実との関連性を欠き、本件令状によって差押の許可された物件に該当しないとする原告の主張は、採用することができない。

3  したがって、本件捜索差押が違法であるとは認められないから、原告の被告大阪府に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

四  よって、本件請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 井垣敏生 白石哲 並山恭子)

第一目録

本件犯行に関係あると認められる

(一) 日本赤軍及び同軍の支援団体等の組織上の主義・主張・方針およびこれらをあおる機関紙(誌)ビラ類の文書および原稿・原版・録音テープ・メモ類

(二) 計画・指令・通達・通信・連絡・調査・報告類の文書およびこれらの原稿・メモ・写真・ネガ・録音テープ・フロッピィデスク類

(三) 会議録・議事録・金銭出納簿・預金通帳・領収書・伝票・交付通知書類の文書簿冊

(四) 組織編成・戦術・犯行手段・方法等に関する文書・簿冊・暗号・図表および日誌

(五) 旅券申請に使用した戸籍謄本・住民票・健康保健証等の身分を確認できるものの入手経路記載のメモ類

(六) 戸籍謄本・住民票・健康保健証等の身分を確認できるものおよびその写し

(七) 航空券・旅行申込書・旅行計画書・渡航先記入の地図類・交通機関の時刻表等出入国を裏付ける文書類・外国紙(貨)幣・邦貨・外国宿泊を裏付ける領収書類

(八) 葉書・手紙・住所録・電話帳・電話メモ等の文書

(九) 日本赤軍構成員との関係をあきらかにする文書・物件

第二目録

<1> 白色大封筒 一袋

Lee様、中野目様宛てのもの

在中品・シンガポールレジャーツアーの

パンフレット      二冊

海外旅行傷害保険の案内 一部

請求書         一枚

海外旅行傷害保険申込書 一部

ビラ          一枚

<2> コピー 一部

新聞記事抜粋・一一月二八日朝刊ではじまるもの  四枚綴

<3> メモ 一部

私の自己批判と総括・泉水博と記載ではじまるもの 三枚綴

<4> 茶色大封筒 一袋

朝日カメラマン、つちださん等と記載のもの

在中品・本「地球の歩き方・韓国」    一冊

本「韓国語会話百十番」     一冊

水色封筒            一袋

案内図             一部

白色封筒「東大邸と記載のもの」 一袋

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