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大阪地方裁判所 昭和63年(行ウ)35号 判決 1990年10月26日

原告

株式会社文祥堂

右代表者代表取締役

佐藤克夫

右訴訟代理人弁護士

河村貞二

被告

大阪府地方労働委員会

右代表者会長

清水(ママ)尚芳

右訴訟代理人弁護士

寺浦英太郎

右指定代理人

横溝幸徳

山田浩二

被告補助参加人

総評全国一般大阪地連文祥堂労働組合大阪支部

右代表者支部長

尾崎勲

右訴訟復代理人弁護士

原田豊

主文

一  被告が昭和六三年五月一一日付でなした別紙記載の救済命令主文第1項を取り消す。

二  訴訟費用は被告、参加費用は被告補助参加人の各負担とする。

事実及び理由

第一請求

主文と同旨

第二事案の概要

一  争いのない主たる事実

1  原告は肩書住所地に本店を、大阪市他数か所に支店を置き、印刷事業、輸入事務機の販売代理等を行っている。原告の従業員は総評全国一般文祥堂労働組合(以下、組合という)を組織し、被告補助参加人(以下、補助参加人という)は大阪支店従業員が加入する組合の下部組織である。

2  原告は昭和五〇年以降収支が極端に悪化したため速やかな収支均衡の達成と収益力ある経営体質の実現を目的とし、同五六年九月、同五七年度から同五九年度までの経営計画を、引続き同六〇年五月、文祥堂再建計画(別紙本件救済命令理由第12(2)記載)を発表し、組合に提示したが、その意図するところは、企業規模の縮小と合理化、即ち、首都圏・京浜地区事業所の充実(地方支店・出張所の閉鎖、縮小)、従業員の減員と適正配置にあった。

3  原告は右計画に基づき九州支店及び同支店傘下の出張所並び大阪支店傘下の高松、広島、岡山各出張所を閉鎖するとともに人員整理を行い全従業員五三八名中一一八名の希望退職者をみた。次いで、原告は大阪支店に関し、京都、神戸出張所の閉鎖、大阪営業所の支店統合、同支店及び傘下の従業員六六名を、名古屋支店への配転等により三六名(後に四二名、更に四六名に変更)に減じる等の改革案(以下、原告提案という)を組合に示し、その円滑な実施を目指し補助参加人と交渉を持つことになり、同六〇年八月九日から同六一年五月二〇日までの間合計一九回団体交渉(以下、本件団交という)を行った。

4  補助参加人は、原告提案は大阪支店の閉鎖に繋がるとの危惧から、本件団交においては、原告提案の具体的内容の検討、討議に入る前提として、まず同支店の存続と同支店従業員の雇用保障(五〇名体制の維持)等を強く求め続けたが、原告の容易に応じるところではなかった。

5  補助参加人は、同年一〇月九日、原告の求めにより大阪支店再建案(同3(4))を文書で提示し、数回の団交を重ねたのち、原告は、同年一二月一九日、同年一一月一五日の団交結果を踏まえ、書面でその見解を明らかにした(同3(8)記載)。

6  補助参加人は、同六一年二月一四日、原告との間で、五項目(同3(11)<1>ないし<5>記載)につき合意が成立したとして協定書(労働協約)の作成を求めたところ、原告は同年四月一日付書面(同3(13)記載)、同月一六日付書面(同3(14)記載)でこれを拒否し、同年五月二〇日団交の打切を明らかにした。

7  そこで、補助参加人は、同年六月一三日、被告に対し、原告が右五項目につき、協定書の作成を拒否したことを理由に不当労働行為の救済の申立をしたところ、被告は同六三年五月一一日付をもって本件救済命令を発し、原告に対し、同主文第1項記載の限度で補助参加人との間に協定書を作成すべきことを命令した。しかし、原告は右命令に基づく協定書の作成を拒否している。

二  主たる争点

1  補助参加人の本件救済命令の申立適格

(1) 原告

補助参加人は組合の構成部分(組織単位)にすぎない一支部であり、規約を有し、支部長の代表権等があるとしても、それは組合によって授権されたにすぎないから、労組法二条、五条二項各所定の要件に欠け、右当事者適格を有しない。

(2) 被告及び補助参加人

補助参加人は組合とは別個に独自の規約、機関、会計制度を有し、本件救済命令申立前から独自の活動をなしうる社会的組織体をなしているから、右労組法所定の要件を具備している。被告は同六三年三月二三日補助参加人につき労働組合資格審査決定をした。

2  本件救済命令主文第1項記載の合意の有無、協定書作成拒否による不当労働行為の成否等

(1) 原告

<1> 原告の前記同六〇年一二月一九日付見解は補助参加人において原告提案に協力することを条件に提示したものであるが、補助参加人は原告提案に応じなかった。補助参加人の要求する大阪支店の存続と同支店従業員の雇用保障は、一に同支店改革の成否に係っているから、原告において、原告提案と切離してたやすく応じ得るものではない。

<2> 原告は本件救済命令主文第1項(1)(2)認定の合意をしていない。右認定の合意は、原告が本件団交の中で述べた会社再建に当たっての経営理念や希望を部分的に捉え、原告が補助参加人の要求に応じたとしているにすぎない。そもそも原告は会社再建を目指しているのであるから会社財産の維持に努力することは当然の事理であり、又、会社再建の一方策として大阪支店の改革を計っているのであるから、同支店の存続を前提としていることも自明である。しかも、右は会社の経営事項であって労組との協議や労組の同意を要する事項ではなく、原告が本件団交において殊更補助参加人と合意すべき理由も必要もない。

<3> 原告は同(3)認定の合意をしていない。原告は、会社の経営事項である大阪支店の閉鎖、縮小に関する事項を組合との協議事項とする旨の合意はしないのみならず、補助参加人との間で、未だ本件団交の最終目的である大阪支店改革の具体策について何らの成案をみていない段階において、これら事項に関する何らかの合意をする余地は全くなかった。又、原告は既に組合との間で、組合員の人事移(ママ)動は事前に協議する旨の協定書を交わしており、同支店の閉鎖、縮小に伴う人事移動について改めて同趣旨の協定をする必要はない。

<4> 本件救済命令主文第1項認定の合意は、補助参加人が主張する合意内容及び合意成立の日時と齟齬していることによっても、成立していないことが明白である。

<5> 使用者は団交における合意事項について労働協約たる協定書を作成すべき法律上の義務を負わず、労使間に労働協約作成の合意がある場合に限り、右作成義務を負う。本件団交は原告提案を円滑に実施するため補助参加人の意見を徴する目的で行ったもので労働協約たる協定書の作成を目的とせず、原告には協定書作成の意思はなく、補助参加人との間で協定書作成の合意をしていない。したがって、本件団交において個別の事項につき合意が成立したとし得ても、原告は右合意事項につき協定書作成義務を負わない。

<6> 以上のとおり、原告と補助参加人間には本件救済命令主文第1項記載の合意は成立していないから協定書作成の根拠がなく、仮にそうでないとしても、原告には右合意事項につき協定書の作成義務はないから、原告が右協定書の作成に応じないことは何ら不当労働行為ではない。

<7> 本件救済命令主文第1項は補助参加人の救済申立の内容と齟齬しているから、被告の裁量権の範囲を逸脱している。

(2) 被告及び補助参加人

<1> 補助参加人と原告間で、同六一年五月九日までに少なくとも本件救済命令主文第1項(1)ないし(3)の限度で終極的な合意が成立した。

<2> 労組法六条、七条二号、一四条を総合すると、使用者が団交の合意事項について労働協約の作成を求められた場合、これを正当な理由がなく拒否することは、実質的に団交拒否と異ならないから、労働協約の作成義務があるというべきであり、右労働協約作成の拒否は同法七条二号、三号に該当する。

<3> 本件救済命令主文第1項は補助参加人の申立の範囲内で原告の不当労働行為を排除する措置として命じたのであり、被告の裁量行為として相当である。

第三争点に対する判断

一  補助参加人の申立適格について

争いのない事実と証拠(<証拠略>)によれば、補助参加人は、組合の下部組織たる支部であるが、独自の組合規約を有し、労働権の確立、合理的な労働条件の獲得、組合員の社会的、経済的地位の向上と福利厚生の増進を図ること等を目的とし、自主的に運営できる事項につき独立して処理できること、独自の機関として支部大会、支部委員会を置き、支部長、支部役員を有していること、組合費の納入義務を規定し会計監査を支部大会の承認事項としていること、実際も補助参加人は組合から「再建計画に基づく各支部にかかわる諸問題」につき原告と団体交渉を行うことを認められ、原告も右事項につき補助参加人に団体交渉の当事者適格があることを承認したうえ、多数回にわたり大阪支店に関する事項等につき団体交渉を行なったことが認められる。

右事実に照らすと、補助参加人は独立の活動をなしうべき労働組合として独自の団体交渉権を有し、労働協約を締結することも可能であるから、本件救済命令の申立適格を有するというべきである。なお、証拠(<証拠略>)によれば、被告は同六三年三月二三日、補助参加人が労組法の適合組合である旨を認定したことが明らかであるところ、原告は右資格審査の手続上又は実体判断上の瑕疵を理由に本件救済命令の取消を求めることはできない。

二  本件団交における合意の成否

争いのない事実、証拠(<証拠略>)、弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

昭和六〇年中の本件団交において、補助参加人は原告に対し、原告提案の具体的検討に入る前提として、a会社財産(本社、三田工場)を維持すること、b大阪支店の存続と同支店従業員の同支店における雇用を保障すること、c同支店の閉鎖、縮小とこれに伴う同支店従業員の労働条件の変更は組合との事前協議事項とすること等の確約を求めた。これに対し、原告は、a会社財産(本社、三田工場)の維持と大阪支店の存続は原告提案の当然の前提であるが、会社再建の成果に係っているため現時点で確約はできないこと、b原告提案が実施できるなら、七年間は同支店を存続させ、三年間は同支店従業員の雇用を保障する。大阪地区の従業員は大阪地区で勤務させるのを基本とするが、配転を行う場合は組合との人事異動協定に則ること、c同支店の閉鎖、縮小とこれに伴う同支店従業員の労働条件の変更を組合との事前協議事項とすることはできないが、労使が一致することが望ましいので最大限の努力をすること等の見解を表明した。その後、補助参加人は同六一年二月一四日原告に対し、前記五項目について確認書の作成を申し入れた。

右事実に照らすと、本件団交において、原告と補助参加人間には、少なくとも本件救済命令主文第1項(1)(2)認定の限度で合意が成立したと認めるのが、双方の合理的意思に合致し、相当であるが、同(3)認定の合意の成立は認めることができない。その理由は、前記証拠によると、原告は、大阪支店の閉鎖、縮小とこれに伴う同支店従業員の労働条件等の変更を組合との事前協議或は団交事項とすることに終始消極的であり(但し、従業員の異動については既にある組合との人事異動協定によると言明)、只、これらの事項の実施については労使が一致するように協議するのが望ましいので最大限の努力をする旨を表明していたにすぎないと認められるからである。したがって、原告と補助参加人間には、大阪支店の閉鎖、縮小等に関する事項について、原告において補助参加人の協力を得られるよう最大限の努力をするという限度の合意が成立したに止まるというべきである。

三  進んで、原告が右合意事項につき、協定書の作成を拒否したことが不当労働行為に該当するか否かについて検討する。

1  労使間の合意は書面の作成によって初めて労働協約としての法的効力を持ちうる(労組法一四条、一六条)。したがって、使用者が、労働協約としての法的(規範的及び債務的)効力を付与すべき労使間の合意事項について合理的な理由もなく労働協約の作成を拒否することは、使用者に右合意事項について労働協約の作成義務があるか否かを論じるまでもなく、実質的には同法七条二号に該当(事例によっては同条一、三号にも該当)する不当労働行為になるというべきである。しかし、他方、労働協約としての法的効力を与うに由ない労使間の合意事項については、労働協約としての法的効力を与うべき労使間の合意事項と同視すべき特別の事由がない以上、使用者が合意書面の作成を拒否することが直ちに労働者側に対し不当労働行為制度によって救済すべき不利益を与えるとはいい難い。

2  前記認定のとおり、原告と補助参加人間に成立した合意は、いずれも合意に係る事項の実現について原告の努力義務を宣明したものにすぎず、書面化しても労働協約としての固有の法的効力を持ちうるものではないから、原告が右合意事項について協定書を作成しないこと自体が直ちに補助参加人に不当労働行為制度によって救済すべき不利益を及ぼすとは認め難い。そして、前記証拠によって認められる本件団交の経緯に照らし、原告が右協定書を作成しないことが不当労働行為に該当すると目すべき特別の事由も認められない。

四  以上の認定・説示によると、被告が救済命令の発布について広範な裁量権を有することを考慮しても、本件救済命令主文第1項(1)(2)は相当ではなく、同(3)は原告と補助参加人間に成立した合意の範囲を超え違法である。

よって、本件救済命令主文第1項は取消を免れない。

(裁判長裁判官 蒲原範明 裁判官 市村弘 裁判官 冨田一彦)

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